第4.5次聖杯戦争   作:慶天

18 / 36
16話 ツヴァイの友達

 どれくらい意識を失っていたのだろう、意識が戻ると空を寝かせたベッドが空っぽになっていたためセイバーは焦った。実体化し「マスター!」と呼びかける。

 ガチャッ。部屋のドアが開き、空が入って来た。

「脅かさないでください、マスター。熱は大丈夫ですか、お身体の具合は?」

「ええ、もう大丈夫よ」

 妙に落ち着いた声で空が答える。時計を見ると朝の5時半だった。部屋に戻ってから5,6時間は経っていた。不覚にも随分長い間意識を失っていたようだ。

 とはいえ十分な回復ができる程の時間でもない。しかし、自身のことだけいえばかなり回復しているのが感じられた。そもそもマスターから供給される魔力量が、以前よりも格段に増している気がする。

 

「さすがに今日は、学校はお休みされますか?」

「ええ、今日は色々やらなくてはいけないことができたから……。後で付き合って頂戴」

「えっ!? 身体を休めるのじゃなくて、何かするために学校を休むのですか?」

「そうよ、私には学校よりも優先すべきことがある。セイバーにも当然心当たりはあるでしょう」

 何だこの違和感は。目の前のこの人は本当にあのマスターなのか? セイバーは何とも言い表しようのない疑念を感じていた。

 

 午前10時を回った頃、空は普段ジョギングやトレーニングの時に着る白いジャージに着替えた。いつもは使っていない木刀を持ち出し鞘袋に納めるとジョギングシューズを履き、「そろそろ行くわよ、ついて来て」と振り向きもせず呟いた。

 

 意識を取り戻してから今まで空とセイバーは殆ど会話を交わしていない。

 空からセイバーに話しかけてくることは全くなく、セイバーが重苦しい雰囲気を払拭したくて他愛もない話題を振っても、最小限の相槌が返ってくるだけで、会話が全く成立しない。耐え切れなくなったセイバーは途中から霊体化し姿を消していた。

 学校を休んでいるのに、そんな恰好でどこに行くのですか? と聞こうかと思ったが、天性の第六感がそんな質問は無意味だと告げていたので、セイバーは「わかりました」と短く返事をした。

 

 玄関を出るとお腹を空かせた「クロスケ」が、空の足元に纏わりつき「にゃ~ん」と甘えた声で鳴いた。セイバーにしてみればいつもの光景である。

 

 その子猫を、空は、蹴飛ばした! 

 

 厳密に言うと蹴飛ばした、は正しくない。空はその小さな生き物の存在を全く認識しておらず、踏み出した足の途中にそれが存在したため勢いを緩めないつま先が子猫の横っ腹に当たっただけというのが正確な表現である。

 子猫は悲鳴をあげ、階段の下の住処に逃げ込むと、毛を逆立てて「フ~ッ!!」と怒りの声をあげた。

 

 ここまでのことならば、以前でも起こり得た出来事である。どちらかと言えば、オッチョコチョイというカテゴリーに分類される空なので、慌てていたなら同じようなことはあり得ただろう。だが、ここから先の反応にセイバーは驚きを隠せなかった。

 マスターはそれこそ猫なで声で子猫に謝るだろうと思っていたのだが、子猫の存在がすっぽり抜けてしまったかのように、猫の方には視線もやらずに足早にその場から立ち去って行ってしまった。

「マスター……」

 実体化し声を懸けたが、空は振り返らずに歩いて行く。

「ごめんな、クロスケ。今日はマスター少し調子が悪いみたいだ」

 子猫の頭をそっと撫で、セイバーは呟いた。

 

 そんな事をしている間も空は歩みを緩めずどんどん先に進んで行った。

 慌てて霊体化し、マスターの後を追うセイバー。アパートの敷地を出る際、この場所に強力な防御結界が張られていることに気付いた。

 昨晩はこんな結界無かったはずだけど……

 そして、前を歩く空は何やら呪文のような言葉を呟いている。

 

