【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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風曜日、君を連れて

 

「ねぇ、コウマ。この映画の主役の娘、そんなに私に似てるかなぁ?」

 

「え? まぁ、フンイキ似てるっちゃそうかもだけど、でも毛色と身長が同じってくらいでしょ」

 

 ショパンは自室のベッドでスマホをぽちぽち。男の子が言っていた映画の予告を眺めていた。

 主役のウマ娘女優、プロフィールの写真から見て取れるのは、黒鹿毛で少し伸長は低めということ。だけど、映画の為に今は栗毛色に染めてあるし、ショパンのように少し吊った目をしているわけでも、片目が隠れるようなヘアスタイルをしている訳でもない。

 

「うーん……」

 

 男の子は何を以て「君に似ているんだ」と言ったのだろうか。ショパンの中に疑問が残る。

 

「……ショパン、まさかアンタさ、その男の子が本当にアンタに似てるから映画見に行こうって言ってるとか思ってないよね?」

 

「え? だって……」

 

 それ以外何があるのだ。とショパンの純粋な瞳が語っていた。

 

「そんなのただの誘い文句に決まってんでしょ! その男の子、映画に行きたいわけじゃなくて、アンタをデートに誘いたかっただけ」

 

「デート……?」

 

 ぽかんと口を開けて言葉を繰り返す。デートという言葉の意味が直ぐに頭の中で結びつかない。ゆっくりと落ち着いて思い出す。確かデートとは……好意のある相手と遊びに行くこと。

 

「……デートぉ!?」

 

「やーっと気付いた。ニブいよ流石に」

 

「そんな……で、デートだなんて、どうして」

 

「そりゃあ、あの男の子にとってアンタは魅力的だったって事なんじゃない。睦月賞でアタマ取った姿に一目ぼれ~なんてさ」

 

 コウマは櫛で鬣を梳かしながら「なーんでアタシにゃそんな話来ないのかなぁ。こんなにビジンなのにサ」と鏡に向かって呟く。その呟きがショパンの耳まで届くことは無かった。

 

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「……あのね、私ね、男の子にデートに誘われちゃったみたいなの」

 

『ほぉ、よかったじゃないか』

 

「……それだけ?」

 

『それだけだ。どうした、何か憂いてでもいるのか?』

 

「別に、そういうワケじゃないけど」

 

『私は何も言わないさ。お前が幸せなら、それでいい』

 

「……本当はね、私、どうしたらいいか分からないの。男の子だなんて、今まで近くにいなかったんだもん」

 

『ふふ、若いな。だが良いことだ。悩めることは。想って悩んで躓いて。そうして皆、いろんな痛みを経て、頼り甲斐のある大人へと成長していくんだ。お前にもその時が訪れたというだけだ』

 

「……」

 

『嫌いか? あの男の子が』

 

「そ、そんなんじゃないよ。その、本当に。……緊張しちゃってるだけ。ずっと、胸がドキドキしてるの」

 

『そうか。だが、恐れる必要はない。皆が経験することなのだ。……私だって』

 

「……そっか。そう(・・)だったもんね」

 

『恋は若さの特権だ。もっと若さを愉しめ、若人よ。……それとだ、ショパン』

 

「ん?」

 

『お前……そろそろ起きなくていいのか?』

 

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「……んぇ?」

 

 ふと、ショパンはベッドの中で目を覚ます。

 枕元にあるスマホの電源を入れる。時刻は……

 

 -7:45-

 

「え!?」

 

 ショパンはベッドから飛び降りる。遅刻だ!……と思うが、今日は日曜日であることにふと気が付く。

 なんだ、脅かされただけだったのかと胸を撫でおろす。しかし同時にスマホのアラーム設定がされてなかったことにも気付く。このまま眠り続けていたら、おそらくデートへの遅刻も必至だっただろう。

 

「そっか……起こしてくれたんだ……ん?」

 

 そうとまで言った時に、彼女の記憶から、するりと夢の記憶が抜け落ちる。

 さっきまで見ていた筈の夢が、思い出せない。誰かと会話していた覚えがあるのだが、相手が誰だったのか思い出せない。

 

