時間は少し戻り、ホテルの一室でニュース報道を見ているジャンマリオ。テレビでは冬木ドリームランドの爆発事故が報じられていた。
「昨日といい今日といいあの場所はそれほどまでに重要な場所だったのか?」
ジャンマリオは間違いなくこの一連の騒動はサーヴァント同士の戦いによるものだと考えていた。
「マスター、調査しましょうか?」
傍らに姿を現したランサーが彼に尋ねた。
「いや。昨日の段階なら偵察の意味もあっただろうが、今さら必要ないだろう」
「差し出がましいことを申し上げ失礼しました」
ジャンマリオの言葉にランサーは大人しく引き下がった。
「いや、ランサー自分の考えがあれば気にせず言ってくれ。私としてはその方がありがたい」
「了解しました」
(やれやれ、どうにも堅苦しいな)口にはしなかったがジャンマリオは心の中でそう思う。
聖堂教会に提出する報告書を作成しながらジャンマリオは言峰綺礼について考えていた。このところの調査により綺礼の使役しているサーヴァントはライダーで間違いなさそうだ。聖堂教会から得ていた今回の聖杯戦争に関する情報に加え、時計塔の派遣したゲゲイーという男を調べることで何とかそこまではたどり着くことができた。
言峰綺礼はすでに聖杯戦争の監督役などとは絶対に言えず、何らかの意図をもって聖杯戦争に介入していることは間違いない。
この聖杯戦争に参加が決まった時点ではジャンマリオには聖杯に託す願いなどなかった。しかし、冬木教会で言峰綺礼と会談し、クラウディアのことを想ううちにひとつの考えが芽生えていた。「聖杯を使って彼女を生き返らせることができるのではないか」
クラウディアが自殺した原因については全く見当が付かない。その原因がわからないまま彼女を蘇らせても、さらに彼女を苦しめることになってしまうかも知れない。そのような結果は私にとっても望むところではなく、むしろ私のエゴとすら言える。
だが、綺礼が彼女の自殺に関わっているとすればどうだ、奴を倒し真実を暴くことで何か希望が見いだせるかも知れない。もし、奴を排除することで彼女が死を選んだ理由も取り除けるなら、こんなに素晴らしいことはない。やはり、まずは言峰綺礼を倒さなければ。
ただ、綺礼と戦うという事は奴のサーヴァントを避けて通ることはできない。問題は綺礼が使役しているライダーがどのような英霊であるかという事だ。しかもあの男は前回の聖杯戦争を生き残ったという実績があり、さらに八極拳の使い手である。決して侮ることはできない。
綺礼と万全の状態で戦えるように、出来る事なら他のマスターとは事を構えたくはない。しかし私自身から他の陣営に攻撃を仕掛けるつもりはなくとも聖杯戦争に参加している以上向こうから仕掛けられる可能性は高い。もし、クラウディアの死と綺礼に何も繋がるところがなかったのならば、私は聖杯に全く興味はない。
勝ち残ったマスターの願望が叶えられるのか、その結果さえ見届けられれば、少なくともアニムスフィア卿への報告義務が果たせるのだが……
ジャンマリオは「そう都合よくはいかないだろうな」と軽くため息をついた。
その時突然落雷が彼の泊まっているホテルに直撃した。
「なんだ? 雷か?」
「申し上げます、向かいのビルの屋上より魔力反応が感知されました。攻撃を受けたものと判断します。今の攻撃でこのビルに掛けてあった結界が一部破壊されました」
「ばかな! こんな人の多いところで攻撃を仕掛けてくるのか?」
ランサーの言葉にジャンマリオはすかさず戦闘態勢に入る。
さらにジャンマリオには理解しがたいことが起こった。
突然ホテル前の地面から帆船が現れ、無数の巨大な鎖がホテルに撃ち込まれたのだ。
その破壊力は砲撃に匹敵する物であり、ビルの壁はあっという間に崩れ去りビル自体も倒壊を始めたのだ。
「なんだと! このビルごと破壊する気か! 正気なのか!」
「マスター、敵の宝具による攻撃だと思われます。攻撃の規模からおそらく対軍宝具と予想されます」
