第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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26話 暗転

 クガイとの一戦を終えた後、ウリエはバーサーカーに、メラヘルの残骸を逗留先である冬木ニューハイアットホテルの自室に運ぶよう命じた。

 

 クガイとの戦いで、着ていたドレスはボロボロ、下着すら破れて酷い状態である。着替えは持っていなかったが、ドレスの上に羽織るショールがあったので、それを纏い、何とかホテルまで戻った。

 最上階のスイートルームに戻ると、まずはシャワーを浴びる。汚れと共に身体に染み付いた戦場の臭いが流されていくような気がする。バスローブを纏い、髪を乾かし、バスルームから出ると、ふかふかのベッドが目に入った。淑女としてははしたない行為かも知れないが、無性にベッドにダイブしたい欲求に駆られ、己が欲望に従った。

 気が張っていたので感じなかったが、相当疲れていたようで、そのまま朝まで泥の様に眠ってしまった。

 

 翌朝目を覚まし、朝食を終えるとメラヘルの処置に手を付けた。ウリエ自身には壊れたオートマトン本体を修理する技術はないので、航空便でロンドンに送り返すため、専用の収納用コンテナに納める作業が必要だったのだ。

 このコンテナを使うのは今回が初めてだった。日本に来るときは、メラヘルは護衛を兼ね同行者として一緒に航空機に乗って来ていた。

「念の為持ってきた収納用コンテナをまさか本当に使うことになるなんてね……」

 収納を済ませると、早速フロントで輸送の手続きを済ませた。

 

 部屋に戻り一息ついたウリエは、スイートルーム用に特別にあつらえられたのであろう座り心地の良いソファーに腰掛け、背もたれに身を預けて足を組むと昨晩の出来事に思いを馳せる。

 

 彼女にとっては、切り札でもあったメラヘルを初戦で破壊されたのは正直痛かった。

「まさか素手でメラヘルを破壊できる人間がいるなんて……」

 劉 久垓、魔術も行使する暗殺者。結局どんな魔術だったのかは最後まで分からなかったが、恐らくその筋では一流の男だったのだろう。実際あの戦いはどちらが勝ってもおかしくはなかった。私の方が、少し運が良かっただけ……

 義兄たちが戦った暗殺者がどんな人物だったのか、今となっては分からないが、師の敗北についてずっと納得がいかず、心の奥に染み付いていたわだかまりが、少し解れた様な気はしていた。何らかの不運が重なり実力以外のところで勝敗が決した可能性だってあるのだ。

 運が味方したとはいえ、少なくとも昨晩の戦いは自分が勝利した。とどめは刺せなかったが、恐らくクガイは、もうまともに戦える状態ではないはず。

 自己満足かも知れないが、クガイとの戦いを経て、お兄様の名誉を取り戻すと息巻いていた当初の気持ちは薄らいでいた。

 終わってしまった聖杯戦争の結果に自分が関与することなどできないし、敵討ちと言うなら、義兄を殺した暗殺者を探して戦いを挑むのが筋というものだ。そう改めて振り返ると、ウリエには聖杯自体に望む願望は特に無かった。ロードエルメロイの弟子が聖杯戦争に勝ち残った。そういう結果だけを求めていたに過ぎない。

「聖杯に懸ける望みかぁ……」

 無意識に今思っている事が口から漏れていた。

 

 そう言えば、自分とクガイを除いた5人のマスターは、何人が健在なのだろうか。今更ながら正確な情報を何も把握していないことに気付く。後悔はしていないが、冷静に振り返るとキャスターの情報集めに執着し過ぎていたと言わざるを得ない。

 キャスター、エレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー。彼女に関する調査は正にビンゴだった。ただ、一つにして最大の誤算は、彼女と話す機会さえ得られれば、高い確率でサーヴァントの変更契約ができるのではないかと勝手に思い込んでいたこと。

 彼女とクガイのどこに私との契約を断るほどの絆があったのか……

「あなたのサーヴァントにもきっと叶えたい願望がある」

 不意にエレナの台詞を思い出す。

 

 ウリエはソファーから立ち上がると、最上階から街の夜景を一望できる様に設計されたと思われる、このホテルの客室では随一の大きさであろう窓に近づき、遮光カーテンを閉めた。暗くなった部屋に明かりを灯し、再びソファーに腰掛ける。

