アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者 作:ナツ・ドラグニル
千百合「お互い自己紹介を終えたハルユキ達は、早速レベル3、4であるニッケル・ドールとサウンド・ダクトとタッグマッチを始めたのでありました」
美空「それにしても、なんでアクア・カレントはレベル1のままなの?」
千百合「確かに、バウンサーとして依頼をこなしてるならレベルアップ出来そうだけど...」
兎美「レベルアップしないのは、バトルに勝った際に相手のレベルが高ければ得られるポイントも増えるから、それを狙ってレベルアップしないのか。もしくは...」
美空「もしくは?」
兎美「まぁ、それは話が進めば分かるわよ。さてどうなる第15話!!」
千百合「ごまかしたわね」
梅里中学校、正門前。
その門の前に、タクムが緊張した面持ちで立っていた。
なぜ、タクムが梅里中学に来ているのかというと、カフェテリアの近くにあるハンバーガーショップで待機していた時だった。
『君に話がある。梅里中学の生徒会室まで来てくれ』
というメッセージが、黒雪姫から届いた。
タクムは指示通りに梅里中学の校内に入り、生徒会室に向かう。
——なぜ彼女は僕を呼んだんだ?もしかして...襲撃の事か?
呼び出された理由が分からず、難しい顔で色々考える。
考え事していたせいか、人が近づいてきている事に気づかなかった。
「あら?あなたは...」
「!!?」
接近に気づけなかったタクムは、声を掛けられた事に驚く。
「ここの生徒じゃないみたいだけど、何をしているのかしら?」
腕に風紀委員の腕章をつけた幻が、タクムに話しかける。
そして、タクムも幻の事は見覚えがあった。
久しぶりにハルユキにあった時、ハルユキを連れて行った女子生徒だったからだ。
「すみません、ここの生徒会の副会長に呼ばれているので」
タクムは女生徒を警戒しながら、その場を凌ごうとする。
「そう、案内は必要かしら?」
「いえ、大丈夫です」
タクムはそう言って、女生徒の横を通り過ぎようとすると。
「気をつけた方が良いわよ、最近物騒だからね」
幻の言葉に、タクムは足を止めた。
「ご忠告どうも」
今度こそ、タクムはその場を離れた。
——彼女は一体何者なんだ...ハルの話だと、彼女に連れて行かれた後にファウストに何かされたって話だけど...
幻に関して考察していたタクムだったが、考えるのを後にして先を急いだ。
タクムは生徒会室の扉の前まで来ると、意を決してノックをする。
「入れ」
黒雪姫の声を聞き、タクムは中に入る。
「来たか」
黒雪姫はタクムに背中を向けて、椅子に座っていた。
「あ...あの...」
恐る恐る話しかけるタクムだったが、突如黒雪姫が立ち上がった。
「バーストリンク!」
突然の出来事に混乱したタクムだったが、状況を理解した時には、タクムの視界には。
【HERE COMES A NEW CHALLENGER!!】
というアルファベットが表示されていた。
☆★☆★☆★
タクム《シアン・パイル》は黒の王《ブラック・ロータス》に、なぜ対戦を挑まれたのか分からなかった。
「さあ、始めようか」
「ブラック・ロータス、どうして...」
「聞いていなかったのか?私は始めようかと言ったのだ」
タクムは、黒雪姫の言葉に息を呑む。
「ま、待ってください!僕は...」
「君は今、1人のバーストリンカーに乱入され、戦いを挑まれている。挑まれた戦いには全力で応える、それがこの世界のルールだろう。来ないならば...」
言葉の後、黒雪姫の装甲が展開され、通常形態から戦闘形態へと移行する。
「こちらから行くぞ!!」
いきなりの攻撃で、タクムは大きく吹き飛ばされてしまった。
「うわぁ!!」
「どうした?遠慮する事はない、ポイントを荒稼ぎするチャンスだぞ」
喋っている間も攻撃を繰り返していた黒雪姫は、攻撃の手を止め一度距離を取って剣を向ける。
「それとも、それが君の実力か?」
「う...」
「レオニーズの使いの者に、君の様子を聞いた。君は剣道の大会にも出ていない、なぜだ?」
黒雪姫の質問に、タクムは重々しい様子で答える。
「けじめです」
「けじめ?」
「僕は罪を犯しましたから、今のままここに居る訳にはいかない」
「やはりそうか。自分が得て来た物、獲得してきたものを全て捨て、全てを失う事で罪を償う。君はハルユキ君が一人前のバーストリンカーになるまでサポートした後、自らブレイン・バーストをアンインストールするつもりではないか?」
タクムは黒雪姫の言葉に、沈黙していた。
「どうなんだ?」
「罪を償うにはそれしかないと思いました...」
「やはりな」
タクムの言葉に黒雪姫は落胆する。
「でも!」
タクムは、言葉を荒げながら叫ぶ。
「ハルと一緒に戦って気付いたんです!」
黒雪姫は黙って聞いていた。
「ハルが戦う時に、言っていた言葉があるんです」
タクムはその時、対戦していた時にハルユキが言っていた言葉を思い出す。
☆★☆★☆★
『ハルはやっぱり強いね。さすがは仮面ライダーと言った所かな』
『なんだよいきなり』
タクムの言葉に、ハルユキは疑問符を浮べる。
『いや、教えている僕が足手まといになってるんじゃないかなと思って』
『そんな事ないだろ、相性が分からなかったら負けてたかもしれないし、お前がいなかったら危なかった戦いもあったしな』
『それでも、やっぱり君の強さが羨ましいよ...』
タクムはそう呟き、遠くを見つめた。
『タク...力を手に入れるってのは、それ相応の覚悟が必要なんだよ』
『え?』
『だから半端な気持ちでは、強くなる事なんて出来ないんだ』
タクムはハルユキの言葉を聞き、黙ってしまった。
『俺が仮面ライダーとして戦う時も、バーストリンカーとして戦う時も、俺は覚悟を持って戦っているんだ。だからお前も持ってみろよ、お前だけの覚悟を』
『ハル...』
『まあ、これも兎美からの受け売りなんだけどな』
☆★☆★☆★
「だから僕は近くで、ハルを支えたいと思ったんです!」
タクムは、自分の気持ちを黒雪姫にぶつける。
「こんな僕でも!ハルの隣に立ち、一緒に強くなる!それが僕の覚悟です!」
黒雪姫は、タクムの覚悟を聞くとフフフと笑い出した。
「フフフッ!ハハハハハハ!なるほど、どうやら私がしようとした事は、只のお節介だったと言う訳か」
黒雪姫は、再度剣を向ける。
「ならばその覚悟が本物かどうか、私に示してみろ!」
「ええ、今の僕は...負ける気がしない!」
「ふっ、行くぞ!」
☆★☆★☆★
(腐蝕林ステージか...)
