マンハッタンカフェとトレーナーは怪異の海に揺蕩う 作:郡山 氷里
「や、タヌキさん」
「幽霊クンか。どうしたのかな」
マンハッタンカフェのトレーナーが会いに来たのはシンボリルドルフのトレーナー、通称タヌキだ。見た目はタヌキのイメージとは似つかない没個性な青年なのだが、彼と話した人間は皆「狸に化かされた」気分になるという。あの生徒会長の隣にいられるトレーナーが平凡な筈もないということだろう。
「ま、簡単なお願いだよ?」
「君がお願いするときは大抵ろくなことじゃないと思っているんだけど」
「まあ、同期のよしみとして聞いてくれよ」
化け狸がシンボリルドルフのトレーナーなら、見えず触れてくる幽霊がカフェのトレーナーだ。同期でトレーナーになったこともあり、腹の探り合いをした回数は多い。
「集めた情報、こっちに流してほしいなって」
「……何のことかな?」
突拍子もない要求にタヌキは眉をひそめる。前提条件として情報が何なのか明かされていない以上、イエスともノーとも言えない。幽霊がわざわざ訪ねてくるということは、間違いなくタヌキが持っていて、それでいて機密性の高いものだろう。思い当たる節はある。かといって素直に渡せるものでもない。
「何の情報か言ってもらわないことには判別もつかないな」
「ああ、察してくれると思ったけど。意外と伝わらないものだね」
「すまないね。言葉の足りない相手から十を知るつもりはないんだ」
バチバチと火花が散るような視線。二人にとっては挨拶のようなもので、本題に入る前の世間話のようなものだ。
「生徒会に届いている、サボタージュが目立つウマ娘の情報さ」
狂犬からの依頼を調べて分かったことがある。それは、練習に来なくなったウマ娘が他にも存在しているということ。彼の情報網では二人ほど居ただけだが、おそらくはまだ居るはずだ。感染病が伝搬するように、呪いも伝染している。根源が誰かを突き止める必要があった。
そして、その情報をタヌキは間違いなく持っている。生徒会はトレセン学園に所属する殆どの生徒にとって拠り所だ。つまりトレーナーにとっても同様で、彼ら自身の手に負えない問題が起きたときには生徒会へと話が届く。
「あのね、そんなものが仮にあったとして、外部の人間に話せると思うかい?」
「そこをなんとか。今度ケーキ送るから」
「買収しようとしても困るよ」
取り付く島もない。だが、彼もここで引き下がるつもりはない。タヌキがこういう場合に四角四面な対応をするタイプではないことを知っている。すげなく拒否しながら、幽霊が必要としている理由と、それによって得られる利益を天秤にかけている。
「何に使うかもわからないってのに」
「こっちも何に使えるかまだはっきりしてないからね」
「そんなものを欲しがらないでほしいね。はっきり教えてくれるっていうなら、考えないこともないけど」
今度はカフェのトレーナーが選択を迫られる。タヌキに現状を伝えるか。タヌキが怪異に理解ある方なのは知っている。怪異に好かれる体質の彼と長い付き合いだ。心霊体験も何度かある。だが、話すということは巻き込むことだ。タヌキに危害が及ぶことも、同時にタヌキが事態を悪化させることも有り得る。内々に済ませておきたいのが正直なところだった。
「確かに、君が予想しているように、その類の投書は来ている。この件は僕一人で対応するつもりだけどね」
「あー……君自身を人質に取るのはずるくないかな」
タヌキが一人で対応して、怪異に害されるようなことがあれば見殺しにしたことになる。そして、重要な情報源を失うということにも。
求めている情報を得るにはアドバンテージが無い。カフェのトレーナーは負けを認めて息を吐いた。
「こっくりさんって知ってるかい?」
「有名なオカルトだね」
「こっくりさんにかこつけて、良からぬことを企んでる奴がいる。おそらく各所で発生しているサボタージュも原因は同様だ」
「ふむ」
「ここからは予測になるけど、こちらで得た情報では皆中等部。この怪異をばらまいてるキャリアーが居るんじゃないかと考えている。それを突き止めたい」
「突き止めてどうするんだい?」
「まあ、止めさせるさ。方法についてはカフェに任せてある」
「アバウトだなあ。人を説得するには情報が少なすぎやしないか」
「君が情報をくれるならもう少しちゃんとした話もできるんだけどね」
「まあいいや。後でマンハッタンカフェさんと一緒に生徒会室に来ると良い。相談に乗ってもらうことにするよ」
「恩に着るよ」
とりあえずの目標は達成した。カフェのトレーナーはポケットから取り出した角砂糖を放り込んだ。
■
「で、マンハッタンカフェと皇帝サマが出張るのは分かる。私まで呼ばれたのはどういう要件だ?」
