第4.5次聖杯戦争   作:慶天

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今話から本格的な聖杯戦争がはじまります。

さて、どの陣営が勝者となるのでしょうか。


7話 開戦前夜

「なぁ、キャスターさんよ。あんたの周りに浮かんでいるその人形みたいなのはなんなんですかい」

「ああ、これ。オルコットよ、まぁ分かり易く言えば使い魔みたいなものかしら、あなたは大佐と呼びなさい」

「大佐? ……ですかい。見た目相応にキャスターさんは人形遊びが好きなのかと思いやしたが、そういう訳でもないんですな」

「別にお人形が好きなわけじゃないわ、オルコットの人形だから好きなの。生前のあたしと関わりが深かった人を模して作ったのよ」

「へぇ、そうなんですかい。ところで冬木に入る前にちょっと行きたいところがあるんだが構わないかい?」

「いいけど、どこに行くのかしら?」

「ちょっと野暮用なんでさ。なに寄り道程度のことなんで時間はとらせませんぜ」

 香港から日本に渡ったクガイは空港から冬木市に入るまでに陸路で移動することになった。その途中に少しだけ顔を出したい所があるとクガイはキャスターに持ちかけた。

 

「まあよくってよ。あたしもついて行っていいの?」

「んー。別にかまいませんぜ。楽しいものじゃないですけどね」

「そう。じゃ行くわよ」

 そういったキャスターに少しだけ肩をすくめたクガイは愛用のトレンチコートの襟を軽く引き寄せた。

 

 

 

「あ! クガイのおじちゃん! 久しぶりだね!」

「花琳(ファリン)ちゃん元気にしてたかい?」

 ベッドの上で本を読んでいた少女は病室に入ってきたクガイを見てまさに花を咲かせたような可憐な笑顔を見せた。

「今日は香港のお土産を持ってきたんだ。気に入ってくれると嬉しいんだけどな」

「わあ、ありがとう! いつも海外でのお仕事大変だね。開けていい?」

「ああ、見てくれるかい?」

 

 今ここで話をしているこの男は本当にクガイなのか? 姿を消した状態で少女の病室に付いてきていたキャスターはクガイの豹変ぶりに目を丸くしていた。

 

 体中に何本ものチューブが取り付けられたファリンと呼ばれた少女はうまく手が動かないのか箱にかけられたリボンをほどくのにも苦労していた。しかしクガイはそれを手伝おうとはしなかった。

 やがて苦労の甲斐があって無事箱からパンダのぬいぐるみを取り出した少女は眼を輝かせて喜んだ。

「かわいい! ねぇ! この子なんていう名前なの?」

「うーん、ファリンちゃんがつけたらいいんじゃないかな?」

「そうねぇ……。じゃ、くーちゃん! クガイおじちゃんから貰ったものなんだからね!」

 

「そうか、くーちゃんか。可愛がってあげて欲しいな」

「もちろんだよ! ……ねぇおじちゃん、ちょっとちょっと」

 そう言ってファリンはクガイに内緒話があるかのように耳を貸してと手招きした。

 

 そして彼女はそっとクガイの頬にキスをした。

 ちょっと驚いた顔をしたクガイだったが、すぐに笑顔になりファリンの頭を撫でる。

「クガイおじちゃんありがとう! 大切にするね!」

「そうだな。元気になったらおじちゃんが遊園地に連れていってあげるよ。早く良くなるんだよ」

「うん! わかった! 約束だからね!」

 

 穏やかな日が差し込む昼下がり、開け放たれた窓からさわやかな風がカーテンを揺らす。まるで一枚の絵画のようなシルエットの二人をキャスターはまぶしげに眺めていた。

 

 キャスターにはこの少女とクガイの関係は知らされていない。ただ、彼女は思った。

 

 この少女はクガイにとってたぶん何よりも大切な存在なのだろう、と。

 

 

 

