遊園地での戦闘があった日、ウリエはすこぶる機嫌が悪かった。
バーサーカーは、本心ではウリエの元に向かいたくはなかったが、召喚時に令呪をもって服従を強制されたことが影響しているのか、ある意味強迫観念にも似た感情に従い、彼女が宿泊する冬木ニューハイアットホテル最上階に姿を現した。
「あのキャスターのマスターは一体何なの。魔術師は本来高貴であり、優雅に振る舞うべきもの。選ばれた魔術師が己の技量を競い合うこの聖杯戦争に、どうしてあんな粗野で粗暴な男がマスターとして選ばれているのよ」
貴様も優雅とは言えんだろう……と心の中では思いながらも、バーサーカーは少し頷くような仕草をしながら、黙ってウリエの独白を聴いていた。ここで、余計な事でも言おうものなら、この苦痛な時間が数倍に延長されることは明白である。
ヴラド三世は、ウリエが何を考えているのかは未だに理解できなかったが、このヒス気味の女マスターの取り扱い方だけは徐々に理解しつつあった。
「私はこれから急いで調べたいことがあるの。あなたは引き続きキャスターとそのマスターの拠点を探して頂戴。私たちのターゲットは決まったわ。あの失礼な男に誅罰を与えるのよ」
やれやれ、まったく人遣いの荒い小娘だ……と思いながら
「仰せのままに」
と恭しく礼をし、バーサーカーは姿を消した。
一応最初に戦闘の行われた遊園地を確認したが、当然キャスター陣営は拠点を移しており、何の手がかりも得ることはできなかった。
簡単に拠点を探せと言ってくれるが、キャスターも新たな陣地が完成するまではそうそう居場所を特定されるようなへまはしないだろう。地方都市とは言え冬木市は広い。また地道に霊脈などを手掛かりに、怪しい場所を探っていくしかないのか、まったくこんな雑事は王の仕事ではないわ、とバーサーカーはひとりごちた。
翌日は例の遊園地で爆発が起こったり、ビジネスホテルが倒壊したりと冬木市は天地がひっくり返った様な大騒ぎだったが、あのキャスターの独特な魔力は感じられず、何れも他の陣営の手によるもののようだった。こうしている間に他のマスター同士が潰し合って減ってくれれば、この忌々しい聖杯戦争の終結が近づくのだがな……
実際にはこの日の翌日アサシン陣営が敗退したのだが、昼間は活動できないバーサーカーがすぐにそのことを知ることは無かった。
探索を開始した二日後、不意にバーサーカーは廃工場跡地にキャスター陣営の新たな拠点を発見した。意外なことに特に隠蔽されているふうでもなく、逆に前回の遊園地同様居場所を示して敵を誘い込もうという意図すら感じられる。バーサーカーがこの場所を発見したのも全くの偶然だった。
「たった二日足らずで新たな陣地を完成させたというのか? 罠かも知れんが、それならそれでもよかろう。今宵こそ余の力示す時。あの小娘のお手並みも拝見といこうではないか」
バーサーカーはにやりと笑い、急ぎウリエの元へと戻って行った。
ウリエにキャスター陣営の新たな拠点を発見したことを報告しに戻ると、二日前とは打って変わって彼女はご機嫌だった。
何か甘い物でも食して浮かれているのか? とも思ったが、さすがにそんな単純な理由でも無いようだ。
「ご苦労だったわね、バーサーカー。丁度良い頃合いよ。この二日間で色んなことが分かったわ。早速その廃工場跡に乗り込み、あの男を仕留めるわよ。メラヘル!」
銀色のメイド型オートマトンがウリエに付き従う。
「沸き立て、我が血潮」
ウリエがそう呟くと、オートマトンの表面がザワザワと震え微かに波打った。
「さぁ、いよいよ私たちの初戦よ。バーサーカー、貴方にも存分に働いてもらうわよ」
「お任せあれ」
ほほぉ、この小娘、いざ戦闘となると雰囲気が変わりおったな。これは思っていたよりは期待できるかも知れんな……
廃工場跡地に月明かりに照らされながら独り佇んでいるクガイ。
カツン……カツン……、静寂の中、今は何も生産することが無くなった工場の壁に反響して足音が響き渡る。
クガイに向かってゆっくりと歩を進める女性は、暗闇の中から月に照らされた場所へスラリとした足元から腰、胸元、最後に精悍な顔立ちと目の覚めるように鮮やかな紅い長髪を明らかにすると、彼に向かって語りかけた。