 ……一体誰が彼女を起こしてくれたのだろう。

 

 ふと、時計を見る。

 あまり悠長に考え込んでる暇はない。デートの前に、行かなきゃいけない所があるのだ。

 

 ショパンは急いで私服に着替え、まだベッドで惰眠を貪る同室のコウマを起こさないように、そっと部屋を抜けた。

 

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「ああ、お帰り、ショパン。どうしたの急に」

 

 ショパンが都内の実家へ戻ると、まだ寝間着姿の父・秋名が迎えてくれた。

 日曜の朝だからと、ゆったりモードらしい。

 

「うん、ちょっと……ね」

 

 ショパンは玄関を上がり、小走りで自分の部屋へ。

 途中、愛猫のジョルジュサンドが居たので少しモフって、部屋のクローゼットを開ける。

 

 クローゼットの中、ショパンが昔着ていた服などが眠っている。その中にぽつんと一着、真っ白なフレアのワンピース。以前、仲間達と街へショッピングに行った時に見つけたものだ。

 

 その意匠の美しさと、仲間たちからの猛プッシュ。それに、母が似たようなワンピースを着ていたというのもあって購入を決めたのだ。……だがそのワンピース、買ったはいいものの、ショパンはそれを殆ど着ないでいた。

 

 理由は単純に、恥ずかしいからだ。

 

 だってこのワンピース、背中の部分が結構大きく開いているのだ。

 お店では気が付かなかったが、家で改めて試着した時にそれに気付いて、ずっと実家のクローゼットへお蔵入りさせていたのだ。

 

 だけど、今日はデートの日。

 今日の彼女は、可愛くなければならないのだ……ならば!

 

 ショパンはそう決心し、ワンピースに手を伸ばした――

 

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「ふぅ、いい天気だね。今日も。ジョルジュはショパンに撫でてもらえたかい?」

 

 日曜のモーニング。

 未だ寝間着姿のままでソファに掛ける四十路の男。珈琲をガラステーブルに置き、膝に乗ってきた愛猫の背中を撫でながら話しかける。

 

「折角ショパンが帰ってきたんだから、今日は外食でもしようかな」

 

 なんて思っていると、ショパンがリビングから姿を現す。

 

「ああショパン……」

 

 そう娘に声を掛けた時に、秋名は僅かに瞳を大きく、言葉を詰まらせる。

 ショパンの姿、真っ白なフリル・ワンピースに身を包み、麦わら帽子を頭に載せている。

 

 そこに、かつての妻の姿が重なる。

 

「ん? どうしたのお父さん」とショパンが訊く。

 

「あ、ああ、いや。折角君が帰ってきたんなら、外に食事にでも行こうかなってさ」

 

「あ、ごめんね。私、また出ちゃうの」

 

 ショパンは耳を折ってそう答える。

 

「ああ、まぁそれなら仕方ない……ね」

 

 少し大人びた娘の姿に、動揺しているかもしれない自分が少し情けなく感じた。

 

「でも、どこに」と秋名。

 

「それは……えっと……クラスメイトの皆と映画見に行く約束しちゃったの」

 

 そうだったんだ、と秋名は言い珈琲を一口。

 だが、妙な胸騒ぎが鳴り止まないのは何故なのだろう。

 

 ショパンは最後の仕上げにと、耳にリボンを置き、いつものペンダントを胸に提げて、またジョルジュサンドを少しモフる。

 

 そして家を出る前に、この家を見守る大切な母の写真に向かって「行ってきます。お母さん」と報告をした。

 

――

 

 ショパンが家を後にして数分後。秋名は少し悶々としている。

 

 やはり、今日のショパン……その、要は、普段よりも女の子らしい恰好をしていたことがどうも気に掛かったのだ。

 

 考えてみれば、ショパンももう中等部生。

 ということは、それは、そう。そういうこと(・・・・・・)が起こり得る歳なのだ。

 

 考えすぎか? でも……。

 心で反芻する問いが消え去らない。

 

 後をつけてみるべきか、でも、流石に娘のプライバシーに介入すべきでは……。

 

 そう考えていると、秋名へ一本の入電。

 相手は、随分と懐かしい相手だった。

 

