【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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【最終話】女帝の意志を継ぐ者へ

 

 きらりと差し込む夏の兆し、淡く立ち込める幽かな蜃気楼。

 

 翠萌ゆる記憶の季節に、四季たちはフォルテシモの祈りを捧ぐ。

 

 今日も夫々を生きる子供たちが、深い幸いへ導かれますようにと風は唄い、飛禽は季節の祈りを翼に載せて自由な未来へと旅立つ。

 

 飛禽の翼が、一瞬だけ陽光を遮る。そして再び陽射を感じた時に、ようやく夏の知らせを少女は心で受け取る。

 

 手庇(てひさし)で太陽を覗く。南の空へ高く上ったそれは、仰々しくも、神々しく。燦爛でありつつ、どこか懇篤で。お前の罪や過ちを、その光で全て消し去ってくれようと、薫風を介して囁いてくれているようだった。

 

 そんな彼の、古い許しの歌を、少女はつんと錐のように尖った鼻息で笑う。

 

 そんなものなんて無くったって、わたしは一人で歩いていけるもの。ペンダントを胸から提げた少女は、一束の花を両手で抱えて、心で続ける。

 

 私の罪は決して消えることはない。でも、消えなくてもいい。私はその原罪と向き合って生きていくことができるのだから。――母のその誇りを胸に、今日を戦うことができるのだから。

 

 昨日を憂い、今日に戸惑い、明日に怯えたあの日々は、何時しか彼女の心の傷となり、痛みを経て、優しい記憶へと変わり、彼女自身の生きる理由へと繋がっていく。

 

 もう迷うことなんてない。一人で泣くこともない。彼女の身体には、誇り高き女帝の血が流れているのだから――その心には、女帝の意志という灯が、何時までも点り続けているのだから。

 

 少女は太陽から踵を返すと、自分の脚で一歩を踏み出す。

 冷たく固い石畳。そこをゆっくり歩く少女の踵から、2分の2拍子のリズムが弾かれる。時にゆったりと、時に抑揚を付けて、彼女が奏でる幻想即興曲(クラシック)

 

 暫く踵を鳴らせば、一人の聴客(オーディエンス)が彼女を待っている。

 彼は一言、大丈夫? と少女へ訊く。少女は朗らかな笑みを描きながら、こくりと頷く。

 

 そして一人の足音は、二人の連弾へと変わる。父と娘の踵の組曲。静かな霊園(コンサートホール)に、それが鳴る。

 

 そこから、十数小節を刻んだところで、二人の組曲は終焉を迎える。まるでそこが終止線と言わんように、二人の前には墓石が建つ。

 

 そこには刻まれている。二人が心から愛した、母の名が。

 

 

 

 

『エアグルーヴ』

 

 

 

 

 少女(ショパン)は両膝を着くと、手に抱えた花束を、その墓石へと捧げる。それは、菊やカーネーションを始めとした色取り取りの花々たち。その中には、菫も顔を覗かせている。

 

 二人は手を合わせ、沈黙の中で、彼女の面影と邂逅する。

 

 二人の記憶に描かれる、彼女(エアグルーヴ)との思い出。それは、もう恐れる記憶などではない。

 二人の中に大切に輝く、美しい思い出なのだ。

 

 

「お母さん。私ね、お母さんが言ってた意味。やっと分かった気がしたんだ。誰かの想いは、ずっと紡がれていくものだって」

 

 ショパンは、灰簾石の瞳から生れ持った藍玉の瞳を、その墓石へと映す。そこに陰り等はもうない。彼女の『いい天気』がそこにはあった。

 

「例えお母さんはもう居なくても、お母さんの心はいつもここ(・・)にある。私は気付かなかったの。本当はずっと前から、独りぼっちなんかじゃないってこと。……そう、お母さんが教えてくれた」

 

 秋名は片膝を付いて、ショパンと同じ高さに目線を揃え、墓石に語り掛けるショパンの唄をひたすら聞き続けた。

 

「お母さん。私、きっと強く生きていく。お母さんから貰ったこの命を、私もまた未来へ紡いでいきたいから。女帝(おかあさん)の意志を、これからもきっと」

 

 ショパンは両膝を離し、立ち上がる。さぁ、また暫く、母とはお別れだ。私は未来へ歩いて行かなきゃ。

 時間を掛けた、最後の深呼吸に想う。

 

「おかあさん――私を生んでくれて、本当にありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、ずっと。大好きだよ。おかあさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 没した者たちが眠る世界から、現実の世界へと踵を返す。

 一歩一歩、未来へ踏み出す度に、背中に居る妻との距離が離れていく。

 

 名残惜しく、縋りたい気持ちが未だにあるのは確かだ。だけど、もう振り返ることも、後悔することもしない。

 

