【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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冷たい温もり

 

「差し戻し!?」

 

 それは、ショパンがこの学園を去って三日の時を経た午前のこと。何時も生徒会室に優美なクラシックを静かに奏でるウッドデザインに包まれたステレオスピーカーは、精密ドライバーを片手にしたナリタブライアンによって丸裸にされ、その代わりにとエアグルーヴの絶叫グルーヴが、30w出力のアクティヴスピーカーに負けず劣らずの音圧を含んでこの空間を揺るがした。

 

「ああ、どうもそうらしい」

 

 エアグルーヴの劈く嘶きに、ルドルフは片耳をペタリと畳んで、一枚の書類をエアグルーヴに差し出す。それはトレセン学園へ向けられた一つの要望書。

 

 そこに記された内容。端的に言えば身元不明のウマ娘『ショパン』の身柄をトレセン学園へ差し戻したいという旨が記載されていた。差出人はURA所轄のウマ娘支援センター所長。彼の憎らしい表情が、最後の捺印から読み取れるようだった。

 

「差し戻す理由が『同年代のウマ娘たちとの交友を深めることで、彼女自身が閉ざした心を赦し、胸襟を開くことを期待するものとし、引いては身元の明示化への貢献を賜りたい』だそうだ。つまり彼女がここで過ごせば心を開いて本当のことを話してくれるんだと……笑えるだろう?」

 

「これじゃあ、まるで責任の押し付けではありませんか」

 

「まるでじゃない。文字通り押し付けだ」

 

 そう言ったのは、回路図をひたすら睨め、時にはんだごてを用いてスピーカーの修理に当たるブライアンだった。

 

「あの天下り所長……良いウワサを聞かんとは言われていたらしいが、ここまで露骨とはな。どうせ本部(URA)には逆らえないから、比較的立場の弱いトレセン(ウチ)に付け込んだんだろう」

 

 ドライバーを投げ捨てて、ソファに凭れ掛かる。どうも話を聞いているだけでも、その所長に対する嫌悪が見え透くようだった。

 

「しかし何故。そんなものがまかり通るのなら、何の為の支援センターなのです」

 

 ブライアンの嫌悪がエアグルーヴにも引火する如く、彼女の声にも幾何かの力が入る。

 

「理由は単純だろう。全く身元の割れない問題児。URAでも匙を投げた案件だ。その身柄を押し付けられた支援センター。そしてそこの玉座に座る事なかれ主義。次の一手を想像するのは容易だ。警察を相手にするのも億劫なんだろう」

 

「まさか、然るべき機関がトレセンだったというオチだとはな。アンタの駄洒落の方がまだ笑える」

 

 そうかい。ならここで新作をひとつと身を乗り出すルドルフに、ブライアンは却下を即答する。

 

「そういや、学生証の件はどうなった」

 

 ブライアンは再びドライバーを手にすると、今度はプリアンプ部の分解に当たる。

 

「それに関しても面白いことが分かった。……URA内部から未登録の学生証が窃盗されたという事実はなかったそうだ」

 

 ルドルフの言葉に、二人の眉が僅かに動く。その微小な動きで、それはどういうことなのかと訴えかける。

 

「予定された発行枚数。回収し破棄された枚数。そしてURAに貯蔵されているストック。全て辻褄が合っているらしい。ここ暫くは、幸いにも紛失の案件も無かったからね」

 

「じゃあ、彼女が持っていたものは……?」

 

「"存在しない学生証"と言ったところか。更に面白いことがもう一つ。彼女の学生証、全くのブランクカードという訳ではなかったそうだ」

 

 それに反応したのはブライアンだった。ショパンの学生証がブランクであると、その場を持って立ち会った一人なのだから。

 

「本部で更なる詳しい解析を施した結果、彼女の学生証には何かしらの情報が記載されている痕跡があったらしい」

 

「あったらしい?」

 

「情報がプロテクトされていたんだ。それが奇妙なことに、発行元であるはずのURAですらも、破ることが出来なかったと。簡易端末が照会出来なかった理由もそれなんだそうだ」

 

 まるで未来の技術(・・・・・)のようだと技術者は嘆いたらしい。こうしている今現在ですらも、その学生証の仕組みをエンジニアたちが探っているようだが、その技術の正体を明かせる日は、未だに遠いのだそう。

 

「こんだけ調べても何もわからない……か、つまりこのオーディオと同じワケだ」

 

 ブライアンの目の前には、バラバラに解体されたスピーカーとアンプ。そして内部から抜き取られた真空管がショウウインドウに飾られるように机に並べられていた。ブライアンのその一言は、どうも修理が不可であったことを示すものらしい。

 

「原因はスピーカーじゃなかったのかい?」

 

 ルドルフは最近交換を施したばかりの真空管を手に取って、生徒会室に差し込む太陽に翳す。

 