シルバー・クロウは心の中でそう呟くと、アクア・カレントへと視線を移す。
アクア——《水の》。
カレント——《流れ》。
バーストリンカーに与えられる名前はアバターの外見的特徴をそのまま表すものが多いが、これほどストレートな例も珍しい、とハルユキは思わずにいられなかった。
白銀の有翼アバター《シルバー・クロウ》としてステージに降り立つや否や隣に向けた視線が捉えたのは、シルエット的には特徴の薄い細身の姿だった。
身長はクロウよりわずかに高い位か。
スマートな両手両脚、そして胴体には武器らしき装備はない。
いや、あるいは全身に特殊な装備を施している、と言うべきかもしれない。
なぜならアクア・カレントの頭から爪先までは、高速で流れ落ちる水の膜にくまなく覆われているからだ。
肩から両手へ、そして胸から腰、両足へと音もなく流れる水は、四肢の末端で細い水のケーブルとなり、後方に大きな弧を描くように上昇して、頭の後方から再びアバターを包み込んでいる。
言い方を変えれば、カレンの装甲は、永遠にループする《水の流れ》そのものだ。
水流は恐らく2、3センチの厚みしかないのに、どれほど眼を凝らしても内部のアバター本体を見通すことはできない。
《
そして、体型からアバターがM型なのかF型なのかを判断することも難しい。
約2秒でそこまでの観察を終えたハルユキに向け、カレンは低く第一声を発した。
「接触まで2分。敵タッグは明大通りを御茶ノ水駅方面から南下してくる」
その声もまた、強力なフィルタ効果によって性別を感じさせない。
また、生身の時は特徴的だった「なの」という語尾も消失している。
もし偶発的リアルアタックによってトイレの前で正面衝突していなければ、カレンを女性なのではと疑う理由は一切なかっただろう。
「は、はい......まっすぐ突っ込んできますね」
頷き、ハルユキは思考を切り替えつつ視界中央の水色三角、すなわち《ガイドカーソル》を睨んだ。
2人は今、神保町は駿河台下交差点の南西角に建つ大型書店ビル――だった巨木の上に立っている。
木と言っても、《原始林》ステージのような勢いのいい広葉樹ではなく、半ば腐ったような寸胴の幹から申し訳ばかりに細い枝葉を伸ばした、不恰好なシルエットだ。
遥か眼下の交差点は、東西に靖国通り、南北に明大通りが交わる大きなものだが、地面は8割方が紫色の毒々しい粘膜に覆われている。
時折ぼこ、ぼこと泡を上げるそれは、文字通りの《毒の沼》だ。
この腐蝕林ステージは、毒沼地帯に踏み込むだけで体力ゲージを削られるという厄介な属性を持っている。
タッグ戦なので2つの表示されているガイドカーソルは、ほとんど重なった状態で北を向いたままだ。
御茶ノ水からは、緩い下り坂になっている明大通りを一直線に南下中なのだろう。
病気のバオバブのような木立が邪魔をして姿は見えないが、どうやらタッグの一方は毒沼を大雑把に避けるだけで、あまりに気にせずダッシュしているらしい。
視界右上に2本並んだ相手タッグの体力ゲージの片方が、小刻みに微減していく。
「......た、確かに真っ向勝負って感じですね......」
呟きながら、ここでようやく相手方の名前を確認する。
レベル4が《ニッケル・ドール》、レベル3が《サンド・ダクト》だ。
両方とも初見。
まずは高所の利を活かして情報収集、あるいは不意打ちがセオリーかと思ったが、カレンはその予想をあっさり裏切って囁いた。
「下に降りる」
「は......はい」
嫌だとも言えず、従う。
もとはビルの7階だっただけあって、樹上から地面までは20メートル以上もありそうだったが、水をまとうアバターは無造作に前に進むと、垂直の幹にぴったり密着するように《流れ落ちて》いった。
ハルユキはしばし眼を丸くしてから、自分も慌てて空中に足を踏み出した。
必殺技ゲージがゼロなので飛行はできないが、翼を広げての滑空なら可能だ。
螺旋を描いて降下し、カレンとほぼ同時に地面に到着。
毒沼のない場所を選んで足を下ろす。
明大通りの上り坂に顔を向けると、10秒足らずで重い足音が届いてきた。
どうやら、少なくとも片方はかなりの重量級だ。
しかしなぜか、ガイドカーソルは同じ方向を指しているのに、2人目の足音が感じられない。
その理由は、すぐに判明した。
元は大きなスポーツ用品店だったはずの腐れバオバブの陰から飛び出してきたのは、予想通り身長2メートル近い超大型アバターと、その左肩にちょこんと腰掛けた超小型アバターだったのだ。
「おっまた「ふっ!」ぶへえ!」
肩に乗った方が、可愛らしい少女の声で叫びながらシルバー・クロウに向かって突撃してくるが、シルバー・クロウは左足を軸にし、回し蹴り*1を相手の顔面に食らわせる。
咄嗟の事で蹴りを入れてしまったが、相手をよく見ると身長は1メートルそこそこしかあるまい。
全身はやや白っぽい銀色。
シルバー・クロウの装甲ほど鏡面仕上げではないが、緑色のステージ光を滑らかに跳ね返している。
長い髪パーツと、大きく広がったアーマースカートを備えたその姿は、サイズと相まってまさしく人形だ。
間違いなく、彼女がレベル4の《ニッケル・ドール》だろう。
ニッケル・ドールは、シルバー・クロウの回し蹴りを受け、泥沼に頭から落ちる。
「痛~い!も~!そっちから《乱入》しといてあたし達の移動待ちとかずるぅーい!それにこんな仕打ちをするなんて!」
