アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「いじめられっこで、仮面ライダークローズでもある有田春雪は、黒雪姫の提案で2年前の六王と災禍の鎧の戦いを見るのでありました」

美空「その凶暴性を見て、ハルユキはいざという時は仮面ライダーとしてクロム・ディザスターと戦う覚悟をするのでありました」

兎美「それにしても、思ったより厄介そうね『災禍の鎧』ってのは」

美空「戦うのは良いけど、無茶しそうで心配ね。肉体に何の影響が無いとは言え、心には支障きたす可能性もあるだろうし……」

兎美「その時は私達が支えれば良いだけの事でしょ」

美空「そうだね」

兎美「さて、どうなる第21話」


第21話

「では、行ってきます」

 

「い......行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃ......って、ちょっと待ちなさいハル」

 

 

黒雪姫とハルユキの挨拶に、顔の横で手を振りかけ、美空がすぐにハルユキを止める。

 

 

「なんだよ」

 

 

ハルユキが質問するが、美空は何も答えなかった。

 

 

美空はハルユキの前で屈み、更に顔を近づける。

 

 

え!?何!?まさか行ってらっしゃいのキス!?皆が見てる前で!?

 

 

心中で騒ぐハルユキだったが、美空はハルユキの曲がっているネクタイを直す。

 

 

「ほら、ネクタイをちゃんとしなさいよ」

 

「へ?ネクタイ?」

 

 

美空の言葉に、ハルユキは素っ頓狂な声を上げる。

 

 

「何変な声出してんのよ、私が何すると思ったのよ」

 

「え!?いや!何でもないよ!」

 

 

弁解するハルユキだったが、ニコがハルユキの頬を思いっ切り引っ張る。

 

 

「おい!締まらねぇ顔して、朝っぱら妙な想像してんじゃねえだろうな。この変態!」

 

「してない、してないよ!」

 

 

ニコがハルユキを問い詰める中、黒雪姫がハルユキの腕を取って自分に抱き寄せる。

 

 

「今日の作戦の仔細(しさい)は貴様に任せているのだからな。《クロム・ディザスター》の出現位置と時間の特定、問題なかろうな」

 

 

「おう、任せろ」

 

 

「うむ。では行ってきます」

 

 

「い...行ってきまーす」

 

 

『行ってらっしゃい』

 

 

「あーい、ってらさーい...って何かこれ可笑しくないか?」

 

 

そこでガチャっとドアを閉め、黒雪姫は一歩下がると身を翻した。

 

 

ニューロリンカーの電源を入れ、空中に視線を走らせて、黒雪姫は何気ない調子で言った。

 

 

「今日1日曇りのようだな、降らないといいが。では、行こうか」

 

「そうですね」

 

 

ハルユキは、兎美と一緒に登校する時とは違う新鮮味を感じていた。

 

 

その時ちょうど降りてきたエレベータの空箱に、黒雪姫の後から乗り込む。

 

 

やや寝不足のせいか回転数がいまいち上がらない頭で、ぼんやりそんな事を考えていると、降下しかけたエレベータがほんの2フロア下、21階で止まった。

 

 

ハルユキは反射的に1歩退き、乗ってくる人の為にスペースを開けた。

 

 

そして、ドアがスライドするやぴょんと元気のいい動作で飛び込んできた、同じ色の制服姿の女の子――《幼馴染》の倉嶋千百合と、ばちこーんと視線を衝突させた。

 

 

NO―――――――。

 

 

と内心で絶叫するハルユキを見て、大きな猫科の両眼をぱちぱち瞬かせてから、チユリは大きな笑顔を浮かべた。

 

 

「あ、ハル、おっはよー!どうしたの、今日はやたら早い......じゃ、な............なっ............!?」

 

 

しかし、ハルユキの右斜め後方に立つ人物を認識するや、声と表情は危険な変化を見せた。

 

 

放心から、驚愕を経て、爆発寸前の臨界点へと。

 

 

「......ハル?なにこれ?」

 

 

ひくひく、と目元を動かしながら、チユリがささやいた。

 

 

完全に固化したハルユキに代わって、黒雪姫が屈託なく挨拶した。

 

 

「や、おはよう倉嶋君」

 

 

「あ、お、おはよーございます」

 

 

脊髄反射的に軽く頭を下げてから。

 

