【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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未来から来た不思議な娘に出会った。

その娘は、少し小胆で臆病で、然れども温順で。背丈は私の胸元程までしかなく、鬣は黒鹿毛。

その娘は私のことを母と呼んだ。無論、私は子を儲けた覚えなどない。

当然、私は憤った。見知らぬ娘の母にされてはたまったものではない。しかれども彼女は、どうしても私の愛を欲っした。

周囲の友人、トレーナーやお母様は、多少の当惑を抱きながらも、次第にその娘を受け入れていった。

その狭間、どうしてもその娘を拭い切れぬままでいるのは、私だけなのだろうか。

少女の名はショパンと言った。

それは、少し不思議な名だった。奇しくも、私の愛する音楽家と同じ名を持つ娘だったのだから。

初めて聞く筈なのに、どうしても懐かしい名だったのだから。







































追記


私は少女と約束をした。


遠くの未来での再会を。


例え、皆が彼女の名を忘れても、私は決して忘れない。


私は何時までも信じ続けている。あの娘と再会を果たせる、その日を。






想いは時の海を越えて 

 

 西の丘――何かと落ち着かない、二台の外国産車が都営駐車場へと踏み込む。

 

 陰鬱なまでに暗い無人の駐車場を灯すのは、月と自動販売機とポールライト程度のもの。ボルボとジュリアは滑り込むように車を停める。白線をほぼ無視したVIP停めにも等しい。

 

 車を降りた三人は、駐車場脇の遊歩道から■■■畑があった場所へと走る。砂砂利にはオンロードの二輪車が付けたであろう轍。

 

 そして見つける。横転したバイクと、その傍らで身を寄せ合って意識を失う二人のウマ娘。

 

「ロータス! クライスラー!」

 

 メルセデスは直ぐに駆け寄って二人の名を呼んだ。牧野は二人の胸に耳を当て、腕を握って脈の動きを探る。どちらも正常。目立った外傷もない。

 

 メルセデスが再度二人の名を呼んだ時、クライスラーの瞼が僅かに動く。

 

「んぅ……ンだよ……うるせぇよ……ママ(・・)…………へ?」

 

 正気を取り戻したとき、そこが西の丘であることに気が付く。少なくとも、実家のベッドではない。

 

「え……あ、いや! 今のナシ!」

 

 心地の良い微睡に絆されて、うっかり漏らしたクライスラーのヒミツ。汗顔の至りで後退った時、隣のロータスが遅れて覚醒し。

 

「……あんたってママ呼びだったんだ。いいこと聞いたワ」

 

 と、開口一番、口端を吊り上げた顔でそういった。

 

「お前! ゼッテェ言うなよ! 言ったらブッコロ……」

 

 途端、副生徒会長二人は暖かい何かに包まれる。それは、生徒会長の慈愛(抱擁)

 

「よかった……二人とも……無事で」

 

 僅かな涙声でそういった。彼女の懐で、副会長の二人は互いの顔を少しだけ見合わせて、メルセデスへ心配を掛けたことを詫びた。

 

「それにしても、君たち、一体何が」

 

 秋名が二人に訊ねる。

 

「何って……わかんねぇ。急に頭痛くなって……そうだ! 向日葵畑(・・・・)!」

 

 クライスラーの口からその文言が飛んだ時、その場にいた全員の脳髄に電流が走った。秋名は頭を抱える。再び、脳内を何かが塗り替えて……否、あるべき過去を修復するように、向日葵畑と、そこに纏わる記憶が蘇る。

 

 それは、メルセデスや牧野も同じだった。

 

「ねぇ……そこ」

 

 ロータスが北東の方角を指して言った。そこは、向日葵の成る畑。しかし、今は未だ向日葵は咲いてはない……筈だった。

 

 

 

 

 全員の視線の先。そこには、月光に照らされ、夜風に揺蕩う――いくつもの向日葵。

 

 

 

 

 不思議と、そこだけは明るかった。まるでスポットライトに照らされるかのように、優しい黄金色に包まれていた。

 

「……昼間は、咲いてなんていなかった筈だ」

 

 瞬きさえも忘れた秋名はそこに向かって、一歩を踏み出す。もう一歩、もう一歩。何かに導かれるように。

 

 ぶうん。ぶうん。と耳元で羽虫の声がした。彼が手を開くと、そこに一匹の妖精(テントウムシ)が降り立った。彼の手の中を少しだけ歩き回ったテントウムシは、再びその手から飛び立つ。

