【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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なぁ……仮の話をしよう。


例えば、このお腹の子が男の子か女の子か……或いはウマ娘か。


男の子ならば、きっと私に似て、我の強い芯の通った勇敢な子に育ってくれるだろう。

女の子ならば、きっと貴様(・・)に似て、気弱だが淑やかで、誰かを思やうことのできる優しい子に育ってくれるだろう。



そして……ウマ娘だったら。



きっと。




二人に似て、強く優しく、そして麗しい娘に育ってくれるのだろう。



きっと――母親(わたし)が居なくても……きっと。



いや、仮の話だ……。忘れてくれ。







親炙 変ニ長調 作品2
こんなに近くて、あまりにも遠くて


 

 

 とろん とろん ゆるり ふわり ふわふわ とろとろ 溺れてゆく。

 

 揺れる優しさと、温かさと、安心の揺り籠。子守歌は母の鼓動。

 

 ぬくぬく ころころ さらさら すやすや このままここで溺死するのも本望だ。

 

 願わくば、ずっとここに居たい。羊水に溶け消えて行ってしまっても構わない。

 

 明日など来なければいい。時間よ止まってしまえばいい。

 

 だけど、どうもそれは許されないらしい。だったらもう少しだけ、微睡の中で溺れ続けたい。

 

 

 もう少しだけ……

 

 

 もうすこしだけ……

 

 

 ………………………

 

 

 ……………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 

 

「――起きろ! ショパン!」

 

 どくんと、胸の内に仕舞い込まれた心の臓器が一瞬の悲鳴を上げる。彼女を支配した副交感神経は瞬く間に交感神経に殺される。

 

 光に包まれる寮の朝。少女の目の前には、隙無く仕上げられた女帝の姿。仁王立ちで厳しい面持ちを、何時かの娘に向けて。

 

「いつまで寝息を立てているつもりだ。学校の時間だぞ」

 

「あ、うん。おはよう、おかあさ……」

 

 パチン! とショパンの額に小さな衝撃が走る。突然の痛みにショパンは『ヒィンッ!』と情けない声を上げて、己をデコピンの刑に処した母の姿を見た。

 

「私をそう(・・)呼ぶなと言った筈だ。私は貴様の母親などではない」

 

「うん……ごめんなさい」

 

 朝っぱらから萎れた表情を見せるショパン。怒られると解っていながら何故そんなことを言うのかと、エアグルーヴは腕を組んで今日一回目の溜息を。

 

 早く着替えと朝食を済ませろとエアグルーヴが言うと、ショパンはせこせこと準備に勤しむ。まだ制服への着替えが拙い彼女、そのあどけなさは、多少なりの健気さをも感じさせる。

 

 袖を通すのも、ボタンを留めるのもまだ一苦労といった様子だ。

 

 せこせこと、だけどもたもたと。エアグルーヴは壁に背を預けて彼女を眺めじっと待つ。

 

 ふと、彼女の拙さに妙な懐かしさを覚える。

 

 自分も入学したばかりの頃はこうだったかもしれない……。初めての着付けはお母様に手伝って貰った記憶がどうも懐かしい……。エアグルーヴの脳裏に、かつての映像がリバイバルする。

 

 そうだった。そうだった。確かあの日は、確かその日は。

 

 ……?

 

 何故、彼女の着替えを見てそんなことを思い出すのだろう。

 

「お、お待たせ」

 

 ふと現実に戻されたエアグルーヴの前、ショパンは後ろ手を組み、制服をエアグルーヴに見せつけるように、少しだけにこりと笑って見せた。

 

 昨晩からあれだけ冷たくあしらわれようとも、それでもエアグルーヴに寄り添おうとするショパンに、エアグルーヴは増々彼女への理解を見失う。一体何を考えているのだろうか。皆目見当もつかない。

 

「じゃあ、学校」

 

「待て」

 

 部屋を後にしようとしたショパンに、エアグルーヴが呼び止める。何事かと振り返るショパンに、エアグルーヴは彼女の肩を掴んだ。

 

「寝ぐせを直せ。みっともない。……そこに座れ」

 

 あっ、と自分の散らばった鬣をぱらぱらと撫でるショパンを、エアグルーヴは自分の作業机の椅子に座らせ、私物の櫛とスプレーを手に、彼女の髪を梳いていく。

 

「ウマ娘たるもの、見てくれくらい何時も整えておけ」

 

「うん……ありがとう」

 

 慣れた手付きで、流れるように。ショパンの髪は瞬く間に流線のような癖のない上品(見事)な仕上がりに。そんな最中(さなか)、ショパンは少しだけ身を揺らしてそわそわ。あの母に髪を手直してもらっていることが、髪型が綺麗になることよりもどうやら嬉しいらしい。

 

