太陽と月と傲慢と謙虚   作:剛万太郎

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 火が踊る。その上で中華鍋を振るえば、食材が舞った。

 今の時代、オール電化も珍しくはないが、しかし料理をする人間としてはIHよりもガスコンロの方が使いやすい。それが、この家での家事担当である月影彪雅の感想だった。

 中華鍋の中身が混ざった事を確認して、火からおろして皿へと盛り付ける。ついでに中華鍋の手入れも。

 手慣れた作業だ。料理が冷める前に終わらせる事は難しい事ではなかった。

 

「先生、出来ましたよ」

「ああ……相変わらず、気合が入っているな」

「無駄な事なら、そうします。でも、無駄ではないのなら全力を尽くしましょう」

 

 呆れた様な表情の那月だったが、それ以上は何も言わずに食卓を囲む。

 彼女は、彼女であって彼女ではない。哲学とかの話ではなく。

 南宮那月にとって、現状の全ては夢の様なものだった。しかし、だからといって全てが無意味という訳でもない。

 静かな夕食が終わり。食器を提げた彪雅は、続いて手際よくお茶の準備を始めていた。因みに、用意しているのはハーブティー。それも、学園で那月が無理矢理許可をもぎ取って彪雅が世話したものだ。

 受け取ったカップから立ち上る香りを楽しみながら、ふと那月は話題を切り出す。

 

「ああ、そうだ。彪雅、お前にも今回の依頼について補佐をしてもらおうか」

「僕も、ですか?ですが、先生お一人で十分では……」

「確かにそうだろうな。だが、お前も攻魔師として資格を有しているんだ。何時までも、私の後追いばかりでは経験にならないだろう?」

「そ、れは……そうですけど」

 

 お茶請けを用意しながら、しかし彪雅の表情は優れない。

 南宮那月は、世界的に有名な攻魔師の一人だ。【空隙の魔女】という二つ名と、そして欧州での大量魔族殲滅によって種族単位で恨まれ、恐れられているがその実力故に身の安全を確約する、そんな存在。

 そして、彼女の助手であると同時に家事代行などを務める月影彪雅もまた攻魔師としての資格を有すると同時に、その力は並大抵のものではなかったりする。

 問題は、

 

「……僕はまだまだ、自分の力を扱い切れていません……」

 

 強大な自分の力の制御に難がある事。それこそ、第四真祖としての力を掌握しきれていない古城とどっこいか、或いは時間帯によっては()()()()()()()()を孕んでもいる。

 最悪、この絃神島を沈める可能性すらもあった。

 だが、那月はそんな彼の心配を鼻で笑う。

 

「ハッ……何を言うかと思えば。確かに、攻魔師として戦闘能力は必須事項だろう。その中でもお前の実力は飛びぬけている。制御を考えずとも、な。だが、それだけで完結するほど、この世界は甘くはない。何より、何のために()()を付けさせていると思っている」

 

 彼女が扇子で示したのは、彪雅の首に嵌められた黒いベルト。

 これは、制御具であると同時に、封印具であり契約具でもある特殊な代物。

 これによって、彪雅の力を抑えると同時に、日常生活を送る上で問題ない程度の出力を維持している。

 昼間に雪菜を相手に、アッサリと彼女の一撃を止めてみせたのは、意識的に彪雅自身が動かせる力を動かしていたから。

 やろうと思えば、並大抵の魔族では今の彪雅にも歯が立たないだろう。

 

「自信を持て、彪雅。何度も言ってきたように、お前は確りと強い。お前自身がどれだけその力を疎んでいようとも。そして、受け入れろ。それは確かに、お前の力だ」

「……」

 

 個包装のビスケットの袋を弄る彪雅は、何も言わない。これは、何度となく繰り返されてきた話だから。それこそ、彼が那月に保護されてから何度となく。

 彪雅とて分かっているのだ。自分の身を焼くほどの力なのだから、ソレを正しく使えたのなら間違いなくこの先役に立つと。

 一応弱点もある、がそれに関しては別の解決策を用意していたりする。

 

 悩み込んでしまった保護対象に、しかし那月はそれ以上何も言わずにカップを傾け、中身を飲み干していく。

 月影彪雅という男は、その境遇に反して甘く、優しい性格に成長してきた。

 揉め事を見れば割り込んで仲裁し、困っている老人に手を差し出し、泣いている子供を慰めて両親を探し、観光客にはガイドの真似事まで。

 そして、だからこそ那月は、この性根の善良さこそこの世界の幸運だろう、とも考えていたりする。

 空隙の魔女とまで言われる彼女をして、彪雅の有した力は常軌を逸していた。

 それこそ、契約具無しで全力全開となれば、吸血鬼の真祖であろうとも滅ぼしかねない、と思えてしまうほどには。

 だからこそ、彼女は何度も彪雅に自覚と自信を求めてきた。彼女を知る者が見聞きすれば、随分と甘いと言われるような方法で。

 那月にとって、彼は弟子であり、同居人であり、庇護対象であり、そして――――

 