『よぉ! ツカサか!?』

 

「礼司。随分と久しぶりじゃないか!」

 

 久しぶりの友人の声に、思わず声量が上がる。

 だが、通話の相手はどうも落ち着きがない様子だった。

 

『お前さ、お前んトコの娘と今日会ったりしたか?』

 

「え? ああ、さっきまで実家に居たよ。でも、今出て行ったとこ。友達と遊びに行くって」

 

『……なぁ、訊くぜ? 今日のお前の娘、妙に(めか)したりしてなかったか?』

 

「めかす……? お粧しのこと……? ……心当たりはあるけど、なんで君が」

 

『……なぁツカサ、今からすんげぇコト言うぞ』

 

 

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「ごめんね、待たせちゃった」

 

「いや、俺も今来たばっかりだから……その、俺の方こそ、急にごめん」

 

 駅前の時計塔付近に、幼い影ふたつ。

 少年は白いシャツと、父に無理を言って借りた金色のネックレスを身に着けて、少女を待っていた。

 

 そして、少女の姿を見た時に、胸が高鳴る感覚を覚える。

 真っ白なワンピースに身を包んで来た彼女。首筋に光る汗の跡に、蒼介は大きな罪悪感と背徳感を覚えるようで、思わず目を逸らせた。

 

「ううん。私も映画、楽しみにしてたの」

 

 ショパンは蒼介に笑って見せた。

 その笑顔が、更に少年を悩ませてしまうということも知らずに。

 

 そこから、なんといえばいいのか分からず「じゃあ、行こうか」と無理に声を出して蒼介とショパンは街の映画館へと歩き出す。

 

 二人の間に目立った会話はない。

 何かを話さなければと焦る気持ちと、何を話したらいいのか分からないという恐怖が蒼介の中に渦巻く。

 

『今日のワンピース、可愛いね』とか言って引かれたりしないだろうか。

『レースの調子とか、どう?』素人の自分が下手に訊いて、怒らせたりしないだろうか。

『俺、最近父さんからエレキギターもらってさ、練習してんだ』そんなのただの、自分語りじゃないか。

 

「ねぇ、蒼介君はこの街によく来たりするの?」

 と訊いたのはショパンだった。

 しまった、先手を打たれた、と蒼介は思う。

 

「あ、う、うん。この間も来たよ。そうだ、今日行く映画館も前に行ったとこでさ、そうだ、今日見る映画の他にもいっぱい面白そうなのあってさ。その、そうだ。君、アクション映画とか好き? えっと、カーアクションの映画なんだけど、俳優とか演技もすごくてさ。そうだ、君なら、あれとか好きかも、ほら、ジャングルポケットって選手のさ、映画化されたやつがあってさ、その、ダービーとかがあってさ、それで、それで……」

 

 話が全く纏まらない。そういう自覚があっても、兎に角喋り続けることしか彼にはできなかった。

 自分でも何を話して何を伝えたいのか全く理解できない。だた、女の子の前で沈黙してしまう状況がマズイと勝手に思い込み、必死に口を回す。

 

 少し困り顔のショパンに気が付いたのは、もう少ししてからのことだった。

 

 蒼介は捲し立てるように話す言葉をやめて、ごめん、とショパンに謝った。

 

「ううん。気にしないで。蒼介君って映画好きなんだね。私、友達が持ってきてくれる映画しか見ないから、映画館もちょっと久しぶりで、楽しみなの。誘ってくれて有難う」

 

 ……彼女の受け答えの方が、何倍も大人じゃないか、と蒼介は思う。

 彼女の微笑みが、今の蒼介にはどうしても眩しく、苦しかった。

 

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 映画館は多くの人たちで賑わっていた。

 新作映画が立て続けに公開されたこともあり、老若男女の様々な声が劇場のロビーを満たしている。

 

 若い二人はその様々な声の中にひっそりと身を寄せ合って入場開始の時間をひたすら待っている。特に会話は無い。連番でとったチケットを握りしめて、ロビーの隅で横に並んで背比べ。

 

 何か話をしないとな、と蒼介は思うが、やはり何を話したらいいのか何も分からない。

 