 ふとエアグルーヴはショパンの髪の一端を指先で握って、深々と目を落とす。

 

「どうしたの?」

 

「いや、お前の髪質、少し私に似ていると思ってな」

 

 とくん。胸の臓器がもう一度、鐘を鳴らした。それはそうだもの。だって、だって。

 

「えへへ、そうかな……」

 

 満更でもなさそうな表情を見せるショパン。だがエアグルーヴは自分の言葉の真相に辿り着いてはいない。彼女にとってそれは、何と言うこともないただの感想なのだから。

 

「何をニヤついている。終わったぞ。さっさと支度をしろ」

 

 そしてショパンは、食堂で軽く朝食を摂った後、エアグルーヴに続いて寮を後にした。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「えっと、今日からこのクラスの一員になるショパンさんです。皆さん、色々教えてあげてくださいね」

 

 クラスの担任は事務的に彼女の説明と紹介を。この入れ変わりの激しい学園での転学や編入といったことはさして珍しい話でもない。そこの担任である教官にとっては、ショパンもその数多く居るうちの一人に過ぎないらしい。

 

 だが、そんな淡々としたクラス担任とは対照的に、クラスの騒めきはクレッシェンド。

 

 うそとか、マジ!? とか。小さな囁きも群れを成すと、大声のアジテーションと変わらない。

 

 だって、つい先日この学園を騒然とさせたあの不審ウマ娘が、目の前に『転校生』として現れたのだもの。

 

 話のネタとしては、かなり脂の載った旬のものであることに違いがない。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 ショパンは恐る恐ると頭を下げると、担任から指定された席へ。皮肉なことにB組だ。追い出されたクラスにお情けで居場所を借りる。

 

 無論、彼女は正式な生徒として迎え入れられた訳ではない。トレセン学園での身柄の一時保護の下、初等部生の年齢として受けるべき義務教育を受ける為に在籍を許されたに過ぎない。その為、彼女はトレセン学園生として、レースに出走する権限などを持たない。あくまで目的は保護なのだから。

 

 そうだとしても、ひとつの居場所を確保できたことは変わりのない幸いでもある。宙に浮いた状態であるよりは幾何マシということだ。

 

 ショパンが席に着き、担任が一度教室を出るや否や彼女はクラスメイト達に囲まれる。あの出来事は何だったのか、エアグルーヴとの関係についてだとか。彼女の存在が注目の一番人気である状態は暫く続きそうだ。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 午前の授業を少し終え、ビッグベンの鐘が学園内に響き渡る。それは生徒たちにとって至福の時間を知らせる福音。昼食の時間だった。

 

 B組の生徒たちはショパンの腕を引っ張って、共に食堂へと誘おうとする。恐らく昼食中も、ショパンのことについて洗いざらい聞きたいのだろう。これでは、生徒会室や支援センターに居たころ同様、また彼女に対する尋問が始まってしまう。

 

 ショパンは多少の困惑を覚えながらも、無理に断れない気の弱さにされるがまま、クラスメイト達と教室を出た時。

 

「――おい、そいつは私の監視下に置いている生徒(・・)だ。お前たち(クラスメイト)には悪いが、しばらくは干渉無用と覚えてくれ」

 

 教室前の廊下に居た副生徒会長。腕を組み壁に背を預け、変わらぬ厳しい瞳でショパンを待っていた。

 

 女帝の可視化できる程の威圧感の前、まだ幼い初等部生たちが取れる選択は一つ、ショパンの腕を解いて引き下がるのみ。

 

「いくぞ。昼の時間は限られている」

 

「うん、おか……」

 

 ぎろり。エアグルーヴの瞳が光る。

 

「エアグルーヴ……先輩(・・)

 

 ショパンの失言未遂。改め先輩呼称。エアグルーヴは聞かなかったことにして、食堂へと歩を進め、ショパンはその背中についてく、ついてく。

 

 ウワサの二人が並んで歩く。それを周りが放っておくわけがない。

 

 

『あの娘じゃない? ほら、エアグルーヴ先輩をお母さんって呼んだって噂の』

 

『登校中も一緒に居たよね。まさかホントに?』

 

『エアグルーヴ先輩の隠し子説ってマジ?』

 

『いやーありえないっしょ。年齢的にさ』

 

『妹なら居るってウワサは聞いたけど、その娘とかじゃないの?』

 

 こそこそ、そわそわと聞こえるある事ないこと。

 

 皮肉なことは、それらが全てが嘘ではないこと。……未来でなら(・・・・・)という条件付きだが。

 

 最もそれは、()のエアグルーヴにとって不名誉な噂であることには違いない、自分のしでかしたことが、母の名誉を傷つけている。その事実にショパンが気付くまでに、多くの時間は不要だった。

 

「ごめんなさい……」

 