 

チユリはがしっとハルユキのネクタイを掴み、叫んだ。

 

 

「どーなっとんじゃー!!」

 

「...ちゃ、ちゃうねん」

 

 

ぷるぷる小刻みに首を振りながら、ハルユキは後ろ手にメーラーを起動し、この状況を収拾できそうな唯一の人間に助けを求めた。

 

 

即ち、『タク、やばいたすけて』と。

 

 

「何がどう違うっての!!」

 

 

尚も厳しい尋問が続こうとしたその時、エレベータがようやく1階に着き、ドアが開いた。

 

 

ハルユキはチユリの両肩を掴み、ぐるんと半回転させると言った。

 

 

「ほ、ほら、とりあえずガッコー行こう!とりあえず授業受けて、とりあえず家に帰って、土日の間に忘れよう」

 

「こら、誤魔化すな!」

 

 

ぎゃーぎゃー叫ぶチユリの肩をぐいぐい押し、ロビーで目を丸くする住民達の間を突っ切って、どうにか前庭に出た所で後ろから救いの声がした。

 

 

「お...おはよう、チーちゃん。おはよう、ハル。おは...よ...」

 

 

そこでタクムも、眼鏡を軽くずり落とし、澄まし顔の黒雪姫をまじまじと凝視した。

 

 

「...うございます、マスター」

 

 

どうやら、メールを読むや全力ダッシュしてくれたらしい相棒は、冷たい朝の空気に大きく白い息を吐きながらハルユキにささやきかけた。

 

 

「........ハル。君も、虎のしっぽを踏むのが好きな奴だなぁ」

 

「好きじゃない。全然好きじゃない!」

 

 

言い返し、いまだに「説明しなさいよー!」と喚いているチユリをタクムに向け、肩から手を離す。

 

 

すかさずタクムが、チユリに穏やかな声をかけた。

 

 

「チーちゃん、昨日は僕もハルの家にいたんだ」

 

「え........?どゆこと?」

 

 

不審げな顔になった幼馴染に向けて、明快な解説を口にする。

 

 

こういう弁舌の滑らかさは、ハルユキには真似できない。

 

 

「ちょっと、例のアプリケーションの事で問題が発生してね。ハルの家を会議室代わりに使わせて貰ったんだよ。でも時間が遅くなっちゃって、そんな時間に中学生が1人歩きしてたらソーシャルカメラに引っかかって大変なことになるから、仕方なく先輩はハルの家に泊まったんだ。そうですよね?」

 

 

言葉を降られた黒雪姫は、幸い素直に頷いた。

 

 

「ま、そういうことだ。妙に勘ぐる必要はないぞ、倉嶋君」

 

「...................」

 

 

チユリは、数秒間複雑な表情で沈黙を続け――。

 

 

やがて、トーンを低めた声で言った。

 

 

「また、アレなの。ブレイン......バースト?」

 

 

揃って頷く3人を見回し、ぷーっと頬を膨らませる。

 

 

「なんか、納得行かない!それってただのゲームなんでしょ?なのに、なんでそんな何時間も話し合う事があるのよ!」

 

「げ......ゲームだけど、ただのゲームじゃないんだ」

 

 

広いマンションの前庭にちらりと視線を走らせ、周囲に他の人間がいない事を確認してから、ハルユキは続けた。

 

 

「前にも話したけど......あれは、思考を加速する事で、こことは別の世界を作っているんだ。だから、現実と同じくらい、いろんな問題が起きるんだ......」

 

「...........むぅ!」

 

 

チユリは唇を尖らせ、不満そうに唸った。

 

 

「そこがそもそも信じられないのよ。加速なんて言われたって、想像できないもん」

 

「この前、実際に見せたじゃないか」

 

「......じゃあ、わかった。そのブレインなんちゃらってゲーム、私にもコピーインストールして!!」

 

「へ?」

 

 

ぽかんと目を丸くするハルユキに、チユリは何でもないことのように言った。

 

 

「そのゲーム、コピーインストール可なんでしょ?あたしもそれ入れる。そんであたしも、なんだっけ、その...《バーストリンカー》になる」

 

「え...え――っ!?」

 

 

という叫びは、ハルユキだけでなくタクムと黒雪姫の口からも発せられた。

 

 

