マンハッタンカフェとトレーナーは怪異の海に揺蕩う   作:郡山 氷里

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狐狗狸が揃うとき-壱

 トレセン学園のトレーナーには、動物になぞらえたあだ名をつけられた者が何人か居る。最も有名なのはアグネスタキオンのトレーナーだろうか。担当するウマ娘から直々にモルモットと呼ばれ、彼女と親しいものからはネズミと呼ばれる。関わりのないウマ娘達にも知れ渡っている呼び名だ。

 

 他にも生徒会長シンボリルドルフのトレーナーは、腰巾着のように振る舞いながら抜け目無い男としてタヌキ扱いをされているし、シリウスシンボリとエアシャカールのトレーナーがそれぞれ狂犬・忠犬とあだ名される同期でもある。

 

 では、マンハッタンカフェのトレーナーは何と呼ばれるのかと言えば。

 

「幽霊さん、これでチェックメイトですよ」

 

 ネズミの小さな手がナイトをつまみ上げた。黒のキングは白のナイト、クイーン、ビショップに囲まれ身動きが取れない。

 

「参りました」

 

 マンハッタンカフェのトレーナーは悔しそうに息を吐いた。ネズミとの三本勝負、泣きの一回も惨敗だった。

 

「だから後五手以内に詰みだって言ったのに巻き戻さないから」

「いや、待ったまで掛けたら負けかなと」

「三手待ち貰っておいて今更では?」

「ぐぅっ」

 

 ネズミがテキパキとチェス盤を片付けると、開いたスペースにカフェがカップを置く。

 

「本物のブルーマウンテンが手に入ったので……ネズミさんも如何でしょうか」

「わー嬉しい。ミルクと砂糖はある?」

「トレーナーさんの分をお使いください」

 

 アグネスタキオンは紅茶派だが、ネズミは特別どちらの派閥というわけでもない。頂きものはありがたく貰い、シュガースティックとミルクを一つずつ入れる。

 

「幽霊さん、ほんとに砂糖入れますよね」

「そう?」

 

 三つの空袋をネズミが摘む。マンハッタンカフェのトレーナーは大の甘党だ。コーヒーにはシュガースティックを何本も入れるし、料理好きの彼はしばしばコーヒーブレイクのお菓子を自作している。

 

「糖尿病になっても知りませんよー」

「はは、ネズミちゃんよりは長生きできるよう努力するよ」

「私はタキオンの為に健康を維持してるので」

 

 それを言うなら彼も健康診断に引っかかったことはないのだが。言ったところで不摂生をしている事実は変わらないので黙っておく。

 

「それより、うちのトレーナー室までわざわざ遊びに来た理由は他にあるんだろう?」

「そうそう、もう少ししたらタキオンが来るからね。そしたら一緒にやってほしいことがあって」

「……嫌な予感がするけど、一応聞いておこうか」

「いや、こっくりさんをやろうと思って」

「駄目です」

 

 彼が返事をするよりも、マンハッタンカフェが口を挟むほうが早かった。

 

「タキオンさんが発端なのでしょうけれど、こっくりさんは駄目です」

「そ、そうなの?」

 

 いつもより語調の強いカフェにネズミは気圧されたように頬をかいた。発案者は確かにタキオンだ。霊感の無い彼女は、しかし持ち前の好奇心でもって心霊体験を繰り返している。その彼女がこっくりさんに目をつけたとき、マンハッタンカフェ達に協力を求めるのは自然なことだろう。

 

「まあ、こっくりさんにはあまり良い思い出がなくてね」

「もしかして、既になんかやらかした経験あり?」

 

 ネズミの目が輝いていることに彼は気がついた。言葉選びを間違えたと彼は内心舌を打つ。ネズミも担当に似て好奇心旺盛だ。過去の出来事を洗いざらい話さなければ、納得して帰ることはないだろう。

 

