第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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2話 劉 久垓(リュウ クガイ)

 1999年、香港。

 

 今より2年前にその統治はイギリスから中国に返還された。しかしその経済規模は世界有数であり、富と享楽、そして破滅と絶望が共存する街であるといえる。

 華やかな昼間の繁栄の裏側、夜には世界の闇を牛耳る多くの組織がひしめき合う非合法と暴力の支配する、まさに魔都と呼ぶにふさわしい巨大都市だ。

 香港の夜はありとあらゆる反社会的組織、ギャング、シンジケート、マフィア、ヤクザの抗争に彩られていた。

 

 香港に根を張る最大の闇組織は「死合会」と呼ばれるチャイニーズマフィアである。世界にギャング、マフィアが数ある中チャイニーズマフィア「死合会」の残虐性、偏執性は群を抜いており特に裏切り者はまさに地の果てまででも追いかけて始末するほどの徹底ぶりであった。

 

 そんな香港最大の繁華街、繁栄と享楽の巨額な金銭が動き回る巨大なビルの最上階。今そこはまさに戦場と化していた。

 

 マシンガンが火を噴き辺りにいた高級なスーツに身を包んだ男たちがはじけ飛ぶ。

「ここにあっしの探しているお宝があると聞いてやって来たんですが、お兄さんご存知ですかい?」

 トレンチコートに身を包んだ痩せた男がマフィアの幹部と思しき男にマシンガンを突きつけ質問する。

「んー? だんまりですかい? って、こりゃいけねぇ。もう死んでやがりますか」

 

 トレンチコートの男はまるでゴミのように掴んでいた小太りの男を投げ捨て、再びマシンガンを肩に担ぎまるで何事もなかったかのように歩き出す。

 

「貴様! どこのモンだ!」

 言うや否やマフィアの男たちが銃弾の嵐を男に浴びせかける。

「そりゃ言えねぇですなぁ」

 10人以上の男たちが放った何十何百という銃弾が男に殺到するが一発たりとて男に命中することはなかった。

 そもそも銃弾が集中するところに男はすでにいなかったのだ。

 

「魔術師か!」

 果たして魔術師なるものが存在するのか? 普通の人に聞いたのならそんなファンタジーのような存在はおとぎ話の中だけだと答えるであろう。

 しかしここには確かに魔術師が存在していた。

「ご明察。うちのボスがねぇ、あんたらが余計なものを手に入れたって言うんでさぁ。大人しく渡してくれないかなあ?」

「クソが! 死ねやぁああ!!」

 

 魔術師に銃器がどれほどの効果があるだろうか。ここにいる男たちは幸運にも、または不幸にも魔術師の恐ろしさを知る者ばかりであった。

 ここは死合会の中でも『黒房』と呼ばれる魔術を研究する部署であり、その知識を有する者たちが集まるところであったのだ。

 

「魔術師は普通の人間が戦って勝てる相手ではない」そのように組織の者は教え込まれている。

 しかしだからといってこの場にいるこの男を放置することはできない。結果としてマフィアの男たちは半狂乱になってマシンガンを乱射するしかなかったのだ。

 

「いけないねぇ。命を粗末にしちゃダメだって教わらなかったのかねぇ」

 トレンチコートの男はまるで揺れるように体をゆすると銃弾はすべて彼の体をすり抜けていった。

 そしてマフィアの男の隣にフッと現れると「ざんねーん」と耳元で呟いた。

「う、うわあああああ!!」

 男は慌てて銃口を向けようとするがそれよりもトレンチの男が引き金を引くほうが早かった。

 

 ヘッドショット一発。

 

 それだけでマシンガンを部屋中に乱射しながらマフィアの男は絶命する。

 巻き添えを食って今の乱射で胸部に弾丸を受けた別の男が血を吐きながら倒れ込んだ。

 

