ワルキューレ・ヒルドはジャンマリオの指示で冬木教会を見張っていた。ジャンマリオはすでに言峰綺礼が今回の聖杯戦争にまさにサーヴァント強奪という形で参加していることを確信しており、自身の私怨と合わせ綺礼の抹殺を目論んでいた。
もちろん言峰綺礼がそうやすやすと倒せるなどとは考えておらず、ワルキューレを使役した情報収集にも抜かりがなかったのだ。
そんなジャンマリオのもとに偵察に向かっていたヒルドから連絡があったのは例のホテル倒壊事件の翌日の夜の事であった。
何やら怪しい老人が冬木教会に入っていったという情報を持ってきたのだ。ヒルド曰く「まともな人間ではなかった」という事でありその人物は魔術師であろうと思われたのだ。ただ、ヒルドは魔術師というと少し首を傾げ「魔術師というより何か妖怪じみたナニか」と要領を得ない返事をしたのだが。
いずれにせよこの期に及んでまだ何かよからぬことを企んでいると思われる綺礼を誅すべくジャンマリオは冬木教会に向かったのだった。
ジャンマリオとワルキューレ・ヒルドが冬木教会に到着すると、その門の前にはキャプテンハットを被った立派な顎髭の船乗りが仁王立ちで待ち構えていた。言うまでもなくコロンブスである。
「はっはっはー! 待ちかねたぜー! が、しかーし今ちっとマスターは取り込み中だ。お引き取り願おう」
巨大なラッパ銃を肩に担いだ船長は顎ひげをしごきながら二人を追い払うような仕草を見せた。
「つまり綺礼は中にいるという事だな。行くぞランサー」
「了解です! マスター」
今現在ワルキューレとして現界している霊基はヒルドであり、ノリは若干軽い目である。しかし3人の霊基の中でもっとも柔軟な発想と行動をとることができるのがこのヒルドである。
ヒルドは了解というが早いかまさに地面を滑空するようにコロンブスに向かって突進した。
ワルキューレは主神オーディンより賜った白鳥礼装(スヴァンフヴィート)を纏うことで空を駆けることができる。その突撃スピードは他の追随を許さない。ヒルドはまさに放たれた矢のような速度でコロンブスに迫った。
「おおっとあぶねぇあぶねぇ! その手は喰わないぜ! オラァ!」
コロンブスはヒルドを避けるとその背中に向かってラッパ銃を発砲した。
ドン! という発砲音と共に弾丸がヒルドに迫る。旧式のラッパ銃とは言えサーヴァントの使用する武器である。サーヴァントといえどまともに喰らえば深刻な被害を受ける。
しかしもちろんそんな単純な攻撃に当たるヒルドではない。振り返ることもなく穂先が歪な形状のランスを一振りすることで弾丸を打ち落とした。
「槍よ、ルーンよ、あたしに力を!」
輝きを放つ槍を掲げたワルキューレがコロンブスに迫る。
ワルキューレの槍捌きに対してコロンブスもサーベルを抜き対応する。そしてそんなサーヴァント同士の戦いを横目にジャンマリオは教会の内部へと入っていこうとするが、さすがにそれはコロンブスが許さない。
「ちょ! 待ちやがれ! 簡単に行かれちゃ俺の立場がないって!」
そう言いながらコロンブスはジャンマリオに向け銃を乱射する。
すかさずヒルドはマスターの前に立ちランスを回転させるようにしてその銃弾をはじき落とした。
コロンブスは教会の内部に誰も侵入させるなという命令を受けていた。簡単に侵入を許してしまうとあとで綺礼からどのような罰を与えられるかわかったものではない。
あの綺礼という男は聖杯戦争の監督役という立場を利用し、恐ろしいほどの数の令呪を持っているのだ。
コロンブスは綺礼の事を信用しているわけではない。そもそも自分自身を本来のマスターから騙し討ちの様な手段で奪い取った男なのだ。実のところ彼が何を考えているのかもよくわからない。
しかしコロンブスはそのこと自体については「運がよかった」と考えていた。最初に自分を召喚したゲゲイーという魔術師はどう考えてもこの聖杯戦争の勝利者にはなれそうもなかったのだ。
どうせ参加するなら勝ち馬に乗りたいじゃねぇか。そうすりゃ聖杯の力で金も名誉も快楽も望みのままだ。この俺が協力するマスターはどんな状況でもあきらめねぇ根性がないとだめだ。そういう意味ではあの言峰綺礼という男は上等だ。
目的のためには手段を択ばないその行動力もコロンブスにとっては好感が持てた。
もっともその目的がわからないのだが。
「戦闘補助、ルーンを起動!」
スキルと共にヒルドの放った無数のスピアはコロンブスを地面に縫い付けるように行動を制限する。