そして3人は同時に右手を顔の前に持ち上げ、すいすいと左右に振った。

 

 

「む...むりむり。そりゃ絶対無理」

 

 

つい本音を漏らしたハルユキの丸い頬っぺたを、むぎっとチユリが掴んだ。

 

 

「何よそれ!いいから寄越しなさいよ!」

 

「いや、だから...あのゲームには適性が」

 

「そんなの試してみなきゃ解んないでしょ!」

 

「だってお前...超どんくさいし」

 

 

途端、チユリの猫科の両眼がぎらーんと光った。

 

 

「ほっほーう...いーい度胸してんじゃない。わかったわよ、見てなさいよ!あたしも修行して、ゲームでハルやタッくんに勝てるようになっちゃうからね!」

 

「え...ええ!?」

 

 

ハルユキは口をぽかんと開け、チユリの瞳に浮かぶ挑戦的な光を眺めた。

 

 

これは、昔のチユリが遊びの時などによく見せた、《1度言ったら後には引かない》の顔だ。

 

 

ハルユキの頬をお餅のように限界まで引き伸ばしながら――。

 

 

「そしたらその何とかバースト、あたしにもコピーすんのよ!!」

 

 

言い放つやぱちんと手を離し、べーっと舌を出してから、同い年の幼馴染は凄い速さで駆けて行ってしまった。

 

 

「............修行て」

 

 

ハルユキは頬っぺたをさすりながら呟くと、傍らに立つタクムに向き直った。

 

 

「悪いタク、助かったよ、上手く誤魔化してくれて......」

 

「......いいんだ。それよりも、チーちゃんは本気だったのかな?」

 

「嫌無理だろ、チユどんくさいし......」

 

 

ハルユキは空一杯に広がる曇り空を眺め、遠くを見つめる。

 

 

「マスターはどう思いますか?」

 

 

体ごと黒雪姫に向き直り、真剣な声で続ける。

 

 

「......チーちゃ...倉嶋がバーストリンカーになれる可能性は、ほんとうにないと思いますか?」

 

 

ぎょっとして目を見開いたハルユキに対して、黒雪姫はほとんど表情を変えず、ふむ、と首をかしげた。

 

 

「......第一条件は、そもそも彼女はクリアしているのか?」

 

「あの、《生まれた直後からニューロリンカーを装着している事》......っていう奴ですね」

 

「そうだ」

 

「ええ、クリアしている筈です」

 

 

即座にハルユキが頷く。

 

 

タクムは両親の熱意溢れる教育方針ゆえに、そしてハルユキは共働きの両親が遠隔モニタとして使った為に、条件を満たした。

 

 

チユリは、愛情豊かで大らかな両親に育てられたが、2人とは別の理由でニューロリンカーを新生児の頃から装着している。

 

 

チユリのお父さんは咽頭癌(いんとうがん)の治療歴があり、肉声を発するのが困難なのだ。

 

 

よってチユリは、父親の思考音声をネットワーク経由で聞いて育ったのである。

 

 

ハルユキはそこまでは説明せず、黒雪姫も訊かなかった。

 

 

「そうか」

 

 

首肯し、視線をチユリが走っていった方へと向ける。

 

 

「実は、第2条件......《大脳反応速度》のほうは、厳密な基準があるわけではない。VRゲームは苦手だが、ブレイン・バーストはインストールできた、というような人間も存在するしな」

 

「そうなんですか!!?」

 

 

黒雪姫の言葉に、ハルユキは驚愕の声を上げる。

 

 

「脳において肉体を動かす回路と、アバターを動かす回路は殆ど同一だからな。とはいえ、確信なしに誰かをバーストリンカーにしようとするのは、やはり大いなる賭けと言わねばならん」

 

「賭け......?」

 

 

訊き返したハルユキに、黒雪姫は意味ありげな視線を向け、頷いた。

 

 

「現在では、ブレイン・バーストのコピー・ライセンス......つまり、《親》として誰かを《子》にする権利は、成否に関わらず、わずか一回に限定されているのだ。ゆえに、バースリンカーの《親》と《子》の間には強い絆が生まれる」

 

「たった一回!?」

 

 

思わず叫んでしまい、ハルユキは慌てて口を押えた。

 

 

ボリュームを下げ、しかし急き込むように続ける。

 

