殺った! アサシンは確信する。「マリア・ザ・リッパー」はまず解体された死体という「殺人」が発生し、その次に標的の「死亡」が起こり、最後に大きく遅れて解体に至るまでの「理屈」がやってくる。
使えば相手を確実に絶命させるため「一撃必殺」。
標的がどれだけ逃げようとも霧の中にいれば確実に命中するため「回避不能」。
守りを固め耐えようとしても物理攻撃ではなく極大級の呪いであるため「防御不能」。
発動した以上いかに魔術師といえど普通の人間である限り絶対に死は免れない。
そう、普通の人間であれば。
その時ジャックの目の前に飛び込んできたのは浅葱色の羽織を纏ったセイバーだった。通常なら間に合うはずがないタイミングでセイバーはスキルを使用しマスターである空の前に飛び出した。
「だったら、おまえから死んじゃえ!」
アサシンは邪魔に入ったセイバーに吠える。いかなサーヴァントといえど女性である以上「マリア・ザ・リッパー」の前には死しかないのだ。
「そこ!」
セイバーは割り込んだ体制のまま必殺の剣を放つ。
「無明三段突き」
放たれた必殺の突きはそれでも無理な態勢から放たれたものだったためだろうかわずかに狙いが甘かった。
無明三段突きを放った直後「マリア・ザ・リッパー」がセイバーに炸裂する。
「うっ、ぐっ! あぁっげぼっ!」
絶叫を上げセイバーは血の海に沈む。
あれ?! 宝具で防いだ?! あいつまだ死んでない!
一方セイバーの反撃を、身体を捻って紙一重で躱したアサシン。しかし……
「あうっ」
左の二の腕を僅かに刀が掠っただけなのに、腕の肉が切り裂かれ激痛が走った。左腕は肩の少し下のところでぱっくりと割け力が全く入らない状態となり、今やだらりと垂れ下がっている。これでは左腕は使い物にならないだろう。
「ちゃんとかわしたはずなのに、こんな……でもっ!」
マリア・ザ・リッパーをまともに喰らったセイバーは口から大量に血を吐き、刀を杖代わりに片膝をついている。これならセイバーに戦う力は残っていない。マスターを確殺できる!
「ジャック。もういいわ、下がりなさい!」
後方で戦闘を見守っていたリセから、ダメージを負ったアサシンに向けて、撤退の指示が出された。
「大丈夫、おかあさん、わたしたちはまだ戦えるよ。セイバーはもう動けないから、あのマスター殺しちゃうね。すぐに終わらせるから」
「ダメです、引きなさい! あのセイバーの目はまだ死んでいません!」
しかし、次の瞬間信じられないことが起こった。
「う、ぐっ?」
蹲っていたセイバーの姿が消え、後方からリセの血を吐くような声が聞こえた。
「えっ?! おかあさんっ?!」
アサシンの後方でリセの胸をセイバーが突き出した刀が貫いている。
どうして! あのセイバーはもう闘う力なんて残っていなかったはず!
