アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「仮面ライダーとして東都を守っている有田春雪は、残高を気にすることなくレベルアップしたせいで、全損の危機に陥るのでありました」


美空「そんな中、チユリと仲直りする事が出来たハルユキとタクムだったが、その時タクムがハルユキの助ける手段を思いついたのでありました」


兎美「まったく...ハルったらおっちょこちょいすぎるでしょ」


美空「まぁ、そこがハルの良い所なんだけどね」


兎美「そうだけど...さてハルユキは全損することなく復帰する事が出来るのか?どうなる第13話!!」


第13話

明くる土曜日、午後12時50分。

 

 

ハルユキは、タクムと兎美と一緒に中央線の電車に揺られていた。

 

 

21世紀初頭と比べると自動車やバイクの道路交通事情は大分様変わりしたらしいが、この電車という乗り物は、100年近くも基本構造を保っている。

 

 

運転は今やAI任せの全自動だし、揺れや騒音も大いに改善されているようだが、箱形車両に沢山の乗客が詰め込まれるという大本の所は何ら変わっていない。

 

 

——あー、懐かしいなあ、この感じ。

 

 

ドアの近くに3人で並んで立ちながら、ハルユキは胸中でこっそり呟いた。

 

 

ハルユキの眼から見ても、私服のタクムはケチの付け様もなく格好良く、私服の兎美は何処かのモデルのようにかわいい。

 

 

中学1年にして175センチもある長身を上品に色落ちしたブラックジーンズとざっくりしたニットに包み、上に藍色のモッズコートを羽織っている。

 

 

兎美は青いジーパンにトレンチコートを着ており、靴は左右で色が違い右が青で、左が赤と左右対称になっている。

 

 

先刻から、同じ車内の男女複数がちらちらと視線を向けてきている。

 

 

だがその視線は、2人の間に立つちんまりポヨーンとした生物に移動した瞬間、深淵なる疑念に満たされる。

 

 

いったいどういう取り合わせだろうと、立場が逆ならハルユキだって思う。

 

 

小学生の頃は、居たたまれなさの余り穴を掘って埋まりたくなったものだが、兎美達のおかげで状況を懐かしがれるくらいの耐性は獲得できたようだった。

 

 

それにだいたい、見知らぬ他人の眼に萎縮している余裕はハルユキにはないのだ。

 

 

なぜなら、これから接触する人物の意向次第で、今や風前の灯火であるバーストリンカーとしての命が繋がるかどうかが決定してしまうのだから。

 

 

電車が間もなく御茶ノ水駅に到着するむねのアナウンスが視界に表示された。

 

 

タクムがくいっとハルユキのスタジアムジャンパーの袖を引き、囁いた。

 

 

「降りるよ」

 

「あ...ああ」

 

 

頷き、汗ばんだ両手をバギーパンツの横で擦る。

 

 

先方が接触場所に指定してきたのは、神保町にある大型書店内のカフェテラスだ

 

 

御茶ノ水駅から少し歩くが、それでも30分は掛からない。

 

 

もちろん、相手もまたバーストリンカーである以上、直接顔を合わせる訳ではない。

 

 

ならばなぜ現実世界での待ち合わせが必要になるのかというと、それが、加速世界でたった1人の《用心棒》が要求する唯一の報酬だからだ。

 

 

バーストリンカー最大の禁忌――《リアルを晒す》ことが。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

『よ...用心棒!?』

 

 

昨日、チユリの部屋でその単語を聞かされたハルユキは、鸚鵡返しに叫んでからしばし絶句した。

 

 

タクムは頷き、静かに説明を始めた。

 

 

『僕も、何度かギャラリー中に目撃したことがあるだけで、直接会ったり話したりした経験はないんだ。彼のアバターネームは《アクア・カレント》。装甲色は不定』

 

『アクア...カレント』

 

 

呟いた名前に聞き覚えはなかった。

 

 

バーストリンカーは東京都心に一千人からいるのだからそれは不思議ではないが、問題はその次だ。

 

 

『装甲色...不定?不定ってどういうことだ?』

 

