「鋏に……ええっと」
ニシノフラワーは口元を掌で隠すようにして、物置小屋の中を見回した。
おおよそ、ウマ娘一人が入るくらいがやっとという程度の小屋。中にあるのは、如雨露や剪定用の鋏、バケツに肥料にスコップに。自分の出番をひたすら待つ鉢植えと、彼らを優しく見守る電球色の蛍光灯。
それらはいつも女帝監修の下、隙なき丹念さで整頓されていた。
だが、この日は少し乱れていた。悪い猫でも忍び込んだのだろうか。
「アイツはどうした」
ニシノフラワーが小屋の中を点検する最中、ルドルフは、解錠されたままその場に放置されていた南京錠を手に、ブライアンの言葉を受け取った。
「今日はもう、寮へ帰らせた。心慌意乱の最中、これ以上を関わらせるのは酷だ」
「情のつもりか。あいつはそれほどまでに、ショパンを……」
ブライアンはルドルフの手から南京錠を奪うと、だらしなく伸びたシャックルを摘み、自分の顔の前へ翳す。シリンダーには小さな鍵がついたままだ。後から聞いた話、エアグルーヴが管理していたスペアキーが盗まれていたらしい。犯人はおおよそ見当のつく娘。
「何故、花壇だったんだ」
ブライアンがそういった。学園に損害を与えたいのならば、ガラスを割ってもいい筈だ。鋏が手に入るのなら、気の弱そうな下級生を襲ったっていいはずだ。そちらの方が、わざわざ面積のある花壇を荒らすよりも楽だろうに、と続けて語った。
「我々への宣戦布告。或いは、花壇に強い関わりを持つ人物へ宛てた怨嗟」
「エアグルーヴのことか」
「だが、腑に落ちない。エアグルーヴを憾むというのなら、彼女はずっと近くにいた筈なのに――」
「もうショパンの考察はやめろ! あいつの言動に答えが見つかった試しがあるか!?」
ブライアンの口から、枝が落ちる。彼女はそれを拾わずに踏みつけた。
「ただの愉快犯ならそれでもいい。そんな悠長に思慮を巡らすよりも、さっさと取っ捕まえて洗い浚い喋らせれば済むことだ。また、それでもデタラメを吐くようなら……」
「憤懣焦燥だな。それほどまでにショパンが憎いか」
「……さぁ、どうだろうな。アンタこそどうなんだ」
「少なくとも、敵だとは思っていなかった……否、信じたかった。彼女のウマ娘としての性善を」
ルドルフは手元に一枚残っていた菫の花びらをそっと手放した。それは、風に踊り、東の空へと消えてゆく。
「会長さん!」
ようやく小屋から、フラワーが姿を現す。制服の裾と左耳の先端に僅かな埃のアクセサリー。
「ああ、どうだった」
「その……刃物類は、剪定用の鋏が一本無くなっていただけで、他の刃物はそのままでした」
「じゃあ、異常はなかったということかい」
しかしフラワーは首を横に振った。
「いえ……その、除草剤が無くなっているんです」
「除草剤?」
「はい。ボトルタイプの除草剤なんですけど、とても強力な物で、危険だから高等部生が扱うようにと定められているものなんです」
「……何のために」
不思議な少女は、新たな謎の種を撒く。皆を惑わす幻惑の
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「グルーヴさん……」
自室に戻ったファインモーションは、床に臥すエアグルーヴへ、おもむろに声を掛けた。
彼女も当然、学園の騒ぎを聞いていた。……花壇を荒らした犯人がショパンだという証言も。
「グルーヴさん。私、信じてないよ。ショパンちゃんが花壇荒らしの犯人だなんて。……きっと何かの間違い。そんなことをする娘じゃないもん」
励まし半分、本心半分。一寸の虫の殺生すら躊躇う娘が、そんなことをするはずないと。
「気休めはいい……。あの娘は」
「気休めじゃないよ! 私は信じてる。ショパンちゃんはきっと、戻ってきてくれるって」
「もうあの娘は戻ってはこない。会長の仰る通りだった。私は寝首を掻かれたのだ。いつしか心を赦していた。氏素性も知れぬあの娘に。……副会長として、失格だ」
途端、ファインモーションはエアグルーヴのベッドの布団を全て引き剥がした。