 

「でもそれじゃあ、バーストリンカーはほとんど増えないじゃないですか。ポイント全損で退場する人と、新しく参加する人の数は......せいぜい釣り合うかどうかくらいなのでは.........?」

 

「つまりね、ハル」

 

 

すでに《1回ルール》を知っていたらしいタクムが、眼鏡を押し上げながら言った。

 

 

「ブレイン・バーストを運営する正体不明の管理者は、今の人数......約千人が上限と考えてるんだと思うよ。《加速》テクノロジーが秘匿され得る限界、という意味で」

 

「そらまあそうかもだけど......でもさ、今のままでも、いつか秘密がバレる日が絶対来るだろ?現にチユはもう殆ど知ってるわけだしさ。

 

もし......もしその管理者だか開発者だかが、いずれブレイン・バーストの存在が世間に暴露されて、そしたら当然ニューロリンカーで加速機能が使えなくなるとこまで織り込み済みで運営してるなら、そいつの...目的は何なんだ?」

 

 

ハルユキは両手を広げ、タクムと黒雪姫を順番に見た。

 

 

「だってさ、俺達...ゲームプレイ料金払ってないんだぜ。広告だって全然見ないし」

 

 

世に数多あるネットゲームの収益構造は、大別して2つだ。

 

 

月額またはアイテム販売でユーザーに課金するか、あるいはゲーム内に洪水の如く契約企業の広告をばら撒くか、どちらかしかない。

 

 

ブレイン・バーストは紛うことなきネットゲームであり、しかも《加速》テクノロジーによってユーザーに途方も無い特権を与える。

 

 

その代価がゼロ、というのはどう考えても間尺に合わない。

 

 

ハルユキの、根源的かつ今更にすぎる疑問を聞いて、黒雪姫は仄かな微苦笑を浮かべた。

 

 

「考えても詮無いことだ、ハルユキ君。それを知りたければ、レベル10に辿り着き、開発者に直接訊ねるしかない。だがな、断言できることが2つだけある。

 

まず、さっきキミが言ったとおり、加速世界が現状のまま永続することは有り得ないだろう。いつか秘匿性が失われ、バーストリンカーが1人残らず消滅する時は必ず来る。

 

そしてもう1つ......我々が、《加速》の特権に見合う代償を支払わされる日もまた、必ずやって来る。あるいは......」

 

 

その先は、明確な声にはならず、唇のかすかな動きに紛れてしまった。

 

 

しかしハルユキは、朝の冷気を白く染める吐息の中に、短い文字を見た様な気がした。

 

 

――あるいは、すでに支払っているのか。

 

 

黒雪姫は、ふ、と短く笑ってタクムを見た。

 

 

「脱線してしまったな。倉嶋君の話だが......彼女がバーストリンカーになりうる可能性は相当に低いと思うが、しかし試してみる価値はあるよ」

 

 

「ほ...本当ですか、マスター」

 

 

目を見開くタクムに、黒雪姫はゆっくりと頷いてみせた。

 

 

「彼女は、肉体的ポテンシャルは決して低くない。さっきのダッシュは素晴らしいスピードだった」

 

 

「あー、あいつ陸上部ですから」

 

 

ハルユキが補足すると、ふむ、と呟く。

 

 

「先程も言ったが、脳において、現実の肉体を動かす回路と、仮想のアバターを動かす回路は、同一のものだ。つまり倉嶋君の場合は、回路の性能そのものは必要条件を満たしている可能性はある。

 

問題はニューロリンカーとの親和性で、こればかりはぶっつけで試してみるしかないが」

 

 

「ははあ...でもあいつ、思考発生もできないからなー」

 

 

「キミの場合は、ニューロリンカー側に特化しすぎなんだぞ。仮面ライダーの活動だけでなく、もうちょっとナマの体も動かしてやれ」

 

覿面ぎゃふんと黙ったハルユキからタクムへと、順番に視線を移した。

 

 

「...ハルユキ君、タクム君。どちらかのコピー・インストールで、もし倉嶋君がブレイン・バーストのインストールに成功すれば、君達と彼女の間には強い関係が生まれる。

 

《親子》という、な。...しかし、そこには、必ずしもプラスの要素のみが存在するわけではない事を覚えておけよ」

 

 

「肝に銘じておきます」

 

