アーチャー陣営がキャスター陣営の招待状を受けっとった同じ日の夕刻、ウリエの魔術工房は完成した。二十層に至る魔術結界、自身専用の魔力炉、魔力を帯びたものが触れると作動する致死性のトラップ等、ここに踏み込んで来た愚か者に彼女の実力を思い知らせるには十分な備えができた。
「準備は整ったわ。今夜にでもバーサーカーを囮にして、他のマスターとサーヴァントの顔を拝みに行きましょうか」
ウリエがバーサーカーを呼び戻そうとしたのと、バーサーカーの放ったコウモリから、キャスター陣営の拠点を発見したという知らせが届いたのはほぼ同時であった。早速ウリエは、メラヘルを従えてバーサーカーの元に向かった。
深夜、キャスター陣営の拠点である遊園地でクガイは365党が放ったと思しき殺し屋をまた一人処分していた。
今回襲ってきた殺し屋は魔術師だったようでクガイも古銭を使用せざるを得なかった。
「やれやれ、あんまりこれ使っていると大事な時に貯金が無くなってしまうんですがねぇ」
ドロドロと腐り落ちていく魔術師を眺めながらクガイは肩をすくめた。
「なんというか、醜悪な魔術なのね。気持ち悪いし、あたしの趣味じゃないわ」
そんなクガイに半ば呆れたような顔をしたキャスターが声をかける。
「あっしの知ってる魔術はこれしかないんですわ。あまり連発したくはないんですがね。実はこれ使うたびになぜかあっしのリアル貯金が減っていくんですわ」
「お、面白い代償ね。ちょっとその仕組みには興味あるわ。減ったお金は誰に支払われているのかしら」
それはむしろ呪いなのでは。キャスターはあまりにも不吉なクガイの魔術にそんな印象を持った。
「あっしにはあんまり面白くないんですがね。それより今回の相手は魔術師だったんでひょっとしたら聖杯戦争の相手かと思ったんですが違ったようですな」
「そうね。聖杯戦争のマスターならサーヴァントも連れずにのこのこ姿を現すとは思えないし、こんなに簡単には倒せないわよ。差し詰めあなたに怨みを持つ誰かが雇った殺し屋ってとこかしら。何かしらの心当たりはあるんじゃなくって。でも、あなたにとっても本命はわざわざ招待状を送ったあの二人組の子供なのでしょ?」
クガイはそれなりに情報網を持っている。彼のキャリアはそういった情報屋を駆使して事前にすべてを調べ上げることで積み上げてきたものなのだ。
「まぁ、そうですな。あの二人、あっしも知ってるんでさぁ。ついこの間まであっしが所属していた365党というマフィアのボス、ジアンユーの秘蔵っ子ってとこですな。さっきの魔術師も奴の配下の者で間違いないですわ、なんせ奴の命令で回収するはずだった聖遺物をあっしが使っちまってるんですから、明け方あたりには本命の奴らが乗り込んでくると思っているんですがね」
「……あたしの召喚が原因だったのね。何だか複雑な気分だわ。ん? 明け方どころじゃないみたいね。たった今、結界に侵入者よ」
「っと、来やがりましたか。あの二人、どっちがマスターなんでしょうねぇ」
「あたしはサーヴァントの相手をするから危なくなったらお呼びなさいな。あなたの貯金が尽きないことを祈っているわね」
「それはありがたいこって。頼りにしてますぜ、キャスターさんよ」
「ようこそおいでくだせぇました。チンケな遊園地ですがゲストをもてなすために色々用意させていただきましたんで、お楽しみくだせぇ……。やっぱ気取った挨拶はあっしには向かないですなぁ」
ボウアンドスクレイプで気取って挨拶をしようとしたクガイであったが、もともとそんな挨拶など彼には無理な注文だった。
「クガイ、お前がなぜ聖杯戦争に出てきたかなんて興味はねぇ! 俺達のためにお前はぶっ潰す!」
「威勢がいいですなあ。しかしここはあっしのサーヴァントであるキャスターの工房ですぜ? 飛んで火に入るなんとやらってね、勝てると思っているんですかねぇ?」
「そんなことは百も承知です。クガイ、覚悟しなさい」