『見れば解る...と言いたい所だけど、予備知識は多いほうがいいよね。そうだな...何て説明すればいいのか...』

 

 

常に理路整然としているタクムにしては珍しく数秒唸った後、発せられたのはやや予想外な言葉だった。

 

 

『ハル。《水》ってさ、《水色》じゃないだろ』

 

『へっ...?』

 

 

間抜けな声を漏らしてから、改めて考える。

 

 

一般的に水色と言えば、明るい青色のことだ。

 

 

しかし言うまでも無く、水その物は無色透明だ。

 

 

状況によっては青っぽく見える場合もある、というだけに過ぎない。

 

 

『つまり、そのアクア・カレントさんの装甲は、水色じゃなくて水の色...ってこと?』

 

『そういうこと。これ以上は、実際に見ないと理解できないと思う。それに、今は外見よりも、プレイスタイルの方が重要なんだ』

 

 

タクムはそこで言葉を切ると、一口掬ったアイスで喉を湿らせ、続けた。

 

 

『...彼は、加速世界でたった1人、《用心棒》っていう商売...って言うべきか...ともかく、そういうスタイルを標榜しているんだ。しかも、初心者限定の。具体的には、レベル2までの、ポイント残高が危なくなったバーストリンカーに雇われて、依頼人が安全圏に復帰できるまでタッグマッチの相棒を務める。噂では、今まで任務中に依頼人を全損させた事は1度もないそうだよ』

 

『...ま、マジかよ...』

 

 

呆然と眼を見開きながら、ハルユキは懸命にタクムの話を理解しようとした。

 

 

『ええと...それはつまり、そのアクアさんは、レベル1とか2の、しかもポイントが枯渇しかけて焦りまくってる新米とタッグ組んで、そいつを完璧に守りつつ対戦に勝ち続けられるってことか?』

 

『そういうことだね』

 

『す...すげぇなんてもんじゃないな...。きっと、物凄いベテランのハイランカーなんだろうな...レベル7とか8の、王に近いぐらいの...』

 

 

ハルユキの嘆声を聞いたタクムは、小さく微笑み、そっとかぶりを振って、この日最大級に驚くべきひと言を告げた。

 

 

『いいや。アクア・カレントの通り名の1つに、《ザ・ワン》というのがあるんだ。彼のレベルは...1なんだよ』

 

『レベル1で用心棒?』

 

『なぜ、それが可能なのか実はよく分かっていないんだ。実際に雇うにも条件がいろいろあるしね』

 

 

タクムは《用心棒》について色々説明してくれた。

 

 

『まず彼を雇う条件として、レベル2までのバーストリンカーであること、次に雇い主はリアルを明かす事、リアル割れのリスクが報酬の代わりになる』

 

『そっか...』

 

『ごめん、僕のリアルを明かしてもいいんだが、本人じゃなきゃ駄目みたいなんだ』

 

『当然だよ。それで?どうやってさらすんだ?』

 

『それは、指定された待ち合わせ場所に行って見なくちゃ分からない』

 

『しかも1人でか、何をするにも安全にって訳にはいかないな』

 

『こっそり着いていこうか?』

 

『いや、いい。ばれたら二度と会ってくれないだろうし、そういう事したくないんだ』

 

 

ハルユキはタクムと今後について話していた。

 

 

余談だが、2人しか分からない話をして、仲間はずれにされたチユリが機嫌を損ねたのは言うまでもない。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

昨日の会話を思い出しながら明大通りを15分ほど南下すると、前方に大きな交差点が見えてきた。

 

 

靖国通りとぶつかるその一帯が、いわゆる神田神保町――前世紀から存在し続ける、世界最大級の《本の街》だ。

 

 

言うまでもなく、2046年現在では、《本》とはすなわちニューロリンカー用の電子書籍を指す言葉である。

 

 

出版から販売までが完全にオンライン化され、読者は購入した本を仮想デスクトップで専用ビューワを使って読むことはもちろん、フルダイブして好みの環境で好みの体裁に《本化》して楽しむこともできる。

 

 

しかし世の中にはまだまだ、「本とはデジタルデータに非ず、本物の紙に印刷されきっちり製本された実在でなくてはならぬ」という人も多い。

 