「全くわからん。スピーカーのボイスコイルも、アンプの真空管も異常はない。配線切れもない。そもそも古い機種だ。何で壊れるかなんて分かったモンじゃない。いっそのこと買い換えたらどうだ? トランジスタ式の物にでも」

 

「私は真空管の方が好みでね。だったら新しい物の手配を頼んでいいかい?」

 

「会長! そんな事よりも!」

 

 脇のオーディオへと話題を翻すルドルフとブライアンに、エアグルーヴは唸る。

 

「本当に受け入れるつもりなのです?」

 

「上からのお達しだと言うのなら仕方あるまい。秋川理事長も合意の旨を示している。いくら身元が不明だと言っても相手は幼いウマ娘。これ以上粗末に盥回しにされるくらいなのなら、ここで一時保護を……とのことだ。それに――」

 

 ルドルフは真空管を手の中でころころと転がして、再び会長席へと身を預ける。その表情には先日の憂いとは一転し、どこか燻りを醸し出す鋭さがあった。

 

「私は少し気になる。あのウマ娘がどういった目的でここへ来て、なぜ君のことを母と呼び、どうして身元が割れないのか。学生証やペンダントの件がそうであるように、彼女の私物にも謎が多い。だが、『ショパン』という存在がそこに居る限り、真実は必ずある。それら不可思議の解明に立ち会おうというのなら、私も吝かではない」

 

 彼女の瞳のエッセンス、それは一つの好奇心。今までの経験則の全てが通用しなかったショパン。彼女の真実を知る日が来れば、それは多大なるカタルシスを齎すことであろう。

 

「それともう一つ、適当な理由を述べるとすれば、秋川理事長の意向に同意の意思を持ちたい。謎多きウマ娘であるとはいえ、"ウマ娘"だ。『全てのウマ娘に幸いを』ここで身寄り無き彼女を手切りにするというのなら、私は己の願いを殺さなければならない。上がこれ以上彼女への関与を忌むというのなら、私が手を取ろう」

 

 彼女の覚悟の言葉に、エアグルーヴはこれ以上のセリフを探し出せなかった。ただ彼女を受け入れるというのなら其れなりに考えなければならないことだってある。例えば――

 

「で、だれがソイツの面倒を見るんだ? 先に言っておくが、私は御免だ」

 

 エアグルーヴの思考を読んだかのように、ブライアンは不躾に言った。面倒ごとが一つ確定したという事実に、少し不満気な様子で。

 

「そのことなら憂う必要はない。彼女の面倒は私が見よう。所長の言葉に頼る訳では無いが、時を重ね紡ぎ合わせれば、彼女が何かしらのヒントを出す可能性は高い」

 

「会長……」

 

 どうやら彼女(ルドルフ)は本気でいるらしい。だがエアグルーヴには拭い切れぬ懸念が。

 

「万に一つの事として、ですが完全に否定できない話として一つ。もし、彼女の目的がこの学園に対して仇を持つものだとすれば……。その時は会長、一番身近に居るあなたに最初に危害が及ぶ可能性だって否定はできません」

 

 エアグルーヴの問いに、ルドルフは涼しい笑みで、簡潔な反駁を。

 

「そうだとすれば、真実を知りたい私としては有難い限りだ。……私を喰いたいというのならそうすればいい。――所詮私は毒入りだ」

 

 エアグルーヴはぐっと口を噤んだ。また。まただ。敬愛する彼女の悪い癖。

 

 自己犠牲(・・・・)をも厭わない姿勢。

 

 この学園で度々起こる事案、ルドルフは真っ先に迅速に動くことを何時も心掛けている。それが例え、アグネスタキオンの実験の失敗による園内の災害であろうと、彼女は率先して動き被害の最小化に努めている。その度に、一歩違えば……エアグルーヴはいつも思っていた。彼女はリスクを伴う行動だと判断すれば、エアグルーヴとナリタブライアンへ頑なに頼らない姿勢を保っていた。

 

 エアグルーヴにとっては、それが何時も歯痒いことだった。自分は彼女を支える杖として、彼女の傍らに居座っている。だが、肝心なところで何も身を差し出せないのであれば……自分がそこに居る理由など、何もない。

 

 自己有用感の否定に苦しむ訳ではない。ただ、彼女の役に立ちたいという想いが実らない現実に、無性の苛立ちを感じていた。

 

「また、あなたは己の身を差し出そうというのですか?」

 

 それはエアグルーヴの抵抗だった。彼女の言葉にルドルフの眉がピクリと動く。

 

「だが、先に君が論じてくれたリスクを、他の娘に背負わせるわけにはいかないだろう」

 

「確かに、一般の生徒であれば納得はできる話ですが」

 

「何か憂いがあるのかい?」

 

 ルドルフは手を机の上で組んでエアグルーヴを見据えた。

 

