第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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4話 ツヴァイ

 冬木の街で再び聖杯戦争が行われるその1年前……ドイツ。

 その地は常冬で寒さが厳しく、そのせいもあり基本的に明かりが落とされる事のない不夜城があった。

 

 その城はアインツベルン城。

 

 アインツベルン家現当主はユーブスタクハイト=フォン=アインツベルンである。アインツベルン家の八代目当主であるため通称「アハト翁」とも呼ばれている。

 その彼の前に一人の女性が跪いている。女性はアインツベルン家製のホムンクルスで名前を「リセ」といった。

 

 4年前の聖杯戦争にアインツベルン家が送り出したホムンクルス、アイリスフィールと見た目は酷似しているがメガネを掛けている点が異なっている。

 彼女は、アインツベルン当主宛てに届いた書簡をアハト翁に手渡し、役目を果たしたはずが、差出人を見た当主から内容を確認し終えるまで留まるよう命じられたのだ。

 

 アインツベルン家。それはドイツのとある川近くの山岳地帯に居を構える錬金術を修めた家系で、中でもホムンクルスの製造では他の追随を許さない技術を有していた。

 現当主であるユーブスタクハイト自身が第三魔法の魔法使いの弟子によって作られたアインツベルン城の中枢制御用人工知能「ゴーレム・ユーブスタクハイト」である。

 

 そして「聖杯戦争」においては遠坂、間桐と並び、御三家の一つと数えられる古い魔術師の家系であった。

 

 険しい顔で書簡の内容を確認していたユーブスタクハイトが口を開いた。

「前回の第四次聖杯戦争から4年しか経っておらんのに、どうやら1年後にまた冬木で聖杯戦争が開催されるらしい。通常は60年程の周期で行われるはずなのだが、よほど前回の聖杯戦争の結果が歪だったということなのかの。ただ、此度の聖杯戦争は正式な儀式たり得ないとのことらしい、どこまであやつを信用して良いものかは悩ましいところではあるが……。霊脈の管理者に確認しようにも後見人がアレでは信用ならぬ。まあ、あやつにしてもこの短期間では完全な準備など出来てはおるまい。さて、どうしたものか……、ふむ……、そうさな」

 

 ユーブスタクハイトはため息とともに今回行われる聖杯戦争がいかに特殊な事例であるのかを語った。そもそも前回の聖杯戦争からわずか5年などという短期間で再び行われるなど前代未聞なのだ。

 

「当アインツベルン家は過去の4回の聖杯戦争にすべて参戦してきたが、今までの失敗から学んだ知識の集大成がアイリスフィールと衛宮切嗣めをかけ合わせて作ったイリヤスフィールであることは分かっておろう。当家の切り札と言うべきイリヤスフィールをこのような番外戦に参戦させるわけにはいかん。ただ、仮にも聖杯戦争と名の付く祭りを何もしないで見送るつもりもない」

 

 事実アインツベルン家はここまでの聖杯戦争で芳しい成果を上げていない。特に第三次聖杯戦争においては必勝を期し「復讐者」のサーヴァントを召喚するもあっさりと敗退している。

 しかも敗れた「復讐者」と聖杯が干渉した事で「この世全ての悪」が誕生し、聖杯が汚染されてしまうといった大失態を演じている。

 

「そこでじゃ、当家のホムンクルス製造技術を応用し、イリヤスフィールの細胞を急速培養したホムンクルス、つまりはクローンを作って参戦させることとする。ただし、時間が限られておるので、完成したクローンの能力は精々イリヤスフィールの2割程度にしかならんじゃろう。ともすれば茶番で終わるやも知れぬ聖杯戦争にどのような魔術師が出てくるのかは知らぬが、流石にこんな出来損ないが勝てるほど甘くはないことくらいは予想できる。よって今回はイリヤスフィールをより完璧なものにするための情報収集という位置づけと考えよ」

 

 つまりは負けても構わないのでできるだけ多くのマスター、サーヴァントと戦わせイリヤスフィールの問題点を洗い出し、次の聖杯戦争への布石にしようというのである。

 

「この捨て駒によって次回の聖杯戦争におけるアインツベルン家の勝利は盤石となろう」

 果たして「負けても良い」という部分はアハトの本心だろうか。アインツベルン家の当主としていかなる状態でも聖杯戦争と名のつくものに負けたくはないであろうに。

 リセは心の中でそう思ったが、口に出して言うほど愚かでもなかった。

 

