アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「バーストリンカーであり、仮面ライダーでもある、いじめられっ子の有田春幸は、強化外装、そして、災禍の鎧《クロム・ディザスター》の存在を黒雪姫とニコから聞いた」


美空「黒雪姫が持っていた《クロム・ディザスター》VS《純色の七王》のリプレイを見て、ハルユキは《クロム・ディザスター》の異常性を認識した」


チユリ「それにしても、《クロム・ディザスター》ってとんでもないわね」


兎美「そうね...攻撃的な凶暴性に、獣のような獰猛性、どれをとってもスマッシュを超えた存在と言っても過言はないわね」


黒雪姫「確かに...スマッシュは成分を抜けば元に戻るが、このクロム・ディザスターはリアルに戻っても精神までも脅かすからな」


兎美「一体、ニコはハルユキに何をさせたいのか、気になる第20話どうぞ!!」


第20話

リンク・アウトのコマンドと共に、フルダイブから復帰したハルユキは、現実の自分の掌がじっとりと脂汗に濡れているのに気付いた。

 

 

正面に座るタクムも、同じように顔を青ざめさせている。

 

 

左を見れば、赤の王ユニコすらも無言で唇を引き結んだままだ。

 

 

「......彼奴(きゃつ)はあの状態から更に2分戦い続け、ようやく果てた」

 

 

黒雪姫がぽつりと呟き、自分のニューロリンカーに刺さる2本のケーブルを同時に引き抜いた。

 

 

ハルユキもそれに倣い、強張る両手で束ねながら掠れ声で訊ねた。

 

 

「あれは......、あれは本当にバーストリンカーなんですか?僕らと同じ、生身のプレイヤーがあの中に......?」

 

「それは間違いないねぇよ。今の五代目も、戦い方は大差ねぇからな......。でもな、それはそれとして、黒の王よ」

 

 

低い声で言いながら立ち上がったユニコが、いつになく険悪な顔でじろりと黒雪姫を睨んだ。

 

 

「あんたらが苦労して四代目を倒したのは、リプが残ってんだから確かなんだろうさ。でもな......それなら、なんでそこで《鎧》を、あの強化外装を消しちまわなかったんだ!」

 

「消したとも!」

 

 

がばっと立ち上がり、黒雪姫は叫び返した。

 

 

きゅっと唇を噛み締めたまま、テーブルのもとの椅子に腰掛け、他の3人が同じ様に座るまで待ってから押し殺した声で続けた。

 

 

「......《鎧》の持ち主、四代目クロム・ディザスターが加速世界から永久退場した直後、私と緑の王は他の5人と合流し、その場で自分のステータスウインドウを確認した。

 

そして全員が確かに断言したのだ。己のストレージに、《鎧》は存在しないと。つまり消滅したのだ......宿主を倒した相手に乗り移り続けるという呪いは、あの時断ち切られた。

 

事実、それ以降クロム・ディザスターは出現しなかった!」

 

 

最後は殆ど叫ぶように言葉を切り、黒雪姫は挑むようにユニコを睨んだ。

 

 

漆黒の瞳から発せられる圧力を堂々と受け止め、2代目赤の王は鋭く言い返した。

 

 

「なら、今の状況をどう説明するんだ!ちゃんと五人目が現れて、昔と同じ様に暴れまわってるっつうこの事実をよ!」

 

「......五代目の名前は何だ。たとえ《鎧》を装着し精神を汚染され、五人目のクロム・ディザスターとなったとしても、システム上の登録名までが変わるわけではない。対戦すれば鎧の中身のアバターネームは判る筈だ。鎧に乗っ取られたのは、いったい王の誰なのだ!!」

 

 

今度は、ユニコが視線を俯け、黙った。

 

 

数秒後、深く長い息を吐きだしてから、少女は首を左右に振った。

 

 

「王じゃねぇ。5人目は、うちの......赤レギオン、《プロミネンス》のメンバーだ。元の名前は《チェリー・ルーク》......だが、もう元の奴はいねぇ。鎧に喰われて、消えちまったよ」

 

 

その声は、乱暴な言葉遣いとは裏腹に、いつになく掠れ、揺れていた。

 

 

黒雪姫の双眸がすっと細められ、色の薄い唇を右手の指先が撫でた。

 

 

「王では......ない......?赤のレギオンのメンバーだと......?しかし......」

 

 

眉をひそめ、考え込む黒雪姫に、タクムが軽く手を上げて話し始めた。

 

 

「こういうことではないでしょうか、マスター。強化外装は、ショップを介すか、リアルで直結すればバーストリンカー間の譲渡も可能です。

 