「グルーヴさんが信じてあげなくてどうするの! グルーヴさん自身が一番わかってる筈だよ! ショパンちゃんは、そんな娘じゃないってこと……」
彼女の声と瞳は、うっすらと涙色。
しかしエアグルーヴは変わらぬ沈黙色。
「いいよっ! グルーヴさんが行かないなら、私が探しにいっちゃうから!」
そう言って、ファインモーションは自室を飛び出た。
「殿下!? どちらへ!」
「かまわないで!」
そのやり取りが、扉の奥から聞こえた。
ファインが去った後の部屋で、エアグルーヴは静かにベッドを降りた。なんとかこの気持ちを抑えたい。昇華させたい。その思いだった。
エアグルーヴは本棚の隅の、とあるCDを探った。やはり、心の和らぎ水とはあれしかないと、指で一枚一枚、端からCDを辿っていく。
バッハ、パッヘルベル、モーツアルト、ヴィヴァルディ、ルートヴィヒ、ヨハン、フリードリヒ、ジョアキーノ、チャイコフスキー、ガーシュウィン……。
「……ない」
そんなはずはない。だって、ずっとここに眠っている筈だもの。だけど、視覚情報は確かに訴える。
彼女の一番のお気に入りである、フレデリック・ショパンのCDが消えていることに。代わりにあるのは不自然な空洞。ガーシュウィンのCDが、ブラームスへと凭れていた。
何処へやった。否、あのCDは必ず定位置へ戻す筈だ。だしとしたら、誰かが盗んだのか。何処ででも手に入るような、大した価値もないオムニバスを、わざわざ。
ふと、気がつく。ファインとグルーヴのベッドの狭間にあるチェストの上に、
少しだけくすんだ天然琥珀の意匠。中を開けば、そこにいる、エアグルーヴとよく似た、一人の淑女。どこか見覚えのある向日葵畑を背後に添えて。
「この向日葵畑……」
今の彼女なら、その場所を知っている。
そこは、彼女の運命を導いた、記憶の場所なのだから。
エアグルーヴは、静かに制服を手に取った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
秋名は頻りに自分の携帯を確認した。通知履歴に、担当からの折り返しはない。
「……僕は信じない」
何かに縋るように、そう呟いてみる。
「信じねぇつってもさ、失踪と目撃証言。言うなれば役満ってやつじゃねぇの」
秋名のデスクの端に腰を掛けて、織戸は言った。
「信じるも信じねぇもお前の自由だけどさ、現実は変わんねぇぞ。信じてたヤツに裏切られる。世の中そんなモンさ」
「君はあの娘のことを何も知らない」
「じゃあお前はしってんのか。アイツがどっから、どういう目的でここにきて、何で消えたか。それも無くショパンのことを妄信するってなら、バカ親がうちの子に限ってとかいうのと同じだ」
どんと、机を拳で叩く鈍い音が空間に轟いた。少し破裂音にも似たそれに、織戸は、たまらず机から腰を上げた。
「おい、なんだよ!」
織戸は、秋名の瞳が少しだけ血走っているのを見た。その瞳が何を語るか、おおよその見当はついた。
「……冷静になれよ。そりゃ、自分の担当が問題起こしたってんなら誰だって気が気じゃねぇさ。でも、アイツは違うんだろ? そもそも正式な学園生ですらない。ただの預かり子だ。情が湧いたにしても、そこまで向きになる理由が俺にはわからねぇ。これ以上首突っ込んでも、お前の得になんてなりゃしねぇだろ」
「わからなくてもいい……。僕だってよくわからない」
そういうと、秋名は自分の鞄を抱え、織戸を横目に外出の準備を始めた。どうやらショパンを探しに行くつもりらしい。秋名の背中に、織戸は語った。
「そういやお前さ、眞城理事の縁談蹴ったんだってな」
「それが」
「いや、意外だと思った。まさかお前が。断る理由なんてのもないだろって、ずっと思ってたからさ。……
織戸の問いに、秋名は沈黙で答えた。ネクタイを解く鋭利な音が、静かに冴え渡った。
「URAに居る知人から聞いた話だ。眞城のオヤジ、相当テッペンに来てるらしいぞ。お前、タダじゃ済まねぇかもしれねぇぞ」
「……そう」
