【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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If... 

 

 

「ンで、どこに居ンだよ。我が愛しきカイチョー様は」

 

「さぁ。西の丘(ここ)に居るってLANEだけは来てんだけど、そっから全然既読つかない」

 

 とある丘の砂砂利を踏み締める120/70Z R17のリアタイヤ。右側面を彩るチタンマフラーが、直列4気筒のパワートレインを修飾する。それに跨る二人のウマ娘、制服のスカートからすらりと伸びた左脚が、188kgの車重を踵で支える。

 

「ンーだよアイツ! いっつもLANE読めっつってんのによォ! ってかなんだよ西の丘って。いつもの"お散歩"にしちゃ、いくら何でも遠くねぇか?」

 

 システムヘルメットのスクリーンを開けて、現トレセン学園の副会長クライスラーは、バイク(ZX-4R)のハンドルに固定されたスマホのナビをグローブの上から触る。ざっと学園からは20km前後の距離が示される場所。いつもメルセデスが言う『ちょっとそこまで』にしては、聊か距離があることは確かだった。

 

「なーんか……既視感」

 

 バイクのタンデムで、同じく生徒会副会長のロータスが呟く。彼女はヘルメットのチンガード*1を解除させ、その色白の顔を風に晒す。

 

「ああ? お前来たことあんのか?」

 

「いいや、なんだっけな」

 

 ロータスはスマホの画面をLANEからWebへと切り替えて、この西の丘の画像を検索する。それでヒットしたのは、畑を覆いつくす程に咲き誇る向日葵の群生。その画像に、彼女は腑に落ちたと声に出す。

 

「ねぇ、アンタ。ショパンがさ、いっつもペンダント首から提げてたの知ってる?」

 

 藪から棒に、ロータスは何時もの気怠いトーンで、クライスラーへ訊く。

 

「へ? いや、しらねーけど」

 

「ほらこれ」

 

 ロータスはタンデムから腕を回し、クライスラーへニュースの画像を見せる。『失踪から約1ヵ月。最早生存は困難か』という見出しと共にそこに映る、行方不明の黒鹿毛。その少女の胸元には、きらりと光るロケット・ペンダント。

 

 ああ、ほんとだ。と呆けたように言うクライスラーへ、ロータスは続ける。

 

「アタシさ。このペンダントの中、見たことあるの。あの娘のお母さんの写真だった」

 

「お母さんって、エアグルーヴのこと?」

 

「そ、向日葵畑背景(バック)にしてさ。ここの西の丘、季節になるといっぱい向日葵が咲くんだってさ」

 

「あー、言いてぇことが何となくわかった。だから会長もここに来たってコトか。成程……ンで? その肝心の会長は何処だ?」

 

「知らん」

 

 ばか! そこだろうがよ! と嘶くクライスラーに、ロータスは吾知らぬと、再びヘルメットのチンガードを装着した。その時に、ロータスの握りしめたスマホがバイブレーション。通知の相手は、二人の愛しきヒト。

 

 あ、会長だ。とロータスが言った瞬間、クライスラーはロータスのスマホを奪い、開口一番に嘶いた。

 

「オイ! 会長(メルセデス)! オマエ何処に居ンだよ! 定例会議すっぽかしやがって、寮にも戻ってこねぇし!」

 

『ごめんなさいクライスラー! こんなに時間が経ってただなんて思ってなくて』

 

「……まぁいいや。アンタまで行方不明だとか言われちゃ、マジでシャレになんねぇからサ。で、どこに居るんだ?」

 

『支援センターです。牧野さんに会いに』

 

 その瞬間、クライスラーが酷く苦い顔をした。スマホをその場から放り捨てようとするが、あくまで友人のスマホ。

 

「いいじゃん。アンタの故郷でしょ? 牧野さんと会話したら? 元問題児(クライスラー)

 

 とロータスが背後から半畳を入れ、ジョーダンじゃねぇやとクライスラーは水を切るように手を振った。

 

『お二人は、いま何方へ?』

 

「ああ? 西の丘だよ。ロータスにそこ行くってLANE残してたろ。だからわざわざ探しに……?」

 

 背中に感じる違和感。それは、女性特有のふわりとした柔らかいふたつ(・・・)。ロータスはタンデムから深くクライスラーの背中に縋り、少しだけ震える。

 

「おいロータス。こんな所で何だよ。ちょっとジブンの(・・・・)がデカいからって、俺への当てつけのつもりか!?」

 

 ロータスが再びヘルメットのチンガードを外す。ただでさえ、白毛由来の色白な彼女。その顔が一層蒼白としていた。

 

「なんだ……。おまえ、バイクで酔うやつだっけか?」

 

「わかん……ない……きゅうに……きぶん……」

 

『……どうしました? ロータス? クライスラー?』

 

「いや、わかんねぇ。 急にロータスが具合悪い……って……」

 

 異変は、クライスラーの身にも訪れる。急に視界に靄がかかり、空の一斗缶を強く叩いたときのような衝撃が、頭の中を駆け抜けた。

 