そう言ってユェは袖口に隠していた釵(サイ)を両手に握りしめた。同じようにジンも釵を取り出していた。
「なるほどねぇ。二人がかりでならあっしに勝てるとでも……じゃあ……かかってきな!」
そう言ってクガイは中指を突き立て挑発した。
クガイの言葉を合図にジンとユェは左右に分かれてクガイを襲う。まさに疾風のように飛びかかる二人の動きは常人を完全に凌駕してた。
「やるもんですなぁ」
しかし二人はクガイに肉薄した瞬間まるで何か危険なものに気が付いたかのように飛び退いた。
直後、二人がいたその場所に炎が立ち上る。
「よく気がつきやしたねぇ。ま、そんなもんにあっさり引っかかってくれるとは思ってなかったですがね」
クガイはニヤニヤとイヤな笑みを浮かべて両手を広げる。その両手の動きに合わせるように遊園地の施設のライトが明滅し始めた。
一方その頃英霊たちの戦いもまた始まろうとしていた。
「どうやら始まったみたいね。初めましてアーチャーさん」
いい加減な礼をしたクガイとは違い、優雅に貴婦人の礼をとるキャスターにその育ちの良さがアーチャーにも理解できた。
「あんたに恨みとかは全くないんだが、俺が正しいと信じる筋を通すにはあんたが障害になっちまうんだ。すまないが倒させてもらうぜ」
「あたしの陣地に乗り込んできてそのセリフ? あなた自信家なのね。でもあたしもクガイちゃんのためにここで引くわけにはいかないの。あたしたちの邪魔しないでよね」
アーチャーはクガイが聖杯に何を望んでいるのかを知ることはない。これだけの陣地作成をすることができるキャスターが信頼を置くほどの人物があのクガイなのかとアーチャーは不思議に思ったが、今はそれを考えている場合ではない。
「フッ、こんなところで相まみえたんじゃなきゃ酒の一杯でも酌み交わせたかも知れないがな。あぁ、あんたにはジュースとかの方がお似合いかもな?」
「……随分失礼な男ね。でも真っ直ぐな男、あたし嫌いじゃなくってよ」
英霊同士の戦いもここに火ぶたが切って落とされた。
「せっかくの遊園地なんでさ。おたくらこんなところ来たことないんじゃないですかい? 楽しんでいってくだせぇよ」
事実、ジン、ユェは遊園地など知識として知っているだけで実際見た事はもちろん初めてであった。ここにあるすべてのものが何をするものかわからず、今が戦いの場でなければ彼らは興味津々ではしゃぎまわっただろう。
そしてクガイの言葉に反応するかのようにウサギやタヌキを模した着ぐるみ達が鉄パイプを持ってジンとユェににじり寄ってきた。
「ほら、スタッフさんも歓迎してくれるようですぜ?」
「うわぁ……。気色悪いな、おい!」
ジンは心底イヤそうな顔をして鉄パイプを持ったウサギの着ぐるみに廻し蹴りを放つ。ウサギの着ぐるみは吹っ飛び、人が乗り込めるように大きくしたコーヒーカップに激突して動かなくなった。
その激突の衝撃の為かコーヒーカップはアニメソングを流しながら回転を始めた。
「趣味が悪いとしか言いようがないわね」
ユェは着ぐるみ軍団を無視してクガイに斬り掛かった。
「おっと! さすがにジアンユーの秘蔵っ子。お父さまの言いつけは絶対ってとこですかね?」
「うるさい! その名を出すな!」
ユェはクガイの言葉を遮り、右の袖の中に隠し持っていた木の葉を投げつけた。
ユェの魔術は地と水の二重属性である。通常の魔術師は1つしか属性を持たないことがほとんどであり、ユェの魔術適正の高さがここでも証明されていた。
木の葉にまとわせたユェの魔力は魔術師とはいえ軽く見てよいものではない。下手な銃弾などよりはるかに破壊力が大きいのだ。しかもその木の葉はホーミングする。
「チッ!」
さすがにクガイも余裕でかわすといった事はできず、トレンチコートの中から取り出したやたらと大きなナイフでその木の葉を迎撃した。
「おっと、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ?」