放課後、人払いした教室に居るのは三人のウマ娘。マンハッタンカフェとシンボリルドルフ、そしてシリウスシンボリだ。教室の中央には五円玉と五十音、はいいいえの書かれた紙。こっくりさんに用いられる最もメジャーな準備だ。
「今回は危険ですし、荒っぽい事態になった時に動ける方に来てほしかったので。私の知る限りでは、シリウスシンボリさんが適任かと」
「はっ、要するに用心棒か。まあいい、私の群れに手を出した奴をおびき出すんだろ。私も蹴りの一つでも入れてやろうと思ってたところだ」
「シリウス、余り暴力的になるものではないよ。平和に終わればそれが一番良いのだから」
「生温い事態なら皇帝サマにお任せするさ。その潔癖さで上手くやってくれ」
ルドルフの小言をシリウスは鼻で笑う。この二人はけして仲が良いわけではない。しかし、この場においては最も信頼できる二人だ。
「そろそろ、始めましょう」
カフェが人差し指を五円玉に乗せる。それにならってルドルフも手を伸ばした。最後にシリウス。三人のウマ娘の指が、五円玉を押す。
「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」
一陣の風が吹いた。教室の窓は閉め切ったはずだ。ドアも空いていない。それでも風は吹いている。何処から、という疑問に答えるすべはない。
「……いらっしゃいましたね」
「私には見えないが、お前には見えてるのか?」
「いえ、私にも……まだ姿を現してはいませんから」
こっくりさんは占いだ。呼び出した以上は、質問をする必要がある。
「こっくりさん、あなたは以前にもこうして呼ばれましたか」
はい、に五円玉が動く。
「あなたは、正しい手順では還されませんでしたか」
はい、に五円玉が動く。
「あなたは、フォクシートークというウマ娘を媒介に犠牲者を増やしていますね」
見えない拳が、マンハッタンカフェを突き飛ばした。受身も取れずフローリングの床に、いや石畳に叩きつけられる。あるべき教室は、知らぬ間に古びた石造りの祭殿に成り代わっていた。辺りを見回すが、石の壁、石の床、外は見えず、灯りすらも朧気だ。いや、本来は真っ暗であるべき視界が、何故か光を捉えているというべきか。出口は見えず、閉じ込められたと察するに時間は要さなかった。
「怪異の報告は数あれど、実際に自分の身で体験することになるとは」
「済ました顔しやがって。もっと怖気づいたらどうだ」
ルドルフとシリウスの二人も、瞬きもせず変わった風景に動揺を隠せないようだ。ルドルフはスマートフォンの画面を点ける。映し出される圏外の文字にため息を吐いた。
「理屈や方法はさておき、我々はここに閉じ込められたらしい」
「ここまで直接的な方法を取ってくるとは。お二人とも申し訳ありません。私の考えが甘かったです」
「謝ってどうにかなることでもないだろ。私達が考えんのは、ここからどうやって出るかじゃねえのか?」
シリウスは壁の一面に向かうと、足裏で思い切り蹴飛ばした。ガツン、と無機質な音がする。蹴った足をぶらぶらと揺らして顔をしかめた。ウマ娘の脚力をもってしても、破壊するのは難しいようだ。
「他の奴らも同じ目にあってんのかね」
「いえ、私達は邪魔だからここに封印されたと。そんな気がします」
「ふむ、つまり他の子達のように一度帰されるということもないかもしれないな」
取り乱したところで問題は解決しない。それが分かっていても、絶望的な状況に目を伏せずには居られなかった。
■
閉じ込められてから数十分が経った。シリウスはせわしなく壁を叩いてまわり、ルドルフはメモ帳を開いては閉じる。カフェは二人から離れた場所で瞑目して黙っていた。
「チッ、駄目だ。何処の壁もしっかり組んでやがる。重機でもないと壊すのは無理だな」
「少なくとも空気の通り道は何処かにある筈だが、見つけたところで九牛一毛。脱出の助けにはならないだろうな」
「どうせなら直接向かってきてくれた方がやりやすいな、全く。おい、マンハッタンカフェ。そこで縮こまってもう諦めたんじゃねえだろうな」
呼びかけられたカフェは顔を上げる。シリウスとルドルフの会話は横で聞いていた。彼女の抱いていた違和感が、二人の会話によってはっきり輪郭を持った。
「どうして、私達を殺そうとはしないのでしょうか」
「あん?」
「私達を帰すつもりがないのなら、シリウスさんの言うようにもっと直接的な手段に出ても良い筈です。しかし、この場所は空気もあるし、危険も少ない。どうしてこんなところに閉じ込めたのでしょうか」
「そんな度胸が無いからか?」
「その理由が何か分かれば、この場から脱出する手がかりになるかもしれません」