「……ふっ」

 

 浮かんだ感情に、彼女は蓋をした。必要以上の感傷は、無意味であると考えるから。

 

「さあ、話はここまでだ。お前には、これから密入国をしている“旧き世代”の調査をしてもらう」

「!吸血鬼、ですか」

「目的は、現状不明だ。だが、この時期に入って来るという事は、十中八九暁古城(第四真祖)関連だろう」

「……そういえば、獅子王機関の剣巫がやって来ましたね。という事は、既に古城君の情報は出回っていると?」

「少なくとも、耳聡い者ならば、な。問題は、現状の暁古城の戦力だ。眷獣を一体も掌握できていないアイツでは、そこらの雑魚共ならば未だしも旧き世代クラスが相手では分が悪い。そして、私が動いたとしても奴らはモグラの様に潜ってしまうだろうな」

「そこで、僕ですか」

「ああ。夜間ならお前の力も抑えられるだろう。何より、アレの調子を確かめるには十分じゃないか?」

「……まあ、それは……そう、ですね」

 

 渋々頷く彪雅だが、これは彼自身が元々持っていた力とはまた別の物。いや、その中身を流用してはいるのだが、出力諸々に色々と問題が。

 何より戦闘行為は彼の望むところではない。

 

「先生。それじゃあ、詳しい内容を教えてもらえますか?」

「ああ。まずは――――」

 

 その日は遅くまで明かりがついていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彪雅が密航の件を調査し始めた翌日。何かと事件の中心になる男、暁古城は拾った学生証を返すために姫柊雪菜の元を訪れていた。

 ただそこで、ハイさようなら、とはならない訳で。

 彼女は監視のためにやって来た。そして彼は監視対象だ。ただ、不特定多数が居る学園ではいつ知り合いに古城の秘密が露見するか分からない。

 という訳では、二人は学園より少し離れたファストフード店へとやって来ていた。

 そこで語られた、数ヶ月前まで人であった少年の事。そして、古城自身その辺りの記憶は曖昧で、ハッキリとはしない事。

 

「……先輩は、妹さんにも黙っておられますよね?」

「凪沙は……な。アイツは、魔族恐怖症なんだ。オマケに体も弱い。なのに、親父は居ねぇし、お袋も滅多に帰ってこない。そんな状況で俺が吸血鬼になったなんて知ったら……」

「そう、ですね……では、あの時の金髪の方は……」

「彪雅か?アイツは、那月ちゃn……南宮那月攻魔官の助手だよ。月影彪雅、俺のクラスメイトで一応攻魔師でもある」

「月影……」

「どうかしたか?」

「いえ、その……月影先輩は、人間、ですよね?」

「え?まあ、な。アイツは、魔族じゃないぞ」

 

 首を傾げる古城に、雪菜はしかし黙り込む。

 思い出すのは、あの一撃。

 雪菜の体術は、剣巫としての呪式戦闘術【八雷神法(やくさのいかづちのほう)】と呼ばれるもの。並大抵の魔族ならば、素手で鎮圧できる。件のナンパ二人組など。

 にもかかわらず、素手で止められた。態勢不十分や、僅かな躊躇など理由を挙げればキリがないかもしれないが、その事実だけは変わらない。

 

(南宮先生の助手……空隙の魔女とも呼ばれる彼女と同じく、空間魔術を?いえ、私は確かに触れましたし、月影先輩も素手でした。なら、相殺を?いえ、あの瞬間術を行使した様子はありませんでしたし……)

 

 分からない、というのが正直な所だろう。

 幸いな点は、現状の彪雅が敵対する事を選ばない点。寧ろ、古城が暴走でも起こせばまず間違いなく彼を止める側に回るであろう点。

 

「出来れば、月影先輩の情報も欲しいところです。先輩以上に、あまりにも不明瞭が過ぎます」

「そう言われてもな……彪雅は割と揉め事に首を突っ込んでる。魔族相手でも物怖じしないし、そもそも負けない。前も、獣人相手に腕力でねじ伏せてた筈だ」

「それは……他には何かありませんか?」

「他にって……別に俺は、アイツと一緒に戦ってきた訳じゃないしな……」

 

