起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
「ドーロちゃん、ドーロちゃん。そろそろ起きて下さいね」
優しい声が夢の中に響く。
「起きないとイタズラしちゃいますよう?」
イタズラという言葉に反応して急速に覚醒していく。パチッと視野が明るくなると、目の前には見知った顔。
「ああ、やっと起きましたねえ。おはようございます」
「お、おはよう、ござ……ってルジェさん……。
!
って事はもうお昼ですかっ!?」
「そうですよお」
「あれ? 病状について先生からお話があるはずじゃ」
「ヴェントドーロさんが気持ちよく眠っていらしたもので、起こすのも申し訳ないかと。どのみち午前中いっぱいは経過観察の予定でしたしね」
声のする方に顔を向けると、白衣に身を包んだ背の高めな男性が立っていた。若い見た目なのにキリッとした感じで、結構な好青年風。
「す、すみません……。ぐっすり眠ってしまって」
「いえいえ。ちょっと疲労が溜まっていたようですね。
それからケガの方ですが、手のひらを少しすりむいたくらいで、頭部やそのほか、特に問題はありませんでしたよ」
「そうですか……ありがとうございます」
「そんなわけですので、もう戻っていただいて結構ですよ」
お医者さんの瞳がメタルフレームの奥からにっこりと微笑んだ。
ルジェさんに手を引かれて医務室を後にする。
着替えと今日の予定を確かめに戻りましょうかと彼女が言うので、一旦寮に戻ることになった。
医務室に来た時とは違って、自分の足で学園を歩く。
朝とは異なりすれ違うウマ娘が騒いだりはしない。ただ風に乗って少しばかりひそひそ話をしている気配は伝わってくるが。
そして俺のウマ耳は敏感にそれらを感じ取って、無意識のまま時折ピク、ピクと声の出所を探している。耳が動くという慣れない感覚が、俺にウマ娘としての自覚を植え付けていくようだ。
「そういえばあ、医務室のお医者さんには記憶喪失のこと、尋ねなかったんですねえ?」
「あっ……」
ルジェさんに言われるまですっかりその事を忘れてしまっていた。というか、あんなに顔を近づけて起こされてしまっては、そんな考え程度全部きれいさっぱり吹き飛ぶし。
それは主にルジェさんのせいですと心の中でだけ悪態を吐いておいた。
そんな事を考えながらも歩みは進み、学園の校門を出て真向かいの寮へとたどり着いた。
朝出かける時には気づかなかったが、玄関口は『美浦寮』と書かれた木の看板が掲げられた少し古風な構え。昇降口でスリッパに履き替えると、やや暗い茶色のロングヘアーを靡かせたウマ娘が腕組みをして待っていた。
「あらあ寮長さん、お出迎えありがとうございます」
「ヴェントドーロ、無事に帰ってきたね。医務室に運び込まれたと聞いた時にはキモが冷えたよ。
ルジェもお役目ごくろうさま」
スマイルで出迎えたウマ娘はこの寮の寮長らしい。しかしやはり俺の記憶には全く浮かばない人物だった。
「はい、なんとか無事でした。少し手をすりむいたくらいで」
俺は当たり障りの無いように返しつつ、話を合わせていく。
「そうかい。
ちょっとしたことで学園生活を棒に振っちゃう娘も居るからね。無理は禁物、気をつけておくれよ?」
「はい。肝に銘じます」
「いい返事するねえ。なかなかしっかりした娘じゃないか。困りごとがあったら、なんでもこのイソノルーブルに相談しなよ」
「あらルーブル寮長、ドーロちゃんにはわたしがいますから大丈夫ですよ?」
「ルジェ、お前さんでも悪くはないけどたまに暴走するだろう?