秋名のすげない態度。それを見て、織戸は一言漏らした。
「お前、少し変わったな。それも、ショパンが来てから」
秋名は聞かなかったことにして、そのままトレーナー室を後にした。
「お前までこっから居なくなったらよ、俺、独りぼっちじゃねーの……」
最後に織戸はそうぼやいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここもダメだったか」
秋名は再び車に乗り込み、本日8回目のエンジン始動。
ショパンの行き先、思い当たるところを片っ端から当たっていた。例えば公園だとか、図書館だとか、複合商業施設だとか、付近の駅だとか。だが、ショパンの姿はどこにもない。それでも、あの短い鬣の面影を頼りに、彼は彷徨った。
黒鹿毛の幼い少女が視界に入る度に、その娘がショパンじゃなかろうかと確認したくなる程だった。だが必要以上に疑えば、職質の対象、またはその娘の母親からのフロントキックの的となる。それだけは避けたいものだ。
他にあるとすればと、彼が最後に訪れた場所はゲームセンター。たまにお出かけと称して連れて行ってあげたことが何度かある場所。エアグルーヴと共にダンスゲームや、ホラーガンシューティングゲームに熱中していたあの姿が、今でも鮮明に蘇る。
まさに今、プライズゲームに夢中になっている幼いウマ娘に、ショパンの影を重ねそうになった時、やたらに溌剌とした声が、彼の鼓膜を突く。
「フクキタル! ここにChopinイるんジャなかったんデスかー!」
「むむぅ……お告げでは確かにこの辺にと……」
「Hum アテにならないガラス玉ですネー」
「うぎゃはぁぁぁぁぁ!? だって仕方が無いでしょう! あのショパンさんに関するお告げ……シラオキ様が忌避されておられるのですから! ふんぎゃろおお!!」
「ショパン……? ねぇ、君たち」
秋名は、そこに屯う数人のウマ娘たちに声をかけた。制服姿から察するにトレセンの生徒であることには違いないのだろう。
「あ! グルーヴさんのトレーナーさん!」
そう声を上げたのはファインモーションだった。彼女は小さく手を振って、秋名の下へ駆け寄った。
「まさか、君たちもショパンを?」
ファインモーションは頷いた。ショパンはきっと悪い子ではないと、秋名と同様の見解を述べてくれた。
女子高生の同調に、安堵を覚える自分が少し情けないようにも思えたが、それでも秋名は彼女らへ礼を言った。
「ありがとう。でも、居なかったんだろう。もうじき日も暮れる。君たちは寮へ戻ったほうがいい」
「デスけど、Chopinは……」
「大丈夫、きっと僕が見つけ出すさ。そういえば、ファインさん。エアグルーヴは?」
ファインモーションは静かに首を振り、彼女はずっと塞ぎ込んだままだと言った。
「早くショパンちゃんを見つけて、グルーヴさんと会わせてあげたい。ちゃんと二人でお話しをしてほしい……」
秋名が頷いた時、ファインの背後から彼女のSPが現れた。これ以上の捜索活動は容認できないとのことだった。仮にでも、やんごとなき良家の令嬢。ショパンという疑わしき存在への積極的な干渉は、やはり忌避すべきというのが通念なのだろう。
ファインモーションは力なく頷くと、最後に秋名へ、生徒会もショパン捜索に乗り出している。彼女らは何かと殺気立っているから、その前に早くショパンを見つけてあげてほしい。と残し、ゲームセンターを後にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
既に日も傾いた頃合い、結局どこを回れどショパンは居なかった。
秋名は、その日をようやく観念し、自宅へと車を走らせた。未だエアグルーヴからの折り返しはない。
マンションの駐車場へ車を停める。車を降りた途端、ちょっとした違和感が彼の第六感を擽った。妙な人影のようなものを感じた。
自分は疲れているのだろうか。秋名はそれらに気づかないふりをすると、そのままエレベーターに乗った。5階で降りる。そして、渡り廊下を伝い、自室へ向かった時……。