「す、すいません...条件反射でつい...。それにこの辺の地形に不慣れだったもんで...」
思わず後頭部に手をやりながら謝ってしまったハルユキに、人形を肩に乗せていた巨人が重々しい笑い声を漏らした。
「ふ、謝罪には及ばん。そちらがぼんやり立っている間に、我々はオブジェクト破壊ボーナスを貯められたからな」
慌てて敵方のゲージを見ると、確かに青い必殺技ゲージがいつの間にか3割近くもチャージされている。
これは大きなアドバンテージだ。
「それにさっきのはニッキーが油断しただけだから気にするな」
レベル3《サンド・ダクト》であろう巨人は、その名の通り砂色のざらざらした装甲を備えている。
真っ先に眼を引くのは、両手首の上側に大きく口を開けた四角い穴だ。
あれが名前の通りエアダクトなら、空気を出すか、あるいは吸う能力があるはず。
どちらにせよ要注意。
そう頭に刻んでいると、いつの間にか後ろに立っていたカレンが小さく囁いた。
「ダクトは私が相手をする。あなたはドールを。彼女は両手から電気を生み出す。掴まれない様に注意して」
「あーっ!何ネタバレしてんのよぉー!」
敵に聞こえるボリュームではなかったはずだが、耳がいいのかニッケル・ドールが憤慨したように叫んだ。
サンド・ダクトが、巨大な右手を重々しく持ち上げる。
「さすが、《用心棒》殿の情報力は侮れないな。悪いが、作戦タイムはそこまで終わりにしてもらおう」
フオォォォ...、と低い唸り。
吹き寄せてくる空気の流れを感じた、と思ったその直後――。
「《サンド・ブラスト》!!」
轟く様な技名発声と共に、右手のエアダクトから、渦巻く砂色の突風が放たれた。
回避しようとしたシルバー・クロウだったが、アクア・カレントが代わりに技を食らった。
「あなたの相手は私です」
なんとカレンは、両腕をクロスする防御姿勢は取っているものの、砂嵐の中で直立したままだ。
しかし体力ゲージは微動だにしていない。
よくよく眼を凝らすと、サンド・ダクトの技のダメージ源たる砂粒子は、カレンの全身を覆う水流に呑み込まれ、ぐるぐると循環するだけでアバター本体には届かないようだ。
やがて巨人の必殺技ゲージが尽き、砂嵐が止むと、何事も無かったかのように両腕を下ろしたカレンは言った。
「私に微粒子系攻撃は効かない。――返すぞ」
無造作に右手を掲げると、全身の水流に混じっていた砂達がそこに集まっていく。
びゅっと振り下ろされた手の先から、砂混じりの水が細い槍となってサンド・ダクトの左肩に当たる。
2本目、3本目の砂流の槍が、今度は小さなアバターを狙う。
「やーん!」「きゃーん!」と喚きながら、ドールは驚くべき俊敏さでそれを回避し、毒沼に点在する島状の地面をぴょんぴょん飛び移っていく。
唖然とその光景を見ていたハルユキは、ハッと気づいた。
カレンはわざと攻撃範囲を限定し、敵タッグを引き離している。
つまり、ここでドールを追撃するのが与えられた役目なのだ。
残りポイントが7しかないことは忘れて、全力で戦うだけだ。
いつもどおりに、思い切り《対戦》するんだ。
「う.........おおっ!」
短く叫び、15メートル先のニッケル・ドール目指して猛ダッシュ。
毒沼に触れない様に注意しつつも、視線は敵から外さない。
左側でも、サンド・ダクトに肉薄したカレンが格闘戦を始めたようだ。
と、不意に上空から、数十人分の歓声が重なって降ってきた。
《ギャラリー》たちだ。
デュエルの観戦には、勝負が本格的に始まる前の対戦者たちのやり取り中には大声を出さないという一応のマナーがあるので、今まで控えていたのだろう。
歓声には、カラスー、飛べー、というようなものも混じっている。
声に後押しされるように、ハルユキはニッケル・ドールが待ち受ける島に着地するや、鋭く右回し蹴りを放った。
「やん!」
身長1メートルそこそこの人形型アバターは、身を屈めて蹴りを避けた。
しかしその挙動を予想していたハルユキは空中で蹴りの軌道を変え、真下への踵落としに繋げる。
ドールは見事な反応でそれも回避しようとしたが、広がったアーマースカートの右端に攻撃がヒットし、メタルカラー同士特有の眩い火花とともに体力ゲージが削られた。
「ひっどぉい!」
ハルユキの好きな大昔のゲームキャラクターを彷彿とさせる声で、そんなふうに叫ばれるとやりにくいことこの上ないが、ここで手を止めるほど余裕をカマせる立場ではない。
何せ相手はレベル4——師たる黒雪姫の言葉にあった、《最初の壁》を超えた猛者なのだ。
「すいません!」
謝りつつも、両手両足によるラッシュを途切れることなく繰り出す。
背中の翼以外には一切の特殊攻撃を持たないシルバー・クロウだが、軽量ゆえのスピードと、硬質の装甲に覆われた拳足は立派な武器となることをこの2週間に学んでいる。
とは言え、小型軽量・金属装甲はニッケル・ドールも全く同じだ。時折浅くヒットした攻撃が派手な火花を散らすものの、ダメージはさほどでもない。
やはり何か、思い切ったアクションをしなければクリーンヒットは望めない......。
と考えたその瞬間、ハルユキの焦りを見越したかのように、ニッケル・ドールがいきなり懐に飛び込んできた。
華奢な左手でハルユキの右手を、右手で左手をぴたりと押さえる。
——甘い、こっちにはまだ頭突き攻撃があるんだ!