そうだヴェントドーロ、ルジェは掛かり癖が出ることがあるからね。もしもの時はためらわずにあたしを呼ぶんだよ?」
「寮長う、その言い方は酷いですよう」
そんな掛け合いを交えつつも、ルジェさんと寮長の笑い声が響く。どうやらこの二人はかなり仲が良いようだ。
だけど寮長の言う『もしもの時』というのが一体何なのか、俺にはちっとも分からなかった。
寮長に愛想笑いを返しつつ、俺はルジェさんと共に自室に戻った。
「さて、ジャージは土ぼこりで汚れてしまいましたし一旦脱いでしまいましょう。代わりに制服に着替えましょうねえ」
そう言いつつルジェさんは、俺の方のクローゼットを開いて制服一式を取り出す。そして素早く俺のジャージのファスナーに手を掛けてきた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。脱ぐくらいは自分でもできますから」
「分かりましたあ。でも制服はいろいろと作りがややこしいのでわたしがお手伝いしますからね」
俺の申し出に対しあっさりと引き下がったルジェさん。でもベッドに腰掛けて着替えを注視していて、隙あらば手を出そうという意思がありありと浮かんでいた。
ルジェさんには下着姿を今朝隅々まで見られてしまっていたが、やっぱりまだ恥ずかしい。ジャージの上着は脱いだものの、その次になかなか取りかかろうとしない俺の様子に業を煮やしたのかルジェさんの檄が飛ぶ。
「ほらほら手が止まってしまいましたよ。やっぱりわたしが脱がせてあげましょうかあ?」
「いえっ、やります! やらせて下さいっ!」
彼女に任せたら単なる着替えで終わりそうにない予感がする。ここは頑張りどころだヴェントドーロ。
自分自身に活を入れ、ええいままよと残っていた体操服の上下を共に一気に脱ぎ去った。そして、クローゼットのフックに掛かった自らの制服と対峙する。
トレセン学園の夏制服。
白を主体にして紫色の切り替えとアクセントが随所に入った、落ち着きを持ちながらも軽快な印象を醸す色柄の、変形セーラーカラーを持つトップ。スカートの腰元に開いた尻尾穴は、それがウマ娘のための服であることを雄弁に物語っている。そしてトップとスカートは背中だけが繋がった謎の構造。一部でも繋がっているのは激しく動いても着崩れしない配慮がされているのだろうけど、どうして普通にワンピースになっていないのか。しかもそのせいで着用の仕方が非常にわかりにくい。勇んで対峙してはみたものの、早々に白旗を掲げてルジェさんの助けを乞うしかなかった。
「そうなんですよ。トレセンの制服は難しいんです。上下がつながっているので。
まずですね、専用のペチコートを穿いて下さいね。これは簡単ですよね。あ、尻尾穴が開いていますから尻尾もちゃんと通すんですよ?
それから制服の本体なんですけど、これはトップの左側にファスナーが付いているので……まずそれを開いちゃって下さい。そうすると身幅に余裕ができて身体が通るようになります。スカートの方から頭を入れて……そうそう。
スカートのウエストが実はゴムになっているんですよねえ。全部じゃないんですけれど」
ルジェさんに手伝われるまま、言われるとおりに制服を着込んでいく。フリルペチコート、制服本体、ニーハイソックス、そして尻尾上のリボン。
「できましたあ。思った通りです、ドーロちゃんは制服がよく似合いますねえ。金色の髪と尻尾が制服の紫色によく映えていますよ」
こちらが恥ずかしさのあまり穴に隠れたくなるくらいのベタ褒めである。
「姿見で見てもらってえ。ほら、かわいい」
ニッコニコに微笑んだルジェさんに後ろから両肩を掴まれてくるりと回れ右。クローゼット扉にはめ込まれた鏡を前にする。
今朝まだ薄暗い中、手鏡で見たのとは違って今はお昼。レースカーテンの掛かった窓辺から差す柔らかな光を乱反射させて、俺の金色の髪は女神も斯くやというが如く、淡い光をまき散らしていた。
「……これが……お……じゃなかった、私?」
ド定番のセリフを自然に紡ぐくらいには、自己採点満点の美少女がいた。
次回、ウマ娘の限界に迫る。