9月の下旬、夏休みが終わってから約3週間が過ぎた。外に出るのすら嫌になるほどの猛暑も落ち着き、徐々に過ごしやすい気候になってきた。暑いのが苦手なオレにとってはとても喜ばしいことだ。
「じゃあオレあがります、お疲れ様でした。」
今日は日曜日だったこともあって午前8時頃からバイト先の焼肉店でぶっ通し働いていた。まぁもちろん逐一休憩は取っていたが……。オレは片付けと着替えを済ませ、他の従業員への挨拶を済ませたのちに徒歩で帰路に着いた。
「……やっぱ夜っていいな。」
夜空を見上げながらそう呟いた。夜ってなんとなく感覚的に空気が澄んでる気がするんだよな。日中と違って車道の通りも少ないし静まり返った空気感が好きだ。そんなことを考えながらのんびり歩き続けた。
「────ん」
変な違和感を感じ取り、足を止める。それと同時に辺り一帯が妙な静けさに包まれる。自動車などの物音は一切聞こえず木々の葉が風に揺られる音だけが空間に響き渡っている。
(……妙な静けさだな……まるでこの辺一帯だけ何かに隔離されたような感覚だ。)
あまりいい予感はしない、とは言ってもここで立ち止まってても仕方がない。そう思いオレは辺りを警戒しながら再び足を運び始めた。
───
──
─
しばらく歩き続け、普段登下校などに通過する近所の公園のすぐ近くまでたどり着いた。するとその瞬間──
「あっ?」
──感じた。この公演の中に何か…得体の知れない生き物がいる。今まで感じたことのない身の毛のよだつような強い気配。このままいつもみたいに公園を通過しようとすれば間違いなく危険な目に遭うことになるだろう。オレの本能がそう告げてくる。
幸いまだ向こうはオレの存在に気づいていないようだ。オレはその"何か"に気づかれないよう静かに移動し、電灯に照らされたその姿を確認した。
──額から生えた一本の角。よもや人間の物とは思えない尖った歯と爪、そして耳。なにより、オレと比べてひと周りもふた周りも大きく上質な筋肉で作り上げられた肉体。その姿は正に『鬼』そのものだった。
暫く鬼の動きを観察していると何かをブツブツと呟いているのに気が付いた。耳を澄ましてよく聞いてみると……
「グゥゥ……!何処だ……何処にいる…!ヤツが言っていた銀髪のガキは…!」
…という声が聞こえてくる。どうやらあの鬼は誰かを探しているらしい。
(気になる単語が2つ…『ヤツ』それと『銀髪のガキ』……)
『ヤツ』ということはあの鬼は誰かの命令でここに来た、もしくは強制的に連れてこられたと考えるべきか…?どちらにせよ裏に何者かが関わってるってことか。それと『銀髪のガキ』ってのは………あまりいい予感はしないな……。
(はぁ……あの鬼が探してるのは多分『オレ』だよな、銀髪だしタイミング的にも偶然とは思えないし)
何故オレを探しているのだろうか?当たり前の話だがオレが鬼を見たのも今が初めてで過去に何かしらの因縁があるわけでもない、つまりは全くの赤の他人だ。
それにあの鬼、さっきから呼吸が荒いしなにか焦ってるようだ。まるで死に直面しているかのような……恐怖している顔だ。
もしオレがアイツに見つかればただじゃすまないだろうな。最悪の場合殺されるかも……でも───
(──オレが何とかしなきゃいけないよな……)
もし仮にオレが静かにこの場を去った場合、この公園に放置された鬼が移動して近隣の住民たちに危害を加える可能性がある。オレのせいで関係の無い人たちが巻き込まれたら申し訳が立たない。一応警察に通報するのも考えたが『鬼が出たから助けてくれ』なんて言ったところでイタズラと思われるのがオチだろう。もし来てくれたとしてもそれで鬼をどうにか鎮めることができるかなんてわからないしな。
あの鬼の標的はオレ1人だけ。交渉するか戦うか、オレだけでなんとか場を収められるならそれで良し。最悪オレが殺されてもそれでアイツの目的は達成されるはずから二次被害の恐れはない、はずだ。
オレは深く深呼吸をしたのち、覚悟を決めて行動に移った。
「おいそこのお前、こんなところで一体何をやっている」
まずは対話、交渉を試みる。何事も無く穏便に場を収められるならそれに越したことはない。
オレの呼びかけに反応した鬼が即座にこちらに振り向いた。
「銀髪のぉ……!!ヤツが言ってた人間ってのはお前か…!!」
「なんの話だ?とりあえず一旦落ち着け、冷静になってから─『死ねェッッ!!!』─ッ!!」
オレの話を一切聞き入れずいきなり襲いかかってきた。早々に交渉は失敗したようだ。