「前とは打って変わって随分と寂しい場所を隠れ家に選んだものね。さながら都を追われた落ち武者といった風情じゃないの」
今まで目を閉じていたクガイは、切れ長の細い目を開き、鋭い眼光で現れた女性を睨んだ。
「…………」
「先日は私の可愛い使い魔に随分なことをしてくれましたわね」
「ふう……、あんたですかい。わざわざ居場所を見つけやすくしてやってるってのに、ようやくのお出ましですかい。遅いですわ……。もう少し早く来るかと思っていたのですけどね。使い魔? ああ、あの小動物ですかい。おまえさんもあの小動物位かわいらしければねぇ」
そう言ってクガイは挑発的な目でウリエを見据えた。
「あの時確かあなたは、欲しい物があるなら実力で奪えば良いと私に言いましたわよね。お望み通り、あなたからすべてを奪って差し上げますわ。メラヘル!」
ウリエが呼びかけると、後方の暗闇からメイド服を着た銀色の機械人形がスッと姿を現した。間髪入れずにメラヘルと呼ばれたオートマトンの両肩からは筒の様な物が現れ、空中にキラキラ輝く粉末を射出する。
「私の名前は、ウリエ・ヌァザレ・ソフィアリ。稀代の天才魔術師、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトに師事し、ソフィアリ家に名を連ねるもの」
堂々と胸を張り、ウリエは名乗りを上げた。
「あなたも魔術師の端くれなら、求める聖杯に命と誇りを賭して、いざ尋常に立ち合いなさい!」
クガイは決してウリエの事を侮ってはいない。
あくまで第六感ではあるが、この拠点に真っ先に乗り込んで来るのはウリエのような予感はしていた。そして実際前回に引き続き確実にキャスターの陣地を発見し彼女は現れた。恐らく彼女には自信に裏付けられた勝算があるのだろう。奇行が目立つが、明らかに今まで自分が倒してきた殺し屋の魔術師とは格が違う。
クガイは対ウリエに備え彼の持つ唯一の魔術である古銭を確実にヒットさせるためにいくつものシミュレーションを頭の中で繰り返していた。
結果、魔術合戦ではやはり分が悪いと結論付けた彼は体術を主体とした戦闘を挑むつもりだった。
彼が学んだ拳法は心意六合拳(しんいろくごうけん)であり、強力な内気発勁と外気功による物理破壊を得意とする。さらに彼は自らの魔力を気功に乗せているため一般人がもろに喰らうとその部位が爆散するレベルのダメージを負う。
クガイの考えとしては魔術師であること以前にマスターはすべからく人間であり、身体的な構造は変わらないはずである。もちろん魔術的な結界で衝撃の緩和などの障壁を作っていることが予想されたが、内気功である発勁を完全に無効化できることはないと計算していた。
つまり自分の勝機は如何に敵性魔術師の懐に入り込み物理的に破壊するか、もしくは至近距離から古銭を直撃させるかという事になる。前回の戦いで得た知識により、サーヴァントはサーヴァントでしか相手できないため、どうしても人間は人間と戦う必要があると理解したのだ。
……敵さんも同じ考えですからねぇ。そうやすやすとやられてくれるようなら、こんなところにまで出てきませんわな。
「キャスターさんよ。もうマジで時間がありませんや。多少無理をしてでも決着つけに行きやすぜ」
「ええ、わかったわ」
キャスター・エレナは昨日クガイの携帯電話に入った連絡を思い出す。
―ファリンが危篤状態に陥った。
その時のクガイの取り乱しようは普段の彼をよく見ているエレナにしても尋常ではないものだった。そんな彼を諫め、確実に勝利を得るためにエレナは陣地の構築を急いだ。
「マスター同士の戦いは任せてもらいやしょう。お前さんには相手のサーヴァントをなんとかしてもらいたいところですな」
クガイはすでにサーヴァントというものがどういった存在であるかおおよそ理解していた。あのエレナの宝具を見せられればいやでも理解できるというものである。
しかしさすがは時計塔でも有数の名門家系出の魔術師ですな。その辺の有象無象とはプレッシャーが違いますわ。
それに先ほどから後ろの変な人形が巻き散らかしているあのキラキラが気になるな……。あの人形はオートマトンですかね。
魔術師は懐に入られると脆い。それゆえに熟練のものほど身の回りにトラップを置くことを彼は良く知っている。