 するとふと、ショパンが売店のコーナーをぼんやりと見つめているのが目に入った。

 そこの売店で売っているもの。嗅覚をくらりと酔わせる魅惑の香り。映画館を象徴するお菓子、ポップコーン。

 

 しかし彼女はぼんやりとそこを見つめるだけで、買いに行こうとする素振りは見せない。

 もしかして、遠慮してるのか。または、あまりお小遣いがないから……とか。

 

 蒼介は思い切ってショパンに声を掛けた。

 

「ねぇ、よかったらさ、一緒にポップコーン買わない?」

 

 声を掛けられたショパンはきょとんとした後、無意識にポップコーンを見つめていたことがバレていたことに、少し頬を赤らめた。

 

「あ、う、ううん。私は大丈夫なの」

 

 麦わら帽子で少しだけ顔を隠す。その仕草が、余計に蒼介を悩ませる。

 

「大丈夫。俺、余計に小遣い貰ってきてるからさ。待ってて」

「あ! 蒼介君!」

 

 そう言って蒼介は売店へと駆けていく。ショパンの声にも振り向かず、数分後に大きなサイズのポップコーンを持ってショパンの下に戻ってきた。

 

「これ、いいよ。君が食べて」

 

 そう言ってポップコーンを差し出す……が、ショパンの表情は少し困っている。

 

「あれ……あ、お金はいいからさ。俺が誘ったんだし、お礼じゃないけどさ」

 

 そう言ってもショパンの表情はいまひとつ。その理由が、蒼介には分からなかった。

 

「もしかしてポップコーン、あんまり好きじゃなかった……?」

 

「う……ううん! そんなことないの……でも、ごめんね。私、次のレースに向けて調整してるところで、その、ちょっと、減量しなくちゃいけないの。だから、今お菓子もちょっと控えてて……」

 

 ショパンの顔が赤かった。当然だ。男の子に向かって減量しなきゃいけない事実を伝えることが、年頃の少女にとってどれだけの恥辱か。

 

「え、あ……ご、ごめん……」

 

 蒼介は身体から血の気が引くような感覚を覚えた。

 好きな女の子に恥をかかせてしまったのだ。余りに軽率過ぎたな、と自己嫌悪が彼の心を食む。

 

 しかし、ショパンは「でも、ちょっとくらいだったら平気だから。二人でわけっこしよ?」と微笑んで言った。

 

 蒼介は、暫くの間呼吸の仕方を忘れていた。

 

 

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 劇場内の照明が暗くなる。いよいよ、画面の中の非日常の時間が始まる。

 

 蒼介とショパンは二人で、大きなポップコーンを分けっこしながらスクリーンに目を向ける。

 

 そして映画が始まる。内容は、かつてトゥインクル・シリーズで活躍した実在するウマ娘を基に作られた、半ノンフィクション映画。

 

 才能に恵まれなかったウマ娘が一人のトレーナーと出会い、たった一つの戦術を武器に、短距離の舞台を駆け抜けていく……そんなストーリーの映画だ。

 

 その主役のウマ娘。新人のウマ娘女優らしいのだが、セリフの抑揚や、喜怒哀楽の表現が抜群に上手いと評判の娘だ。ネットでも彼女への称賛の声が度々見受けられる……が、演技の上手さなど、蒼介にとってはどうでもよかった。

 

 主役の娘の、たまに見せる優しい笑顔。それがやはり、ショパンの微笑みとよく似ているなと思うのだ。

 

 スクリーンの光を頼りに、横目でショパンを見る。久しぶりの映画に夢中になる彼女。その横顔に、意識が吸い込まれそうになって行く……。

 

 気が付けば、映画よりも、彼女の横顔の方に見入ってしまいそうな程だ。

 

『Let's Rock!』

 

 スピーカーから聞こえてくる言葉の意味も知らず、蒼介の意識は、ショパンの横顔に奪われた……。

 

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「……くん、蒼介君ってば!」

 

「……え?」

 

 気が付くと、劇場内は明かりに包まれていた。

 周りの観客たちが、空になったジュースやポップコーンの容器を持って、ぞろぞろと退出していく。

 

