第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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27話 誠の旗の下に

 セイバーと別れ、空は帰路についた。

 どこに敵が潜んでいるのか分からない状況でサーヴァントと別行動をとるのは決して賢い選択ではないことは分かっていたが、セイバーに指摘された、妹、宙と自分との違いと、その後のサーヴァントらしからぬ提案が空をイラつかせ、結果冷静な判断を妨げることとなった。

 

「あいつ、何も事情を知らないくせに……、宙と私が平穏な生活を取り戻すためには、私が本来あるべきマスターとしての使命を果たすしかないのよ。宙は何も知らなくていい……。でもさっき一瞬頭の中に宙の声が聞こえたような気がする。もしかして交換術式に何らかのイレギュラーが発生しているのかしら……、何が起こっているのか今は確かめようがないけれど、あまり時間がないということだけは確かなようね」

 

 暫くして、アパートが見えてくる。無事帰宅とほっとしたその時、異変は発生した。

「あっ、あぐぅ、これは……まさか……」

 強烈な違和感。自分の意志など一切関係なく身体の中で何かが蠢いている。

「はぁ、はぁ、何かが私の魔術回路を無理矢理拡張しようとしている。これはきっと、臓硯が宙に食べさせたという間桐本家の蟲の仕業に違いない」

 

 ふらふらとした足取りで何とか部屋の前までたどり着いた。階段の下に居た子猫が私の姿を見ると毛を逆立て、脱兎のごとく逃げて行った。

 宙が身体を使っていた間は、魔術を殆ど使用しなかったため、羽化すらしていなかったのであろう蟲たちが、先ほどの戦いで私が派手に魔術回路を活性化させた影響か、一斉に動き出したようね。恐らくこのまま蟲に身を委ねれば、私の魔力は増強されるのだろう。でも、きっとあの醜悪な老人は私たちのことを使い捨ての手駒程度にしか考えていない。聖杯戦争が終われば用済みの私たちがどうなろうと構わない筈。この蟲を受け入れたら多分私たちには未来はない。

 

 

 

 沖田総司は、ツヴァイをアインツベルンの洋館に送り届けたあと、急ぎ空のアパートへと戻った。

 部屋に入る前に階段の下に目をやるも、そこにクロスケの姿はなかった。どこに行ったのだろう、何故か二度と会えないような気がして総司は少し寂しくなった。

 

 部屋に入ると玄関で空が倒れていた。

「マスター!」

 慌てて空を抱き起す総司。

「あ、あつ!」

 物凄い高熱だ。

「私に医療の知識があれば……」

 あわてて空をベッドに寝かせて濡れたタオルを頭に乗せる。総司には熱が下がることを祈ることしかできなかった。

 その間も空はうわ言のように何事か呻いているが言葉として認識できるようなものではなかった。

 

「汗だけでも……ん……?」

 身体を拭いてあげていると皮膚の下を何かが動いているのに気が付いた。……これは……。

 総司に詳しい知識がなかったためいったいそれが何なのか正確にはわからなかった。しかし明らかに「何か」が皮膚の下で蠢いている状態が正常であるはずがない。これは何らかの呪術ではないのか? 気が付かないうちに何らかの攻撃を受けていた? 総司はパニックを起こしかけた。

 

 医者に行くべきではないだろうか。おそらく普通であるならそれが常識的な判断である。現代医学においても皮膚の下に住み着く寄生虫というのは存在が確認されている。

 しかし空のこの症状は決して医学的な問題ではないだろう。明らかに何らかの魔術が影響している。そんな状態の空を医者に見せたところでどうなるというのだ。

 

 では誰に相談すればいい? こんなことを相談できる人間などいるはずがない。藤村大河に相談するべきか? いや彼女はただの一般人だ。魔術などとかかわった生活をするものではない。では聖堂教会か? ……それは、それだけはない……

 

 空と臓硯の関係を総司は一切知らない。まさか空が間桐の血脈に連なるものであるなど想像もつかなかった。故に何故こんなことになったのか全く理解できない。

 

 その日、空の意識は戻らず熱は上がったり下がったりを繰り返した。苦し気に荒い息で眠り続ける空を総司はそのまま見守ることしかできず日が暮れた。

 

 

 

 結局、桐生空は間桐の刻印蟲を拒絶したのだ。自分の持てる魔力を使って蟲を駆逐するための行動を起こした。ぐずぐずしてはいられなかった。今この瞬間も蟲は私たちの身体を蝕んでいるのだから。