 次々と倒れていく男たち。全く一方的な蹂躙劇といえた。

 時間にしてわずか1分足らずでその場には12人の死体が並ぶこととなった。

「さてさて、この奥ですかねぇ」

 トレンチコートの男はにやにやと笑いながら死体の中を進んでいく。もはやこの場にはそれを阻むものはいなかった。

 

 一番奥の部屋の前には屈強な男が二人並んで待ち構えていた。

「そこですかね? ちょーっと通してくださいませんかね?」

 そういうトレンチコート男に二人は問答無用と襲い掛かった。先ほどから銃器が一切役に立っていないことを見ていたため、ナイフ、というよりその刃渡りは刀というべきか、を引き抜き斬り掛かった。

 

「なかなかに使える様じゃありませんか。しかしまあ、功夫が足りませんなあ」

 二人の攻撃をかわしながら同じように体術で攻撃を加える。突き出してきた右腕を外側によけると肘を胸に打ち付ける。肋骨が折れた手ごたえがあった。

「あっしはこう見えて北派やってたんでさ」

 

 肋骨を折られても二人の男は果敢に攻めかかる。

「元気ですなあ」

 しかし二人掛かりでも男には指一本触れることができなかった。そして気が付くといつの間にか襲い掛かった二人の男の延髄付近にナイフが突き立っている。

 声もなくその場に倒れた男たちはもちろん絶命していた。

 

「ちょっと時間喰いましたかね?」

 鍵がかかっているドアを蹴破ると男は部屋の中に悠々と歩いて入っていった。

 

 部屋の中では今まさに何かの儀式が行われようとしていた。

「んーぎりぎり間に合ったってとこですかい? なんて言うんでしたっけ……? そうそう! 『聖遺物』とやらを渡してくださいませんかね?」

「ふざけるな! 儀式の前にやってしまえ!」

 部屋の中にはローブを頭からかぶった魔術師と思しき男と本の表紙のようなものを持った幹部らしき男が殺気をみなぎらせ睨んでいた。

 

 魔術師はすかさず何かつぶやくと両手にソフトボール大の黒い球体を生み出した。

「……」

 ものも言わずに魔術師はその球体を投げつける。それは魔力を凝縮して作られた必殺の弾丸である。

 トレンチコートの男はうすら笑いを浮かべその球体をよけるとあざ笑うかのように言い放った。

「遅いですなあ。そんなんじゃあっしには100年経っても当たらんですぜ」

 

「馬鹿め! 死ぬがいいわ!」

 幹部の男は勝利を確信したように喚いた。

 侵入者を殺そうと撃ち出された黒い魔力弾は確かにかわされ、男の後ろに飛んでいった。しかし攻撃はそれで終わったわけではなかったのだ。

 魔力弾はまるで意志を持っているかのように空中で180度方向を変え、侵入者に襲い掛かった。

 

「だから遅いって」

 侵入者はまるで後ろに目が付いているかのように振り返ることもなく両手を後ろに伸ばし二つの魔力弾を掴み取ってしまったのだ。異常に肩の関節が柔らかい。

「ば、ばかな! そんなこと出来るはずがない!」

「出来るはずがないって、出来てるんすけどね」

 そう言って男はその魔力弾を目の前にもってきてはそのまま握りつぶしてしまった。

 

「魔術ってのは見せたら最後、絶対に相手を殺さなきゃダメなんでさ。あんたよくそんなぬるい魔術で生き残ってこれたモンですな」

「く、くおお!!」

 幹部の男は懐から拳銃を取り出すと、問答無用でぶっ放した。

「はあ。あんたもわからんお人ですな。そんなおもちゃ無駄ですぜ」

 

 トレンチコートのポケットに手を入れながら男は続ける。

「あっしの魔術をお見せしましょうかい? もっとも誰にも自慢もできやせんがね」

 ポケットから出された手には古銭が握られていた。

 男はその古銭を両手の親指ではじき出すように2枚撃ちだした。

 