 

ハルユキとて、黒雪姫がよく学校のラウンジで読んでいるような綺麗な装丁のハードカバーに憧れる気持ちもあるし、もう顔もよく思い出せない父親がコレクションしていた大判の百科事典を懐かしく思い出したりする。

 

 

電子書籍化という時代の奔流に逆らえず消滅するかと思われた現実世界の書店は、そのような顧客のニーズに特化する事で生き残った。

 

 

本を売るのではなく、本を作る——客の持ち込む電子書籍を紙に印刷し、製本する。

 

 

つまりはかつての印刷所的な機能と、数少ないペーパーメディアの新刊書籍販売、そして旧時代の古本販売を業態とする《本屋》が、神田神保町にはいまなお密集しているというわけだ。

 

 

ハルユキ達が向かったのは、駿河台下交差点に面して建つ大型の書店だった。

 

 

ビルの屋上には、紙文化の担い手の意地か、いまどきARではなく本物の大判パネルに印刷された若者向け書籍のキャラクター広告が誇らしげに鎮座している。

 

 

ハルユキとタクムは現在ニューロリンカーをグローバルネットから切断しているので、視界に表示される商業広告はそれだけだ。

 

 

謎の用心棒《アクア・カレント》は、彼の窓口になっているメールアドレスに昨夜ハルユキが送った仕事依頼に対して、書店ビルの最上階に併設されたカフェテリアを初接触場所に指定してきた。

 

 

先に立ち、書店前の交差点を渡ろうとするタクムの袖を、ハルユキは軽く引いた。

 

 

「ここまででいいよ、タク」

 

「え...でも」

 

 

首を振ろうとする幼馴染に、声を潜めながらも強く言う。

 

 

「《リアル割れは最大の禁忌》...リアル情報が流出したらいつPKされるか解らない。そうだろ?全損寸前の俺がそれだけの代償を払うのは仕方ない。でもお前まで自分を危険に晒す必要はないよ。これは無意味な意地っ張りとかじゃないぜ」

 

「それに私がいるんだから、心配しなくても大丈夫よ」

 

 

今回、兎美が居る理由は用心棒の話をした際に、自分も付いて行くと言った為だ。

 

 

最初は断ったが自分はバースト・リンカーじゃないから大丈夫と言って聞かなかった為、今日は一緒に来ている。

 

 

「...解ったよ」

 

 

幸いタクムは、完全には納得していない顔ながらも頷くと、視線ですぐ近くのハンバーガーショップを示した。

 

 

「じゃあ、僕はあそこで待ってる。いい報告、期待してるからね」

 

 

一歩下がり、今度はタクムがハルユキの左腕をぐっと掴む。

 

 

「——頑張れよ、ハル。何もかも、まだ始まったばかりなんだから」

 

 

仮に、用心棒と接触してすぐにポイント回復の為のタッグ対戦が行われるのだとしたら、あるいは最初の一戦で運悪く敗北して、ブレイン・バーストを失ってしまうことも有り得る。

 

 

軽く身震いしながらも、ハルユキは深く頷いた。

 

 

「ああ、解ってる。俺だって、こんな所で降りるつもりはないさ。心配すんなよ、がっつり稼いで戻ってくるから」

 

「...なんだか、コンゲームものの映画か何かで、ヤバい仕事で一山当てに行く主人公が言いそうな台詞だね」

 

 

緊迫した表情から一転、口許を綻ばせてタクムが発した言葉は、ハルユキの気持ちを軽くしようと思ってのものに違いなかった。

 

 

「じゃあ、私は主人公の仕事をサポートするヒロインってとこかしら」

 

 

兎美も便乗し、ハルユキの緊張をほぐそうとする。

 

 

ハルユキはにやりと笑い、内心で家族と親友の気遣いに感謝しつつ、最大限明るい声で応じた。

 

 

「ある意味、似たようなモンだしな。でも、そういう映画は、最後は必ずハッピーエンドって決まってるだろ。...じゃ、行ってくる」

 

 