 マスターもやっぱり魔術師の家系なのだろうけど、術を行使しているのは初めて見るな。当たり前の様に呪文を唱える空を見て、セイバーは少し驚く。

 詠唱が終わったのか、空自身に術式が施された。どうやら周囲からの認識を阻害する魔術のようだ。これで、よほど感覚の鋭い者でもない限り、殆どの人は空とすれ違っても彼女に気が付かないだろう。

 

「マスターも魔術が使えたのですね。アパートの周りの結界もマスターが?」

「あれは、私じゃないわ……。この術は言葉を発すると効果が薄くなるから。目的地に着くまで、もう話しかけないでくれる」

「わかりました……」

 だったら、あの結界は誰が? もやもやした気持ちを抱えたままセイバーは黙って空の後に付き従った。

 

 空の歩む足取りはいつもの通学路だった。

 目的地って学校なのか? 疑問を感じつつ話しかけるなと言われたので、黙って後をついていくセイバー。

 

 やがて、通学路の途中にある公園の横まで来ると、空は認識阻害の術式を解除し、公園に入って行った。

 ここは……、昨日銀髪の少女と出会った場所だな。

 公園とは言うものの、遊具と呼べるものは少なく、ブランコとジャングルジムと滑り台くらいしかない。滑り台は一般的な階段を登るようなものではなく、コンクリートで造られた小山に備え付けられていて、山のてっぺんから滑り降りるようになっている。小山には子供が少し屈んで入れるくらいのトンネルが造られており、四方にその出入り口があった。他には砂場と芝生の敷かれた広場があるくらいである。

 

 敷地自体はそこそこ広く、休日ともなると球蹴りやキャッチボールをして遊ぶ子どもたち、ペットを連れた親子連れなどでそれなりに賑わっていた。だが、今は平日の昼間なのもあってか人の姿は見当たらない。

 

 公園に入ると空は鞘袋から木刀を出し、おもむろに素振りを始めた。

「マスター、よく分からないのですが、鍛錬なら衛宮邸の道場に行った方が良いのではないでしょうか?」

 術式も解除されたし、もう話しかけても良いだろうと思い、霊体化したまま空に話しかけるセイバー。

「しっ! もう少しそのまま待機してて」

 むぅ、今日はマスターに話しかけてはいけない日なのだろうか。と、言うか、それ以前に今日のマスターはいつもと違い過ぎる。別人と相対していると考えた方がまだ納得できる気がする……

 

 セイバーがそんなことを考えていると、

「空お姉さん!」

 小山の方から昨日の少女が駈け寄って来た。

 この子、一体どこから現れたのだろう。昨日の今日で随分タイミングがいいな。セイバーは不思議に思う。

 駈け寄る少女に気付いた空は、素振りを止め、少女の方に身体を向けた。

 少女はにこにこ微笑みながら空に話しかけてきた。

 

「こんなにすぐにまた会えるなんて、すごい偶然だね。嬉しいな。ねぇ、もし良かったらあそこのブランコに座って少しお話ししませんか」

「ええ、そうしましょう。ツヴァイちゃん」

 空は木刀を左手に持ち替え少女、ツヴァイと並んでブランコの方に歩いて行く。そして、二人は隣同士のブランコに腰を下ろした。

 

「あたしの名前覚えていてくれたんだね。ありがとう」

「もちろんよ。だって、私たち友達なのでしょう?」

「…………」

 その言葉を聞いたツヴァイは、少し伏し目がちになり唇をぎゅっと噛み締めた。ブランコの鎖を握る小さな掌にも力が入る。

 が、すぐに顔を上げると、

「そ、そうだよね……お友達だもんね」

 そう言って足で地面を蹴り軽くブランコを揺らした。

 

