太陽と月と傲慢と謙虚   作:剛万太郎

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「ッ……あ………ハァ…………!」

 

 体内から焼き尽される。身に過ぎた力は、宿った肉体であろうとも平気で焼いていく。

 一人の黄金の髪をした少年が身を縮めて、必死に自分の内側に渦巻く力に堪えていた。彼の周りは、まるで砂漠の様。乾燥しきっており瞬く間に水分が空気中からも失われていく。

 それほどまでに、少年の全身からは熱気が放出されていた。

 日の出から、日の入りまで。生まれた直後はそうでもなかったのだが、物心ついて自分の力を自覚した瞬間から、少年の地獄は始まった。

 

「あつい……あつい……」

 

 吐き出す息が蒸気の様に白煙となって口より零れる。発汗作用による体温調整など欠片も役に立たない。

 最も苦しいのは、火が最も高く上がる正午。それ以外の時間がそうでもないのか、と問われればそれも否だが、それでも最大の痛みを知っていると気持ちの持ちようも変わる。

 辛いと思う。なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか、と嘆きたくもなる。

 しかし、泣いても喚いても叫んでも、何も事態は好転しない。かといって、死ぬ勇気もない。

 だから耐える。人里離れた山の中を砂地にしながら。時に、近くの池を干上がらせながら。

 

「――――ほう、お前がこの一帯の異常気象の犯人だったか」

 

 誰も来ない筈のここに、涼やかな声が響く。

 うずくまっていた少年は、その声に反応したのかゆっくりだがその顔を上げて、そして驚愕にその目を見開く。

 彼の視線の先に居たのは、黒髪の少女。所謂ところのゴシックロリータファッションに身を包み、明らかに山歩きには向かないであろう格好であるのに、その体には木の葉の一つもついてはいなかった。

 

「あ、っぁ……」

「妙な魔力だ。ただの人間がこれほどの力を持ち合わせるか。加えて、無理に押さえて自分の身を焼き、それでも余りある」

「う、ぐ……」

 

 冷静に観察していく少女に、少年は何も言えなかった。

 口を開き、言葉を紡ぐ事すらも難しい。下手に喋れば、最早蒸気ではなく、炎が漏れてしまう。

 離れてほしい、逃げてほしい。少年はそう願えども、その願いを口にする事は出来ない。喋る事ももう辛いからだ。

 しかし、少年の内心など知った事かと少女は歩み寄ってくる。

 

「面白い。ちょうど私も、手足となるような奴が欲しいと思っていた所だ」

「……?」

 

 見上げてくる少年へと、少女の手が伸ばされる。

 鎖の軋む、音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔族特区“絃神島”。

 東京から南方海上へと凡そ330キロ離れた地点に浮かぶ人工島。東西南北とそれら四方を繋ぐ中央のギガフロートから構成されており、東は主にインフラ関係、西は商業区、北はビジネス街、南は住宅街、中央には官公庁がそれぞれ設置されている。

 そして、この島は絶滅に瀕した魔族を保護する、魔族特区としても設置されている。

 魔族とは、吸血鬼、獣人、精霊等々の人間とは違う種族の総称。

 彼らは、人間を超える力を有しているが、同時に自然環境などとも密接な場合が多く、それら環境が破壊された結果として滅びかけている面もあった。

 

 絃神島は、その立地の関係上、常夏の島だ。気候に関しては、本土とはかけ離れている。

 

「元気に育ってくださいよ~」

 

 鼻歌を歌うように軽やかに語りかけながら、一人の少年が花壇の整備をしていた。

 麦わら帽子を被り、白い半そでのシャツと浅葱色の作業服のズボン、それから作業靴に身を包んだ彼の肌は小麦色。

 雑草を引き抜き、葉を食べてしまう幼虫を除き、枯れた葉を剪定し、必要に応じて肥料も変える。因みに、日が高い内に水を与えてしまうと、葉に着いた水滴がレンズになって葉やけを起こしてしまうため、日差しの強い時には、朝や夕方などの日差しが緩んだ時間に与える。

 花壇は鮮やかだ。色とりどりの花々が彩り、それだけでなく受粉を手助けする虫たちが飛び交う。

 ここ、彩海学園における花壇含めた花々、街路樹などの手入れは、彼の手によるものだ。

 用務員、ではない。少年は一生徒としてこの学園へと通い、その片手間としてこれらの世話をしているのだ。

 