「明らかに私を標的とした攻撃だ! くそ! このままでは崩落に巻き込まれる」
その時崩壊するホテルの窓から見える巨大な帆船に一人の男を確認した。その男もこちらに気が付いたのか、大声でジャンマリオに語り掛けた。
「これはこれは、お初にお目にかかりますなあ! ところで、出会ってすぐで残念だがおまえさんとはここでお別れだぜ」
「貴様、綺礼のライダーだな!」
「ほほぉ、よく調べてるじゃねぇか! 俺のマスターはアーチャー陣営と同盟を組んだ! おまえには勝ち目はねーよ! じゃあな!」
そう言うとライダーは高笑いを響かせながら帆船と共に霊体化して姿を消した。
「同盟だと! なんという事だ。そんな可能性は考えていなかった……」
「マスターこれ以上此処にとどまるのは危険です。緊急避難を推奨します」
「くそ! わかった。この場から脱出だ! 頼んだぞ、オルトリンデ」
「了解しました」
ジャンマリオの目的はあくまで聖堂教会からの指令でもある第四次聖杯戦争について調べることである。また個人的な目的として言峰綺礼を抹殺し、クラウディアの自殺の真相を確かめたいという事がある。
そのため綺礼以外のマスターと事を構える必要はほとんどないのであるが、まさか綺礼と同盟を結ぶ輩がいるとは想像していなかった。
そんな事を考えながら緊急措置でランサーに保護されながら(いわゆるお姫様抱っこである)上空に逃れたジャンマリオは隣のビルの屋上に二人の人影を発見する。
「マスター、あの二人から最初にあった雷撃と同じ魔力を感知しました」
「つまりあいつらがライダーの言う同盟者、アーチャー陣営という事か。……今の攻撃で何の罪もない人々がどれほど犠牲になったのか……」
ジャンマリオは怒りで指が白くなるほど拳を握りしめた。
「ランサー! あいつらは許せん! やるぞ!」
「了解しましたマスター」
「貴様たちがあの悪鬼ライダーの同盟者か! 非道な行い! 許さんぞ!」
ジャンマリオはどこか呆然とした顔をした二人の前にランサーを伴い降り立つ。
「如何に聖杯戦争とはいえ、無関係の一般人をこのように巻き込みあまつさえ無差別に攻撃するなど許されるものではない! 貴様らを断罪する!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺たちは無関係だ!」
二人はこの期に及んで呆けたことを言い出したが、魔術を使用したのはこの二人に間違いない。無関係なはずがないのだ。
「今さら言い逃れなど見苦しいにも程がある!」
ジャンマリオは懐から黒鍵を取り出し二人に向かって投擲した。
黒鍵から逃げるように二人はビルの中に駆け込んだ。それを追うジャンマリオ。しかしここでジャンマリオは二人の身体能力に驚愕することになる。
「なんだこの二人の動きは。魔術だけじゃ説明つかないぞ」
ジャンマリオはジンとユェがサイバネ手術で身体能力が強化されていることなど知る由もない。正確無比なジャンマリオの投擲を紙一重でかわしながらビルの中を飛び回るように走る二人に驚きを隠せずにいた。
ジャンマリオと二人の追走劇は三人がビルの一階に辿り着くまで行われた。隣のビジネスホテルの倒壊はその間も続いており、怒号と悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。
無関係な人間を無差別に攻撃するその非道さにジャンマリオの怒りは頂点に達していた。
地上に辿り着いたとき、三人はそのあまりも凄惨な惨劇の舞台に絶句した。
「こ、こんなことって……!」
少女は残骸の間から見える人の体の一部とみられる「モノ」を見て目をそらせる。
「これがお前たちのやったことだ! いかに聖杯戦争が魔術師同士の殺し合いとはいえ、決して許されることではない!」
ジャンマリオは正に誰もいなくなった廃墟ともいうべき瓦礫の山を指さし二人に怒りをぶつけた。
その言葉に二人の少年と少女は俯いて唇をかみしめた。
すぐに消防や警察が駆けつけるだろう。しかし今は戦場痕ともいうべきこの場に動くものは三人以外になかった。
