第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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11話 霧夜の殺人者

「すっかり遅くなっちゃったね」

「そうですね。出来るなら夜に街中に出ることは控えていただきたいです」

「そうは言っても理由もなく泊めてもらうわけにいかないし……」

「理由なら私には山ほどあるのですけれどね」

 セイバーはいまだに危機感の乏しいこのマスターのことを思うと不安でしかたなかった。

 不思議な少女と別れた後、たまたま出会った大河に誘われて藤村邸を訪れた空は、そこで雷画の茶飲み話に付き合わされ、流れで夕ご飯をご馳走になった。泊まっていきなさいと何度も誘われたが丁重にお断りして今に至っているという状況である。

 

「そういえば昨日の夜、遊園地で爆発騒ぎがあったらしいわね……」

 今日学校ではその話題で持ちきりだった。噂によれば誰もいないはずの深夜に遊園地の遊具が勝手に動き出したかと思うと激しく暴れ出し、最後には爆発してしまったという。

 噂が噂を呼び、なかにはUFOを目撃しただとかいうトンデモなものまで含まれていた。

 

「さすがにUFOはないんじゃないかなあ」

 空は冬木大災害の直前にもガス爆発やら大事故やらが多発していたという話も今日聞いていた。

「おそらくですが、サーヴァント同士の戦いがあったのではないかと思います。英霊によってはそれくらいのことはやってのけるかもしれません」

「ええー? 爆発だよ? 今も立ち入り禁止になってるみたいだけど、相当な規模の爆発が何回もあったっていう話だよ? うーん、でも確かに、普通遊園地にそんなに爆発するものないよね」

 空は知らなかった。遊園地どころか街一つ当たり前のように吹き飛ばしてしまえるような英霊が確かに存在していることを。

 

「あ、そういえば公園で出会った女の子! かわいかったよね」

 空はそれ以上遊園地の事件については話したくないのか話題を変えるように今日であった外国人の少女について話し始めた。

「ツヴァイちゃんっていうんだって。ドイツから来たらしいんだけどびっくりするほど日本語が上手だったのよね。迷子かなって思ったんだけど、お母さんと待ち合わせしてるって言ってたよ」

 その少女はプラチナブロンドの髪をしたどこか儚げなまさに妖精のような少女だった。

 

「日本語が上手でしたか……」

 セイバーはその部分に引っかかりを覚えた。

「どうしたの?」

「いえ、サーヴァントは聖杯の力で聖杯戦争が行われる地域の言語を知識として得ることができます。その少女がいずれかの陣営のサーヴァントかも知れないと」

 

 セイバーのその想像に空は眼を見開いて反論した。

「そ、それはないんじゃないかな。いくら何でもあんな小さな子供が考えられないよ。それにもし敵なんだったら襲って来るはずでしょ? 楽しくおしゃべりしただけなんだから!」

 空はそう言ってセイバーの考え過ぎだと捲し立てた。しかし口には出さなかったが、ツヴァイの座っていた隣のブランコが風もないのに揺れていたのを思い出していた。

 そういった心霊番組を間違って観ちゃったことあるのよね……わ、忘れよう……

 

 

 

 かつて見た心霊番組の事を忘れようとすればするほどその情景がより鮮明に思い出される。今が夜であるという事もあり、空は一刻も早く家に帰りたかった。

「なんか暗いと思ったら霧が出てきたみたいね。ここの街灯、切れかけてるみたいでチカチカして目が痛いしさっさと帰りましょう」

 空はそう言って少し速足でその街灯を通り過ぎようとした。

「ええ、それが良いと思います。……むっ、マスター、この霧には魔力が含まれています。もしかすると敵サーヴァントの攻撃かも知れません。気を付けてください」

 

 その時、空にすすり泣くような女の子の声が聞こえてきた。いったいどこから? あたりを見渡した空は街灯の下に蹲って震えている女の子に気が付く。

 ひえ! って生きてる人よね? よ、良かった……。ほんと幽霊とか勘弁してほしいよね。でもこんな時間にどうしたのかしら。迷子なのかな? 今日は小さな女の子に縁がある日だわね。

 かわいそうに女の子は両手で顔を覆いその隙間から涙を流してる。すすり泣くその声は空の庇護欲を刺激してやまなかった。

 

「いったいどうしたの? 迷子になっちゃったの?」

「ちょっ、待っ……!」

 明らかにおかしいと気が付いたセイバーが止める間もなく空は女の子に話しかけていた。

 女の子は顔を上げ空に話しかけた。

「あのね、あのね。……死んで?」

 その瞬間少女は腰に吊るしてあったナイフを引き抜き空に斬り掛かった。

 

 驚く空。まさかこんな少女がナイフを持っているとか、ましてや襲い掛かってくるなどとは想像もしていなかった。

 思わず目を瞑ってしまった空を救ったのはセイバーである。

「く、間に合ったか!」

 セイバーはスキルを駆使し、少女の凶刃から空を守ることに成功した。

「おねえさんはわたしたちの邪魔をするの? じゃあ、一緒に死んでね?」

 

「総、セイバーさん? いったい何が起こったの?」

「マスター! この少女は敵です。おそらくアサシン!」

 驚きで目を見開き硬直する空。こんな少女が? 聖杯戦争っていったいなんなの? 