「もう、蒼介君が行こうって言ったのに、寝ちゃうんだから」

 

 ショパンは耳を折り曲げて、蒼介にそう言った。

 

「あ……ごめん……」

 

 そういうしかなかった。

 ……実は前日、緊張のあまりよく眠れないでいたのだ。その睡眠負債がこんなところで。

 

 彼女の横顔に、安心しきっていたのかもしれない。

 

 おれは本当にばかだな、と蒼介はもう一度ショパンに謝った。

 

 

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 映画館を後にする、幼い影二つ。

 二人並んで歩くと言うには、今一つ距離が縮まらない。傍目から見ても半バ身程はありそうだ。

 

 そして、その二人の影を見守る、怪しい影……。

 

「いた、出て来たぞ! な! マジだったろ!」

「声が大きいよ礼司、気付かれちゃう」

 

 映画館向かいの喫茶店。似合わないサングラスを掛けた男が二人。

 彼らは少年少女二人が映画館を後にした様子を見ると、そのままテイクアウト用の珈琲の容器を持って店の外へ。

 

 電柱に身を隠し、路駐している車の陰に身を隠し、街往く人々の群れに擬態をし、二人の後をつける。

 

「あー? なんだアイツら。下向いて、手も握らなきゃあ会話もしねぇ」

「ま、まぁ。中学生のデートなんてそんなものだよ。でも、ショパンがデート、か……」

「何だよお前、うちのセガレじゃ何か不満なのか?」

「そういう事を言ってるワケじゃないよ。それにしても、そうか。あの蒼介君か……昔君の住んでた賃貸で見て以来だったかな」

「……お前の嫁サンがまだ生きてた頃だっけか」

「まぁ、そうだね」

 

 そうして街中を行く二人を見失わないように、二人のオヤジは立てても問題ない足音をわざわざ殺す。

 

 二人は都会のメインストリートに出る。往来する人たちが多くなり、二人の距離は必然的に近くなる。すると、ショパンと蒼介二人の手の甲が少し触れ合う。

 二人は直ぐに手を引っ込めて「ごめん」とそっぽを向く。

 

「あぁ~!? ジレってぇなぁ~~ンだ最近の連中ってのはぁ! 何がどうごめんなんだよ!」

「落ち着きなよ礼司、興奮しすぎだ」

「落ち着いてられっかバカ野郎! ウチのセガレがドーテー捨てるかもしんねぇんだぞ!?」

「僕の娘でヘンなことを言わないでくれ!!」

 

 オヤジたちの嘶き、それを置いて二人が向かっていった先は、ゲームセンター。

 

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 次の行き先をゲームセンターに選んだ理由は、特に深いものじゃなかった。

 映画見るだけで解散じゃちょっと味気ないし、かといって他に何をしたらいいかなんてわからないし。

 

 だから、蒼介が次の遊び場として思いついたのが、いつも仲間たちと訪れるゲームセンターだった。

 

 その行先に、ショパンは快く承諾してくれた。ゲームセンターも久しぶりだと言っていた。

 

 ここなら、彼女を愉しませてあげられる自信が少しはある。大体のゲームの遊び方は知っているし、メダルも少し預けている分がある……とはいえ、彼女は何のゲームが好きなんだろうな、と蒼介は思う。

 

 車のレースや、暴力的なゲームが好きそうな娘には見えないし、やっぱり女の子らしくプリクラとか撮るのかなと思っていると、彼女は一台のゲーム機の前で立ち止まっていた。

 

 それはプライズゲーム。筐体の景品には、かつてのレジェンドウマ娘のパかプチ。

 

 ショパンは少しそれを眺めて、財布から100円を取り出し、挑戦。

 アームがパかプチが持ち上げる……だけど、途中ですり落ちてしまう。

 

 ショパンは救えなかったパかプチを見て、少し耳を折る。

 お財布を両手で握りしめている姿が少し染みた。

 

「ねぇ、俺、取れるよそれ」

 

 そこに駆け付けた蒼介がそう言った。

 プライズゲームなら少しの自信があったのだ。さっきの不甲斐ない姿を見せてしまったことに対する挽回の気持ちもあった。

 

