氷狼竜ルナガロン。王国付近のモンスターの中でも、ずば抜けた力を有する王域三公の一体に値するモンスター。
普段は蒼き鱗に身を包んだ、気高き牙竜の姿であるが、興奮し、身体に冷気を纏えば豹変し、荒れ狂う獣へと変貌するのだという。
チッチェ姫に頼み込んで、エルガドの文献を借り、資料と睨めっこしていた。
文脈に綴られているのは、ルナガロンの生態を回りくどく表したもの。
『漏れ出る光を求め、彷徨う牙竜』
『
どうやら、ルナガロンには二つの姿が存在し、ある一定の条件を満たせばその姿が変化するらしい。
あの日、大社跡で見たモンスターは、ルナガロンで間違いないだろう。月の再来に感極まり、気高き咆哮を響かせて冷気を充満させる。
何故だか、このモンスターに凄く惹かれる。何かを感じて、氷狼竜に異様な感情を抱いてしまっている。
今まで、モンスターは恐ろしい存在で、人間とは相容れないものだと思っていた。この胸の傷だって、普通に生活していてはあり得ないもの。ハンターとモンスターは、絶対的な敵対関係にあり、それは誰にも覆さないもの――そう、思っていたのに。
この、ルナガロンへ抱く感情は、果たして何なのだろうか。人間へ抱くそれと、同等のものを感じている。
人は、限界まで追い詰めると突拍子もない行動に走るというが、まさに今、自分が陥っている状況はそれなのだろうか。
「急にどうされたのですか? ルナガロンの文献を調べさせてほしい……って」
「まさか――挑もうなんて言いませんよね?」
チッチェの声が、少しばかり強まる。
優しき人物が怒りを顕にするときは、大抵、誰かの命が危機に晒されようとするときだ。
「ルナガロンは、王域三公の一頭で、とてもじゃないですが、ロップアウトさんが挑むには早いモンスターです!」
図星だ。
ルナガロンに惹かれ、手を合わせたいと、一瞬でも考えてしまったのだ。
「クエスト……ありませんか」
可笑しな事を口走った自覚はあった。
だけど、氷狼竜と、一度だけでも面と向かって戦いたい。
そんな感情に支配されて、身体が疼いて仕方がないのだ。
◇
船に乗られてやってきたのは、古の城跡が築きしフィールド 城塞高地。
森林、城塞、氷雪の三つの顔を併せ持つ此処には数多のモンスターが生息している。森の守り神みたいなものから、城を根城とする悪魔のようなものまで、様々だ。
ひんやりとした風が、ルナの心境を煽るかのようにびゅーっと吹き荒ぶ。暗雲に陰らされた紺色の髪の一束一束が、風に乗せられ宙を踊り狂った。
支給品ボックスに手を突っ込み、最低限の応急薬と携帯食料だけを取り出して、ポーチにしまい込む。今回、拠点から一切のアイテムは持ってきていない。もしも城塞高地の極寒地帯にばら撒かれて、回収が困難になってしまったら、皆に迷惑が掛かるからである。
ガルクもオトモも、今回は拠点でお留守番のため、ルナは徒歩で標的を探すこととなる。
一歩、一歩、地面を打ち砕く感覚で力強く踏みしめていく。さながら、処刑台に上がる罪人のように。
夜の城塞高地は、冷気に満ちている。気温が極端に低く、緑生い茂るキャンプ付近であっても、息を吐けば白い気体が生まれる。
飛ばしたフクズクの位置情報を頼りにしながら、城塞高地の奥へ奥へ進んでいく。
フサフサの体毛を引き摺って歩くメイクーを、朽ち果てた城の残骸を、空気を澄ませる生え揃う森林を横目に見ながら、白銀の岩山を目印に、氷雪エリアへと向かう。
進んでいくに連れて、立ち込む冷気も冷たさを増す。防具を着ていなければ、ろくに歩く事もできないだろう。
小型鳥竜種のオルギィが、頭上の崖上を疾走している。絡まれたら厄介な相手ではあった。小型モンスター如きに、殺される訳にはいかない。
ルナは立ち止まり、オルギィの姿が消えるのを待った。
脅威の姿が見えなくなると、ルナは歩みを再開する。
一段と激しい冷風が空気を斬り裂く。
携帯食料を喰らい、氷狼竜の居所へと、ただひたすらに歩き続けた。
◇
凍てつく空気が溢れ出る、洞穴がぽっかりと空いた岩壁の側。奴はいた。
骨格は四足歩行の牙竜種に値するもの。舞い落ちてくる純白を、身に纏った色鮮やか蒼の鱗に溶け込ませ、凛とした気高き表情で呼吸し、雪衣が散りばめられた地面に座り込み、辺りを警戒していた。
氷狼竜ルナガロン。大社跡で見た、月光に歓喜するモンスターそのものだった。
ルナガロンは彼女を視界に捉えると、冷徹な眼光でこちらの心胆を突き刺してくる。
身体が、芯から冷えてゆくのを感じた。それは、辺り一帯の寒さが原因ではなく、氷狼竜の放つ異様な殺気が、ルナの神経を凍てつかせていくのだ。
