アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「今回は特別にあらすじを長く紹介しちゃうわよ」


千百合「私達が喋ると分かりづらいんじゃないの?」


兎美「あんたが茶々入れるからでしょうが...それではさっそく!!」


黒雪姫「物語の舞台となる東都では、記憶喪失の物理学者である有田兎美といじめられっ子である有田春雪が仮面ライダーとなって市民を守っていた」


兎美「何で黒雪が出てくるのよ」


千百合「茶々入れてるのあんたじゃない、黙って聞いてなさいよ」


黒雪姫「ある日、加速能力者《バースト・リンカー》になったハルユキは、《シルバー・クロウ》としても戦いを始めた」


ニコ「そんな中、ハルユキは黒雪姫を付け狙い、チユリにバックドアを仕掛けたシアン・パイルの正体がもう一人の幼馴染、黛 拓武である事が判明する」


兎美「しれっとニコまで出てくんじゃないわよ、あんたの出番まだでしょうが」


美空「ハルユキはタクムと対戦し、その対戦の中で無事仲直りできたのでありました」


千百合「さてどうなる第17話」


兎美「何よその強引なカットイン、てか全部言われちゃったよ...ここでは私が主役なのに...」


第2章 紅の暴風姫
第17話


「おかえりなさい、お兄ちゃん!」

 

「ただいま」

 

 

1歩、2歩進み、3歩目でキキッと急ブレーキが掛かった。

 

 

「は?」

 

 

今の、何?

 

 

ハルユキの認識では、兎美達の声は今聞こえた声とは違かったはずだ。

 

 

ふと声がする方向を見るとそこには。

 

 

十歳くらいか。

 

 

びっくりするほど細く、華奢な体を、どこかの小学校の制服とおぼしき白ブラウスと肩紐つきの紺スカートに包み、その上からピンク色のエプロンを重ねている。

 

 

赤みを帯びた髪を頭の両側で結わえて細く垂らし、滑らかに丸いオデコの下の顔は《あどけない》と形容するしかない造作だ。

 

 

薄く混血なのだろうか、ミルク色の肌には小さくそばかすが散り、大きな瞳もまた赤茶色。

 

 

全体的印象を一言で表現するならば――。

 

 

......天使? にエンジェルと振り仮名?

 

 

思考能力を喪失し、ぽけーっと眺めるハルユキに、女の子はちらっと視線を向けると可愛らしく微笑み、言った。

 

 

「えへっ、今クッキー焼けるから、もうちょっと待ってね、お兄ちゃん」

 

 

女の子はそう言うと、キッチンの方へと向かう。

 

 

「誰?」

 

 

思わず、ハルユキの口から零れてしまう。

 

 

「まったく、お義母さんの言う通り全然見てないのね」

 

「え?」

 

 

すると今度は、さっきの女の子と入れ違いで兎美が現れる。

 

 

「ハル、いつも言っているでしょ?帰ってきたらホームサーバーをちゃんと確認してって」

 

 

兎美の言葉を聞き、ハルユキは急いでホームサーバーを確認する。

 

 

ハルユキ、悪いんだけど。

 

 

で始まる母親の伝言メッセージが、ホームサーバーに残されていた事に気づいたハルユキは、立ち尽くしたままそれを聞いた。

 

 

【――悪いんだけど、親戚の子供を2、3日預かる事になっちゃったから。知ってるでしょ、中野のサイトウさん、私のイトコの。急な海外出張だっていうんだけど、言ってあった通り、私も今日から上海(しゃんはい)なのよ。明々後日には帰るから、兎美ちゃん達と一緒にその子の面倒よろしくね。何かあったらメールして、じゃ】

 

 

母親の有田沙耶は、アメリカに本社のある銀行のディーリング部門に勤めている。

 

 

毎度0時を回るまで帰宅しないし、海外に飛んで数日留守にする事などしょっちゅうだ。

 

 

ゆえにハルユキは、小学校の頃から、同じマンションの2階下倉嶋家――チユリの家に預けられる事が頻繁にあった。

 

 

いつも優しく迎えてくれたチユリ母とチユリ父が、もし仮に一度でも迷惑そうな素振りを見せたら、自分はものすごく辛い思いをしただろう。

 

 

今は兎美達がいるから少しはマシになったが、もし兎美達と会っていなかったら、今の何倍イジケた子供に育っていたかもしれない。

 

 

「私達のメッセージには、ハルが見てないだろうから説明を頼むって残されてたのよ」

 

「な、なるほど」

 

 

さすがは母親と言った所か、自分の性格を把握している。

 

 

そんな事を考えつつ、ハルユキはキッチンで忙しそうに動き回るサイトウさんちの子を眺めた。

 

 

オーブンのタイマーが軽やかな音を放つや女の子は扉を開け、金属のトレイを引き出した。

 

 

甘く香ばしい匂いがいっそう強く漂う。

 

 

どうやら、芳香の源はクッキーだったらしい。

 

 

クッキングペーパーを敷いた大皿に、慎重なトングさばきで10数個のクッキーを移動させると、女の子はほっとしたように息をついた。

 

 

両手で皿を持ち、くるっと向き直ると、上目遣いにハルユキを見上げてくる。

 

 

「あの...、兎美お姉ちゃんに許可は取ったんですが、勝手にお台所使っちゃってごめんなさい。ハルユキお兄ちゃんが、お腹空かせて帰ってくると思って......それで......」

 

 

先刻よりも随分小さな声に、ハルユキは思った。

 

 

そうか、この子も、預けられた先の《お兄ちゃん》と《お姉ちゃん》が迷惑そうな顔をしないか不安なんだ。

 

 

心細いんだ。

 

 

初対面の女の子相手だからって、年上の僕がビビってる場合じゃない。

 

 

胸の奥が痛くなるのを感じながら、ハルユキは精一杯の笑顔を作り、言った。

 

 

「あ...、ありがとう。お腹、ぺこぺこなんだ」

 

 

すると、女の子も、氷が溶けるようににっこりと笑った。

 

 

「あの、あたし、サイトウトモコです。小学5年生です。もう何年も会ってないから、忘れちゃったと思うけど...お兄ちゃんとは、ハトコ同士になるんだと思います。あの...ふ、ふつつか者ですが、どうぞ宜しくお願いします」

 

 

皿をささげ持ったままぺこりと頭を下げる。

 

 

「有田春雪です。こちらこそ、宜しく、サイトウさん」

 

 

即座に「トモコでいいですよ!」と微笑まれ、くらっと遠ざかりかける思考をハルユキは必死で引き戻した。

 

 

中野のサイトウさん、に関しては正直そんな親類がいたような気がする程度の記憶しかない。

 

 

親のイトコなんて普通そんなものだろう。

 