「ヴラド……」

「ここに」

 呼びかけると返事とともに即座にバーサーカーが姿を現した。

「昨夜はご苦労さまでした。昨日少し話を聞こうと思って結局うやむやになってしまっていたのだけれど、あなたが聖杯に懸ける願望って何なの。聞かせてもらえるかしら」

「むぅ……出来れば話したくないのであるが……」

 ヴラド三世は、ムッとした様な、困惑した様な複雑な表情を見せた。

 

 具体的な望みが無いわけではなさそうだ。私自身に明確な願望がないのだから、私の願望と自分の願望が相反するということでもないだろう。

 聖杯戦争を最後まで勝ち残り、いざ聖杯が願望を聞き届けんとするその時までは、マスターにすら話したくない。私を信用していない。そういうことかしら。

 別にヴラドが何を望んでいても、私にはそれを拒む理由は今のところ見当たらないと思うのだけど……最大限協力してあげるつもりで聞いているのに、何なの。

 少しイラっとしたが、気を取り直し改めて訊ねる。

「聞かせて頂戴」

 

 まったく昨日から何なのだ、この小娘は。

 召喚されてすぐに令呪で服従を強制され、実際その影響なのだろう、こやつの命に背こうとすると酷く気持ちが悪くなる。

 今までは行動に関する命令ばかりだったので、素直に従ってきたが、昨晩から我の願望を聞き出そうなどと、やけに精神的な部分に関わってこようとしてくる。此度の召喚においては、貴様と我は主人と従者。それで十分だろうに。そのための令呪だったのではないのか……

 

 やや間をおいて、ヴラド三世は諦めたのか、重い口を開いた。

「ウリエ様もご存知かも知れませぬが、余は自分の領地を強大な敵から守るために捕らえた敵兵を多数串刺しにし、晒し者とした。これについては事実であるし、国を守るための手段としてその様な行動を取ったことを今更恥じるつもりもない。

 詳しい説明は省きますが、後に身内の裏切りに遭い、幽閉され決して安息ではない死を遂げたがそれも仕方のない事である。

 問題は、余の死後に、余のことを人の血を啜る吸血鬼だったとする世迷言が俗世の認識として定着したことよ。今や余は父ドラクル公から引継ぎしドラクリヤという通称込みで「吸血鬼ドラキュラ」などと呼ばれておる。これについては何とも我慢がならぬ。このいわれなき屈辱の汚名を雪ぐ。それこそが余が聖杯にかける唯一の願いである」

 

「…………えっ? ちょっと待って……、う~ん、と…………、えっ??」

 目の前にいるこの英霊は一体何を言っているのだろう。彼の見た目はどう考えても現代人が思い描く吸血鬼そのものである。実際日中は行動できなかったり、コウモリに変身したり、行動内容や戦闘行動も吸血鬼のそれである。なのに吸血鬼と呼ばれることに我慢がならないなどと宣っている。全く理解ができない。

 

 何と言えば良いのだろう。自分から訊ねておいて聞かなかったことにはできないが、全く考えがまとまらない。

「あの……生前のあなたは、もちろん吸血鬼ではなかったのよね」

「然り」

「えっと……私から見たら、今のあなたは吸血鬼に見えるのだけれど、これは気のせいなのかしら……」

「余が英霊の座に収まるにあたって、後世の民衆の認識が具現化した呪いのようなものなのであろう。本来余のクラスはランサーなのだが、ランサーとして召喚されればここまで顕著な影響は受けぬ。

 ウリエ様は召喚時に余を敢えてバーサーカーとして呼び出したと、仰っていたと記憶しているのだが、全て承知の上での召喚ではなかったのかな」

 ヴラド三世は鋭い視線をウリエに向けた、不気味に赤く光る眼の奥には狂気の光が見えた気がした。

 

 ウリエは背筋が寒くなるような感覚を覚えた。もしかしたら私は大変な過ちを犯してしまったのかも知れない。サーヴァントはただの道具ではない。ヴラド三世をバーサーカーとして呼び出したのは、とんでもない間違いだったのではないか。

 ヴラド三世を民衆が吸血鬼として認識しているのは、ブラム・ストーカーの小説「ドラキュラ」の影響によるところが大きい。この認識をなかったことにするのは歴史の改変にあたるのではないのか。

 

 聖杯に過去の出来事まで無かったことにしてしまう力があるのだろうか。そんな力があるのならば、第四次聖杯戦争でお兄様が敗れた事実も無かったことにできてしまうではないか。それどころか、今回の聖杯戦争の結果すら、次回の聖杯戦争の勝者の介入が可能になってしまう。