「見苦しいところをお見せしちまいやしたね」

「ううん。そんなことないわ」

「……娘なんでさ。他人って事にしてやすけどね」

「そう」

 きっと何か深い事情があるのだろう。そう思ったキャスターはそれ以上聞くことはしなかった。ただ、その時のクガイの表情に普段の飄々とした雰囲気はなく、確かに父親が持つ強さを感じたのだった。

 

 

 

 それから約半日でクガイたちは冬木に到着した。実は今回の聖杯戦争において彼らが冬木に着いたのはかなり早い段階であった。

 もともとキャスターは陣地構築を得意とすることもあり、拠点を「工房」とする必要があったのだ。もっとも時間さえかければ彼女は「神殿」の域まで陣地を強化することができるのではあるが。

 

 彼らが陣地として選んだのは遊園地である。ドリームランド冬木という名の遊園地は土日になるとそれなりに賑わう。そこは市内の親子連れやデートスポットとしてカップルなども多く訪れる身近な娯楽施設として認知されていた。

 

 日中は多くの人で賑わい、夜になると全く無人となるその特殊性が魔術を行う上に置いて重要なファクターとなったのだ。

 

 

 

 ──―

 

 

 

 冬木ニューハイアットホテルの三一階、展望レストランで食事を終えたウリエは、夜景を眺めながら、デザートが来るのを待っていた。

 

 このホテルの前身である冬木ハイアットホテルは、5年前の聖杯戦争の際、大災害以前の段階で火災に見舞われ倒壊している。

 当然その事故は表向きに用意されたもので、真実は聖杯戦争に参加していた何れかの勢力の攻撃により破壊されたのであろうことは容易に想像がつく。まぁ、お陰で新装間もない豪華な宿を拠点にできたのだから、彼女としてはラッキーだったのかも知れない。ウリエはこのホテルの最上階スイートルームフロアを一か月間借り切っていた。

 

 そして今、ウリエの前の席には、今回の聖杯戦争の為に祖国から連れてきたオートマトンの「メラヘル」が座っている。普通に考えれば特殊な金属でできた機械人形が人間と同じように食事の席に着いているのは異様な光景であるが、メラヘルには常に周囲に外見的暗示を放つ術式を施してあるため、魔術師でもない一般人には、彼女はウリエと同年代の女性にしか見えないのだ。

 

 また、当然彼女は食事も摂らないが、その点についても誰一人疑問に感じないような暗示をかけてある。この女性は食事を摂らない人で、それが当たり前なのだと。それでも何故かテーブルの上にはコップに入った水だけはしっかり二人分置かれていた。

 目の前に全身銀色で、メイド服を纏ったオートマトンが座っているというのに誰一人気付いてはいない。ホテルの従業員には、さながらお金持ちの姉妹程度に認識されているのだろうと思うと、少し可笑しくなり自然に「くすっ」と笑いが口から漏れた。

 

 ウリエは時計塔の降霊科の長であり、ケイネスの師でもあったソフィアリ学部長の二女として生まれた。超一流の魔術師の家系の血を引く彼女は、幼い頃からそのずば抜けた才能をいかんなく発揮してきた。

 

 彼女にとって魔術とは、ある意味特別な者だけが行使を許された特権であり、魔術を使うことでクリアできる問題は、例え法を逸脱していても、さして問題は無いとすら考えていた。

 例えばもうすぐ食べ終わるこのフルコースの代金でさえも、彼女が満足すれば正規の金額を支払うが、そうでないなら、暗示で支払ったことにすることくらいは何の罪悪感もなくやってしまう。

 そんな彼女ゆえ、優秀な魔術師に対しては心の底から敬意を以て接するが、そうではない輩に対しては自然と見下した様な態度を取ってしまう。ある意味自分に正直な裏表のない人物であった。

 

