第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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23話 言峰綺礼

 

 冬木教会の一室で言峰綺礼は一人の老人と会談していた。豪華とは言えない部屋の作りではあるが、清潔に保たれたその応接室は表向き街の名士と話すこともある教会神父にとって必要な部屋だ。

 

「誰にでも門戸を開いている教会とはいえ、少々訪問には非常識な時間だと思いますが、何か火急の要件でもありましたかな」

 綺礼は目の前の老人に対して、うっすらと笑みを浮かべながらそう語りかけた。深夜であり常識的には当然のことを述べているのだが……

「下らぬ戯言をぬかすでないわ。マスターが出そろってからも全く進展のなかった此度の聖杯戦争じゃが、この数日で大きく情勢に動きがあった。この様子だと一気に決着が着く可能性も高かろう。その前におぬしにひとつふたつ確認したいことがあっての」

 ワルキューレ・ヒルドに妖怪じみたナニカと言わしめたこの老人は綺礼を睨みつけながら話を続けた。

 

「おぬしは監督役としての立場だけで満足できる輩ではないと思っておったが、雁夜の時と同様に直接誰かを貶めその様を観察し愉悦に浸るつもりでもおるのか。今回のマスターにおぬしのどす黒い感情を刺激するモノがおったのかどうかまでは知らぬがの」

「わざわざお越しいただき恐縮ですが、はてさて何をおっしゃっているのかわかりませんが」

 ソファに身を鎮めるように深く腰掛け言峰綺礼は両手をひらひらとさせた。

 

「おぬし遠坂の名を借りてまで、魔術協会に当て馬マスターを用意させ、早々にそのサーヴァントを奪っておろう。儂が知らぬとでも思っておったか」

「これはこれはさすがは間桐臓硯殿。お見通しでありましたか」

 そう言って笑う綺礼を刺すような目で睨みつける臓硯。

 

「競技には観客よりも選手として参加したい方でしてね。ましてや選手が審判を兼ねるような機会はそうそうないですからな。色々面白い楽しみ方ができそうだとは思いませんかな」

「ふむ、まぁそんなことは些事に過ぎぬ。ただ、今回の儀式には、儂もちと思うところがあっての、雁夜がもがき苦しむ様を共に愉しんだ同好の士ではあるが、おぬしの愉悦の為にそれを邪魔されるのは正直腹に据えかねる。おぬし早々に儂の手駒を亡き者にせんとしてくれたようだの」

「おやおや、あのお花畑な少女は臓硯殿の……、これは意外ですな」

「長生きすると、様々な縁ができるものよ。そういったこととは無縁のおぬしには埒外な話であろうがな」

「ふむ……」

 

 間桐臓硯。聖杯戦争のシステムを作り上げた御三家の一人であり500年の時を生きる怪人である。

 延命に延命を重ね既に人外の者となっている魔術師で、その身体は人のものから蟲に置き換えられ、「妖怪」といっても過言ではない。

 200年前の大聖杯敷設儀式にも参加しており、英霊を使い魔にするサーヴァントシステムや令呪の考案者でもあった。まさに聖杯戦争を見続けてきた人物である。

 

 冬木の大聖杯は正常ではない。そのことにいち早く気が付いたのもこの老人であり、第4次聖杯戦争の折破壊された聖杯の欠片を保管したのも臓硯その人であった。

 

 第3次聖杯戦争においてアインツベルンは一つの反則を犯している。彼らは必勝を期して「復讐者」のサーヴァントを召喚したのだ。しかし、敗れた「復讐者」と聖杯が干渉した事で「この世全ての悪」が誕生し、聖杯と術式が密かに汚染されてしまう。

 結果冬木大聖杯は本来の願望器という機能を失い第4次聖杯戦争における冬木大災害という結果を招くこととなった。

 

 ちなみに冬木大災害直前に衛宮切嗣によって殺害されていた言峰綺礼は、聖杯の泥を浴び生き返っていた。ただ汚染された聖杯の影響を受け正確には死者とも生者とも呼べない異質な状態であるといえる。

 

