アクセル・ワールド ベストマッチな加速能力者   作:ナツ・ドラグニル

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兎美「て~んさい物理学者の有田兎美は、仮面ライダーとして東都の平和を守っていた」

黒雪姫「ここは私に任せろ。イジメられるハルユキ君だったが、そこに私が現れ、次の日の昼にラウンジに来るように伝え、そして...」

兎美「説明が長い!!ハルの幼馴染の1人であるチユリに、私達の秘密が明かされたのでありました。さてどうなる第3話」





第3話

23階の自宅に戻ってきたハルユキ達は、チユリを手当てする為に兎美達の部屋に集まった。

 

 

「ちょっと!何しでかしたのか分かってるの?」

 

「しょうがないだろ!!チユのとこのおばさんに怪我の事なんて言うんだよ!!」

 

「そこは普通にスマッシュに襲われたって」

 

「そんな事したら、おばさん心配するだろうが!!」

 

 

 

ブ――!!

 

 

チーン!!

 

 

「きゃあ!!」

 

 

その時、大きな音を立てて浄化装置の扉が開いた。

 

 

慣れてるハルユキ達とは別に、いきなり大きな音が鳴った事でチユリが悲鳴を上げる。

 

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

 

興奮した兎美が、浄化装置に近づいた。

 

 

扉の中にあったのは、茶色いボトル『ゴリラボトル』だった。

 

 

「あのスマッシュがゴリラになるのね、でかしたわ」

 

 

浄化装置を撫でて褒める兎美の手を、出てきた美空が弾いた。

 

 

「てゆうか、あたしのお陰だし。どいて」

 

 

扉の前にいた兎美をどかし、ベッドに向かう美空。

 

 

「誰よ、あんた」

 

「有田美空...よろしく」

 

「ふーん」

 

 

チユリの問いに、簡単に自己紹介する美空。

 

 

「ねぇ、ハル達っていつもあんな事してるの?」

 

「え?あぁ、うん」

 

 

突然の質問に、戸惑いながらも答えるハルユキ。

 

 

「私、色々考えたんだけど...私もハル達に協力する!」

 

『はぁ!?』

 

 

チユリの突拍子のない言葉に、ハルユキ達は驚愕で声を上げる。

 

 

「お前自分が何言ってるのか分かってんのか!?」

 

「分かってるわよ!でも、ハルが危険な目に合ってるのに、私だけ見て見ぬ振りだなんてもう出来ないよ!」

 

 

恐らくチユリが言っているのは、荒谷達の事だとハルユキでも予想できた。

 

 

「チユ...気持ちは嬉しいけど...無理して協力しようとしなくても、俺は気にしな...」

 

「私が嫌なの!!」

 

 

ハルユキの言葉を遮るように、チユリが叫んだ。

 

 

「もし...もしハルが死んじゃったらどうしようって考えると怖くなった!だから私も協力する!もう決めた事だから」

 

 

そう決意するチユリを、今度は誰も止める事が出来なかった。

 

 

「だったら、私も協力してあげる」

 

 

その時、兎美達の誰の者でもない声が部屋に響いた。

 

 

「誰!?」

 

 

ハルユキ達が部屋の入口に顔を向けると、そこには紗羽がハルユキ達に手を振りながら立っていた。

 

 

見覚えのないハルユキと兎美は、顔を見合わせて首を傾げる。

 

 

「何で人が入ってきてんのよ!!?」

 

 

そう言って、美空が兎美の肩をどつく。

 

 

「私カギ閉めたわよ!!」

 

 

そう言って、兎美はハルユキ達が帰ってきた時の事を思い出す。

 

 

手が塞がって開けられないハルユキの代わりに、ドアを開けた事を。

 

 

「ハルが勝手にチユリちゃん連れてきて、勝手にアジト連れてくんじゃないわよって言って、後を追いかけて...」

 

 

そこで兎美は、自分のミスを自覚する。

 

 

「はっ!!閉めてないや...」

 

 

うなだれる兎美に、ハルユキが突っ込みを入れる。

 

 

「おいぃぃぃぃぃ!!」

 

「ごめーん!!」

 

 

2人がそんなやり取りをしてる間も、紗羽はずかずかと中に入ってくる。

 

 

「ここが仮面ライダーのアジトか~」

 

 

楽しそうに部屋を見る紗羽に、兎美が質問する。

 

 

「どうしてそれを?」

 

 

兎美の質問に、紗羽はきょとんとした顔になり、逆に質問する。

 

 

「忘れたの?昨日の夜のみ、な、と」

 

 

そこで兎美とハルユキは、目の前の女性がスマッシュに襲われていた女性だと気づいた。

 

 

「あぁ、けどなんでここが?」

 

 

兎美の質問に、紗羽はある物をハルユキの目の前に出しながらまた質問する。

 

 

「これ、落としたでしょ?」

 

 

紗羽がハルユキの前に出したのは、ハルユキの顔写真が載った生徒手帳だった。

 

 

「あっ...」

 

 

恐らく何かの拍子で落としたと思い、ハルユキは声を上げる。

 

 

「おいぃぃぃぃぃ!!」

 

「ごめーん!!」

 

 

今度は兎美が突っ込み、ハルユキは謝る。

 

 

「心配しないで、私はお礼を言いに来ただけだから」

 

 

紗羽はそう言うが、直ぐに本音を告げる。

 

 

「まぁ~、仮面ライダーの取材させてくれたら、最高だけど...」

 

「無理でしょ」

 

 

取り付く島もなく、兎美は紗羽の提案を断った。

 

 

しかし、紗羽は諦めずに兎美に縋りついた。

 

 