 500円を入れる。プライズゲームは最初から取りに行くのではない、慎重に取りやすいポジションに持っていくのが鉄則だ。

 そして、6回目のトライでアームがパかプチを捕らえに行く。パかプチが持ち上がる……が、やはり途中でアームからすり抜けて落ちてしまう。

 

 落ちた衝撃でバウンドし、折角の良いポジションからまた初期位置に戻される。

 

「ねぇ、難しいからもうあきらめて別のゲームしようよ」

 

 というショパンの言葉が、今の蒼介の耳には入らない。

 蒼介はお札を両替機で崩して、再チャレンジ。

 

「大丈夫、俺、これ何回か取れたことあるからさ!」

 

 なんとかして彼女に良い姿を見せたい一心だった。

 

 だけど、何度トライしても結果は変わらない。

 手持ちだけがどんどんと減って行く。

 

「蒼介君! もう大丈夫だから、そんなに使っちゃお小遣いなくなっちゃうよ!」

 

 ショパンがそう言って、蒼介はようやくそのプライズゲームを諦めた。

 結局、筐体の中を荒らしただけで、何も取れなかった。

 

 笑ってほしかった彼女は、また困り顔になっていた。

 

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 ゲームセンターを後にした二人はそのままお昼へ。

 

 近くの複合施設に、なんでも好きなものを食べられるフードコートがあったので、二人はそこへ。

 

 ショパンが食事管理していると言っていたから、選べるものをという事らしい。

 

 ショパンが選んだのは、焼き魚がいい香りを醸し出す和定食。蒼介も同じものを。

 また、蒼介は「御馳走するよ」と言い財布を取り出す。

 

 しかし、先ほどプライズゲームと格闘した後の財布は、とてもではないが二人分の代金を払える余力が無い。

 それどころか、自分の分を払う代金すらまともに無かった。

 

 蒼介が固まっていると、「大丈夫だよ、ずっと出してもらってちゃ悪いもの」といって、ショパンは二人分の代金を代わりに支払った。

 

「ごめん……」

 

 そう言うしかない蒼介。ショパンの顔を、まともに見れなかった。

 

 

――

 

 

「……かぁ、なんてナサケのねぇ。それで俺のセガレかよ」

 

「まぁ、いいじゃない。これも若さのひとつさ」

 

 フードコートの隅っこ。二人のオヤジはハンバーガーを片手に、離れた場所から二人を見守る。

 

「飯代、俺、返しとくからサ。あの娘に渡しといてやってくれよ」

 

 そういって織戸は秋名へ千円札を差し出す。しかし秋名は、「いいよ、二人の問題だからさ」といってそれを礼司へと返した。

 

 そして、若い二人がひとつのテーブルへ。「おいしいね」という言葉が小さいが聞こえてくる。

 

「そういや、お前んトコの娘、一時期は大変だったみてぇだな。悪かったな、あのときは連絡もとれなくて、丁度海外に居たってのもあってな」

 

「君が謝ることじゃないさ。それに、あの娘も戻ってきてくれたことなんだし」

 

 織戸は秋名の顔を見た。

 彼の妻が亡くなって以降、二人はずっと疎遠になっていた。職場が変わってしまった、というのもあるが、配偶者を亡くし廃人同然になっていた秋名へ連絡を取ることを織戸は躊躇っていたのだ。

 

 だからこうして、二人で顔を突き合わせるのも……何年ぶりというくらいだった。

 

 二人は互いの顔を見合い、老けたな、と思う。互いに皺も白髪も増えていた。

 織戸に関しては、肩まで掛かっていた長い髪をバッサリと切り落としてしまっている。

 

「俺、水取ってくるよ」

 

 そう言って、席を立つ蒼介の姿が見える。

 二人のオヤジは慌てて窓の外に目を向ける。あまり長居はできないな、と思う。

 

 二つのコップを持って戻った蒼介を見た時に、織戸は言う。

 

「そういやぁ、俺も昔はあんな風に嫁と飯食いに行ってたっけなぁ」

 

「今は行ってないの?」

 

