起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
なんとか踏みとどまりました。
3月4月5月は忙しいんじゃよ……主にウマ娘描かねばならんでの。
週が明け月曜日。いよいよ選抜レースウィークに入った。
早朝自主練に出る生徒の数は前の週と比べても明らかに多くなり、みんな最終調整に余念がない。
日中、教室の様子もこれまでとは違ってどことなく緊張感の漂う雰囲気だ。
もちろん2班の連中もそんな緊張感を色濃く漂わせて午後の全体練習に臨んでいた。
そして俺だ。
「最初はゲートくぐりから始めましょう。ドーロさん、今はまだ大丈夫ですか?」
「は、はいなんとか」
織田先生付き添いの下、一人特別メニューでの練習となった。
練習トラックの内側にある角バ場。そこには5人建て用の練習用スターティングゲートが据え付けられていた。
今はまだ遠巻きに眺めているだけだ。とりあえず心身に変調は起こっていなかった。
「まずは慣れるところからです。後ろからだけでなく、前からでも横からでも好きな方向から見て触って確かめて下さい。
横を付いて一緒に歩きますから。ダメなら立ち止まって。大丈夫、僕が傍に必ずいます」
「はい……」
先生は優しくそう言ってくれるが、ゲートを怖れる理由が自分でも分からないのだ。気にしすぎると余計危ないのは分かるが、意識せずにいられるほど俺のメンタルも強くないわけで。
じっとゲートを見据えつつ一歩二歩と近づくにつれて、心拍がどんどん上がっていく。10歩も進まないうちに先生からストップが掛かった。
「ちょっと止まりましょう、心拍が上がりすぎてる。ゲートから目を離して僕の方を見て下さい――
そうです、そこでゆっくり息を吐いて――ゆっくり吸って」
左手首に巻かれたセンサーを介して、織田先生の持つ端末に俺の心拍の変化が送られていた。先生はそれを確認しつつ俺の隣にぴったりと寄り添って歩調を合わせていたのだ。
「――少し落ち着いてきたかな。ドーロさん、今ゲートに近づきながらなにか考えていたり思い出したりしましたか?」
そう先生に尋ねられたが、俺としてはそんな覚えはなかった。とにかく近づくにつれて勝手に身体が緊張を覚えていったのだ。
「いえ、思い出したりとかは何も。近づくにつれて勝手に心拍が上がっていったようです」
「ふむ、やはり深層心理に何かがあるのかな。ゲートに触れるまで近づくことができれば解決の糸口もありそうですが、今の状況では少し難しいか」
それから先生の指示で距離を詰めないままゲートの周りをぐるりと歩いて回ったり、先生に手を引かれてゲートを見ないように後ろ向きに近づいたりと、俺の反応を確かめる動きを色々と試してみた。
その中で一番効果があったのは後ろ向きに近づくことだった。どうやら視界にさえ入らなければ大丈夫なようだ。ただそれもゲートに触れる前までのこと。ゲートに触れた途端心拍は飛び上がってしまう。
「どうやら見えていなければなんとかなるみたいですね。でもゲートの存在を覚知してしまうとやはりダメと」
「……なんだか、すみません」
「いやいや、それだけドーロさんのこの問題は根深いということです。じっくりと改善を目指していかないといけません。幸いあと4日ありますし、焦るにはまだ早い」
その後も色々と手を変え品を変えて、ゲートに近づく訓練が続いた。
最終的には目隠しをして誘導されてゲート内に収まるところまで
「……すみません……」
「いや、2時間程度でここまでできたのですから大きな進歩ですよ。あとは音に対する反応をどうにかできればスタートは切れるでしょう。それに――」
「それに?」
「この反応を上手く使えばスタートが早くなるかも知れない」
「それはさすがに……そう上手く、いくとも思えないんですが」
俺の気弱さとは逆に、織田先生は満足げに話した。