「お願い!!私、フリーで崖っぷちなの!!特ダネが欲しいの!!」

 

 

そんな紗羽の頼みも、兎美は無視する。

 

 

通じないと思った紗羽は、別の手段をとった。

 

 

「密着取材さえてくれなきゃ、ばらすよ」

 

「清々しいまでに図々しい」

 

 

紗羽の脅しに、チユリは驚く。

 

 

「よし...分かりました」

 

「分かっちゃ駄目でしょ!!」

 

 

紗羽の脅しが効いたのか、ハルユキは紗羽の提案を呑むが、それを美空が指摘する。

 

 

「しょうがねぇだろ!!けど、あくまで俺達の正体が分からない程度にですよ。いいですね」

 

「そこは、ウィンウィンの関係で!!ねぇ!!」

 

 

ハルユキの提案に紗羽は笑顔で答える。

 

 

「最悪ね...」

 

 

☆★☆★☆★

 

 

翌水曜日、いつものように憂鬱な顔で登校したハルユキは、そう思いながら教室に入った。

 

 

既視感溢れる授業に、繰り返される荒谷達の悪戯メール。

 

 

二日連続で昼飯をタカられるのは初めてだったが、指定されたのは昨日と同じ焼きそばパンとクリームメロンパンだった。

 

 

どんだけ好きなんだよ、と思いながらメールを閉じたハルユキは、昼休みのチャイムとともに席を立った。

 

 

変わらない日常の中に、唯一違うものがあるとすれば罅が入ったグランドに、壊された陸上部の女子更衣室。

 

 

昨日、ストロングスマッシュに壊された場所だ。

 

 

生徒には不審者が現れ、破壊したと朝通告された。

 

 

恐らくこの学校に通っていて真実を知っているのは、昨日襲われたチユリと、仮面ライダーの協力者であるハルユキだけだろう。

 

 

のろのろした歩調で向かっていたのは、荒谷に呼び出された屋上ではなく校舎一階、学生食堂に隣接したラウンジだった。

 

 

安物の長テーブルがぎっちりと並ぶ学食とは違い、半円形のラウンジには瀟洒(しょうしゃ)な白い丸テーブルが余裕を持って配置されている。

 

 

大きな採光ガラスから、秋に色づく中庭の木々を一望できる、間違いなく梅郷中学校で最も上等な空間だった。

 

 

ゆえに、1年生は使用できない不文律がある。

 

 

テーブルを囲む生徒達のリボンとネクタイは全て(2年生)臙脂(3年生)で、緑はまったく見えない。

 

 

上級生達の半数はコーヒーの紅茶のカップ片手に談笑し、半数は高い背もたれつきの椅子に体を預けて目を閉じている。

 

 

眠っているのではなく、学内ネットにフルダイブしているのだ。

 

 

ハルユキはまず、悪戯の可能性を考え、ラウンジの入り口の観葉植物にどうにか巨体を隠し、内部を伺った。

 

 

「居た....」

 

 

思わずごくりと空気を呑む。

 

 

ラウンジの最奥、窓際のテーブルに、一際目立つ集団があった。

 

 

2年と3年が混在した6名、よくよく目を凝らすと全ての顔に見覚えがある。

 

 

全員が現生徒会のメンバーだろう。

 

 

男子も女子も方向性に差はあれ、揃って眉目秀麗だ。

 

 

その中でも最大の存在感を放っているのが、物憂げにハードカバーのページをめくる青リボンの女子生徒だった。

 

 

腰近くまであるまっすぐな髪は、いまどき珍しいほどの漆黒。

 

 

間違いない―梅里中学校一二を争う有名人、『黒雪姫』。

 

 

ラウンジの入り口から奥のテーブルまでは、直線で20メートルもないだろう。

 

 

しかし、その距離はハルユキにはほとんど等しく感じられた。

 

 

上級生のあいだを突っ切ってあそこまで行くなどという冒険は到底できそうになかった。

 

 

回り右して帰りたいと思っていたその時。

 

 

「あら?あなたそんな所で何してるの?」

 

 

ハルユキはビクッと体を震わせ、心臓が止まりかけ変な声を出しかけたが何とか抑え、振り返る。

 

 

そこにいたのは、黒雪姫と同じ青いリボンをつけた女子生徒だった。

 

 

ハルユキはその女子生徒の事も知っていた。

 

 

 

 

 

黒雪姫と同じ梅里中学校一二を争う有名人、氷室 幻だった。

 

 

梅里中学校の2年生でありながら、風紀委員の会長を勤める生徒だ。

 

 

「会長、どうかしました?」

 

 

幻の後ろから現れた女子生徒は、風紀委員の副会長内海(うつみ) 成海(なるみ)だった。

 

 

「この子がラウンジに入りたそうにしてたから、話しかけてたの」

 

「なるほど、君は見たところ1年生のようだけど、誰か上級生と約束でもあるのかな?」

 

「えっと...あの...その...」

 

 

答えようとしたが有名人が話しかけてきた事により、緊張して話せなくなってしまった。

 

 

「来たな、少年」

 

 

その時、ラウンジの奥の方から声が聞こえた。

 

 

ぱたりと音を立ててハードカバーを閉じ、棒立のままのハルユキに手招きしながら、視線をちらりと幻達に向ける。

 

 

「用は私だ。済まない、そこ空けてもらえるかな」

 

 

後半は、隣に座る3年の男子に向けたものだった。

 

 

短髪長身の上級生は、面白がるような表情を浮かべて立ち上がると、掌で椅子をハルユキに示した。

 

 

もごもごと礼を口にして、ハルユキは丸い体を限界まで縮め腰を下ろした。

 