「クローンは約半年後には培養液から出すことができる。残りの半年でそれなりに戦えるレベルまでお前が教育を施せ。本物のイリヤスフィールの調整があるので、クローンに手間をかけることはできん。すべてお前に一任する。聖遺物はこちらで適当なものを準備しよう」

「承知いたしました。アハト様」

 俯き跪いたままリセはそう返事した。

 

 

 

 培養室、大きなケースの中心にまだ人の形を成さないモノが浮かんでいる。この子にはツヴァイという名が与えられた。

 アインツベルンの名前すら名乗らせてもらえない番号で呼ばれる試験体。まだ耳は聞こえないが、数週間後には聴覚が形成される。そうなれば音声情報による教育は可能となるとのこと。

 

 2か月後、本当にすべてが私に一任されているようだ。特に育成方針についての指示もない。もちろん私には育児の経験などないが、音声情報だけでは魔術や戦闘についての技術習得は無理なため、それらは残りの半年で行うこととし、生活に必要な最低限の知識を教えよう。

 

 3か月後、まだ目は見えていないようだが、普通の子どもは親に絵本というものを読んでもらうらしい。日本の冬木が戦場となるため、日本語の習得も兼ねて日本から絵本をいくつか取り寄せた。

 

 5か月が経過し、もう見た目はイリヤ様と変わらない。目ももう見えているため視覚情報も加えた教育を施している。何故か特定の絵本に対して強い反応を示すことが分かった。

 

 半年後、培養ケースから出されたツヴァイは、第一声で、私を「ママ」と呼んだ。そう言えばツヴァイが特別な反応を示していた絵本は「家族」や「友達」といったテーマを取り扱ったものだった気がする。理由は分からないが、何故か私は心臓のあたりが締め付けられる様な感覚を覚えた。

 

 残りの半年は主に魔術の行使や戦闘に関するものの訓練に費やされ、一般知識や学問に関しては培養ケースの中で学んだところからは大きく進展はできなかった。最終検査でツヴァイの能力はイリヤ様の魔力や能力の3割程度であることが判明。これでも一般の魔術師よりは数段優れている。

 

 現在……

 

 ツヴァイの右手の甲には無事令呪が刻まれた。ツヴァイの能力は一流の魔術師には劣るものではあるが、はじまりの御三家には聖杯戦争に参戦する意思さえあれば、優先的に参戦権が与えられるという特権が存在するのだ。

 

 その後、アインツベルン城の祭壇の前においてアハト翁立ち合いの下、英霊召喚が行われた。アハト翁がツヴァイの前に姿を現したのはこれが初めてだった。ツヴァイは初見のアハト翁を「お爺ちゃま」と呼び腰の辺りに抱き着いたが、アハト翁は眉ひとつ動かさなかった。私はまた胸の辺りが痛くなる感覚を覚えた。

 

「それでは召喚の儀式を執り行います」

 私の指示で魔法陣が描かれ魔力が注がれていく。アハト翁が用意した聖遺物は一本のナイフだった。

「始めよ」

 アハト翁は冷たくそう指示を出した。

 

 魔法陣に魔力が満ち、輝きを増していく。その中心に置かれたナイフに魔力が集中していく様子がよく理解できた。

 そして魔力の光が収まった時、そこには小さな女の子がたたずんでいた。

「ふむ、予想通りか。アサシンだな」

 アハト翁はそう呟いた。

 

「わぁ~、この子があたしたちと一緒に戦ってくれるの?」

 魔法陣に現れた女の子を見てツヴァイは嬉しそうに目を輝かせた。

「そうよ、ツヴァイ。あなたにとっては妹みたいなものかしら」

 本当に姉妹のように見えるほど歳が近い見た目をしている。

 

「あなたがわたしたちのおかあさん?」

 召喚された少女は上目使いに私を見上げてそういった。

「私はお母さんで構わないわ、でもマスターはこの子。名前はツヴァイよ」

「よろしくねっ! あたしたち家族だね」

 ツヴァイは無邪気に新たに出来た妹を喜んでいる。

 

「うん、わかった。わたしたちは──────────! 一生けんめいおかあさんとツヴァイの為に戦うね」

「────。ツヴァイのことをよろしく頼むわね」

 情報を集めるという意味においてはアサシンというサーヴァントは極めてその任務に向いている。アハト翁……狙ったのだろうか。

 

 

 