 まるでついてこいとでも言わんように、とある方角へ飛ぶ。彼はテントウムシに誘われ、禁忌と知りながらも向日葵畑の中へと踏み込んだ。

 

 秋名さん!? と背後から彼を呼ぶ声さえ、今は聞こえない。

 

 ぶうん。ぶうん。テントウムシはとある場所へと羽を下す。そこは、誰かの小さくて愛らしい、お鼻。

 

 

 

 

 

 

 ――向日葵畑の中で深く眠る、黒鹿毛の少女のお鼻。

 

 

 

 

 

 

 秋名は言葉を亡くした。

 彼の背を追って、向日葵畑へ踏み込んだ牧野達もまた同様に、沈黙の海へと葬られた。

 

 

 テントウムシは、少女のお鼻の上を歩き回る。それは、むずむずとした違和感をお鼻の持ち主へと訴えかけて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ひっくしゅ!」

 

 

 

 

 

 

 と、一つの衝撃を引き起こす。

 それをキッカケとして、少女は意識を覚醒させる。

 

 

 ゆっくりと瞼を開く。今の彼女の瞳に、夜の月明かりとは優しかった。

 

 瞼を開いた先にあったのは、向日葵たちと、大人たちの姿。

 

 少女は秋名の顔を見た。あの時(・・・)と比べて、白髪も皺も増えているその顔は、本当に久しく見た気がした。

 

 

 

 

 そんな彼に、少女は静かに囁くように。

 

「おとうさん」

 

 と、そういった。

 

 

 

 秋名は、膝から崩れた。

 少女を、娘を深く、深く抱きしめて。ありがとう、ありがとう神様……と十数年振りに流す涙と共に、激しく震える声でそう言った。

 

 その背後では、メルセデスや牧野でさえも、顔を覆う姿があった。

 

 しかし少女は、秋名の背中に手を回すと

 

「ごめんなさい……おとうさん。わたし……おかあさんを助けられなかった」

 

 と言った。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

『行方不明のウマ娘、ひと月を超えて奇跡の生還』

 

 連日、その見出しが街を彩った。特にその他として大きなニュースがなかったことも手伝い、ショパンの生還は衆目を集めた。

 

 ショパンが入院している病院には、大勢のメディアが押し寄せることが予見された。だが、療養中の彼女を守ったのはURAとトレセン学園だった。ショパンの完全復帰まで、マスコミたちを近寄らせない。彼女に関する情報は、警察とURAが間接的に公表している情報のみ。それは『少女の容態は安定しており、目立った外傷も見受けられない。失踪した経緯については調査中』という、大衆からしてみれば少しばかり刺激の足りないものだった。だがそれは、ショパンを世間の見世物にするつもりはないという、彼らの意志の表れでもあった。

 

 現状も、病院側はマスコミたちの対応には追われずに済んでいる。マスメディアたちが妙に大人しい背景には、URAのポスト理事とも囁かれるシンボリルドルフが圧力をかけているのではという噂も立ったが、真偽は不明だ。

 

「では、私たちは一度失礼いたします。ショパンちゃんの様子から、事件性はないと判断したいですが、この空白の一か月間については、引き続き調査協力を願いたいです」

 

 そういって、少年課担当の女性警察官は秋名へ頭を下げ、医療ベッドに座るショパンへ、今日はありがとうと言って部屋を後にした。

 

 秋名は一つ息をこぼして、椅子に座ると、未だ少し憂いた瞳を解けない娘の頭を撫でた。

 

「今日は疲れたね。後で売店にお菓子を買いに行こうか。そうだ、明日はお祖母ちゃんが遊びに来るって言っていたよ。外出許可を貰って、お散歩でもしようか」

 

 そういっても、ショパンの瞳は今一つ。

 

 ショパンの空白の一か月。彼女はその一か月について何も語ろうとはしなかった。

 秋名自身も、そのことについては深くは触れなかった。彼女が発見されたあの日、ショパンが最後に言った言葉。『私はお母さんを助けられなかった』その言葉が、妙な躊躇いを生む。だから、それ以上を訊けなかった。

 この娘は本当に過去へ行っていたのかもしれない。そして、メルセデスが言ったように、パラドックスによる自決を図ったのかもしれない。……そんなことを考え出すと、再び腐心が顔を覗かせるようだった。

 

 秋名はそんな疎ましさを誤魔化すように、空気の入れ替えだと言って窓を開けた。春の終わりを告げる風が、病室内に流れ込む。その風に乗ってくるかのように、一風変わったエンジンサウンドも、病室内へと流れ込んできた。