 

華奢な椅子が盛大に軋んだが、黒雪姫はまるで気にするふうもなく、ブレザーの左ポケットを探ると束ねた細長いものを取り出した。

 

 

それは1本のケーブルだった。

 

 

銀の細線でシールドされたコードの両端に、小さなプラグがついている。

 

 

左手で長い髪を後に持ち上げ、びっくりするほど細い首に装着されたニューロリンカーの端子に右手でプラグの片方を挿入すると、黒雪姫は何気ない仕草でもう一方のプラグをハルユキに差し出した。

 

 

今度こそ、事の成り行きを見守っていたラウンジじゅうの生徒達から、大きなざわめきが巻き起こった。

 

 

中には、嘘だろとか、いやーそんなーとか悲鳴じみたものまで混じっている。

 

 

度肝を抜かれたのは、ハルユキも同様だった。

 

 

額にはぶわっと汗が浮き上がる。

 

 

《有線直結通信》

 

 

略して直結と呼ばれる行為を、黒雪姫はハルユキに促したのだ。

 

 

ニューロリンカーは通常、無線とその場のネットワークサーバ―を通してのみ相互通信を行い、そこには何重ものセキュリティが介在する。

 

 

しかし、有線で直結した場合は、防壁の9割までは無力化する。

 

 

ある程度のリンカースキルを持つ者なら、相手のプライベートメモリを覗き見たり、悪意あるプログラムを仕掛けることすら可能だ。

 

 

ゆえに通常、直結するのは最も信頼できる相手――家族、もしくは恋人に限られる。

 

 

逆に言うと、公共の場で直結している男女は99%まで付き合っているということになる。

 

 

ケーブルの長さがその親密度を表すという技術的根拠のない俗習まで存在するのだ。

 

 

いま黒雪姫が差し出しているXSBケーブルは約2メートルはあるが、しかしこの場合長さなど問題ではない。

 

 

きらきら光る銀色の端子をまじまじと凝視しながら、ハルユキはどうにか声を絞り出し、尋ねた。

 

 

「.....あ、あの、どうすれば....」

 

「君の首に挿す以外に使い道はなかろう」

 

 

間髪いれずにそう断言されてしまう。

 

 

ハルユキは卒倒しそうになりながらも、震える指先でプラグを受け取り、手探りで自分のニューロリンカーに突き刺した。

 

 

途端、眼前に点滅する《ワイヤード・コネクション》の警告表示。

 

 

それが薄れると同時に、ラウンジの光景から、目の前の黒雪姫の姿だけが鮮やかに浮き上がった。

 

 

微かな笑みの浮かぶ唇はぴくりとも動かないのに、ハルユキの脳裏に滑らかな声が響いた。

 

 

『わざわざご足労願ってすまなかったな、有田春雪君。思考発声はできるかな?』

 

 

唇を動かさずリンカーのみを通して会話する技術の事だ。

 

 

ハルユキは頷き、言葉を返した。

 

 

『はい。あの....これは、一体、どういうことなんですか?手の込んだ、その....悪戯とかなんですか?』

 

 

怒るかと思ったが、黒雪姫は小さく首を傾げると、ふむ、と呟いた。

 

 

『そうだな...ある意味ではその通りかもしれない。なぜなら私は、これから君のニューロリンカーに、1つのアプリケーションを送信する。それを受け入れれば今の君の現実は完膚なきまでに破壊され、思いもよらぬ形に再構成されるからだ』

 

『....げ、現実を....破壊...?』

 

 

ハルユキは呆然と繰り返した。

 

 

もう、テーブルで成り行きを興味深そうに見つめる生徒会の面々も、周囲でざわめく生徒達も、まるで視界に入らなかった。

 

 

ただ黒雪姫の言葉が、何度もリフレインした。

 

 

漆黒をまとう上級生は、そんなハルユキの様子を再び笑みを形作り、右手を持ち上げると、しなやかな白い指先でさっと何かを滑らせる仕草をした。

 

 

ポーン、というビープ音。

 

 

【BB2039.exeを実行しますか? YES/NO】というホロ・ダイアログ。

 

 

見慣れたシステム表示のはずなのに、その窓はまるで独自の意志を秘めてハルユキに決断を迫っているかのように思えた。

 

 

この時、ハルユキは今までのファウストとの戦いを思い出す。

 

 

ハルユキの現実は、既に壊れているような物だった。

 

 

そしてコンマ5秒後、右手を持ち上げ、YESのボタンに指先を突き刺した。

 

 

僅かな驚きの色が白い貌に浮かぶのを見て、ほんの少しの満足感が胸にぽたりと落ちた。

 

 

『望むところです。今までも現実が破壊される事は何度もありましたから』

 

 

そう呟いたのと、ほとんど同時に。

 

 

視界いっぱいに、巨大な焔が噴き上がった。

 

 

思わず体を強張らせたハルユキを取り巻くように荒れ狂った火焔の流れは、やがて体の前に結集し、ひとつのタイトルロゴを作り出した。

 

 

デザインセンスは決して新しいものではない。

 

 

前世紀の末に流行した、ある種の対戦型ゲームを思い起こさせる荒々しさ。

 

 

現れた文字は―『BRAIN BURST』

 

 

これが、ハルユキと、ハルユキの認識する現実の全てを変革するひとつのプログラムとの出会いだった。

 

 

 

 

 

インストールは30秒近くも続いた。

 

 

ニューロリンカー用アプリとしてはかなり巨大だ。

 

 

燃え盛るタイトルロゴの下に表示されたインジケータ・バーがようやく100%に到達するのを、ハルユキは息を呑んで見つめた。

 

 

現実を―破壊すると、黒雪姫は言ったのだ。

 

 

それは具体的に何を示しているのか。

 

 

インジケータが消え、ロゴも燃え尽きるように消滅した。

 

 

オレンジ色の残り火が、小さな英語フォントで《ウェルカム・トゥ・ジ・アクセラレーテッド・ワールド》という文字を作り、これもすぐに火花となって散った。

 

 

どういう意味だ―加速、世界?