「子供ができてからは、全然だな。また最近チビたちも増えちまったからなぁ。今はニギヤカな食卓に居ることが多い。……ったく、この俺サマが、こんな普通の生活おくるたぁ、考えてもみなかった。バンドで成功して、ラリって27でくたばる計画が台無しだ」

 

「いいことじゃないか。普通でいられるってさ」

 

 秋名の顔を織戸が見る。妻を亡くしたばかりのあの日々から、少し立ち直っているようにも見えた。

 

「……なぁ、こういうコト訊いちまうってのもアレだけどさ、再婚とかしねぇのか、お前」

 

「いいや、考えてないね。不思議と寂しくはないんだよ」

 

「そっか……」

 

 織戸はそれ以上を訊かなかった。秋名が何かを強がって言っているわけではなさそうだと感じたからだ。

 

 また、若い二人の席へと視線を移す。

 口元にご飯粒を付けた蒼介。ショパンはくすりと笑って紙ナプキンでそれを取ってあげる姿が見えた。

 

「なぁ、もしも、だ。もしもだぜ。本気にすんなよ」と織戸が前置き。

 

「どうしたの」と秋名が訊く。

 

「もしも、だ。あの二人がさ、マジでくっついちまったら、俺らって親戚同士になっちまうワケ?」

 

「……そうなる、ね」

 

「……赤ん坊が生まれたら俺が先に抱っこな」

 

「え? 僕だろ」

 

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 食事を終え、複合施設から出た二人。蒼介は手洗いだと言ってその場を離れる。

 

 ショパンはその間少し暇を持て余していたので、近くのお店をウインドーショッピング。

 

 すると、通りにポツンとウマ娘のグッズ専門店があるのを見つけた。

 ショパンは早速お店の中へ。

 

 イマドキメジャーな選手から、黄金の時代を駆け抜けたかつての選手たちまでのグッズがそこにはあった。

 

 そしてショパンは見つける。かつてトゥインクルシリーズに伝説を残した彼女の母、エアグルーヴの写真を。

 

 オークスの、ゴールを駆け抜けた瞬間の写真だ。ショパンはあの時をふと思い出して、それを手に取る。目を瞑れば、また母の声が聞こえそうな気がした。

 

 ショパンはそれを持ってレジへと向かう……しかし、その道中。

 

「だから! ドウデュースさんが一番なんだって、なんでわからないかなぁ!?」

 

「それは、あんたがイクイノックスさんの凄さを知らないからでしょ? 戦績表ちゃんと見たの?」

 

「ドウデュースさんだって全然負けてないし! ってか、ダービーで勝ったのはドウデュースさんだってこと、忘れてるんでしょ?」

 

「秋天とジャパンCで取り返してるし。皐月賞も含めるとこっちは3勝してるワケだし。どっちが強いかなんてわかり切ってるじゃない」

 

「でも宝塚の投票、ドウデュースさんの方が上回ったし。人気なのはドウデュースさんの方でしょ?」

 

「……何アンタさっきから」

 

「そっちがでしょ?」

 

 おおよそ小学生くらいのウマ娘が二人、お互い耳を絞って睨み合っている。一触即発の気配すらも感じ取れるような、穏やかではない雰囲気だった。

 

「ま、アンタがどういおうと戦績で勝ってるのはイクイノックスさんの方だから。もっとレースのお勉強してきたら?」

 

「でもイクイノックスさんって、もう全然走ってないじゃん。ドウデュースさんはまだまだこれからだけど、あっちはもう引退ってウワサだけど?」

 

「……は?」

 

「何? 私は事実を言っただけなんだけど」

 

 イクイノックス推しの娘が顔が、カーっと赤くなっていくのが見えた。おそらく、話題に挙げられたくなかったことだったのだろう。

 

 それを皮切りに、二人の罵り合いが、人目も憚らず始まる。

 これ以上やり合えば、お互い手が出てしまいそうだ。その光景にショパンが戸惑っていると――。

 

「こらッ! 店ん中でケンカすんじゃないよ。お客さんに迷惑でしょ!」

 

 店の奥から出て来たウマ娘が大きな声でそう言った。エプロンに着いたバッジには『店長』と記載があった。

 店長の声に驚いた二人のウマ娘は、捲し立てる言葉を止めて、スンと大人しくなった。

 