 窓から外を覗くと、病院の敷地内に入ってくるアルファロメオ・ジュリアと、マセラティ・ギブリの姿。その後ろにR35 GT-Rが続く。そして、カウルに傷が入ったままのZX-4Rが駐輪場へ。

 

 みんなが来たね。と秋名が言う。

 

 しばらくすると、こんこんこんと、ショパンの病室を訪ねる音がした。秋名が扉を開けると、そこにはメルセデスを始めとした生徒会と、牧野。そして、シンボリルドルフとナリタブライアンの姿があった。

 

 ひとつ挨拶を交わすと、彼女らが病室へと入ってくる。メルセデスからは、皆からの見舞い品と、フルーツバスケットを渡された。バスケットの中には、季節にしては少し早い桃もあった。

 

 バスケットを机の上に置くと、皆の興味はショパンへと。

 牧野は、ショパンの両頬に手を添えて、随分と顔色が良くなったと顔を綻ばせた。牧野の言葉を聞き、どれ、私にも顔を見せておくれ。と言ったのはルドルフだった。

 

 ショパンの前に、ルドルフとブライアンが立つ。ショパンは反射的に毛布で顔を隠そうとした。やはり二人のことは未だに少し怖いらしい。

 

「戦々恐々としなくていい。何も君を咎めに来た訳じゃない。少し、顔が見たいな」

 

 優しく解くような声色だった。ショパンは恐る恐ると毛布から顔を出す。

 

「最後に会った時は、未だ君は乳飲み子だったと記憶している。……エアグルーヴに少し似てきたな。兎に角、無事でよかった」

 

 ショパンの頭を少し撫でてそう言った。

 

「……エアグルーヴ(あいつ)の娘か」

 

 ブライアンは、ルドルフよりも一歩離れたところから、腕を組んだままそういった。会うのは初めてか? とルドルフが訊く。ブライアンは直ぐに回答はしなかった。

 

「昔、どこかで会ったことがある気もする。……確かに、あいつと同じ目をしているな」

 

 ショパンにエアグルーヴの面影を重ねそうになった時、僅かに込上げてくる感情に嘘をつくように、ブライアンはショパンから視線を外した。

 

「この一か月間、何処で何をしていたのかと問うのは、禁忌か?」

 

 抜けるよう青空を、窓から眺めながらブライアンがそういった。

 

「何も答えを急ぐことはない。先ずは彼女の休息だ。今は時間に浸ればいい」

 

 ルドルフがそう言ったとき、ふと、フルーツバスケットが置かれた机の上に、一枚の写真が置いてあることに彼女は気が付く。それは、麗しく咲き誇る向日葵達を背に、こちらへ優しい微笑みを向ける、生前のエアグルーヴの記憶。今は純銀の写真立てに飾られて、そっとショパンを見守っていた。

 

「エアグルーヴ……彼女の加護を、感謝する」

 

 ルドルフは瞑想に浸るように、かつての部下へと目を瞑った。ふと、ひとつの気がかりが、彼女の肩を叩く。

 

「そういえば、秋名君。例のCDは、彼女へ?」

 

 秋名は数回首を横に振った。少し踏ん切りが付かなくて、と自嘲するように言った。

 彼は数刻、項垂れたようにして時間を置くと、鞄を開きCDケースを取り出した。

 

「ショパン。これ、覚えてる? 会長さんが、君に渡したものだ。お母さんは、どうしてもこれを君に渡したかったらしい」

 

 ショパンに差し出される、CD。『幻想即興曲 オムニバス ショパン』と銘打たれたCDケース。しかし、そのケースには大きなヒビ。

 

 ショパンは両手で受け取り、直ぐに気が付く。それが、自分がつけた傷であることに。

 それを抱えたまま、しばらく彼女は沈潜した。

 

「ショパン。その中身、貴女はまだご覧になってはいなかったでしょう。……貴女のお母さんからの、メッセージがその中に」

 

 メルセデスがそういった。

 

 ショパンは、ゆっくりとそのCDケースを開けた。中からは、二枚の書類と一枚のICカード。

 

 ICカードは、トレセン学園の学生証だった。その顔写真に写るのは。

 

「……私?」

 

 ショパン自身――即ち、それはショパンの学生証。西暦は、ちょうど今年。しかし、20年の時を経たその学生証は、時相応に色褪せていた。

 

 おい、どういうことだ? と、そのCDケースのことを知らないブライアンはルドルフに問いかける。しかし、ルドルフは沈黙で首を横に振るだけだった。

 