 

 

ハルユキはそのまま10秒近く呼吸を止め、何かが起こるのを待った。

 

 

しかし、自分の体にも、周囲の光景にも、変化の兆しすら訪れる気配は無かった。

 

 

相変わらず、制服の下では汗がだらだらだし、周りのテーブルから浴びせられる非難の視線は増強する一方だ。

 

 

細長く息を吐きだしながら、ハルユキは訝しさとともに黒雪姫を見た。

 

 

『あの....この、【ブレイン・バースト】ってプログラムは一体....』

 

 

思考発声でそう尋ねたが、黒衣の上級生は微笑を消さぬまま、ハルユキの疑問とは離れた事を囁いた。

 

 

『無事にインストールできたようだな。充分な適正があることは確信していたが』

 

『て、適性?このプログラムのですか?』

 

『そうさ【ブレイン・バースト】は、高レベルの脳神経反応速度を持つ者でなければそもそもインストールできない。例えば、バーチャルゲームで馬鹿げたスコアを出せるほどの、な。君が幻の炎を見た時、プログラムは脳の応答をチェックしていたのだ。適性が足りなければ、そもそもタイトルロゴすら見る事は叶わん。しかし...それにしても少しだけ驚かされたぞ。かつての私は、この怪しげなプログラムを受け入れるかどうか2分近く迷ったというのに。君を説得する為に考えていた台詞が無駄になってしまった。』

 

『は、はあ....すみません。でも、その、何も....起こらないみたいなんですが、常駐じゃなく選択起動型のアプリですか?』

 

『まあ、そう焦るな。これから君には、少々心の準備をしてもらわねばならん。具体的な機能の説明はその後でもよかろう。なに、時間はたっぷりあるからな』

 

 

ハルユキがちらりと、視界の右下端に継続表示されている時計を眺めた。

 

 

既に昼休みは半分が過ぎ去ろうとしている。

 

 

たっぷり、と言うほど時間があるとは思えない。

 

 

『心の準備ならもう出来てます。教えて下さい、このプログラムは.....』

 

 

そこまで言いかけた時。

 

 

ハルユキが背を向けているラウンジの入り口から、最も聞きたくない声が響き渡った。

 

 

「てめぇ、ブ...有田!バックレてんじゃねえぞ!!」

 

 

反射的にびくんと体を竦ませ、ハルユキは椅子から腰を浮かせた。

 

 

振り向いた先に、顔を赤くして立っているのは、昼休みは屋上から出てこないはずの荒谷だった。

 

 

ハルユキが表情を驚愕から恐怖へと変化させるのと同期して、荒谷の顔も激怒から不審へと変わった。

 

 

ハルユキが立ち上がったことによって、これまで巨体の陰に完全に隠れていた黒雪姫の華奢な姿と、そのリンカーから伸びてハルユキに繋がるケーブルが露わになったのだ。

 

 

凍り付きながらも、ハルユキは生徒会の面々を除く周囲の生徒達の雰囲気が微妙に変化したのを敏感に察知した。

 

 

同じ緑のネクタイをしている大柄な荒谷と、縦に小さく横に大きいハルユキの関係は、全員が瞬時に悟っただろう。

 

 

しかし生徒達が放ったのは、荒谷への非難ではもちろんなく、あーやっぱりね、という納得の気配だった。

 

 

やめろ――今はやめてくれ。

 

 

ハルユキは懸命にそう念じた。

 

 

黒雪姫に、自分がいじめられているのだなどという事を知られるのは絶対に厭だった。

 

 

用事が終わったら、すぐにパンを買って屋上に行くからおとなしく待っていてくれ、そう伝えるつもりで、ハルユキは荒谷に向けて強張った笑みを浮かべた。

 

 

それを見た荒谷の顔が、一層の憤激に赤黒く染まった。

 

 

ブタぁ、と唇が無音で動くのを、ハルユキはぞっとしながら見た。

 

 

学校一の有名人と直結した状態でハルユキが浮かべた笑みの意味を、奴は完璧に誤解したのだ。

 

 

吊り上げた目をぎらぎらと光らせ、荒谷は無言で学食とラウンジを隔てる生け垣を潜った。

 

 

かかとを潰した上履きをぺたぺた鳴らしながら、一直線に近づいてくる。

 

 

その背後に手下Aと手下Bも、こちらはやや緊張した顔で続く。

 

 

もう駄目だ、と思いながらハルユキは一歩あとずさった。

 

 

荒谷は、同じ13歳とは思えぬ長身に、空手をやっているとかでがっちりした筋肉をまとっている。

 

 

その上から丈の短いブレザーと、逆にやけに長い薄紫のシャツを身につけ、ズボンもぞろりと太い。

 

 

白っぽい金に染めた髪は剣山のように逆立ち、ごく細い眉と両耳のピアスに彩られたツリ目は剣呑の一言だ。

 

 

梅郷中学校は私立の進学校だが、少子化極まるこの時代、入学試験を設けている中学はほとんどない。

 

 

ゆえに荒谷のような武闘派が、『楽にシメよう』と思って入ってくることもある。

 

 

そんな手合いに、入学初日にあっさりシメられたハルユキは、すぐ目の前に立ち止まり伸し掛からんばかりに見下ろしてくる荒谷を縮み上がりながら見つめた。

 