 

タクムは即答したが、静かに、そして力強く発せられた言葉の意味をp、ハルユキは直ぐには理解できなかった。

 

 

プラスではない......マイナスの要素?バーストリンカーの《親》と《子》のあいだに?いったいなんのことだろう。

 

 

《親》は導き、《子》は慕う。

 

 

そこにダークサイドなんか存在しない、そうじゃないのか。

 

 

現実世界の親子関係とは違うのだ。

 

 

泣き喚いてすがりつく幼い僕を振り払って家を出て行った父親とも、そして僕の顔を見ようともせず、一切の会話すらしようともしない母親とも全く違う。

 

 

加速世界の親と子には――黒雪姫先輩と僕の間には、確かな強い絆がある。

 

 

ハルユキは一瞬びくっと体を震わせ、すぐ傍に立つ黒雪姫の漆黒の瞳をじっと見詰めた。

 

 

そこには、常と変わらぬ優しい輝きだけが湛えられ。

 

 

――いや。その奥に、どこか哀しげな......あるいは、何かを懼れるような色が閃いたように思えたのは気のせいだろうか

 

 

瞬間、ハルユキの脳裏に、黒雪姫の導きによってバーストリンカーとなってから今までまったく考えもしなかった疑問が浮かんだ。

 

 

黒雪姫の《親》は、いったい誰なのだろう、と。

 

 

「......あ、あの」

 

 

おそるおそる、声を出しかけたその時、黒雪姫は遮るように言った。

 

 

「しまった、ちょっと立ち話に夢中になりすぎたな。急がないと遅刻してしまう時間だ」

 

「え......」

 

 

慌てて空を見ると、低い雲の向こうが随分明るくなってきている。

 

 

「うわ、ほんとだ。ちょっと走ったほうがいいかもだよ、ハル」

 

「げぇ、マジかよ!」

 

 

タクムに肩を叩かれ、首をぷるぷる振りながらも、ハルユキは先刻の疑問を忘れる事が出来なかった。

 

 

既に早足で歩き出している黒雪姫を追いかけながら、その背中にもう一度問いかけようとしたが、なぜか言葉が出なかった。

 

 

☆★☆★☆★

 

 

朝一のチャイムが鳴る寸前にどうにか校門に飛び込み、ニューロリンカーが梅里中ローカルネットに遅刻カウントなしで接続されるのを確認して、ハルユキは2人と別れた。

 

 

しかし、午前中の授業を受けるあいだにも、脳内ではひとつの思考だけが変わらず渦巻いていた。

 

 

黒雪姫は、なぜバーストリンカーの《親子》関係に負の面が存在する、などと言ったのか?

 

 

そしてなぜ、あの時少しだけ哀しそうな目をしたのか?

 

 

知りたい。

 

 

どうしても。

 

 

2時間目が終わり、視界から仮想黒板が消えるや否や、ハルユキは躊躇いを振り払いメーラーを起動した。

 

 

文面は短く、【今すぐお話できませんか】とだけ2秒でタイプして送信する。

 

 

返信は8秒後に届いた。

 

 

【ローカルネットのバーチャル・スカッシュコーナーで会おう】の1文を見るや、ハルユキは椅子に深く腰掛け直し、眼を閉じてダイレクト・リンクのコマンドを唱えた。

 

 

2時間目と3時間目の間は15分しかないので、梅里中ローカルネットを形成するメルヘンチックな森の中は閑散としていた。

 

 

アバターの短い脚が仮想の地面に触れるや否や、外周にそびえる大樹の1本目指してダッシュする。

 

 

ハルユキにコミカルな桃色ブタアバターの使用を強制していたいじめっ子連中の首謀者はもういないし、手下たちも今の所なりを潜めているので、いつでももっと格好いいデザインに変更することは可能なのだがなんとなくその機会を失ったままずるずると使い続けている。

 

 

兎美達が、私はそれも好きだ、と言ってくれた事もあるが、みーたん&ぷーたんでも使っているのが多分影響している。

 

 

その姿でぴょんぴょんと樹の幹に刻まれた階段を駆け上がり、最上階に設けられたスカッシュゲームのフロアに飛び込んだハルユキの視覚が、コートの中央にひっそりと立つ細身のアバターを捉えた。

 

 

