第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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21話 幸せな夢

 劉九垓 35歳

 

 1964年 河北省にて生まれる

 幼少の頃に孤児となりあらゆる悪事を重ねながら成長

 少年時代に見様見真似で心意六合拳を体得する

 青年時心意六合拳の門派に殴り込みをかけるが返り討ちにあい、生死の境をさまよう

 その後その門派に住み込みとして下働きをしながら修業を積む

 街で同門のものが起こした諍いに介入し、警官を殺してしまい破門される

 

 その後どこで何をしていたのか不明な時期が10年続くが、再び現れた時は魔術を体得しており殺し屋として裏社会で名をはせていく

 

 1992年香港にてショーガールであった晨曦(チェンシー)との間に娘、花琳(ファリン)をもうけるが、チェンシーは既に死亡

 同年ジアンユー自身がスカウトし、高額の契約金で365党所属となる

 

 李将司(リ ジアンユー)はクガイの資料をデスクに放り投げニヤリと嗤った。

「ご機嫌がよろしいのですね?」

 話しかけたのは秘書の姿をした王雪麗(ワン・シュェリー)である。

「ああ、ちょいと時間かかったがいい知らせがきたもんでな」

 そう言ってジアンユーは一通の手紙をシュェリーに見せた。

「これは?」

「クガイの資金の経路を押さえた。資産凍結ってやつだな。加えて奴が必死に隠していた娘の所在も突き止めた。なんと日本だったよ」

 

 ジアンユーにもクガイの魔術の秘密はわからない。魔術師にとってそれは守らなければならない最大の秘密であるからだ。

 しかしジアンユーはこれまでのクガイの戦いのレポートを研究し、一つの仮説を立てていた。

 ―クガイの魔術には異常に金がかかるのではないか―

 事実クガイが大きな仕事をした日には、必ずといって良いほど高額の預金が引き出されている。しかも実際奴が仕事に就いていた時間帯にである。どういう仕組みなのかはまったく理解できないが、ジアンユーが導き出した結論はそれである。また、クガイは預金を数十個の口座に分けて管理している上に中にはいかなる理由があろうとも介入することができないという某国家の秘密口座まで含まれていた。

 

「万が一にも俺の玩具が負けるなんてことがあっちゃいけないだろ?」

「資金を押さえることができたとして、例の秘密口座だけは凍結できないのではなくて?」

 シュェリーの問いにジアンユーはニヤリとして答える。

「だから娘の居場所を探したのさ。それでその病院の看護師の女を買収してちょいとばかし投薬と治療費の請求額を細工させてもらった」

 

「つまり、他の口座が押さえられた状態ではその秘密口座から資金が流れると?」

「まあそういう事だ。冬木の情報は逐一送られてくるが、あの二人一回負けてやがるからな。父親からのささやかなプレゼントってところかね」

 

 

 

 エレナはアーラシュと向き合い魔法書を掲げた。

「マハトマよ!」

 エレナの魔術がアーラシュに降り注ぐ。アーラシュは正に無限に撃ち出されるように矢を放ちそのすべてを撃墜していった。

 

 エレナは正直かなり焦っていた。クガイの傷はそれほどまでに深かったのだ。さらに先のウリエ戦で吸い込んだ、または傷口から侵入した例の金粉が深刻な健康被害をもたらしていることがエレナには理解できたのだ。

 クガイは実際戦いなど出来る状態ではないといえた。

 

 何とか隙を作って宝具を解放したい。エレナはその一心でアーラシュと対峙していた。

 

 対するアーラシュは全くその逆である。絶対にあの宝具を撃たすわけにはいかない。あれはジンの狂化のトリガーになってしまう。

 二人の戦いは荒れ果てた遊園地を縦横無尽に駆け回る激しいものとなっていった。

 

 

 

 ジン、ユェとクガイの戦いもまた激しさを増していった。いかなクガイといえガトリングガンを乱射しながら魔術を放ってくる二人を相手に苦戦を強いられる。

「ちっ弾切れとかないんですかい!」

 無限に射出される弾丸を巨大なナイフで防ぎながらクガイは走り回る。

 

 ジンとユェのガトリングガンにも弾切れは存在する。ただし通常の弾丸よりはるかに小さく、魔術を纏う事で強化されている弾丸の装填数は実際の火器に比べてはるかに多い。

 しかしクガイもまた普通ではない。通常ならここまでこの攻撃を防ぎきることなど出来るはずがないのだ。当たり前のように弾丸の嵐の中を動き回って攻撃を仕掛けるクガイの体術が異常なのである。

 

 クガイとエレナはユェたちが広場にたどり着くまでの短い間で簡単な打ち合わせをしてあった。すでにクガイは満身創痍であり、ここで戦闘になった場合エレナの宝具をいかに解放させるかが勝負の分かれ目になるからだ。

 

 しかも相手がアーチャー陣営であった場合すでに一度見ているだけにあの宝具の解放だけは絶対に阻止してくることが予想される。

 いかに早くサナト・クマラに必要な魔力を集中させるか。それが課題だったのだ。

 