一歩下がり、軽く手を挙げて振り向くと、ハルユキはちょうど信号が青になった横断歩道へと歩いた。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

大型書店の中には、どこか懐かしい紙の匂いが仄かに漂っていた。

 

 

1階2階が新刊書籍の販売フロア。

 

 

3階4階が古書フロア。

 

 

5階6階が電子書籍のオンデマンド印刷及び製本フロアで、7階が、出来上がったばかりの本を味わう為のカフェテリアになっている。

 

 

エレベーターで一気に7階まで上がったハルユキは、まず入り口から広い店内をそっと見渡した。

 

 

30卓はありそうなテーブルは3分の2ほど埋まっており、殆どの客が飲み物片手に紙製のページをめくっている。

 

 

意外にも、中高生と思しき若者も少なくない。

 

 

3、4人のグループで薄い冊子に頭を寄せ合っている者達も、1人で小さな文書を読んでいる者もいるが、これでは誰が《アクア・カレント》なのかを特定するのは不可能だ。

 

 

――いや、それ以前に、この店内には居ないという可能性もある。

 

 

兎美は時間を空けて店内に入り、様子を伺う手筈になっている。

 

 

しかし、事ここに至ればもう腹をくくるしかない。

 

 

ハルユキは、視界右下の時刻表示が約束の午後1時半になった瞬間に店内に踏み込むと、カウンターに立つ年配のウェイターにこれもメールで指示された通りに告げた。

 

 

「えと...17番テーブルで待ち合わせです」

 

 

かしこまりました、と案内されたテーブルは、しかしと言うかやはりと言うか無人だった。

 

 

天然木の卓上には、まだ仄かに湯気を上げているコーヒーカップと小型のショッピングバックが1つ。

 

 

取り合えず、2脚ある椅子の片方に座り、ウェイターが差し出す紙製メニューを一瞥してオレンジジュースをオーダーする。

 

 

ふう、と息を吐きながら、再び周囲をちらりと確認。

 

 

テーブルは窓際にあるので、すぐ右側の有機調光ガラス越しに神保町の街並みが一望出来る。

 

 

正面と左側のテーブルの客は両方とも大人だ。

 

 

こちらも見る視線は感じないが、しかしアクア・カレントが、どこかからハルユキをチェックしているのは間違いない——

 

 

とそこまで考えた時。

 

 

チチチっというような微かな電子音が聴覚をくすぐった。

 

 

数秒後に、もう一度。

 

 

そこで気付く。

 

 

音源はテーブル上の白いショッピングバックの中だ。

 

 

「お待たせ致しました」

 

 

その時、女性のウェイターがオレンジジュースを持ってきた。

 

 

「あの、このバックは?」

 

 

「さあ?お待ち合わせの方のじゃないんですか?」

 

 

ウェイターが離れた所で、もう一度鳴った。

 

 

3回目の音を聞いてから、恐る恐るバックに手を差し込む。

 

 

指先に触れたのは、薄い板状の物体だ。

 

 

そっと引っ張り出すと、それは黒いタブレット型デバイスだった。

 

 

ニューロリンカーが実用化される以前には盛んに使われていたという、多用途携帯端末の一種。

 

 

7インチほどのELモニタには、ウインドウが1つと、ソフトキーボードが表示されている。

 

 

窓に浮かぶのは、【名前を入力せよ】との一文だけだ。

 

 

反射的に有田...と打ち込みかけてから、慌ててバックスペースを押し、再度動かす。

 

 

入力した文字列は、もちろん【Silver Crow】。

 

 

エンターキーに触れるや否や、画面が切り替わった。

 

 

同時に先程とは音色の異なる小さな電子音。

 

 

続いて映し出された画像を見て、ハルユキは小さく息を呑んだ。

 

 

「......!」

 

 

それは、まとまりの悪い髪に弱気な角度の眉、丸っこい眼とぷっくりした頬を持つ少年――ハルユキ自身の顔に他ならなかった。

 

 

デバイス上部に備えられている小型カメラで撮影したのだ。

 

 

写真が消えるや否や、次の窓が浮かぶ。

 

 

【報酬は確かに受領した。13時40分より依頼された任務を開始する。準備を整えそのまま待機せよ】という新たな文章も、ほんの10秒で消滅。

 

 

デバイスの電源が勝手に落ち、モニタはブラックアウトした。

 

 

無意識の内にタブレットを元のショッピングバックに戻しながら、ハルユキは今更のように考えずにはいられなかった。

 

 

――なぜ?謎の用心棒バーストリンカー《アクア・カレント》は、なぜこんなことを?

