【完結】女帝の意志を継ぐ者へ   作:マシロタケ

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お母さま!?

 

 

「お前未来から来たんだろ?」

 

 

「……へ?」

 

 

 

 言葉を失うショパンの前、そこで腕を組み、凶器と比喩する剛脚を大地に突き刺し、彼女を見下ろす大柄な芦毛。

 

 バレた? 否、別に隠していることではない。誰も信じないから言わないだけ、混乱を重ねるから言わないだけの事実(それ)を、目前の芦毛は知っているというのだろうか?

 

「え、えっと……?」

 

 なんと答えるのが正しいのだろう、首を縦に振っていいのか。というか、何故彼女はそのことを知っている?そもそも彼女は誰だ。敵か否か。

 

「アタシにはわかる。お前未来から来たんだな? そうか……未来のサトウキビ農園はそこまでに深刻なのか」

 

 芦毛は顎を抱え、重く沈んだ顔色を。

 

「ああ! アタシには聞こえんだ! 未来のアリたちの阿鼻叫喚が! だからオマエは来たんだろ!?……頼む! 働き蟻たちの職をなくすわけにはいかねぇんだ! パームシュガー野郎どもに好き勝手にはさせねぇ!!」

 

「……?」

 

 瞳を滾らせ、大地をさらに踏みしめる。地割れが起こるのではという懸念すらそこにはある。

 

「ゴールドシップさん! ご迷惑になるような行為は慎むようにと!」

 

 芦毛の背後に現れるもう一人の芦毛。大柄な芦毛の後ろ襟を掴み、腕の細さに似つかわしくない剛腕で、彼女を連れ去る。

 

「待ってくれよ! マックイーン! ホントなんだって!! アイツは未来人なんだって!! マックちゃんにだってわかんだろ!?」

 

「意味の通らないことを!」

 

 ずりずりと大きな不沈船は踵を引きずり、後ろ襟にされるままショパンの視界からフェードアウトしていく。それでも彼女は『信じてくれ!』だとか『本当なんだって!』と最後まで喚き続けた。

 

 結局はただの冗談だったのだろうか。……だが或いは。そこに残されたショパンに、明確な答えはなかった。エアグルーヴの言いつけ通りに、授業が終わった後中庭で待機していたショパンは、再び独りぼっち。

 

 ベンチに掛けて、ふと息をつく。本当にあの大柄な葦毛が、未来への何かを知っているのなら……。ショパンに纏わる淡い気持ち、それは未来へ戻れるという希望なのかもしれないし、折角会えた母との別れを惜しむ、少しばかり望まない気持ちなのかもしれない。

 

 いつまでも過去(ここ)に居続けられるのなら、(エアグルーヴ)と何時までも時を共にできるのなら。それは本望なのかもしれない。だけど、自分には自分の居場所というものがある。ここに彼女の本当の居場所などない。在るのは違和感と矛盾だけ。

 

 それに未来には、ショパンの()と仲間たちもいる。彼ら彼女らは、いつまでもショパンの帰りを待っているに違いない。それらを全て捨ててまで、ここに居残ることを望むことが間違っていることくらい、幼いショパンにだって理解できること。

 

 しとしとしと、時を超え、変わらぬ愛を唄う三女神たちへ、ショパンはか弱く小さな瞳を向ける。

 

 彼女がここへ来た意味とは何なのだろう。女神たちが彼女に望むこととは何なのだろう。

 

 ……きっとあるはずだ。"何か"が。きっと。

 

 それを理解、或いは手中に収めたその瞬間こそが、彼女がエアグルーヴと邂逅した意味へと変わるのだ。

 

 だが……

 

 だけど……

 

 だとしたら……

 

 そうだとしたら……

 

 

 

 その時(・・・)は……

 

 

 

 

 今度こそは本当のお別れ(・・・・・・)になってしまうのだ。きっと……。

 

 

 

 

 ……三度目(・・・)はきっとない。もう二度と……会えない。

 

 

 

 

 

「――すまない。待たせたな、ショパン」

 