 クガイはジンとユェの攻撃を避けながらエレナの姿を探す。すでに避けきれずに体中に喰らった弾丸は数えることも出来ないほどの数になっている。

「どうしてこの男は倒れないの!」

 ユェは鬼気迫る表情のクガイに恐怖を覚えた。

 そしてエレナもまたアーラシュと撃ち合いながらクガイの姿を探していた。

 

 雲の切れ間から月明りが差し込んだ一瞬、エレナとクガイの目が合った。

 エレナはニッと微笑むとスキルを発動させる。

「魔力同調!」

 すでに何回目の同調だろうか、クガイの魔術回路はすでに悲鳴を上げていたが、そんなことはクガイも百も承知だ。

 

 血を吐きながらクガイは魔力を右腕に集中させる。すでに彼の魔力は枯渇寸前だ。

「令呪を持って命ずる! キャスター・エレナ! 宝具を発動せよ!」

 最初、令呪の使用をクガイは躊躇していた。

「あっしは人に行動を制限されたり、無理矢理従わせられたりするのが大嫌いなんでさぁ、キャスターさんには色々世話になってるし、自分がされて嫌なことをするのはどうにも気が進まねぇな」

 しかしエレナはそんなクガイを好ましく思うと同時に令呪の有用性を彼に理解させていた。

 令呪を使用した瞬間大きな魔力の消耗からクガイは片膝をつき更に激しく血を吐いた。

 

 令呪によって発動したサナト・クマラは通常であるなら必要となる詠唱を完全に省略した形で顕現する。

 上空に現れた巨大な円盤は再びその異常なほどの存在感を示しながら光の熱線を振りまき始めた。

 

 

 

「くっ! しまった!」

 アーラシュは雨のような矢を降らせながらエレナを牽制していたが、再び発動した「サナト・クマラ」により恐れていたジンの狂化が発現する。

 

「う、うあああああああああああああああああ!」

 ジンの体に異変が起こる。右腕は肥大化しまるで巨大な石のゴーレムでもあるかのように硬化を始める。しかもジンの目からは知性の光が抜け落ちていた。

 

 ジンは正に獣の様な速度でクガイに襲い掛かる。クガイもすでに満身創痍であり右手に古銭を構えるが狙いが定まらない。異様な姿でクガイに迫るジンの姿ですらクガイの視界には入っていなかった。ここにきてウリエとの戦闘で吸い込んだマギシェス・ゴルドがクガイの身体を大きく蝕み始めていた。この時すでにクガイの視力はほとんど失われていたのだ。

 

「ジン! だめ!」

 ユェは必死に呼びかけるがジンの耳には届かない。

 だめだ! このままではジンの自爆機構が発動してしまう! 

 ユェはクガイに襲い掛かるジンを追いかけながらアーラシュに視線を向ける。

「アーラシュ! ジンを止めて!」

 

 アーラシュはこうなった時ジンを止める方法は一つしかないと考えていた。それはジンの右腕を斬り飛ばし、自爆機構そのものを体から切り離すこと。

「ユェ! クガイから目をそらすな!」

 アーラシュはエレナの宝具による光線を全身に受けながらもジンに向かって高速で駆ける。

 アーラシュの萌黄色の鎧はすでにボロボロでアーラシュ自身も生きているのが不思議なほどの状態である。それでもアーラシュは止まらない。

 

 ―この兄妹は人の世で幸せに暮らす権利がある! ―

 

 ペルシャの英雄は今たった二人の兄妹のためにその全霊をかけ灼熱の嵐の中を脇目も振らずに駆け抜ける。

 

「うあああああああああああああああああああああ!」

「ジン!」

「ジン! 目を覚まして!」

 

「これで……決まりでさぁ……」

 

 

 

 ジンの肥大化した右腕がクガイの左腕を肩から叩き潰した。

 

 アーラシュの手刀がジンの右腕を斬り飛ばした。

 

 そしてクガイの放った古銭はユェの鳩尾に直撃した。

 

 

 

 ジンに左肩を粉砕された勢いでクガイは吹き飛ばされ、壁に激突して血を吐いた。

 アーラシュにより右腕を斬り飛ばされたジンはその場に倒れ動かなくなる。

 

 そしてクガイの古銭の直撃を受けたユェは……

 

 自らの身体に突き刺さったコインを呆然と見つめていた。

 ―何も起こらない……? 