鬼は地面を蹴って凄まじい勢いで距離を詰め、オレに目掛けて大きな拳を振りかざした。オレは咄嗟に後方へジャンプしなんとか攻撃を躱した。鬼の拳は地面に直撃、その衝撃で地面はヒビ割れ小さな爆風が発生した。
(──ただのパンチでこの威力とか阿呆かコイツ)
認識が甘かったか……コイツは正真正銘の化け物だ。一瞬でも気を抜けば簡単に逝かれるだろうな。
──だが、まったく戦えないというわけでも無さそうだ。
「ったく……いきなり襲ってくるなんて礼儀のなってねぇ野郎だな。あともう夜遅いんだ、近所迷惑になるからあまり大きな音は立てないでくれ。」
「知ったことかッッ!!オレはお前を殺せればそれで良いんだよ!!」
鬼は怒号を飛ばしながら再び攻撃をしてきた。
まずは右の大振り、それを上体を左に仰け反らして避ける。続けて初撃で振るった右手を裏拳にして頭を狙ってきたところを身を沈めて回避、さらに左脚で蹴り払おうとしてきたところを真上に跳躍して回避。鬼は流れる体の勢いを利用して上半身を狙って右脚で回し蹴りを繰り出す。地面に着地したオレは体を後ろに反らしてギリギリのところでまたもや回避。そのままバク転をして再び距離を取り直した。
その後も鬼は連撃に次ぐ連撃を繰り出すがその全てを回避、または捌き続けた。
「──くそッ!?何故攻撃が当たらねぇ!!?」
「悪いな、オレもそんな易々と殺されるわけにいかねぇんだ」
やっぱりこの鬼は小細工とか仕掛けてこないパワー極振りの脳筋タイプだな、動きが単純で先読みしやすい。とは言っても、相手の攻撃は勢いが強いうえに体の表面積が広いから避けるだけで精一杯なのが現実なんだよな。これが種族の差ってやつか……。
(避けてばっかじゃダメだ……オレも攻撃しねぇと……。)
鬼の攻撃に合わせてカウンターを入れる形で懐に入り、腹にパンチを2発、すかさず上に跳躍して前方に縦回転を加えながら鬼の頭頂部にカカト落としを入れた。
──しかしオレの攻撃は鬼には全く効いておらず、むしろ攻撃をしたオレの手と足のほうがダメージを受けてしまう始末だ。
「そんなヘナチョコな攻撃オレには効かねぇぞォ!!」
鬼はそう言いながら地面に着地したオレの首を掴もうと左腕を伸ばしてきた。オレは左に体を捻ねって躱し、その捻った勢いのまま体を一回転させて鬼の顎の側面を狙って回し蹴りを喰らわした。
その瞬間、鬼がガクッと体勢を崩しフラフラと揺れだした。
「ぐッッ!?テメェ一体なにしやがった…!!」
「顎を揺らしたんだ。顎を揺らせば脳が揺れる。脳が揺れれば数秒の間はろくに平衡感覚は保てねぇだろ。そこは人間と同じ構造で助かったよ。」
まぁこんなのちょっと時間を稼げるだけで攻撃が通用しないという根本的な問題は何一つ解決してないんだよな。
「……どうしたもんかな。──ッ!ぅわッとッッ。」
オレが対抗策について考えていると鬼のほうから謎の半透明の球体(?)が飛んできた。
咄嗟に躱して振り向くと、先程の謎の球体を大量に体から発生させている鬼の姿を確認できた。
(なんだあれ……体内から出してるのか??某○Bの気弾みたいなもん…か?ひとつ確実に分かることは、アレに当たったら絶対にヤバいってことだな。)
「もうテメェの顔も見飽きたぞ……!!さっさとくたばりやがれ!!」
鬼はそう意気込むと同時に、大量の球体を一斉にこちらに飛ばしてきた。
オレは冷静に球体の軌道を見切り、穴に糸を通す要領で球体の隙間を掻い潜る。だが球体が多すぎるため、どんどん回避の余裕が無くなっていく。
しばらく球体を回避し続けていると、ひとつの球体がオレの足元目掛けて飛んできた。直前までの猛攻で体勢を少し崩していたオレはなんとか避けようと、咄嗟に地面を蹴ってジャンプをした。なんとか球体には当たりはしなかったがオレはそこでひとつのミスに気づいた。
「やべッ……!」
オレがジャンプで回避した瞬間、鬼が全速力でこっちに走り出した。そう、鬼はオレの体が宙に浮いて無防備になる瞬間を狙っていたのだ。
鬼はタックルの構えをしながら凄まじい勢いで近づく。『避けられない』そう悟ったオレは両腕を前にクロスして防御の姿勢を取る。
「くそっ───ぅぐッッ!!?」
鬼のタックルをもろに喰らったオレはとてつもない衝撃と共に吹き飛ばされた。そして数メートル飛んだのちに公園に植えられていた樹に背中を打つ形で衝突し、地面に力なく倒れてしまった──。
東方幻刻譚、第一話を閲覧していただきありがとうございました。
良かったと思ったら是非ともお気に入り登録をお願いいたします。誤字脱字のご指摘やその他意見もお待ちしています。