起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
「ドーロちゃんっ!?」
遠く第2コーナーに霞む緑色のスターティングゲート。そこへ吸い込まれるように消えていった見慣れた金色の髪。
次の瞬間、わたしの目に映った光景は信じられないものでした。
まるでゲートを素通りして出てきてしまったかのように、スタートの瞬間に開いたゲートの先にいたのは猛然とダッシュするドーロちゃんの姿。
きれいにスタートが決まったのは良いことですけれど、ハナを切って駆ける姿はあまりに想定外です。ポジションを決めるためすぐに下がっていくだろうと思っていたのですが、そのまま彼女は加速を続けて行きます。
一歩進むごとに後ろと差が開いていくのを見て、わたしは思わず声を上げてしまったのです。
「先輩、ドーロちゃんが――」
「ええ、スタートは抜群でした。これ以上ないタイミングでしたがあ……でも、後ろとの距離も測らずにあんなに前に出てしまっては……」
「……最後まで、持たないかも」
リズちゃんの冷静な指摘に、わたしは頷くことしかできませんでした。
『――さぁ1人大きく前に出た娘がいるぞぉ、なんと10番、ヴェントドーロだ! そんな所にいて大丈夫かぁ!?――』
煽るような実況が流れて、異常事態に気づいた観客がどよめきます。
そんな観客席からの好奇の目には気づく様子もなく、彼女は1ハロン、2ハロンとそのままのペースで突き進んでいきます。
そして3ハロン目にたどり着く頃には、2番手とは大差がついていました。
『――10番ヴェントドーロ、最初の2ハロンを過ぎても勢いは止まらず一人旅! 大逃げです! 選抜レースで大逃げを披露したぞ!!――』
デビュー前の娘ばかりで走る選抜レースです。レース中の駆け引きに長けた娘が早々いるわけもなく、みんな自分の走りで精一杯。そんな中で1人大きく飛び出してしまったドーロちゃんを追いかけようとした娘がいなかったのは幸いだったのかも知れません。
「うーん? 少し脚を緩めてるのかな?」
「そうですねえ。少しではなく、かなり緩めていますねえ。差が開かなくなっていますよお」
「スタミナ切れ……じゃ、なさそうだよね」
「そうですねえ、あれは意図的ですねえ」
バックストレート後半から徐々に脚を緩めていたドーロちゃんですが、どうやら観客も実況もそれには気づいてない様子です。もちろん一緒に走っている娘は誰も気づいていないでしょう。ドーロちゃんのことを掛かってしまってレースを棒に振ったとでも考えて、垂れてくるのを待ち構えている様子に見えます。
『――間もなくレースも半分に達するところ。各ウマ娘位置取りを終えて、淀みなく流れていきます。先頭を走る10番は早くも第3コーナー、ここで中段から1人抜け出して上がっていくぞ、11番ホエロアだ――』
2番手から後ろのポジション取りは終わったらしく、1団となったバ群が、遥か先頭を駆けるドーロちゃんに続いて3コーナーへ入っていきます。と、そこでバ群の中ほどから1人抜け出して外を上がっていきます。桃色のお下げ髪を上下に揺らしていました。
「仕掛け始めた娘がいるね」
「そうですねえ。少し早いと思うのですが、このままではドーロちゃんに逃げ切られてしまいますからねえ」
『――その11番に釣られて後方のウマ娘も進出。3番と4番が続き、集団前寄りと混戦模様に――』
最初に出た11番の娘は集団の外からきれいに上がっていきます。それに気づいたのか集団前寄りの逃げ先行勢の内数人が11番の前を塞ぐ形で加速を開始しました。やや出遅れた感のある残りの差し、追込勢は前が詰まった形となって、思うように出られない様子がありありと見えます。
「後ろの方、詰まっちゃった」
「ドーロちゃんは4コーナー入口ですかあ……、あれは……再加速を始めていますねえ」
「行けそうかなぁ?」
「スタミナ勝負ですよねえ。最高速をゴールまで維持できれば、間違いなく行けるかとお」
『――さぁ大逃げを見せた10番ヴェントドーロは早くも最終コーナー! 2番手以下は追いつけるかぁ!?』
ドーロちゃんが最終コーナーを抜けて直線へと歩を進めます。すでにかなりのスピードがついていて、バ場の真ん中へ膨らむように飛び出してきました。後方集団とはまだ7バ身ほどの差が残っていますが、1人、2人と差し脚の鋭い娘が前に出て、徐々に差を詰めてきています。
よく見ると先日ドーロちゃんに絡んでいた黒鹿毛のウマ娘が、集団中ほどで進路をなくしていました。そんなに弱い娘ではなかったはずですが、レース展開に巻かれてしまったのでしょうか。
『――必死に逃げる逃げるヴェントドーロ! 2番手は11番ホエロア、その後を4番7番が追いすがる! 先頭との差は徐々に詰まって6バ身、いや5バ身になった。残り200で押すかっ? 差すかっ?』
ドーロちゃんと2番手との差は、実況が煽るほどには縮まっていないのが見て取れます。そしてゴールまで残り1ハロンとなって、その差が詰まらなくなっていることにも。
ドーロちゃんの表情がわかる距離になります。今まで見たことがないほど険しく猛々しい顔。ずっと先頭を駆け続けてすっかり疲れているはずなのに、その瞳にはまだまだ力が籠もっていて、踏み出す脚、蹴り上げる脚、ひたすら交互に振られる両腕、そしてそれらをまるで指揮しているかのように規則正しく振れる金色の美しいしっぽ。
ドーロちゃんがこちらに近づくにつれて、わたしのしっぽに感じるプレッシャーがはっきりとしてきます。普段わたしがレースで感じているそれとさほど遜色はなくて、ドーロちゃんが今本当の本気でゴールを目指している事が分かります。
「リズちゃんも感じるでしょう? ドーロちゃんからのプレッシャー。だからドーロちゃんはこの勝負、絶対に勝ちますよう」
顔はドーロちゃんの去就を追いかけつつも、隣りにいるリズちゃんに向けて喋ります。でもその声は多分リズちゃんには届かなかったでしょう。ドーロちゃんがハナを切って一生懸命走るさまを見てスタンドを埋めた観客の興奮が最高潮に達していて、あたりを包む歓声はわたしの小さなつぶやきをかき消してしまうほどに大きかったのですから。
『――5馬身差を維持して今ゴールイン! ヴェントドーロ!! これはすごいウマ娘が登場した!』
思った通り1着を決めたのはドーロちゃんでした。ゴールを抜けた彼女は徐々にスピードを落としつつ2コーナーの中ほどまで進みます。ところがその場で膝をついてしまいました。
「先輩これ持っていて。リズ、行ってくる」
リズちゃんがそう言い残して観客席を降り、コースへ飛び出していきました。向かう先は蹲ったまま動かないドーロちゃんのいる場所。
一緒に走ったウマ娘や、係員も何人かが集まっていきます。その中には白衣を着た長身の男性が1人。ドーロちゃんの治療や指導をしていた織田先生の姿もありました。
リズちゃんが預けていったのはストップウオッチ。落した目に映ったのは『1'33.9』の数字。手による計時ですが、それは間違いなくドーロちゃんが今出したタイムでした。
次回 「無理をすればどこか故障する」