「――――彪雅」

「……ん?あ、先生。こんにちは」

 

 呼び掛けられ、月影彪雅(つきかげひゅうが)が顔を向ければ、そこに居たのはゴシックロリータ姿の少女。

 見た目に合わない先生と呼ばれた彼女、南宮那月。彪雅の後見人であると同時に、この彩海学園での担任も務めている。

 

「彪雅、暁古城の監視はどうなっている?」

「え……いや、あの……今日は、藍羽さんと矢瀬君と一緒に課題をしている筈ですから。矢瀬君が居るのなら大丈夫だと思いますよ?」

「監視だけならば、な。いざとなった時に抑え込めるものが居なければ、意味はあるまい?」

「古城君はそんな人じゃないと思いますけど……いえ、行ってきます」

 

 己の首に付けられた黒いベルトを撫でて、彪雅は引き下がる。

 後見人であり、担任であり、そして主人である。

 那月に対してある程度の物言いは出来ようとも、しかし彼女自身の方針に対して真っ向から刃向かう事は彼には出来ない。

 そういう契約であるし、月影彪雅という少年自身もそれで良いと認めている。

 言ってしまえば、このやり取りも一つのコミュニケーション。

 

 作業用の軍手を外し、帽子も外して首から下げた。黄金の髪が陽光の下に晒されて、温い風に揺れる。

 簡単に準備を進めていく彪雅を眺めながら、那月は日傘の下で口を開く。

 

「暁古城に伝えておけ、課題の遅れは許さない、とな」

「それは……多分大丈夫ですよ。古城君だって、その辺りは分かってるはずですから」

「だが、釘は打っておいて然るべきだろう?二年も三年も追加で面倒を見ていられないからな」

「分、かりました……大丈夫だと思いますけど」

 

 小さな呟きを、那月は咎めなかった。そのまま、空間のズレる音と共にその姿は掻き消える。

 完全に気配が消えた事を確認して、彪雅は携帯を取り出しながら踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 常夏の島である絃神島。その日差しは、吸血鬼にとって中々に厳しい。

 

(暑い……解ける……にしても……)

 

 フードを目深に被った青年、暁古城は降り注ぐ日光の下で悪い目つきを更に悪くさせる。

 彩海学園に通う一生徒であると同時に、彼は吸血鬼でもある。それも、生まれた時からではなく凡そ三ヶ月前からという新米っぷり。

 

 この日も、彼は友人たちと財布の中身を犠牲にしながら、補修課題へと打ち込んでいた。

 再三再四となるが、この人工島は常夏の島だ。新米吸血鬼である古城にとって、日中に行われる授業は日差しの強さと、体内時計の狂いからどうしても適応しきれない。

 種族的な免除が得られそうなものだが、古城の場合はソレが少し難しい。

 

 第四真祖。世界に存在する三人の真祖とはまた違う、世界最強の吸血鬼とも称される存在。

 その力は凄まじく、十二の眷獣を従え、特定の血族同胞を持たず、不死不滅。

 

 もっとも、今の古城にそこまでの力は無い。制圧する事に関しても、それほど難しくは無いだろう。

 

 暑い日差しの下、古城は熱気に顔を顰めながら人混みへと紛れる、ように見せかけてその場を離脱していた。

 彼が気に掛けていたのは、勉強会の会場となっていたファミレスを出てからついてくる一人の少女。

 途中でゲームセンターを経由して相手を確認した古城は、全くもって思い当たる節の無い尾行者に首を傾げる。

 相手は中学生だった。それも自分の妹と同い年位の、まだまだあどけなさが残る黒髪の美少女。

 少なくとも、中学生に追いかけられる覚えは古城にはない。通常の学生生活の方では。

 となれば、第四真祖(もう一つ)の関係。そう思い当たった所で、古城の眉間に皺が寄った。

 彼が第四真祖であることを知るのは、そう多くない。彼自身が情報を言いふらさないというのもあるが、家族関係含めて少々複雑だから。

 一応、彼の事情を知ってフォローを、南宮那月と彼女の助手も兼ねる月影彪雅が行っている。

 

