起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません   作:裏白いきつね

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ちょっとしたフレーズに悩む日々です。おかげで更新は遅れがちに。
感想いただきました本当にありがとうございます。心の糧ですねえ。


ヒト前に出た日

 

「ドーロちゃんはまだ本物のレースを見たことがないでしょう? 練習を必死の思いで走ったとしても、やっぱり本番のレースとは全然違うんです。

 今までのドーロちゃんであればこれまでの積み重ねから分かることだったのかもしれませんけれど、今のドーロちゃんはその積み重ねがありませんから。なので選抜レースで選ばれた先にどんな世界が待っているのか、少しでも感じておいて欲しくて」

 

 本番のレースでは、一緒に走るウマ娘たちの本気が練習とは比べものにならないとルジェさんは言う。10何人が一緒に走り、勝つのはそのうちたった一人だけ。勝たなければ上には上がれないし、上がれなければすぐに走る機会を奪われてしまう。

 

「わたしやドーロちゃんたちがいるのは、そういう慈悲のない世界なんです。

 ……でもそんな世界だからこそ、その中に生きるわたしたち一人一人は輝けるんでしょうね」

 

 急に深いお話になってしまって面食らいましたよね。と言ってルジェさんは恐縮していたが、『勝つために走れ、走るために勝て』というシンプルなメッセージは確かに感じられた。濃密に過ぎていったこの数日のせいで忘れかかっていたが、俺は走って、勝って、稼がねばならない。この腹の虫がいる限り。

 

 §

 

 トレセン学園の近くには東京レース場がある。つい先日も簡単にルジェさんから伝えられていたが、訪れるのはこれが初めてだった。いや、記憶を失う前にも訪れていたのかもしれないが。

 学園の正門から出てウマ娘の足で道なりに進んで約10分。木々に囲まれた道の先に、空中を横切る通路が見えてきた。

 

「前を横切る通路の辺りがレース場正門ですよ」

 

 近づくにつれて歩道を歩く人の数も徐々に増えてくるが、その多くはウマ娘ではなくヒトだ。毎週土曜、日曜日はレースの日で、今月は東京レース場で開催される週が続くと説明を受ける。今日は大きなレースのない日だそうだが、それでも歩道の上は人を避けないとすれ違えないくらいに混んでいた。

 

「トレセン生は入場無料なんですよ。この制服がフリーパスみたいなものですね」

 

 ルジェさんはそう話しつつ入場門をくぐる。確かに警備のヒトに止められることもなくすんなりと場内に入ることができた。できたのだが。

 

「ルジェさん。なんとなくなんですけど私たちに周りの視線が集まっていませんか?」

「そうですよ。トレセンの制服を着ていますからね」

 

 事も無げにルジェさんは言うが、通りすがりの人からだけとはいえこれだけ注目を浴びることがなかったので気になって仕方がない。

 リズちゃんはと言えば俺よりは慣れている様子だが、それでも普段より歩き方がぎこちなく見える。多分少し緊張しているに違いない。

 よく見るとこちらをちらちら見てはひそひそ話をしているグループがいたりする。そっと聞き耳を立ててみるが雑踏に紛れてしまってその声を上手く拾うことはできなかった。

 

 ルジェさんを先頭にさらに進む。

 場内放送がなにやらがなり立てていて耳障りに感じる中、石畳で敷き詰められた広い広い広場を横断して通路を降りる。降りた先ではこれまた広いホールを通り抜けてずんずん奥へ。ガラス戸を押し開けて出た先には陽を浴びて輝く芝で覆われたレーストラックが待っていた。

 

「……広い……そしてきれい」

 

 学園の練習トラックよりもずっと広いフィールド。コース幅にしても学園の倍はあるだろうか。ホームストレートの長さといったら果てしないし、結構な急坂もある。そしてなにより、雨上がりから日光に蒸されて立ち上る、芝の芳醇な青い香り。それはすごく濃厚で心地よく感じられた。

 

 まだ隙間の残るヒトの群れを避けつつ、客席の最前列へ。フェンスと外ラチによって隔てられたどこまでも続く青いフィールドは、タキオン氏の研究室で見たあの夢の世界を思い起こさせるには十分すぎた。

 

 走りたい。この心地よい平原をどこまでも、思うままに。

 