僕に言えたことじゃありませんが、例のバックドアプログラムの一件を考えても、王の全員が清廉潔白な平和主義者とは思えません。

 

腹に一物ある王の誰かが、2年半前に偽の誓いを述べて《鎧》を秘かに持ち去り、それを《チェリー・ルーク》に譲渡したのでは?」

 

「そういう事に...なるか...。だが、さっきも言った通り、王は...レベル9プレイヤーにはもう大量のポイントを欲する理由がないのだ。

 

どれだけ貯めてもレベル10にはなれないのだからな。だから、譲渡するとすれば...自レギオンの強化、他レギオンの弱化くらいしか理由がないが...そのために制御不能のクロム・ディザスターを解き放つのはリスクが高すぎる。

 

それ以前に、赤のレギオンメンバーが手に入れたならその出所は赤の王。ということになるが...2年半前の討伐時に参加していた赤の王は...」

 

 

一瞬、黒雪姫の声が強張った事に、恐らくハルユキだけが気付いた。

 

 

不意にテーブルの下で、黒雪姫の冷たい左手がハルユキの右手に触れた。

 

 

そこから温度を得たかの如く、揺れの抑え込まれた言葉が続いた。

 

 

「当時の赤の王はもう加速世界にはいない。クロム・ディザスターの討伐からほんの3ヶ月後に、自身も討たれたからな。だから、彼が出所という事は有り得ん」

 

「あたしはその頃、まだバーストリンカーに成り立てでぴよぴよ言ってたから詳しい事は知らねーけどよ」

 

 

赤の王は、黒雪姫の瞬時の葛藤に気付いた様子もなく、重苦しい声を挟み込んだ。

 

 

「当然、先代から《鎧》なんぞ受け取っちゃいねーし、たとえ受け取ってもそれをメンバーに装備させようなんて思わねぇ。思うわけがねぇ......あの悪魔みてーな戦いぶりを見ちゃあな......」

 

「5人目も......そんなに凄いの?」

 

 

ハルユキの問いに、ちらりと目を上げ、ユニコは吐き捨てた。

 

 

「ある意味じゃ、さっきのリプレイ以上だ。あいつはもうバーストリンカーじゃねぇし、あいつの戦いは《対戦》じゃねぇ。あたしは......あたしはな、あいつが倒れた相手の腕をもいでがりがり喰うのを見たよ」

 

「げっ...............」

 

 

思わずそのシーンを想像してしまい、呻く。

 

いくらスマッシュと言えど人間を食べる事はないので、ハルユキは改めて災禍の鎧の危険性を認識して、ハルユキは2人の王に訊ねた。

 

 

「でも.........さっきから《乗っ取る》とか《精神汚染》とか言ってますけど.........強化外装って、つまりはただのアイテムですよね?バーストリンカー本人の思考にまで干渉するなんてことが、あるんですか.........?」

 

「ある。あり得る」

 

 

黒雪姫が即座に言い切った。

 

 

「覚えているか?ハルユキ君がバーストリンカーになった時、私が説明しただろう。ブレイン・バーストは、その所有者の劣等感や強迫観念を読み取り、凝縮してデュエルアバターを作ると」

 

「は......、はい」

 

 

「それは即ち、ニューロリンカーには、脳の感覚野だけでなく思考領域や記憶領域にもアクセスする能力があるということだ。一般のアプリでは厳しく規制されているがな。......つまり、だ。強化外装には、それを生み出したバーストリンカーの、負の意識が染み付いている。他人が着装すると、その意識が逆流してくると考えられている」

 

 

「そんな......ことが......」

 

 

ハルユキはぞっとして背筋を震わせた。

 

 

自分一人のマイナス思考すら持て余しているというのに、他人のそれまでも背負わされたら即座にぺしゃんこになってしまうと確信できる。

 

 

「ぼ......僕、いりません、強化外装」

 

「それがいい」

 

 

ふ、と短く笑い、黒雪姫は頷いた。

 

 

「ま、人格が変わってしまうほどの汚染を起こすのは恐らく《クロム・ディザスター》だけだろうがな。初代はいったい、どんな人間だったのか......」

 

「知らねぇよ。興味もねぇ!」

 

 

突然、がたんと椅子を鳴らして立ち上がり、ユニコが叫んだ。

 

 

「大迷惑なクソッたれだ、作った馬鹿も、拾ったのを隠して《チェリー・ルーク》に渡した馬鹿もな!チェリーはな......良い奴だったんだ。派手な能力とかはねぇけど、こつこつ頑張ってレベル6まで上げて、これからが楽しいとこだったんだ!なのに......くそっ、畜生!!」

 

 

物凄い速さで後ろを向いた赤の王の、大きな瞳がかすかに濡れていたようにハルユキには見えた。

 

