マンハッタンカフェとトレーナーは怪異の海に揺蕩う   作:郡山 氷里

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カフェトレのヒミツ①
実はメイドさんが大好きでカフェにメイド服を着るよう迫ったことがある


灰色の肖像-壱

「うーんと、あと何が必要なンだっけ……」

 

 トレセン学園に程近いショッピングモール。ユキノビジンは悩んでいた。右手にはメモ帳、左手には買い物袋を持っている。日中は勉強、放課後はトレーニングに明け暮れているトレセン学園の生徒にとって、買い出しの時間は貴重だ。食事なら学食や購買である程度どうにか出来るが、スキンケア用品や化粧品はそうも行かない。気にしないウマ娘は本当に気にしないのだが、多くのウマ娘は自分にあった商品をこうやって学園外のショップまで買いに来ている。

 

「メモしたものは全部買ったから……あ、そうだ。保湿クリームも残り少ねえンだべ」

 

 ユキノは前を確認せずに歩き出す。すぐに向かいからやってきた人にぶつかって尻もちをついてしまった。

 

「あっごめんなさ」

 

 慌てて謝ろうとしたユキノの口が止まる。

 

「ごめんなさい、大丈夫?」

 

 優しい声音でユキノに手を差し伸べたのはウマ娘だった。二十歳を少し越えたくらいだろう。見た目はまったく似ていないのに、ユキノは一瞬ゴールドシチーかと勘違いした。一度目に映れば当分消えない美貌の持ち主だった。

 

「えっ、あっ、すいませんでしたぁ!」

 

 惚けている自分に気が付き、ユキノは力いっぱいに頭を下げる。ぶんぶんと擬音が聞こえてきそうな動きに相手のウマ娘も苦笑いを浮かべた。

 

「大丈夫よ、少しぶつかっただけ。それより、あなたは怪我してない?」

「だ、大丈夫れす」

「そう? それなら良いんだけど」

 

 そのウマ娘はしゃがみ込んで、ユキノが落とした買い物袋の中身を拾っていく。

 

「はい。ちゃんと全部あるか、確認しておいてね」

「ありがとうございます!」

「ふふふ、面白い子ね」

 

 ガチガチになっているユキノの動きが余りにおかしくて、こらえきれずに吹き出してしまう。

 

「あなた、名前は?」

「な、名前ですか。あたし、ユキノビジンって言います」

「ユキノビジン、良い名前ね。私アッシュレディって言うの。ねえ、よかったら少しお茶に付き合ってくれない」

「お茶ですか?」

「ええ、どうかしら」

「行きますだ!」

 

 誘いを断るのも失礼だし、キラキラしている彼女からはシチーガールになる為の秘訣が聞けるかもしれない。ユキノビジンは二つ返事で答えた。

 

 

「老いないウマ娘?」

 

 マンハッタンカフェのトレーナーは眉をひそめた。本来彼が座っている筈の席はアグネスタキオンが占拠して持参の紅茶を飲んでいる。いつもの席にはカフェが、来客用の椅子にはネズミが座っているので、彼だけが立たされていた。

 

「不死身、不老不死、永遠の命。どう言い換えてもいいが、そんなほら話を聞いたことがあるだろう?」

「凄いですね……タキオンさんが言うと胡散臭さが倍になります」

「カフェー、それじゃあまるで私が胡散臭いマッドサイエンティストみたいじゃないか」

「そうだと言っているのですが」

「えー!?」

 

 うざ絡みと塩対応。トレーナー室が別になっても二人の漫才じみた掛け合いは変わらない。雑談に話が逸れても良いのだが、長時間居座られても困る。仕方なしに彼は口を挟んだ。

 

「それで、不老不死がどうしたって?」

「ああ、都市伝説レベルだがね。世の中には不老不死のウマ娘が居るらしい」

「居るらしいってだけではどうにも。フレディ・マーキュリーの生存説と変わらないからなあ」

「根拠となるものくらいは用意してあるさ。トレーナーくん」

「はいはい」

 

 タキオンが手を叩く。ネズミは慣れた動作で肩掛けバッグから二枚の写真を取り出した。どちらも同じウマ娘を写した写真だが、風化具合が異なっている。

 

「片方はおよそ百年前にフランスで。もう片方は十年程前に日本で撮られた写真だとされている。このウマ娘が同一人物であると証明できれば、不老のウマ娘が居ると認めざるを得ないだろう」

「なるほど?」

 

 写真のウマ娘を見比べる。他人の空似というには似すぎている。現実的な可能性としては親族か何かだろうか。彼は怪異やオカルトに慣れ親しんではいるが、無条件で信じる程頭が柔らかくもない。だが、それよりも気になることは。