「仮の話です。私の邪推が杞憂でなく、真であったという前提の話です。もし貴女の身に何かが起これば、私たちは貴女というブレインを無くす致命的な展開だって考えられます。……以前から申したい気持ちはありましたが、もう少し我々を使っては頂けませんでしょうか」

 

 エアグルーヴの訴え。ルドルフは表情を変えずに耳を貸し続け、ブライアンは勝手に巻き込むなという不満を片手に、オーディオのカタログ誌に目を落とす。

 

「それに、彼女(ショパン)()のことを母と呼びました。だったら、彼女に何か目的があり行動を起こすとすれば、それは即ち私に対してのものであるという見解を立てるほうが正であり、私が彼女の監視役を担うことが合理的な判断とは言えませんでしょうか」

 

 エアグルーヴの立論、そしてルドルフの反駁。

 

「では、先ほど言った君のリスクについてはどうなる。彼女の目的が、君を害することであるとしたのなら?」

 

 だが、エアグルーヴの解に迷いはない。

 

「所詮私も……彼岸花(毒入り)です」

 

 二人の間に静かに流れる沈潜。それを鬱陶しく思ったブライアンが声を上げる。

 

「いいんじゃないか。そいつがそうしたいってんなら、そうさせればいい。……なぁ、お母さん(・・・・)?」

 

 いうまでもなく、それは一つの揶揄いだった。エアグルーヴは空かさずブライアンにナイフのような鋭い視線を投げつけ、ブライアンはそれから逃れるように生徒会室を後にした。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「では、頼んだよ。学園の諸君」

 

 そういって、その大きい図体を健気に支える足で踵を返し、憎たらしさをその場に残して支援センターの所長はエントランスから去っていった。彼の嬉々とした表情、まるで憑き物が落ちたかのようだった。

 

 何かあれば、直ぐに我々に頼ってもらって構わないと付け加えたセリフは社交辞令なのだろう、実際頼りにしようとすれば、何かと理由をつけて断るに違いない。

 

 もっとも、こんな事案を放り投げられた時点で、彼に対する信用や期待など無に等しいものだが。

 

「ごめんなさい。本当は私たちみたいな大人がどうにかしなきゃいけない話なのに」

 

 ショパンを担当していた女性職員、牧野はどうも情けないといった表情を残して、ルドルフとエアグルーヴに詫びた。

 

 彼女の持つ表情から出る悔やみというのは、飾りではないらしい。結局は彼女も唐突(あんまり)な話に振り回された駒に過ぎないらしい。

 

「いえ、上の意向なのですから。それに、トレセンであれば彼女に必要な教育を受けさせることもできる」

 

 ルドルフは腕を組み、月の冴えわたる夜空を嗜みながらそう言った。

 

「情けない話ですよね。私たちの本当の使命は、この娘みたいなウマ娘にこそ、頼りにされなきゃいけない存在なのに。『ウチはあくまで、健全(・・)な娘の支援を目的とした組織。孤児院でも託児所でもない。』ですって。あんなのが所長になれるんですもの。こんなの腐ってる……」

 

「意を酌み、同情します」

 

「ショパンちゃんのこと、私も引き続いて調べますから。何かあれば私に直接(・・・・)連絡をください」

 

 彼女から差し出された名刺。どうやら所長がそうだからと言って、職員全体が泥んでいるわけでもなさそうだと、ルドルフは軽く安堵の息をついた。

 

「じゃあね。ショパンちゃん……元気で」

 

 哀愁の瞳から湧き出る別れの句。だが当のショパンは……。

 

 

 

 

 

 

 エアグルーヴの傍らで、ちょっとだけ嬉しそうな表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「へぇ……その娘がそうなのかい……」

 

 時と場所は移ろい、美浦寮の玄関口。そこで寮長であるヒシアマゾンは腕を組んでもの珍しそうにショパンを視線で嘗め回す。彼女の眼力の強さに慄くショパンはエアグルーヴの陰に隠れるように。

 

「それで、部屋にもう空きは無いのか?」

 

「ああ。ほら、今年の新入生結構多かっただろう? 物置まで使ってなんとか初等部の娘たちを押し込んだんだけどさ」

 

「そうか……」

 

 エアグルーヴは顎に手を当てて数秒の沈黙。そして一つの解を導き出す。

 

「わかった。ならしばらく私の部屋に泊めよう。構わないか?」

 

「ああ、そりゃアタシはいいけどさ」

 

 エアグルーヴの視線はじろりとショパンに降り注ぐ。

 

「お前も、それでいいな?」

 

 彼女に決定権など与えない。そのつもりでエアグルーヴは凄んでみたが、

 

「うん!」

 

 ショパンは大きく頷く。むしろ望んでますと言わんような輝きに、エアグルーヴは益々彼女の真意を見出せなくなる。

 