ジャンマリオとジン、ユェが地上に辿り着いた時、その遥か上ではアーチャーとランサーが戦いを繰り広げていた。
アーチャーは遊園地の爆発の調査に赴いていたが、巨大な魔力の放出を感じ取りマスターであるユェのもとに急行していた。
アーチャーは弓の速射で牽制しつつ、徐々にランサーとの間合いを詰めていく。元来、中、長距離戦闘特化のアーチャーが、近距離戦闘を得意とするであろう敵との間合いを自ら詰めるなど、不可解な行動であるが、アーチャーにはそうする理由があった。
十分声の届く距離まで近づいたところで、アーチャーは敵サーヴァントに話しかける。
「槍の英霊とお見受けするが、相違ないか?」
「戦いの最中余裕がおありですね。いかにも私たちはランサー、槍の英霊として召喚されたものです」
「話の通じぬ狂戦士などではなくて助かった。俺は見ての通りのアーチャーだ。先ほどからの槍捌き、さぞや名のある英霊だとおもんばかるが、ランサー、もし、お前が自分の栄誉や武勲のために槍を振るっているわけではないのなら、己が主に伝えて欲しい。今回のこの戦闘、我々の望むところではない」
「サーヴァントはマスターの命に従うもの。しかし今回ばかりはこのような見過ごすことのできない暴挙に私たちも怒りが抑えられません。いかに英霊の言葉とはいえ聞き届けるわけにはまいりません」
「確かにこの惨状はどうしたことだ。少なくとも俺のマスターはこんなことをする人物ではない。そもそもこんなことをできるのは英霊以外いないだろう? 知っての通り俺は今ここに来たばかりだ」
「そうでしょうね。これを行ったのは言峰綺礼のサーヴァント、ライダーです。しかしその言峰綺礼の同盟者であるあなた方も同罪」
「ちょっと待て、同盟ってなんだ? そんな話は初めて聞いたぞ? 俺達はそもそも同盟者など必要としていない」
「その言葉に私たちを信用させる根拠があるなら聞きましょう。しかしその根拠無しと判断したなら私たちはあなたとそのマスターを決して許すわけにはまいりません」
ランサーの言葉にアーチャーは何か大きな陰謀に巻き込まれていると確信しながらこの無用な殺し合いを止めるべく思考をフル回転させた。
「この聖杯戦争の目的がマスターとサーヴァント自らの願望を聖杯に託す権利を競わせるもので、戦闘はそこに到達する最後の一騎を決めるための手段だと言うならば、そもそも俺と主の願望は、聖杯の力になど頼らなくても達成可能だ」
アーチャーにはジンとユェの願いをかなえる手段はすでに構築できていた。
「そういう意味では俺たちは最強だ」
「ただ、ある因縁から、キャスターのマスターの討伐だけは達成しなければならない。それ以外のマスターとは戦うつもりもないし、加えて、我々の望みを叶える為には、俺の退場が必須条件となる。そういう意味では聖杯を狙う他のマスターから見れば、俺たちは最弱とも言えるよな。信用してもらえるかは分からないが、俺は誓って嘘は言っていない。お前を信頼に足る英霊だと俺が判断したからこそ、敢えて名乗ろう。俺の名は、アーラシュ。アーラシュ・カマンガーだ」
さすがに自らの真名を名乗ることにランサーは驚いたが、それゆえにこの英霊の言葉は重かった。
「……アーラシュ・カマンガー……。それがあなたの真名なのですか」
このランサーは基本的に自ら判断し行動を起こすタイプではない。すべてはマスターの意思に従う。それが行動理念なのだ。
しかしここにきてこのアーチャーの言葉は確かにランサーの心に一石を投じた。
「……え、姉さま? ここでですか?」
ランサーは何か突然独り言をつぶやき始めた。
「ええ、わかりました。はい、代わります。……アーラシュといいましたね。これよりは私の姉が話を聞きます」
「姉? 何のことだ?」
アーラシュの言葉が終わらないうちにランサーの姿はその場から消え失せ、また直ちに同じような姿をしているが、明らかな別人がその場に現れた。
「よいしょっと。えへへ、驚いた? あたしたちは普通の英霊とは少々作りが異なっているんだ」