頑丈なヘルメットに包まれた頭を思い切り反らそうとしたが、寸前、耳の奥でカレンの声が蘇る。
......彼女は、両手から電流を......。
「———ッ!!」
咄嗟にヘッドバッドを中止し、ハルユキは思い切り後ろへと跳んだ。
両腕が離れたのとほぼ同時に、ドールの掌の中央に見える丸いパーツから、バチッ!と強烈なスパークが迸った。
わずかに感電してしまい、全身を一瞬のショックが走り抜ける。
体力ゲージの損耗が、五パーセント以内に抑えられたのを確認しながら、隣の小島に着地。
「っぶな......」
呟いたハルユキに、ドールは可愛らしく地団駄を踏みながら喚いた。
「あぁーん!逃げるなんてズルーイ!せっかく痺れるくらい抱き締めてあげようと思ったのにぃー!」
「え......遠慮しときます」
ぷるぷる首を振り、改めて双方の体力ゲージを確認。
ハルユキはまだ九割を残し、ドールは八割を下回っている。
離れた場所で戦闘中のサンド・ダクトも八割程度、アクア・カレントはなんとほぼ満タンだ。
伝説の用心棒の戦いを見たい!としみじみ思うが、今は目の前の相手に集中せねばならない。
ニッケル・ドールは、縦にロールした銀色の髪を振り動かし、ふんっと鼻を鳴らした。
しかし直後、小さなフェイスマスクにコケティッシュな微笑を浮かべる。
「ねぇ、キミってあれでしょ?最近新宿のほうに現れたっていう、完全飛行型クン」
「え......ええ、まあ......」
警戒しつつも頷くと、銀製の西洋人形のようなアバターはいっそう蠱惑的に笑って囁いた。
「なんで《用心棒》と組んでるの?もしかしてぇ、ポイント危なくなっちゃったのぉー?ならさぁ、アタシたちの仲間にならなーい?そしたらポイントなんか、幾らでも貸しちゃうんだからぁー」
「えっ......」
思わずハルユキが固まると、ドールはふわりとスカートを揺らしてジャンプし、同じ島に飛び移った。
そのまま、つつつーと斜め歩きで近寄りながら、尚も甘い声を投げかけてくる。
「それにほらぁ、アタシたち、お肌の色もそっくりぃー。コンビ組んだら、加速世界はアタシたちの噂でもちきりよぉーん?それにアタシぃ、ほんとはあの砂男イヤなのよぇ、だって超ザラザラなんだもーん。でもほらぁ、アナタのお肌ってば、こんなにツ・ル・ツ・ル♡」
いつの間にかすぐ目の前まで近寄っていたニッケル・ドールは、左手の人差し指をハルユキの胸に当てると、のの字を書くように動かした。
くすぐったい感触に、つい思考が停止する。
ぼやーと薄桃色に染まった視界の左端で、そろっと何かが動く。
それはドールの右手だ。
ぴんと伸ばされた人差し指が、ハルユキの左腰のあたりにそっと触れ——。
「............おわ!」
危うく我に返ったハルユキが思いきり跳びすさるのと、ドールの両手指先が激しくスパークするのはほぼ同時だった。
再び瞬間的なショックに襲われ、ゲージが五パーセント持っていかれる。
更に後方の島に移動したハルユキは、男の純情を弄ばれた怒りを込めて叫んだ。
「ふ、不意打ちとかずるいぞ!」
すると銀色の人形は、きゃはははと甲高い笑い声を返してきた。
「あぁん、オトコゴコロ傷ついちゃったぁー?ごめんねぇー、でもアンタなんか仲間にしららぁー、アタシがレギマスに怒られちゃうもぉーん!」
それは事実であろう。
ハルユキが属する《ネガ・ネビュラス》は、加速世界最大のお尋ね者であろう黒の王ブラック・ロータスのレギオンなのだから。
しかしそれは、ハルユキにとっては最大の誇りだ。
びしっと人差し指を突き付け、叫ぶ。
「こっちこそお前の仲間なんか願い下げだ!あと、ちっとも傷ついてなんかない!ぜったいないぞ!」
冷静に考えれば傷ついた男の台詞そのもののような気がしたが、無理矢理に思考を切り替え、ハルユキは跳んだ。
ニッケル・ドールもじゃれ合いは終わりと見たか、表情を改め、電撃を生む両手をぴたりと構える。
恐らくあの手は、右がプラス極で左がマイナス極なのだろう。
両手同時に掴まれれば、電流がアバターを通り抜けて大ダメージを喰らうと予想される。
今までとは桁違いのスピードで、ドールの両手がハルユキを捕獲するべく閃く。
しかしここでハルユキは右に回避すると見せかけて、相手が予想していないであろう方向——左の、毒沼の中へと跳んだ。
両足がどぼりと紫の沼に膝近くまで呑まれる。
ドールは完全に裏をかかれ、ハルユキに背中を向けてくる。
ハルユキは沼に浸かったまま、1メートル先の小型アバターに向けて両手を伸ばし、細い腰回りをホールドすると、投げっぱなしジャーマンの要領で思い切り後方の沼に放り込んだ。
「きゃああああ!」
今度は本気らしい悲鳴を上げ、ドールは頭からドボーンと毒沼に突っ込んだ。