「そう言えばおまえさんのおねぇさんですかねぇ? 前回の聖杯戦争で旦那もろとも無様にくたばったってのは。なんでもその旦那さん、時計塔でロードとか呼ばれるお偉いさんだったとか? 時計塔ってのも案外大したことないんですな」
「なっ!?」
にわかにウリエは耳まで紅潮させ、殺意を込めた鋭い視線をクガイに向けた。元々人に馬鹿にされることが我慢できない性格ではあるのだが、近しい人を馬鹿にされるのはもっと許せない。
「それで、おまえさんはそのよわーい義兄の敵討ちのつもりですかい? 流行りませんなあ。大方あんたの魔術もその義兄の受け売りなんでやしょ? 底が知れますな」
血液が沸騰するかと思うほど怒りが込み上げてきたが、心の深層に一片の冷静さが残っていた。
「あなたは優れた魔術師だけど、まず感情のコントロールを学ぶべきよね」
これは幼馴染で一番の親友と姉から度々言われてきた苦言である。
落ち着きなさい、ウリエ。そもそもこの男は何故お姉様とお兄様のことを知っているの? あいつも私を倒すつもりで私のことを調べていたのね。前回名乗りを上げているのだから、ある程度の情報網を持つ者なら、これくらいの情報は調べがついてもおかしくない。
それを敢えて戦闘開始時に私に言う意図は何? 私を動揺させるため? あのお兄様を殺したマスターは魔術師殺しと呼ばれた暗殺者だったとか……聖杯戦争、そう、これは競技じゃない、戦争なのよ。あの男は舌戦でアドバンテージを得るつもりなのだわ。
「そうね、時計塔の魔術師もピンきりですもの。ロードと呼ばれる人の中にもクズの様な人が混じっているかも知れないですわね。でも、お兄様は間違いなく一流だった。私の望みは地に落ちたお兄様の名誉を取り戻すこと。あなたの様な輩に邪魔はさせない」
僅かの間にウリエは冷静さを取り戻していた。
「バーサーカー! あなたはキャスターの相手をなさい。夜間の戦闘で負けることは万に一つもないと言うけれど、あの宝具には警戒しなさい。私はこの男を仕留めるわ」
さすがに自分にあのサーヴァントの相手ができるとは思えない。今こそこちらもサーヴァントという手駒を有効に使う時。私があの男を倒すまでの時間稼ぎをしてくれれば十分なのだ。その時が来ればやりたいことがある。
「しからばマスター、我の宝具に令呪による強化を願いたい。その暁には必ずやあのキャスターめを串刺しにしてごらんに入れましょう」
ウリエの後ろの闇から不意に現れたバーサーカーはウリエに令呪によるパワーアップを願った。ウリエに残された令呪は2つ、少しでも早く令呪を使い切らせこの聖杯戦争から身を引きたい。この提案には少なからずバーサーカーの思惑が絡んでいた。
「はぁ? あなた何言っているの? まだ戦ってもいない状況で? そもそもあなたにそんなこと求めていないわ。あなたは足止めだけしていればいいのよ」
ウリエには一つ考えがあった。そんなウリエの都合を全く考えていないバーサーカーの提案に苛立ちを隠すこともなくそう吐き捨てる様に言い放った。
「ぐ、ぬ……。承知……」
バーサーカーはそう言うと再び闇に溶け込むように消え失せた。
「あんたら仲悪いんですかい? サーヴァントと意思の疎通ができてないってのは致命的なんじゃないんですかい? あんた人望なさそうですもん。友達とかいないんじゃねぇですかい」
今のやり取りを見ていたクガイは呆れつつ、ここぞとばかりにウリエを煽る。
「私のサーヴァントにどんな命令を下そうが、それを他人にとやかく言われる筋合いはないわ」
ウリエは即座にそう言い返した。
前回の遊園地での戦いを観察し、ウリエはクガイに勝てる自信があった。この男の切り札は恐らくコインの投擲。相手の双子マスターの動きを拘束してまで放っていたのだから間違いはないだろう。しかも指で弾き出す射出方法なら条件としては最高である。残念ながら、彼からすれば私との相性は最悪なのだ。マギシェス・ゴルドは飛び道具に対する絶対防御。
既に周囲には術砂による結界が張られている。彼が必勝を懸けて放ったコインが、そのまま彼に致命傷を与えることになる。このことを気付かせないためにも、その時が来るまではこのからくりを明かしたくはなかった。