 

「ナメてんじゃねーぞ」

 

 

捻じ曲げられた唇から発せられた台詞に、ハルユキが、卑屈な謝罪を口にしようとした寸前。

 

 

背後から、黒雪姫の、涼しげな肉声が抑揚(よくよう)ゆたかに響いた。

 

 

「君はたしか、荒谷君だったかな」

 

 

それを聞いた荒谷が、一瞬の驚き顔を経て、媚びるような笑みを浮かべた。

 

 

こんな奴でも、《あの黒雪姫》に名前を覚えられていたというのは嬉しいらしい。

 

 

しかし、続いた言葉は、荒谷だけではなくハルユキをも愕然とさせるものだった。

 

 

「有田君に話は聞いているよ。間違って動物園からこの中学に送られてきたんじゃないか。とな」

 

 

荒谷のアゴががくんと落ち、それがわなわなと震えるのを、ハルユキは愕然と見つめた。

 

 

「な.....な.....なん.....」

 

 

荒谷が口走るのとまったく同じ事を、ハルユキも叫びたかった。

 

 

な――何言ってるんだアンタ!

 

 

しかしその思考を発声にする暇も無く、荒谷が凄まじい怒号を放った。

 

 

「ンだとテメェコラァ殺っぞブタァァァァ!!」

 

 

びくーん、と縮み上がったハルユキの眼前で、荒谷が右拳を固め、高く振りかぶった。

 

 

そして同時に―脳内で、鋭い声がハルユキに命じた。

 

 

『今だ、叫べ!《バースト・リンク!!》』

 

 

その短いコマンドを、ハルユキは、自分が実音声で喚いたのかそれとも思考音声で念じたのか判らなかった。

 

 

しかし、自分の体の隅々にまで、声が震動となって染み渡るのをはっきりと感じた。

 

 

バースト・リンク!!

 

 

バシイィィィィッ!!という衝撃音が、世界を揺るがした。

 

 

あらゆる色彩が一瞬で消滅し、透き通るブルーのみが広がった。

 

 

周りのラウンジも、成り行きを凝視する生徒も、目の前の荒谷までもが、モノトーンの青に染まった。

 

 

そして、全てが、静止した。

 

 

1秒後に自分を殴り飛ばすはずの荒谷の拳が、数十センチ先に凍りついているのをハルユキは唖然と見つめた。

 

 

「う......うわっ!」

 

 

思わず叫び、一歩後退る。

 

 

そのアクションの結果、ハルユキはさらに信じがたいものを見た。

 

 

自分の背中だ。

 

 

荒谷と同じように青一色に変じた自分の、丸っこい背中が、滑稽に縮み上がった姿勢のまま不自然に停止している。

 

 

まるで肉体から魂だけが離脱してしまったかのようだ。

 

 

なら、今の自分はどうなってんだ!?と驚愕しつつ見下ろすとそこにあったのは見慣れたピンクブタだった。

 

 

間違いなく、ローカルネットでハルユキが使用しているアバターだ。

 

 

もう何が何やら訳が判らず、ハルユキはふらふらと振り向いた。

 

 

眼にしたのは、これまた奇怪な光景だった。

 

 

ラウンジの椅子には、ぴたりと膝を揃え背筋を伸ばした黒雪姫が優雅に座っている。

 

 

しかしその体も、首から伸びるケーブルも、全て水晶のような透過度のある青に染まっている。

 

 

そして隣に、黒のドレスに畳んだ日傘、揚羽蝶の翅をまとったアバターが謎めいた笑みを浮かべて立っていた。

 

 

「な......何なんですかこれ!?」

 

 

ハルユキは堪らず喚き立てた。

 

 

「フルダイブ!?それとも...幽体離脱ですか!?」

 

「ふふ、そのどちらでもないよ」

 

 

愉快そうな口調で、黒雪姫のアバターが告げた。

 

 

「我々は今『ブレイン・バースト』プログラムの機能下にある。『加速』しているのだ」

 

「か...かそく...?」

 

「そう。周囲が静止したように見えるが実は違う。我々の意識が超高速で動いているんだよ」

 

 

黒雪姫は、ドレスの裾を縁取る銀の珠を煌めかせながら数歩移動し、青く凍る現実のハルユキと荒谷の傍らで止まった。

 

 

傘の先で、右ストレートパンチの軌道上にある荒谷の拳を指す。

 

 

「この拳も、視認はできないが今もゆっくりと移動している...時計の短針のようにな。このままずっと待っていれば、やがてこの80センチほどを通過し、こっちにいる、君の頬にじわじわメリ込むのが見られるだろう」

 

「じょ、冗談じゃないですよ。いやそうじゃなくて...ちょ、ちょっと待ってください」

 

 

ハルユキは、ブタの両手で頭を抱え、必死に情報を整理した。

 

 

「え、ええとですね...じゃあ、別に僕や先輩の魂が自分の体から抜け出てしまったってわけじゃあないんですね?あくまで思考は本来の頭の中で行われてるってことですか?」

 

「呑み込みが早いな。その通りだ」

 

「でも、そんなの変じゃないですか!思考と感覚が加速しただけだっていうなら、こんな...幽体離脱みたいに移動したり、自分の背中を見たり、そもそも先輩と会話だってできるわけないですよ」

 

「うむ、もっともな疑問だ、ハルユキ君」

 

 

教師のように頷くと、黒雪姫は縦にロールした黒髪を揺らしてテーブルの横まで移動した。

 

 