「ルナガロン……」
奴は立ち上がり、ルナとは反対の方向へ歩く。
一頭と一人は、互いの歩みで、円を描くようにしながら睨み合う。
頬が痺れる。ランゴスタに刺されたときより、断然。
突如、ルナガロンは咆哮を轟かせた。
瞬時に笛を引き抜き、右方向へ前転する。
氷狼竜の冷気を纏った突進を回避し、がら空きの頭部を鋼鉄の笛で殴りつけた。
一手入れただけで分かる強さ。骨を通じて伝わってくる、殴った衝撃で、それは確実に理解することができる。王域三公――侮れない相手だとは思っていたが、これほどまでとは。
――まぁでも、それでいいのかもしれない。
ルナは大きく息を吐き、息を荒げるルナガロンに再び攻撃を仕掛ける。
氷狼竜のタックルを回避、円を描くようにしてリンフォルツァンドを振り回し、頭部へ叩き込む。
一人だと、案外上手く立ち回れるが、こんなのも最初だけ。怒り状態に入れば、一気に追い込まれてしまうのが自分という狩人だと、ルナは自覚していた。
再びリンフォルツァンドを振り下ろすも、空振り。
ならばと、作り上げた三つの旋律を狩猟笛で一気に奏で、勇ましい音色を響かせる。
その音色で筋力が増強し、それに比例して攻撃の威力も上がる。
原理は不明だが、狩猟笛はその音色でハンターの強化が可能だ。それは勿論、自分も例外ではない。複数人の狩りで輝くが、一人の場合でも十分役に立つ。
数発入れたが、ルナガロンは怯む様子もない。
手応えが無いのは自分がよく分かってはいるが、流石、王域三公といったところだろうか。
ルナガロンは飛び上がり、上空から冷気のブレスを吐き出した。
地上で広がる冷気は、瞬く間に空気を凍らせ、やがて消えていった。
あれに当たれば、動けなくなるのは確実であろう。敵対生物の眼の前で、そんな事になれば、起こりうる悲劇は容易に想像できる。
暗雲の隙間から、光が差し込んでくる。
その光は、冷たく、それでいて煌々と地面を照らした。
ルナガロンはその光を浴びると、ピタリと動きを止めた。
彼女も、それに応じて足を止める。
突然、足元へ向かって大量の冷気を放出するルナガロン。
散布される冷気は、やがて蒼鱗を包み込んでは凝結していき、その形を歪な棘状のものへと変化させていった。
後脚で立ち上がって、悍ましく鋭い氷の牙が纏われた前脚を広げながら、氷の鎧を纏ったルナガロンは遥か上空に浮かぶ月に向かって吼えた。
眼の前の光景が、時間の流れが遅くなったかのように見えた。
ルナガロンの真の姿。月が現れると同時に、曝け出した隠していた姿。
それを、躊躇なく曝け出す彼に、感激の心さえ覚えた。
ルナガロンは咆哮し、腕を大きく振りかぶる。
見惚れていたルナは、攻撃の対応に間に合わず、回避が遅れた。
空気を掻き分けるように爪を振るいながら、直進してくるルナガロン。
凍てつく爪が頬を掠め、鮮血が激しく吹き出て飛沫を散らした。
白銀を真紅に染める血液。軽いも、血が止まらない傷口を拭い、戦闘態勢を整える。
呼吸が荒くなってきた。ダメージを負うと、いつだって焦燥に駆られる。
それが、自分の弱さであり、克服しなければならない点だ。
ルナガロンへ攻撃しようと、リンフォルツァンドを振り下ろした瞬間、彼の姿が一瞬にして消えた。
――かと思えば、影が彼女を覆い尽くし、頭上から冷酷な化け物が襲いかかってくる。
前方に振るわれた、鋭い氷爪が雌火竜の象徴たる防具を打ち砕き、彼女の肉をも抉り取る。血が吹き出て、衝撃によってルナは吹き飛ばされ、地面に這い蹲った。
「がっ……は」
視界がボヤけて、地面の形すらろくに察知することができない。溢れ出る生暖かい感覚が、呼吸する意志さえ奪い、喉元が詰まった。
“死”というものは、どれ程多く経験を積んだ生けとし生ける者であっても、未経験のもの。
未経験のものは、実際に体験するまで、上手く想像ができない。それを身近に感じて、ようやくそれの実態が分かるのだ。
死ぬという事を、甘く見ていた節があった。実際に死ぬ間際まで追い込まれてみれば、死ぬつもりで此処に赴いた彼女であっても、瞬く間に恐怖が込み上げてくるのだった。
走馬灯というやつか、目の前に浮かんでくる懐かしの風景に思いを馳せる。
――お前も、自分を見つけろ
ふと、浮かんできた言葉。
そうだ。自分は、死ぬために来たわけじゃあない。
虚ろだった彼女の瞳に光が見え、残る力を振り絞って立ち上がった。
仕留めたと思っていたのか、ルナガロンは少し退いた。