 結果、最低限身の回りで起こっていることを認識できる程度の意識を残し、その場に倒れ込んだ。指一本動かせない状態だったが、もうすぐセイバーが戻るはず、今は一刻も早く蟲を何とかしなければ……

 

 

 

「おーい、空ちゃん元気かー!」

 緊張感のない声が響き渡ると同時に玄関が開きその声の主が遠慮なしに部屋に入り込んできた。剣道部で空が学校を休んだことを聞いた藤村大河が心配して様子を見に来たようである。

 地獄に仏と大河に泣きつく総司。

「大河さん! 空が……その、びょ、病気で……」

 とは言ってもどう説明したものかわからず口ごもる総司。

 

「んー? あなたは? 何で私の名前知ってんの?」

 そう言えば大河とは面と向かって話したことはなかった、総司はようやくそこに気が付いた。

「え、えっと私は沖田といいます。空さんの、その、親戚で、遊びに来たらこのようなことに……。大河さんのことは空から聞いて知ってました、何かこうタイガーって感じの人だって……」

「そうなの? いやぁ、照れるなぁ。で、空ちゃんどうしたの?」

 余り物事を深く考えない性格で良かった。総司はほっとしながらも空の状態が良くないことを大河に説明する。

 

「すごい熱じゃない! すぐに救急車を呼びなさいよ!」

「そ、そうですよね。やはり病院に連れて行くのが良いですよね?」

「他にどうしようというの? こんな高熱異常よ!」

 大河とて医療の知識があるはずもない。たとえあったとしても病院に連れていく事が最適解のはずだ。

 

 

 何だか面倒なことになっている。近くにセイバー以外の存在を感知したため、先ほどから意識をやや外に向けていたのだが、どうやら知り合いが訪ねて来たようだ。さっさと追い返せば良いのに、まったく……融通がきかないわね。

 

「だ、大丈夫ですから……藤村先輩。寝てればなおるから心配しないでください……」

 ずっと意識不明だった空が、不意に意識を取り戻し、口を開いた。

「そうは言っても!」

 空は病院に行こうという大河の提案を頑なに拒んだ。

「私、子供のころから時々熱を出すんです。だから今回もいつもの事なので……」

 もちろん出まかせではあるが本人にそう言われてしまえば大河とて強く言う事はためらわれた。

 

「むうー。そこまで言うなら今日は引き下がるけど……明日の朝になってまだ熱が下がらないようなら絶対に病院に行くのよ? わかった?」

 大河はいつになく強い口調で空にそう伝えるとしぶしぶ帰っていった。

 

「マスター。その……、マスター?」

 もう眠ってしまったのか……。大河が差し入れとして持って来てくれた飲み物と軽食を摂らせようと空に声をかけたが、彼女は既に意識を失っていた。

「いったい何が起こっているのか……」

 総司は空の寝顔を見つめながら途方に暮れることしかできなかった。

 

 

 

 翌朝、未だ熱が下がらず目覚めないマスターを総司は意を決して揺り起こした。

「ん……、何?」

 マスターは絶対にただの体調不良なんかじゃない。総司は思い切って聞いてみることにした。

「マスター。マスターの体には何らかの魔術がかけられているものと思われます。その、皮膚の下で何かが蠢いている、そのように見受けられます。心当たりは?」

 少し驚いたような顔をした空だがすぐに総司から視線をそらせて冷たく言い放った。

 

「あなたには関係ないわ。あなたは私を守っていればいい。それがサーヴァントの務めでしょう?」

「そんなことはわかっています! が、マスターの今の状態はあまりにも異常です! その、性格まで変わってしまったような……」

「変わってなどないわ。私は元々こういう性格よ。猫が逃げたようなものね。そんな事より聖杯戦争はどうなっているの? 何か情報はつかめているの?」

 

 昨夜からこの状態の空を置いて情報など集めに行けるはずもない。

「そんな状態のマスターを置いて情報収集もないです! いったいどうしたのですか?」

 総司の口調もつい荒くなる。

「ふん、そう、まあいいわ。ああそうだ、また大河さんが来ると面倒だから電話をしておいてくれる? 『空は朝からちゃんと病院に行って診てもらいました。2,3日寝てればなおると診断されました』ってね」

 

「そんな! どうしてマスターはそんな嘘ばかり吐くのですか!」

「嘘も何もないわ。何時敵サーヴァントが襲って来るかわからないこの状況であんな女がいても邪魔になるだけでしょう」

 確かにその通りである。戦闘に巻き飲んでしまえばいかに剣豪の大河であっても命の保証はしかねる。

「しかし!」

「ああ、もういいわ。私が電話する。あなたは黙って私を守っていればいいの」

 

 どうしてこうなってしまったのだろう。あの霧の夜いったい何があった? 