 ピン、と萎れていたショパンの耳が浮く。それは、『吃驚(おどろき)』からようやく『安堵(しっている)』に変わったショパンにとっての福音。

 

 名前を呼んでもらえるだけでも、彼女にとっては手に余るほどの贅沢であることに違いはない。

 

「あ、うん!」

 

 ショパンは喜びの面を作り、エアグルーヴへと手向ける。だが

 

「……どうした? 調子でも優れんか?」

 

 エアグルーヴはショパンの僅かな変化でさえも逃さない。先ほどまでの憂いを隠したつもりであっても、彼女(母親)の前でそれは無力のようだ。

 

「ううん、なんでもない」

 

 それは、これ以上は訊かないでほしいといった願いを込めた答えだった。憂いは確かにある。いつか必ず来る、お別れを覚悟しなければならない日。だから、それ以上を考えたくなかった。

 

 ただ今は、母と共に居られる時間を、何も考えずに。もう少しだけ、この運命に甘えていたい。それは幼いショパンの拙い我儘。

 

「いいだろう。では、手伝ってもらうぞ」

 

 ショパンの心を、エアグルーヴが感じ取ったのかは不明だ。だが、エアグルーヴは彼女への詮索を打ち切り、背を向けた。ショパンは何時もの如く彼女の背についてく、ついてく。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「散水は潤沢に、均一に渡るようにが基本だ。だが必要以上のやりすぎは禁物だ。根腐れの原因になる」

 

「足元に留意しろ! 踏むんじゃないぞ」

 

「剪定ばさみは慎重にな。切るところを違えるなよ。怪我にも注意しろ」

 

 青々しい緑に包まれ、花々の香りが萌ゆる花壇の中、女帝の小言はいつもに増して多い。ただでさえ鋭い眼光が、一層研がされるようだ。

 

 普段と違った緊張感の中、それでもショパンは一つづつを堅実に。

 

「筋は悪くない、お前もガーデニングの歴があるのか?」

 

 女帝の小さな賞美にショパンは綻んで答える。

 

「ううん。あんまりないけど、でもお花は私も(・・)好きだから。大切にしてあげたいなって」

 

「そうか、殊勝な心掛けだ。花は実に良い……身を着け花弁を着飾る瞬間とは儚いが、そこには語りつくせぬ比喩しきれぬ、形容しきれぬ美しさがある。お前も花々に教えてもらうといい。情と道徳を」

 

 エアグルーヴは一転して、吊った瞳を優しく下すと、美しく開いた花に手を携え、子を愛でる母(・・・・・・)のような優しい顔を無意識の下に作った。

 

 その横顔に、ショパンは惹き込まれる。自分が生まれた日も、母はこんな顔をしたのだろうかと。

 

 ――いつかでいい。今の私に同じように微笑んでくれるのかな。と。

 

 ショパンは剪定に戻ろうと、再び生い茂る花々に相対したとき、あっと声を上げる。

 

「どうした?……虫か?」

 

 僅かに身構えるエアグルーヴ、花と彼女の天敵が居るというのなら放置できる問題ではない。

 

 だが、ショパンはふるふると横に首を振り、声を上げた真因を指す。

 

「この子、元気がない……」

 

 ショパンの指の先、色が落ち萎えた花弁。花の向きすらも下向きに。

 

「……そうか、育ちきれなかったか」

 

 エアグルーヴは哀愁と同情の瞳をそこに向ける。

 

「切り落としてやれ。他の花への悪影響になる」

 

「……切っちゃうの?」

 

 ショパンは念を押すように。

 

「ああ。可哀想なことだが、致し方のないことでもある。今ある生命(いのち)を育む為にも…な。だが今日までを懸命に生きてくれたこの花を、忘れてくれることはない。…覚えておけ、命とは紡がれるものだ。ここで途絶える命でも、想いが愛が、死ぬことはない」

 

 ショパンは僅かな抵抗を感じながらも、萎れた花の首元に刃を翳す。俯瞰してわかる彼女の気後れ。折角産まれ、生きてきた花を殺すのだ。…自分の手(・・・・)で。

 