「あの、お、お世話になります!」

 

 と、自分の居場所が決まったショパンは、寮長へお辞儀を。

 

「あ……ああ。なんだい。不審ウマ娘ってんだからもっとヘンな娘が来るのかって思ったけど、案外普通じゃないか」

 

「侮るな。彼女には分からないことが多すぎる。寮員全体にも伝えておいてくれ。もし不審な行為を見かけたら直ぐに報告するようにと」

 

 エアグルーヴはそう言い残してヒシアマゾンの横を通り抜ける。途中振り向き様に、もたつくショパンに早くしろと喝を入れた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 一通りの寮の説明を受け、夕食と入浴を済ませ、支援センターからそのまま貰った寝間着に身を包み、ショパンはようやく新しい寝床へ辿り着く。

 

 二人のウマ娘が共に生活を送るその居室。当然エアグルーヴにもそのパートナーは居る。

 

「あ、グルーヴさん。聞いたよ、新しい娘が来るんだって? その娘のこと?」

 

 そう、髪を梳かしながら二人を迎え入れたのはアイルランド王国良家の留学生(ファインモーション)

 

 柔らかい笑みと声色は、ショパンの緊張の色を少しだけ解してくれるようだった。

 

「ああ、すまないなファイン。お前にも暫く迷惑をかけることになる。詫びよう」

 

「ううん! いいじゃない。少し賑やかで」

 

 ファインモーションは彼女たちに笑って見せ、ショパンへ名前と少ししたことを尋ねる。

 

「へぇ、ショパンさんか。ねぇ……二人が母娘って本当の話?」

 

「なッ!?」

 

 ファインの思いがけない一言に、エアグルーヴは目を見開く。まさか、もうそんなところまで話が広がっているとは。

 

 生徒会室内での出来事であったハズなのに、外部まで話が漏れているとは…。悪事千里を走るではないが、噂とはやはり厄介な代物だ。

 

「そんなわけないだろう!」

 

 エアグルーヴは強く唸り、ファインはそうだよね~と再び温和な表情を作る。彼女も噂は噂と、本気にしている様子はなかった。

 

 心の蟠りが抜けないエアグルーヴは、ショパンへ視線を刺す。貴様のせいだ。どう責任を取ってくれるとでも言いたげな攻撃的な表情を。それに対してショパンは少しだけ沈んだ表情を見せる。本当の母とはいえ、彼女に迷惑をかけてしまったことは事実であるのだから。

 

「……もういい。今日は寝るぞ」

 

 そういってエアグルーヴは自分のベッドを捲り、その身を預ける。そして、その場に立ち尽くしているショパンに対して、何をしている、早く来い。とまた一言。

 

 ショパンは少し恐る恐るながら、エアグルーヴのベッドの中へとその身を沈ませてゆく。

 

「じゃあ、電気消すね。おやすみ! グルーヴさん、ショパンさん!」

 

 そしてその三人の部屋に、ようやく夜が訪れる。

 

 ベッドの中で、ショパンはエアグルーヴへ向いて中々寝付けない様子でいる。対するエアグルーヴはショパンに対し背中を向ける形で、頑なに振り返ろうとはしなかった。彼女はあくまでショパンの監視役。心を許す気など毛頭ないらしい。

 

 だけどショパンにとって、今の瞬間とは、ずっと願っていたことの一つ。

 

 

 ――いつか母と一緒のベッドで寝てみたい。

 

 

 どんな形であれ、そこにあるのは確かに幸いだった。

 

 

「おやすみ。お母さん……」

 

 ショパンは小声でそっと呟く。ずっと言ってみたかった一つの言葉。甘えを含んだ、おまじないのような言葉。

 

 

 ……だけど、その途端に、ショパンの言葉を聞き取っていたエアグルーヴは振り返って

 

 

 

「おい、貴様。次にもう一度同じことを言ってみろ……次はベッドから蹴落とすぞ」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

そう一言を残すと、エアグルーヴはまた彼女に背を向けた。

 

 

これ以上、迷惑をかけちゃいけないことはわかってはいる。だけど。

 

 

たとえ夢であってもいい。もう少しだけ母に甘えてみたかった。

 

 

ショパンはエアグルーヴの背中にそっと寄り添う。彼女の体温と微かに感じる優しい香り。

 

それはボディーソープの香りなどではない。娘だけが知り、感じることのできる母の香り。

 

耳を澄ませば、とくんとくんと聞こえる心臓の音。それらすべてが、ショパンを優しく包み込む。

 

 

暖かい、そして落ち着く。

 

 

優しい、そしてとても柔らかい。

 

 

今まで知らなった、その温かい世界。

 

 

ショパンにとっては、それが初めての母の温もりだった――

 

 

 

 

 

 

「おい、くっつくな」

 

 

 

 

 

今はまだ少しだけ、冷たいけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

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