 やがて運ばれてきたスイーツを頬張り、想像していた以上に美味だったことで、ウリエは一層気分が良くなった。

「ケイネスお兄様は日本のことがお嫌いだったみたいだけれど、食べ物については多少評価すべきだと思うわ。ここの食事代はチップを付けてお支払いしましょう」

 

「ところで他の6人の魔術師も既に冬木に居るはずなのに、中々有力な情報が得られないわね。いずれ戦うのだから、最初から場所と相手を監督役が決めてくれれば良いのじゃないかしら。何とも効率の悪いシステムね。それにバーサーカーが夜だけしか動けないのも不便だわ。バーサーカーじゃなければ、昼間も普通に活動できたのかしら」

 

 彼女は、バーサーカーに他の勢力の調査を命じているが、特性上夜間しか行動ができないため、中々思うような成果が上がっていない。昼間は小鳥を使い魔として放っているのだが、こちらも同様である。

「すぐに戦いが始まるのかと思っていたけど、最初はかくれんぼからなんて面倒ね。私がここにいることを他の魔術師たちは知っているのかしら。敵の懐に堂々と乗り込んで来る様な人は、そうそういないとは思うけど、備えはしておくべきよね」

 

 ウリエは現在、借り切っているスイートルームフロア全体を魔術工房化するための改装に取り掛かっているところである。拠点が整えば、バーサーカーを囮に他のマスターやサーヴァントを誘い出すのも悪くない。最初は尊大な態度だったバーサーカーも今ではすっかり従順で、ウリエの言いつけに素直に従っている。

 

「令呪の力は大したものね。3つしかない貴重なものだけれど、バーサーカーの態度が余りにも度し難かったから、早速1つ使ってしまったわ。でも、サーヴァントにずっとあんな態度を取られ続けたら、怒りで冷静な判断力を欠いてしまうし、美容にも悪いわ。使うだけの価値はあったかしら。ところで、サーヴァントには他にキャスターという魔術師のクラスがあるようだけど、英霊の魔術師ってどんなのかしら、少し興味があるわね」

 

 ウリエは、そもそもサーヴァントのことを、聖杯戦争を有利に戦うための道具程度にしか考えていなかったが、それが過去に英雄と呼ばれるレベルの痕跡を残した魔術師となれば話は別である。キャスターが一体どんな戦い方をするのか、実は少しどころか大いに関心があった。

 

 

 

 ──―

 

 

 

「ちょっと! ジン! それ私のタマゴ! 取らないでよ!」

「へっへー。いただきぃ! おっちゃんこれうまいな! 初めて食ったよ!」

 ユェのどんぶりから煮卵を奪ったジンはユェの苦情を一切受け付けず一口でそれを頬張った。

「ぎゃああ! 食べた! ジンが私のタマゴ食べた!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぎながらもどこか楽しそうな子供たちに一緒に居たアーチャーは思わず噴き出した。

「わかった! ユェ、俺のをやるから落ち着け! おやじ、このタマゴ追加頼めるか?」

 

 こんな顔も出来るんだな……。アーチャーはきっとこれが本来の二人の姿なのかもしれないと煮卵をユェのどんぶりに移しながら自分の想いを再確認していた。

 

「あいよ。この子たちは中国人みたいだけど、お兄さんは別の国の人かい。随分日本語が上手だね」

「俺はペルシャ……いや、今で言うとイラン人だが、この子らはれっきとした日本人だぜ。外国暮らしが長かったから日本語はあまり得意じゃないがね」

「そうかい、中国語で騒いでいるから中国の方かと思ったが、日本人なんだ。帰国子女ってやつだね」

 帰国子女……か。彼らの辿ってきた人生を考えるととてもそんなもんじゃないんだがな。アーチャーは彼らの生きてきたシンガポールでの暮らしを思いだしていた。

 

「うまいか?」

「ああ! うめぇ! なんだこれは! マジうめぇぞ! なあユェ!」

「そうね。本当に美味しいわ」

「そうか良かったな。俺も初めて食ったんだがこれはうまいもんだな」

 煮卵入りチャーシュー麺。それはジンとユェにとって連れ去られて以来人として食べた初めての食事だったかもしれない。

 