漆黒のドレスに、銀の縁飾り。

 

 

手には同色の日傘、そして背中には深紅のラインが走る黒揚羽蝶の羽。

 

 

闇色の妖精姫へとその姿をやつした黒雪姫は、殆ど色味のない白い顔をハルユキに向けるや、小さく微笑んだ。

 

 

「やあ。その姿のキミを見るのも、なんだか久しぶりだな。最近はリアルでばかり話をしているからかな」

 

「...先輩があんまりローカルネットに来てくれないんで、そのアバターのファン達が悲しんでますよ」

 

 

現実世界とは滑らかさが3割増しの声でそう応じると、黒雪姫は笑みを苦笑へと変えて軽く肩をすくめた。

 

 

「おや、そのうちキミとお揃いの黒ブタアバターにするのもいいかなと思っているのに。...それより、何だい、改まって話とは」

 

「あ........ええと........ええとですね」

 

 

今度はいつものように口籠り、ハルユキは言葉を探した。

 

 

考えてみれば、これまで自分から黒雪姫の私的なことがらについて質問したことは皆無に等しいのだ。

 

 

なのにいきなり、内面に土足で踏み込むような真似をしていいものだろうか。

 

 

呼び出しておきながらしどろもどろになるハルユキを、黒雪姫はしばらく微苦笑を湛えて見下ろしていたが、やがて背中の羽を揺らしてふわりと距離を取った。

 

 

日傘を飾る鈴が、りんと澄んだ音を響かせる。

 

 

「......ハルユキ君。キミが訊きたいのは、私の《親》の話だろう」

 

 

現実の肉声よりも更にどこか謎めいたシルキーボイスで、黒雪姫は呟いた。

 

 

はっ、と息を呑むハルユキの返事を待たず、長い睫毛を伏せて続ける。

 

 

「すまんが......今はまだ、その名前は言えない。キミに、万が一にもその者と接触してほしくないからだ。レギオンマスターとしても......そして1人の女としてもだ。醜い嫉妬かもしれないが」

 

 

ぴたりとアバターを凍りつかせ、目を大きく見開きながらも、ハルユキは脳裏をいくつかの思考が閃くのを意識した。

 

 

いまの言葉だけでも、解る事がある。

 

 

まず、黒雪姫の《親》はまだバーストリンカーとして加速世界に健在であること。

 

 

そしてもう1つ、恐らくは女性であることも。

 

 

スカッシュコートの上を音も無く移動しながら、黒雪姫はハープの低音弦を爪弾くような声を奏で続けた。

 

 

「......その者は、かつては......私にとって、最も近しい人間だった。私の世界の中心で永遠に明るく輝き続け、あらゆる暗闇や寒さを遠ざけてくれると、そう信じていた」

 

 

黒雪姫はどこか悲しそうな表情で、さらに言葉を続けた。

 

 

「しかし、ある日......ある時、ある一瞬をもって、私はそれが儚い幻想であった事を知った。今やその者は、私にとって究極の敵と言っていい存在だ。

 

まるで、この尽きることのない憎しみは、その者と出遭った最初の瞬間から既に私の中に生まれていたのだ、とすら思えるほどに」

 

 

声は穏やかに抑制されていたが、その言葉の激しさは、常の黒雪姫からは想像も出来ないものだった。

 

 

立ち尽くすハルユキを、斜めに俯けた瞳でちらりと撫で、漆黒の妖精姫はどこか虚ろな微笑を浮かべた。

 

 

「可能ならば、私は今すぐにでもその者と戦いたい。私の剣で手足を斬り飛ばし、地に這わせ、無様な命乞いを愉しんだ後に容赦なく首を刎ねてやりたい。

 

しかしそれは叶わぬ望みだ。......ハルユキ君。バーストリンカーの《親子》関係が、それ以外の、例えば《相棒》、例えば《恋人》関係と決定的に異なる部分がどこか解るかい?」

 

「............」

 

 

一瞬途惑ってから、ハルユキは、3ヶ月前の運命の日、黒雪姫が差し出した手に光っていた物の事を思い出した。

 

 

すなわち、銀色の直結用ケーブルを。

 

 

「それは......《親子》は、例外なく互いの《リアル》を知っている、ということです」

 

「そう、その通り」

 

 

