起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません   作:裏白いきつね

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この黒い奴、喋るぞ!?


第74話 黒い風

 

(……あれ? ここはどこでしょうか?)

 

 気がつくと俺は街の景色の中をゆっくりと前に進んでいた。自らの足は動いていない。そしてなにかに腰掛けたまま、規則正しく上下に揺れる景色が後ろへと流れ去る。

 

(しかも普段より視点がずっと、高いような?)

 

 不審に思い足元を見下ろすと、黒い毛むくじゃらの背中に跨がっていた。その先にはこれまた黒い髪が連なって生えていて、更にその先には一対の馬耳が見える。

 どういう訳か分からないが、俺は馬の背中に跨がって歩いているようだ。

 そして俺の両手には今騎乗している馬のハミへと続く手綱が握られていて、両足はぶらんと下ろされていた。

 

 ガードレールの向こうに歩道を挟んでガラス張りのお店らしき建物が見える。

 その中は暗く、ガラスは鏡のように俺たちの姿を映し出していた。

 

 黒鹿毛の立派な馬体と、その上にちょこんと乗っかる金髪尾花栗毛の見慣れた姿。

 ウマ娘と馬が同居するこの場所は、あの夢の世界の中だと理解するのはすぐだった。

 

 黒鹿毛さんは俺を乗せたままトコトコと街中を歩いている。更にどういう訳か俺たちの前後には自動車が詰めていて、常歩(ウォーク)で進む馬と同じ速度で進んでいる。

 状況を整理すると、渋滞の続く街中で俺は馬に乗って車道を進んでいるという事のようだ。

 

(あぶみ)に足が掛かってないのはちょっと危ないですよねえ)

 

 俺は落ち着いて足元を探るが鐙が見つからない。馬が足を止めた時に覗き込むと、鐙の位置は脇腹ではなくもっと上だ。

 

(鐙がこんな高いところに? 鞍も薄型だけど……これは調教用ですね。んんん?)

 

 はて、とその時に気がついた。どうして俺に馬具の知識があるのか。

 それに馬の扱い方も分かる気がしている。

 今は前後を車に挟まれて自由に走れない状況だが、それがなくなればきっと思うようにこの子を走らせられる確信がある。そして

 

(結構はっきりとこの子の気持ち、伝わってくるんですよね)

 

 先ほどから前後を車に挟まれて歩いたり止まったり。あまり手綱を繰らなくても、この子の意志で進んでいるのが分かる。その一方で思うように走れないことが原因の欲求不満が強く伝わって来ていた。

 

「もっとスピード出して走りたいですよね。分かりますよ、でもここじゃダメですからね。

 なんとか考えてみますから、もうちょっと辛抱して下さいね」

 

 毛に覆われた首筋をポンポンと叩きながら、耳元でそう言葉を伝える。すると俺の言葉を理解して、苛立つ気持ちが少し収まるのを感じる。

 やはりこの子とはちゃんと意思疎通ができている。

 

 そうやって時々あやしながら歩いていたら段々と渋滞が酷くなり、ついに車列が動かなくなってしまった。

 

「とうとう止まってしまいました。困りましたね……あなたもそろそろ限界ですね、あんまり気は進みませんが……」

 

 車列はすっかり止まってしまって遙か彼方まで渋滞している。その一方で広めに取られた路肩はこの子が走っても余裕のある幅でその先へと続いていた。

 

 俺は手綱を繰って路肩へとこの子を導く。そして徐々に速度を上げていく。

 最初は車の陰から何かが飛び出してこないか注意を払いながら走っていたが、夢の世界なのだから邪魔する者が出てくるでもなく、気がつけば襲歩(ギャロップ)で疾走していた。

 

 甲高い足音を蹴立てて前進していく。どんどん車列を追い越していくうち、今のこの景色に既視感を覚えるようになってきた。そしてほんの少しの記憶も。

 

(この先、確か何かあったはず)

 

 朧気に危機感を覚え始める。手綱を引き速度を緩めようとするが、従順だった黒鹿毛さんはどういう訳かここに来て言うことを聞いてくれない。

 居並ぶクルマが背の高いトラックだらけになって視界も悪くなってきた。今横から何かが飛び出してきても、それを避けることはできそうにない。

 彼方に車列の切れ目が見えた。それはあっという間に近づいてきて、あともう少しで届く瞬間

 