「なんとも驚いたな……。別人なのか?」
「いいえ! あたしたちは同一個体ですからね! でもそんなことは後でいいわ。あたしたちはあなたの言葉を信じるよ。あなたは正に英雄ね。この戦いの後ヴァルハラに来る気はない? というか、確定ね! 連れて行くから!」
「なんだかよくわからないが信じてくれるなら助かる。では悪いがあそこで闘っているマスターを止めてくれないか。俺はちょっとやらないといけないことができた」
「ああー。うちのマスターも思い込んだら一直線なところあるからなー。あいつやっつけんでしょ。すぐ止めてくるから無理はしないでね。ほら、妹ちゃん交代よ、いきなりあたしがマスターの前に現れたらマスターが混乱して話が長くなるでしょ。あなたが自分の言葉でマスターにあたしたちの考えを伝えるのよ」
ところで姿を消したライダーだが、実は立ち去ったわけではなく、ランサー陣営とアーチャー陣営の潰し合いを物陰から高みの見物を決め込んでいた。
しかし、アーラシュは最初から物陰に隠れてこちらをうかがっていたライダーの存在に気が付いていた。もちろんそれはランサーにとっても同じことであり、ライダーに逃げられない立ち位置をお互いに取りながら戦っていたのだ。
「さて、他のマスターとは戦わないとは言ったが、こんな悪辣な手段を講じる悪漢を見逃すほど、俺も性根が腐ってないのでね。覚悟しろ、髭野郎」
泡を喰ったのは髭野郎ことライダーである。すでに宝具を発動してしまっており魔力的な戦闘力は非常に不味い状態になっている。
「冗談じゃねぇ。この状態でアーチャーとランサーの二人を相手になんざできる訳ねぇ」
しかもこのままではアーチャーとランサーのマスターまで戦いに加わってくるだろう。いかにライダーが狡猾で力があろうとも最大級のピンチといってよかった。
「おいおい、アーチャーさんよ。俺は確かにあんたの所のマスターと同盟したんだぜ? その証拠にあの二人には招雷の魔術を使用した残滓が残ってるだろう?」
ライダーは確かに嘘を言っていない。だがしかしそれは一方的な解釈によるいわゆる詐欺師の論法である。
「おまえさんにうまく丸め込まれたんだろうなってことは想像に難くない。……だからどうした? 俺がお前をぶっ倒すのには関係のない話だ」
そう言ってアーラシュは真っ赤な弓を構えた。つがえられた矢は魔力を帯びた輝きを纏っており、その輝きは時間を経るごとに増しているようにも見える。半端ではない威力が込められていることは想像に難くないし、弓の英霊がこの距離で狙いを外すとも思えない。あんな矢がまともに命中すればいかな英霊だとて無事では済まないだろう。
──―まずいまずいまずい! どうする? くそ! あきらめるな! 俺ならどんな困難だって笑って切り抜けられるはずだ!
ライダーは必死に逃げ道を探す。しかし彼にとって状況は悪くなる一方である。アーチャーと話しているうちにマスターを説得したらしいランサーまでこちらに向かってきたのだ。
しかしここで幸運がライダーに起こる。アーチャーが渾身の矢を放ったのと、倒壊していたビルの壁がライダーとアーチャーの間に崩落し一瞬射線が遮られたのと、ライダーが一か八かの回避行動に出たのと、足を滑らせたユェが「きゃ」と小さな声を出したのが全て同じタイミングで起こった。
アーチャーはスキル千里眼で、例え視線が通っていなくても正確無比な射撃が行える。例えライダーがどんな回避行動を取ろうとも、間に障害物があろうとも、一旦狙いを定めたライダーから目を離さなければ射撃直前の微調整で確実に相手の急所を捉えられていたのだが、ユェの声が気になり、一瞬対象から目を切ってしまったのだ。
放たれた矢は落ちてきたビルの壁を粉砕し、ライダーがさっきまでいた場所を抉った。
粉砕されたコンクリート片数個の直撃は受けたが、アーチャーの渾身の一撃を凌ぎ切ったライダーは血まみれになりながらも巻き上がった砂塵に紛れて脱出を試みる。
「くそ! 逃がすか!」