チッ、気の短いお嬢様だと思っていましたが、挑発にはのってきやがりませんか……、まずは小手調べと行きますかね。そうクガイは結論付けると素早く一本のナイフを彼女に向け投擲した。
「斬!」
ウリエがそう叫ぶと、彼女の横に控えていたメラヘルの左手首から先が、細長い帯状に変化して伸び、投げられたナイフを真っ二つに切り落とした。
「これが、お兄様受け売りの月霊髄液(ヴォールメンハイドラグラム)ですわ。大したことないかどうかは、あなた自身の身体で味わってみるといいわ」
ウリエとクガイの戦闘が始まったのと時を同じくしてエレナとヴラドの戦いも幕を開けた。
「今宵は実に良い夜である」
漆黒のマントを翻しヴラドは静かに告げる。
「闇夜において余は無敵。貴公の宝具はすでに一度見せて戴いたゆえ、すでに勝負は決したものとご理解ただこう」
ヴラドの言葉にエレナも応える。
「あなたが闇ならあたしは光。マハトマの英知の光を味わいなさいな。第一の光!」
魔法書を掲げたエレナは光線をヴラドに向け放つ。
「ふん。こざかしい。余は血を求める!」
エレナの放った魔術の光がヴラドに突き刺さると思われたその時、ヴラドの体は闇に溶け込むように霧散した。
エレナは身構える。確かにバーサーカー自身が言う通り夜の戦闘に特化したサーヴァントであるのは間違いないと思われた。
「そこ! 第二の光!」
エレナは掛け声とともに魔術を放つ。その光線はエレナの後ろから首筋に噛みつこうとしていたヴラドの額に直撃し彼を弾き飛ばした。
「ほう……。よくぞ見破った」
額から煙を立ち上らせながらヴラドは余裕があるような素振りでエレナを煽る。実のところ結構痛かったのではあるが。
「ならばこれはどうかな?」
闇が凝縮したような錯覚をエレナは覚える。それにしてもこのバーサーカー、本当にバーサーカーなのか? バーサーカーというにしては知性的すぎる。
エレナの疑問はもっともである。通常バーサーカーとは会話さえ困難なレベルで狂化していることが多い。しかるに目の前のこの男はバーサーカーであることは間違いないのではあろうが、明らかに知性的でありあまつさえ魔術さえ行使してくるのである。
その時、闇がはじけたかと思うとその場から無数のコウモリが飛び出してきた。
コウモリはエレナの周りを飛び回り耳障りな音をかき鳴らした。
「痛っ!」
エレナの周りを飛び回っていたコウモリがエレナの脚に噛みついた。そして恐ろしいことに血を吸いだし始めたのだ。
「もう! うっとうしいわね!」
エレナはそのコウモリを叩き落すと魔力を纏う。
「セラピスの智慧を!」
エレナの纏った光を嫌ったコウモリは一斉に彼女から離れ一カ所に集まる。そしてやがて人の形になりヴラドの姿が再び現れた。
「なるほど……。わかったわ。闇に溶け込むように霧になる。コウモリに変身する。そして血をすする……。あなたさては吸血鬼ね!!」
「それよ!! そのような物言いは余に対する最大の侮辱! 死をもってあがなうがよい!」
「だって血が! 血が! って言ってるじゃない」
「う、うぬ! やかましい! 最後の一滴まですすりつくしてくれるわ!」
「きゃー! やっぱり吸血鬼じゃない!」
「違うと言っておろうが!」
どこかずれたサーヴァント同士の戦いは激しさを増していった。
ウリエが従えているオートマトン・メラヘルは、近接戦闘に特化した機械人形である。あらゆる武術のデータを蓄積しており、骨格は超硬質の形状記憶合金で形成されている。ただ左腕の肘から先の部分にはウリエがケイネスから預かったヴォールメンハイドラグラムが装着されており、骨格が存在しない。加えて全身の表面部分も薄い皮膜状の月霊髄液に覆われていた。ちなみに胸部にはマギシェス・ゴルドが収納されている。この聖杯戦争に必勝を期す、彼女にとっての正に切り札的存在だった。
「メラヘル、近接戦闘に備えなさい。自律攻撃、自律防御」
ウリエの言葉が終わらないうちに、メラヘルはウリエとクガイの間に進み出て蟷螂拳の様な構えをとった。
「あなたの様な魔術師くずれが、聖杯に何を望むというの。どうせ、億万長者になりたいだとか、世界を裏から牛耳りたいだとか、不老不死になりたいとか、くっだらない望みしかないのでしょ。それこそ底が知れるわね」