嫌な色の煙が上がり、体力ゲージがじわじわと減り始める。
すぐさま飛び起きたニッケル・ドールは、近くの島がハルユキの背後にしかない事を確認すると、鋭く叫んだ。
「ひどい、1度ならず2度までも、こんなどぶに頭から叩き込むなんて!それに、相打ちにでもなるつもり!?言っとくけど、HPの総量は、レベル2の貴方より4のあたしの方が多......」
そこで、いきなり黙り込む。
ようやく気付いたのだ。
ずっと毒沼に浸かりっぱなしのハルユキの体力ゲージがまるで減っていない事に。
先刻のアクア・カレントの台詞を少々拝借して、ハルユキはびしっと人差し指を突きつけながら叫んだ。
「《シルバー》の僕に、毒は効かないッ!」
途端、離れたバオバブの上に並ぶギャラリー達が、おおっとどよめいた。
そう。
同じメタルカラーでも、金属の種類によってその特性は微妙に異なるのだ。
原則的に、金や銀の貴金属は特殊攻撃に、鋼や鉄の卑金属は物理攻撃に強いが、その中でもハルユキの銀は、こと毒攻撃には絶対の耐性を持つ。
現実世界でも、銀イオンは強力な抗菌性を持つため、殺菌装置に利用されている。
短い対峙の間にも、ニッケル・ドールの体力ゲージはじわじわと減っていく。
彼女もメタルカラーゆえの耐毒性はあるはずだが、装甲の華奢さとも相まって完璧ではないのだ。
このまま沼の中で格闘戦を行えば、攻防が互角でもドールが先に力尽きるのは自明だ。
「......なるほど、あなたがずっと沼を避けてたのは、あたしを油断させてこの状況に持ち込む為の伏線だったってわけ」
腰近くまでを呑み込む紫の沼をちらりと見下ろし、ドールは囁いた。
「さすがは、《メタルカラー・チャート》の殆ど左端なだけはあるってことね。でもね、ニッケルを銀の偽者扱いされたらちょっと困るな。色々使い道があるんだよ?水素を取り込んで発電したり、ね」
その言葉を聞いた途端、ハルユキの脳裏に閃くものがあった。
二〇四六年現在、街を走るEVや電スク、そしてもちろんニューロリンカーなどのモバイル機器のバッテリーには、ほぼ全て軽量・大容量のSiナノワイヤー電池が使用されている。
しかし二十年ほど昔までは、安全性を重視した他の二次電池が存在したと理科の時間に習った。
名前は確か――ニッケル水素電池。
ニッケル・ドールの電撃能力には、そのようなバックボーンがあったのだ。
銀色の西洋人形は、毒沼にじわじわHPを削られているのを気にする様子も無く、薄く微笑んだ。
「それと、銀にも、抗菌力以外の特性が色々あるんだよ。今、教えてあげる」
言うや否や、両手をばしゃりと毒沼に突っ込む。
体力ゲージの減少が加速するが、同時に必殺技ゲージも充填され、7割を超えたその瞬間――。
「《アノード・カソード》!!」
技名コールが高らかに響いた。
毒沼表面に青白いスパークが放射状に走り、逃れる間もなくその一部がハルユキを捉える。
ばちっ!!
という凄まじい衝撃が全身を叩いた。
視界はほぼホワイトアウトし、声を出すこともできない。
「......ッ!!」
本能的に背後の島へ飛び上がろうとしたが、何たる事か、アバターが硬直して言う事を聞かない。
白熱した視界の左上で、自分の体力ゲージががりがりと削られていく。
この状況に陥って初めて、ハルユキは《毒沼での格闘戦に持ち込む》という自分の作戦が巨大な危険を秘めていた事を悟った。
毒の沼と言っても基本的には水だ。
そして水は、含む不純物が増えれば増えるほど電気を良く通す。
沼に飛び込む事は、自分と相手をわざわざ電線で繋いであげたようなものなのだ。
しかし——。
ニッケル・ドール自身も腰まで沼に浸かっている現状では、彼女もまた電撃のダメージから逃れる事は出来ないはずだ。
ブレイン・バーストは、
ドールは、たとえ同時にダメージを受けてもHP総量の差で自分は生き残れると思っているのかもしれないが、毒沼から受けるダメージを加えれば、先にゲージを削り切れるのは彼女のほうだ。
咄嗟にそう判断し、ハルユキは持続的な感電のショックに耐えながら、相手の体力ゲージを見やった。
直後、更なる衝撃。
ゲージの減りが、明らかにハルユキより遅い。
「うふふ......、ようやく気付いた?」
耳に、やや辛そうではあるが、はっきりとしたドールの声が届いた。
「あなた、自分のカラーについてもう少し勉強しておいた方がいいわよ。同じ電流に晒されても、ダメージはあなたのほうが大きいのよ。だって、常温では銀の電気抵抗はニッケルの四分の一しかないんだから。銀っていうのはね、抗菌力もあるけど、
——げぇーっ、それってつまり、全メタルカラーの中で僕が一番電撃に弱いってこと!?そんなの、まだ理科で教わってないよ!