 

ベランダの向こうの高層ビル群を睨み付け、ユニコは震え声を絞り出した。

 

 

「......あいつは、赤のレギオンに所属したまま、他の王のレギオンメンバーを片っ端から襲ってる。不可侵条約を破ってな。あたしは......あいつを粛清しなくちゃならねぇ」

 

 

束の間訪れた、ずしりと重い沈黙を――。

 

 

「......そうか。尋常に倒そうとしても容易ならざるクロム・ディザスターだが......レギオンに所属している今なら。そしてレギオンマスターの君ならば、ただの一撃で加速世界から永遠に追放できるのだな。――《断罪の一撃》によって」

 

「............」

 

 

尚も数秒間黙り続けたのち、ユニコはゆっくりと頷き、しかし続けて頭を左右に振った。

 

 

「......あたしは10日前、レベル7にあがったばかりのあいつにタイマンを挑んだ。粛清するためにな。だが......信じられっか、ブラック・ロータス。奴は......クロム・ディザスターは、あたしの遠距離攻撃を一発残らず避けやがった」

 

「......なんだと」

 

「《断罪の一撃》は、どんなレギオンマスターのもんでも、ほぼゼロ射程の近接技だ。当てるためには、ある程度ノーマルな攻撃を命中させて、脚を止めなきゃならねぇ。

 

でも、主砲やミサイルをどんだけ撃っても掠りもしねぇで......あべこべにあたしは奴の剣でちくちくHPを削られて、結局......タイムアップ負けしちまった」

 

 

「負けた!?《断罪の一撃》があってなお、王の貴様が負けたというのか!?」

 

「大げさにビックリしやがって...アンタも戦った事があんなら解るだろうが。あの機動力は、化けモン以外の何者でもなぇよ。物凄い長距離ジャンプと、空中での起動制御...ほとんど飛んでるようなもんだった」

 

「飛ん...で...」

 

 

呟き声を呑み込み、黒雪姫はまずテーブルの向こうに立つユニコを、次に隣に座るハルユキを見詰めた。

 

 

「そうか。ようやく、貴様の目的が......大変な手間をかけてハルユキ君のリアルを割り、捨て身のソーシャル・エンジニアリングを仕掛けたその理由が解ったぞ」

 

 

その時点で、すでにタクムも同じ解答に辿り着いているようだった。

 

 

自分以外の3人に凝視され、ハルユキはじりじりと身を引きながら視線を左右に往復させた。

 

 

「な......なんです?目的って......いったいなんなんですか?」

 

「決まってるじゃない、おにーいちゃん♪」

 

 

ユニコが突然雰囲気を激変させ、天使モードのピュアスマイルと共に甘い声で言った。

 

 

「ハルユキお兄ちゃんに、クロム・ディザスターを捕まえてもらうんだよっ」

 

 

たっぷり5秒近くもぽけーんとしてから。

 

 

「えっ!ええっ!いや、それはいくらなんでも!」

 

 

スマッシュと戦っている仮面ライダーのハルユキでも、スマッシュ以上の凶暴性を持つ災禍の鎧と戦うのはご免だった。

 

 

「ハルユキ君、何事も経験だ。やってみるのも悪くないと思うが」

 

「え......ええ!?」

 

「何も1対1で戦え、と言っているわけじゃないさ。それに、事は赤のレギオンだけでなく、加速世界を全体に...ひいては我々《ネガ・ネビュラス》にも係わってくる問題だ。

ならばここは男として、バーストリンカーとして立ち上がるべき時じゃないかな」

 

 

――この人がこういう顔で、こういうことを言う時は大抵何か企んでるんだ。

 

 

とハルユキは胸中で呻いたが、その《何か》までは推測できず、せめて必死に言い訳を探した。

 

 

「で、でも......王、つまりレベル9のスカーレット・レインだって敵わない相手ですよ!レベル4の僕なんか一瞬でぶっ飛ばされて終わりですよ!ヤですよ首とか腕とか引っこ抜かれるの!!」

 

 

もう一度、最上のジェラートをとろかすような笑み。

 

 

「君はそのスピードと飛行アビリティでクロム・ディザスターに追随し、ほんのいっとき動きを止めてくれればそれでいい。あとは私とこの小娘が敵の移動力を奪う」

 

「そっ...そんな簡単に言いますけど...」

 

 

往生際悪く、尚も逃げスキルをフル回転させたハルユキは、最後の反撃をぶちぶち捻り出した。

 

 

「そうだ......それってつまり、チーム戦に持ち込むのが前提ですよね?しかも、クロム・ディザスター1人対、最低でも僕と先輩とスカーレット・レイン。そんな不利な条件のデュエル、向こうが呑む訳ないじゃないですか!」