「カフェ、もう一杯コーヒーを貰えるかい?」

「……分かりました。ネズミさんはどういたしましょう」

「じゃあ、私も貰おうかな」

 

 カフェがお代わりを用意しに離れていく。その後姿を眺めながら、彼は口を開いた。

 

「これは、あくまで妄想の話として受け取ってくれ」

 

 

「行方不明?」

 

 シリウスシンボリのトレーナー、周りからは狂犬と恐れられる彼が相談しに来たのは、彼の担当するウマ娘の一人が行方不明になるという話だった。狂犬はシリウスシンボリだけではなくその取り巻きや、こぼれ落ちたウマ娘達をまとめて担当している。そのうちの一人が練習の時間になるとこつ然と姿を消してしまうという

 

「行方不明というか、それはサボっているだけなのでは?」

 

 角砂糖を齧りながら彼は答える。中等部には珍しくないことだ。シリウスシンボリの表面だけ見て憧れた子が悪ぶってトラブルを起こしたこともある。かつて狂犬にアドバイスをした縁で相談はしばしば受けているが、今回のような奇妙な話は初めてだった。

 

「授業はちゃんと受けて、練習時間終わりには寮に戻っているんだろう? 君を侮るわけじゃないが、それだけの情報では俺の助言が必要とも思えないけれど」

「はい。実際そうかもしれません。でも、引っかかることがあって。整理がてら話を聞いてくれませんか?」

「ふむ、聞いてみよう」

 

 そして狂犬は話し出す。

 

「俺も最初は余り気にはしなかったんです。俺はあくまで困っている奴を助けるだけであって、自分の意志で来ないことを選ぶのなら、深追いするつもりはない。だけど、チームの一人が授業時間中にその子に聞いたみたいなんです。どうして練習に来ないのかって。そうしたら、『練習に行っている』と答えたそうなんです」

 

 言い訳にしたってそれはないだろう。狂犬も、そのウマ娘も怒りより先におかしいという感想を抱いた。練習に行っているウマ娘に対して、自分も練習に行っているというのは、余程頭の足りない場合でなければ口にしない筈だ。バレるどころか騙せすらしないのだから。しかし、そのウマ娘は自分は嘘を吐いていないと信じ切っている様子だったらしい。

 

「俺は見てないんで、そのチームの子の言葉を信じるしか無いんですけど。まあ普通じゃないって思ったみたいで、その日の終わりに後をつけたらしいんです」

 

 教室を出て廊下へ。階段を降りたところでそのウマ娘は異変に気が付いた。

 

 自分が踏んでいるのはフローリングの整備された床ではない。雨風に穿たれ、ボロボロになった石段。もちろん、トレセン学園にそんな場所は無い。驚き、恐れ、たたらを踏む。気が付けば異様な風景は消え去り、件の相手は見失ってしまった。

 

「こういう話は専門ですよね」

「専門家って訳じゃないんだけどね」

 

 彼もカフェも、自分に降りかかる怪異に対応していった結果慣れただけだ。自ら進んで知識と経験を求めたわけではない。

 

「ただ、それは興味深い話だ」

 

 神隠し、というのであれば珍しくはない。こんな言い方をすれば語弊があるが、怪異として人やウマ娘を攫うのはオーソドックスで、彼も過去似たような事例に出会ったことがある。しかし、今回は少しばかり趣向が異なる。何度も拐かしてはすぐに返す。そして、犠牲者には自覚がない。目的が全く予測出来ず、不可解という他無いだろう。怪異に筋道だった動機を求めるのも酷な話ではあるが、その不自然さは彼の直感に引っ掛かった。

 

「何か、きっかけになりそうなことは無かったのかい?」

「俺とその娘にはないですね。仲の良いグループとかに聞けば何かあるかも」

「んー、俺はその娘には接点ないだろうし、カフェはある?」

「いえ、中等部の子となると。私は交友関係の広い方ではないですし」

「……全然気が付かなかった」

 