 続いて、手紙をとった。一枚は、後世の生徒会役員たちへ充てた嘆願。そしてもう一枚は――未来の誰かへ宛てた、願い。

 

 

 

 母の直筆に、ショパンの呼吸が一瞬止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには、こう書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

『女帝の意志を継ぐ者へ』

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 女帝の意志を継ぐ者へ

 

 

 お前がこの手紙を手にしてくれる日を、ずっとここで待っていた。

 

 

 先ずは、トレセン学園への入学おめでとう。

 

 

 本来であれば、直接言って然るべき祝辞だが、叶わない故、ここで許してくれ。

 

 

 お前も知っての通り、トレセン学園とは、厳然たる場所だ。甘えも、泣き言も、全てが許されない。

 

 

 そこを、お前は一人で歩いていくことになる。数多の苦難に直面することは、必至だろう。

 

 

 残念ながら、私はもうそこには居ない。直接お前を導いてやることもできない。だが、心配などしていない。お前は一人で歩ける娘だと、信じているから。

 

 

 私は、お前に大切なことを全て授けたつもりだ。

 

 

 女帝としての在り方。命の道徳。正しい優しさ。

 

 

 それらを正しく理解できるお前であれば、きっと自分のその脚で、未来を切り開くことが出来る筈だ。

 

 

 過去の事など振り返ってくれるな。お前が正しく居られるその未来こそが、私の意思(ねがい)であり、意志(いのり)なのだから。

 

 

 お前には、私の意志をその胸に、今日を生きてくれることを願っている。

 

 

 女帝の意志を継ぐ者(私の大切な愛娘)へ、お前に輝かしい栄光と未来があらんことを、心から祈る。

 

 

 

 エアグルーヴより。

 

 

 

――

 

 

 とろり、ほろりと、その手紙に一つの雫。

 

「どうして」

 

 ショパンは呟く。

 

 

 

「……ショパン」

 

「おとうさん……あのね。お母さんはね、知ってたんだよ。私が生まれてきちゃうと、お母さんが死んじゃうってこと。知ってたんだよ。だからね。私、お母さんにお願いしたの。『私なんか、産まないで』って。でもね、でもね、お母さんは私にこの未来をくれたの。……どうして。死んじゃうってわかってたのに、どうして。……どうして!」

 

 あの日、枯れる程に流した筈の涙が、再び彼女の頬を伝う。

 どうして母は、自分の命よりも私を選んだのだ。嗚咽を漏らしながら、父へ言った。

 

 父は、娘を激しく抱擁する。彼の瞳にも、大きな雫があった。

 

 

「決まっているじゃないか! お母さんは……それほど迄に君を愛していたんだ。すべては、君の為だと。……君の誕生。君の未来こそが、お母さんの願いだったんだ」

 

「そんな……おかあさん……おかあさん……」

 

 ショパンの顔が、激しく濡れる。どれだけ泣いても、涙は止まってくれなかった。

 

 ごめんなさい。おかあさん。こんな私の為なんかに。そう言おうとした。だが、それは違う。

 

 彼女が母へ言うべき真の言葉とは、決して謝罪ではない。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう……ありがとう。おかあさん……」

 

 

 

 

 

 

 止め処なく溢れる涙で、やっと言えた、感謝(ありがとう)

 

 

 

 彼女(ショパン)の、涙色の幻想即興曲。それは、天国の母へ届いているだろうか。

 

 

 

 

「……ああ、俺、こういうのダメだわ」

 

 クライスラーは目元を覆って、病室を後にする。ロータスもそれに続く。

 

 メルセデスは、その光景に耐えられず、両手で顔を隠すようにして欷泣していた。それは牧野だって同じ。

 

 

「それがお前の有情か。変わらないな……昔から」

 

 ブライアンは、どこまでも抜け行く青空へ向かって、その充血した瞳を数回瞬く。

 

「エアグルーヴ……確かに君は、最期まで女帝だった。改めて心から、敬服しよう」

 

 再び純銀の写真立ての中の彼女へ、ルドルフは言った。

 

 

 

 

「ショパン……生きよう。お母さんの為に。今日という日を、明日を、未来を。強く、強く……生きていこう」

 

 

 

 

 

 

 

 父と娘は亡き母へ誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 必ずや、貴女の夢見た未来を、この手で描いていこうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「なぁ、カフェ~」

 

「……何度同じ話をすれば気が済むんですか。タキオンさん」

 

「だって! 私はすぐそこまで辿り着いていた筈なんだよ! この世界がひっくり返るような、大発見をした筈だったんだ!」

 