 

 

オレンジジュースをごくごく半分ほども一気飲みして、それを燃料に脳をフル回転させる。

 

 

確かに、バーストリンカーのリアルネームと顔写真は、加速世界では途轍もない重みを持つ情報だ。

 

 

流出したが最後、《物理攻撃者(フィジカル・ノッカー)》略してPKと呼称される無法者どもにリアルアタックされ、バーストポイントを根こそぎ奪われる。

 

 

ルートさえあれば、情報は高く売れるだろう。

 

 

だがアクア・カレントの依頼者となるのは、例外なくポイント全損寸前の、しかもレベル2までの新米なのだ。

 

 

そんなバーストリンカーはリアルアタックの獲物になりようもない。

 

 

それとも、《育ててから収穫する》というようなことなのだろうか?顔写真を握った上でポイントを安全圏まで回復させ、改めてPKに売り飛ばす。

 

 

しかしタクムは昨夜、ハルユキにこうも言った。

 

 

アクア・カレントが護衛したバーストリンカーで、そののちリアル・アタックの被害にあった者は1人もいない、と。

 

 

逆に言えば、もしそんな例が1件でもあればアクア・カレントの用心棒としての評判は地に落ち、誰も依頼などしなくなるだろう。

 

 

つまるところ、彼がなぜ用心棒などというプレイスタイルを貫き、その報酬にリアル情報を要求するのかは、相変わらず大いなる謎だということだ...。

 

 

そこまで考えた所で、時計が35分を回った。

 

 

再び緊張が下腹あたりから込みあげ、同時にもう1つのシグナルも伝わる。

 

 

「やべ......」

 

 

ハルユキは慌てて店内を見回し、トイレの表示を見つけると立ち上がった。

 

 

対戦中は基本的に現実身体の生理的欲求とは切り離されるが、済ませるものは済ませておくのがバーストリンカーのたしなみというものだ。

 

 

脱いだスタジャンを椅子の背に掛け、早足でトイレに向かう。

 

 

まったく、これだけ情報化が進んだ社会なんだから、不要な水分の排出くらいそろそろオンラインで出来るようにならないものか...。

 

 

などと下らない事を考えていたせいか、いつもの癖で背中を丸めて俯き加減だったせいか、ニューロリンカーをグローバル切断していたせいか、あるいはそれら全てが原因か。

 

 

トイレの表示がある通路に入ろうとしたハルユキは、ちょうど曲がり角の奥から出てこようとしている人の存在に気付くのがほんの少し遅れてしまった。

 

 

先方は1メートルの距離を取って停止したので、ハルユキがちゃんと前を見ていれば衝突は回避できたはずだ。

 

 

だが、俯きながら考え事をしていたハルユキは、視界に茶色いショートブーツの爪先が入った時点でようやく事態を察知し、小さく声を上げた。

 

 

「あっ...!」

 

 

慌てて急制動を試みる。

 

 

しかし咄嗟の事で、慣性質量をコントロールし切れない。

 

 

たたらを踏むハルユキを見て、相手は素早く左に一歩動いた。

 

 

ハルユキがそのまま前進していれば、自分1人が軽く躓くだけで済んだ――はずだった。

 

 

のだが。

 

 

相手が動いたのと同じタイミングで、愚かにもハルユキもまた、そちらへ針路変更を試みていたのだ。

 

 

軽いパニックに陥りながら、再度元のコースへ戻ろうとする。

 

 

しかしその動作すら災いし、左前に出るはずの左足が右足に引っかかった。

 

 

あとはもう、青系デュエルアバターの体当たり攻撃の如く前にすっ飛んで行く以外に出来る事はなく――。

 

 