 結局スープまできれいに飲み干した3人は当てもなくそのあたりを散歩していた。日本の街中では100mも歩くとコンビニに遭遇する。

 深夜のコンビニ駐車場。

 走り屋グループっぽい若い連中十数名がたむろしていた。うち数名がトイレやタバコを買うために店内に入っているようで、そうではない者はタバコを吸ったり雑談したりしながら待っているようだ。

 

 ブオン! ブオゥン!! 

 唐突に一番外側に停めてあったサイドカー付きのバイクがエンジンを吹かす。バイクにはアーチャーとジン・ユェが跨っていた。

「お兄さん方、ちょっとこの乗り物借りるぜ。夜が明けるまでには返すからさ、じゃあな」

「ちょ! 待てやコラァ!!」

 慌てて叫ぶ走り屋たちを無視してサイドカーがスピードを上げる。

 

「この兜、2つしか無いからお前らが被っておけ。道が分からないから適当に走るぞ」

「うぉお、速え」

 二人にヘルメットを被せ豪快に走り出すアーチャー。ろくに交通ルールも知らない彼が制限速度など守るはずもなくまさに勝手気ままにバイクを走らす。

「あははは! 楽しい!」

 思わず嬌声を上げるユェにジンは先ほど屋敷で聞かされたアーチャーの話を思い出す。

 こいつがこんなに笑ったのは初めてじゃねーか? ユェがこんな顔してくれるならこのおっさんを信用してもいいかもしれないな。

 

 途中追いかけて来た走り屋連中を振り切ったり、パトカーに追われたりと色々あったが、最終的にアーチャーは峠道の半ばにある、丁度街を見下ろすことができる車道の脇にバイクを停めた。

 空は漆黒から濃藍へと色を変えつつあり、深夜と比べると数は減ったのだろうが未だ散りばめられた宝石の様な輝きを放つ街の明かりを眺めながら彼は満足げに話し出した。

 

「結構スピードの出る乗り物だったな。どうだ、少しは気が晴れたか。お前らは今まで辛い目にしか遭ってないんだ。これからは今までの分を取り戻すくらい人生を楽しめばいいさ。その為にも少しでも早くクガイの奴を倒さなきゃな。三人で力を合わせてやり遂げようぜ」

 今日一日二人の都合も聞かずに彼らを振り回した青年サーヴァントは、両手を差し出すとジンとユェに握手を求めた。戸惑いながらも差し出された左手をジン、右手をユェが握り返す。

 

 アーチャーの手はとても暖かかった。

 

 李月は思う。もしかしたら。もしかしたら……

 

 

 

 李月の回想

 

 私たちが召喚した英霊は古代ペルシャの大英雄でした。もちろん私の知識の中にそんな英雄の逸話はなかったのですが、今は便利な世の中です。少しネットを調べれば恐ろしいほどの情報が手に入ります。

「ジン、私たちの英霊は『神代最後の英雄』と呼ばれた古代ペルシャの傑物らしいわ」

 ジンはあまりそう言ったことに興味はないようなのよね。その英霊と自分ではどちらが強いのか、といった事ばかり考えているみたい。

 でも私にはわかるわ。比べられるレベルじゃないのよ。

 

「伝承を読む限りとても人間とは思えないような偉業を成し遂げた人物ね。まさに『神代最後の英雄』と言わざるを得ないわ。またその最期もまさに英雄にふさわしいものね」

 ジンにそう説明したけど、どうにもうまく伝わっていない気がするわ。

 

 そんな英霊が私たちに言いました。「お前たちは幸せになる権利がある」と。

 

 

 

 それは私たちが冬木に拠点として用意された洋館についてすぐのことでした。

 