 キーンという硬質な音と共に古銭は飛び出し、すぐに見えなくなった。

「お、ぐ、おあ」

 古銭が見えなくなった次の瞬間には魔術師と幹部の男が床に倒れていた。

「どうですかい? あっしの魔術は。結構苦しいでやしょ?」

 

 古銭を受けた男たちには恐ろしいことが起きていた。古銭が当たったと思しき場所からドロドロと体が腐り始めたのだ。

「ひ、ひいいいいい、た、たすけ、たすけてくれ! これがいるならくれてやる! た、助けろおおお!」

 幹部の男は涎と涙を撒き散らせて命乞いを始めた。古銭が当たったのはどうやら脇腹であったらしくすでに脇腹は腐り落ち始めていた。

 魔術師の方はと見ればどうやら胸に古銭が当たったようでとっくに絶命しているようであった。運が良いともいえるかもしれない。

 

「んじゃちょっと教えてくれませんかね? 『聖杯戦争』って何なんですかい? なんでもその『聖遺物』とやらがいるらしいんですが?」

「く、詳しくは知らん! それに勝ったら何でも願いが叶うらしいんだ! は、早く術を止めろおおお!」

「ほー。そいつは面白い話ですな。あと一つ。どうやったら参加できるんで?」

「その聖遺物を使って召喚の儀式をすりゃいいらしい! そんなことより、おい! 早くしろ!! あぐぁ、痛ててて!」

 

 トレンチの男は少し考えこんだように指を顎に当てる。

「ふーっむ。こりゃやっぱり潮時ですかね……」

「お、おいいいい!」

 既に胸の辺りまで黒く変色してきた男は必死に命乞いをする。

 

「ああ、忘れてましたわ。悪いんですけどそれ、あっしにも止められないんですわ」

 そう言ってトレンチの男はニヤァと獰猛な笑みを見せた。

 既に胸まで腐り始めたマフィア幹部の男はすでに言葉も出せなくなっていた。ただ絶望的な目をして死を待つのみであった。

 

 

 

「あー隠れているところ悪いですが、あっしの魔術見られちまったんであんたも死んでもらいますわ」

 そう言って男は遮光カーテンに向かってハンドガンの引き金を引いた。銃弾は1発だけであったが、その一発がきちんと隠れていた男の頭部を捉えていた。

 

「さてどうしますかね」

 部屋の中に一人残った男は胸ポケットに手を入れ一枚の写真を取り出す。

 その写真の中では少女が微笑んでいた。

「やっぱ潮時ですわなぁ。あっしにも時間が残されていないことですし」

 写真をポケットに戻すと決意したようにそう呟いた。

 

 そう呟いて部屋の中を見渡し、アタッシュケースと幹部の男が持っていた『聖遺物』らしき紙片を見つけた。

 アタッシュケースには札束が詰まっていた。どうやらこの『聖遺物』の取引代金のようであった。

 どうやらカーテンに隠れていた男は今回の聖遺物の取引のために来ていた人物だったのだろう。

「まあ、あっしに殺されなくてもあんたが明日の太陽を拝むことはなかったと思いますがね」

 男は死合会という組織を良く知っていた。

 

「結構入ってますな。全部米ドルですなあ。これだと100万ドルはありそうですねぇ。お金は大事ですね、あっしが頂いときましょう。それにしても……」

 男はアタッシュケースを左手に持ち、右手で再びポケットの中の写真に触れた。

 

「これだけあっても花琳(ファリン)の命を少しだけ永らえることしかできないというのは何ともやるせないですなあ」

 

 呟きながら『聖遺物』とやらに目をやる。どうやら何らかの本の裏表紙の様だ。摘まみ上げてみると紙片というか何の素材でできているのかいまいち判別できない不思議な手触りだった。

 

「んで、これが魔法陣ですかい。マジでギリギリって感じですな」

 