 

「あなたは一人っ子なの?」

 

 

兎美が訊くと、トモコはこくっと頷いた。

 

 

「家族は、お父さんだけなんです。急な出張になっちゃって、あたしは一人でお留守番できるって言ったんですけど、心配だからって。ちょっと前に学校からここまであたしを送って、そのまま成田に行っちゃいました」

 

 

クッキーの皿をテーブルに置きながらそう答えるトモコに、ハルユキはつい確認してしまった。

 

 

「あ、じゃあ、うちの母親とは会ってないんだ」

 

「はい。お兄ちゃんのお家の一時電子(インスタンス)キーだけ頂いたんです」

 

 

それはまったく幸運だった。

 

 

あの母親なら、純度百の迷惑顔をトモコに見せる事に躊躇するまい。

 

 

兎美は、キッチンに向かうと手早くシンクの中のボウル類を洗う。

 

 

「あっ!!お姉ちゃん!!片付けは自分でやりますので」

 

「いいのよ、これくらい直ぐに終わるから」

 

 

同時にお湯を沸かして、わずか数分でお茶のトレイと一緒に戻って来る。

 

 

その姿が、もう既に頼りになるお姉ちゃんだった。

 

 

自分も負けてられないと、ハルユキは意気込む。

 

 

「あのその、えーと......、そうだ、これからどうしよう。ゲームでもする?山ほどあるよ、40年前くらいのからごっそり......」

 

 

言ってしまってから、その大半が血みどろ地獄絵図系であることを思い出す。

 

 

しかし幸い、トモコは微笑んだまま軽く首を振った。

 

 

「あの、あたし、ゲームあんまりやらないんです。フルダイブがちょっと苦手で...」

 

 

「へ、へぇ」

 

 

言われるまま視線を向けると、ブラウスのボタンがブラウスのボタンが1番上まできっちり止められた細い首に、現代の必須生活ツールである量子接続通信機器(ニューロリンカー)が存在しない事にハルユキは今更ながら気付いた。

 

 

確かに、小学校のうちは常時装着を避けさせる家庭も少なからず存在する。

 

 

拡大無辺のグローバルネットは、ありとあらゆる犯罪の温床でもあるからだ。

 

 

ペアレンタル・コントロール機能はあるにせよ、有害情報を100%遮断する事は難しい。

 

 

日頃、学校の授業で視聴覚モードを使うだけなら、現実の5感が全て遮断されるフルダイブを怖がる気持ちは解る。

 

 

ならばどうしたものかと懸命に思考を巡らせ、ようやくリビングの壁に貼られた大型パネルモニタに視線を留めると、ハルユキはそっちを指差した。

 

 

「じゃあ、あれで映画でも()る?昔の2Dソフトにも、けっこう面白いのあるよ」

 

 

だが、トモコは今度も小さくかぶりを振り、恥ずかしそうに言った。

 

 

「あの...、それより、お話しませんか?お兄ちゃんの中学の事とか、教えてほしいな」

 

 

そう言ってトモコはハルユキの手を取り、テーブルに連れて行き座らせる。

 

 

そしてそのまま、ハルユキの隣に座った。

 

 

ミルクのような甘い匂いが鼻腔をくすぐり、兎美達と一緒に住んでいるとはいえ、長年培ったアンチ女の子フィールドがこんなところで発動して、ハルユキは反射的に飛び退いてしまった。

 

 

椅子がぐらりと傾き、そのまま左に倒れそうになり、両手をわたわたろ動かす。

 

 

「何やってんのよ」

 

 

今まさに倒れそうになってる方の椅子に座った兎美が、ハルユキの体を支えた事によって転倒はまぬがれる。

 

 

がったん、と元のポジションに戻ったハルユキをまじまじと眺めてから、トモコがくすりと笑った。

 

 

「お兄ちゃんって、けっこうカワイイとこあるんですね」

 

 

――うわあ。

 

 

ハルユキは恥ずかしさで、顔が赤くなるのを感じた。

 

 

「こんな小さい子に、きょどってんじゃないわよ」

 

「う、うるせぇよ」

 

「私達と一緒に暮らしてんだから、そろそろ女子への態勢つけなさいよ」

 

「はぁっ!!?それとこれは話が別だろ!!」

 

 

2人のやり取りに、トモコはくすくすと笑った。

 

 

「お兄ちゃん達仲良いんですね」

 

 

ふふふと未だに笑っているトモコに、ハルユキは恥ずかしい所を見られたと顔を覆いたくなる。

 

 

「それはそうでしょ」

 

 

兎美は当たり前だと、胸を張る。

 

 

ハルユキもお茶を飲みながら、まぁ家族だからなと考える。

 

 

「私達夫婦だからね」

 

「はぁ?」

 

「ブファッ!!?」

 

 

思いもよらない言葉に、トモコは目を見開いて素で驚く。

 

 

ハルユキも、今まで散々本気ともとれるネタにされてきたが、まさかこんな小さい子にまで言うとは思わず口に含んでいたお茶を吹いてしまった。

 

 

ごっほ!!ごっほと咽たハルユキを、予想していた兎美が背中をさする。

 

 

「げほっ!!ごほっ!!じょ、冗談だから...気にしないでいいからね...」

 

「え?あっ!そうだったんですね!!」

 

 

何とか流すことが出来たハルユキだったが、兎美はふふふと意味深に笑う。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ぶくぶく、と自分の口から泡が立ち上がる音を聞きながら、ハルユキはいっそう深く浴槽に体を沈めた。

 

 

母親の拘りで、有田家のバスルームはやたらと広い。

 

 

バスタブも大きく、ハルユキの巨体でもさして窮屈感なく手足を広げられる。

 

 

入浴剤の香りがする湯気を、鼻から大きく吸い込み、肺に溜めて、細長く吐き出す。

 

 

口下手もいいところではあったが、久々に長時間使用した喉がかすかに痛んだ。

 

 

兎美とトモコが作ってくれたカレーライスの夕食を挟んで、なんと4時間も喋り続けた計算になる。

 

 

この自分の日常に、よくもまあそんなに話すネタがあったものだと妙な感心をしたくなるほどだ。

 

 

結局ハルユキは、兎美達の話から始まり、梅里中学校の各種システムやら、幼馴染2人との色々なエピソードやら、黒雪姫先輩に纏わるアレコレまでを、殆ど洗いざらい話しつくしてしまった。

 

 

話題にしなかったのは、数ヶ月前まで続いたイジメの件と仮面ライダーの件と――そして《あの世界》に関する事だけだ。

 

 

危うく仮面ライダーの事も話しかけたが、なんとか誤魔化す事が出来た。

 

 

その、さして面白いとも思えない話を、トモコは真剣に聞き、時には声を出して笑ってくれた。

 

 

「妹がいるって、こういう感じなのか」

 

 

ハルユキはしみじみ噛み締めた。

 

 

そして同時に、一抹の違和感を打ち消せない自分を嫌悪した。

 

 

「余りにも出来すぎだろ、本当にあんなハトコいたっけ?」

 

 

ある日学校から帰ってきたら、突然妹がいて、クッキーを焼いてくれたりカレーを作ってくれたり、止めに『お兄ちゃんにお話してほしいな』と来たもんだ。

 

 

その上、3日間も1つ屋根の下で暮らすだって?