テキストで表記するならば、どんぽにゅふわんずでーん、というような連続的感覚とともに、ハルユキは先方を巻き込んで通路に思い切り転倒した。

 

 

――せめて。

 

 

せめて願わくば、次のような相手ではありませんように。

 

 

①お年寄り全般。

 

 

②女性全般。

 

 

③怖い人全般。

 

 

「っ...つつ...」

 

 

すぐ近くで発せられたその声は、ハルユキ全身全霊の祈りは届かず明らかに②だった。

 

 

あとは同時に③をも満たさない事を願うばかりだ。

 

 

だが体を起こす際に相手の胸に手を置いている事に気がつき、相手と密接する体を左方向に転がし、壁に背中を擦り付けるように体を起こしながら、大声で謝罪する。

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

 

汗だか涙だかで滲む視界中央で、ハルユキがオフセット衝突した相手もようやく上体を持ち上げた。

 

 

向こうは停止していたのだから、明らかにこちらの前方不注意・速度超過・脇見運転で過失割合は10対0だ。

 

 

しかも相手は、どこをどう見ても、同年代か少し上の女性――すなわちハルユキが最もコミュニケーション不全を起こしやすい人種だった。

 

 

体つきはかなりほっそりしている。

 

 

着ているのはグレーのビーコートとスリムジーンズ。

 

 

髪は短く、毛先がくるんと内に巻いている。

 

 

そして小作りな顔には、昨今では珍しい、赤いプラスチックフレームの眼鏡。

 

 

いかにも本、しかも紙のハードカバーが似合いそうな女の子だ。

 

 

どうやら③には該当しなさそうだ。

 

 

とわずかばかり安堵しつつ、ハルユキは改めて深々と頭を下げた。

 

 

「あの、本当にすみませんでした。前良く見てなくて...」

 

 

「...いえ」

 

 

眼鏡の女の子は、短くそれだけ言うと立ち上がった。

 

 

すると、誰かがハルユキ達に近づいてきた。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

ハルユキが転倒した事に驚いたのか兎美が安否を確認する為、駆け寄ってきた。

 

 

「2人とも何処か怪我はしていませんか?」

 

 

「はい」

 

 

「俺も大丈夫です」

 

 

あくまでも今のハルユキ達は他人という設定なので、ハルユキは兎美にたいして敬語で返答する。

 

 

女の子は周囲を見回し、兎美のすぐ近くの床に手を伸ばそうとする。

 

 

その先に、小型の肩掛けバックが落ちているのに気付いた兎美は、それを拾おうと手を伸ばした。

 

 

「あっ、駄目...」

 

 

「えっ?」

 

 

驚いたハルユキだったが、兎美がバックから飛び出てるタブレットを見て、不自然に手が止まっている事に気がついた。

 

 

「あの...渡してもらってもいいですか?」

 

 

女の子の言葉を聞いても、兎美はバックを返そうとしなかった。

 

 

それ所か兎美はバックからタブレットを取り出した。

 

 

「?」

 

 

兎美の行動に、ハルユキは疑問符を浮かべた。

 

 

「あなた...もしかしてアクア・カレントさん?」

 

 

兎美の言葉に驚くハルユキだったが、兎美が持っているタブレットの画面を見て、兎美の言葉を理解した。

 

 

なぜなら、兎美が持っているタブレットには先程撮られたハルユキの写真が写っていた。

 

 

女の子は兎美からタブレットを奪い取ろうとするが、兎美はそれを難なくかわして阻止する。

 

 

女の子は立ち上がり、ハルユキ達に背中を向けた。

 

 

「その鞄は私の物ではないの」

 

 

そう言って彼女は離れていくが数歩程、歩いた所で振り向いた。

 

 

「返して下さい」

 




どうも!!ナツ・ドラグニルです!!


本来なら15日に投稿するつもりでしたが、忘れてしまって今日になってしまいました。


最近仕事が忙しく、投稿する事が出来ませんでした。


再来週には、一段落するので投稿を忘れない様にします。


今回の話は、ビルド側の話は入れていないので特に変更はありません。


これからも、応援の程宜しくお願いいたします!!


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