彼の部屋の前に、一人の少女の姿。足を抱え、ひどく俯いて。
少女の特徴――黒鹿毛の幼い少女。
「……ショパン?」
秋名が声をかけると、彼女はこちらを向いた。その瞳は、憂いに濡れていた。
「トレーナーさん……」
秋名はその場に荷物を捨て、彼女の下へ。膝をついて頬に手を添えた。
「君は……今までどこに」
ショパンは秋名の手に触れて、ごめんなさいと弱く言った。彼女の顔はひどく憔悴していた。食事も風呂も休息も満足できていない様子だった。
「ねぇ、ショパン……花壇を荒らしたのは君じゃないんだよね。今、学園じゃ騒ぎになってる。だけど、僕は君じゃないと信じてるんだ」
率直をショパンへぶつけた。しかし、ショパンは首を大きく横に振った。
「ううん……私なの。私が、花壇を壊したの……」
度数の強い酒を、ストレートで呷った時のような強い眩暈がした。眼鏡越しのピントが一瞬狂ったようにも感じた。
「どうして……」
「そうじゃないと……お母さんを助けられないから……」
途端、ショパンは秋名の手を取り、問いかけた。
「ねぇ、トレーナーさん……。トレーナーさんのエンダン。もう一回できない……?」
「え?」
輝きを失いかけた瞳がそういった。
「トレーナーさん……あの女の人と結婚して。お願い……お母さんのことを、好きにならないで……」
ほろり、ほろり。彼女の頬を再び涙が伝っていった。彼は理解できなかった。彼女自ら破談を望んでいた筈なのに、今度はその逆を望んだのだから。
「何を言い出すんだ。……とりあえず落ち着こう、今部屋を開ける」
だが、ショパンは訴えをやめなかった。
「お願い、トレーナーさん。おかあさんと結婚しちゃダメ。好きになっちゃダメ……お願い、あの女の人と結婚してよ……そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ……おかあさんが死んじゃう……」
「死ぬ……?」
少女の涙の量は増えていく。絶望に浸った幼い身体が、悲鳴を上げている。
「お母さんを助けて……お願い……」
丁度その時だった、秋名の携帯に、一つの着信音。バイブレーションが主を揺さぶり、テクノ調のあざといメロディが己を主張する。着信の相手は、エアグルーヴ。
「僕だ。ああ……そう。ショパンなら、ここに」
秋名がショパンへ視線を映す。ショパンは不穏な表情で、首を横に数回振った。
「エアグルーヴが君と話したがってる」
ショパンへ携帯を差し出した。『ショパン。いるのか、そこに』そう、母の声が聞こえた途端、ショパンは携帯を叩き落し、秋名を背にその場から逃げ出す。
「ショパン!!」
秋名はショパンの背を追った。彼女は非常階段を伝って一階まで駆け降りる。彼もそれに続いた。
「待ってよ! ショパン! 話をしてくれ!」
車も少ない閑静な住宅街を駆け抜ける二つの足音。障害のないフラットなコースへと降り立てば、圧倒的に不利なのは秋名のほう。例え幼かろうと、相手はウマ娘なのだから。
角を一つ曲がる度、二人の差が開いていく。追えば追うほど、ショパンの背が小さくなっていく。
秋名の肺が悲鳴を上げる。ウマ娘のペースについていこうなど、無謀も甚だしい。ショパンの足音が、完全に彼の耳から消え去った。
彼は両膝に手をついて、出来る限りの呼吸をした。顔中に滴る汗。その中の一滴は、瞳から溢れた不純物。
それでも、秋名は踵を返すことはせず、ショパンの軌跡を歩いて追っていった。ひとつブロックを抜けた先は、大通りの幹線道路。夕暮れ時の渋滞が、テールランプの天の川を作っていた。道路を跨ぐ歩道橋に上って俯瞰するように街を見下ろす。然れど、ショパンの姿はない。完全に巻かれたのだと、ようやく理解した。
歩道橋を降りて、帰路に着く。携帯は自宅前に落としてきたらしい。
こつん、こつん。と、彼の乾いた踵の音が、雑多な街によく響いた。背後に居座る暮れ泥みの太陽が、じんわりと彼の背を焼く。まるで後ろ指を指されているような感覚だった。