「うわっ! とととっ! ちっ厄介な!」
「マスター! 今のうちに!」
「うむ! 感謝するヒルド!」
ジャンマリオはヒルドがコロンブスの足を止めた隙を突き教会内に走る。コロンブスはジャンマリオの足を止めるような位置取りでワルキューレ・ヒルドに対して攻撃していたため、ジャンマリオはここまで動けずにいたのだ。
「これでこちらはあの髭ライダーを始末するだけね」
ヒルドは土煙がもうもうと立ち込めるコロンブスがいたと思われる場所を睨みつけた。霊基反応はまだ消えていない。この程度で倒せる相手でないことはヒルドとて理解していた。
「くっ! ふはははははははははは! やってくれやがったな……。だがまぁ良いだろう。貴様の首を持ってゆけばいいだけの話よおおお!」
コロンブスは歯をむき出し凶悪な笑い声を上げる。まさに世界中から非難されたコンキスタドールの本領発揮である。
土煙の中から突然笑い声が聞こえる。身の毛のよだつような不快な高笑いだ。ヒルドは最大限に警戒を高める。
「面白いじゃねーか! さて今度は何が掴めるのかねェ? くふ、ふははははは、ふはっはっはっは! 考えるだけでワクワクが止まんねェ! 」
土煙がその高笑いと共に晴れ、そこにボロボロになった霊衣を纏ったライダーが仁王立ちしていた。無数のスピアに貫かれながらもそのどれもがすべて急所を外していることに気が付いたヒルドはすかさず追撃のスピアを生み出す。
「うわ、なんて見苦しい!」
ヒルドは一声発するとすかさずスピアを投擲した。その攻撃は間違いなくコロンブスに命中するかに見えた。
「わははははは! おっそいわああああ!! 『新天地探索航サンタマリア・ドロップアンカー』!!!!」
コロンブスの宝具「サンタマリア・ドロップアンカー」
それはまさに今より略奪を開始する合図である。その号令がコロンブスにスピアが到達する直前に発せられた。そしてスピアはコロンブスのコート裾を掠め地面に突き刺さる。
同時に轟音と共にその場に突如として帆船が現れた。コロンブスと共に新天地を目指した船団の旗艦「サンタマリア号」である。そしてその「サンタマリア号」からワルキューレ・ヒルドに無数の鎖付きのアンカーが射出された。
「野郎どもォ! 錨を降ろせェ! 略奪の時間だああああ! ファッハッハァ!」
高笑いを上げるコロンブスに呼応するようにアンカーは宙を舞いヒルドに襲い掛かる。
空中を飛び回り無数の鎖を避けるヒルド。しかし鎖はまるで意志を持った蛇のように執拗にヒルドを追い詰める。
「ちょっ! しつこい! いい加減あきらめろって!」
ヒルドのその言葉はコロンブスの耳にも届いた。
「あきらめるだぁ? ファッハッハッハァ! この俺があきらめる? 馬鹿めそんな事『あるわけない』だろう! いったいこの俺を誰だと思っていやがる! 天下の大冒険家コロンブス様に向かってよう!」
その言葉と共にライフルの様な巨大なラッパ銃をヒルドに向かって発砲する。果たしてその弾丸はヒルドの左肩に命中した。計算なのか偶然なのかヒルドにとっては迫りくる鎖の陰に隠れて弾丸の軌道が予測できなかったのだ。
弾丸を受けたことによりヒルドの動きが大幅に悪くなる。
「き、きゃああああ!! ちょっとなにすんのよ!」
ヒルドに絡みついた無数の鎖はそのまま彼女を船首に縛り付ける形となった。奇しくもそれは船首像、フィギュアヘッドのようにも見えた。
「おうおうおう! これは良いじゃねーか! このまま俺の船の守り神になってもらいたいところだが、残念! サーヴァントは死んだら消えちまうからな!」
コロンブスは敵サーヴァントの真名を知らなかった。しかし翼を持つ人間がいるわけがない。おそらくは神代の英霊なのだろうとは当たりを付けていた。もし彼がヒルドの事をワルキューレだと知っていたら狂喜乱舞したに違いない。神代の英霊、戦乙女ワルキューレを自らの船のフィギュアヘッドにしたのだ。
「昨日は魔力が万全じゃなかったから後れを取ったが、本来テメェらごときに負ける俺様じゃねぇんだ。さぁ! 命乞いをしろ、俺がグッとくるような気の利いた命乞いをしたら、助けてやるかも知れねぇぜ」
「あんたなんかに命乞いをするくらいなら、この場で首を刎ねられた方が百倍ましよ!」
「そうかい、まぁ最初から助ける気なんざ、微塵もなかったがな! さて! そんじゃ死ねぇえええ!」
コロンブスが両手にカットラスを振りかざしヒルドに迫る。
ゴウッ!