「代わるか?」

 

「ううん……大丈夫」

 

 ――シャッ。花の断末魔(さいご)は静かだった。目の前で一つの命が終わった。

 

 ショパンは落ちた花の株をそっと抱え、『ごめんね』とひとことの謝罪を。

 

「お前のせいではない。命は必ず終わる。生在る者の宿命だ」

 

 エアグルーヴはショパンの頭に手を翳し、彼女と共に散った花を悼んだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 少しばかり日差しも傾いた頃合い、花の手入れもようやく目途が立ち、二人は後片付けに勤しむ。

 

 剪定した後の葉の名残りや、使った後の道具を几帳に仕舞っていく。手入れをした花壇であれど、後を濁せば美しく映えることは約束されない。

 

「さぁ、今日はここまでにしよう。……まぁなんだ。助かった」

 

 花の情景に踊らされ、絆された結果なのだろうか。エアグルーヴはショパンへ謝辞を送る。その一言に、ショパンが喜ばない筈はない。

 

「うん!」

 

 褒められた。感謝をされた。ショパンの心は踊る。耳も尻尾もゆらゆら彷徨い、薄紅に染まる頬にかつての憂いが薄れてゆく。

 

 寮へ戻ろう。そうエアグルーヴが残し、二人が花壇に背を向けようとした時。

 

「エアグルーヴぅ~!!」

 

 どきりと、予想だにしない突然に、二人は意表を突かれる。張りのある活発的だが、少しだけ熟れみのある、大人の女性の声。それが二人の背を叩いた。

 

 踵を返す先に居た、一人のウマ娘。エアグルーヴと同じ毛色にアイシャドウ。何処か似通いながらも、彼女(エアグルーヴ)と対を成すほどの穏やかさと明るさは、大人の余裕と称していいのだろうか。

 

 エアグルーヴは瞳を大きく開けて、状況の整理に数秒を要し、ようやく言葉を発した。

 

「お母さま!?」

 

 それに続いて、ショパンも一言。

 

 

 

「おばあちゃん……若い」

 

 

 

「なッ!? 貴様! 私のお母さまに対し、何を!?」

 

「まぁまぁ、落ち着きなさいな」

 

 エアグルーヴの母は、憤る彼女を窘め、そっとエアグルーヴの陰に隠れるショパンに近づく。

 

「なぜ。こちらへ?」

 

「うん? ちょっと近くで用事があったのよ。それに我が愛娘の様子がどうも気になっちゃって。それで?」

 

 エアグルーヴの母は、顎に手を添え隠れる黒鹿毛を目にする。

 

「ふぅん……この娘が、アンタが手紙で言ってた『不思議な娘』ですっけ?」

 

「不審ウマ娘です。何も詳細が分からない状態で、一時保護を預かっているだけです」

 

「でも聞いたわよ~。この娘にとって貴女はお母さん(・・・・)なんですって?」

 

「……世迷言です」

 

 この手の話、エアグルーヴの母は、娘と違ってどこかを楽しむようだった。それは単なる好奇か、はたまた何かを感じているのか。どちらにせよ、そこに憂いの文字はどうもなかった。

 

「そっか。ねぇ、あなたお名前は?」

 

「ショパン……」

 

 エアグルーヴの母は少し身を屈め、ショパンと視線を合わせて問い、ショパンは素直を答えていく。

 

「どうして、エアグルーヴが貴女のお母さんなの?」

 

「それは……そう(・・)……だから」

 

 信じてもらえなくてもいい。どうせ真実を語っても、嘘を作り上げても、結果は同じなのだから。だったら、嘘はつかないでいたい。

 

「ふうん……なるほど。エアグルーヴがお母さんなら、私はおばあちゃんか……」

 

「っ!? 貴様! 今すぐ撤回をしろ!」

 

 母の機嫌を損ねたか。エアグルーヴに焦燥が走る。だがエアグルーヴの母は、その程度で動じるタマ(・・)でもない。それどころか――

 

