狩人とは、勇ましき者。
果敢にモンスターという脅威へと立ち向かい、討伐し、人々を勇気づける者。
その職業柄に憧れて、ハンターを目指す者は多い。勿論、給与を見て目指す者もいるが。
ハンターとは、勇ましき者だ。でなければ、凶暴な獲物の前で、悠々と剣を構える事など、到底不可能であるからだ。
誰かが言った。真のモンスターハンターとは、蒼き星のように、誰かを導ける程の輝かしき勇気を持った者の事を言うのだと。
ハンターは、常に己へ問い続けなればならない。
己は、ハンターかどうか。
ハンターの道に、終わりは無いのだから。
◇
ゴツゴツとした黒光りする大地を切り裂いて、熱気を放つ異様な四対の岩塊がその姿を現す。
青黒く染まった鱗で覆われた、溶岩を具現化したかのような竜が、華麗なる動きで己が尾の先端を地面に叩きつける。
すると、吹き出たマグマが、波紋を描くようにして波を打ち、四人の狩人たちへと迫った。
一人はギザギザした赤き盾でそれを受け流し、鋏にも似た先端を持つ槍を突き出し、鉄の如し硬度の糸を吐き出す翔蟲を用いて獲物へと突進していく。
先端は見事、竜――オロミドロ亜種の頭部を貫き、黒光りする地面を鮮血に染め上げる。
爆散寸前の岩塊の上に立ち、マグマが弾けると同時に飛び上がり、華奢な蟲を従わせ、漆黒の刃を持つ棍棒で円を描き空中を滑空する狩人。
翔蟲を発射し、垂直に糸を射出。
その糸を用いて、オロミドロ亜種の脳天に目掛けて急降下。
脳をぶちまける勢いで刃を突き刺し、蟲を左腕へと納めた。
更に追撃。巨剣を担いだ男がオロミドロ亜種へ迫り、肩へ剣を乗せ、渾身の力を刃へと込める。
まずは一撃、溜め斬りを叩き込み、低い姿勢を保ちつつ再度力を込め、溜め斬り。
そして最後の一撃。円月を描きつつ前進しながら斬撃を繰り出し、全ての力を乗せたその攻撃を前脚へとお見舞いした。
「新入りはまだか?!」
「頼りなさそうだったからよぉ。あいつに操竜を任せたのは間違いだったんじゃあないか!?」
噂をすれば、と言った所か。ドスドスと、人の物ではない足跡が聞こえてくる。
振り向けば、向かってきていたのは翔蟲の鉄蟲糸に操られる、怪竜フルフルの姿がそこにはあった。
その背中にいたのは、不安そうな表情の女性ハンター。緑の甲殻で作られし、姫を彷彿とさせる鎧をその身に纏い、束ねられた艷やかな蒼髪を靡かせながら、揺るぐ碧眼でオロミドロ亜種をしっかりと捉えている。
「ど、退いていてください!」
鉄蟲糸をぐいっ、か弱い力で引っ張り、フルフルの口から電撃弾を発射させる。
三発の弾丸は、雷鳴を迸らせながらオロミドロ亜種へと向かうも、奴はそれを軽々回避した。
そして、回避の勢いのまま尻尾を振り下ろし、フルフルを仰け反らせた。
反動で上にいたハンターも振り下ろされ、岩壁と背中を激しく衝突させる。
「やりやがった……!!」
「お前ら! 何としても巻き返すぞ!」
内臓の異様な圧迫感から、何度も酷く咳き込む女性ハンター。
朦朧とする意識の中で、死にものぐるいで獲物と刃を交える仲間たちを視界に捉え、罪悪感に苛まれるのだった。
◇
無事、仲間たちの巻き返しもあってか、オロミドロ亜種の狩猟は成功に終わった。
横たわる蒼黒の竜を眺め、女性――ルナは安堵の息を漏らした。
溶岩洞のマグマから放たれる熱気が混ざった、生暖かい空気が頬を撫でる。
剥ぎ取りを終えた仲間たちは、頭装備を外し、周りの空気が気にならなくなるくらいの冷ややかな目つきでこちらを見つめてくる。
思わず、ルナは肩を震わせた。
「お前よ、もっと真面目にできねぇのか?」
「こっちは命が掛かっているのよ」
ごめんなさい、そう言おうとしても声が出なかった。鉄球でも詰まったみたいに、喉が塞がって発したくても発せないのだ。
操竜は、仲間を巻き込む危険がありながらも、狩りを有利に進める手段となる行為。