 

 

バーストリンカーは、ニューロリンカーをネットに接続している限り、他のバーストリンカーから申し込まれる1対1の通常対戦を拒否できない。

 

 

だが、対戦のモードが《チーム》だったり《バトルロイヤル》だったりすれば話は別だ。

 

 

この場合、クロム・ディザスターの中の人は1対3という不利極まる条件で挑まれるわけで、そんなの受けるはずがない。

 

 

――いや、待て。

 

 

ついさっき同じ様な疑問を感じなかったか。

 

 

絶句したハルユキに小さく頷きかけてから、黒雪姫はちらりとユニコを見やって、確認するように言った。

 

 

「クロム・ディザスターが通常対戦で暴れているならば、もう私の耳にも届いているはずだ。しかし一切噂を聞かない、ということは、つまり......」

 

 

「............そうだ」

 

 

ユニコは両手をカットジーンズのポケットに突っ込み、細い上体を反らせてからぐいっと頷いた。

 

 

「奴の狩場は既に《通常対戦フィールド》じゃねぇ。その上......《無制限中立フィールド》だ」

 

 

 

......なんスかそれ。

 

 

とハルユキは再び頭上にクエスチョンマークを浮遊させたが、代わりに斜め右前のタクムが鋭く叫んだ。

 

 

「き......危険です、マスター!」

 

 

がたん、と椅子を鳴らして身を乗り出し、更に言い募る。

 

 

「我々の陣営で《上》にダイブするのは無謀すぎる!僕やハルはともかく、あなたは特例ルールに縛られているんだ!もし偶然他のレベル9プレイヤーの奇襲を受け、1度でも敗れれば、その瞬間ブレイン・バーストを喪失してしまう......いや、最悪の場合......」

 

 

タクムはちらりと右側に立つユニコを見やり、わずかに躊躇したようだったが、青い眼鏡のブリッジに右手の指先を触れさせながら言った。

 

 

「......これを言うのは僕の役目だ、だから言わせてもらいますよ。――最悪の場合、この1幕の全てが......ハルのリアルを割り、クロム・ディザスターの話を聞かせた全てが、赤の王の罠であるという可能性すらある。マスターを《無制限フィールド》におびき出し、大軍で待ち伏せて、首を取ろうという企みである可能性が。我々の目的はレベル十を目指す事、つまり......他のレギオンの王は全て敵、いつかは倒さなければならない存在です」

 

 

再び小悪魔モードに戻ったユニコが、ハンドポケットのままぐいっと細い顎を突き出し、タクムを睨んだ。

 

 

「......言ってくれるじゃねーか、シアン・パイル。さっきから聞いてりゃ頭良い事ばっか喋くりやがって、何だテメーは。メガネ君キャラか。あだ名はハカセか」

 

 

ぐさっ。

 

 

と少しばかり傷ついた顔をすぐに立て直し、タクムは反駁(はんばく)した。

 

 

「何か証拠を見せてくれ、って話をしてるんです、赤の王。僕らはたった3人だけのレギオンなんだ、危険を冒して《上》にダイブさせるなら何かしらの根拠をあなたも用意すべきでしょう!」

 

「根拠はここにあんじゃねーか」

 

 

ユニコはポケットから出した右手で仮想デスクトップを短く操作し、指先を3本まとめて弾いた。

 

 

ハルユキの視界に、再び半透明のネームタグが出現する。

 

 

だが、今度は先程のものより少し大きい。

 

 

本名だけでなく、その下に住所も表記されているからだ。

 

 

東京都練馬区で始まり、聞き覚えのない学校名と寮名で終わるその文字列を、ハルユキは呆然と眺めた。

 

 

顔と名前が露見しただけでも充分に《リアル割れ》したと言えるのに、自ら現住所まで晒すとは、大胆を通り越して無謀もいい所だ。

 

 

これにはタクムや黒雪姫も驚かされたようで、無言で瞠目する3人の中学生の視線が集まる中、ユニコはデスクトップから離した右手の親指でどすんと自分の胸を突いた。

 

 

「あたしが何で生身でコンタクトしたのか、まだ解んねーのかよ。リアルサイドのあたしは、腕力も経済力も組織力もねぇ小学生のガキだ。こっちで《襲撃》されたらひとたまりもねぇよ。もしあたしが裏切ったら、いつでもリアルでケジメ取りに来りゃいい」

 

 

言い放ったユニコの両眼が、窓から差し込む真冬の残照を受けて赤々と燃え上がるのをハルユキは見た。

 

 

いっそ自暴自棄とすら思えるほどの、凄まじい覚悟だった。

 

 

