数年後、桐生空は生きていた。
ただ死んでいないというだけであったが、確かにその命を繋いでいた。
彼女は某県の障碍者施設に収容され、死んでいるとも生きているとも言えない日々をただ過ごしていた。
誰が話しかけても一切反応がなく、介護の者が手を貸さねば食事すらとろうとしなかった。その瞳からは完全に光が消え失せ、まさに生ける屍と表現するにふさわしいありさまだった。
そんな施設で一つの事件が持ち上がった。
桐生空の妊娠が発覚したのだ。
生ける屍と言える空が自我を現すことはなかったので調査は難航したが、やがて相手が誰であるかが発覚する。
相手はこの施設の若い男性職員の一人であった。
本来は美少女と言える空である。きちんと身なりを整えると、たとえ廃人であろうとも若い男の劣情を刺激するには十分な容姿だった。物言わず抵抗もしない少女が男の性のはけ口にされたのであろう。誰もがそんな下卑た顛末を想像した。
当然その男は懲戒解雇の上、逮捕されることとなった。
しかし男は、警察の事情聴取で錯乱したようにこう供述した。
以下は、供述調書の内容である。
「あの少女は独りになると誰かと話しているように独り言を呟いていたようでした。何を話しているのかが気になったので一度隠れて様子を伺いました。普段能面のようにまったく感情を表すことがない彼女が、時折笑顔を見せながら「ちう」という架空の自分の妹と日常的な、本当にどうってことのない会話をしているようでした。この子は本来こんな感じで笑う娘だったのだろうなと思って眺めていたら、次第に意識が遠のいていきました。
その後のことはまったく記憶に残っていません。本当です、信じてください」
「もっとましな言い逃れがあるだろう」とは、聴取にあたった刑事のコメントである。
一方、空が暮らす施設では彼女の処遇について頭を悩ませていた。
問題は「身ごもっている子供をどうするか」という事なのだが、たとえ生んだところで空に育てる力がないことは明らかであり、本人の意思に反しての妊娠であることもほぼ間違いないため、法的また倫理的な観点から施設内外で議論された後、最終的に堕胎が最善と結論づけられた。
ところがここで空自身が思わぬ反応を見せる。何をされても何の反応も示さない空が、こと身ごもっている子供の事となると強烈な反応を見せるのだ。
まるで医師たちが堕胎を計画していることを知っているかの如く、爪を立て歯で噛みつきまるで野獣の様に抵抗するのだ。
これには職員たちもほとほと手を焼き、生まれてきた子供は別の施設で育てるしかないかと話し合っていた。
そしていよいよ臨月が近づいてきた12月24日。桐生空は忽然と施設から姿を消した。職員たちの必死の捜索にも拘らず彼女は発見されることがなかった。
以来、桐生空の消息は知られていない。
お読みいただきありがとうございます。
普通の女子高生、実は間桐のマスターということだけ決まっていた空。
他の設定はゲームが進行するに伴い追加され、リプレイ小説にする際もこの娘が一番難産でした。
彼女の結末はダイス目が最悪で・・、ごめんな空。
ストーリー全般を通して圧倒的ヒロイン力を発揮していた空でしたが・・・どうしてこうなった・・・。