「ところで、今日はお母さんは一緒じゃないの?」

 空のその言葉に、今度は足を地面に着きブランコを止めた。少し上半身を捻って若干空の方に背中を向けるような姿勢となり、顔を俯けた。

「うん、ママは……、いないよ……」

 声が少し震えている。

「ふ~ん、じゃあやっぱり、あの後死んじゃったんだ」

「えっ!?」

 ツヴァイの顔から血の気が引く。驚いてブランコから飛び退き、二、三歩後ずさった。

「あなたたちはアインツベルンのマスターなのよね。差し詰めツヴァイ・フォン・アインツベルンってところかしら。今日ここで会ったのも偶然じゃない。

 あなたは昨晩サーヴァントを連れて私のアパートに来たわよね。でも、結界があって入れなかった。

 だから、昨日の夜からあの小山のトンネルの中で私が来るのを待っていた。違う? あなた最初から私を騙し討ちするつもりで、友達になろうなんて言ったんでしょ」

 ブランコから立ち上がった空は、ツヴァイに向けて言い放った。

「もう、友達ごっこは終わりよ」

「…………」

 ツヴァイは目を大きく見開き、瞳からは大粒の涙が一つ二つと地面に落ちた。

 

「おまえ! おまえっ!! おまえなんかにツヴァイの何が分かるんだ!!」

 突如実体化したアサシンが空に斬りかかる。

 キンッ! 実体化したセイバーの刀がそれを防いだ。

「おまえらっ! ぜったいに許さないぞっ!! 跡形も残らないくらいに解体してやるっ!!!」

 アサシンの瞳は、見た目の幼さとは全く釣り合わない異常なほどの殺意に満ちていた。

 

 当然ではあるが、昨日の出来事以来、いつもにこにこしていたツヴァイから笑顔が消えていた。

 ずっと俯きがちで、手が震えている。

 これから6人の敵マスターと戦わなければならない。中でもツヴァイにとって空と戦うことがどんなに辛い事なのか、しかし彼女の願いは、空を含めた他のマスター全員が倒されなければ達成できないのだ。

 

 思いつめた表情の少女にジャックは何と声をかけていいのか分からず。隣に寄り添い、震える手に自分の手を重ねることしかできなかった。

 今日のこの戦いに、ツヴァイがどんな気持ちで臨んでいるのか。こいつはぜんぜんわかっていない。もうこれ以上ツヴァイに悲しい想いをさせたくない。わたしたちがこいつを殺すんだ! 

 

「ザ・ミスト(暗黒霧都)!」

 アサシン、ジャック・ザ・リッパ―がそう叫ぶと辺りに霧が立ち込める。ジャックの出身地ロンドンにおいて、産業革命以降大量に排出されるようになった膨大な石炭の煤煙が、1950年代に硫酸の霧となって大災害を引き起こした。ジャックの「ザ・ミスト」はその「死の霧」を再現する宝具である。

 

「あのサーヴァントは直接私を狙ってくるはず。感覚を研ぎ澄まし、絶対に奴を私に近づけないで。アインツベルンのマスターは私が倒すわ」

「承知しました、マスター。しかし、大丈夫ですか」

 子どもとは言え敵性魔術師である。今までの空を基準に考えるとセイバーの心配は当然と言えた。

「何も問題ないわ。あなたは自分の役目を果たしなさい」

「分かりました。では、ご武運を」

 ここまで言われてはマスターを信じて任せるしかない。意識を霧の中に消えた敵サーヴァントに集中させる。

 

 これとよく似た状況に遭遇したことがある気がする。生前のことなのか、最近のことなのかは思い出せないが……不思議な既視感に捕らわれながらもセイバー、沖田総司は心眼により辺りの気配を感じ取った。マスターからの魔力供給が増えているせいなのか、今までにないくらい感覚が鋭くなっている。これなら! 