つまり悪いのは僕じゃなくて文部科学省だよ!いや、そんな事を言ったら兎美に怒られてしまう。
何とか...何とかしないと...。
声も出せず、指一本動かせない状況で、ハルユキは懸命に脳を回転させた。
どんな必殺技も永遠には続かない。
このまま待てばいずれ電撃は止まるだろうが、その時には体力ゲージをあらかた持って行かれているはずだ。
いやそれ以前に、ドールは自分の電撃を浴びる事で、一度消費した必殺技ゲージを再チャージしている。
今の技が終わった瞬間、再度発動されたらもう逃げ場がない......。
ついにハルユキのHPが5割を下回り、ゲージが黄色く染まった。
その下の必殺技ゲージがほぼ満タンまでチャージされているのを見た瞬間、ハルユキは次の一手を思いついた。
たとえ電気ショックによって全身が麻痺していても、シルバー・クロウには、意志力だけで操作できる器官がたった一つ備わっている。
「............と、べぇ......ッ!」
食い縛った歯の間から、細く叫んだ。
じゃかっ!という頼もしい金属音が響き、背中に折りたたまれていた10枚の金属フィンが一気に展開。
「あッ......」
ニッケル・ドールが声を上げるのと同時に、ハルユキの背中から伸びる翼が強く振動し、生まれた風圧が周囲の水面を押しのけた。
直後、シルバー・クロウは打ち上げるロケットのような勢いで離陸。
追いすがろうとするスパークすら振り切り、高く高く舞い上がる。
おおおおおッ......!
というどよめきは、《飛行アビリティ》を初めて見たのであろうギャラリー達のものだ。
腐蝕林ステージに漂う霧と緑色の燐光を切り裂いて、ハルユキは飛ぶ。
腐れバオバブの上部にずらりと並ぶギャラリー達を掠めるように、なおも上昇。
ついに林の瘴気が途切れ、周囲が全て青い空に変わる。
この高度まで飛べば、もう地上からは捕捉し切れない。
降り注ぐ陽光を受け、全身を白銀に煌かせながら180度ターン。
一気に急降下へと移行する。
鋭く尖った右足を伸ばし、重力に翼の推進力を乗せて、ハルユキは一本の矢、あるいはレーザーの如く突進した。
圧縮された空気が爪先でちらりと灼け、オレンジの粒子を飛ばす。
たちまち緑の瘴気に突入、再びバオバブの梢を擦るように抜け、ガイドカーソルの先にいる標的へと――。
小島に上がり、呆然と空を見上げていたニッケル・ドールは、迫り来るハルユキの後ろに巨大な青い龍の幻影を見た。
グォオオオオオオオンッ!!
オレンジの粒子が青へと変わり、ハルユキの推進力も更に上がる。
「うおおおおおおッ...!!」
精一杯の雄叫びと共に、ごく小さな敵アバターの肩口に見事爪先をヒットさせた。
巨大な爆発じみた閃光と振動が、ステージ全体を振るわせた。
直径五メートルはあった小島が瞬時にクレーターへと変わる。
ニッケル・ドールはひとたまりもなく吹き飛ばされ、高い悲鳴の尾を引きながらくるくる飛んでいく。
六割近く残っていた体力ゲージがごそっと減り、二割以下のレッドゾーンへ。
自分が作ったクレーターの中央で、片膝を突いたままのハルユキは先程の力に驚愕していた。
——なんだ今のは...まるで誰かが力を貸してくれたみたいな...