 

 

これを、降って沸いたレアイベントだと受け入れられる程、ハルユキは素直な育ち方をしていなかった。

 

 

しかし、この1件に何か裏面があるのだとしても、いったい誰が何の為に仕掛けた事なのか?

 

 

そしてそれをどのように確認すればいいのか?

 

 

少し考え、ハルユキはお湯から上体を出すと、傍らのコーナーラックからアルミシルバーのニューロリンカーを取り上げた。

 

 

生活防水仕様であるものの念を入れて首筋の水滴を払い、後ろから装着する。

 

 

U字型の両端部分が軽く内側にスイングし、首をしっかりロックする。

 

 

電源を入れると、目の前に起動ロゴが輝き、20秒程の大脳接続チェックに続いて仮想デスクトップが展開した。

 

 

右手の指を素早く動かし、有田家のホームサーバーのウインドウを開く。

 

 

データストレージから、家族のアルバムに入ろうとして、ハルユキはやや躊躇した。

 

 

ここ数年で家族での写真は、兎美達との写真しか撮っていないが、この中にはハルユキがぷくぷく膨れる前の――父親と母親が仲睦まじかった頃の画像が山ほど埋もれているはずだ。

 

 

そんなもの、死んでも見たくない。

 

 

階層を戻り、ハルユキは代わりにホームサーバーに接続する外部ネットを開いた。

 

 

ぱぱっと立体的に幾つかのアクセスゲートが展開する。

 

 

これらは全て、有田家の親戚筋のホームネットだ。

 

 

勿論サーバーのデータを好き勝手漁れる訳はないが、メッセージを記録したり、親族向けに公開されているスケジュール等を閲覧できる。

 

 

しかし、アクセスゲートに《中野のサイトウさん》宅のものはなかった。

 

 

たいていの家はトップ画面に近況報告を兼ねた家族の集合写真を用いているので、それを確認しようと思ったのだが。

 

 

「駄目だ、何処にも写っていない...」

 

 

さすがに接続しているのは母親の実家と兄妹、数人の叔父叔母のみで、イトコまではカバーしていないようだ。

 

 

ハルユキはいったんデスクトップから視線を外し、浴室のドアの向こうに耳を傾けた。

 

 

リビングのパネルテレビの音声がわずかに聞こえてくる。

 

 

兎美達は既に部屋に戻っているので、恐らくトモコがまだファミリー向けのバラエティ番組を見ているのだろう。

 

 

再びデスクトップを睨み、ハルユキは中央に浮かぶアクセスゲート――母親の実家のホームネットを開いた。

 

 

山形の農村をバックに撮影されたのどかな家庭写真を無視し、ネットの内部へと繋がるゲートをクリックする。

 

 

当然のように認証窓が出現し、ハルユキの行く手を阻む。

 

 

ハルユキはそこに、母親に与えられているIDとパスワードを打ち込んだ。

 

 

このアクセスは先方のログに残る為、もし向こうが母親にログインの理由を訊いたりすれば、ハルユキが母親のIDをぶっこ抜いていることがバレて大目玉を食らうだろうが、そもそもサクランボ農家を営むお祖父ちゃんとお祖母ちゃんが自宅ネットのアクセスログなどチェックするとは思えない。

 

 

だが勿論、仕事は手早く済ませるに越した事はない。

 

 

ハルユキは大急ぎで母親の実家のホームネットに潜り込み、アルバムを開いた。

 

 

数10年分も蓄積された膨大な写真の量にうんざりしながらも、時期と人数でフィルタを掛けてデータを抽出する。

 

 

確か、薄らかな記憶によれば、5年ほど前のお祖父ちゃんの喜寿のお祝いに有田家の一族がかなり集まったことがあった。

 

 

《中野のサイトウさん》ともその時挨拶したような気がする。

 

 

ならば、当時5歳くらいであろうトモコもその場にいたはずだ。

 

 

検索はすぐに終了し、数枚のサムネイルが重なって表示された。

 

 

それを指先で次々に弾いていく。

 

 

これじゃない、これでもない...あ、この辺か。

 

 

この次あたりに。

 

 

「おにーいちゃん♪」

 

 

突然、右側から歌うような声がして、ハルユキは反射的に首を捻った。

 

 

そして、右手の指先を空中に上げたまま凍りついた。

 

 

いつの間にか浴室のドアが細めに開き、その向こうに、トモコが顔と右肩だけを覗かせて立っていた。

 

 

赤茶色の髪をタオルで巻いた頭から、やや恥ずかしそうにはにかむ顔、そして細い首と肩のきめ細かい肌へと視線を下ろし――。

 

 

「なっ...な、なっ...」

 

 

口を高速ぱくぱく運動させるハルユキに、トモコがほんのり桜色の笑顔を向けた。

 

 

「お兄ちゃん、あたしも一緒に入っていい?」

 

「いっ...ちょ...そんっ...」

 

「だってー、お兄ちゃん長いんだもん。待ちくたびれちゃうよ!」

 

 

えへへと笑うと、トモコは返事を待たず、とててっと浴室に入ってきた。

 

 

ハルユキは慌ててばしゃっと体を湯に沈め、きつく両眼をつぶって叫んだ。

 

 

「ごめん今出るから!今すぐ出るからもうちょっと待って!!」

 

「大丈夫ですよぉー、ハトコ同士だもん」

 

 

全然大丈夫じゃね―――ッ!!