 日本の冬木市に到着した我々は、アハト翁が用意した隠れ家に移動するため迎えを待っていた。

 その日はちょうど日曜日で街では多くの人々が行きかっていた。

 様々なファッションに身を包んだ若者がクレープだろうか、包み紙に包まれた菓子を食べながら嬌声を上げている。

 ツヴァイと同じ年の頃の女の子は両親に手を引かれ、あれが欲しいこれが欲しいと母親を困らせていた。そんな光景を見ていると私自身何とも複雑な気持ちになるのだった。

 

 ツヴァイは目に入るすべてのものに興味津々で、あっちにフラフラこっちにフラフラと全く目が離せない。ついには少し離れたところにあるブックストアを見つけるとそちらに向かって一目散に駆け出した。

 いったい何を見つけたというの……。先ほどの母親の気持ちが少しわかったわ、などと考えながら追いかけるが、私が後を追うよりも早くツヴァイは歩いていた男性に後ろからぶつかってしまった。

 

「ごめんなさぁい」

 謝るツヴァイに振り返った男性は目を見開き彼女の肩を両手で掴みかかった。

「イ、イリヤスフィール、イリヤじゃないか、どうして冬木に!」

「あたしはツヴァイだよ。おじさん、だあれ?」

 男の顔を確認した私は、驚愕した。ま、まさか! 

「衛宮切嗣!」

 私はほぼ無意識に駆け出しツヴァイの手を掴むと切嗣から引き離し彼女を自分の後ろに隠した。どうしてこの男がこんなところにいるのか。

 

 衛宮切嗣は私を見るとさらに驚いた顔で声を荒げた。

「アイリ! アイリなのかっ! いや、そんなはずはない。アイリはもういないんだ」

 なんだその言い草は! 私は彼のその言葉に頭の中が急に沸騰したように熱くなるのを感じた。

 

「そう、アイリスフィールは死んだ。あなたの自分勝手な正義の犠牲になったの」

 誰かに意識を乗っ取られたかのように、次々と言葉が口から溢れ出た。

「違う! アイリは僕を理解してくれていた。僕たちは共通の目的を達成するために冬木の聖杯に希望を託すことを選択した」

 その結果が5年前の惨劇じゃないの。

 

「あなたは正義を語る異常者よ。普通の人間の正義は自分が大切に思う人を守るために執行される。だがあなたはどうなの、常に命の重さを数字でしか量れない。その結果特別な人でさえ平気で切り捨てる。あなたは正義に呪われた人格破綻者だわ。あなたが本当に自分の正義を守りたいなら、聖杯戦争になど関わらず、私とイリヤを連れてアインツベルンから逃げるべきだったのよ」

 私の口から紡がれる言葉は容赦なく切嗣を追い詰めていった。

「うわああああああああ!!!」

 頭を抱えてその場に崩れ落ちる切嗣。

 

「行きましょう。あの人は私たちとは関係のない人よ」

 私はツヴァイの手を引っ張って足早にその場を離れた。あの場に居続けてはいけない。きっととんでもないことをしてしまう。私にはそんな予感があった。

 

「ねえ、ママ……。あの人泣いてたよ。可哀そうだね。ツヴァイお友達になれなかったかな」

 私は更に足を速めた。決して振り返ってはいけない。

 

 ──―何故か頬を一筋の涙が流れ落ちた。

 

 

 

 その日の夜。切嗣は士郎に「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」と語った。

 

「じいさんの願いは俺が引き継いでやるよ」

 

 彼はそう言う士郎の言葉に安心した様に微笑み、アンリマユの呪いによって静かに息を引き取った。享年34歳だった。

 

 

 

 衛宮切嗣。その生涯は波乱に富んだものだった。

 

 アリマゴ島の惨劇を引き起こした直接の原因であり、後年もそのトラウマが彼を苦しめた。自らの父を殺害後、魔術師ハンターであったナタリアに育てられるがナタリア一人と他の大勢の命を天秤にかけねばならない場面に直面し、彼は再び苦悩の末ナタリアを手にかける。

 

 第四次聖杯戦争を機にアイリスフィールと夫婦になり、娘のイリヤスフィールを儲けている。

 皮肉にもそのイリヤスフィールこそが現在のアインツベルンの切り札である。

 

 そして第四次聖杯戦争にてセイバーのマスターとして戦うが、冬木の大災害を引き起こした。

 その後イリヤスフィールを迎えにアインツベルンに向かうがアハト翁が彼を迎え入れるはずもなく彼はこの冬木で大災害唯一の生き残りである士郎と暮らしていた。

 

 衛宮切嗣の死。それはまさにこれから始まる混沌とした聖杯戦争を占う出来事であったのかもしれない。

 

 

 

 




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