 

「そこだっ!」

 沖田総司の放った鋭い突きの勢いにより、周囲の霧が剣先の方に流れ一瞬その部分だけ霧が晴れた。

「ちっ!!」

 ジャックは確かにそこに居た。だが、総司の刀は後、数センチ届かなかった。

「どうしてっ! 昼間だから? どこにいるのかバレちゃってる。敵のマスターに近づけないよ。ツヴァイは本当にあいつと友達になりたかったのに、あんなひどいこと言うなんて、あの女だけは許さない! ぜったいにこの手で解体してやる!! だけど、おかあさんを殺したのはあのセイバーなんだ。あいつ昨日わたしたちの宝具をまともに喰らって死にそうになってたのに、どうしてあんなに回復しているの。あぁ、あいつもこの手で切り裂いてやりたいっ!」

 ジャック自身気付いていなかったが、彼女の精神は怒りに蝕まれ徐々に退廃しつつあった。

 

 キンッ キンッ カッ シャリッ

 

 霧の中から刃と刃がぶつかる鋭い剣戟の音が響く、常人ではありえない程の速さでの斬り合いが繰り返されていることが伺えた。

 

「さぁ、私たちも決着を付けましょうか。アインツベルンのマスターさん」

 木刀を構える空、魔力によるものか刀身は青いオーラの様なものを纏っていた。

「うん……そうだね……もう友達ごっこはお終いだもんね……」

 潤んだ瞳を袖で拭い、ツヴァイは空に向かって構えを取る。

 

 彼女の右手から冷気が迸りたちまち氷の剣が生成された。その氷の剣を両手で握ると、腕を真上に伸ばし、時計の針の様に360度ぐるりと回転させた。氷の剣の通った後に残された冷気の粒が大きくなり、無数の氷柱が先端を空の方に向けた状態で出来上がる。

「えいっ!」

 ツヴァイの掛け声と共にその無数の氷柱が一斉に空めがけて発射された。

 次々と飛来する氷柱を空は木刀一本で右に左に叩き落していく。かの天才剣士を彷彿とさせる剣捌きだった。

 

 ツヴァイが左の掌を空の方に向けて差し出すと、そこにさっきの物より大きな氷柱が造られ撃ち出される。即座に木刀では捌けないと判断したのか、右に転がりそれを躱す。立ち上がりざまに短距離走のスタートの様な体勢を取ると、踏ん張った足に力を込め一気にツヴァイに向かって距離を詰めた。同時に下から振り上げられた木刀がツヴァイを襲う。

「!!」

 咄嗟に氷の剣で受け止めたが、体格からくる力の差か、弾き飛ばされごろごろと後ろに転がるツヴァイ。

「お姉ちゃん本当に強いんだね。その刀、木でできてるんでしょ。あたしの氷は鉄より硬いはずなのに」

 立ち上がりながらツヴァイが呟いた。

 

 さっきから散々氷柱を叩き落したりしているのに、空の木刀には傷やへこみが全くなく、加えて空自身も呼吸一つ乱していない。

 

 ツヴァイは剣を地面に突き刺すと、首から下げていた袋を取り出し、中に入っていた氷でできたビー玉の様なものを右手に握れるだけ握り、それらを空の方に向けて投げつけた。

「フリーレンライスッ!」

 ツヴァイが叫ぶと、玉から氷が樹木の様に枝分かれしながら生えてくる。それらは鋭く錐の様に尖っており、全ての切っ先が空に向かって正確に枝を伸ばす。

 その瞬間、「身体強化! 最速!!」

 空がその場から消えた、と思ったらツヴァイの目に前に現れた。驚いて剣に手を伸ばすツヴァイ、だが氷の剣は空の木刀に弾かれくるくると回りながら数メートル先に突き刺さる。尻もちをつき地面に手を着くツヴァイの喉元に木刀を突きつけ、「これで終わりね」と空が言った。

 