「怪異の思考が分かるのかい?」
「彼らの多くは、私達とそれ程変わりませんから。破綻してしまっているものも居ますが、今回は理性的に感じます」
カフェの脳細胞が回り始める。ポケットをまさぐると、トレーナーが作った菓子がある。彼も考え事をするときは、角砂糖や菓子を好んで食べていた。それに倣うように、彼女も一口かじる。本業にも負けない甘みが広がった。
「経験上、このような害を与えてこないタイプは、何かを伝えようとしていることが多いです」
「何か、って曖昧だな」
「多岐に渡りますから」
要領を得ない言葉にシリウスは肩をすくめる。そんな様子を気にもせず、カフェは指の先で石畳をなぞった。ゴツゴツして、長らく手入れされていない。しかし原初においては間違いなく人の手が入っている。
「ルドルフさん、トレセン学園の近辺に最近取り潰された神社やお寺はありませんか?」
「いや……そんな記憶は無いな」
「そうですか。じゃあ、ここはトレセン学園から離れた場所の可能性が高いですね」
「回りくどいこと言ってないで説明しろ」
カフェ一人が納得したように頷く横で、二人は何も分からないまま立ち尽くしている。有力な手がかりを掴んだことは察せても、それが何かまでは汲み取れない。
「ここは異界ではなく、実在する場所の可能性が高いです」
「閉じ込められてんのにか?」
「上を見てください」
言われるままに天井を見上げる。床と同じような石の天井。僅かな違和感に先に気がついたのはルドルフだった。
「ズレているな」
「ええ。ここは完全な密室ではなく、石箱のような形状になっていると考えられます。そして、ここ」
祭壇の中心にカフェは手を伸ばす。石箱ならば、納められているものがあるはずだ。そして、祭壇の上には、何かがあった形跡だけが残っている。
「失われた、盗まれたというべきか」
「あ」
ルドルフの言葉にシリウスが何かを思い出したように声を上げる。
「フォクシートーク。あいつの実家、元々地主だって言ってたな。祭事なんかを取り仕切ることもあったらしい」
「それです!」
全てのピースがかちりとハマった。カフェは推論をつらつらと述べ始める。
「おそらくここにあったのは御神体の一種。それが何者かの手によって盗難被害にあった。しかし、被害者はそれに気がつけていない。きっと覚えてもいないのでしょう」
「だから私達を連れてきたって? 筋は通らなくもねえが、理解できないことも色々あるぜ」
なぜこっくりさんなのか。なぜ他のウマ娘たちは拐かされただけだったのか。
「最初の想定を翻すことになりますが、他の人もここに連れてこられ、そして分からぬままに帰されたのかもしれません」
怪異は何度も気付いてもらうように繰り返し誘い込む。だが、この石箱の異様な空気。非日常的な経験。それらに関する精神への負担を解消しようと試みた結果が、記憶の抹消にあったのかもしれない。
「つうと、練習してたってのは嘘だってことか」
「嘘というよりも、防衛本能なのかもしれません。
「では、こっくりさんという媒体だったのは?」
「元々こっくりさんは霊能者が由縁ある霊を呼び出して行う占いです。関わりのあるフォクシートークさんが降霊術を行ったことによって呼び出されたのが原因ではないでしょうか」
縁は怪異によって重要なファクターだ。血、地、痴。なんであろうと関わりがあるという事実がそれらを呼び寄せる。
いつしか、石畳は消え去り元の教室に戻っていた。それはまるで、役目を終え消えたかのようだった。
「……トレーニング終了にはまだ時間があるな」
ルドルフがスマホの時刻を確認する。本来よりも早く帰ってきた。それはカフェの推論の正しさを証明しているに等しかった。
■
「良い話じゃん。なんでそんなこっくりさん嫌がるのか分からなかったんだけど」
時は戻り、話を聞き終えたネズミが首を傾げながらコーヒーを啜る。邪悪な怪異の話かと思ったが、終わってみれば救難信号を受け取っただけだ。
「あー、それがちょっとだけ続きがあって」
「その次は、トレーナーさんが連れていかれました」
「へ?」
カフェから既に概要を聞いていた為に大事には至らなかったが、御神体の見つからない焦りに怪異は段々見境がなくなっているという。
「ルドルフさんとシリウスさんにも手伝ってもらって捜索は行っていますが。この一件が落ち着くまでいたずらに刺激することは避けたいんです」
「アグネスタキオンさんなら、この話を聞いたらむしろ嬉々としてやりそうだからね」
勿論タダでとは言わないと、彼は菓子袋をいくつか取り出す。口止め料ということだろう。
「しっかたないなー」
それを受け取って、ネズミは呆れ気味に舌を出した。