 ここ(・・)へ来て、何度その言葉を吐いたのだろう。自分は母を陥れるために、ここへ来たとでもいうのだろうか。自己嫌悪の渦がベールのように纏う。

 

 だが、エアグルーヴは一貫して表情を変えなかった。先日ファインモーションに言われたあの時から、学園内がこの噂で満たされることを予見していたのだろう。既に覚悟の括られた『女帝』としての顔が、そこにはあった。

 

「なってしまったことだ。嘆いても始まらん。お前も反省の辞を述べるくらいなのなら、全てを改め、毅然としていろ」

 

 そこに動揺などない。声の抑揚は、揺れることも振れることも知らずに安定していた。

 

 所詮噂。それに事実が殺されることなどない。惑わされ、踊らされれば女帝など名乗れない。その心を、背中で語った。

 

 

 嗚呼。これが。

 

 

 ――女帝()の背中なのか。

 

 

 少ししたことで、激しく浮き沈みを繰り返すショパンとは対を成すほどに、彼女に通った芯は強かった。

 

 自分とは、あまりにも違う……こんなに背中は近いのに、あまりに"存在"が遠い。

 

 ショパンに入り混じる母への尊敬と自分への失意、彼女の歩幅が少し痩せる。エアグルーヴとの距離が少し遠のく。

 

 ショパンの僅かな変化、エアグルーヴは直ぐに気が付く。そして、彼女に一言を投げた。

 

「ショパン――前を見て歩け(・・・・・・)

 

 ふと、ショパンは萎れていた顔を上げる。それは、言い手と受け取り手で大きく意味を変える、魔法のような一言だった。

 

 きっとエアグルーヴは、足元を見て歩くショパンに対し注意喚起したに過ぎない。だが、ショパンにとってその言葉は

 

 

 ――激励と同じだった。

 

 

 嗚呼、ああ……ここで折れてはいけない。きっと自分は、母から何かを得るために、ここへ来たのだから。

 

 

「うん!」

 

 

 ショパンは浅く頷いた後、再び前を向きエアグルーヴの背中を追いかけた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「それで、その後の様子はどうだい?」

 

 日の大きく傾いた夕まぐれの国。明るさを齎さない、ただただ眩しいだけの光を背に受けて、シンボリルドルフは今日の議事録に印鑑を落としファイルを閉じると、女帝の名に少し不釣り合いな、はっきりとしない表情をひっさげたエアグルーヴを見た。

 

 エアグルーヴがショパンの監視役を買って出て約数日、生徒会の会議を終えた頃合いだった。

 

「……ええ、問題がありません」

 

「問題がない」

 

 意味を含んだ言葉と察し、ルドルフは復唱する。

 

「彼女、私に対してかなり従順です。私の言いつけや指導に対しても、素直に応じ反抗的な態度を見せません」

 

「ははは。よほど懐かれてるんだね。君をそう(・・)呼んだだけのことはある。君の邪推は邪推のまま消えたかい?」

 

「それとこれとは」

 

「どうであれ、我々への敵意がないというのなら、私としては安心材料さ。関係は良好かい?」

 

「関係……と申されましても、私はあくまで彼女を監視している役柄に過ぎません」

 

「同年代のウマ娘たちとの交友を深めることで、彼女自身が閉ざした心を赦し、胸襟を開くことを期待するものとし、引いては身元の明示化への貢献を賜りたい。……だそうだよ?」

 

ルドルフ例の要望書の一節を、皮肉のように引用し笑う。

 

「以肉去蟻。『北風と太陽』と同じさ。彼女の真が知りたくば、少しは温厚に接してあげることも、彼女の解へと繋がるかもしれない。コミュニケーションを放棄するのが最善策とは言い難いかもしれないよ?」

 

「……彼女自身は、私に何かと接してこようとはするのです。その、食事中も『美味しいね』だとか、少し友人ができた話だとか。起床や就寝のあいさつをしてきたりだとか……」

 

「おや、それではまるで、"君"が"彼女"から逃げているような口ぶりだね」

 

「そんなことは……」

 

 がちゃり――どん。

 

 古い立て付けだというのに、その扉を労わる気配もないブライアンがそこに姿を現す。彼女の視線の先、エアグルーヴだった。

 

「おい、こいつ(・・・)外でずっとお前のこと待ってたぞ」

 

 ブライアンの背後から、こそりと現れるショパン。少しだけ頬を紅潮させ、恥じるような嬉しむような上目使いで、エアグルーヴを視界に入れる。

 

「……こんな様子です」

 

 とエアグルーヴはルドルフへ言葉のボールを投げる。何かコメントをくれと暗に含むようだった。

 

「なるほど。ショパン。こちらへおいで」

 