結局その日の特訓はそこまでで終わった。明日の午後も天候が良ければ今日と同様に特訓を行いますと告げて、織田先生は医務室へと戻っていった。
別メニューでトラック練習を続けていたクラスメイトの下に戻る。真っ先に駆けつけたのはやはりリズちゃん、そしてプリ子。
俺のことがよほど具合悪そうに見えていたのか、駆け寄ってきたリズちゃんの表情が優れない。対するプリ子はいつも通り飄々としたものだ。
「ドーロちゃん、顔色悪いよ? どこか具合悪くなったりしてない?」
「大丈夫ですよ。ちょっと精神的に疲れただけです。先生には大きく進歩したと誉められました」
「トド、どうだい選抜レース、出られそうか?」
「まだちょっと分からないですね。先生には誉められましたが」
しばし休憩を挟んでから、クラスの練習に合流して何本かダートでマイルを走る。2班のメンバーは普段通りの対応で、流石に先日のようなレースを吹っ掛けられることはなかったが、それなりに絡まれてそれなりに力の籠もった併走になった。
最初の周回こそ脚が伸びなかったがそれもすぐになくなって、2周目からはプリ子と抜きつ抜かれつを演じるほどには回復していた。
「どうやら脚には影響ないみたいだな、安心したぜ。あとはゲートだけだが、まあトドのことだしなんとかなるんだろ?」
インターバルのひととき、プリ子はあっけらかんとそう言う。織田先生も進歩ありとは言ってくれたが、俺自身の手応えはそう芳しいとは思えなかった。
練習が終わり、寮に帰って夕食の時間。精神的な疲れのせいで食事が入らない……なんて事はなく、いつも通りの爆食模様だったのが幸いと言って良いものか。
§
2日目の特訓が始まった。
角バ場で待ち構えていたのは織田先生の他、研究所のスタッフさん2人。
初日と同じように目隠しをして、織田先生に手を引かれながらゲートをくぐる。何度か行ううちになんとなくゲートの位置が分かってくるせいか、その地点に近づくと脚が重くなる。そんな脚を意志の力でねじ伏せて歩くうち、ふと先生の行き足が止まった。
「先生?」
急に立ち止まった事を不審に思い声を掛けてみるが返答はなく、それどころか焦る俺を置いて先生の手が離れてしまう。
俺は目隠しされた暗闇の中に一人残されてしまった。
先生の足音は聞こえなかったのでまだ傍にいるはずだが、声を掛けても返事はないまま。どういう意図があるのか分からず、俺はその場に立ち竦む。
不安感が増してきて心悸が上がる。目隠しを外す勇気も出せないまま焦っていると手に触れるものがあって、先生の声が隣からかかった。
「進みますよ」
再び手を引かれて歩き始める。するとあれほど早鐘を打っていた心臓はすっと落ち着いて、不安感もどこかに行ってしまった。
そのうちに先生はまたふと立ち止まっては俺1人その場に置かれ、いくらかの間を取ったあと再び手を取って歩く。
そんな事を何度も繰り返すうちに、どこにゲートがあるのか段々と分からなくなってきて、1人で置いておかれても平穏を保てるようになってきた。
何度目かの立ち止まり。先生に手を引かれたまま、真後ろでカチャンと金具の音が発せられた。とたんに心拍が上がりしっぽも逆立ったが、手を繋いだままであるせいかすぐに平穏を取り戻した。と思った矢先。
「目隠しを取りますよ」
ちょっと待って下さいと言う暇もないまま、目の前がパッと明るくなる。目の前に見えたのは角バ場の柵で、キョロキョロ振り返ってみれば、先ほどの金属音の源と思われるゲートマシンは遙か後方だった。
「この位置は予想外でしたか?」
二の句が継げず、こくりと頷いた。
それでは続けましょうと、再び目隠しをされる。
そしてぐるぐると引き回されては立ち止まり金属音、そして目隠しを取っての位置確認。
ゲートを操作しているのは織田先生が連れてきた研究所スタッフで、データを取りながら特訓を手伝ってくれているようだった。
そんなことを何度も繰り返すうちに、金属音を聞いてもさほど驚かなくなった。
次回、また“あの世界”へ。