木の葉を打ち落としているクガイの背後からジンが釵を振るう。
しかしその釵がクガイの体に触れた瞬間、ジンはまるで電気に撃たれたかのように弾け飛んだ。
「ジン!」
「おおお! ユェ! 大丈夫だ! ちょっと痺れただけだ!」
しかしそんな隙を見逃すようなクガイではない。まるで瞬間移動したのではないかというような速度でジンに斬り掛かるクガイ。
ユェは咄嗟に左手に隠していた木の葉を投げつけた。
木の葉に気が付いたクガイはジンの体を盾にする位置に体をずらし、さらにジンに斬り掛かる。
「こ、こんのやろおお!」
ジンは釵に魔力を纏わせ風を起こす。ジンの周りにはいくつもの真空の刃が生まれて近づくものに襲い掛かった。
「やるもんですな」
クガイは呟くと一度大きく距離を取った。
3人の戦いは双方にとってなかなかに決め手に欠けるものだった。もちろんクガイは古銭による魔術をまだ使っていなかったし、ジンとユェにしても奥の手はまだいくつか隠していた。
戦いはまだ始まったばかりである。
ウリエが到着したその場所は、ドリームランド冬木というこぢんまりとした遊園地だった。バーサーカーの話では、先ほど現れた別の勢力のマスターとキャスターのマスターが現在交戦中とのこと。
「これはツイているわ。他のマスターの実力がどの程度のものか、じっくり観察させてもらいましょう。バーサーカー、あなたはコウモリの姿でサーヴァント同士の戦いを最後まで監視なさい。私は使い魔を使って、マスター同士の戦いを観察させてもらうわ。状況次第では、勝った方のマスターにそのまま戦闘を仕掛けることも視野に入れておきなさい。サーヴァントの真名、特にキャスターの真名を確認できるような会話があれば聞き逃さないようにね。行きなさい!」
遊園地を戦場とした戦闘は、マスター対マスター、サーヴァント対サーヴァントといった形で展開した。
ウリエはマスター同士の戦闘に注目する。キャスターのマスターと相対するのは見た目がそっくりで中性的な顔立ちから性別も判別がつかない年端のいかない二人組だった。
「あの双子はどちらがマスターなのかしら、まさか、ケイネスお兄様とソラウお姉様のようにマスターとサーヴァントへの魔力供給役を分担しているの? いいえ、そんなはずないわ、あれは天才だったお兄様だからこそできた秘策。現に私ですらどんな仕組みによるものなのか、解析できなかったんですもの」
鍛え抜かれた身のこなしからも、かなりの戦闘訓練を積んだと思われる二人組の子どもたちだった、対するトレンチコートの男は魔術の行使はほとんどせず、その場に仕掛けられた罠に二人を陥れようと立ち回っているようだった。
「あの双子は連携されるとやっかいだけど、個々はそこまでずば抜けた魔術師ではないわね。相対する気味の悪い男は何なのかしら、魔術師と言うよりは魔術をかじった殺し屋? あんな輩に魔術師を名乗って欲しくないわ」
その後も双方決め手に欠け、一進一退の攻防が続いた。
「どちらが勝っても、対応できる範疇ね。後は、バーサーカーに敵サーヴァントを抑えさせさえすれば。さぁ、精々切り札を晒しなさいな」
クガイとジン、ユェの戦いは遊園地を移動しながら激しさを増していく。
気が付くと3人は舞台の上で闘っていた。きっとそこは普段ヒーローショーなどが行われている舞台なのだろう。舞台の袖から黒づくめの下っ端戦闘員が奇声を上げユェとジンに襲い掛かる。
「な、なんだこいつら! 鬱陶しい!」
アクロバティックな動きで二人を翻弄する戦闘員集団。一人一人の戦闘力は決して強いものではなかったが、ちょこまかと動き回る戦闘員集団はその場にジンとユェを足止めするという役目をきちんと果たすことに成功していた。
ようやく二人が戦闘員を蹴散らした時、クガイはすでに舞台を降りていた。
「クガイ! 待ちなさい!」
ユェが叫ぶ。
「いやあ、まさに悪の組織の幹部の気分ですなぁ。さあ来い! イカ魔人」