確かに、自レギオンのメンバーが不可侵条約を破り、他のレギオンを襲っているというのは看過できない問題だろう。

 

 

しかし大前提として、ブレイン・バーストはあくまで《対戦ゲーム》なのだ。

 

 

遊び、楽しみ、ワクワクするために存在するはずのものなのだ。

 

 

だからハルユキは、ブレイン・バーストの為に現実の自分を犠牲にするのは間違っていると考える。

 

 

それは、3ヶ月前のタクムを惑わし、今もなお苦しめている過ちではないか。

 

 

「ユニコ......ちゃん」

 

 

気圧されたように黙ったタクムに代わり、ハルユキは思わず呼びかけ、続くべき言葉を探そうとした。

 

 

しかし、そのひと言だけで赤の王はハルユキの内心を察したようで、右手を下ろしながら自嘲的な笑みを浮かべた。

 

 

「言いてぇことは解る。でもな......、あんたもいつかここまで上がって来りゃ気付くだろうが、このゲームは《加速》っつーテクノロジーのせいでリアルサイドを果てしなく薄めんだよ。あたしやそこの女が、これまでいったいどんくれーの時間を加速世界で過ごしてきたか知ったら、あんたきっとぶっ倒れるよ」

 

「え......累計プレイ時間......?」

 

 

ハルユキは首を捻り、咄嗟に計算した。

 

 

自分は今、1日に10回程の《対戦》をこなしている。

 

 

1戦の平均時間が20分として、計二百分――三時間強。

 

 

中学生のゲームプレイ時間としては多いだろうが、しかし非常識という程のものでもない。

 

 

1日三時間強なら、月百時間だ。

 

 

年だと千二百時間。

 

 

ユニコはバーストリンカーになって二年半ほど経つと言っていたはずなので――。

 

 

「三千......時間くらい?」

 

 

膨大なようだが、|VRMMO-RPG《仮想大規模オンラインロールプレイングゲーム》の本格的中毒者に比べればまったく可愛いものだ。

 

 

彼らは1日10時間は軽く連続ダイブする。

 

 

しかし、ハルユキの懸命の暗算結果を聞いた途端、ユニコは呵々と笑い、黒雪姫も薄く苦笑した。

 

 

「え、違うの?ユニコちゃんは、じゃあ累計何時間くらい......?」

 

「教えねー。その答えは、あんたが自分で決めな。それとな......」

 

 

突然赤の王は怖い顔になり、ドスの効いた声で言った。

 

 

「そのユニコちゃんての止めろ。背中が痒くなるだろ。......ニコでいいよ。あたしのことはニコと呼べ、ちゃんとかタンとか絶対ぇつけんなよ」

 

 

なんだかはぐらかされたような気分になりながらも、ハルユキはこくこく頷き、ぐるっと視線をめぐらせた。

 

 

「えーっと......。それじゃあ結局、《ネガ・ネビュラス》としてはニコちゃ......赤の王に協力する、ってことでいいんですか?」

 

「......うむ。リスクは多々あるが、ひとまず丸呑みしよう。それに、メリットもないではないしな」

 

 

「め、メリット?」

 

 

問い返したハルユキから視線を外すと、黒雪姫は赤の王を一瞥した。

 

 

「そうさ。天下の《プロミネンス》がこんな大事を依頼してくるからには、当然交換条件も用意してくるだろうからな。たとえば......我々のささやかな領土には今後手を出さない、とかな」

 

 

「ちっ」

 

 

小さく舌打ちし、赤の王――ニコは軽く右手を振った。

 

 

「わーったよ。口頭でよきゃ約束してやるよ。うちの奴らには、杉並には当面手ぇ出すなっつっとく」

 

 

黒雪姫はこくりと頷き、腕組をした右手の指を1本ぴんと立てた。

 

 

「しかし、それはそれとして1つだけ。スカーレット・レイン......貴様、いったいどうやって《無制限フィールド》でクロム・ディザスターを待ち伏せる気だ?あの場所で、狙って遭遇するのが不可能に近い事は、貴様も承知しているだろうに」

 

「......あんたらには、面倒はかけねぇ。あたしが責任持って時間と場所を特定してみせる。今はまだ、恐らく明日の夕方......としか言えねえが」

 

「ほう。それができるのだな?」

 

 

黒雪姫の含みのある問いに、ニコはぐいっと首肯してみせた。

 

 

「ならば任せよう。明日の放課後、再びここに集合し、《無制限中立フィールド》にダイブする。それでいいな、ハルユキ君、タクム君」

 

 

――その無制限フィールドって、結局なんなんですか。

 

 

という疑問より先に、ハルユキは、げーっまた僕んち!?と内心で仰け反らざるを得なかった。

 

 

母親は明後日まで上海から帰ってこないからいいとして、明日帰宅したら、今度はニコが《別の意味でZ指定》のゲームをリビングで絶賛プレイ中――なんてことになったらもう立ち直れない。

 

 

死守。

 

 

今度こそ自室を死守!