頷き、黒雪姫は日傘の先でとんとコートを突いた。

 

 

「ブレイン・バーストのコピー・インストールは、必ず2つのニューロリンカーを直結しなくては行えないからな。その時点で、《親》と《子》は必ず互いの現実での顔を見交わし、また直結を許すほどの間柄だという事になる。

 

それゆえに、バーストリンカーの《親子》関係は、加速世界でもっとも強固な絆となり......また同時に、もっとも巨大な呪いとも成り得るのだ」

 

「の......呪い......?」

 

 

「そうさ。仮に《親》と《子》が道を違え、相争う関係となった時、その憎しみは必然的に現実世界にも敷衍されるからだ。私は......今はまだ、これほど憎んでいる自分の《親》とは戦えない。

 

あの者は、現実について、私に圧倒的影響力を行使することが出来るからな。――バーストリンカーの存在証明は畢竟(ひっきょう)《対戦》あるのみだ。

 

我々は互いに戦う為にデュエルアバターを心に宿している。なのに、《親》と《子》だけは戦う事が出来ない。これを呪いと言わずしてなんと言う」

 

「............先輩」

 

 

ハルユキはそう呟き、続くべき言葉を探そうとした。

 

 

しかし、胸中に渦巻く感情をあまさず声で伝えることは不可能だと思えた。

 

 

だから、1歩、2歩前に進み、力なく垂れる黒雪姫の左手を、丸っこい両手でぎゅっと包み込んだ。

 

 

温度差を持たぬアバターであるはずなのに、その手は凍えるように冷たい。

 

 

「ハルユキ君......」

 

 

ひそやかに発せられた声もまた同様だった。

 

 

多分、黒雪姫は、かつて赤の王レッド・ライダーを狩り、永久退場に追い込んだ事を今も苦悩している。

 

 

そしてその行為に殉ずる為に、あらゆるバーストリンカーに剣を向け続けねばならないと自らを追い込んでいる。

 

 

たとえ相手が自分の《親》、あるいは――《子》であったとしても。

 

 

白い手に口を、実際には大きな鼻を押し当てるようにして、ハルユキは懸命に言葉を発した。

 

 

今の僕に伝えられるのはたったこれだけなのだ、と思いながら。

 

 

「昨日も、言ったでしょう。僕は絶対に先輩とは戦わない。先輩の敵にはならない。もし、何かどうしようもない理由でそんな時が来たとしても...僕は戦う前にブレイン・バーストをアンインストールします」

 

 

梢に遮られて斜めのラインを描く仮想の陽光のあいだに、長い沈黙に満ちた。

 

 

やがて、ほんの少しだけ温度を取り戻した黒雪姫の声が響き、同時に日傘の柄がコツンとハルユキの丸い頭の叩いた。

 

 

「愚か者、降りるのは私だ。キミは戦え。私より遥かにブレイン・バーストを...《対戦》を楽しんでいるキミの方が、加速世界に残るべきだ」

 

「嫌です!」

 

 

と、日傘がかすかな音を立てて青い落ち葉の絨毯に転がった。

 

 

嫌がるハルユキの頬を――。

 

 

ふわりと滑らかな右手が撫でた。

 

 

顔を上げると、いつの間にか腰を落としていた黒雪姫とまっすぐ目が合った。

 

 

ごく至近距離にある仄かに紅い唇がひそやかに動いた。

 

 

「たとえどのような未来が訪れようと、私はキミを選んだ事を後悔だけはしないよ」

 

 

言葉と同時に伸ばされた両手が、きゅっとハルユキの頭を抱き寄せた。

 

 

天にも上がるような一瞬であるはずなのに、焼き切れそうな感覚信号の中を、言い知れない寂しさが流れているようにハルユキには感じられた。




どうも、ナツ・ドラグニルです!


先月は投稿出来ずに、申し訳ございません


最近、やる気が起きず小説が書く気力が起きませんでした


もしかしたら、来年は1年投稿を休止する可能性大です


投稿を、楽しみにしている方たちには申し訳ありません。


さて、アクセル・ビルドとの違いですが、黒雪姫とチユリの鉢合わせ後のやり取りを変えさせていただきました。


と言っても、タクムの台詞を追加しただけですが...


それでは次回、第22話もしくは激獣拳使いの幼馴染でお会いしましょう‼
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