「仮にも遠坂家次期党首の後見人であるおぬしには伝えておくとするかの。知ってのとおり聖杯戦争とは、本来数十年周期で行われるもの。しかし、前回の聖杯戦争の歪な終幕により消費しきれなんだ魔力によって、このような時期に再び儀式が開催されることと相成った。だが、儂にとっては些か以上に都合が悪い。恐らく遠坂を含め、御三家で万全の準備が整っている者はおるまい。外様のマスターによって魔力を無駄に消費させるなどもってのほか。しかも、前回の結末からも聖杯戦争のシステムに狂いが生じていることは間違いない。儂に言わせればアインツベルンが、そこに何の疑問も抱いていないこと自体が愚かしい。そこで、此度の聖杯戦争においては召喚された7騎の英霊の霊基をくべることで、狂った聖杯を浄化させようと考えておる」

 

 冬木の聖杯は一度大規模な浄化が必要である。そして臓硯はこの度のあまりにもイレギュラーな聖杯戦争をその為に利用しようと考えた。聖杯の浄化には莫大な魔力を必要とする。まさに聖杯戦争を行うのと同じ7騎のサーヴァントの霊基が必要だということらしい。

 

 綺礼にしても間桐臓硯は不気味な存在であり、まさに妖怪というにふさわしい不死性を持った老人である。今回の聖杯戦争についても臓硯が裏で何か画策しているのではないかとは感じていた。聖杯に深く関わる始まりの御三家の当主としては、至極真っ当なことを言っているようにも聞こえる。しかし、本当に聖杯の浄化だけが目的なのだろうか。

 

 それにしても、聖杯の浄化とは、無駄なことを考えたものだ……、7騎の英霊の霊基程度で冬木の聖杯の浄化が成せると考えているとは、な……ふふふ……。臓硯は今の聖杯に直接接触したわけでもないのだから、「この世の全ての悪」の闇の深さまでは計り知れぬという訳か……ふふふふ……はははは……これは、いいっ。7つの霊基を捧げても何も変わらない聖杯を見た時にこの妖怪がどんな顔をするのか、楽しみが増えたというもの。では、私は私で目障りなあの男をいかに破滅させるかに集中させてもらうこととしよう。

 

 綺礼は笑いだしそうになるのを堪えながら、極めて平静を装いつつ、臓硯の話の続きにこれまで以上に耳を傾けた。

 

「前回衛宮切嗣が聖杯に何を願ったのかは知らぬが、奴は狂った聖杯を目の当たりにしたから自らのサーヴァントに聖杯の破壊を命じたのじゃろうて。今回顕現する聖杯に何を願おうと、恐らく前回の轍を踏むことになる。

 聖杯には7騎のサーヴァントの霊基を納め、何も願わずにその力を浄化に充てさせるのが正しい選択よ。

 今回の聖杯に強い願望を抱くマスターには、速やかに退場願う必要がある。今やおぬしもそのマスターの一人な訳じゃが、おぬしは聖杯に託す望みなどなかろう」

 

 綺礼が何を考えているのかさしもの臓硯にも読めぬところである。しかし臓硯はこの言峰綺礼という男は自分と極めて似た性質を持っているという事に気が付いていた。すなわち「愉悦」である。

 この二人は共に他者の破滅を傍観し無様にあがく姿に多幸感を得るという歪んだ性質を有している。

 

「確かに、私には願望器など求める理由はない。サーヴァントを奪ったのも最初は軽い児戯のつもりだった。ただ、一人、私としては絶対に看過できない願望を抱いているマスターが居ることが分かったのでね……」

「ふむ。最終的に7騎の霊基を揃えられるならそこに至る道筋などどうでも良いわ。……そう言えば今回聖堂教会から参加者が居ったの。カカ、なるほど、そういう事か?」

 臓硯は綺礼の実力は高く評価している。聖堂教会の代行者であるという実力は本物である。

「またおぬしの悪癖が出た様じゃの。まあ好きにするがよい」

 そう言って臓硯はニヤリと口元をゆがめた。

 

 その時教会の正面門の辺りから爆発音と地響きのような振動が伝わってきた。

「ほほう。お客さんのようじゃ。巻き込まれんうちに儂は退散するかの」

 その言葉と共に臓硯はゆっくりと立ち上がると、その輪郭はまるで泥細工のように溶け崩れ、影のように消え去った。

「……」

 綺礼は無言でそれを見送ると「化け物め」と呟いた。

 

 そして……

「くくくくく……ははは……はっはははっ!」

 これまで堪えていた笑いを一気に吐き出した。

 

 




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