それを失敗するのは、共に狩りをする者にとってはいい迷惑だった。
「だいたい、レベルが低いんだよお前は! 初心者はダイミョウザザミでも捕まえてろ!」
盾蟹のランスを担ぎし男が、人一倍の怒声を響き渡らせる。
クエストには、星によってレベルが位置づけられており、モンスターも同様、危険度が割り当てられている。オロミドロ亜種は中堅ハンターが相手するようなモンスターだ。少なくとも、操竜は必ず成功させるようなハンターが――
「名前は?」
「ル、ルナ・ロップアウト……」
「今度その名前を見たら、俺たちは連れて行ってやらないからな」
肩を掴まれ、放り投げられるようにして突き放される。
三人は彼女に目もくれず、帰還用の船の元へと向かった。
背中に背負った、鉱石で造られた笛――リンフォルツァンドに何処からか降ってきた灰が落ち、溶けていった。
風に揺られて靡く溶翁竜の髭を見ながら、ルナは狩り場を後にするのだった。
◇
観測拠点エルガドは、日夜、活性化する王域生物たちの対処に追われ、忙しい様子が絶え間なく続いていた。
そんな最中で、椅子に座り、クエストカウンターで膝を交えて受付嬢であるチッチェ姫と話していたのは、涙目になって俯いているルナであった。
「ロップアウトは真面目で、頑張り屋さんではないですか! 狩猟笛なんて、中々使いこなせるものじゃあありませんよ!」
「それに、他人の為に難しいクエストにも挑戦できるなんて……中々できることではありません!」
「その頑張りが報われないと意味が無いんですよ……チッチェ姫……」
私服姿のルナは、まるで廃人かのようだった。髪はボサボサで、顔は虚ろ、服には埃や毛玉が沢山付いている。
「少し身なりを整えては? 失礼かもですが……」
「整える気にもなりません……」
「頑張り過ぎなんですよ。一つの事に集中しすぎて、他があやふやになるのは良くないことです」
「はぁ……そうですか」
チッチェ姫は呆れて、近場にいたアイルーにブラシを借り、せめて髪の毛だけでもとボサボサな青髪をとかし始める。
されてる最中も、ルナは放心状態で、言葉一つ発しなかった。
「随分と遅めの身支度だな」
凛とした声が聞こえ、ようやくルナの視線が動いた。
気高き佇まいの女性。金色の鎧を纏い、立派な短剣を腰に納めている。
彼女はフィオレーネ。王国の騎士である。
「フィオレーネ……あなたも慰めてあげてください」
「えぇと、ロップアウトだったか。君はどうしてそんな……退化したようになっているんだ?」
話す気力が湧いてきて、一連の出来事を彼女へ話した。
数多のモンスターと手を合わせてきた彼女は、顎に指を当て、困ったように笑ってから口を開く。
「なんだ、そんな事か」
騎士にも笑われるのか、とルナは自暴自棄になって泣きそうになるも、その後の言葉に耳を傾ければ
「私も、昔はそんな事がよくあった。今もそうだ、失態を繰り返す。周りも、甘い人ばかりでは無かったな。時には厳しい言葉を貰うこともあったさ、特に提督からはな」
フィオレーネは懐かしさに浸っていたのか、何とも言えない表情で宙を眺めながら、思い出話を語った。
「気にする事は無い。生活に支障が出るほどにな」
「お前も、自分を見つけろ。きっと、現状を打破できる答えが見つかる筈だ」
騎士に似合わない、優しい笑みを綻ばせてから、彼女はまた凛とした表情へと戻り、勇ましさを感じられる背中を向けてクエストへと出発した。
「できましたよ。女性なんですから、如何なる時も身だしなみを――」
「姫様。クエスト、受けれますか?」
ルナは目を輝かせて、チッチェ姫にそう問いかけた。
◇
迸る翡翠の電撃を華麗に回避する、四人のハンターたち。
大社の亡骸を背にして、暴れ狂う獲物の動きを伺った。
一瞬、隙を晒した獲物――電竜ライゼクスの頭部二向けて、力を乗せた一矢を放つハンター。