 このサーヴァントは狂っている。自身の存在が己の願望の一番の障害になっていることに気付いていない。とても正気の沙汰ではない。私は今までこんな怪物を僕として使っていたのかと、恐怖心がわき上がってきた。

「あの……」

 

『プルルルル』

 その時ベッドのサイドボードに置かれた電話の呼び出し音が鳴った。

 ウリエは、内心助かったと思いながら、ヴラドを待たせ、電話に出た。

『ウリエ様、フロントにメッセージが届いておりますがいかがいたしましょうか』

「メッセージ?」

『はい、聖堂教会様から封筒をお預かりしております』

「そう、黒木さんに部屋まで届けてくださるようお願いできるかしら」

『かしこまりました』

「せ、聖堂教会からメッセージだそうよ。何かしらね」

 

 

 

 ― コンコン -

 

 ほどなく部屋の扉をノックする音がし、同時にバーサーカーは姿を消した。

 扉を開けると、黒い長髪を後ろでまとめた清楚な感じの女性が、封筒を携えて立っていた。胸のネームプレートには「黒木知世」と記されている。

「ウリエ様、こちらをどうぞ」

 彼女はこの部屋専属のホテル従業員で、ウリエの希望もあり、宿泊中の彼女の世話を一手に担ってくれていた。

 この最上階はウリエによって魔術工房化されており、誰彼構わず出入りされると危険なためという理由もあった。

 

 ちなみに、初日に紅茶のルームサービスを頼んだ際に、彼女の淹れてくれた紅茶があまりにも美味しかったので、その後も頻繁にサービスをお願いしており、時には無理を言ってティータイムに付き合ってもらったりもしていた。

 

「ありがとう。ついでみたいで悪いのだけれど、紅茶と昼食代わりの簡単な軽食をお願いできるかしら」

「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 そう言うと彼女はその場を立ち去った。

 

 封筒を開け中身を確認する。中にはカードが一枚入っていた。

 カードには剣、槍、弓といった7つの記号が示されており、そのうち剣と悪魔の頭部の様な記号以外の5つには赤字で×が記されている。

「これは……、明らかに聖杯戦争の各勢力を示す記号よね。私たちとセイバー以外の陣営は既に脱落したって意味かしら(あぁ……やはりキャスター・エレナはもう……)」

 ウリエは気持ちを切り替えるために、首を小さく左右に振ると続けた。

「他陣営の情報を何も把握していなかったから助かるわ。でも、思っていたより状況は進展していたようね。このメッセージは聖堂教会がセイバー陣営との決戦を促していると考えるのが妥当よね」

 ヴラド三世に話しかけたつもりで考えを声に出したのだが、何も反応がなかった。

 

「ヴラド?」

 呼びかけにも反応がない。気にはなったが、今ヴラドと話すのはあまり気乗りがしなかったので、そのままルームサービスの到着を待つことにした。

 

 

 

 ― コンコン -

 

 再び扉がノックされ、返事をするとティーセットと軽食を乗せたワゴンと共に黒木知世が室内に入ってきた。

 食事と紅茶の準備をしながら黒木が訊ねる。

「今日は、メラヘル様はお出かけですか」

「彼女は今朝、一足先にロンドンに帰国したのよ」

 事実と少し違うが嘘ではない。

 

「そうでしたか。お見送りもせず失礼しました」

「急に決まったことだから、気にしていただく必要はないわ」

「寂しくなりますね。ウリエ様は予定通り月末までのご滞在ですか」

 聖杯戦争も残り2陣営、あと数日で決着がつくに違いない。

 

「私も近々帰国することになるかも知れないわね。

 で、相談なのだけれど、もし、あなたさえ良ければ一緒にロンドンに来て私の専属メイドとして働いてくれないかしら。お給金は今の5倍は出しますわよ。あなたの淹れる紅茶は格別です。英国でもこんなに美味しい紅茶は飲んだことありませんもの。一流の技術に対する正当な対価だと思いますわ」

 これは紛れもない本心だった。そもそもウリエはお世辞や社交辞令が言える程、器用な人間ではないのだ。

 

「実は私、世界一周旅行がしたくてお金を貯めているのですが、もう直ぐ目標の金額が貯まるんです。そうしたら仕事を辞めて、一年程かけて世界中を旅したいと思っています。もし、一年後もお気持ちが変わっていないなら、最後の目的地をロンドンにしますので、その時に雇っていただくことは可能ですか」