「だ、だって! こんな小さな女の子が!」

 あたりの霧はますます濃くなっており、息苦しさすら感じるほどであった。

「見た目に騙されてはいけません。サーヴァントとはそういうものです!」

 

 小さな体躯から繰り出されるナイフの太刀筋は変幻自在にして確実に急所を狙ってくる。ここにいるのが剣の達人として名高いセイバーでなければあっという間に首を落とされていただろう。

 セイバーはアサシンと剣戟を繰り返しながら空を背に庇うような位置をとろうと移動する。

「おねえさんはセイバーなんでしょ? やっぱりまともに斬り合うと強いなあ」

 

 アサシンは太腿に隠していたナイフを引き抜きざまに投擲する。セイバーにとってはそのようなナイフを叩き落とすことは容易い事であったが、その隙にアサシンに距離をとられてしまった。

 斬り合いを旨とするセイバーにとって遠距離からの攻撃には分が悪い。

 

「わたしたちはそういうのあまり得意じゃないからね」

 そういうとアサシンはフッと大きく距離を取り、そのまま霧の中に紛れて姿が見えなくなってしまった。

「マスター! 気を付けて! 逃げ去ったわけじゃない!」

 

 ―心眼……

 セイバーのスキルである。この視界の効かない濃い霧の中でも心眼をもってすれば視界は確保することができる。

 そして何よりセイバーには一つの考えがあった。

 この霧の結界の中に必ずアサシンのマスターがいる―

 アサシンを倒すことが困難な状態であるならマスターを何とかすればよい。アサシンのマスターは自分がこの霧を見通せるとは思っていないはず。

 

 ―どこだ……

 居合の姿勢のまま虚空を睨むセイバー。

 

 しかしその時セイバーの耳にアサシンの声が聞こえた。

 

「此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力──殺戮を此処に」

 

 瞬間、アサシンが空の目の前に「現れた」

 アサシンの狙いはずっとマスターである空だったのだ。

 まるでずっとそこにいたかのように、当たり前のように空の目の前に存在していた。

「ひっ!」

 あまりのことに硬直する空。

 

「解体しちゃうよ? マリア・ザ・リッパー!」

 まさに天使のような無邪気な笑顔で恐ろしいことを言い放つアサシン。

 しかもその効果はまさに狂気の殺人鬼にふさわしいものである。

 

 マリア・ザ・リッパー。それはアサシンの宝具である。

「時間帯が夜」「対象が女性」「霧が出ている」その三つの条件を満たすとき対象を問答無用で「解体された死体」にするという凶悪な性能を持つ。

 かつてロンドンを恐怖の底に沈めたその凶刃が空に襲い掛かる。

 

「縮地!」

 セイバーが縮地のスキルを使用して空とアサシンの間に割り込む。攻撃を防ぎマスターを庇おうとするが、セイバーは何とも言えない嫌な胸騒ぎを拭えないでいた。

「これは……いけないっ! 礼装開放っ!」

 かつて新選組一番隊隊長を務めた彼女にとって、本気を発揮する意思の表れでもある正装、袖口をだんだらに白く染め抜いた浅葱色の宝具「誓いの羽織」を纏うセイバーこと沖田総司。

 礼装開放と同時に、ほぼ瞬間移動と言っても過言ではない、縮地と呼ばれる移動法で一気に間合いを詰め、アサシンとマスターの間に割って入る。

 

 羽織を纏ったセイバーにアサシンの凶刃が四方八方から襲い掛かる。もはやセイバーにそれをかわすことはできない。ならば! 

「そこっ!」

 流れるような連続の体捌きで、秘剣「無明三段突き」をアサシンに向け放つ。無明三段突き、それはかつてこの世に並ぶもの無しとまで称えられた剣豪が編み出した必殺の剣。

 放たれた三つの突きが“同じ位置”に“同時に存在”しており、この『壱の突きを防いでも同じ位置を弐の突き、参の突きが貫いている』という矛盾によって、剣先は局所的に事象崩壊現象を引き起こす事実上防御不可能な攻撃である。

「なにっ!!」

 セイバーにとっても必殺の攻撃であったのだが、アサシンは紙一重でその攻撃を躱した。

 

「うっ、ぐっ! ぐぼっ」

 直後に内臓をかき回されたような衝撃が走り、口から鮮血が飛び散った。

(これがアサシンの攻撃……防ぎきれなかった……これは物理攻撃じゃない、呪いの類なのか? ……礼装を纏っていなければ即死していた……でも……駄目だ、力が入らない……目がかすむ……アサシンは? ……多少のダメージは与えたよう……だけど……)

 

「ジャック。もういいわ、下がりなさい!」

「大丈夫、おかあさん、わたしたちはまだ戦えるよ。セイバーはもう動けないから、あのマスター殺しちゃうね。すぐに終わらせるから」

 

(今の声は……アサシンのマスターか? ……アサシンは私のマスターを襲うつもりだ……私はまた最後まで戦えずに終わるのか……頼む……あと少しでいいから、動け、動けっ、アサシンのマスターを……斬るっ! そこだっ!!)