 

 

「かーわいいっ!!」

 

 

 

 ショパンを思いきり抱き締め、頬ずりを始めた。

 

 

「お母さま!?」

 

「うーん!どんな娘かと思ってたけど、たまんないわねぇ……」

 

 ショパンはエアグルーヴの母にされるがまま。彼女の愛撫を受け入れる。ショパンにとって、エアグルーヴの母、つまり祖母のことは知っている存在である故、そこに恐怖はなかった。

 

 ……それを受け入れられないのは、中間にいる彼女(・・)の母であり彼女(・・)の娘であるエアグルーヴ本人だけのようだ。

 

「冗談はお止めください! そいつは正体不明の……!」

 

「あら、でも私この娘のこと、他人のような気がしないわ」

 

 エアグルーヴの母はにこりと笑って、ショパンを懐に抱えながら、エアグルーヴを見た。

 

「他人の……?」

 

「だってほら、目元なんてあんたにソックリ! 私の若い頃にも似てるわぁ。ほら耳の形とかさ!」

 

「お母さま……」

 

 エアグルーヴの母が天真爛漫で、娘たちを驚かす言動を見せることは少なくはない。今日のそれも、同じ調子(・・)かとエアグルーヴは溜息を。

 

「ねぇ、貴女どこから来たの?」

 

 そんなエアグルーヴを横目に、エアグルーヴの母はまだ見ぬ孫へと質問を重ねる。

 

「えっと……」

 

「もしかして、未来とか?」

 

「……うん」

 

 エアグルーヴの眉がピクリと動く。

 

(……未来?)

 

「そっかそっか。じゃあどうしてショパンちゃんは未来からきたの?」

 

「……わからない」

 

 現実を離れつつある二人の会話。双方、どこまで本気の会話なのだろうか。しかしエアグルーヴの母は、ショパンの何も否定をしない。寧ろ、彼女の一言一言を喜んでいるようだった。

 

「それじゃあさ……」

 

 エアグルーヴの母は身を乗り出して、ショパンへ耳打つようにして。

 

 

「――お父さんは誰?」

 

 

「……えっと」

 

 

 ショパンが詰まる理由。無論、父のことは知っていはいるけど、彼女の尾を引く懸念。横目でエアグルーヴをさらりと見て、思う。

 

 

 

 ……言っていいのかな?

 

 

 

「あはは! それ訊いちゃうのは反則よねぇ」

 

 とエアグルーヴの母は笑いながら、再びショパンの頭を撫でた。

 

「……でも、知ってはいるんでしょ?」

 

 ショパンは、少し頬を照らして頷いた。

 

「お母さま。お戯れが過ぎます」

 

「あら、御免なさい。ちょっと舞い上がっちゃった。……でもね、エアグルーヴ」

 

 エアグルーヴの母はショパンを開放すると、そのまま娘に囁く。

 

「この娘が言ってることが本当なら、この娘、貴女の"運命の人"を知っていることになるわよ」

 

「……へぇ?」

 

 女帝の口から思わず零れた、呆気。

 運命の人。その言葉を理解するのに、数秒を要した。

 

「な…っ。し、信じるわけがありません! 戯言です!」

 

「あらそう? 私、この娘が嘘つきにはどうも見えないけどねぇ」

 

「では、信じるのですか。未来から来たなどという妄言を」

 

「それも面白いじゃない」

 

「面白いって。だとしたら何の為に」

 

「そうねぇ。貴女に大事な何かを教えるため。もしくは、貴女から大切な何かを教わるため……ってところかしら?」

 

 エアグルーヴの母の瞳、女帝と呼ばれる娘を産んだその瞳は、サファイアの如く、静かに落ち着いていた。

 

 エアグルーヴはようやく気が付いた。母の目が、冗談を語っていないことに。

 

「エアグルーヴ。全てを疑ってかかることも悪いことじゃない。だけどね、時に愛を持って信じてみることも、貴女の何かを変えるかもしれないわよ?」

 

「何か……とは?」

 