放たれし矢は、電竜の漆黒の広角をも貫いて血飛沫を散布させ、足元の泥水を朱色に染め上げた。
「ルナさん! お願い!」
大剣使いのハンターからの指示を聞き入れ、ルナは得意気に狩猟笛をぶん回し、旋律を作り上げていく。
そして、一気に息を吹き入れ、力の湧き出る勇ましい音色を辺り一帯に響き渡らせる。
空気を斬り裂きながら、鎌蟹の象徴たる大剣がライゼクスの頭部を確実に捉え、三段階に渡って放たれた渾身の溜め斬りが解き放たれる。
電気を纏っていた頭部から迸る電子が宙に溶けていき、その衝撃でライゼクスが転倒する。
「ナイスだ!!」
「一気に叩き込むぞ!!」
翔蟲を用いて地面を疾走し、二度に渡って円月を描き斬撃を繰り出す太刀使いの攻撃は見事命中し、翼の傷口から紅の飛沫が吹き出てくる。
鉄蟲糸を伝って天へと舞い上がったハンターは、全体重を鎌蟹の甲殻がふんだんに用いられた大鎚に乗せ、ライゼクスの頭をぶん殴る。
鶏冠が無様に弾け飛び、鱗や甲殻が水面に浮く。
起き上がったライゼクスは咆哮し、その怒りを全面に曝け出した。
ルナは、先程までのペースを崩さまいと、翔蟲を前方に放ち、旋律を奏でながら水面下を滑走。凄まじいスピードでライゼクスに接近し、轟音で鱗を吹き飛ばしてやろうと狩猟笛を突き出す。
しかし、ライゼクスは寸前で空中へ飛び立った。
その瞬間に見えた、電気迸る、電竜の顔面。
悍ましく口を開いており、丸呑みされてもおかしくない。
一瞬、身体が震えた。
轟音による攻撃は見事に外れ、呆気に取られているルナへ反撃が襲いかかる。
突き出された、電竜の鋭利な尾が彼女の鎧を貫き、深々と胸元へと突き刺さる。
鮮血が滲み出て、滝のように流れ落ちていく。
「や、やばいぞ!」
「これ以上は危険だわ! 撤退するよ!」
泥水に倒れ込んだ彼女の耳に入ってきたのは、またもや、聞きたくもないような声の数々だった。
◇
「あ……目が覚めた?」
身体が規則的にゆさゆさと揺れる。しばらくして、ここはクエスト帰還用の荷台の中なのだと察することができた。
他の仲間たちの様子を見るに、狩猟は失敗に終わってしまったのだろう。
「傷口は痛むかしら? 幸い、そこまで深くなかったみたいだけど」
「いや……大丈夫です……」
インナー姿に、一枚の布を羽織った状態であり、胸元をぺたぺたと触れば、包帯らしき厚みが感じられた。
他人の怪我を心配する女性。自身の傷だらけなのに。優しく微笑む彼女を前にし、申し訳なさが募るばかりで、首を掻っ切ってしまいたい気分だった。
「ご……ごめんなさい」
消えかかった声で、ルナは謝った。
「私のせいで、クエストを……」
「気にすんな」
「おう」
他の二人は、軽い感じで返事をしてくれた。気遣ってくれているのか、はたまた、怒りが頂点に達し寧ろ冷たくなっているのか。
どちらにせよ、罪悪感は増すばかりだ。
「ハンターたるもの、失敗もある。心配はいらないわよ」
飛竜の王、火竜リオレウスの装備を身に纏った女性は、寛大さで溢れる微笑みを綻ばせた。自分より、何倍も実力があり、人を想う心がある。ルナにはすぐにそれが分かった。
夜空に晒された荷台。星々が輝く、太古の社の跡地。
その遥か上空、月にさえ手が届きそうな、岩山の頂上に、ふと目がいった。
月光煌めく、小さなお社の側に、蒼き影が迫る。
それは、獣のようなモンスター。
月下に晒された雹を被ったかのような蒼の鱗は、淡い光をその身に纏って鈍い光を放っている。
鱗の持ち主は、銀月の再来に歓喜するよう、暗雲に包まれた夜空に咆哮を轟かせる。
たちまち、その辺りを冷気が覆い尽くし、摩訶不思議な光景がそこに誕生した。
ルナはゆっくりと進む荷台の中で、その光景をただひたすら、時の許すまま、じっと眺めていた。
やっぱ嫁はフィオレーネ。