 

 大河に嘘の近況を伝えると、空はそのまま眠りについた。

 

 

 

「マスターいったいどうしてしまったのですか……。桐生空は私から見ればお人好し過ぎるくらい心の優しい少女だったはずなのに……」

 その夜苦し気に呻く桐生空を見守りながら総司はかいがいしく汗を拭くなど彼女の世話をしていた。

 

 今敵陣営に襲われたならマスターを庇いながら戦う事は自殺に等しい。さらに総司を焦らせていたのはいったい聖杯戦争の状況がどうなっているのかわからないことである。

 未だ健在な陣営がどれだけあるのかわからない上、相談できるはずの聖堂教会が全く当てにならないこの現状にセイバー・沖田総司は焦りを感じざるを得なかった。

 

 少なくともアサシン陣営は撃退したはず……。あまりにも、あまりにも後味の悪い結末ではあったが……

 

 聖杯戦争は確かに大きく進行していることは沖田総司にも感じられていた。

 冬木ドリームランドの爆発騒ぎ、市内ビジネスホテルの倒壊事故などどう考えてもサーヴァント同士の戦いの結果であることは疑いない。

 

 そんな大規模な戦いを勝ち抜いた強敵がまさにこの瞬間にも自分たちを狙っているはずなのだ。

「なんとしてもマスターを守り抜く。それが私の覚悟」

 このアパートに張られている結界がどこまで頼りになるものかセイバーにはわからなかった。空がこの状態である以上魔力の供給が滞っている可能性もある。実際自分に供給されている空の魔力は明らかに低下している。そもそもあの結界はいったい誰が張ったというのだ。それまで魔術に対しては全く素人であった空がいきなりあんな高度な結界を展開できるはずがない。

 

 沖田総司にとってはこのところのマスターの挙動はあまりにも異常であった。まるで人が変わったよう、とは比喩表現としてよく使われるが桐生空は文字通り人間そのものが入れ替わったのではないかというほどに豹変していた。

 

 なにかこのマスターには秘密があるのではないか……。そのように感じていたがその空自身が現在この状態であり、彼女を守ることで手一杯な沖田総司にはその原因を調べるなどといった余裕は一切なかった。しかしあくまでも第六感ではあったが今回の聖杯戦争の裏に潜む大きな陰謀がこの少女には隠されている。そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

「……気配が変わった? なにか……おかしい……。空気が重い……」

 夜も更けてそろそろ日付が変わろうかという時間、総司には漂う悪意そのものともいうべき気配が感じられた。そして窓の外を見た瞬間、背筋が凍り付く。

 

 そこは亡者の群れに埋め尽くされていた。物音ひとつ立てずに立ち尽くしていることが余計に不気味さを演出している。

 

 そして暗闇の中から男の声が聞こえた。

 

「闇の時間である、血の晩餐である」

 

 ……やはり、来たか……

 襲われることは覚悟していた。しかもやはり予想通り結界はすでに機能していないようだ。

 

「マスター、あなたの事は私が命を懸けて守ります」

 そう呟くと総司は意識のない空をベッドに残し窓から飛び出した。

 

 

 

 空のアパートから少し離れたところにある三階建ての社宅の屋上からこの光景を眺めている黒い影があった。

「言峰綺礼、バーサーカー陣営を焚き付けおったか。いずれ儂の方から空(うろ)に同じことをさせるつもりでおったが……。しかし元から良くはなかったとはいえ、まさか蟲と空の相性がここまで悪いとは誤算よ。認めたくはないがあやつも間桐の血を引く者、とは言え所詮はクズの末裔、言わずもがなと言ったところか。何にせよ、あやつは蟲を拒んだ。趣味では無いが致し方なし。仕上げは任せられんということよ」

 