(とりあえず、那月ちゃんか……それか彪雅に連絡を――――)

 

 携帯を取り出し、短縮ダイアルから目当ての人物を探す、と言う所で携帯が震えた。

 見れば、今まさに電話を掛けようとしていた相手からの着信だ。

 

「――――もしもし、彪雅か」

『こんにちは、古城君。今どこに居ますか?先生から少し言伝と、仕事を任されているんですけど』

「今か?……ファミレス出て、繁華街の……いや、そうじゃねぇな。ちょっと困った事になってる」

『……また、何をやらかしたんです?』

「ま、待て待て!何で俺が最初からやらかした前提なんだよ」

『それは、自分の胸に手を当ててみれば分かるんじゃないですかね?』

 

 電話口から聞こえる中々辛辣な物言いに、しかし古城も言い返せない。

 今にしたって嫌々ながらも、那月が補修課題などを出してくれなければ留年しかねない現状なのだ。加えて、彪雅はその那月直々に監視であると伝えた上で共に居る。

 そんな二人、もとい彪雅はプライベートでも何かと一緒に居るせいで、時折ボロを出す古城のフォローに回る事があった。

 しかし、今回に関しては自分は悪くない。気を取り直して、古城は電話へと意識を戻す。

 

「っ、こ、今回は俺は何もしてねぇよ……何か、中学生?に後をつけられてさ」

『中学生?……凪沙さんのご友人じゃないんですか?』

「確証はねぇけど、多分違う、と思う。というか、凪沙の友達なら、猶更追いかけられる理由が分からねぇよ」

『それは……とにかく、合流しましょう。僕からそっちに向かいますから、あまり動かないでくださいね』

「おう、了解」

 

 そこで通話は途切れる。少しの間が開いた事が気になったが、しかしある程度業界に詳しい知り合いが来てくれることに、古城は少し肩の力を抜く事が出来た。

 ただ、肩の力が抜けたお陰か、自然と広がった視界にある光景が映る。

 待っていろ、と言われたが暁古城という男は、見て見ぬ振りが中々出来ないタイプ。それも目の前で困っているようならば猶の事。

 だからこそ、その足は前へと踏み出されていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫柊雪菜は任務を与えられ、ここ絃神島へとやって来た。

 目的は、世界最強の吸血鬼とも称される第四真祖の監視、及び撃滅。その為の、個人で扱える範囲に置いての兵器も渡されている。

 戦闘能力などに関しては、年齢を差し引いても十分なものがあるだろう。

 

 戦闘関連は。

 

「ねえねえ君、暇してない?」

「おいおい、ロリコンかよ……でもまあ、結構かわいい顔してるな」

 

 若い男二人のナンパに、雪菜は眉根を寄せる。

 言っては何だが、彼女は箱入りだ。それこそ、世間一般の常識は、知識的に知っていようとも圧倒的に経験が足りない。

 故に、迫ってくる二人を前に、彼女は自分の容姿などを一切度外視して瞬間的に相手の戦力を把握する。

 

(魔族……)

 

 二人の手首に嵌められた腕輪。

 ここ絃神島、もとい絃神市のような魔族特区に置いて、魔族は登録され管理がなされている。

 この登録は、超自然的な力を有する魔族に対する一定の牽制措置、と言うだけではない。登録をする事で自ら管理下に置かれて、これによって周囲に対する安全を身をもって示すという理由もあるのだ。

 

 雪菜の重心が自然と下がる。

 別段二人は敵対しているつもりはないのだが、しかし経験の少ない雪菜にとっては、魔族二人が己の間合いに無防備に入って来たに過ぎない。

 色眼鏡で見ている事は否めないだろう。だが、それを正してくれる者はこの場には居なかった。

 

「放っておいてください」

「ハッ、釣れねーじゃん。一緒に楽しい事しようって話だぜ?」

「給料も入ったばっかりだから、良いところ連れてってやるよ」

「結構です」

 

 ニヤニヤとしていた二人の雰囲気が、僅かに棘のあるものへと変わっていく。

 この手の輩と言うのは、一定以上の安っぽいプライドを持っている。雪菜が選ぶべきは、この場からの退避だったのだ。

 だが、彼女としても目的あってこの場に居る。何より、そんな選択肢は最初から無い。

 

