あれから一晩たった。目を覚ましたオレたちは朝食や洗面を済まし、幻想郷へ行くための身支度をしていた。
「うーん……幻想郷がどんな場所なのかわからないから何が必要か分かんないなぁ。」
「あー……そういや向こうでの衣食住について聞いてなかったしな。まぁ足りないもんがあったらあとで紫さんに取ってきてもらえばいいだろ。」
そんな雑談をしながら身支度を進めていき、午前11時を廻ったころにスキマが開きかれ、その中から紫さんと九本の狐尾を生やした金髪の女性が現れた。
「こんにちは界人くん。楓さんに凛花ちゃんも。」
「どうも、その人は?──いや、ヒトではないか?」
「この娘は藍、九尾の妖狐で私の式神よ。」
紫さんからの紹介を受けて藍さんが軽く会釈をしてきたのでオレもぺこりと頭を下げた。
にしても藍さんは尻尾が生えてて随分妖怪らしい容姿をしてるな。紫さんはあんまり人間とのビジュアル的な差異はなかったが…。つまり、人間のフリをして接触してくる妖怪がいる可能性があるってことだな。まぁオレの察知能力があれば基本的に騙されることはないだろうが…。
「そういや紫さん、オレたちは幻想郷のどこで生活すればいいんだ?」
「そういえば伝えてなかったわね。貴方たちには博麗神社っていうところに居候してもらうつもりよ。そこには幻想郷の最重要人物である"博麗の巫女"と呼ばれる少女が住んでるわ。」
ん……?少女…?
「……少女っていくつ?てか人間か?」
「大抵の妖怪じゃ話にならないくらい強いけどちゃんとした人間よ。歳は凛花ちゃんと同じくらいかしらね。」
「もろに年頃じゃないか……ちゃんとその娘から了承得てるんだろうな。」
「事情はちゃんと話したわよ。あんまり納得はしてないみたいだったけどね。」
この人のこういうところ直した方がいいと心から思う。絶対幻想郷の人たちから厄介者扱いされてるだろ、式神の藍さんも後ろでため息ついてるし……。
「それに貴方は無理やり女の子を襲ったりするような人じゃないでしょ?なら別に問題ないじゃない。」
「それはそうだが……その巫女さんはオレの人柄なんて知らないだろ。──ったく……藍さんも苦労してそうだな、主がこんなんじゃ。」
「ふふ…私はもう慣れたよ。お互い厄介な人に目をつけられてしまったな。」
藍さんはそう言ってウインクをし、一緒に荷造りを手伝ってくれた。
それから数分後、身支度をあらかた終えたところで紫さんがスっと立ち上がった。
「さて……準備はこれくらいにしてそろそろ行きましょうか、幻想郷に。」
それを聞いて凛花はゴクリと固唾を飲み込んだ。どうやら緊張している様なのでそっと頭に手を置いて優しく撫でた。
「大丈夫か凛花。引き返すなら今のうちだぞ?」
「お兄……。──ううん平気、お兄とお母さんが一緒ならあたしは何処にだって行けるよ。」
「そうか。──ま、心配すんな。何があってもお前のことはオレが守ってやる。」
そう言うと凛花は笑顔で懐に抱きついてきた。凛花の不安感が消えたのを確認し、母さんのほうにもチラッと目線を送った。それに気づいた母さんは右手でOKサインを出した。母さんも準備オーケーの様だ。
「──よし。そんじゃあ紫さん、藍さん、よろしく頼む。」
二人はコクンと頷いた。そして紫さんが空中に手をかざし、新たなスキマを開いた。
「さぁこの中へ。私の能力を持ってすれば幻想郷、博麗神社まで一瞬よ。」
オレたちは覚悟を決めて無数の目玉が浮かぶ奇妙な空間へと足を踏み入れる。
紫さんは全員が中に入ったのを確認し、スキマの入口を閉じた。薄暗い空間の中で大量の目玉がじっとこちらを見つめてくる。
「これがスキマか……。視線が刺さりまくりで全然落ち着かないな。」
「君は確か生物の気配や視線などに敏感なんだそうだな。確かにそんな君からしたこの空間はかなり堪えそうだ。」
「数秒だけだから大目に見てちょうだい。──さ、スキマを繋げるわ。足元に気をつけてね。」