ショパンと話がしたかった。彼女を守ってあげたかった。助けてあげたかった。だけど何もできなかった。
あの娘は何に怯えているのだろう。あの娘をそこまで追い詰めるものは何なのだ。辿り着くことの出来ない解に、あの娘の背中が消えていく。だが、秋名は一つだけ理解したことがあった。ショパンが花壇を荒らしたこと、秋名へ縋り付いたこと。エアグルーヴを拒否したこと。すべては、彼女の自傷行為なのだと。自分を陥れる為の、行動なのだと。
「いたぞ!」
彼の目の前で、若いウマ娘たちの殺気立った声が聞こえた。
ふと視線を上げれば、そこには淡い水色に包まれた制服姿のウマ娘たち――トレセン学園の生徒。
彼女らは何かを急ぐように、住宅街の路地へと踏み込んでいった。ここはトレセン学園から少しの距離がある場所。何故、生徒たちがここへ。秋名は少女たちの背中を付けた。
「やっと見つけたぜ……手間ぁ取らせやがって」
物陰に潜み、様子を伺う。彼女たちは何かを取り巻いている。
「ブライアン先輩の読み通りだ。『トレーナーの自宅周辺を張っていろ』ってサ。さぁて、悪いけどお縄だよ。……ショパンちゃん?」
彼女らの視線の先にある姿――壁際に追い詰められたショパンの姿。両手を胸に携え、ひどく怯えている。
「あのォ……先輩方。あいつ、武器持ってるから戦うなって会長さんが言ってましたケド……」
「何だよウオッカ。ここまで来て腰が引けたなんて言うつもりか? ここでとっちめて、アタシらの手柄にすれば、ブライアン先輩からの株もバカ上がりってワケよ」
「でもォ……暴力ってのも……」
そんな後輩たちを後目に、厳かに踵を鳴らす一人の高等部生が、ショパンの前に立った。おそらく彼女が、生徒会が派遣した精鋭分隊のリーダー。
「一応、事実確認。アンタ、本当に学園の花壇荒らしたの?」
ショパンはこくりと頷いた。何故? と彼女が訊いても、ショパンは口を開こうとしなかった。
「喋りたくないならそれでもいい。正当な理由があるんだったら、私が庇ってもいい。だけど、学園には戻ってもらう。先ずはエアグルーヴ先輩に謝りな。一人で行けないなら、一緒に行ってあげる」
彼女は少し腰を屈めて、ショパンへ手を差し伸べた。秋名には彼女らの会話が聞こえなかった。もう少し身を乗り出して、深く覗こうとした――悪手を踏んだ。
足元に転がっていた空き缶が音を立てて倒れる。非常に耳のいいウマ娘たちは、それに気付く。
「……誰?」
彼女が音に気を取られたその一瞬の隙を、ショパンは突いた。目の前の高等部生の脇をすり抜けて、本道へと駆け出そうとした。だが、分隊の一人の生徒に捕まる。ショパンは身を捩って抵抗した。
「こぉンのぉ……大人しく、しやがれって! あっ!」
ショパンは、その娘の拘束を力尽くで振り解く。だが、その際の勢いを殺せずに、数メートル先で姿勢を崩して倒れこんだ。
「ショパン!」
秋名は直ぐに彼女へ駆け寄った。彼女の服はもうボロボロだった。服だけではない。母から丹念に手入れをしてもらっていた鬣や尻尾、自慢のお耳でさえも。
ショパンを直ぐに自宅へ避難させようと思った。だが、気が付けば、彼の周りを精鋭たちが固めていた。
ファインモーションの言葉が蘇る。生徒会は殺気立ってショパンの捜索を行っていると。故に捕らえられた彼女に待ち受けるは、穏やかではないはずだと、秋名の直感が語った。
「ショパン……逃げて」
ショパンを背において、秋名は立ち上がった。ウマ娘たちと対峙する形をとった。
「おとうさん……」
「早く!」
ショパンは再び駆け出した。背後で幼い足音が遠のいていく。秋名はその足音を守るために、目の前の分隊へ臨戦態勢を維持し続けた。最も、人間がウマ娘に敵うはずもないが。
「確か、学園のトレーナーですよね。貴方。私たちは、生徒会からの指揮命令で動いている。だけど貴方はショパンを逃がした。捉え方次第では、学園に対する
「……だろうね」
ショパンの足音がようやく消えたその時、秋名はふっと溜息を吐いた。