「お高く留まってんじゃねぇよ、ガキがァッ!」

 

 激昂した片割れが勢いよく、雪菜のスカートをまくり上げる。

 辱めようとするにしたって、やる事が姑息だ。だが、この白昼の往来でやるには、相手の尊厳を大きく傷つける行為でもあった。

 瞬間的に、雪菜の顔に血の気が上がる。

 同時に、手を出してきた相手への迎撃に、訓練された体は動いていた。

 

「【若――――」

「双方、そこまでッ!」

 

 踏み込みと同時に放たれんとした鋭い掌底。

 だがそれは、そこに乗せられた呪力が鋭く弾けながらもしかし対象を捉える事無く固い肉の感触に押し留められていた。

 

「白昼の往来で、痴情の縺れですか?もっとも、貴方達が一方的にこの子に絡んでいた様に見えましたけどね」

 

 雪菜の掌底を止めた男、月影彪雅はナンパ男二人へと厳しい目を向ける。

 

「とりあえず、素行不良として警備に引き渡すとしましょうか。なに、今ならまだ説教で済む筈です。特区を追い出されたりなんてしませんよ」

「おいおいおいおい、何イキって――――」

「――――ハイ?」

 

 丁寧な口調の彪雅に、強きに出ようとした男たちだったがその全身から一瞬放出された圧にその口を強制的に噤まされる。

 本来ならば歯牙にもかけない人間。そんな相手である筈なのに、本能的に勝てないと、刃向かってはいけない相手であると理解させられてしまったからだ。

 文字通り尻尾巻いて逃げる二人。その後を、彪雅は追わなかった。

 改めて、受け止めた掌底の放ち主である、雪菜へと向き直る。

 

「貴女も気を付けてください。あの手の輩は、相手をせずにその場を離れるのが一番良いので」

「あ、はい……あの……」

「それはそうと、貴女は何処かの組織の人間でしょうか?古城君をつけていたのは、貴女でしょう?」

「ッ……私は、獅子王機関の剣巫です。貴方も、第四真祖の関係者、なのですか?」

「関係者……友人と言う括りならそうなるでしょうかね。それよりも、獅子王機関とは……」

 

 思わぬ相手に、彪雅は眉根を寄せる。

 獅子王機関自体も厄介であるのだが、それ以上に彼を悩ませるのは彼の後見人の機嫌取りだ。

 十中八九、機嫌が悪くなるだろう。そして、一度機嫌が悪くなると彼女のご機嫌を取る事は存外難しかった。

 再度ため息を吐いた所で、近付いてくる足音が一つ。

 

「彪雅」

「今出てくるんですね、古城君。いや、まあ、別に良いんですけど」

「第四真祖……!」

「そう警戒しないでください。彼は何もしませんよ……多分」

「いや、そこは否定してくれ?その子の目が更に険しくなってるから」

「僕としては、このまま人ごみに紛れて離れてくれる事がベストだったんですけど」

「あ、それは……その……」

「大方、僕が来たから安心しましたね?……もう少し危機感を持ってください、古城君」

 

 軽くキャッチボールの様に言葉を交わす二人に、しかし雪菜は警戒の色を薄められない。

 実戦経験こそないが、彼女は優秀な剣巫だ。その戦闘能力は、対魔族におけるエキスパートと呼んでも良いだろう。

 当然ながら、人類よりもはるかに強靭で強大な魔族を相手取るのだから、並大抵の人間など鎧袖一触。

 先程の一撃も、無意識的な手加減があったかもしれないがそれでも一発で魔族を沈められる破壊力は出ていた筈なのだ。

 それを片手で軽く止められた。打ち込んだ感触も人の肉に打ったというよりも、宛ら鉛の塊にでも撃ち込んだかのような手応えだった。

 警戒するなと言う方が無理な話。それも、監視対象である第四真祖(暁古城)と親しげならば猶の事。

 幸いな事に、今の所この二人には敵意害意は感じられない。

 であるのならば、出直す事がベスト。

 

「……この場は退かせてもらいます」

 

 簡潔に、素早く、この場の離脱を狙う。

 しかし、どうやら冷静ではなかった事は確からしい。

 落とし物をその場に残して。

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