 

 

そう誓いつつ、ハルユキはこくこくと、タクムもゆっくりと頷いた。

 

 

「それでは、今日の所はこれでお暇しよう。ハルユキ君、コーヒーご馳走様」

 

 

その言葉と共に黒雪姫は立ち上がり、もう一度リビングにぶちまけられた数10年前のビンテージ物洋ゲーコレクションを眺めた。

 

 

「今度は、ふつうに遊びに来たいな。私も知らないタイトルが沢山ある」

 

「え......ええ、ぜひ」

 

 

あんま血とか内臓とか出ない奴を。

 

 

内心でそう付け加えながら、ハルユキは玄関まで黒雪姫とタクムを見送りに出た。

 

 

「じゃあハル、また明日学校で。うわっ、もうこんな時間か」

 

 

まずタクムが、手を振るのももどかしく別棟への空中連絡通路目指して駆けていき、次いで黒雪姫がローファーを履いて向き直った。

 

 

「あの。僕、送っていきます、もう遅いから...」

 

 

ハルユキはそう申し出たが、ひょいっと振られた手が言葉を遮った。

 

 

「心配無用だ、生徒会の用でもっと遅くなることなどザラだよ。それに、ここと自宅は案外近い」

 

「そう......ですか。でも、お気をつけて」

 

「うん、じゃあ、お邪魔しました。また明日な」

 

 

黒雪姫は微笑み、右手を挙げ、ドアの外に踏み出しかけた。

 

 

その背に、ハルユキの後ろから、ニコが間延びした声を投げた。

 

 

「ほんじゃな、黒いの。明日遅れんなよー。さって、ゲームの続き続き」

 

 

そしてトテトテとリビングに引っ込もうとしたニコに、今度は物凄い速度で振り向いた黒雪姫が叫んだ。

 

 

「おい待て、ちょっと待て赤いの!」

 

「ンだよ?」

 

 

ひょい、と首を伸ばすニコを底光りする瞳で睨み、詰問する。

 

 

「まさか貴様、今日もここに泊まる気なのか」

 

「たりめーじゃん。いちいち帰ってられっかよ面倒くせぇ」

 

「ふざけるな、帰れ!子供は帰って宿題して歯磨いて寝ろ!!」

 

 

烈火の如き舌鋒(ぜつぽう)を、ニコはへらりと笑って受け流した。

 

 

「だって、あたしンとこの学校全寮制なんだよ。3日分の外泊許可でっち上げて来たから帰っても飯がねえよ。......さてとぉ、おにーちゃん、今日の晩御飯は兎美お姉ちゃんが買ってきたもので作るから楽しみにしててね♪」

 

 

後半を天使モードで言ってのけ、ニコはぴゅるっとリビングに消えた。

 

 

「なっ......な...............」

 

 

大爆発寸前の顔でわなわなと両拳を振るわせた黒雪姫は、唖然と立ち尽くすハルユキを横目で睨み。

 

 

「......『また明日』は取り消す。私も今日は泊まっていく」

 

 

と恐るべき宣言あるいは宣戦を口にして、勢いよくドアを閉めると、靴を脱いでどすどすと廊下を突っ切りリビングへと戻っていった。

 

 

脳が完全にフリーズしたハルユキが、もう一度再起動するのにたっぷり1分を要した。

 

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

ハルユキ達は夕食を済ませ、黒雪姫はニコと一緒にお風呂に向かった。

 

 

2人がお風呂から出る間、ハルユキは兎美達の部屋に入り、これまでの経緯を説明する。

 

 

「なるほど、ニコがこの家に来たのはそう言う理由だったのね」

 

 

美空もニコの事を怪しんでいたのか、ハルユキの説明でポンと膝を打つ。

 

 

「へぇ~、まさか《加速》何て力があるなんて、バーストリンカーって凄いんだね」

 

 

そして何故かいる紗羽も、感心しながら相槌を入れる。

 

 

その時、ガチャっと音を立て部屋の扉が開かれた。

 

 

「おっ!やっぱりここにいたのか」

 

 

入ってきたのは片手にアイスを持ち、緩めのスウェットとショートパンツという大雑把な格好のニコだった。

 

 

「ほう、ここが兎美君達の部屋か。私も初めて入ったな」

 

 

続いて入ってきたのは黒雪姫で、夕方にショッピングモールで買っておいた物だろう、薄いピンク色のパジャマを身に付けている。

 