「ここならお前らの大切な父さまは居ないわけだが、改めてお前らの願望を聞かせてくれないか」

 私たちにそんな風に話しかけてきました。

 

 シンガポールで1日足止めを食ったとき、私はこの英霊について調べてありました。伝承ではその正義感溢れる人柄や世界を平和に導く戦士としての絶対的能力が詳しく語られていました。

 だからといって簡単に信用して良いとは言えません。彼が父さまの腹心である可能性も捨てられないのですから。

 私はジンと顔を見合わせ口をつぐむこととしました。

 

「そうか……、ここからは俺の独り言だが、聞いてくれ」

 彼は少し残念な顔をしましたが背を向けて話し始めました。

 

「薄々気付いているとは思うが、お前らの父さまはこの聖杯戦争をゲームの様にしか考えていない。同様にお前らの事も少しお金を掛けた玩具程度の認識だ。俺がもう少し早く現界できていれば、こんな非道は許さなかったんだが、救えなかったたくさんの子どもたちの為にもお前らには生き残って欲しいと俺は思っている」

 

 あれ? この人どこでそんな情報を手に入れたのだろう。ついこの間魔法陣から現れた英霊が私たちの事情を知っているはずがありません。

 ましてや彼は小アジアの英雄であり、シンガポールなど来たことがないはずです。

 いったい何時そんなことを調べたのだろう。シンガポール空港の管制トラブルで一日出発が伸びたけど私と同じでそのときかしら。……管制トラブル……まさか、え? まさかそんな事が出来ちゃうの? 

 

 しかし彼の言う事は正鵠を得ていました。まさにその通りです。父さまは私たちを「自慢の玩具」程度にしか考えていないでしょう。あの地獄のような施設で虫けらの様に死んでいった多くの仲間たちの事を思えば今すぐにでも父さまを殺したい気になります。

 

「こんな戦争に好んで参加する必要はないんだ。お前たちは幸せになる権利がある」

 アーチャーの言葉はあまりにも意外なものでした。そもそも英霊とはこの「聖杯戦争」に勝利するために呼び出されるものと聞いていました。その英霊が「聖杯戦争」を否定するとはどういうことなのでしょうか。

 

「聖杯戦争のために呼び出された英霊がそれを否定するの? 私はあなたを令呪で従えることができるのよ」

 そう言うと彼は肩をすくめてこちらを振り返りました。

「どうやらやっと口をきいてもらえそうだな」

 考えてみれば召喚時に自己紹介をしたきりまともに話したことはありませんでした。避けていたわけではありませんが、父さまの用意した聖遺物に魔法陣です。どうしても信用できませんでした。

 

「お前たちがお父さまに従っている理由はなんだ? 悪いが俺はお前たちにかけられていた洗脳が既に解けていることを知っている。その上でこの戦いに身を投じようというのだから聖杯にかける望みがあるのだろう? しかしそれは聖杯に望まなくても叶うものだとしたら?」

 

「な! どうしてそれを! 貴様何を知っている!」

 ジンが英霊に掴みかかります。

「ジン、落ち着いて。アーチャー、なぜあなたがそれを知っているのかわかりませんが、聖杯を手に入れれば解決することです」

 

「まあ聞け。俺の見立てではこの戦いで排除すべきはクガイだけだ。奴は俺の調べた限り最悪の殺し屋だ。お前らの父さまの言いつけを守るようで癪に障るが、奴もジアンユーと同じ非道の輩であり、死んで当然の人間だ。向こうも当然お前らのことを狙っているし、放置すればお前らが危険に晒されることになる」

 

 劉九垓。365党最強の殺し屋。その実力は父さまが私たちに必ず殺せといった事からもわかる通り父さまが警戒するレベルだという事。

 彼の使う魔術を見たものはほとんどいない。彼はほとんど単独で行動する上、彼と戦って生き残った者はいないから。ただ古銭を媒介とした魔術だという事は割と知られていた。

 