その時風切り音というには大きすぎる音と共にどこからともなく1本の矢が飛来した。
その矢は狙いたがわすコロンブスの右腕を貫きそしてそのまま右腕を捥ぎ取ってしまった。
「んな!? いってぇえええ!?」
その矢の衝撃はすさまじくヒルドに肉薄していたコロンブスの体を大きく弾き飛ばし、さらにコロンブスはサンタマリア号の甲板を何回転もしてようやく停止した。
右腕を失ったコロンブスはいったい何が起こったのかとあたりを見渡す。しかしその強弓を放ったものの姿は確認できなかった。
「いったいどこから!?」
ふらふらと立ち上がり頭を巡らすコロンブスに先ほど縛り付けたはずのランサーの声が聞こえた。
「……同位体、顕現開始。同期開始 真名解放……」
「ちくしょう! どうやって抜け出しやがった! やべぇ! 宝具が来る!? いつだってやべぇ時には嵐が来るってもんだ! くっ! ちっくしょうこの働き者がああ!」
必死に打開策を模索するコロンブス。彼の不屈の意思はそれでも彼の霊基を回復させ身体の強化を行う。
「うおおおお! あきらめねぇ! ここを切り抜ければ夢は叶うってもんだぜ! ファッハッハッハア!」
ワルキューレ達にとって先ほどの謎の一矢を放った者が誰であるかなど考えるまでもなかった。
あの英霊に違いない!
突如飛来した矢がコロンブスを射抜いた瞬間スルーズはヒルドと霊基の変換を行った。
「ヒルド今よ! この鎖から逃れるために代替召喚を行います。代わりなさい!」
「うー。しかたない。こうたーい」
「とは言ってもすぐに出てくることになるわよ。宝具を解放するわ」
「りょうかーい」
ごく短い時間のうちにそのようなやり取りがワルキューレ達の中で行われていた。そして霊基を交換し、束縛を逃れたスルーズは即座に宝具を解放する。
「『終末幻想・少女降臨 ラグナロク・リーヴスラシル』!!」
同期する9騎のワルキューレはまるで歌うような声を上げる。今まさに北欧神話における戦乙女の騎行が始まった。
そして上空高く舞い上がった9騎のワルキューレはその手に持つ『偽・大神宣言』を一斉に構える。
まるで太陽を背にしたかと見紛うほどの光を纏い、翼をはためかせ空に浮かぶその幻想的な光景はまさに神話の再現である。
コロンブスでさえそのあまりにも神々しい光景に一瞬目を奪われた。
「って、見てる場合じゃねっての!」
そして9騎のワルキューレは完全に同期したその『偽・大神宣言』をコロンブスに向けて撃ち降ろした。
ラグナロク・リーヴスラシルは対象に槍の投擲ダメージを与えると同時に、効果範囲に一種の結界を展開する。そしてあらゆる清浄な魂を慈しみ、同時に正しき生命ならざる存在を否定するのだ。
大音響とともに9本の神槍がコロンブスに殺到した。
「ちっくしょうおおお、やられるかああああああ!!」
コロンブスの不屈の闘志は宝具である神槍にすら対抗して見せた。
サンタマリア号から無数の鎖付きアンカーが神槍に向かって撃ちあがる。しかし正に神代の宝具である『偽・大神宣言』はその鎖をことごとく破壊しながらコロンブスに殺到する。
「おらあああ! 神代の宝具が何だってんだああ!!」
1本目の神槍をコロンブスは左腕で弾き飛ばした。
「やらせるかよおお!」
2本目の神槍を右足で蹴り飛ばした。
3本目の神槍を彼は右腕で払おうとして右腕がないことに気が付いた。
「くっ! なんだとぉ!」
4本目の神槍は彼の左足を地面に縫い付けた。
「馬鹿な!」
そして5本目以降の神槍はすべてコロンブスの体を貫いた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その衝撃はコロンブスの宝具であるサンタマリア号を霧散させ、その場にクレーターを作り出しあたり一面に大爆発が起きたように土砂と建造物の破片を撒き散らせる。
土煙が晴れ、その場が見渡せるようになった時、そこには満身創痍のコロンブスがいた。
「くぅ……なんてこった……。ちくしょうめ。今回はここまでかよぉ……」
霊基を貫かれ、消えかかっている自分の体を見下ろしながらコロンブスはそれでも高笑いを上げる。