アーチャーは砂塵くらいではライダーの気配を見失う事はなかったが、またしてもここで幸運がライダーを助ける。
ホテルの倒壊という大惨事に際してようやく警察、消防などの緊急車両がサイレンを響かせて大量に到着したのである。さすがにこの状況で戦闘を継続させることは難しい。
「アーラシュさん、ここはいったん引きましょう」
ランサーの言葉にアーラシュは渋々弓を納めた。
「仕方ないな。いったん引くか」
その後、アーラシュの提案でジャンマリオとランサーは一度ジンとユェが拠点としている洋館に向かったのであった。
「で、お前は私のサーヴァントってことで間違いないのだな」
「そうよ、私の個体名はヒルド。マスター、私たちは複数の存在が1つのサーヴァントとして登録されているの。代替召喚ってことで、途中で入れ替わることができるのよ。記憶や認識は同期されているから、入れ替わったら前のことは覚えてないとかはないので、安心してね」
「しかし、見た目だけではなく、性格や話し方まで全く違うではないか。果たしてこんな別個体を同じサーヴァントと言って良いのだろうか……」
「ちょちょちょ、違う違う、私たちはあくまで同一個体なの。そこだけは間違えないでね」
「全く理解できん。頭が痛くなってきた……先ほどは突然、アーチャーさんはアーラシュさんで悪い英霊さんじゃありませーん。戦いを即刻中止してくださーい。とか叫びながら戻って来たので、正直驚いたが、でもまぁ普通に会話もできるんだな。それについては良かったかも知れん。覚えておこう、ヒルド」
「オルトは人見知りだし、色々余裕がないのよ。でも、頑張り屋さんだから、大目に見てあげてね」
洋館に着くやいなや、ランサーは再び先ほどの姉さまに入れ替わり、マスターであるジャンマリオに自分たちの特性を説明した。
その後、ジャンマリオとジン、ユェそしてサーヴァントたちの話し合いがもたれた。
「つまり君たちはそのゲゲイーという男に俺を倒す手伝いを持ちかけられて結界を壊すために魔術を使ったと。そういう事か?」
「はい……あまりにも迂闊でした……」
ジンとユェは正座で反省中である。
「だってよう! まさかあんな無茶苦茶するなんて思ってなかったし!」
「ジン!」
ユェに一喝されてシュンとなるジン。もとはといえばジンがあっさりゲゲイーに乗せられたのがまずかったのだ。
「まずいくつか情報を共有しておこうか」
ジャンマリオはため息をつきながら話し始めた。
「ゲゲイーという男は今回の聖杯戦争のために時計塔が派遣した魔術師だが、聖堂教会の立てた監督役『言峰綺礼』にすでに暗殺されている。そして彼のサーヴァントだったはずのライダーが未だ健在ということは、すなわち綺礼がゲゲイーのサーヴァントを奪い取ったということだ」
その言葉に驚いたのはアーラシュである。
「ばかな! そんなことが許されるのか? 聖杯戦争の根底を覆す事態じゃないのか?」
「その通りだ。俺はその言峰綺礼を倒すことを目的にこの聖杯戦争に参加している。つまりは私も聖杯自体に用はないのだ(今のところはだが……)。そしてこのランサー、もうこちらも真名を明かしておこう、ワルキューレだ。彼女……たちも聖杯自体に望みはない」
「あたしはヒルド、妹ちゃんはオルトリンデね。あたしたちの目的は英雄を集める事なのよねー。アーラシュさん是非ヴァルハラにいらしてね」
「それについては何とも答えられんが……つまり俺たちは元々戦う理由が全くないという事になるのか」
「あと、さっきの話で一つだけ分からなかったんだけど、我々の望みを叶える為にはあなたのたいじょ……」
ヒルドが戦闘中のアーラシュのセリフで一つだけ引っかかっていたことについて質問しようとした瞬間、隣にいたアーラシュに手をぎゅっと握られた。
「えっ?!」
ヒルドの方を見て小さく首を横に振るアーラシュの仕草に、
えっ? 何コレどういう意味?? もしかしてあたしモテ期来ちゃった? もしかしてあたしの方がアーラシュさんにどっか連れて行かれちゃうの??