 

 

と脳内で絶叫した。

 

 

テンパっていたその時、ハルユキはトモコの首筋にニューロリンカーの日焼けの跡があるのに気付いた。

 

 

「だ...だからって、あんまり見ないで下さい!」

 

 

ハルユキは、視界の左側に表示された、5年前の有田一族大集合写真と見比べた。

 

 

前列には、自身を含む子供達がうじゃうじゃと並んでいる。

 

 

今となっては誰が誰だかさっぱり見分けられないが、幸い、この時代の写真にはもうデータ埋め込み技術が採用されている。

 

 

焦点をずらしていくと、子供達の前に次々と名前が浮き上がっては消える。

 

 

その名前は、6人目で現れた。

 

 

斎藤朋子(サイトウトモコ)》。

 

 

凝視すると、該当する子供の顔が自動的にズームされ、目の前のトモコと同じサイズになった。

 

 

当時5歳。

 

 

女の子は変わる、って言うから、5年間でこの顔がこうなることだって...。

 

 

あるわけねー。

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、溜め、はああああっと吐き出した。

 

 

そして、きょとんとした表情のハトコを名乗る女の子に向けて、哀しい微笑みと共に呼びかけた。

 

 

「ねぇ...」

 

 

「なあに、お兄ちゃん?」

 

 

「...君、サイトウトモコちゃんじゃないでしょ?」

 

 

 

 

反応は即座かつ如実だった。

 

 

トモコの可憐な顔が、一瞬ぽかんとした素の驚きを見せ。

 

 

その頬が恐らく羞恥以外の理由で真っ赤に染まり、右の目元がぴくぴくっと痙攣した。

 

 

しかし感心な事に、年齢だけは間違いなく10歳前後であるはずの少女は、尚も可愛らしい声と共に首をかしげた。

 

 

「えー、お兄ちゃん、何言ってるんですか?私は正真正銘サイトウトモコですよ」

 

 

「日焼け」

 

 

ハルユキはぼそっと答えた。

 

 

「え?」

 

 

「首のとこ、綺麗に日焼け跡がついてるよ。僕と同じくらい。なかなかそこまでは、産まれた直後から常時装着してないとならないよ...ニューロリンカーを」

 

 

トモコ――では恐らくない少女の両手が、さっと首を覆った。

 

 

それに、とハルユキは続けた。

 

 

「お祖父ちゃんのホームサーバーに、5年前の写真が残ってた。そこに、サイトウトモコちゃんも写っているけどね...こう言っちゃなんだけど、君の方が10倍かわいい」

 

 

女の子の顔がぴくぴくと引き攣り、実に複雑な表情を浮かべた。

 

 

やがてその百面相は、これまでの純朴さとは1光年ほどもかけ離れた、不貞腐れたような渋面で固定された。

 

 

「ちっ」

 

 

バスタオルの両腰に手を当て、強烈な舌打ちを鳴らす。

 

 

「ここンチのアルバムは確認したのになぁ。まさかジーチャンちのネットまで掘り返すとは、あんた疑り深過ぎんぜ」

 

 

突如切り替わった口調に目を白黒させながらも、ハルユキはどうにか言い返した。

 

 

「君が無茶しすぎなんだよ。多分サイトウさんから家の母親宛のメールを偽造したんだろうけど、母さんが向こうに再確認したらどうする気だったんだ」

 

 

「あんたのママのニューロリンカーから発信されるサイトウさん宛のメールとコールは、全部インタラプトされてあたしに届くようになってんもん。準備に3日もかかったのによー!」

 

 

「そりゃあ...何ともご苦労様な...」

 

 

浴槽の縁にしがみついたまま、ハルユキは呆れ声を漏らした。

 

 

他人のニューロリンカーにウイルスを仕込もうと思ったら、ケーブルで直結するしか手段はない。

 

 

恐らくこの少女は、ハルユキの母親の動向をチェックし、よく行くスポーツジム辺りで更衣室ロッカー内のニューロリンカーに接触したのだろう。

 

 

無論、肉親にそんな事をされて気分がいい訳はないが、ハルユキはそれより先に感心してしまった。

 

 

この世にハッカーやらウィザードを自称するリンカー使いは多いが、安全な自宅から出て現実世界で《ソーシャル・エンジニアリング》――他人に成りすまし、オフラインでセキュリティを破る究極のハッキング――を仕掛けられるツワモノはそうは居ない。

 

 

ハルユキの声に含まれた賛嘆を聞き取ったか、少女の顔にフフンという強気な笑みが浮かんだ。

 

 

「君は一体何者なんだ?何の目的で僕に近づいた」

 

 

ハルユキは警戒しながら、女の子に質問をする。

 

 

念の為、何かあった時の為にクローズドラゴンをフリーズ状態で、洗面所に隠している。

 

 

ハルユキの一声で、いつでも起動し飛んでくることが出来る。

 

 

「はあ...、バレちまったらしょうがない。アンタには力づくで言う事を聞いてもらうぜ。この《スカーレット・レイン》様にな!ニューロリンカー取ってくるからそこで大人しく待ってろよ!!」

 

 

右手の人差し指を仕舞いつつ親指を突き出し、それを下に向けてぐいっと横に動かしてから、女の子は勢いよく振り返った。

 

 

そして、1歩右足で踏み出すが床が濡れていた為、ずるっと滑った。

 

 

「にゃあっ!?」

 

 

甲高い悲鳴。

 

 

殆ど後方伸身宙返りのような見事さで落下してくる女の子を見上げ、ハルユキも叫んだ。

 

 

「危ない!!」

 

 

咄嗟に両手を広げ、女の子が浴槽の縁に激突する前に受け止める。

 

 

しかしお湯の中ということもあり、ハルユキも足を滑らせてしまい、後ろにひっくり返ってしまった。

 

 

どばっしゃーん。

 

 

という盛大な音と共に高く水柱が立ち上がり、その横を大判のバスタオルがひらひらと舞った。

 

 

後ろの壁に軽く頭をぶつけたハルユキは、ぎゅうっと目をつぶって痛みをやり過ごしてから、薄く瞼を持ち上げて状況を確認した。

 

 

広い湯船の中で、尻餅をついた格好の自分。

 

 

ぷくぷくしたお腹をクッション代わりに乗っかる赤毛の女の子。

 

 

その細い胴体に、ぎゅーっと回された自分の両腕。

 

 

そして、双方ともに全裸。

 

 

「う、うわああああ!?」

 

 

というハルユキの叫びを、

 

 

「うぎゃ―――――――っ!!」

 

 

という女の子の絶叫が上書きした。

 

 

じたばたもがいてから、ハルユキのお腹にどすっと足を踏み下ろした反動でひと息に湯船の外に脱出する。

 

 

床のバスタオルを拾いつつ、ぎゅんっと超高速で脱衣所に飛び出し、再び顔だけを見せ。

 

 

「...ぶっころす」

 

 

どたたたた、という足音がリビングに去っていくのを聞きながら、ハルユキは呆然と考えた。

 

 

最初はファウストの刺客かと思ったが、さすがにあんな小さな子を差し向けるような連中ではなかったようだ。

 

 

先程の発言からして、恐らくこのあと対戦を吹っかけてくるはずだ。

 

 

ならば、ニューロリンカーを外してそれを防ぐか?