「でも、思い出せないのでしょう。だったら、もういいじゃないですか」

 

「そんな薄情な! なぁ思い出すの手伝ってくれよカフェ……カフェ~!」

 

 

 

 

 

 

「あの、寮長(アマゾン)さん。お皿、一つ多いみたいですけど?」

 

「あっれ~? おかしいなぁ。いっつもこれくらいで用意してた筈なんだけどなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

「各員に通告。ルドルフ会長より、花壇荒しの件は、犯人不明として処理すると連絡があった。今日からは、花壇の復興に向けた、美化委員たちのフォローに入る」

 

「え? それでいいんスか?」

 

「……ルドルフ会長の御意向だからね。花壇以外の被害は今のところ無いから、犯人捜しよりも先ずは花壇の修復をって。……にしても、犯人って分かってた気がするんだけどな。なんだっけな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだか、学園が急に静かになった気がしますわね。少し前まで、何か騒ぎがあった気がするのですが」

 

「んぁ? あー……。アイツ(・・・)未来に帰っちまったらしいからなぁ。くそう、パームシュガーにはアタシ一人で立ち向かう運命なのか……くぅ、ちょっとツタヤでハルマゲドン借りてくるわ」

 

「……? あいつ……とは? あ、ちょっと、ゴールドシップさん!? お待ちくださいまし! 一体何方のことなんですの!」

 

 

 

 

 

――

 

 

「んー? 確かにあんたに運動靴を貸した記憶はあるけど、なんで貸したんだっけ……? 確か、橋の上で靴貸して、アタシは裸足で帰って、トレーナーはバイクで事故ってて……なんでだ……?」

 

 ファイバトリガーは、エアグルーヴから差し出された運動靴を舐めるように見まわし、そういった。

 

「……さぁな。だが、こいつに助けられたのは本当だ。ありがとう。ファイバ」

 

「んぅ……まぁ、いいや。じゃあ、確かに返してもらったよ。よし! こっからはまたライバル同士だ。首洗って待ってろよ。女帝エアグルーヴ!」

 

 彼女に人差し指を向けるファイバに、エアグルーヴは一言、ああと残して踵を返す。

 

 

 

 

 かつん、かつん。少しだけ湿ったヒールの音が、廊下に響く。

 リズムは安定した全拍子、だが、その調べはマイナー調。

 

 

 

 

 

 この学園から、否、この時代からショパンが去った翌日。

 

 

 誰しもが、ショパンのことを記憶になど残していなかった。

 

 寮の自室へ向かえば、『なんだか部屋が広くなったみたい』とファインが言った。

 

 トレーナー室へ赴けば、『今日はなんだか、いつもより静かだ』と秋名が言った。

 

 

 ショパンとは、幻だったのだろうか。

 あの娘と過ごした日々は、偽りだったのだろうかと不安が過る。

 

 そんな憂いを残したまま、エアグルーヴは生徒会室へと戻る。

 

 そこでは、段ボールを解体するブライアンの姿。何事かと問えば、顎で会長席を指す。

 

 そこにあったのは、以前壊れたオーディオの代わりとして、新しく購入された真空管式のオーディオ。

 

 コンパクトながらも、トラディッショナルな木目の意匠に、ルドルフは満悦の様子を隠さない。

 

 高かったのでは? と問いかける女帝に、今年の予算は上手くやるから目を瞑ってくれとルドルフは微笑む。

 

「折角だ。リクエストを受けよう。エアグルーヴ、何が聞きたい?」

 

「私でいいのですか?」

 

「勿論、心ばかりの労いと受け取ってくれ」

 

「では――ショパンを」

 

 その時、ブライアンの耳がぴんと動く。何かを思い出したというような表情だった。

 

「そういや、会長。例のアレ(・・)もショパンとか言わなかったか?」

 

 ブライアンの口から、ショパンの名。そわっと背中を何かが撫でる感触がした。

 

 ああ、そうだった。とルドルフは机の引き出しを開け、とある学生証をエアグルーヴへ差し出す。

 

「君はこの生徒に心当たりはあるかい? 何でも、ひと月程前にURAから送付されたものらしいんだが、如何せん、該当する生徒がいないものでね」

 

 エアグルーヴは、学生証を手に取り、息を止める。

 

 

 

『初等部 B組 ショパン』

 

 

 

 どうだい? 何か知っているか? と問うルドルフへ、エアグルーヴはこくりと頷き、これは持ち主へ私から返しておきますと、それを懐へ仕舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静かな生徒会室。優しく彩るは、ショパンの幻想即興曲。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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