 嘆息したような仕草をみせ、影は続ける。

「さて、あのセイバーめがどこまでやれるのか、例えこの窮地を逃れてもおぬしにとっては悲惨な結末が待っているだけだろうが、せいぜい死力を尽くして空を守ってやるがよいわ。どちらが勝とうが、今宵六体目のサーヴァントの魂が器に注がれることになる。いよいよ最後の仕上げよな」

 不気味な影はしゃがれた声でそう呟いた。

 

 

 

「幾千幾万の血を流し、そして余に捧げよ」

 まるで歌うように抑揚をつけたその声は自信にあふれる本来の「護国の英雄」ヴラド三世の姿であったかもしれない。

 

「もはやこの度の聖杯戦争も残すところ余と貴様の二騎のみとなった。貴様の命をもってこの愚かしい戦いの幕を下ろすこととしよう。貴様の血こそ我が報酬よ」

 

 その言葉と共にヴラド三世の後ろにいた多くの亡者が進み出る。まるで彷徨うような生気のない姿ではあるが、どこか獣じみた獰猛さを感じさせる。

「わが眷属たちよ。血の晩餐ぞ。そこなサーヴァントを喰らうがよい」

 そう言ってマントを翻すと亡者たちは一斉に総司に向かって猛然と走り出した。

 

 これは? 屍人か? そのあまりにも異様な人々は明らかに普通の人間とは思えない動き方をしていた。その動きはまさに獣であり、1体だけなら沖田総司にとってはそれほど驚異とはならないだろうがその数ざっと50体。

 さすがにこれは空を守りながら相手にするには分が悪い。しかもそれらを操っていると思しきサーヴァントがいるのだ。

 

「さてさてセイバーのサーヴァント殿はわが眷属にどの程度戦えるかな?」

 その言葉に敵はある程度こちらの情報を掴んでいることを理解する。

 こちらはこのサーヴァントのクラスもわからないのにな……

 

 不意に生前は相当な美人ではなかっただろうかという女性が飛び掛かってきた。かつては上品に整えられていたであろう黒髪は乱れ、身にまとったドレスも自ら引き裂いたのかまともな状態ではない。

 そんな女性が人間では考えられない跳躍力で奇声をあげながら総司の首元めがけて飛び込んできたのだ。

「く!」

 抜刀一閃、その屍人は体を真っ二つに両断されその場に飛び散った。恐るべきことにそれでもその女の上半身は這いずるように総司に迫る。

 

 その女に触発されたかのように次々と襲い掛かってくる屍人たち。しかしその屍人たちは明らかに上流階級に属しているのではないかと思われるほどきれいな身なりをしたものが多かった。

 それもそのはず、この屍人たちは冬木ニューハイアットホテルに宿泊していた客であり、また従業員である。すでにあの一流ホテルにいた人間はすべてヴラド三世により完全に眷属化されており、今現在あのホテルにおいてかろうじて息があるのは最上階のスイートルームに残されてきたウリエと給仕の女性だけという状況になっていた。

 

「貴様! まさかお前がこの人たちを屍人にしたのか?」

「然り。眷属として余に仕えるはこの者たちにとっても名誉、そして至福……ふふふ」

「な、なんという邪悪な! 彼らは聖杯戦争に何の関係もないではないですか!」

 

 沖田総司は激高した。このような邪悪な術式を使用するマスターがいようとは! 聖杯戦争がどうとかいう問題ではない。この陣営だけは絶対に潰さなければならない。

 それにしてもこのサーヴァントはいったい……

 

「その邪悪な呪法! 貴様キャスターか!」

「やれやれ、全く情報も得られていないようだ。そのような状態で良く生き残ってこれたものよ」

 そう言って冷たい目を総司に向けた襲撃者は高らかに名乗りを上げた。

 

「余はヴラド三世、ワラキアの王である!」

 残念ながら沖田総司の知識の中にワラキアという地名はない。もちろんドラキュラ伝承など知る由もない。

「王様にしては邪悪な呪法を使う! 貴様のクラスなど関係ない。ここで成敗する!」

「フハハハ! 夜において余は無敵なり。人斬りごときに何ができるというのか。見せてもらおうではないか」

 

 次々と襲い掛かる屍人の攻撃にさらされながらも沖田総司は一歩もそこを引かなかった。これより後ろには謎の高熱に臥せっているマスターがいるのだ。

 

 背水の陣っていうのですかね。

 