 黒木は準備の手を止め、ウリエの方を見ながら真剣な顔でそう訊く。

「もちろん、大歓迎よ」

 ウリエは満面の笑みを浮かべてそう答えた。

「ありがとうございます。すみません手を止めてしまって。すぐに準備しますね」

 黒木も笑顔で答えた。

 日本でこんな素敵な出会いがあるなんて、思いもしなかった。帰国後の楽しみができたわね。こんな穏やかな時間がずっと続けば良いのに。ウリエはそう思った。

 

 

 

 どれくらい時間が経ったのだろう。次第に意識がはっきりしてきた。状況が良く分からないが、右手に違和感があるのと、身体が動かない。

 ハッと目を覚ます。座った姿勢のまま、身体が椅子に縛り付けられていた。右手だけは別に、横に伸ばしたような形で椅子の横に置かれたサイドボード上に縛られている。

 

 目の前のソファーにはヴラド三世が座っていた。

「お目覚めですかな、ウリエ様。先ほどの話、途中になってしまったが、余の願いは吸血鬼ドラキュラという不名誉な伝承を払拭すること。しかし、このような姿で召喚されてしまっては、それも難しい。意図してこの姿で召喚した限り、何らかの策があるのかとも思っておりましたが、あなたは先ほど余の願望を聴き、余に狂気と恐怖を感じましたな。流石にマスターに対しては効きませんが、吸血鬼としての余の眼には催眠効果があり、一定時間眼を合わせれば相手の考えもある程度は読み取れるのです。

 どうやら、御身には余のマスターとしての資格は無かったようだ……」

 

「令呪を以て命ずる……」

 

 ドスッ!!! 

「ぎゃ!!! あぁいあぁうあぁ~!!」

 右手首に激痛が走った、声にならない悲鳴を上げる。あまりの痛みに意識が遠のく。涙で霞んだ目で右手の方を見ると手首のあった部分に大きな中華包丁が刺さっており、切断面からは心臓の鼓動に合わせて血液が噴き出していた。血にまみれた右手首は床に転がっている。包丁を振り下ろしたのは、黒木さん……どうして……、彼女の瞳は爛々と赤く輝いていた。

 

「その女には人が耐えうる最上級の催眠をかけてある。強力過ぎてもう正気には戻らぬかも知れんが。なぁに、貴様が紅茶に口を付けた時に発動するようにしておいたのよ。あと、湯には睡眠薬を混ぜておいた。

 こんな面倒なことをせずとも、その女を我が眷属としても良かったのだが、そうなるとその魔力に反応して貴様のトラップが発動する恐れがあったのでな。

 余が直接マスターに害成す行為は行えぬが、催眠を受けた第三者が貴様をどうしようと何の問題もなかろう。

 ようやっと召喚時に受けた忌々しい隷属の呪詛より解き放たれたわ」

「う、ヴりゃど!!」

「無理に口を開かずともよい。貴様と話すことなどもう無いわ」

 吐き捨てるように言い放つ。

 

「ふん。最初からこうすることもできたのだが、他の陣営の動向も知りたかったのでな。令呪は無効となったが貴様との契約が破棄されたわけではない。ここまで付き合ったのだ。余は此度の現界を無駄にするつもりはない。幸い、残る陣営はただ一つ。セイバーさえ屠ってしまえばよいのだ。さすれば、余と貴様がこの聖杯戦争の勝者となるのよ。どうだ、嬉しかろう。貴様はもう何もせずともよい。右腕一本など些末な代償よな。さて、今宵最大限の力を発揮できるよう協力してもらうぞマスター殿よ。その魔力、余が頂こう」

 そう言うとヴラド三世はウリエの後ろに回り込み。首筋に牙を立てた。

 

「あぁぁあ、あ……」

 血液と一緒に魔力を吸い上げられていく様な気がする。只でさえ朦朧としている意識が遠のいていく。

 

「貴様は放っておいても死ぬだろうが、このまま失血死させるのも面白くないし、決着前に魔力供給が断たれても面倒だ。一応右手の止血はしておいてやる。あと、そうよな、貴様には特別に、余と同じ苦しみを味わわせてやろう」

 忌々しい吸血鬼が何か言っていたが、もう聞き取れなかった。

 




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