 

 

しかし、恐らく今後本格的にぶつかるであろう敵ならば、早めに情報を入手しておくに越した事はない。

 

 

まだやっとこレベル4の自分ならば、1度負けたくらいではそうそうポイントは減らないし、それに――さすがに相手が子供なら、そうおめおめ負ける気もない。

 

 

思考の八割ほどは未だに大混乱の極みだったが、残り二割でどうにかそこまで考えたハルユキは、先程の女の子が口にした名前を脳裏に呼び起した。

 

 

《スカーレット・レイン》。

 

 

聞き覚えは、多分ない。

 

 

カラーサークル上では恐らく《遠隔の赤》属性だが、それだけで赤のレギオンに所属するバーストリンカーだと決めつけるのは早計だ。

 

 

そのへんは対戦してみれば解るはずだが、しかしもう少し情報が欲しい。

 

 

女の子がニューロリンカーを装着し、OSが起動し、量子接続チェックを終えるまでにはあと数10秒あるはずだ。

 

 

ハルユキは湯船に座り込んだまま、音声命令を呟いた。

 

 

「コマンド、ボイスコール、ナンバーゼロファイブ」

 

 

途端、目の前に【登録アドレス05番に音声通話を発信します。いいですか?】というホロダイアログが浮かぶ。

 

 

即座にイエスを押す。

 

 

ちなみに01は兎美、02は美空、03は千百合、04は拓武、そして05は黒雪姫の登録アドレスだ。

 

 

コール2回で、黒雪姫が出た。

 

 

『私だ。どうしたハルユキ君、こんな時間に』

 

 

しっとりと滑らかで、かつ音楽的な抑揚のあるその声の背景に、ちゃぷんという水音が重なった。

 

 

あー、先輩もお風呂かなぁ...などと一瞬考えながらハルユキは黒雪姫に話しかけた。

 

 

「遅くにすみません。ちょっと教えてほしい事があって...」

 

 

『ほう、何だ?』

 

 

「その、先輩は、《スカーレット・レイン》ってバーストリンカーを知ってますか?」

 

 

質問の答えは、少々長めの沈黙だった。

 

 

「あの...どうかしましたか」

 

『......いや、済まん。それは本気で訊いているのだろうな?』

 

「本気って......勿論、そうです。こんな時間に悪戯電話なんてしませんよ」

 

『そうか。ううむ、これは私の手抜かりかな。通称ばかり使って、名前を教えた事はなかったか。しかし《シルバー・クロウ》、君は少々不勉強だそ?』

 

「え...?それは、どういう...」

 

 

首をかしげたハルユキの聴覚に、どたどたどたっと廊下を走ってくる足音と重なって、黒雪姫の涼やかな声が響いた。

 

 

『――《スカーレット・レイン》。そいつは、かの《不 動 要 塞(イモービル・フォートレス)》、《鮮血の暴風雨(ブラッディ・ストリーム)》...二代目赤の王ご当人じゃないか』

 

 

.........はい?

 

 

ぱかりーん、と両眼及び口を丸くして、ハルユキは思考を停止させた。

 

 

直後、浴室のドアを引っ叩くように、赤毛の女の子が再び姿を現した。

 

 

よほど怒り心頭なのか、上下に可愛らしい下着を身に着けただけの格好だ。

 

 

しかしもう隠す気もないらしく、真っ白い体を昂然と反らし、胸の前で腕組をしている。

 

 

「ちょ...君、赤の王?」

 

 

「フッ」

 

 

にいっと凶暴な笑みを見せた女の子は、可憐かつ威圧感たっぷりの声で叫んだ。

 

 

「バースト・リンク!!」

 

 

ああ...本当に殺されるかもしれない...。兎美...美空...先輩...、どうぞ僕を馬鹿と罵って下さい...。

 

 

バシイイイイッ!!

 

 

という聞きなれた音を聞きながら、ハルユキは胸中で涙を流した。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

一瞬、五感が切断され、暗闇の中に《HERE COMES A NEW CHALLENGER!!》の文字が燃え上がる。

 

 

直後、再び視界が回復。

 

 

しかしそこはもう、アイボリーの化粧パネルが張られた自宅の浴室ではなかった。

 

 

マンションの数フロアがぶち抜きになったとしか思えない、広大な平面空間だ。

 

 

ハルユキはすでに、ニューロリンカー内の思考加速・対戦格闘ゲームアプリケーション《ブレイン・バースト》が創り出す仮想世界に完全(フル)ダイブしている。

 

 

周囲の世界は、日本全国に張り巡らされた治安監視網(ソーシャルカメラ・ネット)の映像から再構成されたバーチャルな《対戦フィールド》なのだ。

 

 

しかし、ハルユキの自宅を含む一般住居内には基本的にソーシャルカメラは存在しない為、このように推測補完――つまりソフトが構造からでっち上げる事になる。

 

 

今回は、マンションそのものが建築途上に戻されてしまったようだ。

 

 

コンクリート打ちっ放しのだだっぴろいフロアを、鉄骨の柱だけが幾つも貫いている。

 

 

その殺風景な空間に、ハルユキと女の子は、ほんの半秒ほどだが生身の姿で向き合った。

 

 

しかし直ぐに、両者の体はその色と形を変え始める。

 

 

それぞれの分身たる、対戦用の《デュエルアバター》へと。

 

 

ハルユキの丸っこい四肢が、末端から銀色の輝きに包まれ、同時に細く細く絞られていく。

 

 

現れたのは、白銀の装甲に包まれた機械の腕だ。

 

 

変化はたちまち胴にも及び、腹囲が一気に半分以下にもなる。

 

 

極細のメタルボディが完成すると同時に、白い光の()は頭をも呑み込み、つるりと丸い鏡面のヘルメットで包み込む。

 

 

自身がデュエルアバター《シルバー・クロウ》へと変身するのを意識しながら、ハルユキは数メートル先に立つ女の子の姿を凝視し続けた。

 

 

人形のように華奢な腕と脚を、突然朱色の輝きが包んだ。

 

 

光の環が上に登っていくにつれ、透き通るルビー色の装甲に置き換わっていく。

 

 

真っ平らな腹部と胸郭もまた、ダークグレーとルビーの2色を基調とした半透過アーマーに包まれ、最後に一瞬の閃光を放ってアンドロイドチックな頭部が現れた。

 

 

つぶらな形の両眼だけが存在するマスク。

 

 

前髪を模した装甲の両側に飛び出す、結わえ髪の形のアンテナ。

 

 

ぴょこぴょこ、とツーテールが動き、ぴきゅん、と両眼が鮮紅色に光った。

 

 

――これが、《赤の王》だって?