 娘と同じように、彼もまた妻の意志を継ぎ、未来へ歩き出さなければならないのだから。

 

 数歩先を行く娘の背中を追いかけてゆく。少しだけ成長した娘の背中に、当時の妻の面影が重なる。

 

 霊園の駐車場へと続く坂の上で、微笑む娘が彼に手を振る。

 

「お父さん! 早く早く! 映画、始まっちゃうよ!」

 

「ああ、今行くよ」

 

 そこから駆け出そうとしたとき、秋名は一瞬だけ時間を置く。そして背中にある霊園へ視線を映す。

 

「……君だけに言わせるのは、やっぱり公平じゃないよ。だから僕も言う。エアグルーヴ――愛してるよ。心から」

 

 そして秋名は坂の頂上に向かって、駆け出した。

 

 

 

 

――

 

 

 駐車場まで戻ってきた時、そこの木陰の下で、ボルボ・V60が主の姿を健気に待ち続けていた。

 

 キーレス・リモコンで鍵を解除すると、ショパンが助手席に乗り込む。続いて秋名も運転席へ乗り込もうとしたとき、やたらと厚みのあるボクサーサウンドが背後から聞こえた。

 

 視線を返した先には、白いポルシェ・911 GT3が駐車場の敷地へと入ってくるのが見えた。

 随分と懐かしい車だと思った。昔トレーナー現役だった頃の先輩トレーナーが、全く同じカラー、同じモデルのポルシェに乗っていた記憶が、未だにあるのだから。

 

 その車は、秋名のボルボの近くへ停まる。そのドライビングシートから出てきたのは、どこか見覚えのある栗毛のウマ娘。

 

 彼女は秋名へ軽く会釈をする。秋名もつられてそれを返す。

 そして彼女は墓場のほうへと、花束を持って静かに歩いて行った。

 

 そのポルシェ。テールの部分にいくつかのステッカーが貼ってあった。

 

 一つは、ショップを表す〈SPEED CREATE GARAGE -JIN-〉のステッカー。

 

 そしてもう一つ。〈Red(7s) Sprinter〉と記された手製のステッカー。

 

 秋名もう一度、彼女の背中を視線で追う。そして彼女が何者かに、ようやく気が付く。

 

「……お父さん? どうしたの?」

 

 ショパンが秋名に問う。

 

「ううん。なんでもないよ。行こうか」

 

 そういって、秋名は運転席へ乗り込み、車のエンジンを始動させた。

 

 

 

 

 

 

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『女帝の意志を継ぐ者へ、お前に輝かしい栄光と未来があらんことを、心から祈る』

 

 その手紙をショパンはCDケースに仕舞う。ちょうど、選手控室においてあるCDプレーヤーから『幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66』が終わるところだった。

 

 ショパンはそのCDも回収する。その時、部屋を訪ねる音がする。

 入っていいですよ。と彼女が言ったとき、扉の向こう側から現れたのは彼女のトレーナーではなく、父の姿だった。

 

 秋名は体操服姿の娘をその瞳に映すと、感慨深さを感じるように、数回頷いた。

 

「準備は大丈夫? 緊張はしてない?」

 

 秋名がそう問う。

 

「ううん。緊張はしてる。でも、この緊張の先にきっと何かがある筈だから。お母さんだって、いっぱいそんなのに耐えながら走ってきたんだから。だから、私にだって出来るはず」

 

 ショパンのその瞳。不純物の一切ない藍玉の瞳を、アイシャドウが修飾する。それは、エアグルーヴが使っていたものと、全く同じもの。

 

 ショパンは自身の首からペンダントを外すと、父の首へと巻く。

 

「ちょっとの間預かってて。なくしちゃだめだよ!」

 

 にこりと笑ってそういった。

 

「ああ。確かに預かったよ。頑張っておいで、ショパン!」

 

 

 

――

 

 

『京都競技場、第9R 芝右2400m 睦月賞。天候は雨、バ場は稍重となっております』

 

 ショパンの周りを、9人のライバルウマ娘たちが殺気立った様子で、見通しの悪いコースを睨む。

 

 この空気が怖くないかといえば、少しだけ嘘になるけれど、でも何も恐れることはない。

 

 少し湿った空気を全身に吸い込んで、肺へと叩き込む。幾度となく重ねた柔軟運動が、彼女の硬かった体をしなやかへと変える。

 

「ねぇ、君」

 

 ふと、背後から声が掛かる。何かとよく競争相手から絡まれるのも、母親譲りらしい。

 視線を返した先に居たのは、ショパンと同じ黒鹿毛の娘。黒いメンコを着けて背筋をぴんと張っている。

 