クガイが聖杯に何を望むのかなど、正直なところウリエは全く興味がなかった。ただ、先ほど一方的に師を辱めた失礼な輩に一言言い返したかっただけなのだ。
それを聞いてクガイはため息を漏らす。
「聖杯に願う事ね。そんなもんは人それぞれでやしょ。あっしにはもう時間がないんでね。こんな下らん会話も本当はどうでもいいんですわ。マジなところ早く死んでほしいだけでね。と、いうか、その機械人形さん、それ形意拳ですかい? そっちの方が興味ありますわ」
クガイはあの挑発に意外にも冷静に対処してきたウリエを実は少々見直していた。
プライドの塊のようなお嬢様なら激高して何も考えずに突っ込んできそうだと思ったのですがね。クガイはそう思いながらまずはこのオートマトンを始末するために構えをとった。
蟷螂手ですかい……。機械人形が拳法とかちょっと興味がありますなあ。しかし先ほどの左手の変形は厄介ですな。左手だけの機能ならいいんですがねぇ。ヴォールメンハイドラグラムですか? 全く時計塔ってのは何でもありですかい。
クガイは馬歩の姿勢から弓歩に移行し右手に気を巡らせた。メラヘルの左手を警戒した構えである。
「んじゃあまずはその機械人形さんをぶっ飛ばせばいいのですかい? 時間がないっていうのに面倒臭いですな」
クガイはそう言うと長息を行い気を練る。どう考えても機械仕掛けのオートマトンに古銭の魔術は効果が見込めないのだ。力技で排除するしかない。
「把!」
短い気合と共にクガイは無拍子でそのまま右手を突き出す。予備動作のない無拍子の動きは素人にはほぼ対処ができない攻撃であるのだが、メラヘルにとっては人の体の構造などそもそも関係ない。
そしてほぼ同時に左手の蟷螂手を突き出された右手に絡めそのまま切断しようと変形した。
クガイはその動きは予想していたため、すかさず右手をさげ右肩から体当たりを仕掛ける。
心意六合拳・弓歩大劈(きゅうほたいへき)。そもそも心意六合拳とは全身を武器とする武術である。特に頭、肩を使用した体当たりを得意としており突きからタックルに至る動きは套路(とうろ)の中にも頻繁に登場する。
突然のタックルにメラヘルはたららを踏んで一歩下がる。
普通の人間でしたらここで終わってるんですがね。クガイは頑丈なオートマトンに舌打ちしながら追撃を仕掛ける。
クガイは大きく振りかぶった右手を打ち下ろし、メラヘルに打ちかかる。劈掛拳(ひかけん)である。
元より八極拳や心意六合拳など短距離打撃を得意とする武術を学ぶものは長拳や劈掛拳などの長距離を得意とする武術を合わせて学ぶものが多い。
正に達人の拳法家同士の戦いを思わせる攻防が繰り広げられた。メラヘルは巧みに蟷螂手を操り、クガイの攻撃を絡め取り的確に急所に突きを入れてくる。
蟷螂拳の厄介なところは頻繁に目を狙ってくるところなんですよねぇ。クガイは左手以外に変形する部位がないかという事を確認しながらメラヘルの攻撃をかわしていく。
しかしクガイはヴォールメンハイドラグラムがどれほど自在に変形できるかという事をまだ良く理解していなかった。
一瞬機械人形の左手が消失したとクガイが錯覚する。
それは左手から垂れ下がるように地面に落ち、そして急速に地面から針のように伸びあがった。
次の瞬間激痛がクガイに襲い掛かる。それはクガイの右太ももに突き刺ささり、しかも貫通していた。
「くっ! マジかよっ!」
クガイは想定外の場所から攻撃を受けたことに驚き、突然の痛みに顔をしかめる。
これはまずいっすねぇ。ちょっと仕掛けてみますか。一度距離を取ったクガイは劈掛で一気に距離を詰める。
少し足を引きながら放ったクガイの振り下ろし劈手にメラヘルは即座に反応した。右手の蟷螂手で絡め取り、その威力を外に逃そうとしたのだ。
ニヤリとクガイの口元が歪む。
通常の拳法家同士の戦いであるなら、その方法は正解である。メラヘルにプログラミングされた格闘術は最適解を即座に導き出す。
しかしこの戦いにおいてそれは悪手と言わざるを得なかった。クガイはこう見えて魔術師である。この時クガイは一気に魔力を発勁に乗せた。
クガイが放った右手の単劈手(たんへきしゅ)にまとわされた魔力の通った発勁は絡めとろうとしたメラヘルの右手を弾き飛ばしたのだ。