どこか芝居がかったクガイのポーズに合わせて舞台の袖からイカを模したと思われる怪人が触手を振り回しながら現れた。
「全く次から次へと……。クガイ! お前遊んでるだろ!」
ジンが思わずクガイに突っ込んだ。
「ええ、楽しく遊んでますよ。くはははは! やってしまえイカ魔人!」
この時のクガイの気持ちなどジンとユェにわかるはずがない。
実際クガイは楽しかった。ただ残念にも思っていた。もしここにいるのがこの二人ではなくファリンだったならどれだけ楽しいだろう。
──―絶対に次はファリンを遊園地に連れて行ってやらないといけませんなぁ。
クガイの頭の中で生まれてこのかた満足に外に出たことがない愛娘が微笑みかける。
「おっといけねぇ。その為にもやることはやらねぇとですな」
イカ魔人はそれなりに善戦した。一時などユェの体に触手をまとわりつかせるという非常に期待を裏切らない活躍を見せた。
とは言っても所詮は魔術で作られたまがい物である。これだけのトラップを作成できるキャスターの工房の効果がいかに優れているかという事でもあるのはあるが、ジンとユェの連携の前についにイカ魔人も触手をすべて切り取られたうえでジンの飛び蹴りを喰らい爆発炎上して消え去った。
「クガイ! どこだ!」
イカ魔人との戦いでクガイを見失った二人は慌てて声を上げ彼を探す。
「ここですぜ。逃げも隠れもしませんぜ」
返事をしたクガイは一頭の馬にまたがり多くの馬を引き連れてジンとユェの周りを回り始めた。
それに合わせて優雅なワルツが響き渡る。
「メリーゴーランドっていうんでさ。あんた方は知らんでしょうが遊園地の定番遊具なんですわ」
クガイに引き連れられて走る馬の群れはよく見ると足は動いていない。上下に揺れるよう、滑るようにジンとユェの周りを回り始めた。
「お子様には大変喜ばれるんですがねぇ。気に入ってもらえましたかい?」
「ふざけないで! こんな薄気味悪い木馬に囲まれて気に入るわけないでしょ!」
クガイの言葉にユェは木の葉を投げつけ応える。ユェのイライラは限界であった。
ユェはこの遊園地という場所がどういった目的で作られたものなのかという知識はあった。しかしもちろん連れて行ってくれる人もいない彼女が遊びに行ったことなどあるはずがない。
私たちが子供だと思ってバカにして! ユェはクガイが自分たちをここに誘い込んだのは子供だとバカにしたジョークなのだと考えたのだ。
木馬には時折騎士が乗っており、その騎士たちは一斉に弓矢を彼らに射かけた。
「チッ!」
ジンは舌打ちをすると二人の周りに風を纏わせ一斉に飛来した矢をまとめて上空に吹き飛ばした。
その時優雅なワルツの調べは一段と大きくなり力強い調べと共に幾人もの着飾った貴婦人と紳士が現れた。そしてペアになった貴人たちはジンとユェの周りを踊り始めた。
現れた人物は全員鳥や蝶をかたどった仮面をつけておりその表情をうかがうことはできない。ただ、その群舞は一糸乱れぬ見事な舞踏であった。
「これはいったい何の冗談だ……」
ジンは呆れたようにあたりを見渡しクガイの姿を探す。
クガイはすでに木馬を降り、ジンとユェを囲むように走る木馬の外側でまるでオーケストラの指揮者のように指揮棒を振っている。
ジンの視線に気が付いたクガイはニヤッと笑って言った。
「いやね? これ決してあっしの趣味という訳じゃないんですがね? こういう魔術だと言われちゃ仕方ないでしょう?」
どうやらキャスターの趣味らしい。もっともここはキャスターの工房なのだからここに仕掛けられているトラップや魔術の数々はすべてキャスターの仕掛けたものである。
「そろそろ頃合いですかね」
クガイはそう言うと指揮棒を大きく振りかぶり、そして力強く振り下ろした。
その瞬間、大きなシンバルの音を最後にワルツは鳴りやんだ。そしてその場にいた木馬や貴人たちは煙のように消え失せた。
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