この先も千景の言動が悪い形となって自分に返ってくる…………かもしれない。
前回のあらすじ(?)
新聞の見出し:結城友奈、結婚します!
夜、歌野たちを乗せた木船はゆっくりと飛行を続けていた。高度は低く、海上から10メートル程の高さで飛んでいる。海路は神樹の一部である御神木の影響が及びにくいという芽吹の案を受けてのことだ。
あまり高く飛行していると、空を飛ぶ敵に見つかりやすい。
「海中からバーテックスは来ないの? 友奈」
「うーん、無いかな。レンちも知ってると思うけど、バーテックスは基本、空を活動範囲としてるんだよ。だからって海が苦手な訳じゃないけど。気を付けなきゃなのは、進化体の中にいる"潜る能力"を持つ子かな」
「進化体……『魚座』のことね」
見張りとして赤嶺と蓮華は夜の海を眺めて話していた。木船は沖縄支部を目的地としたオートモードで飛行しており、他のメンバーは身体を休ませている。
このペースなら明日には沖縄へ到着するはずだ。
「ねぇ、友奈。今までのこと聞いてもいいかしら?」
警戒中の時間潰しとして蓮華は話題を出す。
「……特に大した話はないよ。あの戦いのあと、傷が癒えてからはずっと四国を避けながら旅をしてた。レンちと同じで"鏑矢"のみんなを探したり」
バーテックスの強襲を受けて命は助かった赤嶺だが、当時負った傷は相当なものだったらしく、回復した頃にはもう"鏑矢"が存続していないことを知った。
「うたのんちゃんたちと会ったのも旅の道中だったんだぁ。そんなに昔じゃないのに、懐かしいなぁ」
「友奈」
そこで蓮華は声のトーンを低くして、真っ直ぐに赤嶺を見た。視線を向けられた赤嶺自身は少し困惑する。
「え……。どうしたの、あらたまって」
「憶えているかしら? 『ミス・オールサンデー』のこと」
「忘れてないよ。歴史が好きで、確か身体の一部を別の場所に咲かせる能力を持ってたよね」
「その彼女が言ってたわ。友奈、
「……。うん、そうだったね」
ミス・オールサンデーと呼ばれていた彼女は鏑矢時代に一度、赤嶺"友奈"に問いかけたことがあった。
『――
その時は赤嶺自身も分からないと答えていた。だが今は、何故か答えを持っている……気がした。
それは赤嶺が歌野たちに名前を伏せていたことに起因している。堂々と名前を告げることが憚られることだと知っているのだ。
「友奈、今は答えられるの? "友奈の意志"とは何なのか。"なに"と戦うのか。…………"友奈の一族"とは何なのか、を」
蓮華の義父も口にしていた。"友奈の一族"について。
『神に干渉することが出来る』と謂われる少女たち。そして『神を殺すことが出来る』と謂われる少女たち。
――
「…………。……あのねレンち」
長い沈黙の末、赤嶺は口を開いた。その次に発せられる言葉を蓮華もまた黙って待っていた。
「今、私がレンちに
いつか、烏丸久美子にも同じことを言われた気がする。自分たちが生きるこの世界に、重大な秘密があって、それを人から聞いただけでは意味がない。今の自分たちにはどうにも出来やしない、と。
「そうね。でもこの蓮華は……"神"や"友奈"や"バーテックス"が、この世界の真実へ繋がるキーであると考えているの。この三つは必ず何かで繋がっている。今までに得た情報とこの蓮華の勘によって導き出されたものよ」
言葉や表情から、蓮華が切に願っているのが伝わってくる。その三つによって生まれた運命の余波で、鏑矢の始まりと終わりが訪れたのではないか。故に、蓮華は突き止めたいのだ。
これからもまた、似たような犠牲が繰り返されるのなら、それを阻止する為にも。
「ねぇ、レンち。ひとつだけ。……ひとつだけ私から言うことが出来るなら……」
蓮華の想いを痛いほどに感じ取った赤嶺は、右手を拳にして蓮華の前に出した。
「私は、"友奈の一族"がそう呼ばれる理由がこれだと思ってるんだぁ」
「これって……。拳?」
何の変哲もない拳。それが赤嶺にとっての答えだと言う。
「友奈には……"友奈の拳"には
予想外の答えに面食らった。
「……何故、それが分かったの。どうして、そんな力が」
「私がその"友奈"だから、かな」
蓮華の問いにただ一言だけそう返す。
納得のいく理由など存在しない。理屈など通じず、あたかも世界がそうであるかのように赤嶺は淡々と告げていた。
「混乱するよね。ごめんね、よくわからない言い方で。上手く言葉で表せないんだぁ。頭がわーってなるから。でも、"友奈"の名前はずっと前から、その力と共に受け継がれてきた」
誰が何のためにその名前を受け継がせてきたのか。そもそも本当に友奈全員に呪詛が備わっているのだろうか。
名前など生まれた時には付けられているもの。ならば、友奈は生まれた時にはもうすでにその力を持っていたのか。そしてそれを、誰かが確信して名前を付けたということなのか。