「あ、はい?」

 

 初対面の相手と話すとき、胸元に手を持っていく癖はまだ抜けきらないが、それでもショパンは彼女に応じる。

 

「君、確かあのエアグルーヴの娘……なんだっけ。これは良いカード当てちゃったな。君を負かして、この睦月賞、私がもらうよ。そうすれば、私の実力も、晴れてお墨付きってワケだからさ」

 

 随分と強気な娘だった。彼女は外側の10番ゲートだというのに、この自身の溢れように、瞳の色が煌めく。そして彼女はショパンへ手を差し出す。私の宣戦布告を受け入れろというメッセージなのだろう。

 

 少し前の彼女であれば、それに気圧されて怯んでいたかもしれない。でも、ショパンは彼女の手を握った。

 

 そして

 

「ううん。勝つのは私だよ。エアグルーヴの娘だからこそ、きっと勝ってみせるんだから」

 

「ははっ! 流石は一番人気。楽しみにしてるよ。ショパン!」

 

 

 

 

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 今日は娘の大一番。しかし天候は生憎に包まれている。観客席を見渡せば、観客たちは皆屋根の下。または雨合羽や傘に身を隠す。しかし秋名は、傘も差さずにコースの埒に腕をかけ、娘の時間をそっと待ち続けた。

 

 彼の首に提げられたペンダントの蓋を開く。そこに佇む、一人のウマ娘。優しい向日葵畑を背後に、白いワンピースに身を包み、柔らかく温かい表情をこちらに向ける生前の妻の姿。

 

 彼はずっと、彼女の笑みは彼へ向けられたものではないと思っていた。だがそれは少し違った。

 

 彼女が向けた笑みの宛先は、秋名"だけ"でもない。ショパン"だけ"でもない。

 

 ショパンと秋名、"二人"へ向けられたものだったのだ。どちらかが欠けていてもいけない。それに気が付くまで、10年余年は掛かった。

 

 秋名は大きく天を仰ぐ。そして雲の澪の遥か向こう側に居る妻へ語り掛ける。

 

「見えてるかい。エアグルーヴ。あの娘が走るよ――君の娘が」

 

 そして蓋を閉じたとき。

 

「秋名さん」

 

 背後から麗らかな声色。振り返った先に居たのは、生徒会長(メルセデス)。傘の下から覗かせる青鹿毛(ストレートヘアー)が、彼へと微笑む。

 

「やぁ、君も来てくれたんだ。遠かったろうに」

 

「私だけじゃありませんよ」

 

 メルセデスは、視線を観客席の上へと向ける。

 VIP専用の屋内観戦席。その窓の向こう側に、シンボリルドルフと、ナリタブライアンの姿があった。

 

「まさか」

 

 秋名はそう零す。二人は秋名の存在に気付き、ルドルフは秋名へ小さく手を振った。

 

「牧野さんも、屋内のほうにいらっしゃいますよ。まだ小さいお子さんが、キッズルームから離れてくれないって嘆いていました」

 

「東京でもないのに……」

 

「皆、ショパンのファンですから」

 

 メルセデスはにこりと笑った。少し、雨脚が強くなる。メルセデスの傘を雨水が強く叩く。

 

「秋名さんも、屋内へいらしたら? 傘も差さないで、濡れてしまいます」

 

「かまわないさ。娘だって濡れながら走るんだ。じゃあ僕も、そうでありたい。僕は彼女(ショパン)のファンだから」

 

 秋名がそういったとき、彼の隣で傘を閉じる音が聞こえた。

 メルセデスもまた、傘の下を抜け、憂いた天気の下に身を晒す。

 

「じゃあ、私も」

 

 そういって。

 

 

 

 

 

 メルセデスが傘を閉じて数刻後、10個のゲートが、一斉に開いた。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ 

 

 

『スタートしました。スタンドから見て右手奥からのスタート。まずは2番のタイセイアプローズ。ダッシュよく出ますが、かわして5番のイイデフューチャー…………2バ身離れて後方から4番手にショパン』

 

 実況の音が、夫々の耳によく届く。10人のウマ娘が踵で奏でる重奏曲。その主旋律(メロディ)を飾るのは誰なのだろう。

 

 横並びひとつは、やがて隊列を成していくように、一直線へと姿を変える。

 

 そこは、一人の世界。誰にも導かれない自由な世界。

 

 自由さゆえに、歩き方を間違える娘だって多い。だけど、彼女は知っている。そこでの正しい歩き方を。

 

 しっかりと前を見据えて、ひたすら考えて、そして、自信と誇りを以て邁進していく。

 

 たったそれだけ。でも、単純なようで、それはとても奥深い。それをショパンは知っている。それを教えてくれたウマ娘がいたのだから。

 