 

 

ハルユキは棒立ちになったまま、数メートル先のデュエルアバターをまじまじと見下ろした。

 

 

小さい。

 

 

身長は130そこそこしかあるまい。

 

 

武装らしき物は右腰に下がるおもちゃのようなハンドガン1丁のみ。

 

 

いや、見た目に惑わされてはいけない。

 

 

相手は加速世界にわずか7名しかいないレベル9のバーストリンカーにして、巨大レギオンを率いる最強の支配者、《純色の六王》の1人。

 

 

恐らく、あの見た目に反した何かがあるはずだ。

 

 

スマッシュとの戦いで得た経験を元に、試行錯誤していたその時だった。

 

 

突然、可憐な少女型アバターの背後の空間が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 

真紅に輝く武骨なブロックが4つ、虚空から湧き出すように現れ、少女の両腕両脚を包み込む。

 

 

更に左右から分厚い装甲板が回り込み、華奢なボディを完全に隠す。

 

 

「なん......」

 

 

ハルユキは、一気に自分の数倍の質量になってしまった真紅のアバターを、ぽかんと見上げた。

 

 

しかし、追加装甲の出現は、そこで止まらなかった。

 

 

ゴン、ゴン、と重々しい低音を響かせながら、巨大な六角柱やら円筒やら板やらが後から現れて接続されていく。

 

 

高さはたちまち天井へと迫り、慌てて後退するシルバー・クロウを追う様に全長も2メートルを超え、3メートルを超え...。

 

 

数秒後。

 

 

ようやく静寂が戻った時、ハルユキの眼前に屹立するのは、まさしく戦車、あるいは要塞としか言えぬシロモノだった。

 

 

本来の腕の延長線上に存在する、長大な2本の砲身がゆっくりと持ち上がり、各所の放熱孔からぶしゅーっと白煙が吐き出された。

 

 

武装コンテナの集合体の中央に、ほんの少しだけ覗く2つの赤い眼がびかーっと光った。

 

 

「......うっそ......」

 

 

ハルユキが呟くと同時に、眼前に燃え上がるフォントで《FIGHT!!》の一語が輝き、爆散した。

 

 

何かあると思っていたが、これは予想外すぎた。

 

 

とりあえず、逃げるのは無しだ。

 

 

相手の属性は《遠隔の赤》。

 

 

この巨大要塞型デュエルアバターは、どう見ても遠隔攻撃の鬼だ。

 

 

左右の主砲に加え、両肩のコンテナは恐らくミサイルポッド、前面に突き出す短い砲身は機銃のたぐいか。

 

 

そんなの相手に、自ら距離を取るなんて愚の骨頂だ。

 

 

そう判断し、1人のバーストリンカーとして対峙するハルユキに、要塞アバター《スカーレット・レイン》の真紅の視線が照射された。

 

 

「...ふぅん、逃げないの。いーい根性してるじゃない」

 

 

メタリックな響きを伴ってなお可憐な声で、赤の王は言い放った。

 

 

「僕も1人のバーストリンカーだ!相手が赤の王と言えど、逃げるつもりはない!」

 

 

赤の王に対してそう答えつつ、ハルユキは懸命に視線を赤の王の各所に走らせた。

 

 

ゲームでは普通、こういう巨大かつ重武装なボス攻略法は、死角から肉薄して弱点を破壊と相場が決まっている。

 

 

だが、相手は王の1人。

 

 

レベル9になるまで、ハルユキが想像も出来ないほどの戦いをしているはずだ。

 

 

恐らくその辺りの対策もしているだろう。

 

 

この場合は大人数で囲んで攻略するか、相手の虚を突くかの2つ。

 

 

殆どの人は前方からの攻撃を避けるはず、なのでそこを突くしかない。

 

 

あのタイプの主砲は素早く動かせず、撃った後も大きく修正は出来ないはずだ。

 

 

建物の中という事もあり、ミサイルポッドは使えない。

 

 

背後を取るように見せかけて隙を作れば、本体にダメージを与える事が出来る筈だ。

 

 

そんなハルユキの思考を知ってか知らずか、スカーレット・レインはくすくすと笑った。

 

 

「カッコいいこと言っちゃって♪でもねぇ、忘れたわけじゃないよね?」

 

「!?」

 

「私がアンタを...」

 

 

ぐいん!と突如右の主砲が動き、ハルユキをポイントしようとした。

 

 

「――ぶっころすって言った事をだ!このヘンタイ!!」

 

「あれは不可抗力だよぉぉぉぉぉ!!」

 

 

叫び返しつつ、ハルユキは猛然と地面を蹴った。

 

 

敵の左側面へと電光の如く突進し、鋭角にターンして背後を目指しているように見せる。

 

 

ハルユキを追うスカーレット・レインの旋回速度は、その巨体を考えれば驚くほどのクイックさだったが、それでもシルバー・クロウ――スピード一極特化型デュエルアバターのダッシュに追随出来る程ではなかった。

 

 

「だいたい先にお風呂入ってきたのはそっちじゃないかあああ!!」

 

 

もう一声絶叫しつつある程度引き付けたハルユキは、本体に目掛けて一気に突っ込んだ。

 

 

「!?」

 

 

予想通り、正面から突っ込んでくるとは思っていなかったのか、スカーレット・レインは直ぐに動く事は出来なかった。

 

 

「はあ!」

 

 

強化外装の本体が見えている箇所に突っ込み、スカーレット・レインに渾身の一撃を叩き込む。

 

 

「ぐっ!」

 

 

ハルユキの攻撃は決まったが、レベル差のせいかたったの1割しか削れなかった。

 

 

反撃を警戒し、ハルユキは直ぐに後ろに跳んで少し距離を離す。

 

 

「へえ、背面を取るように見せかけて正面から攻撃を仕掛けるなんて...、レベル4にしては結構やるじゃんシルバー・クロウ」

 

 

攻撃されるなんて露にも思わなかったのか、スカーレット・レインは本気で驚いていた。

 

 

「それじゃあ...これでも喰いな小僧!!」

 

 

ふはははー、という書き文字が見えそうな一喝と同時に、スカーレット・レインの両肩に背負われたコンテナの蓋がぱかっと開いた。

 

 

そこから、無数の小型ミサイルがやたらめったら飛び出すのを見て、ハルユキはぎょっと眼を見開いた。

 

 

ちょ...嘘だろ、ここ建物の中なんですけど!