 

「ちょっと、ここには入るなって言ったでしょ」

 

「いいじゃねぇか別に、ていうかここ本当に女子の部屋かよ。一部を除いて殆どが研究室みたいでまるで秘密基地だな」

 

 

ニコの言い得て妙な発言に、ハルユキは苦笑するしか出来なかった。

 

 

「ん?何だこれ?」

 

 

部屋を見渡していたニコだったが、ベッドの上に一つだけ置かれていたぬいぐるみを手に取った。

 

 

「何だこのぬいぐるみ」

 

 

そう言ってニコが手に取ったぬいぐるみに、ハルユキと黒雪姫が反応した。

 

 

「なっ!!?」

 

「そ、それは...」

 

 

なぜならニコが手に取ったぬいぐるみは、ハルユキが使用しているアバターであるピンクのブタだった。

 

 

「なっ!何でそんなものがここにあるんだよ!!?」

 

 

ハルユキが問い質すが、兎美はふっと得意げに笑った。

 

 

「それはこのてぇんさいな私が作ったハルのぬいぐるみよ」

 

「何勝手にそんなもん作ってんだよ!!!」

 

 

ハルユキの絶叫に、何処か不満そうに兎美は答える。

 

 

「そんなもんとは失礼ね、あのお腹の柔らかさを忠実に再現された私の最高傑作よ!!」

 

「うむ、確かにこの感触は本物と遜色ないな」

 

 

いつのまにかピンクブタのぬいぐるみを手に取り、感触を楽しむ黒雪姫。

 

 

「これもしかしてハル君のアバターがモデルになってるぬいぐるみ?可愛い~」

 

 

紗羽の琴線に触れたのか、黒雪姫からぬいぐるみを受け取って頭を撫でたりして可愛がる。

 

 

「枕にしても良し、抱き枕にしても良し、1個5,000円で販売してるわよ」

 

「俺の知らない所で何商売始めてんだよ!!!?」

 

 

思いもよらない事実に、驚愕するハルユキ。

 

 

「その値段は税込みなのか!?」

 

「買うんですか!?」

 

「抜きよ!込みなら5,400円!」

 

「買った!」

 

 

驚くハルユキを他所に、2人は売買のやり取りを始める。

 

 

「ちなみに中のクッションがへたってきたら、家に郵送すれば元に戻すことも出来るわよ」

 

「アフターフォローも完璧じゃねえかよ!?何別の活動始めてんだよ!?」

 

 

仮面ライダーの活動とは別で、そんな商売始めていた事に唯々突っ込みを入れるハルユキ。

 

 

必死にそこまで言ったところで、横合いからにゅっと顔を出したニコが右手の棒アイスを振って見せた。

 

 

「おい、知ってっかよシルバー・クロウ」

 

「な......なにを?」

 

「この女、こう見えて脱いだら案外スごふっ」

 

 

語尾は、黒雪姫の容赦ない一撃がみぞおちに入った事によるものだ。

 

 

そのまま赤の王の首を後ろから締め上げつつ、黒雪姫は鷹揚(おうよう)に笑った。

 

 

「さ、キミもはやくお風呂を使いたまえ。お湯が冷めてしまうぞ」

 

 

くたん、とぶら下がるニコを見て、ひいっと内心で悲鳴を上げつつハルユキは扉まで移動した。

 

 

「はっ、はいっ、じゃあ失礼してひとぷろあびてきます!冷蔵庫に麦茶とかありますからご自由に、それでは!」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

 

その夜は結局、深夜までZ指定レトロゲーム大会となってしまった。

 

 

四十年前の巨大なゲームハードを囲んで床に座り、わいわいきゃあきゃあ騒ぎつつ平面映像のクリーチャーを虐殺していき、画面内で巨大なボスモンスターが派手な悲鳴が放たれた。

 

 

同時にニコがコントローラを放り出し、ばったりと後ろに倒れた。

 

 

「ああ.........あたしもうだめ。ねむい。ねむーいー!」

 

「だから言ったろう、子供は早く...............ふわ......」

 

 

黒雪姫も左手を口にあて、上品にあくびした。

 

 

ニューロリンカーを外しているので、壁に貼られた時計を見ると、もう零時を回りかけている。

 

 

「もうこんな時間......そろそろ寝ましょう」

 

「そうだな」

 

 

兎美の言葉に、ハルユキは同意する。

 

 

「ええと......ユニコちゃ、じゃないニコは今日もそこのソファでいいかな。で、先輩は母の寝室を使ってください。あ、でもしばらく暖房回さないと寒いかな......」

 

 

ハルユキがそこまで言いかけると、ニコが大声で遮った。

 

 