 

「このウマ娘、この間見たよ」

「何だって?」

 

 タキオンが身を乗り出す。コーヒーカップに波紋が立った。どうどうとネズミに宥められて渋々姿勢を戻す。

 

「何処で見たって?」

「一昨日の午後七時半過ぎ、駅前のショッピングモール地下の食品コーナー。細部は違うけど、同一人物と考えても差し支えない」

 

 カフェに心を奪われている彼をして目を惹く程の美人だったからよく覚えている。もっとも、彼の記憶力を持ってすればその日すれ違った全ての人の顔を一致させることができるのだが。

 

「この近くに居るというのならぜひ実験……ではなく観察してみたいねえ」

「言い換えても危険度は変わりませんよ」

 

 冷たく言い捨ててコーヒーを飲むカフェ。タキオンの行動を咎めるつもりはない。不老のウマ娘とは、彼女が求めるものへの手掛かりになるかもしれないと理解している。

 

 超光速のプリンセス、アグネスタキオン。トレセン学園の実力者をして《速さ》においては一目置かれる才媛。その代償はガラスの足だ。今は動いていても、いつ砕け散るか分からない。彼女の超光速を求める試みは、自身の足を治す試みでもある。

 

 そして不老。老いないということは、身体が劣化していかないということだ。競技選手ではない例のウマ娘が身体にどれだけの負担をかけているのかは想像するしかないが、不老を実現している以上、消耗に対しても耐性があると考えられる。もしかしたら、タキオンは老いない足を手に入れられるかもしれない。

 

「永遠、ねえ」

 

 対照的にカフェのトレーナーはドライだった。永遠という言葉は彼の心に、返しのついた針となって突き刺さっていた。永遠が良いものだとは、彼はもう思えない。花は朽ちるからこそ美しく、陽が沈むから星空が来る。終わりと変化のない生き方が怖い。

 

「まあ、君たちが何をしようが俺には関係ないさ」

「えー? 協力してくれないのかい?」

「むしろどうして協力してもらえると……思ったんですか?」

「トレーナーくん。君からも何か言ってやってくれたまえよ」

「んー、幽霊さんは頑固だから動かないでしょ」

 

 素っ頓狂な声でジタバタするタキオンに、我関せずとスコーンを齧るネズミ。彼女はタキオンの狂信者ではあってもイエスマンではない。分の悪い交渉に駆り出されるよりも、後々働かされることに備えてエネルギーを補給する方が大事だ。

 

「じゃ、私達はそろそろ戻るねー。お邪魔しましたー」

「本当にね。たまにはそっちが茶菓子を用意しても良いんだよ」

「幽霊さんのより美味しい奴なんて中々見つからないので」

 

 なおも粘ろうとするタキオンを抱え上げて、ネズミはトレーナー室から出ていった。カフェが不思議そうに小さな後ろ姿を見つめる。

 

「いつも……思うんですが」

「ん?」

「ネズミさん……見た目によらず腕力ありますよね」

 

 本気ではなくともジタバタもがくウマ娘を抱えていくのは、身長百五十にも満たない体にどれだけ負担が掛かっているのか。

 

「運動神経良いからね。対抗リレーで桐生院さんとデッドヒートを繰り広げた話はトレーナーの間だと有名だよ」

「そうなん……ですか?」

「まあ、元々ネズミみたいにすばしっこいからネズミってあだ名がついたんだしね」

 

 モルモット呼びの印象が強く、ネズミのあだ名についてはタキオンのトレーナーになってからだと思っている人も多い。

 

「モルモット呼びよりもネズミ呼びの方が古いんだよね実は。まあ、そうじゃないとモルモットで統一されるし」

「それも……そうですね」

 

 タキオンが座っていた席を叩きで軽く掃除して、彼は腰を下ろす。

 

「それより、カフェはどうするんだい?」

「どうする……とは」

「俺が拒んだ時、カフェはイエスともノーとも言わなかっただろう。何か気になることでもあるのかなって」

 

 よく観察しているものだと、カフェはこそばゆい気持ちになる。会話の流れで見れば、不自然なところもない。それでも、カフェ自身の引っ掛かりに目敏く気が付いている。

 

「何が……という程でもありませんが。()()()が落ち着かない様子なので」

()()()()が?」

 

 カフェは頷く。幼い頃からカフェの前を走り続けてきた見えない友人は、彼女が自立してからもその側に居ることが多い。彼は霊障の一部でしかその存在を確かめられないが、彼女にとってはある意味トレーナーよりも頼りになる相手だ。