「ごめんなさい……でも、だって、この娘が!」

 

「先に言ってきたのはそっちだから!」

 

「だから、どっちが言ったじゃないよ全く!……大体ねアンタたち。どっちが勝ってるからとか、どっちが人気だからとか、そういうコトでウマ娘のレースってのは語れないんだよ。一人一人に違った生き様があって、ドラマがあって、そういう所に皆惹かれていくもんなの。その人にとってのヒーローは、皆違うんだよ。そのことを先ずは理解しな。二人とも」

 

 店長の言葉に、幼いウマ娘達は下を向く。

 

「それに、アンタたちが好きなヒーローは、競争相手を貶して喜ぶようなウマ娘なの? そうじゃないでしょ。正々堂々と戦って、称え合って。そういうアスリート精神をファンであるアンタたちも見習わなきゃダメなんじゃないの」

 

 お店の中に、少しの沈黙。

 

 すると、ドウデュース推しだった娘が、イクイノックス推しの娘に「……言い過ぎた。ごめん」と言った。

 イクイノックス推しの娘も。「私も……ちょっと嫌なこと言っちゃった。ごめんね」

 

 そうして二人はそのままお店を後にした。

 

「……やぁ、ごめんね。たまにいるのああいう娘たち」

 

 店長がにこりと笑ってショパンに言う。

 

「いえ、大変なんですね」とショパン。

 

「うん……まぁ、ホントは喧嘩するくらいなら追い出せばいいんだけどね。でも、やっぱああいう娘たち見ると、昔の自分思い出しちゃうみたいで嫌でさ。ついお説教したくなっちゃうの」

 

 すると、店長は商品の棚から、一枚のフォトグッズを手に取る。

 そこに写るウマ娘。緑と白の勝負服が眩しく、帽子のトレードマークが彼女を象徴する。

 

「ミスターシービーってヒトなんだけどね。もう、君くらいの年の子だとあんまり知らないかもしれないけど、私がまだ子供だった頃のヒーローだったの。もう、すっごい入れ込んでてさ。いつかあのヒトに並ぶんだって。お母さんに衣装を作らせたりもしたっけな。……でね、私も、さっきのあの娘たちみたいに、このヒトが絶対的だと信じて疑わなくてさ。その、まぁ言っちゃうけど、他の選手が好きだっていう子をばかにしてたの」

 

 店長のその表情は、どことなく曇っていた。

 

「大分昔だけど、私、地元の非公式のレースに出たことがあってね。そこで、どんな娘か忘れちゃったけど、エアグルーヴが好きだって娘がいてね。私、すっごくヒドいこと言っちゃった覚えがあるの。それから暫くの時間を経て、自分が大した存在じゃないこととか、色んな人に色んなヒーローがいるってことにやっと気が付いて……」

 

 ショパンは、その店長の顔にどことなく既視感を覚える。どこかで、この顔を見た気がするのだ。

 店長は続ける。

 

「……今もそのこと思い出して、胸が苦しくなっちゃうんだよね。まだきっと、あの娘怒ってるんだろうなって、私はまだ恨まれてるんだろうなってさ。……ごめんね、変な話しちゃって。誰かに聞いてほしかったのかも」

 

 そういって店長はまたショパンににこりと微笑んだ。

 

 その時に、ようやくショパンはその顔を思い出す。そして、彼女に向かってこう続けた。

 

「その娘、もうきっと怒ってないと思いますよ」

 

「え? どうしてそう思うの?」

 

「だって、店長さんすごく良いヒトだから。きっと、今のその気持ちも、どこかでその娘に届いてるって思います」

 

「はは、面白いこと言う娘だね、君。でも、そう言って貰えるとちょっと心が軽くなるかも」

 

 そう言って彼女はまた笑った。

 

「店長~! 店長どこですか? ヴァニティ店長~! 業者さんがお見えですよ!」

 

「はいはい! 今行きますよ!……じゃあ、仕事だから。ゆっくりみてってよ」

 

 そう言って店長は店の奥へと消えていった。ショパンはその背中に優しく手を振った。

 

 

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