 

 とすっ! 

 

 次の瞬間、縮地でアサシンのマスターの前まで移動したセイバーの突き出した刀が、敵マスターの胸を貫く。そこで、彼女は意識を失った。

 

 

 

 どれくらい経ったのだろう、セイバーは誰かにゆり起こされて目が覚めた。すごく気持ちが悪い。

 

「セイバーさん。セイバーさんっ!」

 うっすらと開けたセイバーの目にほっとした表情の空の顔が映る。

「あぁ、マスター、ご無事でしたか。敵の撃退には成功したのですね。って、あれ? 敵? 何に襲われたのでしたっけ?」

「私も思い出せないの。すごく怖かったのと聖母とか解体とか変なワードばかり記憶にあるのだけど……」

「そうですか、多分私の攻撃は間に合ったのですね。マスターが無事でよかった」

 

「あの……セイバーさん、あなた、その……相手を……殺したの?」

「はい。死亡の確認まではできませんでしたが、急所を突きましたので、その可能性は高いと思います。敵に指示を出していましたので、多分敵のマスターでしょう。どんな攻撃を受けたのかは覚えていませんが、敵から凄まじいダメージを受けました。もう、サーヴァントと戦うだけの力は残っていませんでしたので、一か八か敵マスターを狙いました。でも、上手くいって本当に良かった」

 

「ねぇ、それって、殺人だよ。どうしてそんなこと普通に話せるの」

「えっ!?」

「私、普通の高校生だよ。目の前で人が殺されるところを見せられて、どうしたらいいのか分からないよ。何であなたは平気なの」

 このときセイバー沖田総司はようやく空との認識の違いが単に彼女自身の平和ボケのせいだけではないと理解できた。

 時代が違うのだ。命の重さが違うのだ。

 

「マスター、私が生きた時代はこれが当たり前だったんです。今の時代にどの様に語り継がれているのかは存じませんが、甘い考えの人間は死ぬ。そして、人間死ねば終わり、敵に情けを掛ければ今度は自分が死の危険に晒される。正々堂々なんて馬鹿のすること。これが私の死生観です」

 セイバーはどこか遠くを見るような懐かしいものを見るような目をして話を続ける。

 

「当時の私にはかけがえのない仲間が居ました。でも、私は病の床に伏し、最後の最後に仲間と共に戦えなかった。私は、仲間の最期も看取れず、畳の上で病に敗れて死にました。本当に自分が不甲斐ない……」

 唇を噛み締めるセイバーの口元から、いつもの吐血とは違う血がぽとりと地面に落ちた。

 

「私はとても英雄などとは呼べない存在ですが、どんな手を使ってでも今度は最後まで誰かのために戦いたい。この強い願望が、私をこの聖杯戦争という舞台に呼び出したのでしょう。今の私にとっての主人(マスター)はあなたなのです。もし、私の存在があなたを苦しめると言うなら、今すぐにでも教会に行き、令呪を放棄すべきなのでしょうが、あの監督役は駄目です。恐らくマスターを殺して私を使役しようとするでしょう。それならば、いっそ令呪を使って私を自害させてください。私はそれを裏切りだとは思いませんから」

 

 動乱の時代の戦いの中を駆け抜けた剣士としての彼女の一面と覚悟を空は思い知らされた気がした。

 

 私、どうしてマスターになってしまったのかな? 聖杯戦争のマスターとして戦いに身を投じることも、全てを放棄してセイバーさんを切り捨てることもできない。私の覚悟って……

 

 私は一体どうすればいいの? 

 聖杯戦争、

 魔術師同士の戦い、殺し合い、

 殺し合い、……人を殺す? …………人を殺したの? 

 殺す、殺す、殺す。

 殺した、殺した、殺した。

 人が死んだ。死んだ。死んだ。

 コ・ロ・シ・タ。

 ……………………

「そう。殺すの。でなければ生き残れない!!」

 空の心に突然響く叫び。

 空の中で何かが弾けた! 

 …………………………ドサッ

 突然倒れる空。

 

「え?」

 驚くセイバー。

「マスター、どうされたのですか。マスター!」

 なんとか体を起こし空の様子を見る。

「駄目だ。意識が無い。それにすごい熱だ」

 このままではいつ敵に再び襲われるかもしれない。

 セイバーは自身の負傷も顧みず、空を抱えその場を去っていった。

 

 

 

 セイバーと空が立ち去った後、しばらくして──―

 

 街灯によってできた影から何かが立ち昇るようにして現れた。

「ようやく目覚めたか。どうやらこの茶番も退屈せずに済みそうよな」

 現れたのは老人のように見えるが……

「傍観するのもここまでよ。さて、楽しくなりそうだのう」

 そう漏らすと、その何かは霧散するように夜の闇に溶け込んでいった。

 




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