マンハッタンカフェとトレーナーは怪異の海に揺蕩う 作:郡山 氷里
心霊現象と言われて、何を思い浮かべるだろう。奇妙な音が聞こえるラップ音、物が勝手に動くポルターガイスト。実際に幽霊やお化けを見てしまうことを浮かべる人も居る。その中でも、やはり一番最初に出てくるのは心霊写真ではないだろうか。
一見は普通の写真。しかし、よく見ると腕が一本多かったり、あり得ない場所に人の顔が写っていたり。現代の加工技術では幾らでも捏造できるとはいえ、心霊写真は未だ多くの人を怖がらせている。
「それがインフルエンサーの写真ともなれば、影響力は無視できない、か」
マンハッタンカフェのトレーナーは呟いた。LANEに添付された写真を開く。そこに写っているのは、ウマスタグラムで日本トップクラスのフォロワー数を持つウマ娘、カレンチャンだ。送り主はカレンチャンのトレーナー。曰く、ウマスタに上げる予定の写真が心霊写真になっていたから確認してほしいとのこと。
「まあ、確かに心霊写真だなあ」
新しく出来た若者向けのスイーツ、にんじん焼きを手に持って自撮りしているカレンチャンの後ろには、ただならぬ形相の少女の顔がはっきり写っている。心霊写真だと断じられるのは、その少女の首より下が無いからだ。加工なら出来が悪いと切って捨てる代物だが、わざわざ悪戯の為に写真を送ってくるとも考えにくい。いや、心霊を名目にただ良い写真を送ってきただけの可能性もあるのだが。
「カレンチャンは映えるから、より目立っちゃうけど。別に心霊写真が撮れたからどうってことは無いんだよな」
心霊写真が実際に害をなす例は少ない。現実に干渉できるレベルの怪異ならば、写真にこっそり映り込むなどという回りくどい手段は取らない。その怪異にとってはそれが限界なのだ。
「トレーナーさん、どうしたんですか?」
授業が終わったのだろう、カフェがトレーナー室に入ってくる。トレーナーは慌ててスマートフォンを閉じてポケットにしまった。
「お疲れ、遅かったね」
「ええ。今日はちょっとタキオンさんに絡まれまして」
「何かあったのかい」
「いえ、いつものですよ。それよりも、何見てたんですか?」
カフェはぐっと顔を寄せる。トレーナーがスマートフォンを閉じる仕草が余程気にかかったのだろうか。疚しいことなど何もないはずなのだが、思わずトレーナーは目をそらした。視線がさらに厳しくなる。
「あー、見る?」
「ぜひ」
カフェからの圧に負けた。トレーナーは恐る恐るスマートフォンの画面を見せる。
「……これは、心霊写真ですね。ええ」
「あの……カフェさん、怒ってらっしゃいます?」
「別に、怒る理由はありませんが」
口ではそう言うものの、露骨に不機嫌になっている。理由が分からないほどトレーナーも朴念仁ではない。咄嗟に隠したように見えたのが、より悪印象だ。コーヒーを淹れに行ったカフェの背中がどんな怪異よりも恐ろしく見えた。気まずい空気の中で、ぽつぽつとコーヒーが垂れる音だけが響く。
この際ネズミでも良いから空気をぶち壊しに来てくれと願い始めた頃、扉がノックされた。
「どうぞ。開いてますよ」
返事など普段はしないのだが、天佑だとばかりに入室を促す。ネズミか、タヌキか。入って来たのはそのどちらでもない、珍しい相手だった。
「ここで、心霊の話を聞いてもらえるのよね」
カフェとはまた違う、氷のような冷たさと鋭さを持ったウマ娘。縁は無いが、彼女が何者なのかは知っていた。
「アドマイヤベガさん、で合ってたかな」
「ええ、手短に要件を伝えたいのだけど、良いかしら」
「二、三質問するかもしれないけど。コーヒーは如何かな?」
「遠慮しておくわ」
アドマイヤベガはコーヒーを準備しているカフェを一瞥すると、席にも座らずに話し始める。
「私の同室が、霊障に悩まされているみたいなの」
「えーと、君の同室と言うと」
「カレンチャン。有名人だし、名前は知ってるんじゃないかしら」
偶然とは恐ろしいものだと頭を抱えたくなった。別の相手から同じ依頼を受けることはよくあることだ。特に被害者本人が耐えようとしている場合、それを気にした関係者が訴えかけてくることは多い。だからといってこんなタイミングで来なくても良いだろうと信じてもいない神を呪う。
「話続けても良いかしら」
「ああ、どうぞ」
「彼女の近辺でおかしなことが立て続けに起こっているのよ。物が落ちたり、おかしな音がしたり」
「当人はどんな様子かな」
「気にしていない……ふりでしょうね。あの子、自分が怖がったりしたらいけないと思っているもの」
「つまり、当人には無断で相談に来たと」
「同室の私にも迷惑が掛かるの。夜中にうるさくされたんじゃ眠れないわ」
実際迷惑は掛かっているのだろう。だが、それよりもアヤベの顔には心配の色が見えた。カレンチャン自身が狙われていること、そしてそのせいでアヤベにも被害が及んでいること。彼がカレンチャンのトレーナーから聞いた話でも、責任を強く飲み込んでしまうタイプであるらしい。
「なるほど、話は分かった。少し調べてみようか」
「言っておくけれど」
「君からの依頼ってことは他言無用、だろう? 分かってるさ」
先に言われてしまい、アヤベはむすっとして黙り込む。
「……よろしく頼むわね」