紫さんがそう言うとスキマが開かれ、太陽光がチカッと差し込んできた。
オレは一人ずつ順番にスキマから出て地面に降り立って行く。
「本当に一瞬で移動したな。ここが幻想郷か。」
目の前に広がるのは木々の生い茂る大自然と数百段にも渡る石造りの長い階段。
オレはゆっくり辺りを見渡した。上を向くと年季の入った風情のある鳥居、後ろを振り向くとそこら辺の神社と比べてかなり大きめの拝殿が佇んでいた。どうやらここが紫さんの言ってた博麗神社の様だ。
「なんか、思ってたより普通だね。ただ自然豊かな田舎って感じ。」
「……あぁ普通、ね。オレからすりゃ全然……そんなことないんだが…。」
「えっ!お兄!?なんかフラフラしてるけどどうしたの?!」
凛花はオレの様子がおかしい事にいち早く気づき、両手で体を支えてくれた。
「これが幻想郷…か。だいぶ"濃い"場所だな。」
「──あぁなるほど。ここ幻想郷はさっきまでの世界『外界』とは違って妖気や魔力、そういう摩訶不思議なエネルギーに満ち満ちているからね。"感じ取る能力"を持つ界人くんにとってはただ立っているだけでも神経を削られる世界なのかもね。」
紫さんはオレの発言からすぐさま体の異常を分析してみせた。流石賢者を自称するだけのことはある。
「お兄、このままにしてても良いんですか?何か病気になったりは……。」
「心配いらないわ。しばらくは気分悪いかもしれないけど時間が経てばそのうち体が慣れていくと思うわよ。」
それを聞いて凛花はほっとした表情を浮かべた。
オレが深呼吸をして気分を整えようとしていると、神社の中から誰かが出てくる気配を感じ取った。
「神社のほうから誰か来るぞ……。敵意は感じないが。」
「あら、きっとさっき話した娘ね。」
紫さんの言う通り、神社の中から姿を現したのは凛花とほぼ変わらないくらいの少女だった。少女は肩・脇とお腹を露出した紅白基調の巫女服を身にまとい、後頭部に大きな紅リボンを着けている。
八雲の二人といいこの巫女さんといい、幻想郷の人たちは割と目立ったファッションが好みらしい。
「なーんか外から話し声が聞こえると思ったらアンタたちだったのね紫、藍。…それで、そっちの人たちが前に話してた外界の助っ人ね。」
「ふふ…話が早くて助かるわ。前に話した通り、今日からこの人たちを博麗神社に居候させてもらうからよろしくね霊夢。」
「まったく……誰も『おっけー分かった』なんて言ってないっての……。」
少女は呆れた表情でため息をついた。やっぱり無許可で話を進めてたかこの人……。
オレは一歩前に出て少女に向けて自己紹介をした。
「三ツ谷 界人だ。幻想郷を守るために外界から来た、よろしく頼む。後ろにいるのは母の楓と妹の凛花だ。」
「私は博麗 霊夢よ。普段は博麗大結界の管理と妖怪退治をしてるわ。」
オレと霊夢は互いに握手を交わす。博麗大結界がなんの事かは分からなかったが今度聞けばいいかと、今は心の内に秘めておくことにした。
「にしても居候の話……やっぱり紫さんが一方的に話を進めてたんだな。悪いな迷惑かけて。」
「別に界人さんが謝ることじゃないでしょ。別に今に始まったことじゃないのよ紫の身勝手なんて。いちいち気にしてたらこっちの身が持たないわ。」
「家事とか諸々手伝って欲しいことがあったら遠慮なく言ってくれ。タダ飯食らいはしないから。」
「界人さんが良識のある人で良かったわ……。ま、空き部屋なら沢山あるから好きに使ってくれて良いからとりあえずその荷物を置いてきなさい。」
渋々ではあったが霊夢はオレたちの居候を快く受け入れてくれるようだ。こちら側としても霊夢が良識人で良かった。
オレたちは持参した荷物を持って博麗神社の中へと入っていく。こうして、オレの破天荒な幻想生活が始まっていくのであった……。
第5話を閲覧頂きありがとうございました。
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