 狂犬の後ろからするりとカフェが顔を出す。てっきり席を外しているものだと思っていた狂犬は虚を突かれたようだった。実際、ちょうど今戻ってきたところだったので、その感想も的を射ている。すぐに気がつく彼女のトレーナーがおかしいだけだ。

 

「スペシャルウィークさんか、ダイワスカーレットさんを辿れば、もしかしたら情報があるかもしれませんが」

「そうだな……」

「ああ、そういえば。一つ関わりがありそうな噂を聞いたことがあります。なんでも、中等部の間ではこっくりさんが流行っているとか」

「こっくりさんかあ」

 

 オカルトじみた体験にオカルトじみた流行。結びつけるのは難しくない。

 

「分かった。少し調べてみるよ。はい、これお土産」

「あ、ありがとうございます」

 

 自作のカヌレを狂犬に渡すと、夕日が沈み始めた廊下で見送る。彼が居なくなったところでカフェがそれまで狂犬が座っていた席に腰を落とした。

 

「カヌレとシフォンケーキ、どっちにする?」

「では、シフォンケーキで」

 

 コーヒーとスイーツ。作戦会議にはうってつけのフレーバー。

 

「それで、こっくりさんが原因かもしれないとのことでしたが」

「そうだねえ。こっくりさん、ってちゃんとお帰り願わないといけないんだっけか」

 

 こっくりさん。狐狗狸と字を当てられることもある遊びは、西洋のテーブルターニングに起源を持つと言われている。テーブルターニングは占いであり、同時に心霊儀式でもあった。日本におけるそれは、低級な自然霊とも狐の怪異を呼び寄せるとも言われ、一説にはきちんと手順を踏んで終わらせないと祟られてしまうというものもある。

 

「もしそれが正しいというのなら、例のウマ娘はこっくりさんに取り憑かれてしまったのかな」

「実際にはあって見ないと分かりませんが、可能性の一つとしては残して良いと思います。決めつけるのは危険ですが……」

「まあ、今出来ることなんてたかが知れているし、与太話の延長線として話を進めようじゃないか」

 

 仮にこっくりさんが元凶だとしたらどうするべきか。カフェはシフォンケーキをその小さな口に頬張る。

 

「こっくりさんは本質的には悪しきものではありません。正しき手順を踏みさえすれば、行為者にとって益しかもたらしませんから。しかし、理を破ったものに対しては残酷です」

「こっくりさんに限らず、そういう例は何度か見たねえ」

 

 怪異の中には、特定の手順を組むことによって益や害を為すタイプが居る。そうした話の終わりは大抵、人間側が決め事を破って悲惨な最期を迎える。彼の記憶している限りでは、決め事を破った人間が無事で居た試しはない。

 

「どうすれば助けられると思う?」

「対価を、差し出すしか無いでしょうね。無理に引き剥がそうとすれば、余計に事態は悪化するかもしれません」

「対価としては何を支払う?」

「代わりの人柱が典型ですが、そんなわけにも行きませんし……」

 

 誰かを救うために誰かを犠牲にしては本末転倒だ。心無いことだが、赤の他人に自身や友人を差し出せるほど彼女達はお人好しではない。

 

「お菓子か料理で代用できれば良いんだけど。そうだ、狐の霊だって言うなら油揚げとか」

 

 自作のカヌレを齧る。菓子を作ることが多いが、トレーナーは料理全般得意だ。食物を用意しろと言われれば、高級レストランレベルのものを用意する自信がある。

 

「狐の好物は、今の油揚げではなく、鼠を揚げたものだという説が有力ですが」

「じゃあ、ネズミちゃんを代役にする?」

 

 つまらない冗談に、カフェも呆れて息を吐いた。

 

「タキオンさんに実験体にされますよ」

「それは勘弁だな」

 

 やはり情報が足りないと、トレーナーはカヌレの残りを放り込んだ。

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