 そんな想いを浮かべつつ隣を窺うと、そこに立っていたのはルジェさんではなくあの銀馬だった。

 

 驚いて瞬きをすれば、そこには普段と変わりなく微笑むルジェさんの姿。

 

「どうかしましたか?」

 

 普段どおりの優しい声が、俺を現実世界へと急速に引き戻す。

 

「……いえ、なんでも……。私もいつかここを走るんですね、とか考えていました」

「そうですねえ。間違いなく走るでしょうねえ」

「リズはドーロちゃんと一緒に走れるかなぁ?」

「同級だし得意距離が近いですから、きっとありますよ」

「わたしとは?」

「私がシニアになったら多分? ……あっでも、ルジェさんは多分その頃もうG1がメインですよね」

「ドーロちゃんがG1ウマ娘になっていれば良いんですよ?」

「うぇぇ? まだデビューどころかトレーナーすら決まってないのに、そんな。気が早すぎますよ」

「ドーロちゃんならきっとなれるよ。リズはそう思う」

「リズちゃんまで……」

 

 両方からG1ウマ娘、G1ウマ娘と囃し立てられてだんだんと恥ずかしくなってくる。褒め殺しですかそれ。期待値が高いのは分かるけどちょっと早まり過ぎじゃありませんかね。

 

 そんな感じでわちゃわちゃしていたら突然、場内放送から音楽が響き渡る。音に驚いてその出所を探して振り向くと、見上げるほどに(そび)える観戦スタンドの付け根に開いた出口から、人波がどんどんと俺たちのいる方に吐き出されてきていた。

 

「人がみんなこちらに来ますよ」

「パドックが終わって、本場入場ですね」

 

 場内アナウンスでは次のレースに出走するウマ娘の紹介が読み上げられていく。そのたびに一人、また一人と俺たちの目の前にある地下通路の出口から体操服姿のウマ娘が歩いて出てきた。彼女らを先導するのは男性の着るコートのような衣装を着たウマ娘が2人。出走する全員が芝の上に出たところで横一列になり、観客席に向けて一礼した。そのとたんに客席から湧き上がる拍手の嵐と雷鳴のような歓声が耳を突き刺す。あまりのうるささに思わず目を瞑り耳を絞ってしまったが、その隙に出走ウマ娘たちはスタンド前から消えてしまっていた。

 

「出走する()たちはどこに行ったんでしょう?」

「次のレースはマイルですから、向こう正面のスタート地点に行ってしまいましたね」

 

 その答えにコースを見回すと、まさに2コーナーの辺りを何人かのウマ娘たちが軽い足取りで向こう正面に向けて駆けているのが見えた。しかしそれもすぐ目の前の巨大モニターの陰に隠れてしまう。スタート地点はちょうどこのモニターの裏側になるらしく、直接スタートの瞬間を見ることはできないようだ。その代わりスタート地点の様子はそのモニターに大写しにされて、はっきりと様子が分かる。モニターの右端には『東京9R』の文字が光っていた。

 

 モニターにはスターティングゲートとその前で思い思いにアップを続けるウマ娘たちの姿が映し出される。屈伸運動をする娘、その場で旋回している娘、そしてじっと何かを考えている娘。一人一人の細かな表情までは分からないが、それでもモニター越しにそれぞれの気迫が伝わってくる。

 

「今日の第9レースはプレオープンの特別レースですね」

「プレオープン?」

「勝ち数が足りてなくて、まだ重賞レースに出走できないクラスの()たちが走るレースの事だよ」

「条件戦、とも言うのですけれど、デビューからの通算で勝ち数が3回以下の()だけが出られるレースの事ですね。

 このレースは1勝クラスと言いますから、メイクデビューか未勝利戦で1勝上げた()が走るんですねえ」

「それでもこれだけの人たちが応援に」

「そうですよ。

 ドーロちゃん。ウマ娘は()()()()()()()()()()()()と言われますけど、デビュー戦を勝っただけの娘でもここにあるこれだけの想いをその両肩に乗せて走るんですね。そしてその想いは本当にわたしたちの力になるんですよ。その事はどうか忘れないで」

 

『想いを力に変えて走る』

 

 ルジェさんの残したそのフレーズが耳にこびり付いて離れない。ファンファーレが鳴り響いた。

 




次回、輝きの一部始終。
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