激しい勘違いに顔を真っ赤にするヒルドにアーラシュは全く気付いていなかった。
ジャンマリオの話す内容は聖杯戦争が単なる魔術師の腕比べではなく、もっとどろどろとした陰謀が渦巻くキナ臭いものであることを示していた。
ただ、アーラシュやジン、ユェにしてもジャンマリオにしても戦わなくてはいけない敵が少なくとも1陣営減ったことは確かであり、それだけでもありがたい話であった。
「なぁ、なぁ、だったらよぅ、あの髭のおっさんがその「言峰」って奴なのか?」
ジンが思いついた疑問を口にする。
「言峰綺礼は髭など生やしていない。髭と言えば、ホテルの前に現れた帆船に乗っていたライダーが丁度そんな感じだったな」
ジャンマリオは帆船の上から話しかけてきたサーヴァントを思い出していた。
「じゃあ、サーヴァント自らがマスターを名乗り接触を謀って来たってのか。何てふざけた野郎だ」
アーラシュは髭野郎の大胆さに驚きを通り越して呆れかえっていた。
「だとすると、今回の遊園地爆発事故も今朝の紙きれも全部俺をおびき出すためのライダーの仕業って可能性が高いな」
「紙きれって?」
ユェの問いかけにアーラシュが答える。
「今朝方郵便受けに遊園地に霊脈があるとか書かれた紙きれが入ってたんだ、わざわざお前らの手を煩わすこともないと思って伝えなかった。黙っててすまん」
「なんだかよくわかんないんだけどさ、俺たちがクガイをぶっ殺すことには変わりないんだろ?」
ジンの空気を読まない言葉にユェはまた怒鳴ろうかと思ったが、それをぐっと堪え代わりにジャンマリオに尋ねた。
「私たちはあくまでクガイという暗殺者を倒すことが目的です。今後は情報の共有など協力できませんでしょうか」
「それは歓迎ですねお嬢さん。特にあのライダーはあまりにも危険です。使用した宝具からかつての大航海時代に活躍した人物だと思うのですが、あそこまで悪辣な英霊となると……海賊王エドワード・ティーチ、もしくは海賊冒険者クリストファー・コロンブス……」
「ああ、そういえばあの髭のおっさん自分のサーヴァントはコロンブスだって言ってたぜ! でもよ、コロンブスってアメリカ大陸を発見したカッコいい英雄だろ? あんな鬼畜な奴だとは思えないんだけど」
ジンのイメージするコロンブス像はあくまで冒険家であり新大陸発見の立役者である大英雄である。
しかし、これはあくまでも「航海の理由」を新航路発見に絞った場合であり、当時の世相として新天地での略奪と侵攻は、未開の地を開拓するという大義名分で黙認されている。
コロンブスも当時の倣いに従い、これを過剰なレベルで行った
「一般的なコロンブスのイメージはそうだが、実際の奴は冒険家というより海賊に近いぞ。むしろ新大陸で行った奴隷狩りや虐殺行為は本国スペインでも問題になったほどだ」
「え、そうなの? 私も世界的偉人だと思ってたわ」
ジンとユェは実年齢で言うと13歳12歳である。通常であるなら中学生というところなのだが、戦闘技術や魔術知識を中心に教育を受けていたためいわゆる一般常識に疎い面がある。しかしそれでもコロンブスの名くらいは聞いたことがあった。逆に言うとコロンブスとはそれほどまでに有名な人物だということだ。
しかしジャンマリオの語るコロンブス像に世界的偉人のイメージがガラガラと音を立てて崩れていくジンとユェであった。
「しかし相手のサーヴァントの真名が分かったことは大きな情報だ。こちらも君たちの役に立つような情報があれば連絡するようにしよう。差し当たってはそのクガイのサーヴァントであるキャスターについては俺の方でも調べてみよう。話に聞く限りずいぶんと特殊な魔術を使用したという事だから比較的簡単に絞り込めるかもしれないしな」
アーチャー陣営とランサー陣営の間に少なくとも不戦協定の上、情報交換もするという極めて良好な関係が成立した瞬間であった(なお、会談後アーラシュはユェにジャンマリオは聖杯に託す願望についてのみ、嘘と言う程ではないが真実をぼかして語っていた気がするので注意するようにと忠告している)。
ビジネスホテル冬木倒壊事故
落雷で屋上の発電機が発火。たまたま最上階で発生していたガス漏れに引火、爆発し壁の一部が崩れたことによりホテル全体が連鎖倒壊した。
死者25名、重軽傷者8名、行方不明1名という5年前の冬木大災害を彷彿とさせる大事故として記録されている。
聖堂教会の隠蔽工作は迅速だった。
お読みいただきありがとうございます。