驚いていたハルユキだったが、対戦の最中だと言う事を思い出し、顔を上げる。
吹き飛んだニッケル・ドールのあの勢いなら、墜落でもうひとダメージ受けるはずだ。
あるいはそこで勝負が決するかもしれない。
——しかし。
駿河台下交差点の中央あたりに、頭から突っ込もうとした小さなアバターを、巨大な二つの手がしっかりと受け止めた。
《サンド・ダクト》だ。
どうやら、アクア・カレントとの戦闘を一時放棄し、ドールの墜落死を阻止するために駆けつけたらしい。
意外なほどのナイトぶりに、ギャラリー達がわっと沸く。
ダクトの体力ゲージも、既に五割を下回って黄色くなっていた。
その彼と一対一で戦っていたカレンはと言えば、なんといまだ九割以上だ。
よほど相性が一方的だったのか、それとも技の差か——。
そのアクア・カレントは、交差点の南側から毒沼を迂回して、滑るようにハルユキに近づいてくると隣で止まった。
立ち上がったハルユキの耳に、低い囁き。
ハルユキが頷いた直後、10メートルほど離れて立つサンド・ダクトが重々しく語る。
「良い技だった、美しく威力もある...だが勝負は決した、貴様らの負けだ」
「僕たちの..負け?」
「貴様らは、タッグ戦において一番重要なパートナーとの連携がまるでない。1+1が2でしかない攻撃、いくら個々が強くてもそれではタッグ戦は戦えん」
「その通りです...だからまだ勝負は決していません」
ハルユキの言葉にドール達は驚く。
「僕、ここに来るまで親友とタッグ戦で随分戦ってきたんです。だから分かるんです!タッグ戦では互いを信じる事が何よりも大切だって!僕はカレンさんの事を信じてますから!」
「何格好良く決めてんのよ!サンディこうなったらウルトラゴージャスな必殺技でぶっ飛ばして、さっさと終わらせるわよ」
「応ッ!」
重々しく答えた砂の巨人は、巨大なエアダクトを備えた両手を掲げると、左右から轟然と撃ち合わせた。
「オォオオオオ......、喰らえっ、《ターボ・モレキュラー》!!」
技名コールに呼応して、両のダクト内に装備されたタービン・スクリューが高速回転する。
しかし向きは左右で逆だ。
どうやらあのダクトは、右が排気するのに対して、左は吸気能力を持っているらしい。
「なるほど、戦闘前に我々の内緒話を聞かれたのは、あの左手が密かに空気を吸い寄せていたからか」
カレンの呟きに、ハルユキもなるほどと頷く。
その間にも、サンド・ダクトの両手の間では、猛烈な勢いで空気が移動していく。
――しかし。
「でも...あれ、右手で吹いて左手で吸ってれば、行って来いって言うか...何の意味が...」
首を傾げつつ呟いた、その時だった。
ダクトがぐいっと両手を広げ、その間隙に奇妙な陽炎を見た——と思った瞬間、ハルユキの全身を凄まじい吸引力が捉えた。
「うわっ...す、吸い寄せられっ...」
慌てて両足を踏ん張るが、とても抗えない。
小島にずりずりと轍を刻みながら、十メートル先のサンド・ダクトに引き寄せられていく。
隣のアクア・カレントもまた、全身を覆う水流を半ば引き剥がされそうになりながら、少しずつ移動する。
「うふぅーん、どぉ、サンディの《ターボ分子ポンプ》は?」
勝ち誇ったようなニッケル・ドールの声が、突風の向きに逆らって届く。
どうやらこの風は、ハルユキとカレンだけを正確に捕捉しているらしい。
「なる...ほど。両腕のタービンで気体分子を弾き飛ばし...真空領域を作っているのか」
引き寄せられつつも、カレンの冷静な分析。
ハルユキは思わず喚く。
「感心してる場合じゃないですよ!このままじゃ、吸い込まれっ...」
——そういえば、子供の頃に読んだ《西遊記》のフルダイブ絵本にこんなシーンあったなあ。
あれ、吸い込まれたあとのシーンが凄い怖くて、大泣きしちゃチユに笑われたんだよなあ。
つい逃避的思考を巡らせてしまうハルユキに対して、カレンは一切動じる様子もなく言い放った。
「恐れなくていい。この風そのものに攻撃力はない。引き寄せられた所で、接近戦になるだけ」
「へ......」
思わず視線を宙に彷徨わせ、次いでこくこくと頷く。
確かに、強烈な風に晒されてはいるが、2人の体力ゲージは微動だにしていない。
恐らくこの技は、中~遠距離型のアバターを引き寄せて接近戦に持ち込むためなのだ。
しかしハルユキは完全な近距離型だし、カレンもサンドを一対一で圧倒していた以上苦手ではあるまい。
近づけるのは、むしろ望む所と言っていい。
...よし、こうなったらいっそ、この風を利用して跳び蹴りの1つも。
内心でそう目論み、タイミングを計り始めたハルユキの眼が、不意にあるものを捉えた。
両手で真空を生み出し続けるサンド・ダクト——の隣に立つ、ニッケル・ドールが浮かべた小さな笑み。
それは、毒沼でハルユキを電流の罠に掛ける寸前に見せたものとまったく同じだった。
ドールは、いきなり身を屈めると、両手をダクトが作り出す真空領域に触れさせた。
同時に、技名コール。
「《アノード・カソード》!!」
ばちばちっ!という激しいスパークが小さな両手の間で生まれる。
だがあの技は基本的に射程距離ゼロで、何らかの伝導体がなければ離れた敵にダメージを与えられないはず。
いったい何を——。
直後、ハルユキは途轍もない光景を眼にした。
ダクトの両手から、ハルユキとカレンの位置にまで伸びる真空領域を、猛烈なスパークの渦が遡ってくる!
「う...あ...!?」
ハルユキに出来たのは、掠れた悲鳴を上げることだけだった。
突風に吸い寄せられ、動けないアバターを、眩い電光が包み込んだ。
またしても、目が眩むようなショック。
全身が硬直し、声すら出せない。
残り四割だった体力ゲージを、電流の嵐は容赦なく奪っていく。
比例して必殺技ゲージも再充填される、この風に逆らって離陸するにはとても足りない...。
「《グロー放電》」
不意に、アクア・カレントが呟いた。
「真空に近い低圧化では、電極間に絶縁破壊が発生し電流が気体中を流れる」
「うふふん、よくご存じね、用心棒さん」
両手を激しくスパークさせながら、ニッケル・ドールが艶然と微笑んだ。
「アタシとサンディのウルトラゴージャスな合わせ技、これが本邦初公開よぉーん。どお?紫オバサンの超高圧アーク放電ほどじゃなくても、あたし達のも結構効くでしょー?」
紫オバ...だ、誰?