 

 

直後、コンクリートの天井、床、そして鉄骨の柱全てが、真っ赤な薔薇にも似た爆発に包まれた。

 

 

直線起動で向かってきた1発のミサイルを掻い潜ったハルユキの頭上で、コンクリに網目のようなひび割れが走り、たちまち崩壊を始める。

 

 

「うそっ...」

 

 

落下してきた巨大な塊を避けた足下で、床までも呆気なく陥没した。

 

 

「うそ――――――っ!!」

 

 

絶叫し、ハルユキは猛然とダッシュした。

 

 

もう、敵との距離どうこう等と言っていられない。

 

 

ここは地上から遥かに離れた23階なのだ。

 

 

崩壊に巻き込まれたら、多分HPが一瞬ですっ飛んでしまう。

 

 

元ハルユキの自宅マンションである建築物には床と柱しか無かった為、十数メートル先にそのまま外部へと繋がる空間が見えた。

 

 

崩れる床を左右に飛び移り、落ちてくるコンクリ塊を拳と頭で粉砕しながら、ハルユキはちらりと自分の体力ゲージの下の必殺技ゲージを確認した。

 

 

初撃とステージ破壊ポイントがカウントされたのか、ゲージは2割程が緑色に発光している。

 

 

これなら―――

 

 

飛べる!!

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、両肩に力を込めた。

 

 

背中で、折りたたまれていた金属フィンがじゃきっと歯切れのいい音を立てて展開する。

 

 

フィンが高周波振動するにつれ、ハルユキのダッシュも加速していく。

 

 

「ふおおおおお―――っ!!」

 

 

一声叫び、ハルユキは眼前に迫った灰色の空へと向かって、頭から思いっ切りダイブした。

 

 

ハルユキの自宅は、高層マンションのかなり上のほうだ。

 

 

ゆえに、建物から飛び出した瞬間、目の前には高円寺から新宿へと続く街並みが一気に広がった。

 

 

絶景のパノラマ――ではあるのだが、建築物の全てが、自宅と同様にセメントから鉄骨の突き出す殺風景な代物に変わっている。

 

 

これは恐らく、《風化》ステージだ。

 

 

属性は確か、壊れやすい、ホコリっぽい、時折突風が吹く...。

 

 

等と考えつつ、ハルユキは金属翼による加速を緩め、空中にホバリングした。

 

 

ちらっと必殺技ゲージを確認すると、まだ少しばかり残っている。

 

このまま3分は連続飛行していられるはずだ。

 

 

くるりと振り向けば――。

 

 

ちょうど、巨大な高層建築物が、その中ほどから2つに折れて無残にも倒壊していく所だった。

 

 

「あーあ...僕んチが...」

 

 

思わず呟く。

 

 

無論あれはシステムが作成したポリゴンデータではあるのだが、《対戦》の最中に自宅が破壊されてしまったのは初めてだ。

 

 

「まったく、無茶するなぁ」

 

 

ヘルメット頭を振りながら、ハルユキは瓦礫の山と化していくマンション棟を見下ろした。

 

 

赤の王は、自ら作り出した大崩壊に巻き込まれたらしく、姿は見えない。

 

 

反撃するにしては、自滅行為だが相手は王の1人。

 

 

普通だったら瓦礫の下敷きになったりしたら、体力ゲージは殆ど削られるがハルユキは最後まで油断しない。

 

 

だがその直後。

 

 

ハルユキは、ある事に気付き、戦慄した。

 

 

スカーレット・レインの体力ゲージが―――減っていない。

 

 

正確には3パーセントほど微減しているが、ダメージと呼ばれるものではない。

 

 

そして、必殺技ゲージの方は、百パーセントが明るく輝いていた。

 

 

それはそうだ。

 

 

あれだけ巨大な地形オブジェクトを破壊すれば、莫大な量のボーナスが加算されただろう。

 

 

つまり、赤の王の無鉄砲なミサイル乱射は、ハルユキに反撃したのでも、崩壊に巻き込む事を狙ったのでもなく...。

 

 

そこまで考えて、今現在自分が置かれている状況に気付き、直ぐにその場から離れる。

 

 

突如。

 

 

眼下の瓦礫の下から、幾筋もの赤い光が迸った。

 

 

同時に、鋭い叫び声が響いた。

 

 

「《ヒートブラスト・サチュレーション》!!」

 

 

ぎゅああっと耳をつんざくような共鳴音を轟かせながら、マンションの残骸を貫いて真紅の火線がまっすぐ伸び上がってくるのを見て、ハルユキは驚愕する。

 

 

巨大なビームは、先程までシルバー・クロウが居た場所を通り過ぎる。

 

 

通過した熱線がそのままステージの東へと伸びていき、彼方に屹立する新宿都庁舎の、地上三百メートルあたりから上を丸ごと吹き飛ばした。

 

 

もし気付かず、回避が遅れていればあの攻撃に巻き込まれていたかもしれないと思い、ハルユキは戦慄した。

 

 

「うそっ...」

 

 

この戦いで何度目かの驚愕の声をハルユキは漏らした。

 

 

ハルユキは視線を動かし、自宅マンション跡を眺める。

 

 

ちょうど、瓦礫にぽっかり開いた巨大な貫通孔から、赤の王がその威容を再出現させる所だった。

 

 

全身の美しいルビー装甲は、まったく無傷と見えた。

 

 

背面と下部のバーニアから薄く排気炎を輝かせ、左腕の砲身に刻まれたスリットからは白煙がたなびいている。

 

 

「...おー、飛んでる飛んでる♪」

 

 

前面装甲の隙間からつぶらな両眼でシルバー・クロウを見上げた赤の王が、歌うような調子で言った。

 

 

「一度やってみたかったんだよねぇ、対空砲火ってやつ?SF映画とかで、やたらめったらばら撒いてるのすごい楽しそうだし」

 

 

じゃっきん。

 

 

と派手な金属音を響かせて、両肩のミサイルコンテナが全開し、右手主砲が持ち上がり、前面に四門備えられた機銃が角度を変えた。

 

 

ゴゴゴゴゴと重い響きを放ちながら敵の主砲がチャージを開始した。

 

 

コンテナからも、百発はありそうな小型ミサイル群がせり出し、シーカーヘッドのレンズを光らせる。

 

 

都庁を破壊したボーナスで再び満タンであろう敵必殺技ゲージに対し、ハルユキのそれはもう残り五パーセント弱。

 

 

全力飛行出来るのは数十秒程度だろう。

 

 

「言っとくけど巨大戦艦は、ロボット1機に落とされるって昔から決まってるんだぞ!」

 

「確かにお前はやるようだが、変態が乗ってるロボットにそんな活躍が出来るか!バーカ!」

 

 

ハルユキの負け惜しみに近い発言に対し、赤の王がひどすぎる台詞を吐き、続いて高らかに叫んだ。

 

 

「――《ヘイルストーム・ドミネーション》!!」

 

 

ぎゅどああああぱぱぱぱうんだりだりだり、と三種の砲声が同時に轟き、主砲とミサイルと機銃が一斉発射された。

 

 

それでもハルユキは、諦めも、怯えすらも感じなかった。

 

 

仮面ライダーとして戦っている時とは違い、全身の血が沸騰するような熱に包まれていた。

 

 

すなわち、《対戦》の興奮に。

 