「あ……っが……なん……だ? 頭が……」

 

 ヘルメットの上から側頭部を強く押さえる。片手では足りないと、その手は両手になる。

 

 そして、ZX-4Rを支えていた彼女の左脚が緩む。ついには、その車重を支えきれない程にまで緩み――。

 

 

 向日葵畑に鳴り響いたのは、金属が地面に叩き付けられる鈍い音と、FRP製のカウルが割れる音。

 

 

『ロータス!? クライスラー!? 二人とも、何があったんですか!?』

 

  

 スマホのスピーカーから、空しく響くメルセデスの狼狽。

 

 タンデムから投げ捨てられたロータスは、必死の思いでヘルメットを脱ぎ捨て、その場に内股を着いてへたりと座り込み、茫然自失とその場から動けなかった。

 

「おい……だい……丈夫か?」

 

 クライスラーも同じくヘルメットを脱ぎ捨て、ロータスの傍へ。そして、彼女は言った。

 

「ねぇ……ここって、何だっけ……」

 

「おいどうしたんだよ。ここって、ひまわり……あれ……?」

 

「ここに向日葵畑なんて……あったんだっけ……?」

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「これ、一応、応急処置のつもり」

 

 牧野から手渡されたCDケース。割れた部分にセロファンテープの包帯。これ以上傷が広がらないようにと施されたそれを、秋名は受け取る。

 

「有難う御座います……」

 

 しかし、その瞳は未だに憂いを解けない。

 

「修理ついでに、中身も拝見しました。……正直、私SFとか得意じゃないんですけど、こんなことって本当にあるのかしら」

 

「牧野さんは、どこまで信じますか?」

 

 秋名が訊いた。

 

「……わからない。全部本当かもしれないし、全部嘘かもしれない。そういう秋名さんは?」

 

 彼はCDケースを両手で持つと、静かに呟くように言った。

 

「僕は、妻を信じたい。僕は彼女の杖だ。如何なる時も、女帝に尽くすためにあらん。若かりし頃にそう誓った。彼女が信じろというのなら。僕には信じる道しか残されていない」

 

「……娘さんはタイムトラベラーか。不謹慎かもしれないけど、ちょっと素敵かも」

 

 秋名が鞄にCDケースを仕舞い、牧野へ頭を下げた。

 

「この先、どうするつもりです?」

 

 牧野が訊いた。

 

「娘の帰りを待ちます。ずっと、何年でも」

 

 そう言って、エントランスへ向かった時だった。

 

「ロータス!? クライスラー!? 二人とも、何があったんですか!? 返事をなさって! 二人とも!!」

 

 絹を裂くような叫びが、エントランスに轟く。それはメルセデスの声だった。彼女は通話相手が消えたスマホを胸に抱くと、途端その場から外へ駆け出す。

 

「会長さん!」

 

 その背中を秋名が追う。彼の声に気づいたメルセデスは踵を返し、彼の両腕を掴んで、らしくもなく取り乱す。

 

「秋名さん! もう一度、向日葵畑へ連れて行っては頂けませんか!」

 

「落ち着いて。一体どうしたの」

 

「私にもわからない……ただ、ロータスとクライスラー(副会長たち)の身に、何かがあったようなんです! お願いします……!」

 

 秋名と牧野は視線を合わせた。先の不穏は、未だに続いているのかと。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

 暮れ泥む幹線道路を、一台の北欧車(4WD)が駆け抜ける。48Vハイブリッド+直列4気筒ターボの咆哮が、車内にまで轟くようだった。

 

 信号が青になる度に、パーシャルスロットルでスタンディングスタート。品行の良いドライビングとはいかないが、事は急を要している。頻繁に車線変更を繰り返し、信号も黄色なら滑り込む。法定速度を遵守できているかも怪しい。

 

 秋名の車(ボルボ)の後を追うは、赤い一台のアルファロメオ・ジュリア。道路照明灯の下を潜り抜ける毎に、ドライビングシートでステアリングを握る牧野の姿が、ルームミラーモニターから見えた。

 

「秋名さん」

 

 不安を纏う彼女の声が、ナビシートから。

 

「大丈夫。あと、15分もあれば」

 

「いえ……。先程の調書とCDケースの破損。そして、二人の異変。全て、偶然で片付くと思いますか?」

 

「……思わない」

 

 ウインカーを弾いて、ステアリングを切り込む。車内にGが掛かるのが感じられる。

 

「貴方は信じますか。ショパンが過去にいると言われて」

 

「さっき牧野さんとも同じ会話をした。僕は妻を信じたいと答えたよ」

 

「では、ショパンが過去に居るものとして、少し話をしませんか」

 

 メルセデスは失礼と一言置いて、カーナビのオーディオを落とす。陽気なパンクロックは鳴りを潜め、代わりに訪れるは、この車のパワートレインのサウンドと、二人の沈黙。

 

「ショパンが過去にいるもの……」

 