「いーよもう、面倒くせー。毛布だけ出してきて、ここで寝りゃ......いいじゃん......」

 

 

そして、巨大なクッションに頭に埋め、早々に目を閉じてしまう。

 

 

「うん、私もそれでいい。ゲームソフトに囲まれて雑魚寝、実にヒストリカルな体験......じゃないか......」

 

 

ぱたり、とこちらもクッションに横になる。

 

 

ええ――――。

 

 

と思ったものの、《二人をダッコしてベッドまで運ぶ》などという真似はハルユキには出来なかった。

 

 

ハルユキは兎美達に頼み、部屋に運んでもらおうとしたが。

 

 

「じゃあ、私達は寝るわね」

 

「おやすみぃ」

 

 

二人は早々と部屋へと、戻ってしまった。

 

 

ええ――――。

 

 

ハルユキは胸中でもう一度同じ事を思い、言われた通りブランケットをあるだけ出してきた。

 

 

既に寝入りかけているニコと黒雪姫にそっと掛け、さて、と考える。

 

 

僕は、自分の部屋で寝るべきなんだろうか。

 

 

でも、お客様二人を床で寝かせて、自分だけベッドというのはズルイ気がしないか?

 

 

ここは僕も、公平に床寝するべきではないのか?

 

 

それが紳士というものでは?

 

 

と自分に暗示をかけ正当化を終えると、ハルユキは天井の照明を最小まで絞り、もぞもぞとその場に丸くなった。

 

 

蓄熱循環パイプが埋め込まれた床はほんのりと暖かく、大型の半流体クッションはふんわり柔らかく―――そして手を伸ばせば届く距離から、物凄くいい匂いがする。

 

 

こんな状況で眠れるわけがない!と思いながら、ハルユキはブランケットの下でぎゅっと瞼をつぶった。

 

 

しかし不思議な事に、緊張の代わりに不思議な安らぎがハルユキを包み、意識はたちまち優しい暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜半、ハルユキは一度だけ目を醒ました。

 

 

トイレに行こうと立ち上がり、何気なく視線を移動させると、仄かな間接照明と青白い月明りの中に、意外な情景が浮き上がった。

 

 

一メートルは離れていたはずのニコと黒雪姫が、いつの間にか2つのクッションの谷間に挟まるようにして、くっついて熟睡している。

 

 

しかも、ニコは黒雪姫の胸元に顔を埋め、右手でしっかりとパジャマの布地を掴んでいる。

 

 

そして黒雪姫はニコの赤毛を包み込むように両腕を回していた。

 

 

その光景には、驚きよりも先にハッと胸を衝かれるような何かがあって、ハルユキは目を見開いた。

 

 

《赤の王》と《黒の王》。

 

 

サドンデスの特例ルールに縛られた、レベル9バーストリンカーたち。

 

 

二人がこれまでどれほどの時間を加速世界で過ごし、いくたびの死闘を繰り返し、その先に何を見据えているのか、ハルユキには想像するすべもない。

 

 

しかしこれだけは言える。

 

 

ともにレベル10を目指すのならば、いつか彼女たちは戦わねばならない。

 

 

他の王を倒す事によってのみ、王はその先に進めるのだから。

 

 

『我々の目的はレベル十を目指す事、つまり......他のレギオンの王は全て敵、いつかは倒さなければならない存在です』

 

 

ハルユキの脳裏に、タクムの言った言葉がリピートされる。

 

 

でも。

 

 

今夜、この二人は、複雑に絡み合う状況が作り出した偶然によって、こうして前日世界で寄り添って眠っている。

 

 

まるで、双方ともに、心の奥深くではそれを望んでいるかのように。

 

 

これは、この光景は、たった一夜の幻なのか?

 

 

二度と起こらない、偶発的な奇跡なのか?

 

 

それとも――。

 

 

ハルユキは、自分がいま、とてつもなく大切な何かに辿り着きかけているという予感に捉われた。

 

 

しかし、胸を衝き上げてくる言い知れぬ感情と、両眼に滲む涙が、思考を明確な言葉にはさせてくれなかった。

 

 

だからハルユキはただその場に立ち尽くし、青白い月光のなか深い眠りにつく少女たちを、いつまでも飽くることなく見詰め続けた。




どうも、ナツ・ドラグニルです!

更新が一カ月遅れてしまい、申し訳ございません


カムチャッカ半島で地震があり、津波警報や注意報が発令し、色々大変でしたね


皆様は熱中症などは大丈夫でしょうか?


私は逆に水分取りすぎて、水分だけで2キロ太ってしまいました……


また、今回のアクセル・ビルドとの相違点ですが、紗羽さんがいますので、兎美達の部屋でのやりとりを変えております


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