金属がはじけるような硬質な音が響き渡る。
「ち、頑丈すぎるでしょ」
クガイは折れ曲がったメラヘルの右腕を見てそう呟いた。クガイ的には完全に斬り飛ばした手ごたえだったのだ。
しかもメラヘルは折れ曲がった自身の右腕を一瞥すると無造作に左手で右手を引っ張り、強引に元の形に戻してしまったのだ。
なるほどねぇ。右腕はあの液体金属じゃないのは確定ですな。しかしあの状態から元の状態に戻すとかありえないね。こりゃ本体に直接ぶち込むしかないですな。
再び弓歩の姿勢で態勢を立て直すとクガイは右手を突き出した。太もももの傷は貫通するほどの深手であるが、気で一時的に止血する。
「お嬢さんも見てないで入ってきていいんですぜ?」
クガイはこのオートマトンの動きは拳法家の動きを完全にコピーしているが、あくまで機械であることから内気功は使用不可であることに気が付いた。となると今度はウリエの格闘能力が気になるところである。ここで喜んで参戦してくるようであるなら、こちらのペースに乗せやすいのだが……
ウリエは隙あらば魔術でメラヘルを援護しようと考えていたが、双方の動きが速すぎて戦闘に介入する機を掴めないでいた。
まさかメラヘル相手にここまでやるとは……やはりこの男は純粋な魔術師などではなく、殺しを生業とする暗殺者なのだと改めて確信していた。
「何を言っているのかしら? 今あなたメラヘルに押されているんじゃなくって? 私の出る幕がどこにあると言うの」
予想通りの返事にクガイはやはりこのお嬢様は魔術特化であると結論付けた。
「残念ですなあ。んじゃお待たせするのも悪いんでケリつけますかねえ」
とは言ってもメラヘルの左手はクガイにとっても脅威である。金属のナイフを両断し、己が太ももを貫通したあの変幻自在の左腕だけには注意を払わないといけない。
メラヘルもそれがわかったのか左手を鞭のようにしならせながらクガイに打ちかかってきた。
「っと! こりゃ危ないですな」
クガイは上段から振り下ろされたヴォールメンハイドラグラムを掻い潜りメラヘルの肩を内側に押しこんだ。そしてその軌道をずらせて懐に入り込み胸に肘を打ち付けた。
八極拳でいうところの裡門頂肘である。
カウンター気味に入ったその頂肘は人間であるならクガイの魔力発勁により文字通り胸に穴が開くほどの威力であるはずだ。さすがのメラヘルも今の一撃は効いたようで胸は大きくへこみ一瞬動きを止めた。
足の痛みに力が抜けそうになったクガイだが、メラヘルが大きく体勢を崩している今が最大のチャンスである。うかうかしているとまた回復されてしまう恐れがある。
今しかない! クガイはそのまま流れるような動きでメラヘルの正面に立ち上段から両掌をメラヘルの胸に打ち付けた。
そして内気功を最大限に込める。
「絶招! 虎撲掌(ぜっしょう・こぼくしょう)!!」
クガイは自身の持つ最大の技、絶招をメラヘルに叩きつけた。両手に魔力発勁を最大限にまとわせ、金属のボディよりも中の器官を破壊することを優先したのだ。
クガイの発勁は確かにその効果を発揮した。人間なら上半身が吹き飛んでしまうほどの破壊力を誇る攻撃である。これでダメージが通らないようならお手上げだ。
クガイの一撃によりメラヘルは胸部が身体に半分以上めり込み、後背部が破裂した。人間なら内臓がぶちまけられたのであろうが、後方の破裂部分からは空中に大量の金粉が撒き散らされた。メラヘルの胸部にはウリエのマギシェス・ゴルドの格納スペースがあり、その部分が衝撃で内部から爆裂したのだ。
メラヘルは完全に機能を停止したように思えたが、先ほどクガイはメラヘルの自己修復力を見ている。
「これ、ほっといたら復活するんですかね?」
惚けたようにウリエに聞いてみるが、ウリエもまさかメラヘルが倒されるとは思っていなかったのか、信じられないものを見たような顔でクガイを見返した。
「んー。復活されたらイヤなんでもうちょっとやっときますわ」
そう言うとクガイはメラヘルに馬乗りになり何度も何度もメラヘルの胸部に発勁を打ち込み、ようやく納得したかのように立ち上がった。右足からかなりの出血が見られたが、それによって動きが落ちたようには見えなかった。
お読みいただきありがとうございます。