 ジャックは焦っていた。ザ・ミストを発動しているのに、殆ど居場所が隠せていない。本来自分たちの戦闘スタイルは不意打ちがメインなのに、まるで霧など無いかの如く全て正確に対処されてしまっている。ならば手数で押し込もうとしたが、敵サーヴァントはスピードでさえも互角以上といえる状況だ。

「どうして!? こいつ、明らかに昨日より強くなってる。昨日のダメージは残ってないの。あぁ、早くあいつを虐殺したいのにっ!」

 

 恐らくこのサーヴァントを無視してツヴァイたちのところに行くのは不可能だ。かと言って倒す糸口が見つからない。焦りと苛立ちで頭の中に熱が貯まっていくような感覚を覚える。出口が見えないまま両手に握ったナイフを振るい続けた。

「あ、痛っ!」

 左手に痛みが走った。昨日セイバーに斬られた傷口が開いた。

 ツヴァイと聖杯に託す願望について話をした後、右手で応急措置の外科手術は施したのだが、まだ完全に治ってはいなかった。

 

「わたしたちはこんなに痛くて、苦しいのに、どうしてこいつはこんなに平気なの? 狡い、ズルい、ずるい、ズルい、ずるいよっ!! 

 わたしたちはおかあさんにツヴァイのことを任されたんだ、こんなところで足止めされてるわけにはいかないのにっ!」

 

 集中が途切れたせいか霧が薄まる。

 ツヴァイ達の方に目を向けると、倒れたツヴァイに空が木刀を突きつけていた。

「ああっ! ツヴァイっ!!」

 

 それは正に一瞬の出来事だった。沖田総司の放った三連の突きが正確にジャックの急所を捉えた。

「隙ありっ!! 絶刀! 秘剣無明三段突きっ!」

 ジャックの小さな身体から大量の血液が吹き上がる。ジャックはツヴァイの方に手を伸ばしたままもんどりうって転がった。

 

「ジャック!!」

 その光景を目撃したツヴァイが叫ぶ。

 すぐさま空を睨むと、握った右こぶしを口に着け、親指と人差し指の間の隙間に「フッ」と息を吹き込んだ。空に向けられた小指側の隙間から、20センチはあろう太い氷の針が彼女の眉間めがけて飛び出す。

 

 しかし、ここで空は人間離れした反応を見せた。

 驚くべきことに左手で飛んでくるその針を掴み、反射的にツヴァイの方に投げ返したのだ。

 至近距離から投げ返された氷の針はツヴァイの胸部に深々と突き刺さった。

 

「かはっ!」

 口から血を吐き、後ろに倒れるツヴァイ。そのまま暫く仰向けのまま倒れていたが。ゆっくりと立ち上がり、よろよろと数歩ジャックの方に歩くと今度はうつ伏せに倒れる。

「ジャック……ママが待ってるよ……お家に……帰ろう……」

 這うようにずるずると進むと、倒れているジャックの方に手を伸ばす。倒れたジャックが握っているナイフに手が触れた瞬間。ジャックは金色の光の粒子となり消滅した。

「そんな……ジャック……あぁ……ママのところ……に……」

「ぐほっ、ごぼっ!」

 針は致命的な場所に命中していたのだろう、口から大量に血を吐くと、ツヴァイはそのまま動かなくなった。

 

 その光景を黙って見ていた空は、

「最後にあんな攻撃を仕掛けてこなければ……マスターであるあなたまで殺せとは言われてなかったのに……」

 と誰にも聞き取れないような小声で呟いた。

 

 そして、

「終わったわ。さぁ、帰りましょう」

 ちょっとした野暮用が片付いた、そんな感じの口調でセイバーに声をかける。

「この子はどうするのですか?」

 目の前に倒れている少女を見つめながらセイバーが問う。

「放っておけばいいわ、すぐに聖堂教会が遺体を片付けにくるでしょう」

 空の言う事は恐らく間違ってはいない、でも……

 