 総司の剣戟は確実に亡者を斬り伏せていく。しかし斬られても突かれても屍人の群れは怯むことがない。そのうちにまともに四肢を残している屍人の方が少なくなってきた。

「ふむ、腐ってもサーヴァントよの。どれ余も加わるとするか」

 対する沖田総司もこの数の屍人に囲まれて全くの無傷というわけにはいかなかった。行動に支障をきたすようなダメージは受けてはいないものの霊衣も所々に大きな傷を負い、そこから結構な量の出血も見られた。

 

「ミゼレェ・ツェリ・プロテクトォロリィ」

 ヴラドは呟きと共に右手に現れた真黒な杭を総司に向けて投擲する。

 その杭は総司とヴラドの間にいた屍人をなぎ倒しながら、さながら解き放たれた獣のように唸りを上げて突き進んできた。

「はッ!」

 その杭を総司は一閃のもとに切り捨てる。

「縮地!」

 そのままスキル縮地でヴラドの懐に飛び込み逆袈裟に斬り上げる。

「チッ! 浅い!」

 総司の斬り上げをヴラド三世はわずかに体を後ろにそらせ回避する。

 

「やりおる」

 呟きと共に今度はこちらの番だと言わんばかりに両手の爪をまるで剣のように伸ばし総司に斬り掛かる。

 総司はその爪を刀で受けながら一歩下がろうとしたとき、右足に違和感を感じた。

「なに!」

 咄嗟に足元を見るとそこには最初に斬り伏せた上半身だけの黒髪の女が右足首に噛みついていた。

 

「これは上首尾。さあ血をささげよ!」

 両腕の爪を伸ばしたまま総司の肩を掴み上げたヴラドはそのまま首筋に牙を突き立てようと犬歯をむき出しにする。

「うああああ! 貴様! 吸血鬼か!!」

 吸血鬼の伝承は日本にも古くから存在する。曰く血を吸われたものはその者の眷属となるなどといった言い伝えは世界中で共通するものだ。

 

 冗談ではない。総司は渾身の力で右足に噛みついている女を蹴り飛ばし、そのまま吸血鬼の体に体当たりを敢行する。

 予想外の反撃を受けた吸血鬼はたたらを踏んでよろよろと後ずさった。

 

「貴様……今吸血鬼と言ったか……」

 それには答えず総司はヴラドを睨みつけた。

「吸血鬼と言ったのかああああ!!!」

 犬歯をむき出しに吠えるヴラド三世。

「貴様もか! 貴様も余を吸血鬼などと言うのか! もはや勘弁ならぬ! 貴様の血を一滴残らず吸い尽くし、そのような戯言をぬかしたことを後悔させてくれるわ!」

 

 いったい何を言っているのだこの男は? 自らの事を吸血鬼ではないと言わんばかりに激高しながら、そのくせ「血を吸い尽くす」などと明らかに吸血鬼としか思えないような事を言い放つ。……狂っているのか……。総司は全身に鳥肌を感じた。

 

 だがしかし今が最大のチャンスであることは間違いなかった。この吸血鬼らしき男は怒りに我を忘れ明らかに大きな隙を作っている。

 主人の怒りに驚いたのか屍人たちも遠巻きに状況を見守りだしたのだ。

 

 総司は迷わず宝具を解放した。

「無明三段突き!」

 その宝具は解放されたが最後防ぐことは絶対に不可能。事象崩壊の必殺技だ。

 

「獲った!」

 総司の裂帛の気合と共に放たれた必殺剣は対象の喉元に突き立った。……はずだった。

 

 総司の剣が吸血鬼の喉に突き立った瞬間、その体は風に流されるように霧となり散らばった。

 もし沖田総司がドラキュラ伝説を知っていたならそのような特技を持っていることも知っていただろう。だがブラム・ストーカーによって吸血鬼ドラキュラが書かれたのは沖田総司の死後である。

 

「なんだと!」

 吃驚する沖田総司。

 こんな能力を持っているのかこの化け物は! 