 

「...ずありゃ――――!!」

 

 

ハルユキは、気合と共にまず右方向へと空中ダッシュし、とにもかくにも主砲の超高熱ビームを避けた。

 

 

あれに直撃されたら、一瞬でじゅっといってしまう。

 

 

危ういところでビームがすぐ傍を通り過ぎ、今度はパークタワーだかNSビルだかに大穴を開ける。

 

 

しかし、敵もその軌道を予測していたようだった。

 

 

無数の小型ミサイルが、前方からシーカーを煌かせて迫ってくる。

 

 

大きく息を吸い込み、ハルユキは渾身の超高速機動を開始した。

 

 

「おりゃっ――!!」

 

 

直線飛行してミサイルの一束を引き付けては、90度を超える鋭角ターンで振り切る。

 

 

ホーミング対象を見失ったミサイル群の爆発に揺さぶられながら、次の群れをおびき寄せ、再度の回避。

 

 

空中にUFOの如きジグザグ軌道を刻み、無数の爆発を咲かせながら、シルバー・クロウは飛び続けた。

 

 

「見える、気がする」

 

 

不思議に、ミサイルの軌道も、機銃の弾幕も、くっきりと見て取れる気がした。

 

 

正面の全方向から残り30ほどとなったミサイル群。

 

 

背後には機銃の弾幕。

 

 

そして地上ではスカーレット・レインの左主砲がリチャージを終え、トラッキングを開始している。

 

 

「ふっ!」

 

 

ハルユキは最後まで油断することなく、最後のミサイル群も同じ様に回避しようとした突如。

 

 

その時、戦場に猛烈な風が吹いた。

 

 

《風化》ステージの地形効果だ。

 

 

コンクリート剥き出しの建物や地面から、大量の砂埃が巻き上がり、視界が瞬時にグレー一色に閉ざされる。

 

 

周囲のミサイル達が目標を見失い、次々と誘爆していく。

 

 

......ここだ!!

 

 

ハルユキは眼を見開き、砂嵐の奥に輝くルビー色だけを目指して螺旋状に急降下した。

 

 

その軌道の中心を、発射された主砲のビームが貫き、虚空だけを灼いた。

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

雄叫びと共に、ハルユキは姿勢を入れ替え、尖った足先から1条の光線となって突き進んだ。

 

 

「喰らえ―――!!」

 

 

乾坤一擲(けんこんいってき)の左キックを、かすかに見えたスカーレット・レインの2つのミサイルコンテナの隙間へと。

 

 

これがクリティカルで決まれば、まだ流れを引き戻せる――

 

 

――しかし。

 

 

「......!?」

 

 

剣のように鋭いつま先が触れる寸前、巨大要塞型アバターが、一気にバラけた。

 

 

コンテナや主砲が分離し、装甲版ともども周囲に広がる。

 

 

その中央から、華奢な少女型アバターが現れ、こちらを見上げて。

 

 

有り得ないほどの速度でぶんっと一歩スライドし、シルバー・クロウのキックを避けようとした。

 

 

だが地面にぶつかる寸前にシルバー・クロウは、逆上がりの要領で身体を回転させ勢いを殺す。

 

 

ずざあああああっ!!

 

 

勢いを少し殺せたお陰か、地面に突っ込むことなくなんとか着地する事が出来た。

 

 

「あ、危なかったぁ...」

 

 

咄嗟に体が動いたから良かったものの、あのままだったら地面に突き刺さっていただろう。

 

 

「あのまま自滅すると思ったけど、結構やるじゃん」

 

 

すると後ろから赤の王が近づいてくる。

 

 

「だけど...あたしの勝ちね、お兄ちゃん」

 

 

スカーレット・レインの本体、ちびっこい少女アバターが、これまたちっぽけな真紅の拳銃を右手に握り、ハルユキに向けていた。

 

 

すると赤の王は、つぶらな両眼のレンズだけが存在するマスクに、明らかな笑みをにいっと浮かべた。

 

 

「この銃が、あたしの最強の武器だって言ったら信じる、お兄ちゃん?」

 

 

ハルユキは大きく息を吸い、ふうっと吐く。

 

 

「それでも...僕は最後まで諦めない。最初にも言ったが、たとえ王が相手でも逃げるつもりは無い!」

 

 

ハルユキは、赤の王に戦闘態勢を取る。

 

 

「今の俺は!負ける気がしねぇ!!!」

 

 

諦めると思っていたのか、赤の王はすこし動揺する。

 

 

しばらく対峙すると、赤の王が銃を降ろす。

 

 

「気に入ったぜ、シルバー・クロウ」

 

 

「......はい?」

 

 

いきなり掛けられた言葉に、ハルユキは間抜けな声を出す。

 

 

「王を相手にしても、最後まで諦めないお前の意気込みをだ」

 

 

さっきまで自分を馬鹿にしていたので、ハルユキはその分驚きが大きい。

 

 

「お前の意気込みに免じて、殺すのは免除してやるよ」

 

 

「あ、ありがとう」

 

 

そもそもそっちに非があるんじゃ...と突っ込みたかったが、余計な事を言うとそれこそ殺されかねないと考え、純粋に感謝する。

 

 

すると、赤の王はもういちど笑い、言った。

 

 

「じゃあ、お礼としてあたしのお願い、聞いてくれるよね?」

 

 

「へ?お願い...?」

 

 

まさか黒のレギオンを裏切れってんじゃないだろうな。

 

 

それだけは無理な相談だ。

 

 

と内心で焦ったが、答えはまったく予想外のものだった。

 

 

いきなりドスの効いた声で、少女は傲然と言い放った。

 

 

「――アンタの《親》に会わせな。リアルで....お互い生身同士で」

 




どうも!!ナツ・ドラグニルです!!


投稿が遅くなり、申し訳ございません!!


そして、順番では獣拳使いの幼馴染を投稿する予定でしたが、しばらく投稿を休ませていただきます。


勝手ながら、誠に申し訳ございません。


さて、今回のアクセルワールドはようやく第2章に到達しました。


前回の違いは、最初に楓子が襲われるシーンと、クローズの初戦でナイトローグが葛城巧について語っていない為、みーたんネットで調べるところを省きました。


そして逆に、アクセル。ビルドではお風呂の所で終わってますが、ベストマッチな加速能力者ではスカーレットレインの戦闘まで書きました。


ちなみにハピネスチャージは、書く気力が湧かず、全然書けてないのが理由です。


昔からハピネスチャージだけ書くのが遅い気がする...


取り敢えず、他2つの作品を書きながら、ゆっくり書いていこうと思います。


未完だけはしないようにするつもりです。


それでは次回、第18話もしくはLOVE TAIL第24話でお会いしましょう!!
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