 

 

 

 次の瞬間斬り飛ばされたジンの右腕が爆発し、その爆風でクガイとジン、ユェ、アーラシュはそれぞれ別の方向に吹き飛ばされた。

「クガイ!」

 エレナが自らのマスターであるクガイを助けに走る。しかし遠目にもクガイの状態が深刻なのは明らかだ。

 もっとやり方があったのではないか。エレナは唇を噛みながらクガイを担ぐと脱兎のごとくその場から駆け出した。幸いなことに追撃者はいない。今襲われればいかなエレナとて対処のしようがない。

 

 クガイにはまだ息があった。しかしエレナにはその命の営みは今にも途切れそうなほど細く感じられた。

「エレナさんよ……。しくじっちまいやしたわ……」

「喋らないで! 今すぐ治療するから!」

 そうは言いながらもエレナにもクガイが既に致命傷を負っていることは疑いようがなかった。

 

「ちっとどこかに下ろしちゃくれませんかね……」

 クガイはヒューヒューと空気が漏れ出すような声でエレナに頼む。

 エレナはビルの陰にクガイを下ろすと彼の唇に耳を寄せた。

 

 

 

「おそらくジアンユーの野郎に諮られたんでしょうな……。魔術が発動しませんでしたわ……」

「だからあれほど貯金は大丈夫かって聞いたのに!」

「すいませんなあ……。口座を押さえられたんですかね……秘密口座もあるんですがね……。でもなぁ、エレナさん……、正直、今となっちゃあっしは魔術が発動しなくてよかったと思ってるんでさぁ、例え今の戦いに勝っていたとしても、こんな状態のあっしが聖杯を手にするのは不可能でやしょ。最期に子どもを手にかけたなんて、ファリンに合わせる顔がないってもんでさ、まさかジアンユーの野郎に感謝するなんて、笑い話にもならねぇな、ぐっ、ごほっぐほっ」

 

 クガイは大きく血を吐きむせ込んだ。

「ええっと……令呪をもって命ずる……でしたっけ? やっぱりあんまりいい気はしませんがまた使わせてもらいますわ……」

 

「二つ目の令呪の力をもってキャスター・エレナに単独行動の魔力を与える。半日くらいはいけますかね……」

 ふう、と息をつきクガイは続ける。

「もう令呪は一つしか残っていやせんが、この願いを聞いてもらうには二つ令呪が必要なんですかね」

 エレナの耳元でクガイが囁く。

 

 

 

「何よ、いまさら水臭いわね。あなたは私の弟子なんだから、そんなことくらい頼まれなくてもやってあげるに決まっているじゃない」

 エレナは両手でクガイの右手を握り、目を潤ませながらも彼に微笑みかけた。

「ははっ、そうでしたな……それは、良かった……。じゃあ、三つ目の令呪をもってキャスター・エレナに命ずる。この後すぐにファリンの病院まで飛んでくだせえ。よろしく頼みますぜ……お師匠さん……」

 そう言ってクガイは無理矢理に笑みを作るとすでに見えていないであろう瞳をエレナにむけ相変わらずの皮肉めいた口調で呟いた。

「しかし……あっしみたいな奴の最後が美女に看取られてなんて、出来過ぎじゃありませんかね……」

 

 クガイは眼を閉じ微笑むと静かに呼吸を止めた。

 

 

 

「ねぇねぇおじちゃん! あのヒーローなんて言うの?」

「いやーおじさんテレビ見ないからなぁ」

「やだ! イカの怪人気持ち悪ーい!」

「や、やっぱり気持ち悪いかね?」

「うん! 気持ち悪いー! あ、次あれ乗ろう? お馬さん!」

「ああ、ありゃあメリーゴーランドって言うんだよ」

「おじちゃんと二人乗り! いい?」

「はははは。喜んで」

 

 ……私ね、今まで言えなかったけど、ずっと一緒にいたかったんだよ。

 ホントに夢みたい……

 

「楽しいね! ……お父さん!」

 

 

 

『今すぐファリンの入院している病院まで飛んでくだせえ。そして、苦しんでいるファリンにあんたの魔術で遊園地の夢を見させてあげてくれねぇか……とびっきり楽しいやつを……頼みましたぜ……』

 

 それがクガイの最後の願いだった。

 

 

 

 病院の霊安室

 

「こんな小さな子が、一人きりで病院で亡くなるなんて、可哀想ですね」

 遺体を霊安室に運び終えた若い病院職員が同僚に話しかけた。

 小さな遺体の側には彼女が最後まで手放さなかったパンダのぬいぐるみと一枚の古銭が置かれていた。

「この子生まれてから今まで殆ど病院で過ごしてきたんですって。治療も痛くて苦しかったはずなのに、どうしてこんなに楽しそうで安らかな顔をしているのかしらね」

 もう一人の女性職員が不思議そうに呟いた。

 その少女は長い闘病生活の末に亡くなったとは思えない程幸せそうな微笑みを浮かべていた。

 

 これは噂なんだけど、この子の投薬量にミスがあったんじゃないかって、おまけに治療費が二桁間違えて請求されてたんですって。還付手続きのためにこの子の保証人である伯父さんに連絡を取ってるんだけど繋がらないって事務の子が泣きそうになってたわ。それに、投薬ミスがあった可能性のある日だけいつもの担当看護師が急に体調を崩して休んだので、別の看護師が担当していたらしいわ、その人に事情を確認しようにも、今日は無断欠勤していて電話にも出ないらしいわよ。酷い話よね。これ下手したら全国ニュースレベルの大問題になるんじゃないかしら……

 

 

 

 その日とあるアパートの一室。喉を掻きむしり何かに怯えたような表情のまま死亡している看護師の女性が発見された。警察の検死の結果、死因はショックによる心臓麻痺とのことだった。

 




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