「あの、マスター……私がこんなことを言うのはおかしいのかも知れませんが、本当にそれでいいのですか? 以前のあなたならそんな事絶対言わなかったと思うのですが……」

 空が冷めた目線をセイバーの方に向け言う。

「ええ、おかしいわね。昨日あなたは人間死ねば終わり、敵に情けをかけるな、とか私に言わなかったかしら?」

「それは私の死生観ですが、マスターにまでそれを押し付けるつもりはありません。捨て猫の世話をしたり、迷子の心配をしたり、マスターは本当に優しくて心の綺麗な方だと思っていました。でも今日のマスターの言動からはそれが一切感じられない」

「結局どうしろと言いたいの?」

 イライラした感じで空が問う。

 

「あのサーヴァント……恐らくアサシンでしょう。アサシンが消滅した時、少し思い出したのですが、昨晩もこのアサシンとは戦ったような気がします。

 その際に一緒に居た大人の女性を敵マスターだと思って倒しましたが、彼女がこの子の母親だったのではないでしょうか。

 この子は母親の所に帰りたいと言っていました。末期の願いを聞き入れてこの遺体を家まで運んであげてはいかがですか」

「馬鹿馬鹿しい。何でそんなことを、ホムンクルスに親も子もないわ。うっ(ズキッ!)」

 突如空を頭痛が襲う(駄目だよ……)頭の中に声が響く。

 

「マスター、どうされました?」

 苦しそうな表情の空を心配してセイバーが話しかけた。

「何でもない……」

 空はポケットからぼろきれのようなものを取り出すとセイバーに渡し、

「その印の処にある洋館がアインツベルンの今回の拠点よ。連れて行ってあげたいなら好きにすればいい。私は先に帰るわ」

 そう言い残すと、セイバーに背を向け去って行った。

 

 セイバーは半開きのまま輝きを失ったツヴァイの瞳を閉じさせ、胸に刺さった針を丁寧に抜いてあげた。その際、少女の胸に手術痕のような大きな傷痕が残されていることに気付く。

「こんな幼子にも命を懸けて戦わなければならない理由があったのだろうか。そう言えば今まで敵の事情とか考えたことは無かったかもしれないな……」

 最後に涙と血で汚れたツヴァイの顔を綺麗に拭いてあげると、彼女を背負い、教えられた場所に向かって歩いていった。周囲からは眠った子どもを背負っているように見えるだろう。そうであって欲しい。

 

「どうして私はこんなことをしているのだろう……」

 マスターの言っていることは正しい。聖杯戦争のマスターとしては……

 最初から今日のような態度のマスターに召喚されていたのなら、私は何の疑問も感じず命令に従っていただろう。

 だが、桐生空というマスターは、優しくて、お人好しで、どこか抜けていて、でも一生懸命で、一本芯が通っている。

 

 私にとっては、放っておけないかけがえのない人物だった。最後までマスターのために戦いたいという私の願いは変わらない。が、そのマスターの願い自体が、誰かの手によって本人の望まないものに捻じ曲げられているのだとしたら……

 あぁ、近藤さん、土方さん。私は一体どうすればいいんですか。

 頭の中がぐちゃぐちゃで考えが全くまとまらない。そうこうするうちに、教えられた洋館に到着した。

 

 建物全体を西洋木蔦が覆っている。季節なのかところどころに花が咲いていた。一見すると長く人が住んでいないような建物に見える。門にも玄関の扉にも鍵はかかっていなかった。

 

 中に入るとひんやりとした空気が漂ってくる。そちらに向かうと寝室らしきところに氷でできた棺が置かれており、中には昨晩の女性が横たわっていた。

 蓋を開け、母親と思しきその女性の隣に少女を寝かせた。アサシンが使っていたナイフと屋敷を覆う蔦に咲いていた花を少し摘み、それも一緒に棺に納めた。

 花言葉なんて気の利いたものは知らないけど、良い意味だったらいいのにと思う。

 静かに棺の蓋を閉め、手を合わせた。

 




お読みいただきありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。