 切れ目の陰から大型トラックがゆっくりと姿を現した

 

 咄嗟に手綱を思いっきり引っ張る

 

 だがそれは今まで感じたこともないような重さで抵抗して

 

 そうするうちにもトラックの横腹は刻一刻と近づいてきて

 

 まるでゲートのようにも見えるトラックのサイドバンパーがあんぐりと口を開けたように見えて

 

 俺の身体はそのままこわばって

 

 衝突したはずの時刻

 

 俺の視界は青空のただ中にあった。

 

 バンッ!! っと響いた大きな打撃音が俺の意識を引き戻す。

 見ると黒鹿毛さんはあの大型トラックの荷台に一蹴り入れて、俺と一緒に空中に躍り出たところだった。

 

(こんな高いところから落ちたら、この子の脚が砕けてしまう!)

 

 近づくアスファルトを凝視したまま、俺は祈る気持ちで馬の首元にしがみつく。

 衝撃を覚悟して耳を引き絞ったが、意に反して聞こえたのは軽やかに着地を決めた蹄鉄のトレモロと路面を擦る音。

 そして行き脚はようやく止まり、静寂の中バフバフと馬の鼻息だけが聞こえた。

 

 顔を上げる。噴き出す汗で濡れた逞しい首筋が見える。

 ブルブルと2度3度首を振ると、『どうだい上手く躱しただろ?』と、黒鹿毛さんが振り向いて目を合わせてきた。

 

「躱したと言うか、かなり強引でしたけど。でも、無事で良かった。ありがとうございます、助けてくれて」

 

 そう言ってしっとりと濡れる首元を何度も何度も撫でてあげた。

 

『今のアンタならこれくらいできるさ』

 

 息を切らせつつも、黒鹿毛さんはそう伝えてくる。

 

「そうでしょうか?」

 

『怖がることは何もないさ。自信持ちな』

 

 励ましてくれる気持ちが、熱いほど強く伝わってくる。

 

『さ、もうちょっと走るぜ』

 

「え、どこへ?」

 

『家だよ』

 

 そう伝えて、黒鹿毛さんは再び走り始める。今度は先ほどとは違って蹄鉄の音を軽快に響かせ速歩(トロット)で進んでいく。

 道路を埋めていた車はいつの間にか全て消え失せていて、夏草に覆われた野原の中に延びる一本道を、2人だけで駆けていく。

 

 なんとなく懐かしい気持ちにさせる風景が流れていく。この景色にも見覚えがあった。

 遠い遠い記憶の底に沈んでいた景色。それがゆっくりと浮上する。どこで見た景色かまでは思い出せなかったけれど。

 

 どれだけ進んだだろうか。一本道の先に見えてきたのは平屋の大きな建物。近づくと立派な塀で囲まれていた。

 黒鹿毛さんはその塀の中へと迷わずに入っていき、水場まで来たところでついに止まった。

 

「ここですか?」

 

 そう問いかけると首を上下に振った。『正解』と伝わってきて、その背中から降りた。

 鞍を外して馬房脇の鞍掛に掛けておく。

 黒鹿毛さんはしばらく水を飲んでいたが、満足したのかこちらの方にやって来て

 

『今日はありがとな、一緒に走ってくれて。久しぶりに乗せたが、やっぱり上手いな』

 

 と伝えてきた。

 

「待って下さい、久しぶりって、やっぱりってどういう事でしょうか?」

 

 聞き捨てならない言葉に焦って聞き返したが、その直後に視界はすっと暗闇に包まれてしまった。

 

 そして耳には聞き覚えのあるクラシック音楽が流れてきて、目にはどこかの風景画像が映る。

 

 そうだ、特訓3日目の今日は雨が降ったせいでゲート特訓の代わりに研究所で検査を受けていたのだ。

 無機質なグレーで塗られた研究室の壁が俺の帰還を出迎えてくれた。

 




次回、その考えは断固拒否。
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