 

「それじゃあ、調べてみようか」

「タキオンさんは断ったのに?」

「理由が違うからね。お友だちの勘はよく当たるし」

 

 コーヒーを飲み干し、お茶菓子の残りを口の中に治めると彼はノートパソコンを起動する。

 

「どうするんですか?」

「とりあえず乙名史記者に連絡を取ってみようか。トレセン学園外のウマ娘について詳しいのはあの人だろうし」

 

 慣れた手付きでキーボードを叩く。十分と経たずに返信が来た。あまりの速さにメーラーデーモンかと確認してしまった。

 

「明日の午後五時、喫茶店オスカーで待ち合わせだってさ」

 

 カフェは時計を見て、タキオン達は今日、会話するのだろうと推測した。

 

 

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、時間通りですよ」

 

 翌日、喫茶店オスカーにて乙名史とカフェ達は向かい合っていた。それぞれブラックのホットコーヒー、アイスコーヒー、カフェオレと思い思いの飲み物を注文している。

 

「それではズバリ来年のトゥインクルシリーズへの意気込みをっ!」

「待った待った、それはあとで受けますから。先にそちらのお話を聞かせてくれませんか?」

 

 乙名史を釣った餌は、URAファイナル勝者の独占インタビューといったところか。先にペースを握られてしまうと、テンションの上がった彼女を止めることが出来なくなる。彼は手で制しながら、本来の目的の方へと話を促す。

 

「んん、失礼。灰のウマ娘についてでしたね」

「ええ……老いないウマ娘、そんな呼ばれ方をしているんですね」

「ああいえ、私が勝手にそう読んでいるだけです。殆どの人は都市伝説だからと興味を持たれないので」

 

 その言い方だと乙名史は興味を持っているように聞こえる。彼女の琴線に触れる部分があったのか、ともあれ彼女自身、件のウマ娘についての情報を持っているようだ。下手につついて脱線したくはないので彼は黙っていた。

 

「彼女に関する最古の情報はおよそ百五十年程前に遡ります。ダブリンで撮られた写真とされていますが、確たる証拠はありません」

「ダブリン……アイルランドの首都か」

「当時はイギリス領ですけどね」

 

 タキオンから見せられた写真はフランスと日本。どうもこのウマ娘は旅をするのが好きらしい。

 

「写真にはグレイ(灰色)とだけ記されていたそうです」

「だから……灰のウマ娘」

「そうですね。この時点で既に彼女に関しての記録は残っておらず、次に登場するのがフランスです。アシュクロフトというウマ娘がパリの社交界で人気を博した後、忽然と消えてしまった。その写真がグレイと瓜二つだったんですね」

 

 当時は写真技術が発達途中だったこともあって、社交界でも気にされることは無かった。見た目麗しいウマ娘が華になるのは自然なことで、この時はまだ話題になることすら無かったと言われる。

 

「そして今度は三十年前のアメリカです。エドウィン・フィンガルというジャーナリストが偶然撮影した写真に写っていた女性が、アシュクロフトにそっくりじゃないかとフランスで話題になりました」

 

 ただ、その写真はハリウッドスターをパパラッチした時に偶然撮れたもので、その女性が何者なのかを調べるには至らなかった。一部のオカルト好き以外はすぐにそんな話題も忘れてしまったという。

 

「それが、最近見つかった写真によって再び燃え上がったのです!」

「あー……日本で撮られたって写真?」

「その通りです!」

 

 勢い余って乙名史はテーブルを手で叩いた。バチンと大きな音が鳴り、店内の目が一斉に彼女たちへと向かう。乙名史は恥ずかしそうに首をすぼめた。

 

「すいません、ちょっと興奮し過ぎました」

「大丈夫ですよ。コーヒーのお代わりでも頼みますか」

「……お願いします」

 

 彼は店員を呼んでアイスコーヒーを三つ追加で注文する。それからついでにチーズケーキを一つ頼んだ。

 

「これで四度目、日本で見つかった灰のウマ娘はネットを通じて世界中に広まりました。そして生まれたのが老いないウマ娘、という都市伝説です」

「結局……そのウマ娘が何者なのかについては……謎なんですね」

「一説には魔女の末裔だとか、妖精の取り替え子だとか色々ありますが、はっきりしたものは無いですね。そもそも写真の信憑性さえ疑われていますから」

「なるほど、ありがとうございます」

「いえいえ、では改めて……新シーズンについての意気込みを!」

 

 話が終わったと見るやいなや、シームレスに取材へと畳み掛ける乙名史に、彼と苦笑いを浮かべることしか出来なかった。




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