 

 再び元の姿を取り戻したヴラド三世はその紳士的な態度を取り戻し総司に話しかけた。

「今のは危なかったな。うむ。余としたことがつい取り乱してしまった。せっかくだから教えてやろう。余の望みはな、余が吸血鬼だ、などという悪評をこの世から払拭する事よ。余が聖杯に望むことはそれだけなのだ」

 

 やはり何を言っているのか訳が分からない。どう考えても吸血鬼の化け物そのものであるこの男は自らを吸血鬼ではないという。

 しかしそんな事よりも総司はすでに窮地に立たされていた。今の宝具が失敗したことですでに魔力は枯渇している。宝具を使用するどころかスキル一つすら満足に発動できそうもなかったのだ。しかも先ほどからの屍人による攻撃が徐々に効いてきたのか、または血を流しすぎたためか立っていることすら辛く感じ始めていた。

 対してヴラド三世はその攻撃の大半を眷属である屍人に行わせていたこともあり、多くの魔力を温存しているように思われる。

 

 駄目だな私は……。また最後まで戦えないのか……

 そう思った瞬間今まで忘れていた吐血の症状が現れた。

「ケフ」

 血を吐きながらこれもそういった類の呪いだよね。そう呟く。

 

 マスターの助力が得られればまだ挽回のチャンスはあるだろう。だが今の空にそんなことは期待できない。

 そこまで思って総司は苦笑した。今の状況じゃなくってもマスターは聖杯戦争をよく理解してなかったな……。今まで助力ってしてくれたことあったかな……

 

「もはや遊びは終わりである。余の宝具をもって引導を渡してやろう」

 吸血鬼の声が遠くから聞こえる。

 ああ、かつての仲間たちが居てくれたら。仲間……! だが……無理か……

 無念さに総司は目を閉じる。

 

「お願い! 令呪よ! 総司さんに勝利を!!」

 

 突然響き渡った凛とした声に沖田総司は目を見開いた。魔力が湧き上がってくる。これは令呪! 驚いて振り向いた総司の目に映ったのはアパートの階段にもたれかかるようにこちらを見て辛そうに微笑んでいる少女だった。

 総司は直感的に思った。「いつもの」空だ。

 うん? 一瞬、空の右腕の周りの空間が歪んだように感じた。ゆがみから何かがこぼれ落ちて空の背後に消えた。あれは、蟲……か? 

 もう一度目を凝らしてみる。辛そうにしているが、そこには総司が見慣れたマスターがいるだけだ。気のせいか。

 湧き上がる魔力の奔流に身を任せ、戦いに集中する。

 

「さあ、串刺しの時間だよ。血塗れた我が人生、ここに捧げよう『血塗れ王鬼(カズィクル・ベイ)』!!」

 ヴラド三世が宝具を解放する。無数に形作られた「護国の黒杭」が今まさに発射されようとしている。

 

 だが! もはや負ける気はしない。沖田総司は目を閉じ呟く。

 

「これは私の生きた証…… 誠の旗の下、共に時代を駆けた我らの誓い……!! 」

 

「ここに──旗を立てる!」

 

 その宣言と共に沖田総司は「誠」の文字を染め抜いた隊旗を打ち立てる。

 魔力の奔流が直ちに巻き起こり固有結界が生まれる。

 

 そして、魔力の奔流の中には浅葱色のだんだらの羽織を纏った一団が整然と並んでいた。

 

「新選組! かかれぇええい!!」

 副長土方歳三が吼える。

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 一斉に駆け出す新選組隊士たち。

 

 ああ、皆さん……。思わず涙ぐむ沖田総司。

 

「どうした総司! まだ戦いは終わっちゃいねぇぜ!」

「土方さん! 近藤さん!」

 

 次々を現界する新選組隊士たち。そして勇壮な掛け声とともに駆け出していく。

 

 二番隊隊長  永倉新八

 三番隊隊長  斎藤一

 四番隊隊長  松原忠司

 五番隊隊長  武田観柳斎

 六番隊隊長  井上源三郎

 七番隊隊長  谷三十郎

 八番隊隊長  藤堂平助

 九番隊隊長  鈴木三樹三郎

 十番隊隊長  原田左之助

 ・

 ・

 ・

 

 次々と現れては抜刀し飛び出していく懐かしくも頼りになる面々。

 

 ああ、そうだ私は切り込み隊長だ。見ていてくださいマスター。これが私の生きた証です! 