「うわああああああああああぁぁぁっ!」
小さな体からは想像もできないほどの力でセイバーを体当たりで弾き飛ばし、右腕でリセを支えるアサシン。
「嘘だ、こんなっ! おかあさんしっかりしてっ!」
リセの肩を掴み必死に呼びかけるアサシン。しかしリセの傷は深い。スキルがあるアサシンだからこそわかる。わかってしまう。致命傷だ。
「よくも! よくもおかあさんを! 許さない! ぜったいに許さないから!」
リセに肩を貸し、泣きながら霧の中に消えていくアサシン。
やがてあれほど濃密に立ち込めていた霧は徐々に晴れていった。
「おかあさん、おうちに着いたらすぐにわたしたちが治すから、しっかりして」
泣きながらもリセを励ましつつジャックは拠点である洋館に急ぐ。
「ジ、ジャック……、ごめんなさい、ね」
「どうしておかあさんが謝るの、うっ、うぅっ、おかあさんごめんなさい、あの時おかあさんの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかったのに……」
ジャックには後悔しかなかった。なぜあの時リセの言う事を素直に聞かなかったのだろう。いやだ、いやだ! あの優しいおかあさんがいなくなってしまうなんて嫌だ。
「あなたとの約束は、果たせそうにないわ、私はもう……だ、駄目みたい……、ジャック、ツヴァイのこと……お願いね。聖杯を使って……あ……あの子を……ふ……普通の……」
リセの呼吸が徐々に弱まっていき、身体から力が抜けていく。
「嘘だ、こんなの嫌だよ、おかぁさん……うぅぅ……」
リセの亡骸に覆いかぶさってアサシンは涙が枯れるまで泣いた。いつまでもいつまでも。
屋敷の一室。アサシンからの知らせを受け、魔術を使いリセの亡骸を回収したツヴァイとアサシンがリセを寝かせたベッドの傍らに佇んでいた。
いまだにジャックは目を赤くはらしており、ぐすぐすと鼻をすすっていた。
事の顛末をアサシンから聞かされたツヴァイは、虚ろな表情だったが意外にもアサシンの様に取り乱すことは無かった。
「ねぇ、ジャック。ママはあたしに色んな絵本を読んで聞かせてくれたんだけど、絵本に出てくる動物やお魚にだって家族やお友達がいるのよ。そしてみんなとっても仲良しなの。あたし本当は戦うのは嫌だったんだけど、この聖杯戦争のおかげでママやジャックと家族になれてとっても嬉しかったのよ」
「あたしね、聖杯に託す望みなんかないの。だって家族が欲しいって望みはもう叶っちゃったから。それに、聖杯を手に入れる為には他のマスターを殺さなきゃいけないんでしょ。だけど、他のマスターにもきっと家族やお友達がいるよね」
「でも、ママはどうしても聖杯を手に入れて叶えたい望みがあったみたい。あたしね、ママが笑った顔を見たことがないの。あたしを見る時のママはいつも悲しそうな顔か困ったような顔をしているのよ。だから、聖杯を手に入れてママの願いが叶ったら笑ってくれたのかなって。だったらあたしも、もう少し頑張らないといけなかったんだね」
「でもね、あたし家族だけじゃなくてお友達も欲しかったんだ。ちょっと欲張り過ぎちゃったのかな。だって、ママを殺したのは、空お姉ちゃんのサーヴァントなんだよね。
ねぇ、ジャック。聖杯ってどんな望みも叶えてくれるんだよね。だったらママを生き返らせてもらおうよ。あたし、もう友達なんか要らない。ママとジャックが居てくれればそれでいい。一番大切なものを取り戻すために命を懸けて戦うよ。ジャックも手伝ってくれるよね」
ジャックは泣きはらした赤い眼で見上げる。ツヴァイの顔はとても綺麗だった。しかしそこに悲しみを隠していることはジャックでなくても見て取れただろう。
でも、それじゃツヴァイはどうなっちゃうの……? おかあさんの最期の願いは?
ツヴァイは自分の命の事を知らないのだろうか。ジャックにはわからない。
ツヴァイは後1年しか生きられない。リセの言葉がジャックの頭に反響する。
じゃ、じゃあもし聖杯戦争に勝っても一年後にはツヴァイは死んでしまうの?
ジャック・ザ・リッパ―は一瞬そう考えたが、ツヴァイの思いつめた顔を見ると何も言えなくなり、黙って頷いた。
ツヴァイはリセの亡骸を魔力で作った氷の棺に納め、屋敷を後にした。
「ママ、すぐ戻るから、少しだけそこで待っててね」
アインツベルン製のホムンクルス「リセ」はホムンクルスとしては特殊な存在であったかもしれない。姉ともいえる同じアインツベルン製のホムンクルス、アイリスフィールも人を愛しそれゆえに死ななければならなかったという点では姉妹揃って特殊個体だったのだろう。
リセは真にツヴァイの身を案じ、聖杯にその望みを託そうとしていた。
彼女が本当に欲しかったもの、それは奇しくもツヴァイと同じ「家族」だったのかもしれない。
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