 彼が何のために殺し屋をしているのかそんなことに興味はないけど、高額の報酬を父さまに要求しているという事は知っている。金のために殺人を請け負う最悪の人間だわ。

 

「クガイさえ排除すればあとは俺に任せておけ。悪いようにはしない。ああ、ただ一つだけ頼みがあるとしたら令呪を一つは残しておいてくれないか。俺の言うことを令呪で実行して欲しい」

 

 令呪は英霊に絶対服従を強要したり、英霊の回復速度をあげたりとあらゆる局面で役に立つものです。その貴重な令呪を一つ要求するとは、いったい彼は何を考えているのだろう。

 彼の言う事を鵜呑みにすることはできないわ。本当に伝承通りの英霊ならこの上なく心強い味方になってくれるのでしょうけれど、今はまだ信用しきれません。

 私は曖昧に頷くことしかできませんでした。

 

 私が頷くと彼は「まあしかたないか」といった表情をして突然砕けた態度で提案してきました。

「難しい話はこれくらいにして、なぁお前ら腹減ってないか。さっきこの近くで旨そうな食い物屋を見つけたんだが、一緒に食いに行かないか。ただ、俺は金を持ってないからな。お前らのおごりで頼むぞ」

「何だよ、それ」

 あっさり話題を変えた英霊にジンが思わず突っ込みました。ジンってこのあたり単純なのよね。そういったところもかわいいのだけど。

 

 彼が私たちを連れて行ったのはいくつもの屋台が軒を連ねる露店の集まりのような場所でした。

 シンガポールにもこんなところあったけど、ここは貧民街といった雰囲気ではないわね。多くの観光客と思しき人々が好みの店に入っていき楽しそうに談笑している。

 

「おおーなんかうまそうだな! アーチャーお前これ食ったことあるのか?」

「食った事なんかあるわけないだろう。どれ! そこの屋台でいいか?」

 ジンが美味しそうな匂いにつられてテンションを上げています。そんなジンを見ているとなんだか幸せな気持ちが湧き上がってくるわ。

 

「おい、ユェ! 何ぼーっとしてるんだ? 車にはねられるぞ」

 いけないわ。ついジンに見入ってしまっていました。彼に手を引かれ歩道に連れ戻されました。

「ご、ごめん」

「気を付けよーぜ。この期に及んで車にはねられて死んじまうとか笑えんぜ」

 そう言ってジンはケラケラと声をあげて笑いました。

 

 もう。さすがに私もそんなにトロくはないのだけれど? 

 ジンは時々こうやって私を妹扱いするのよね。

 

 ──―でもね。私が気が付いていないと思ってるの? 本当にジンってお調子者でバカで……愛おしいお兄様ね。

 

 

 

 そんな私たちのもとに1通の手紙が届いたのは冬木に到着してから二日後のことでした。

 

 それはクガイから私たちに宛てられたもので、中には招待状と書かれた手紙と遊園地の入場券が入っていました。

 クガイは私たちの拠点を既に割り出していたのです。

 手紙には「親愛なる李星様、李月様。ようやくお父様からの外出許可が出たようでよかったですな。初めての自由な時間を少しでも楽しく過ごしていただくために、遊園地にご招待いたしましょう。そちらの都合の良い時にいつでもいらしてください。様々な趣向を凝らしてお迎えいたします」と書かれていました。

 

 アーチャーは、この招待状が罠なのは見え見えだが、奴がこちらの拠点を知っている以上無視はできない。何れ倒さなければならない相手なのだから、あえて誘いに乗ってみよう。ただし、相手にとって有利な場所で戦うことになることを肝に銘じ、絶対に油断しないように。危険を感じたら令呪を使え、と言い。私たちもそれに賛同しました。

 とても危険な行動に思えましたが、アーチャーと一緒ならなんとかなる。不思議とそんな安心も感じていました。

 




お読みいただきありがとうございます。

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