「それは二人で探すこと。この娘(ショパン)貴女(エアグルーヴ)とで」

 

「……問わせてください。どこまで、本気なのです」

 

女王(わたし)はいつも本気よ。レースも恋も運命も現実も…未来も」

 

 

 母の瞳の前、エアグルーヴは何も答えることができなかった。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 ひゅうひゅうと五月蠅(うるさ)い夜風に眠りを阻害される。

 

 鬱屈だ。……否、それはただ他の何かのせいにしたいだけ。真因は…日中の母の言葉。

 

『他人のような気がしない』

 

 ベッドに伏せるエアグルーヴの脳内に、その言葉が際限なくリフレインした。

 

 くだらない。お母さまもあんな御戯れを。

 

 エアグルーヴの母の言葉、いつもならすんなりと受け入れられるはずの彼女の言葉。今回ばかりはそうもいかない。

 

 そんな(わだかま)りに嘘をつくように、エアグルーヴは無理に寝返りを打ち、強引に眠気を誘う。

 

 寝返れば当然、彼女は居る。愛らしく、細くか弱い寝息を立てて。

 

「……」

 

 ああ、厄介だ。どうも、厄介だ。

 

 

 

 できない

 

 

 

 どうも……できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……完全に否定できない。

 

 

 

 

 

 

『他人のような気がしない』

 

 

 

 

 

 

 それは、エアグルーヴがショパンと共に過ごし始め、無意識の下に育まれたとある情。

 

 言葉にされて、初めて見えた気がした"何か"

 

 片鱗はすでに、初めて彼女と出会った時から、全く無いとは言い切れなかった。

 

 しかし、あり得る筈がない。あり得ていい筈がない。

 

 だから、その心の囁きに耳を塞ぎ。見ぬふりをした。

 

 だから、無理にでも彼女に冷たく当たるしかなかった。

 

 そんな感情を認めてしまえば、エアグルーヴ自身もまた、混沌の渦に飲まれてしまうことになるのだから。

 

 ロジックが何一つ通用しない、カオスの世界へ身を投じてしまうことになるのだから。

 

 

 

「教えてくれ。お前は誰だ……未来って……何だ」

 

 

 昨日と同じ問を。

 

 

 回答は寝息。或いは寝ぼけた寝言。

 

 

 

 エアグルーヴは人差し指でショパンの前髪を分け目から横に流す。

 

 髪質、目元、耳の形、花を好く感情…こじつけだ。

 

 でも、或いはそれらが、前述した情を裏付ける根拠だとしたら。

 

 考えれば考えるほどに、何も見えなくなってくる。

 

 

 だから、厄介だ。

 

 

 本当に何の情も湧かないでいるのなら、どれほどに気が楽なのだろう。

 

 

 エアグルーヴの手は、ショパンの耳へ。

 

 

 耳の形。昔一度だけ、エアグルーヴは母から、耳の形がそっくりだと言われ喜んだ記憶がある。

 

 

 耳の形というのは、それほどまでに深い思い入れのある絆と証。

 

 

 くにくにくに……触って何かなんてわかるのだろうか。

 

 

 それでも、くにくにくに。

 

 

「……」

 

 

 くにくにくに……くにくにくに……

 

 

「……んぅ? なぁに……?」

 

「あ…いや、すまん…」

 

 エアグルーヴは慌てて手を放す。

 

「んぅ……」

 

 それと共に、再びショパンは睡魔に抱かれ、落ちていった。

 

 

 それを見たエアグルーヴは、何故かクスっと理由なき笑みをこぼしてしまった。

 

 

 一瞬だけ。この娘の寝顔が、愛おしく感じてしまったからなのかもしれない。

 

 

 

 ……くだらないな。

 

 

 

 ああ、厄介だ。

 

 

 

 

 









神よ





今日この日ほど、あなたを恨んだ日はない。





あなたは、僕の妻のみならず、娘まで奪おうというのか……





あの娘は、妻が残したたった一人の……





命が欲しいというのなら……代わりに僕の命を持っていくといい。だから……





娘を……返して……





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