 既に起動状態の魔法陣に踏み込むと突然右腕に激痛が走った。

「うお! なんなんですかい?」

 左手で右手首を掴み目の位置までもってくると不思議な紋様が右腕に徐々に浮かび上がってきた。

「いってぇですなぁ……」

 激痛ではあったが耐えられない程ではない。

 

 そしてその紋様が完全に浮かび上がると今度は魔法陣が発光を始めた。すでに魔法陣の中に入っていた男はそうなることを知っていたように落ち着いて事態を見守る。

 そして魔法陣の光は次第に収束していった。

 

「ほー。なんか起こるだろうとは思ってやしたが、こんなことが起こるとは想定外でしたわ」

 

 男の目の前にはまるで高級娼婦の様に異様に露出度が高いが、どこか貴品を感じさせる衣装を着た少女がまさに傲岸不遜といった態度でこちらを睥睨していた。

 

「あなたがあたしの召喚者なのね。……────の力は特に感じないようだけど」

 少女はそう言うと男の前に進み出てきた。

「あなた、お名前はなんていうのかしら?」

「ちょっと待ってくだせぇ。あっしがあんたの召喚者って言うなら順番が逆じゃありませんかね?」

 

「……あら、うん、そうね。あたしは──────────―。キャスターよ。これでいい? で、あなたは?」

 少女はそう名乗ると男に名乗りを求めた。

「あー、あっしはクガイっていうもんでさ。ケチな殺し屋ですわ」

「へぇ。殺し屋……。まあ何でもいいわ。聖杯戦争に参加するのならここにいても仕方ないわよね。すぐに日本に向かうのでしょ」

 

 クガイはさすがに事態が飲み込めなかった。聖杯戦争という言葉は聞いていたし、望みが何でも叶うとかいう話は先ほど幹部の男から聞いていた。しかしなぜ日本なのか? 

「その聖杯戦争ってのは日本で行われるんで?」

「えっ、そんなことも知らないの? 日本の冬木という街が戦場なのよ。……あなた本当に何も知らないの?」

 

「すんませんなぁ。知識不足ですわ。何でも願いが叶うとか聞いたんですがね?」

「ええ、その通りよ。聖杯戦争に参加するマスターは7人。そのすべてを倒し、聖杯を手に入れたものには望むものが何でも与えられるの。例えば……そうね、巨万の富とか……不老不死とか」

「へぇ……不老不死ですかい。そいつは魅力的ですなぁ」

「ふぅん。あなたは不老不死になりたいの?」

「んー叶う望みが一つなら不老不死は遠慮しますわ。……こりゃあっしにもツキが回ってきましたかね」

 

「まぁ、何も知らない人からすれば荒唐無稽な話かもしれないわね。あなたはあたしの弟子みたいなものだし、聖杯戦争についてあたしが一から十まで教えてあげてもいいのだけれど」

「!? あっしが弟子なんですかい」

「でも、そうね、先ずは冬木に行き今回の聖杯戦争の監督役に会ったほうが良いかしらね」

「監督役……? そいつに会えば色々教えてくれるってんですかい?」

「そうよ。聖杯戦争には監督役が必ずいるものだわ。たしか脱落したマスターの保護もしてくれるのよね。聖堂教会の関係者がその役目を担っているのだったかしら」

「そいつはお優しいシステムですねぇ。頼らせてもらいますかね」

 

「それと。あたしのことは今後『キャスター』とお呼びなさいな。真名を他のマスターやサーヴァントに知られると損はしても得することはないのよね」

「はあ。そういうモンですかい。んじゃキャスターさんよ、この聖杯戦争とやらよろしく頼んますぜ」

「よくってよ。このキャスターがあなたを勝利に導いてあげる!」

 

 なんだか子供かと思えば妙に落ち着いてたり不思議な感じがしやがりますなこの『キャスター』さんは。

 それにしても、面白くなってきやがりましたぜ。

 

 クガイは胸に納めた写真に手を当て、またあの不吉な笑みを浮かべるのだった。

 




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