ロンドンとは非常に面白い街である。多くの歴史的建造物にあふれ、世界中から観光客やビジネスマンが訪れる。
その目的は様々である。
ある者は世界初の公的博物館である大英博物館を訪れ人類の文化、芸術を堪能する。
ある者は数多くの歴史的建造物を見て回り、ヨーロッパ文明の歴史に触れる。
またある者はヨーロッパ経済の中心地のひとつであるこの街を拠点に世界を股に掛ける商活動を行うだろう。
そんなロンドンの郊外に中世と近代の入り混じったような非常に趣のあるエリアがある。ゴシック調の建造物の隣に近代的なビルがあるかと思えば、レンガ造りの建物がいくつも並ぶ。
そこは「時計塔」と呼ばれていた。
魔術協会における三大部門の一角であり、四十を超える学生寮(カレッジ)、百を超える学術棟とそこに住む人々を潤す商業で成り立つというロンドンと、ロンドンを囲む様に作られた複数の都市で構成されている巨大な学園都市である。
やや大きめの講堂のような場所。キラキラと輝く煙が立ち込めておりその中心に一人の赤い長髪の少女が立っていた。
何かの装置が設置されており、その装置には拳銃が銃口を少女の方を向けてセットされている。その装置は一定時間後に拳銃の引き金を引くような仕組みになっていた。
『ドン!』
数秒後、拳銃は雷鳴と共に少女に向けて凶弾を発射した。
目を覆いたくなるような惨劇が待ち構えているかと思われた。
しかし少女に向かった弾丸は空中で動きを止めるや180度方向を変更し、発射された時以上の速度でかつ正確に元の拳銃の銃口に飛び込んだ。そして当の拳銃は、正に銃口に弾丸を撃ち込まれバラバラに四散した。
瞬時の出来事で、人の目には何が起こったのかさえ理解できなかっただろうが、ストップモーションのようにコマ割りで今の出来事を見ることが可能ならば、方向を変更した後の銃弾が鉛色ではなく金色の弾丸に変化していたことが分かっただろう。
「パチパチパチ」
振り返ると渇いた拍手と共に一人の男性が立っていた。
「風と地の二重属性を活用し、砂金を使った防御術式か」
男は真鍮色の髪をかき上げ少し気障な仕草で少女に話しかけた。
「ウリエ、まったく見事だと言わせてもらおう。代々魔術師の力を引き継いできたソフィアリ家の血もさることながら、キミの努力とセンスによるところも大きいのだろう」
「時計塔随一の天才魔術師と呼ばれる、お兄様にそんな賛辞をいただけるなんて光栄ですわ」
「いやいや私の教え子にもその若さでこれほどの魔術を使えるものは居ない。もしキミの兄ブラムが居なければ、ソフィアリ家の家督を継いでいたのは姉のソラウではなくキミだったかも知れないな」
少女は話しかけてきた男が極めて優秀な魔術師であることを知っている。そんな男に褒められてつい口元も緩んでしまいがちになる。
「でも今のは、弾丸が飛んでくる方角が予め分かっていたというのもありますのよ。今の私では予期せぬ方角からの飛翔体に対しては、あそこまで正確な反応はできませんの。マギシェス・ゴルド(魔力を帯びた砂金)全てに均等に魔力を伝達するコツが未だに掴めていないのです」
少女ウリエにお兄様と呼ばれた男、ケイネス=エルメロイ=アーチボルトは、正しくはウリエの兄ではない。ウリエの姉にあたるソラウは、ケイネスの婚約者であり、将来的にはケイネスはウリエの義理の兄となるのだ。
「フム、なるほど」
ウリエの話を聞いたケイネスは、懐から試験管を取り出すと呪言を唱えながら中身である銀色の液体を一滴床に垂らす。するとその液体は膨張し、みるみるサッカーボールほどの大きさとなり足元に静止した。
「私のヴォールメン・ハイドラグラムをキミの魔力で制御できるように調整した上で少し貸してあげよう。これを球体ではない形状で維持できるように練習してみなさい。通常液体は放っておけば球状になろうとする。それを別の形状で維持できるようになれば、魔力伝達のコツは掴めるだろう。液体は砂よりも魔力伝達がスムーズに行える。練習には持ってこいだろう」