「何故ショパンは、過去へ行ったのか。そして、何をしようとしているのか。この際です。過去へ行った手段は置いておきましょう。肝心なのは」

 

「ショパンが過去で何をしているのか」

 

 秋名は頻りにルームミラーとサイドミラーを確認する。この車を追ってくるのは赤いアルファロメオのヘッドライトのみ。赤色灯の姿は今のところない。

 

「仮にです。秋名さん。貴方が過去へ戻れたら、何をしますか」

 

「……妻を助けたいよ。悲惨な運命を避けられる手立てを考えたい。そんなことは、ずっと考えてた。タイムマシンがあったらなとか本気で考えた日もある。だけど、彼女を救う道は」

 

「ショパンとの引き換え」

 

 隣でメルセデスが囁いた。秋名は僅かに沈黙を過ごし、再び語った。

 

「ひとつ、思うことがある。彼女の母、義母も言っていたことだ。エアグルーヴの残したメッセージ。それらを全て信用するというのなら、彼女はこの未来が来ることを全て知っていたということだ。自身とショパンの命が引き換えになることを。……仮にショパンの出産を帝王切開にでも切り替えてでもいれば、また未来は違っていたかもしれない。でも、彼女はこの未来を避けなかった」

 

 秋名が語った後に、メルセデスは懐からとある詩集を取り出し、ページを捲った。

 

「"湖に浮かべたボートを漕ぐように、人は後ろ向きに未来へ入っていく。目に映るのは、過去の風景ばかり。明日の景色は誰も知らない"――ポール・ヴァレリーの一節です。後退(過去)は既知、前進(未来)は未知であることを詠った詩。しかし、エアグルーヴさんにとっては、この未来こそが既知(過去)であり、他の未来(選択肢)全てが未知であったということ」

 

 メルセデスは詩集を閉じると、自らの下腹部に手を添えた。

 

「私は未だ、子を儲けたことはありません。しかし、何れ受胎し、自分の子を想うようになったとき、こう思うかもしれません。『このお腹の子へ、確実な未来を授けられる為には、どうしたらいいのだろう』と。確かに今の時代、帝王切開等も選択肢としてはあります。ですが、子に伴うリスクも確実(ゼロ)ではない」

 

 フロントガラスから流れゆく街の景色に、自分の未来を重ねるような視線。それを以て彼女は続けた。

 

「ですが、エアグルーヴさんにはたった一つだけ開かれた道があった。ショパンをこの世へ、何の障害もなく、確実に送り出すことのできるたった一つの未来を知っていた」

 

 段々と、秋名の呼吸が荒くなる。ステアリングを握る手が、微かに震えていた。

 

「それが……今の未来……」

 

「全ては、ショパンの為に」

 

 秋名は呼吸を詰まらせる。ここに来てようやく知った、妻の残酷な程に、優しすぎる(エゴ)

 フットブレーキに足を乗せ、車を停めようかとも思った。だが、意地でもアクセルを踏み続けた。

 

「話を戻しましょう。先ほど秋名さんも仰られたように、過去へ戻れるのなら、悲惨な未来を抱える者たちは皆、その未来を変えるための思想を抱くでしょう」

 

「妻を助けたい……ショパンも、同じことを」

 

 メルセデスはこくりと頷いて、続けた。

 

「ええ。きっとショパンも、同じことを考えるのではないでしょうか。大好きなお母さんを、守るための行動を。どうすれば、エアグルーヴさんが生存できる未来を創ることが出来るのか」

 

 ぞくりと、秋名の背中に悪寒が走る。

 

「まさか……」

 

「私たちの身の回りで起きている不思議な現象。ショパンが過去から未来へ向けて影響を与えていることだとしたら」

 

「あの娘は……! まさか、自分が生まれてくる未来を変えようとしている……!?」

 

「可能性はあります……だから、早……く……あれ? え……と?」

 

 メルセデスが突然に頭を抱え、呻くような声を上げた。酷い頭痛に苛まれているようだった。

 

 どうしたのかと、秋名が問う。

 

「私たちって、今どこへ向かって……? 西の丘……何が……あるんですっけ……?」

 

「しっかりしてくれ! 向日葵畑だ! そ……う……」

 

 秋名の脳内にも、靄が掛かるようだった。先程まで明確に描かれていた向日葵畑の記憶が、上から塗り替えられていくような感覚を覚えた。

 

 車を路肩に停めて、彼はサンバイザーから写真を取り出す。向日葵畑の妻の写真。だが、その写真から背景が溶けてゆく。消えてゆく。

 

「エアグルーヴ……ショパンが……くそ……くそおおおおおお!!!!」

 

 ボルボの後ろに停まったジュリアから、牧野が側頭部を押さえ、体の軸をゆらゆらと揺らしながら、駆け寄ってくる。そして、秋名とメルセデスの様子を見て。

 

「私だけじゃないのね……」

 

 と、失意を零した。

 

 

 

 

*1
ヘルメットの顎にあたる部分。システムヘルメットはここが可動する

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