「一番隊隊長! 沖田総司 参る!!」

 他の隊長たちと肩を並べ疾走する総司。そこにもう迷いはなかった。

 

 発射された獲物を狙う獰猛な杭が大量に沖田総司に向かって殺到する。しかし新選組の隊士たちはその凶器を確実に一本一本斬り落とし、なおその突進を止めない。

 まるで一つの巨大な生き物のように大きなうねりとなって新選組は駆け抜ける。周りにいた屍人などまるでいないも同然である。彼らが駆け抜けた後にはもはや人の形を成していない屍人の残骸だけが残されていた。

 

「なんだとおお!」

 必殺を確信して発現させた宝具による攻撃がことごとく撃ち砕かれていく。

「莫迦な! 奴めは既に死に体だったはず!」

 

「ヴラド三世! これが私の信じる仲間、そしてマスターとの絆!」

 

 沖田総司がそう言うや否や、ヴラド三世に次々と斬り掛かる隊士たち。

「小癪!」

 霧状化して斎藤一の刺突を逃れたヴラドに永倉新八の必殺剣が迫る。

 再び霧と化して逃れるがその先々で各々の隊長がまるで出現場所がわかっているかのごとく待ち受ける。

 

「うおらああ! 邪魔だ、死ねぇ!」

 周りの屍人ごと吹き飛ばす土方の剛剣がヴラドの左腕を斬り飛ばす。あまりの速度に霧状化が間に合わない。

「おのれええええ!!」

 

「絶刀! 菊一文字則宗!」

 

 間髪入れず放たれた沖田総司の必殺の刺突は聖杭のごとく深々とヴラド三世の胸に突き刺さった。

「ぐ、ぐぬううう。見事である……」

 総司の放った一撃はヴラド三世の霊基を確実に捉え貫いていた。

「よかろう。此度の現界、余の望み果たすこと能わず。是非もなし。末期、あの小娘……不敬な召喚者に一泡吹かせたことを悦とするのみ」

 そう言いながらヴラド三世はいまだに刀を突き立てたままの総司を見ると、ふっと微笑した。

 

「貴様の勝ちだセイバー。もはやこの聖杯戦争、残るサーヴァントは貴様のみ。この余を倒したこと、誇るがよい。さらばだ!」

 そう言い残してヴラド三世は光の粒子となって霧散していった。

 

 呆然と立ちすくむ総司の肩を叩いたのは近藤勇である。

「やったな総司! じゃあ、俺たちはもう行くよ。達者でな!」

「近藤さん! 皆さん! ありがとうございました!」

 深々と頭を下げる沖田総司に対し新選組の隊士たちは口々に総司をねぎらい、軽口をたたき、そして励ましながら消えていった。

 

 最後にひときわ力強く背中を叩く大きな手。土方歳三であった。

「総司! 背中が丸まってるぞ! しゃんとしろ、しゃんと!」

「土方さん……、私は今まで近藤さんや土方さんを信じてただひたすら刀を振るってきただけだった。人を斬ることに疑問を感じたことも無かったし、それが当たり前だと思っていました」

 

 叩かれた背中に痛みと共に温かさを感じる。

「でも、今回、人を殺さなくて良い世界で普通に暮らしてきた少女に普通の暮らしを取り戻してあげたい。私に対して人を殺せと言うような彼女を見たくないんです。あぁ、何を言っているのかわからなくなってきたぞ……」

 

「総司!! 俺たちはお前が強いから、人を斬るのが上手いから仲間だったわけじゃない。お前が信じる道、やりたい事を自信を持って最後まで貫き通せばそれでいいじゃねぇか。誰もそれに文句を言う奴は居ねぇよ!」

 もう一度背中をバシッ! と叩くと、ニヤリと笑って土方は消えた。

 

 固有結界が解かれる。沖田総司が落ち着きを取り戻し、周りを見回した時、そこには魔力供給を絶たれた為復活することが出来なくなった屍人の残骸だけがそこかしこに散らばっていた。

「うわあ。さすがにこれはちょっと……」

 自分たちがやったこととはいえまさに戦場痕といえる凄惨な現場にドン引きである。

 

「ああ、そうだ! マスター! 大丈夫ですか!」

 総司は必死に令呪を使用してくれた空を探す。

 

 アパート前にはパジャマ姿の空が座り込んでおり、こちらと目が合うと力なくにっこりと微笑んだ。

 

 

 

「ふむ。準備は整った」

 戦いの顛末を見届け間桐臓硯はそう呟いた。

 その右腕の甲には赤黒く禍々しい光を微かに放つ令呪が一画刻まれていた。

「では、向かうとしよう」

 臓硯の姿はほどけるように闇に紛れ、そしていずこかへ消え去った。

 




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