「我々が今視ているこの青い世界はリアルタイムの現実だが、しかし眼球で光学的に視認しているのではない。ちょっとこのテーブルの裏側を見てみたまえ」

 

「は、はあ.....」

 

 

ハルユキは現実よりもさらに小さなブタボディを屈めて、青いテーブルの下を覗いた。

 

 

「あ、あれっ?」

 

 

妙だ。

 

 

テーブルは木製で、表面には縦に細かい板目が走っている。

 

 

しかし裏面は、まるでプラスチックのようにのっぺりと一切のテクスチャがないのだ。

 

 

「なんだこれ....まるで、ポリゴン.....?」

 

 

顔を上げたハルユキに、黒雪姫は軽く頷いた。

 

 

「その通りだ。この青い世界は、ラウンジに複数存在するソーシャルカメラが捉えた画像から再構成された3D映像を、ニューロリンカー経由で脳が視ているものだよ。カメラの死角になっている部分は推測補完されている。だから、そこの女子のスカートを覗こうとしても無駄だ」

 

 

ソーシャルカメラというのは、正式名所ソーシャル。セキュリティ・サーベイランス・カメラというもので、治安維持を目的に日本国内にびっしり設置してある、政府の映像監視網のことだ。

 

 

たとえ私立の中学といえどもカメラ設置を拒むことは出来ず、そのデータは国家レベルの厳重な防壁に守られ一般民がのぞき見することは絶対に不可能――と言われているのだが。

 

 

そんな理屈を思い浮かべながらも、ハルユキは反射的にテーブルの下に伸びる生徒会役員の女子の脚を追い、その優美なラインがスカートの縁で消滅しているのを確かめてしまった。

 

 

慌てて立ち上がったハルユキを、黒雪姫はじろりと一瞥した。

 

 

「私の脚は見るなよ。カメラの視界に入ってるからな」

 

「み......見ませんよ」

 

 

苦労して視線を固定しながら、ハルユキは首を振った。

 

 

「ま、まあ、今見てるものの理屈はなんとなく解りました。ここはリアルタイムの現実を3D映像化した世界で.....僕らはアバターを代行体として、周りを見たり直結回線経由で喋ったりしてるってことですね?」

 

「そうだ。今は便宜的に君の学内ローカルネット用アバターが流用されているが」

 

「できるなら、他のがいいですけど」

 

 

呟き、ハルユキは大きく息を吐いた。

 

 

ブタの頭を振って思考を整理し、もう一度黒雪姫のアバターを見る。

 

 

「でも....これでやっと半分ですよね、知りたいのはここからです。.....『加速』って一体何なんです?こんな時間停止みたいな機能がニューロリンカーにあるなんて、聞いたことないですよ!」

 

「当然だ、ニューロリンカーに秘められた加速機能を引き出せるのは、『ブレイン・バースト』というプログラムを持っている者だけだ」

 

 

黒雪姫は呟くように言い、左手を上げると、凍結する現実のハルユキの首に巻きつくXLサイズのニューロリンカーをつついた。

 

 

「ハルユキ君、君はニューロリンカーの作動原理を知っているか?」

 

 

細い指が《自分》の首に触れるのを見て、わけもなくドキッとしながらもハルユキは頷いた。

 

 

「はい....一通りの知識だけですけど、脳細胞と量子レベルで無線接続して、映像や音や感触を送り込んだり、逆に現実の五感をキャンセルする...」

 

「そうだ。つまり2020年代のヘッドギア型VR機器、あるいは30年代のインプラント型とは原理が根本的に異なる。量子接続は、生理学的メカニズムではないのだ。ゆえに、脳細胞に負荷をかけることなく、とんでもないムチャができる......ことに気づいた者がいた」

 

「ムチャ...とは?」

 

 

ハルユキの疑問に、黒雪姫はやや見当はずれとも思える問いを返した。

 

 

「君は20年代頃のPCに触れたことがあるかな?」

 

「え、ええ、一応。自宅にあります」

 

「ならば、PCの基準動作周波数を何と呼んでいたか知っているだろう」

 

「ベースクロック......ですか」

 

 

黒雪姫は満足そうに頷いた。

 

 

「そう......マザーボード上の振動子が時計のように刻む信号を、設定倍率にしたがって増幅しCRUを駆動していた。そしてまた人間の脳、我々の意識も同じ仕組みで動いているのだ」

 

「え...!?」

 

 

ハルユキは目を丸くし、大きなブタ鼻からぶふーっと息を吐いた。

 

 

「ま、まさか。僕らの何処に振動子があるっていうんです」

 

「ここだ」

 

 

黒雪姫は即答し、現実の青いハルユキに正面から抱きつくと、いたずらっぽい上目遣いになりながら左手で背中の中心をつついた。

 

 

「な......な、何するんですか」

 

「今、君のクロックが少し上がったぞ。もう分かったろう.....心臓だ!心臓は、ただ血液を送り出すだけのポンプではない。その鼓動によって、思考の駆動速度を決定する基準クロック発生装置なのだ」

 

 

息を呑み、ハルユキはブタボディの胸を押さえた。

 

 

黒雪姫はまるでからかうように、尚も心臓のあたりに触れながら続けた。

 

 

「たとえ体が静止していようと、状況次第では心臓の鼓動はいくらでも速くなる.....レーシングドライバーのようにな。何故か。それは、思考を....状況認識力、そして判断力を『加速』する必要があるからだ。あるいは、互いに触れ合う恋人達のように、1分1秒を、より濃密に体験するために『加速』する」

 

 

黒雪姫は、現実のハルユキの胸にあてた指先を、ゆっくり上に動かし首で止めた。

 

 