ヴォールメン・ハイドラグラム。それは風と水の魔術属性を持っている故か流体操作を一番の得手とするケイネスが編み出した戦闘魔術である。
「うわぁ、良いのですか。ありがとうございます、お兄様」
「明日にはキミの手元に届くよう手配しよう。私はもう少ししたら暫く海外に行く野暮用がある。一か月もすれば戻るだろうから、その間に練習に励むといい」
「聖杯……戦争? ですか。戦争って大丈夫ですか」
「イスカンダルの聖遺物を盗まれたせいで、少し予定が狂ったが、些事に過ぎん。なに、聖杯戦争のシステムは十分研究し理解している。ソラウにサーヴァントの魔力供給を分担してもらうことで、既に他の魔術師に対して我々は大きなアドバンテージを得ているのだ。負けることなど万に一つもあり得ない。あとはサーヴァントという駒をいかに効率よく運用できるかだけだ」
「行き先は日本でしたっけ。何か東洋の甘味をお土産にお願いしてもよろしいでしょうか。帰国後は挙式も控えていますし、色々楽しみですね」
しかし、ケイネスとソラウは、そのまま帰国することはなかった。
現在……
第四次聖杯戦争を生き残ったウェイバー=ベルベットは、イスカンダルと共に戦い得た様々な経験を胸に秘め、人として大きく成長した。
その後、時計塔に戻った彼は、ケイネスの死後に零落し見捨てられていたエルメロイ教室を受け継ぎ、講師となる。彼の分かりやすく実践的な授業は時計塔で居場所のなかった新世代たちの間でたちまち話題となり、今では誰からも一目置かれる存在となっていた。
教室を三年間存続させたウェイバーは、エルメロイ家の次期当主ライネス=エルメロイ=アーチゾルテよりロード・エルメロイⅡ世の名を贈られていた。
時計塔内某所。
「ウェイバーさん。いえ、今はロード・エルメロイⅡ世でしたか」
ベンチでタバコと紙コップに入ったコーヒーを手に物思いにふけっていたエルメロイⅡ世に見知らぬ女性が声を掛けてきた。
「君は?」
「初めまして。突然すみません。私はケイネス=エルメロイ=アーチボルトの許嫁だったソラウ=ヌァザレ=ソフィアリの妹、ウリエ=ヌァザレ=ソフィアリと申します」
「ケイネス師の……」
「貴方は5年前の聖杯戦争に参加し、生きて帰って来られたそうですね。姉と兄が聖杯戦争でどうやって亡くなったのか、もし知っているなら教えていただけませんか。稀代の天才魔術師であった兄が誰にどうやって殺されたのか。まさか貴方が……」
「いや、申し訳ないが、ボクもケイネス=エルメロイ=アーチボルトがどうやって殺されたのかまでは知らない。ただ、あの人を殺したのはセイバーとそのマスターだ」
「どうして兄が……、貴方は生き残れたのに……。あ、ごめんなさい」
「いや、君の言わんとすることは正しいよ。あの戦争をボクが生き残れたのは、すべてサーヴァントだったイスカンダルのおかげだ。彼が居なければ、今ここで君がボクに会うことはなかっただろう」
その言葉にウリエは劇的に反応した。
「ちょっと待って、イスカンダルを召喚するための聖遺物は兄が盗まれたと言っていた記憶があるのだけれど、貴方が盗んだってことなの!?」
兄はイスカンダルの聖遺物を盗まれた為、別のサーヴァントで戦わざるを得なかった。それが敗北の原因だったのだとしたら兄を殺したのは、聖遺物を盗んだこの男も同然ではないか。ウリエは激高した。
「確かに、ロード・エルメロイを死に追いやったのはボクの愚かな暴走によるものだ」
「酷い……! だったら貴方がその聖遺物を盗まなければ、イスカンダルをサーヴァントにしたお姉様たちは死ななくて済んだのじゃないの!」
「……」
「何でお兄様が敗れたのかが、やっと分かったわ。一級のサーヴァントを貴方に盗まれて、外れサーヴァントで戦う羽目になったのが原因だったのね」
「ボクはあの戦いの中でイスカンダルから十分な栄誉を受け取った。ボクはこれからの人生でそれを返していかなくてはならない。ボクの罪は認める……、君はボクを殺したいほど恨んでいるかも知れないが、どうかそれだけは勘弁して欲しい。ボクにはまだやらなくてはいけないことがある」