 ショパンの身が少しだけ凍る。敵意が無いと言えど、ルドルフのことはまだ少し怖いらしい。歩幅を小さく、彼女の下へ着く時間を少しでも稼ぐことが抵抗だと言うように。

 

 生徒会長席の前、ショパンは両手を重ね、不安の仮面を被ってルドルフへ。

 

 ルドルフは机に肘をかけたまま、エアグルーヴへ言う。

 

「エアグルーヴ、目を閉じて背を向けたまえ」

 

「……え?」

 

「私がいいと言うまで、そのままで」

 

「意図が読めません」

 

「読む必要はない。私の興味本位だ」

 

 釈然としない気持ちを肩に抱えたまま、エアグルーヴは彼女らに背を向け、瞳を閉じる。

 

 準備が整ったことを認識したルドルフは口を開いた。

 

「ショパン――エアグルーヴは本当に君の母親なのかい?」

 

 

 ――!

 

 

 振り返りたかった。だが

 

「エアグルーヴ」

 

 それを読まれたかのように、ルドルフが彼女にブレーキをかける。そのままを維持し続けろという命令だった。

 

「さぁ……今はエアグルーヴは見ていない。思うように答えてみたまえ。どんな解であれ叱責をしないと約束をしよう。私にだけでも、本当のことを教えてくれ」

 

 瞼の裏の矮小な空間、頼れる情報は聴覚のみ。

 

 ルドルフの問いに対して、彼女が何を答えるのか。

 

「なるほど、分かった。もういいぞエアグルーヴ」

 

 次に聞こえたのがそれだった。ショパンは顎で答えたのだろう。YESかNOか。

 

 予想がつかないわけではない。だが、エアグルーヴはすぐさま振り返って

 

「彼女、何と?」

 

 訊かずにはいられなかった。

 

 ルドルフはそっと人差し指を口元へ翳し、にこりと笑った。

 

「もう一つ訊こう。君はエアグルーヴのことが好きかい?」

 

 エアグルーヴの視線は直ぐにショパンへ、彼女の瞳に映るショパンの答え。

 

 こくりと深く、頷いた。

 

「……」

 

 迷いがなかった。即答に近い頷きだった。

 

「……わかった。今日はもういい。エアグルーヴ、引き続き世話役(・・・)を頼めるのなら、今日はもう彼女を連れて帰り給え」

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 二人が帰った後の生徒会室。残ったルドルフはチェスの女帝(クイーン)を手に。目の前でその意匠を嗜む。

 

「あれで何か分かったのか?」

 

 彼女の柔らかい表情の意図が読めないブライアンは、眉を落としながらルドルフに問う。

 

「いいや。さっぱりわからない。清々しい程にね」

 

 ショパンがルドルフに出した回答――"不変"だった。

 

「彼女がエアグルーヴの子であるという言い分、無理を通せば道理が引っ込むことがわからない年齢でもないだろう。それでも……か」

 

 ルドルフは駒を置く。黒いクイーンの傍らに、小さなポーンを置いた。

 

「なぁ……ずっと思ってたんだが、アイツが母親だというのなら、父親(・・)も居るって言い分になるんだろ? だとしたらそれは誰だ?」

 

 ブライアンの最もな問い、ルドルフはさっぱりとした表情をブライアンに向け、答える。

 

「全く考えていなかった」

 

 ブライアンは察する。多分嘘だと。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「じゃあ……おやすみなさい」

 

 今日の電気当番はショパンらしい。ファインモーションは「おやすみなさ~い」と柔らかく答え、ショパンはこそこそとエアグルーヴのベッドに潜り込む。

 

「おやすみ……」

 

 ショパンは念を押すようにエアグルーヴへ。

 

 エアグルーヴも「ああ」とだけ答える。

 

 そして時は過ぎて1時間と半分、どうにもエアグルーヴは寝付けない。

 

 ふと寝返りを打つように、体を反対側。つまり、ショパン側へと向ける。

 

 ショパンは既に深い夢の中。安堵に満ちた表情で、くぅくぅと寝息を立てて。

 

 

 ――時折、お母さんと寝言を打って。

 

 

「……」

 

 故意に呼んでいるのでなければ、咎める理由にはならないが、何故そうまでして彼女はエアグルーヴをそう呼ぶのだろう。

 

 ショパンという存在はそこにいるのに、実態は全く見えてこない。

 

 こんなに近くに居るのに、真実は幻のように遠い。

 

「ショパン。本当にお前(・・)は誰なんだ……?」

 

 エアグルーヴの小さな問いは、夜の静寂に飲まれ、消えていった。

 

 

 

 

 








ああ……逢いたい


このお腹の子に早く逢いたい。


ああ……こんなに近くにいるのに


どうしてこんなに遠いのだろう……


ああ早く……お前(・・)に逢いたい……。


















――もう一度(・・・・)……お前に逢いたい……。










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