「心臓が1度どくんと脈打つと、発生した量子パルス信号は中枢神経をさかのぼり、脳を、つまり思考を駆動する。ならば――その信号を首のニューロリンカーで乗っ取り、増幅してやればどうなると思う」

 

 

ぞくっ、と背筋に戦慄がはしるのを、ハルユキは感じた。

 

 

「思考が.....加速する?」

 

「そう、ニューロリンカーならそれができる。肉体や脳細胞に一切の悪影響を与えることなく、な。今この瞬間、我々のニューロリンカーは、心臓がたった1度の鼓動で発振したクロックを増幅し、無線量子信号に乗せて脳に送り込んでいるのだ。そのレートは、実に一千倍に達成する!」

 

「いっせん...ば...い」

 

 

告げられた言葉を呆然と繰り返すことしか、もうハルユキには出来なかった。

 

 

麻痺しかけた意識に、黒雪姫の淀みない声がいっそうの衝撃を与えた。

 

 

「思考を一千倍に加速する。それはつまり、現実の一秒を、一千秒....割り算をすれば16分40秒として体感するということだ」

 

 

F1レーサーどころの話ではない。もはやテクノロジーというよりも、『時間停止の魔術』に等しい。

 

 

しかし、その驚異的な現象がはたして具体的に何を可能にするのか、についてハルユキが思い巡らす前に、黒雪姫が何かに気付いたように「おっと」と呟いた。

 

 

「.....?」

 

「いや、すまん。説明に夢中になって、少し時間を使いすぎてしまったな。すっかり忘れていたが、現実の君は今まさにぶっとばされつつあるんだった」

 

「げっ....」

 

 

ハルユキは慌てて足を動かし、青く凍る自分の向こう側へと回り込んだ。

 

 

確かに、会長に費やした約5分(またはコンマ3秒ほど)の間に、荒谷のパンチは随分と移動していた。

 

 

リアルハルユキの丸いほっぺたまでは、もう50センチ弱しかない。

 

 

荒谷の顔は、これが天井に隠されたソーシャルカメラの映像から生成されたものだとは信じられない再現性で、凶暴な興奮もあらわに唇を歪めている。

 

 

一体何が楽しいんだ。

 

 

――いや、そりゃ楽しいだろうな。

 

 

拳の向かう先に、虚ろな表情で漫然と立つ僕は、まさに雑魚キャラと呼ぶにふさわしい。

 

 

陰鬱な思考を脳裏に過ぎらせながら、ハルユキは黒雪姫に向き直った。

 

 

「......あの、この『加速』って、いつまで続くんですか?」

 

「理論上は無限だ。だが、『ブレイン・バースト』プログラム上の制限によって、君が加速していられるのは最大で体感30分、現実において1.8秒だ」

 

 

涼しげに返された黒雪姫の言葉に、ハルユキはピンクブタのくりくりした眼を剥き出した。

 

 

このまま現実の自分が2秒近くも凍りついていたら、荒谷のパンチは確実に残る距離を移動し、鼻筋にじわじわとめり込み――。

 

 

「....な、殴られちゃうじゃないですか!」

 

 

コマ送りでぶっ飛ぶ自分の姿を想像し、ハルユキは叫んだ。

 

 

が、黒雪姫は軽く笑い、説明を付け加えた。

 

 

「はは、心配するな。もちろん、加速状態を任意に停止することは可能だよ」

 

「あ、ああ.....そうですか。それなら、現実に戻ってからこのパンチを避けることも....」

 

「容易いな。ふふ、それが『加速』の最も解りやすい使い方だ。生身では不可能な反射速度で状況を見極め、熟慮してから、加速を解除して悠々と対処できる」

 

 

言うとおり、これまで散々殴られた際には避けることはおろか、恐怖のあまり見ることすら出来なかった荒谷のパンチの軌道とその狙いが、『加速』中の今なら手にとるように判る。

 

 

加速を解除すると同時に、左にほんの15センチほど動けばいいのだ。

 

 

ごくりと唾を飲みながらもそう頭に刻み込み、ハルユキは解除のためのコマンドを尋ねようと黒雪姫を見た。

 

 

しかし、黒衣の麗人は、ハルユキよりも先に軽い口調でとんでもないことを言った。

 

 

「だが、避けるな。ここはあえてぶっ飛ばされようじゃないか、ハルユキ君」

 

「ぶ....」

 

 

ブタ鼻をしばしわななかせてから、ハルユキは叫んだ。

 

 

「い、嫌ですよ!痛いじゃないですか」

 

「どっちがだ」

 

「え....?ど、どっちって....」

 

「痛いのは、体なのか心なのかと訊いている」

 

 

黒雪姫のアバターから、微笑が消えた。

 

 

ハルユキの答えを待たず、黒いハイヒールがかつっと前に踏み出された。

 

 

ハルユキのブタボディよりも、50センチ近く高い瘦身を屈め、黒雪姫はごく至近距離から目を覗き込んできた。

 

 

ハルユキは息を呑んで棒立ちになった。

 

 

「君が、この荒谷という生徒に殴られるのは初めてではあるまい」

 

「は....はい」

 

 

いじめの件は絶対に知られたくないと思っていたのに、なぜかハルユキは頷いていた。

 

 

「なのに、この生徒がこれまで処分されなかったのには、二つの理由があるはずだ。一つはもちろん、君が泣き寝入りしてきたこと。そしてもう一つは、荒谷が暴力や恐喝の現場を、巧妙にソーシャルカメラの視界から外していたこと」

 

 

確かに、ハルユキが直接的なイジメ行為を受けたのは、常に屋上の排気施設の陰や校舎裏といった生徒の近寄らぬ場所だった。

 