と一瞬思ったが、荒れ狂うスパークがそんな思考をも吹き飛ばす。
この合体技の恐ろしい所は、突風の移動阻害力、電流のダメージ力もさることながら、その性能に対して必殺技ゲージの消費率が圧倒的低いということだ。
もしこれが1人の技なら、フルゲージを消費しても持続時間はせいぜい五秒だろう。
だが、サンドとドールの必殺技ゲージは、ハルユキの残り少ないHPを焼き尽くしてお釣りがくるほど残っている。
ここでついに——ハルユキの背中を、ひやりとするものが撫でた。
―負ける、のか?負けて、ポイントを奪われる?
だがハルユキは、以前なら全てを諦めて座り込んでしまいたくなったであろうその恐怖に、歯を食い縛って抗った。
「どうするの?ほっとくと依頼主さんが先に消えちゃうわよ。と言ってもあんたの体じゃどうしようもないだろうけど」
ドールはカレンに向かって挑発する。
「使えない雇い主を選んだ自分を悔やむのね。どう考えても逆転は無理なHPよ、もういい加減諦めたら?」
ドールの言葉にハルユキは、自分の中が熱くなるのを感じた。
「ふざ...けるな!」
ハルユキはスパークに抗いながらも叫ぶ。
「カレンさんが...使えないなんて事はない!カレンさんは!ちゃんと僕の事を考えて今回の対戦を挑んだんだ!」
『!?』
ハルユキの言葉にドール達は驚く。
「だから!負けるわけには行かないんだ!親友と...親である先輩と一緒に戦うためにも!」
ハルユキは自分の思いを叫ぶ。
「そして!一緒に戦ってくれるカレンさんの為にも!今の俺......いや!今の俺達は!負ける気がしねぇ!!!」
何とかしようと、ハルユキが抗おうとしたその時。
「よく言った...なの」
穏やかな声が、そっとハルユキの聴覚に触れた。
左肩に手が置かれる。
その掌から、透明な水流がハルユキの全身にも流れ込み、装甲をくまなく覆っていく。
さら、さらさら。
穏やかで、どこか懐かしいようなせせらぎの音が世界を包む―...。
ふっ、とあらゆる苦痛が消えた。
敵タッグの合体攻撃が終了したのか、と最初は思った。
しかしそうではない。
グロー放電のスパークは相変わらず真空の渦を満たし、荒れ狂っている。
なのにその電流は、ハルユキの体に一切届かない。
ごく薄い水の膜に完全に遮断され、空しく表面を這い回るのみだ。
だが——、だがこんなことは、
「有り得ん!」
叫んだのは、両手から真空流を生み出し続けているサンド・ダクトだった。
「水は伝導体のはずだ!なぜ...なぜ電流を弾ける!?」
それに対し、アクア・カレントが静かに答えた。
「わたしの水は、いかなる不純物をも含まない《理論純水》」
「え......あっ...!?」
それだけで何かを察したかのように、ニッケル・ドールが喘いだ。
カレンは頷き、続ける。
「
ハルユキは、弾かれたように視界左上の体力ゲージを確認した。
シルバー・クロウのそれは二割を下回って真っ赤なのに、カレンのゲージは緑色のまま九割を残す。
ドールとダクトの恐るべき合わせ技さえも、この《用心棒》にはいかなるダメージも与えられなかったのだ。
———強い。
レベル1にしてこの強さ。
新米では有り得ない。
恐らく、ハルユキの想像もつかないほどの長い長い年月を、この加速世界で戦い抜いてきたはずだ。
莫大な戦闘経験と、己が属性である《水》への揺ぎ無い確信が、レベル差を容易く吹き飛ばすほどの力を生み出しているのだ。
やがて、ドールとダクト双方の必殺技ゲージがほぼ同時に尽きた。
ハルユキの全身から水の防御膜を回収したアクア・カレントは、ばしゃりと水音を立てながら一歩踏み出すと、言った。
「——見るべきものは見せて貰った。いい技だった、ドール、ダクト」
「......むっ、きいいいい!」
途端、ニッケル・ドールが金切り声で喚いた。
だん!だん!と片足を踏み鳴らし、両手の人差し指をハルユキとカレンにまっすぐ突きつける。
「こーなったらぁ、小細工なしのガチンコバトルなのよ!追い込まれてからのあたし達のドッ根性、見せたげよーじゃないのぉ!」
「応ッッ!!」
大小2つのアバターは、同時に両拳をがちこーんと撃ち合わせ、一直線に突っ込んできた。
それに対し、アクア・カレントは全身の水流装甲をいっそう激しく循環させながら、力強く答えた。
「望むところだ。行くぞ、クロウ」
「は、はいッ!」
頷き、ハルユキもまたカレンを追って地面を蹴った。
ここが最後のクライマックスと見てか、周囲のギャラリー達がわぁと沸き立つ。
歓声の中、4つのアバターが激突し、眩い光と音を撒き散らし――。
全てが、《対戦》の熱気と興奮が作り出す白熱の渦に溶けていく。
どうも、ナツドラグニルです!!
ようやく、番外編も終盤に入りました。
次の話が終わったら、次は第2章に入ります。
まぁ、ストックが次の話分しかないのですが...
しばらくバイオをやってて、全然書けてませんでした。
マジですいません。
恐らくゴールデンウイーク中に終わらせられる事が出来ると思うので、そこで一気に小説を書こうと思っています。
なぜなら次投稿するLOVE TAILの作品も既にストックがなくなり、次投稿する話が無いからです。
マジで頑張らないといけません。
さて、今回の話ですがアクセル・ビルドの違いはニッケル・ドールがシルバー・クロウを男心を弄んだシーンが追加している所でしょうか?
後はそのままです。
それでは次回、第16話もしくはLOVE TAIL第22話でお会いしましょう!!