皮肉の一つでも言おうとしたのだろうが、結局は短い言葉で締め括り、アヤベはトレーナー室を出て行った。二人になった部屋でカフェがコーヒーカップをテーブルに置く。
「カフェはカレンチャンとは面識があるんだっけ?」
「……いえ、顔と名前くらいは知っていますが」
「そうか。じゃあ俺の伝手の方から調べていくしかないな」
「伝手が、あるんですか?」
「あれ、言ってなかったかな。俺、カレンチャンのトレーナーと同期だから」
「初耳……です」
ウマ娘にとって同年にメイクデビューする同期が特別な存在であるように、トレーナーにとっても同じ年に就任した仲間というのは重要だ。特に、チームのサブトレーナーになることなく新人から専属トレーナーになった同期の間では、盛んに情報交換が行われる。そうしないと、チームでベテランから学ぶトレーナー達に追いつくことができない。
「じゃあ、あの写真は」
「カレンチャンのトレーナーから依頼の為に送られてきたものだよ」
「そうだったんですね」
刺々しい態度が少し収まったのを感じて、彼は安堵の息を漏らした。
■
「よ、来たぞ」
トレセン学園からやや離れた喫茶店。待ち合わせの時刻丁度に
「遅い」
「いや時間ぴったしだろ」
「俺は十分以上待ってたんだが」
「お前が早く来すぎたのを俺のせいにするな。っていうかケーキ食って楽しんでんじゃねえか」
軽口を叩きながらお兄ちゃんも向かいに座る。一番安いコーヒーを頼んでお冷を飲み干した。
「で、あの心霊写真。ヤバいものなのか?」
「その可能性は高いね。お前は担当と一緒に居て変なことが起こったりしなかったか?」
「変なことねえ」
運ばれてきたコーヒーに口をつけながら、お兄ちゃんは心当たりがあるか記憶を巡る。
「物がよく無くなったりはしたな。単に物忘れが酷いって可能性もあるんだが、変なとこから出てきたりする」
「他には」
「後はー、トレーナー室にガタが来てるのか時々軋む音がする」
「お前なあ……」
霊障が起きているのなら、最初に言ってくれれば早かったのにと愚痴を言いそうになる。霊感の薄い人間で、なおかつ楽天的な人間だと勘違いとしか思わないらしい。
「心霊スポットなんかには最近行ったか?」
「いや、俺は行ってないしカレンも行ってない筈だ」
「変な動画とか見てしまったりは?」
「それも無いと思う。ただ、カレンなんか隠してる気はするんだよな」
「お前に隠れて」
「いや、そういうんじゃないと思う。つかそれだったら泣く」
わざとらしい泣き真似をして、それからコーヒーをもう一杯頼む。
「俺に隠れて何かやってるってより、なんか気に掛かることを誤魔化してるみたいな」
「その中身、かなり重要かもしれないんだが」
「なんか見当ついたんだな」
「まだだよ」
チーズケーキの最後の一欠片を口に入れる。
「ちゃんと話をした方が良いなら一から説明するけれど」
「悪いけどお願いできるか?」
「じゃ、奢りな」
「ふぁっきん」
文句を垂れるお兄ちゃんを無視してカフェのトレーナーはフルーツタルトとプディングを注文する。長い話になるから、糖分が必要だ。お兄ちゃんが財布の中身を確認し始めた辺りで先にコーヒーが届く。
「そもそも、心霊写真ってのは本来無視して良いんだ」
「ホラーとかじゃ定番だろ」
「仮に本物だとして、野次馬が写っている程度の意味しかないからね」
アメリカの心霊写真では霊が真ん中に堂々と写っている、なんて話もある。人に害を与える目的も能力もない、小さな存在が目立とうとしているだけだ。力ある怪異、カフェの
「でも、今回はヤバい奴なんだろ」
「そのカレンさんに実害を与えている可能性があるわけだ」
「まあ、俺でもあれ? ってなることがあるんだから、カレンは気付いてそうだな」
「実害を与える心霊写真って少数派なだけでパターンは幾らでもあるんだけど。先ず考えられるのは、何処かで取り憑かれてしまったものが、写真にも影響しているパターン」
心霊スポットや墓から持ち帰ってしまった場合に起こる。霊障の発現として心霊写真が生まれてしまうケース。しかし、思い当たる場所が無いのならばこの可能性は低い。
「次に、怪異の憑いている代物を拾ってしまったパターン」
似ているが、対象が人か物かという点で異なる。こちらの方が対処は楽で、原因となる代物を排除してしまえば良い。捨てても戻ってくる日本人形は有名な話だが、カフェならば安全に処理できる。
「で、三つ目が今疑ってるパターンなんだが……おっと失礼」
スマートフォンの着信音が鳴る。カフェからだった。普段はお互いに電話を掛けたりすることは無いのだが、珍しいと思いつつ彼は通話ボタンを押す。
「もしもし、何かあった? うん、うん。分かった、すぐに戻るよ。出来れば目を離さないようにしていて」
「なんだどうしたんだ」
深刻な表情になるカフェのトレーナー。通話終了のボタンを押すと、彼は届いたばかりのタルトとプディングを急いでかきこみ始めた。
「すぐにトレセン学園に戻ろう」
「説明くらいしてくれって」
「カレンさんに直接害が及びかけた」
「なっ……」
言葉を失うお兄ちゃんの前で、さっさと食べ終えてしまった彼は立ち上がる。
「人を呪わば穴二つ。手遅れになる前に急ごうか」
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