 彼女から教わったことは沢山あった。両手で抱えきれない程に沢山もらった。そしてそれを、今度は自分のチカラに変えていかなければいけない。

 

 彼女はエアグルーヴではなく、『ショパン』なのだから。

 

 ……周りの娘たちの動きが変わる。皆が夢を確信へと変えるその時間がやってくる。

 

 ショパンの瞳には、一瞬観客席が映る。そこには、彼女を心から推してくれる多くのファンの姿。視線が雨で濡れていても、それははっきりと見えた。そして、ふと思った。この私の姿を、天国の母も見てくれているのかな……と。

 

 ならば、ファンの皆、そして貴女へ捧げたい――私の、勝利へのクラシックを。

 

 ショパンは先頭を走る集団へ向かって、一つ、姿勢を低く構えた。

 

 

 

 

 

 

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 女帝の名を語る重みを知っているか?

 

 

 

 その名を語るもの、保険の言葉などない。その称号を背負う者は何時も戦う、己を喰らいに掛かる重圧を相手に。抗う為には力を持つ他がない。誰かに泣きつき甘え、救われることなどない。

 

 だから、その称号を背負う者は、己に鞭を打つ。女帝の称号に相応しい存在で在り続ける為に。たった一つの言い訳すらも許されない、無情な世界で、己に抗い続ける。

 

 皆が苦しみ嘆くその世界で、ひたすら歩き続けていかなければならない。

 

 そんな残酷な称号を、お前は背負ってくれると言った。

 

 ならば、託したい。お前に女帝としての夢を、希望を――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女帝の意志を継ぐ者よ、常に正しく、優しくあれ。

 お前のその正しい優しさは、何時しか迷える者たちを導く、光になる。

 

 

 

 

 

『4コーナーカーブから直線に向いて、8枠の2人抜き出ているが、ヤマカツポセイドン抜けて出ていく。その差、2バ身、2バ身半と開いていきます……が一気に迫ってくる、4番のショパン!』

 

 

 

 

 

 女帝の意志を継ぐ者よ、幸いであれ。

 過去の事を憂いてはくれるな。お前はこんなにも、皆に愛されて生まれてきたのだから。お前の幸いこそが、皆の幸いなのだ。

 

 

 

 

 

『ショパンが3番手から2番手に上がって、先頭へ追っていきました! ステイザコース現在3番手!』

 

 

 

 

 

 女帝の意志を継ぐ者よ、不屈の心をその胸に。

 立ち止まってくれるな。その歩みを止めてくれるな。迷うことはあってもいい。だが、止まってはいけない。一人で歩み続けたその先に、必ず明るい未来が待っているのだから。

 

 

 

 

 

『変わって先頭はショパンに代わる! ショパン先頭でヤマカツポセイドン2番! 追ったステイザコース3番手から2番手に接近!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女帝の意志を継ぐ者へ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ショパン!! ショパン今、先頭で!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永久なる賛美と、栄光を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






『有難う。あの娘が世話になった』

「礼を言われる筋合いはない。あの娘は、私の子だ」

『そうか。そうだったな』

「なぁ、一つ訊きたい。その時を迎えた未来(わたし)は、何を思った」

『……どうだったかな。ただ、とても暖かかったことは覚えている。あの娘の温もりを肌で感じた時、苦しみよりも、安堵が勝った……ああ、この未来は、決して間違ってはいなかったんだと、心から思った』

「……」

『未来には、幾通りの選択肢がある。若き日の過去(わたし)は、未来は必ず変えられるものと、そう思っていた筈だ。だが、あの娘に逢って心は変わった。変えられる未来に、変わらない未来を望んだ』

「ロミオとジュリエットは、未来を変えなかった」

『その通りだ。二人が静かに眠れる場所が唯一そこだというのなら、きっと二人は何度でも同じ場所で眠りに就くのだろう。そして二人の歴史は後世へと紡がれ、人々の希望となり、我々が知る未来がやってくる』

「あの娘と私も、同じか」

『……怖いか?』

「いいや、少し不安に思うだけだ。何れ生まれてきたあの娘が、ちゃんと一人で歩いて行けるのかと」

『だから過去(わたし)の下へ来たのではないか。憂うな。あの娘はちゃんと、わたし(・・・)の想いを正しく理解してくれている。あの娘は、賢い娘だ』

「……」

『ふふ、まだ青いな。肌の張りに出ている』

「なっ! やめろ! 抓るな!」

『ふふ。まだあの娘と引けを取らないくらい、いい頬肉じゃないか。もっと若さを楽しめ。若人よ』

「……未来のわたしは、少しお母さまに似るのだな」

『失望したか?』

「いいや……少し、安心した」

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