「もういいわ。ここで貴方を殺しても何も得られないわ。それよりもこれを見て」
手袋を外したウリエの右手の甲にはしっかりと令呪が刻まれていた。
「それは、令呪!」
「近々日本の冬木で新たな聖杯戦争が始まるの。私はそのマスターの一人に選ばれたのよ。前の聖杯戦争からの間隔が短すぎるらしいけど、きっとお兄様のお導きね。とにかく私はこの聖杯戦争に勝ち残り、お姉様とお兄様の無念を晴らしてみせるわ。もう、既に一級の聖遺物も手に入れているのよ」
「君は魔術師同士の闘争というのがどういうものか理解しているのか? 死ぬよりも悲惨な目にあった挙げ句、何を成すこともできぬまま惨たらしく殺されるかもしれないのだぞ? 聖杯戦争は辞退するべきだ。君には無理だ」
「貴方は生き残ったけど、勝利したわけではないのでしょう。私は必ず勝利を手に凱旋するのよ。もう、貴方と話すことは何もないわね、お兄様にも褒めていただいた秘術を尽くして他の6人の魔術師を完膚無きまで叩きのめしてあげるわ」
鼻息荒くまくし立てた後、踵を返すと大股で去っていくウリエの後ろ姿を見送りながら、
「……聖杯戦争はキミが思っているような真っ当な戦いじゃない」
エルメロイⅡ世は5年前の記憶をたどりつつそう呟いた。
ソフィアリ家に戻ったウリエは早速取り寄せたどす黒い木の破片を触媒に英霊召喚を執り行った。
「この聖遺物なら間違いなく一級のあのサーヴァントが召喚されるはず。でも、サーヴァントの性能が勝敗にそこまで影響を及ぼすなんて想定外だったわ。サーヴァントには最初から能力を底上げできるバーサーカーというクラスがあるらしいし、このサーヴァントはバーサーカーとして召喚しましょう」
召喚の儀式は無事完了し、彼女の目の前には赤い目に狂気を浮かべた長身の男が立っていた。
「貴様が余のマスターか……」
「そうよ、だけど立場をわきまえなさい。サーヴァントに貴様呼ばわりされる覚えはないわ」
「貴様ごとき若輩に王である余が首を垂れるとでも思ったのか……」
現れたサーヴァントは尊大に小娘にしか過ぎないウリエに仕えるなどありえないという態度をとった。
「令呪を以て命ずる。今後私のことはウリエ様と呼びなさい。その様な尊大な態度は許さない。私のことを若輩者扱いすることも禁じます。跪きなさい」
ウリエは躊躇なく貴重な令呪の一つを使用した。
「うぐおおおおお……小娘ェェェ……」
時間にして2,3分、その程度であったがウリエにとってはとてつもなく長い時間に感じられた。このサーヴァントにとってこの命令は、余程耐えがたいものであったのだろう。
いまだ終わらない魔力の強制にウリエが令呪をもう一度重ねたほうが良いのかと思案し始めた頃、そのサーヴァントは突然静かになった。
「ぬうう……し、承知しました……ウリエ様……」
「それでいいわ。あなたが王だったのは生前の話でしょ。今は私に仕えるサーヴァントなのだから。一応名前を聞いておくわ。名乗りなさい」
「私は────―……。一つだけ教えていただきたい。私をこの姿で呼び出したのはウリエ様の意思によるものなのか……」
「そうよ、狂化することで能力が向上するなら当然の選択でしょう。あなたのその姿、生前の逸話に基づくものなのだろうけど、私に対して不埒な行動は許さないわよ」
「承知しております……」
「よろしい、これから日本の冬木に向かいます。あなたのようなサーヴァントを従えた6人の魔術師と戦うことになるわ。その力、存分に発揮しなさい」
「仰せのままに……」
※※※
こんな小娘にこのような姿で使役されるのは耐えがたいが……。サーヴァントとして召喚されたからには仕方あるまい。
我にとっての悲願である「かの吸血王としてのイメージを払拭する」ためにも今次の聖杯戦争はあの小娘の令呪をうまく消費させさっさと退散するのが最良であろうな。
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