 

しかしあれは、人の目を避けていたのではなく、カメラを避けていたということか。

 

 

黒雪姫は難しい表情になり、すっと体を伸ばした。

 

 

「...残念ながら、当校の二年や三年生にも、こいつと同種の生徒が少ないながらも存在する。彼らにもそれなりのネットワークがあり、ソーシャルカメラ視界警告アプリなどという違法なものを流通しているようだ。連中は、カメラの視界内では決して尻尾は出さない...新入りのこいつも、それは厳しく命じられているはずだ」

 

 

氷のような視線で、青く染まる荒谷の顔を一瞥した黒雪姫は、凄みのある静かな声で続けた。

 

 

「だが、所詮はまだ子供だ。先程の私の挑発で我を忘れ、こんなカメラが山ほどある場所で暴力行為に出た。いいか、これは君にとってチャンスなのだ、ハルユキ君。このパンチを回避するのは容易だが、そうすれば荒谷は我にかえり、この場から消えてしまうだろう。こいつに受けるべき罰を受けさせる機会は、再び限りなく遠ざかる」

 

 

――そして、荒谷は改めてハルユキを痛めつけるはずだ。

 

 

その報復が、これまての遊び半分のものではなくなるであろうことは、たやすく想像できた。

 

 

ぶるり、と背中を震わせながら、ハルユキは現実の自分と、その顔に近づきつつある荒谷の拳を見た。

 

 

骨ばったその右手は岩のようにごつごつと尖り、殴られれば泣くほど痛い。

 

 

この半年で、嫌というほど味わった痛みだ。

 

 

しかし――。

 

 

本当に血を流していたのは肉体ではなく心だ。

 

 

ズタズタに引きちぎられたプライドのほうだ。

 

 

「...あの」

 

 

ハルユキは躊躇いながら、黒雪姫に問いかけた。

 

 

「『ブレイン・バースト』を上手く使えば、ケンカでこいつに勝てますか」

 

 

一切の表情を消した美貌が、まっすぐにハルユキを凝視した。

 

 

「――勝てるだろうよ。君はもう、非加速者達を遥か越える力を持つ『バーストリンカー』だ。一発も殴られることなく、好き放題叩きのめせるさ、君がそう望むなら」

 

 

望むとも。

 

 

望まないわけがあるか。

 

 

荒谷の空手を技を華麗に避けまくり、人相をブタより醜く変えてやる。

 

 

鼻を潰し、前歯を全部叩き折り、土下座して泣き喚くさの頭から自慢の金髪を一本残らず引き抜いてやる。

 

 

ぎり、と奥歯を食い縛り、大きく息を吐いて、ハルユキは震える声で黒雪姫に告げた。

 

 

「...いえ、やめときます。大人しく殴られますよ...せっかくのチャンスですから」

 

「......ふ」

 

 

黒雪姫は、どこか満足そうに笑うと、ゆっくりと頷いた。

 

 

「賢明な選択だ。ま、どうせなら被害を最小に、効果を最大にしようじゃないか。『加速』が切れたら、自分から右後方に思い切り跳ぶのだ。顔を右に回して拳を受け流すのを忘れるな」

 

「は.....はあ」

 

 

ハルユキは、現実の自分のすぐ後ろに移動すると、荒谷のパンチの軌道を確認した。

 

 

確かに、顔の向きを変えながら跳べば、いかな空手技といえど威力の大半は殺せそうだ。

 

 

頷いてから視線を動かし、跳ぶ先の状況も確かめる。

 

 

左にはテーブルがあるが、右後ろには大きくスペースが空き、中庭を望む大窓まで障害物はない。

 

 

たった1人の人間を除いては。

 

 

「あ、いや...だめですよ。ここからそっちに跳んだら、先輩の体に衝突しちゃいます」

 

 

立ち上がっているハルユキと、椅子に座るリアル黒雪姫との距離はたった1メートルだ。

 

 

ハルユキの巨体に轢かれたら、華奢な体がどうなってしまうか知れたものではない。

 

 

しかし、黒ドレスのアバターは軽く肩をすくめただけだった。

 

 

「かまわん、その方が効果的だろう。心配するな、ちゃんと避けるから怪我はしないよ」

 

「...は、はい...」

 

 

確かに、事前に解っていればそれも可能かもしれない。

 

 

やむなく頷く。

 

 

「そろそろ本格的に時間が無いぞ。さ、早く現実の自分に重なれ」

 

 

ぽん、と背中を押され、ハルユキは一歩前に出ると、青い自分にブタのアバターを重ね合わせた。

 

 

背後では黒雪姫も椅子に座ったようで、声の位置が低くなった。

 

 

「よし、それでは加速解除のコマンドを教える。上手くやれよ――『バースト・アウト』!」

 

 

バースト・アウト!

 

 

ハルユキは一杯に息を吸い、思い切り叫んだ。




はい、如何だったでしょうか?


アクセル・ビルドの話をコピペするだけなので、書くこと自体は直ぐできるのですが、思ったより誤字脱字や打ち間違いが多く、一文字ずつ確認しないといけないので時間が掛かってしまいました。


そのまま、コピペ出来れば楽なのですが...


さて、今回はようやくハルユキ達と紗羽さんと顔を合わせる事が出来ました。


原作では、マスターが扉を開けたままにし、戦兎がマッチを落としていましたが、この作品では、ハルユキが生徒手帳を落とし、兎美がカギを閉め忘れた事にしました。


まぁ、ハルユキの時代では鍵もオートロックで生徒手帳も存在しないかもですが、そこは気にしないでください。


それでは次回、第4話でお会いしましょう。
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