起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
「でも、きんばらはやてというのが誰かの名前だとして。いったい誰の名前なんでしょう?」
「ドーロちゃんのパパとか? 男の人の名前っぽいよね」
「ドーロちゃんのお父様のお名前って――」
「……すみません、覚えていないんです」
「――ですよねえ」
結局、きんばらはやて=金の風=ヴェントドーロというところまで辿り着いただけで、それ以上話の進展は望めなくなった。
いや、むしろドーロの中にいる俺という存在が一体何者なのか、俺自身余計に理解しづらくなったとも思える。もっともこんな事を考えているのは俺だけで、他の2人は俺のことをドーロ本人だと信じ切っているはずだ。
ともあれ時刻もお昼に近づいて、談話室に他の生徒がちらほらと現れるようになってきた。
なんとなくそれ以上話を続けるのも憚られた俺たちは、早くも乾燥の終わった洗濯物を取り込んで寮室へと戻って行った。
§
「さて、お昼はどうしましょうかあ」
ベッドにシーツを敷き終えたルジェさんがそんな事を口にする。するとお昼というワードに反応したのか、朝食の後からずっと静かだった腹の虫が目覚めた。
『うぎゅ?』
「おなかちゃん、起きた?」
『きゅいきゅ』
またもやリズちゃんが腹の虫と会話を始めたが、俺ももう慣れた。ただルジェさんの言い方が気になったので尋ねてみる。
「寮食じゃだめなんです?」
「お昼は寮食では用意されていないんですよう」
「あ、そうなんですね。では学園のカフェテリアで?」
「それも日曜日は開いていないんですよねえ」
『ぎゅぇぇ~?』
「あ、おなかちゃんがショック受けてる……」
いやリズちゃんなんで腹の虫の感情まで読めるんですか……、とはいえ寮食もカフェテリアも開いて無いと聞いて俺も少々驚いた。
「うぇ……もしかして今日はランチ難民になっちゃうんでしょうか」
「寮のキッチンは開いているので、自分で何か作って食べるか……あとは外へ食べに出るか、ですねえ」
「外……ですか……」
外食と聞いて心配になった。
腹の虫を満足させるだけの食事量、果たしてそれを賄えるだけ料理を出してくれるお店があるのか。それにもしお店があったとしても、一体お金がいくら掛かってしまうのか。
『きゅぅぅぅぅ……』
突然のお昼ご飯危機に、腹の虫もすっかり消沈してしまったように鳴いている。
俺はといえば心配のあまりよほど情けない顔をしていたのか、ルジェさんが見かねて提案してくれた。
「ドーロちゃん、外でのお食事はまだ不安ですかあ?」
優しい問いかけに、俺は軽く頷く。
「ですよねえ。それじゃわたしが用意しましょうかあ」
「うぇぇっ!? そんなの悪いですよ」『ぎゅぃきゅぃ』
「でも、お昼抜きって訳にはいかないでしょう?」
『ぐきゅぅぅ……』「それは、そうなんですけど……」
「材料は自由に使って良いものが寮食のキッチンに常備されていますし、それにわたしの作るお料理を、もっとドーロちゃんに食べて欲しいので」
ニッコリと目の前で微笑むルジェさん。あなたは慈母なのか? 聖女なのか? あ、両方か。この際俺に対して想いが重いのは脇に置いておくとして。
「リズもがんばって作るよ。だからおなかちゃんはいっぱい食べてね」
『きゅきゅきゅぃっ』
リズちゃんは俺ではなく腹の虫に話しかけていた。
§
さっそく寮食の隣にある生徒用キッチンへと向かった。
そこは生徒用とはされているが、複数人が同時に調理できるようにかなり広いスペースで、コンロや水回りといった調理に必須の設備が数組並べられていた。
その一角では実際に数人の生徒がお昼ご飯を作っている様子だ。
「さてえ。まずは在庫の確認からでしょうかあ」
慣れた様子でルジェさんが冷蔵庫の中身を確認していく。その間にルジェさんからの指示をあらかじめ受けていたリズちゃんが食品庫で野菜類を物色中だ。そして。
「鶏のもも肉8枚、タマネギ12個、ピーマン20個……」
「……にんじん12本に、キャベツが5玉と……先輩、あとは?」
「ご飯は3人分で3升もあればとりあえず足りるでしょうかあ?」
「ドーロちゃんがそれで足りるかどうか分からないけど、お野菜もあるし……。リズは4合くらい食べるかな、先輩は?」
「良いところ2合ぐらいでしょうかねえ」
「作るのはチキンライスでいいんだよね?」
「そうですねえ、あとはキャベツとにんじんを刻んでキュウリとトマトを添えて簡単にサラダを作るとしてえ……少しスープも作っておきましょうかあ」
「シメジとマイタケでコンソメスープでも作る?」
「いいですねえ。刻んだベーコンといっしょにちょっと炒めて香ばしくしましょうかあ」
野菜切るのを手伝いますと伝えたにもかかわらず、ルジェさんとリズちゃんの2人でちゃっちゃと下ごしらえが進んでいく。
いつもやってもらってばかりだし、俺も今のうちから多少は調理ができるようになっておかないとと思っていたのだが。どうやら2人は俺のことを徹底的に甘やかす気満々だ。
仕方がないのでキッチンからほど近い食堂の席に座り込み、2人の様子をのんびり眺めることにした。
『ぎゅっきゅぅ♪ ぎゅっきゅぅ♪』
先に昼ご飯を作り始めていた他の娘たちも調理が進んで、美味しそうな香りが寮食に広がる。その香りにつられるように、腹の虫が鳴き声の調子を段々上げてきた。俺も空腹感が増してくると共に、食事が楽しみになってくる。
「おまえは欲望に素直だよねえ、腹の虫」
『きゅっ♪』
何気なく呟いたつもりだったが、腹の虫から返事があった。なんとなく俺の言葉を肯定されたような気配がした。