起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
掃除はあらかた終わりましたし、せっかく2人になれたのですからとルジェさんに誘われて、談話室の奥でしばしの休憩タイムになった。
日曜日の午前。朝食時間帯も終わって時計はもう10時近くになる。寮生の皆は出払っているのか、他に
そしてその会話は気負うところを感じさせず、滑らかに始まる。
「ドーロちゃん、もう怒ったり悲しんだりしませんから訳だけ聞かせてもらえませんかあ?
今朝はどうしたんでしょうか、1人でこっそり出かけるなんてえ」
彼女の柔らかで真っ直ぐな眼差しが俺の心を見透かすように見つめてきた。
訳を聞かせると言ってもそれは今朝見た夢の話をするだけ……ではあるが、あの夢で最後に出てきたのは紛れもなく馬の顔だったわけで。馬という生き物を知らないルジェさんにどれだけ理解してもらえるのか。正直に話したところで夢の話だし、よく分からないこととして終わってしまうだけなのではないかと、話す前からすこしピントの外れた心配が湧いてくる。
しかし彼女の双眸からは真剣にこちらの話を聞きたいという願いが伝わってくる。その一途さに押し出されるように、俺の口から言葉が零れ始めた。
「……すこし夢見が悪くて、目が……覚めちゃったんですよね。それで、その夢の意味を走りながら考えてみようかと思って」
そこまで言って、少し言葉を切った。わずかに頷く彼女の瞳がその先を促す。
「夢の中で私は草原に立っていたんです。くるぶしの長さぐらいに揃った草で一面に覆われていて、遠くに見える湖に向かって緩やかに下っている、そんな広い広い草原。
他に何もないので、私はその湖に向かって歩いて行ったんです。
畔に着いたときに、風はあるのに水鏡みたいに静かな水面に違和感があって、ふと、覗き込んでみたんです」
ここからは先ほど懸念した夢の核心に触れる。俺は一息区切ってルジェさんの表情に変わりのないことを確かめると、少し話の方向性を変えて続けた。
「……それで、ルジェさん。私が記憶喪失になった朝のこと、覚えていますか?」
「え? ええと、色々ありすぎてどの辺りのことだったか分かりませんねえ」
「一番最初のところですかね。ウマ耳とか、ウマ尻尾を見て私が驚いていた辺り」
「ああ。そういえばありましたねえ。耳としっぽを見て大層驚かれていましたあ」
「その時、馬っていう動物のお話をしたと思うんですよ、覚えていますか?」
「確か……こことは別の世界にいるウマ耳とウマ尻尾を持った動物だと、言っていましたよねえ。それがドーロちゃんの見た夢の話と、なにか関係があるんですかあ?」
「……その湖の水鏡に映ったのが、馬の顔だったんです」
「ウマの顔……ですかあ?
……うーん、それって……ドーロちゃんのお顔そのままって事ですよねえ?」
そんなルジェさんの一言に、俺はうっと詰まる。どうしてそういう理解になるのかと一瞬考えて、ああそうか、ルジェさんは『動物としての馬』の事をまだよく知らなかったのだったと改めて気がついた。ここでは『
「あ、いえ『ウマ娘』の事ではなくてですね、私の知っている動物の『馬』の顔が見えた、っていうことなんです」
「はあ……。それって、動物だからやっぱり毛むくじゃらなんですよねえ?
ドーロちゃんのお顔で毛むくじゃらなのは……、それはやっぱり、ショッキングでしたよねえ」
それを聞いて、俺は多分
そこで双方ともに押し黙る時間があって、次に口を開いたのは俺。
「……私の言う『馬』について、もう少し詳しく説明しないとだめですね。
えーと、なにか書く物は……」
「たしか電話機のところにメモ用の筆記具があったかと思いますよう」
そう言ってルジェさんが指差した方向にあったのは、なんだか懐かしい形をしたダイヤル式電話機だった。しかも、受話器が妙に長い気がする。
その電話機の下、ちょっとしたスペースにはわら半紙が無造作に積まれていて、ペンもそこに納められていた。
俺は受話器の長さを気にしつつも、紙を数枚と、ちょっと先の丸くなりかけた鉛筆を手にルジェさんの下へと戻る。そして俺の見た馬の顔を紙に描きながらルジェさんに説明を始めた。
「私が夢で見たのは正面顔だったので、確かこういう感じです」
そう伝えつつ鉛筆を走らせるが、俺の
そうして時間も掛からず描き上がったウマの正面顔、それを覗き込む俺とルジェさん。
「……なんて言うんでしょうか、とても愛嬌のあるお顔ですねえ。すごく縦に長い……。それから頭の天辺に……ウマ娘と同じ形のお耳が付いていて、少し髪の毛もあるんですかあ。
うふふ。愛嬌はありますけれど、確かにこれが急に目の前に出てきたら驚きますう」
そう言ってルジェさんはクスクスと笑い出してしまった。
どこがツボに入ってしまったのか分からなかったが、俺は言葉を続けながら次に横からの全身像を描く。それはまるで今見て来たかのようにサラサラと描き出された。
「それでですね、全身を描くとこんな感じになるんですね」
「なるほどお。首が長くて、髪の毛が首筋にずぅっと伸びているんですねえ。それでお尻には尻尾。これは確かにウマ娘と同じ尻尾ですねえ。それに、すごく太い……トモでしょうかあ。これだけの太腿があればずいぶんと速く走れそうですよねえ。
でも不思議ですねえ。これで角があれば鹿と言っても良いのでしょうけれど。角はないんですよねえ?」
「角のある子はいませんね。あと分かりにくいかも知れませんが、足の先がですね、ちょうど私たちの履くシューズみたいに丸いんですよ」
「蹄鉄シューズの事でしょうかあ? あの蹄鉄みたいな丸みが付いているって事でしょうかあ?」
「そうです、その通り」
そうして最後にヒトとのサイズ差を描こうと思ったのだが、馬の姿は上手に描けたのに人の姿は線がのたくって上手く描けない。仕方なく棒人間で大体のサイズを描き出した。
「それは……?」
「人です」
「あら、まあ。おウマさんに比べたら随分とぞんざいな」
「なぜだか上手く描けないんです……」
まあまあ誰にでも得手不得手はありますからあとルジェさんに慰められたが、どうして馬だけは上手に描けるのか、その謎は晴れないままだった。俺の中だけの事ではあったが。
「あっ、こっちにいたんだね。そろそろ1時間ぐらい経つよ」
聞き慣れたリズちゃんの声が談話室の入り口から届いた。