「クソ……畜生、……神よ……! 許してくれ、アンタにもらった幸運ってヤツを、俺は無駄遣いしちまった……! ああ、だが、俺は諦めねぇぞ。次に喚ばれたときにゃあ、どんな金儲けを……どんな宝の島を探してやろうかね。楽しみだ。ああ、楽しみじゃねぇか……ハハ、ハッハッハー!」
高笑いの中、稀代の冒険家船長、クリストファー・コロンブスは光の粒子となって消え去った。
闘いの現場である冬木教会より遠く離れたビルの屋上。アーチャーが戦いの動向を見守っていた。
「ふう、やれやれ。何とかなったようだな。借りは返したぜ」
そう呟くとアーチャー・アーラシュはビルの屋上から飛び降りて姿を消した。
「ユェ、ジンの様子はどうだ?」
「あ、アーラシュ。戻ったのね。……今は落ち着いたようだわ。ジアンユーの手を借りるのは正直、納得いかないけど……」
この病院はサイバネティック手術を受けているため普通の病院にかかることができないジンとユェをバックアップするためにジアンユーの命令で冬木市の近郊に買い取られたものである。
「買い取られた」というと合法的な手段で用意されたように聞こえるが、その実は乗っ取りといってよい手段であり本来の病院長はとうに亡きものとなっている。
ユェは想定外の負傷を負った場合、この病院に行くようにとジアンユーから指示を受けていた。
アーラシュの咄嗟の判断により右腕を切断されたジンは自爆回路の暴走により彼自身の魔術回路に変調をきたしていた。そのため意識は戻らず生死の境を彷徨っていたのだ。
「……アーラシュ、ジャンマリオさん達は無事?」
聡い娘だ……。アーラシュはユェにジャンマリオの様子を見に行くとは伝えていなかった。にも拘らず彼女はアーラシュが何をしにこの場を離れたのかちゃんと把握していた。
ただ、この時さすがのユェももう一つのアーラシュの行動は予想できていなかった。
アーラシュはワルキューレを助けた後ジンとユェの行動とクガイの死亡をジアンユーに報告し終えたエージェント2名を射殺している。これから自分が行う事を考えるとこのエージェントは絶対に邪魔になるからである。
サーヴァントがジアンユーの手下とはいえ一般人を殺害するという行動は決して褒められたものではない。見ようによっては霊力を得るために殺人を犯して回る邪悪な英霊といえるからだ。かつての聖杯戦争にはそのような手段で霊力を集めていたサーヴァントも存在する。
しかしたとえそれがユェに知られたとしても「彼女もそれがどうした」という感想しか持たないだろう。彼女はそういう教育を受けている。彼女の中で人の命は極めて軽い。
それでもアーラシュは最後の仕上げの事も考えてこのことは二人に話すつもりはなかった。
「ああ、さすがだなユェ。ちゃんと恩は返しておいたぜ」
「そう……。死体は確認してないけどクガイもあの怪我じゃ生きていないでしょうし、キャスターの魔力も消失したのよね?」
あの遊園地の戦いでは双方に重大な被害が生じていた。狂化したジンの攻撃はクガイに確かな致命傷を与えたはずである。その代償として現在のジンの状況があるのだ。
「それにしてもクガイの魔術はなぜ発動しなかったのかしら」
あの時ユェは確実にクガイの魔術をその体に受けていた。
「腐蝕の魔術」
クガイの魔術の本質は「有機物の腐蝕」である。実際に見たことはなかったが365党にいる者ならその噂くらいは聞いたことがある。
「そうだな。あの瞬間クガイの魔力が枯渇したのか、または何か別の原因があったのか……。それは俺にもわからん。クガイの魔力は完全に消失しているから死亡したのは間違いないだろう。キャスターについてはクガイから大きく離れて移動したようだ。すでに追いきれない程遠くに移動している。普通はマスターが死亡すれば程なくサーヴァントも消滅するはずなのだが……どんなカラクリなのか俺にはわからんな」
「いったい何をしているのかしら……。いずれにせよこれで私たちの聖杯戦争は終わったのね……」
「……ああ。後は俺の言うことを令呪をひとつ使って実行してくれればいい。お前たちを縛る鎖を俺が断ち切ってやろう」
そう言ってアーチャー・アーラシュは爽やかに笑った。
その笑顔にユェは安心し、そのまま英霊に体を預けるように眠り込んでしまった。
お読みいただきありがとうございます。