 古城は頭を掻く。

 人づてに、というか那月自身から彪雅は第四真祖となった自分の監視並びに鎮圧のために送り込んだと聞いていた。彪雅本人に聞けば申し訳なさそうに肯定もされた。

 その上で、有り難いとも古城は思っている。

 未だに自覚が薄いが、それでも自分が危険な存在であることは何となく彼も理解している。

 だからこそ、自分を確実に止められるであろう者が多いに越したことは無い。

 

「まあ、悪い奴じゃないさ。姫柊のことだって、困ってれば助けてくれるだろうからな」

 

 お気楽な物言いだが、大丈夫だろうという確証が彼にはあった。

 それは、信頼に端を発する関係性。信頼関係が成り立っている事を表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雑草を根から丁寧に引き抜いて、土を払って用意していた籠に盛っていく。

 彪雅は今日も今日とて、土いじり。

 仕事を言い渡されたが、基本的に吸血鬼は日中には動かない。それも旧き世代である力のある者ならば猶の事。

 彼らは、誇示する力と同じくプライドを持ち、尚且つ古風な考えを同時に持ち合わせてもいる。

 そんな存在が、自身の調子を落としてまで昼間に活動するだろうか。いや、しない。

 だからこそ、花壇の手入れをしながら彪雅は考えるのだ。

 

(何をしに来たのか。いや、十中八九第四真祖(古城君)の件でしょうけど。覚醒していないことまで分かってるのなら……)「喰われそうですね……」

 

 吸血鬼は、同種を食らう事でその力を飛躍的に高める事が可能とされている。彪雅自身も那月経由ではあるが、聞き及んでいる吸血鬼が居た。

 覚醒していないとはいえ、古城は第四真祖。その血に宿った力は計り知れないものがある。それこそ、全身と言わずに、腕一本でも持っていかれたのなら不味い。

 一つ言える事は、戦闘行為は免れないだろうという点だ。いや、コレが那月であるのなら相手が引き下がるかもしれない。だが、生憎と彪雅には引き下がらせるだけのネームバリューも実績も無かった。

 

「……」

 

 無意識の内に、首に嵌められた黒いベルトへと触れる。

 那月からは、解放の制限を受けてはいない。寧ろ、彼女からは率先して解放して力に慣れろとせっつかれている節すらあった。

 

「……はぁ…………どうしましょうかねぇ」

 

 気が乗らない。花壇へと背を向けて、囲いとなっている煉瓦の上に腰掛けて、彪雅は熱い日差しを振り撒く太陽を見上げる。

 日光に暖められた風は温いが、しかし彪雅はこの気候が嫌いではなかったりする。

 確かに表に出るだけでも汗が滲むし、夜には暖められたアスファルトにからの放射熱によって熱帯夜になりやすいが。

 二度目のため息を吐いた所で、不意に視界の端に白が揺れた。

 

「やっぱり、彪雅さんでした。こんにちは」

「叶瀬さん……ええ、こんにちは。今日も暑いですね」

 

 顔を挙げれば、銀の美少女がそこに居る。

 叶瀬夏音。中等部の聖女、何て呼ばれている少女で、心優しく穏やかな気質。

 二人の接点は、彪雅の土いじりだ。こうして花壇の手入れなどをしていると、時折夏音が手伝ってくれている。

 立ち上がって尻の当たりに着いたであろう土を払った彪雅。自然と身長差から見下ろす形になる。

 

「どうしたんですか?今日は、部活は……」

「お散歩でした。そしたら花壇の近くに彪雅さんが座ってるのが見えて……これ、どうぞ」

「良いんですか?……あ、それじゃあ、小銭を」

 

 冷えたスポーツドリンクのペットボトルを受け取り、代わりに小銭を渡す。軍手は外している為彼女の手を取って握らせた。

 

「良いですか、叶瀬さん。貴女の優しさは美点ですが、だからといって全てを無償で熟す必要は無いんです。何より、相手からのお礼を受け取る事もまた、コミュニケーションを円滑に進める為には必要な事ですよ?」

「あう……で、でも、彪雅さんもお礼受け取ってませんでした!この前!」

「僕は良いんです。純粋な善意じゃありませんから」

 

 煙に巻くような言い分に、少しムッとする夏音。

 あまり周囲の環境に関心の薄い彼女でも、彪雅の日常的なおせっかいは何度となく聞き及んでいるし、彼女自身も実際に目にしたことがある。

 周りに聖女と言われるほどに優しい彼女から見て、彼は優しい。

 頭一つ分は確実に高い金髪の先輩を見上げれば、苦笑いしながら頭をその大きな掌で撫でられた。

 誤魔化された気がしないでもないが、しかし事実として体温の高い大きな掌に、夏音はその目を細めてくすくすと笑う。

 

 暑い日の一幕。そして、闘争は目前にまで迫っていた。

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