味のしない応急薬グレートを一息で飲み干し、ビンを投げ捨てる。
乾いた音が鳴り響き、辺りに再び冷気が満ちる。
ルナガロンは、吼え、氷爪で空気を斬り裂きつつ彼女に迫りくる。
ルナは武器を構え、翔蟲を上空へ放ち、鉄蟲糸で滑空する。
爪を華麗に避け、丸出しの頭部を打ち上げながら着地し、旋律を奏でる。
その音色は、雪結晶に何度も何度も反響して、勇ましくも、美しい、力の湧き出る音を作り出す。
追撃を目論むルナガロン。アクロバティックに飛び跳ね、十字型に斬り裂く。
十字の脅威に、ルナは勇敢に立ち向かった。
戦略を変えるべく一時静止するも、すかさず
翔蟲を前方に放ち、鉄蟲糸を用いて、雪を削り取る勢いで地面を滑走。
そして、攻撃直後でがら空きのルナガロンに、渾身の連撃を叩き込む。
グルグルとぶん回し、三発叩き込んで旋律を奏でる。
さらに持ち手を地面に突き刺し、笛を風車の如く
回転させて、強烈な連続攻撃でルナガロンの頭部へ衝撃を与え続ける。
ようやく攻撃が終わったかと思えば、各部位に佇む、灰色の球体。
それはやがて、同時に破裂し、殴打と同等の衝撃を喰らわせた。
脳まで震わせる衝撃波に耐えられなくなり、ルナガロンは軽い脳震盪を引き起こす。
激しく藻掻くルナガロン、怒り狂っているのか、眼には以前のような気高さはなく、暴走する獣と形容するに相応しいものへと変貌している。
「これが……! 私の全力……!」
翔蟲をリンフォルツァンドに纏わせ、渾身の力で頭部を殴りつける。
衝撃が蟲に伝わると、鉄蟲糸をルナガロンの頭部へ巻き付けた。
糸を笛へ繋ぎ合わせ、溜めていた旋律を一気に放出し、凄まじい衝撃波を鉄蟲糸を伝って響き渡らせる。
全衝撃がルナガロンの頭部を襲う。糸が肉を貫いていたためか、衝撃は脳まで達し、音が鳴り終わると同時に、生気を感じさせない瞳となり弱々しく地面へ倒れ込んだ。
氷狼竜の蒼き鱗には似合わない、真紅の鮮血が地面に円を作った。死因は、脳の損傷によるものだろう。王域三公といえど、体の損傷は並のモンスターと同じように起こりうる。
身体に纏っていた氷が崩れていき、紅き鉄の池に溶けていった。
「勝……った」
予想だにしなかった事態に、ルナは大きな溜息を漏らす。それは、何処か残念そうなものでもあったし、安堵の息とも捉えられる。
それでも、ルナは空を見上げて微笑んだ。
暗雲が邪魔して、全貌が見えなかった銀月。
月光を溢れんばかりに放ち、煌々と彼女を照らしつけている。
淡い光を浴びながら、彼女は大きく背伸びをした。
◇
「決めちゃって! ルナ!」
火竜装備の女性が、声高々にそう叫んだ。
雹蒼の防具――ルナガロシリーズに身を包んだルナは、リンフォルツァンドで荒れ狂う電竜の頭部へ鉄蟲糸を巻き付け、我が身も震える轟哮を放つ。
電竜ライゼクスはそれを喰らうと、大きく仰け反って倒れ込み、纏っていた電気も粒子と化して空気中に消えていった。
「よーくやった!」
「流石だなルナ!」
「ルナ、やったね!」
あの後――ルナガロンとの闘いの後。チッチェ姫にはこっぴどく叱られたものの、得られた物は大きかった。
己に自信が持て、こうやって共に狩る仲間もできた。
「どうよっ!! 私の、ハートも震える、燃え尽きる程のビートは!!」
「おう最高だっ! ビリビリと伝わってきたぜ!」
力拳を見せつけるように、腕を曲げて自慢気に語るルナ。随分、男勝りな性格になっていた。調子に乗り身体を触ってくるギザミ一式の男とじゃれ合うくらいに。
「何だか……変わりましたよね」
「えぇ。でも」
火竜装備の女性ハンターは、ルナと男の会話を優しい表情で眺めながら、息を吐くように、そっと呟く。
「強くなった、ってあぁいう事を言うんじゃないかしら」
あとがき
初めて作品をまともに完結させたかも……。
イエヤスと申します。
サンブレイク、楽しんでいますでしょうか。まだクリアしてないという方も、クリアしたという方も楽しめるような作品に仕上げたつもりです。
ハンター業界って、凄く上下関係が厳しそうで、実力が無ければすぐ虐められそう……という何気ない考えが、この小説に反映された所があります。
学校や職場でも何かと、生きづらいなぁ、と感じる人、いると思います。僕もそうです。
この世の中、生きづらいですよね。それを乗り越える為に必要な心を作り上げていかないと、ハンターみたいな強靭な存在にはなれないのでしょうね。
長くなりました。この作品に惹かれ、手を取り、最後まで読んでくださったあなた。
少しでも楽しんで頂いたのなら、僕は光栄です。