「神様なんて……殴ったこともないけどね」
考え込む蓮華の姿を見て赤嶺はそれだけ言って場を離れた。
(友奈……。その力が本当にあるのなら……)
視界の端で去っていく赤嶺を見送りながら、深い思考へと落ちていく。
これ以上追求しなかったのは、赤嶺から教えられた"友奈"とその呪詛について考えをまとめられないからだ。
それが出来ずに他の情報を得ても意味がないと思ったからだ。
(ひとつのことを考えるのに、いっぱいいっぱいね)
大社が隠している歴史を紐解けば、真実を解き明かせば、答えが見えてくるのだろうか。
それはまたその時が来たら考えることにする。とりあえず今は、赤嶺から教えてもらった
――"友奈"に備わっているとされる呪詛という力。
――その力で"神"を殺すことができる。
――"友奈"という名前は受け継がれている。
(受け継がれている、ということは今だけではなく、前にも"友奈"が存在したということ)
彼女たちの親に"友奈"の名前の人間はいないと思われる。赤嶺もそうだった。では"受け継がれる"とは一体誰からだろうか。そしてそれを大社は知っていることになる。
(つまり、いたのね。……過去に"神"に危害を加えた"友奈"が……)
我ながら突拍子もない推論だとは思うが、神樹が紛れもない神であることを踏まえると他の神がいたとしてもありえない話ではない。
日本は古来より八百万の神々の住む地であり、神樹自体も土着の神々の集合体である。
ならば、神樹に敵対する神がいたとしても不思議ではない。
その神が何なのか、如何にして"友奈"が危害を加えたのか。
新たな疑問も湧いて出る。
蓮華はそこで思考を中断させて、ひとり夜の海を眺めた。
「神樹に敵対しているバーテックスは、まず間違いなく……」
最後にそう、独り言を呟いて。
「……あっ、はははん。これぐらいは、許してくれるかなぁ」
蓮華から離れた赤嶺は近くに誰もいないことを確認して、小さな声で呟いた。
襟をずらして自分の胸元を見る。胸の部分には太陽を模した刺青のような模様が浮かんでいた。
赤嶺自身はその黒ずんだ刺青を"太陽の刻印"と表現している。
「う……くっ。はあ、はあ……」
呼吸が徐々に荒くなっていく。その左胸を中心として痛みが広がっているのが分かる。
その原因が、先程の自分の発言によるものだということも理解している。自分が蓮華に"友奈"について説明してしまったからだ。
(ごめんね、レンち。流石にあれ以上話してたら、レンちも多分……辛いから)
ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出す。
そして赤嶺は深い眠りに落ちる……。
――夜が明けて朝日が差す。
歌野は一番に飛び出すと遠くに島が見えていた。
「ルックみーちゃん‼︎ 沖縄が‼︎」
「うん、もうすぐだね」
続いて水都、雪花や高嶋友奈が顔を出して遠くの島を見る。室内には芽吹と赤嶺を残している。蓮華も見張りから休むよう伝えたが、上陸したあとに休息を取るつもりだ。
「……歌野。安心安全に上陸とまではいかなかったようね」
進行方向の三時の方角から白い粒がこちらに近付いているのを蓮華が確認した。
「道中、不思議なくらいに接触しなかったけど、よりによってこのタイミングかー」
ボヤきながらも雪花は槍を持ち出して構える。水都は室内に避難して歌野と友奈は戦闘準備に入る。
「さあ‼︎ 来たわッ」
上陸を前にして星屑との戦闘に突入した。
水都が室内に入ると赤嶺は目を覚ましていた。
「みーちゃんちゃん。敵が来たんだね」
「あっ、ごめん。扉を開ける音、大きすぎた……」
「あっはははん。別にいいよ。外の音で起きてたから」
立ち上がると外へと出て行く。
「襲わないでってお願いしたんだけどなぁ」
水都に聞こえないように扉を閉めたあとに小さく呟いた。
襲撃に来た星屑は二十体そこらの数で、周りが海に囲まれていることを加味したとしても相手不足であった。みるみるうちに雪花や友奈を主として撃破していく。
少し離れた場所で様子を見ている個体もいたが、歌野が近くの星屑を足場にして飛び移りながら撃破していく。
「もらったわッ!」
「ウタちゃんすごい‼︎」
「フッ。魅せてくれるわね」
「ムチムチの〜〜
振るわれたベルトの先端が星屑を頭から一直線に貫くと、相手は霧散していった。
「ん〜〜フィニッシュ♪ モーニング前とはこのことねっ」
「歌野ー。朝ごはんならブレックファーストじゃなーい?」
……と、呑気に歌野に声を掛けていた雪花だったが、そこで重要なことに気付いてしまった。
「……って、あッ‼︎ 歌野ッ⁉︎」
「ワッツ雪花」
「どうやって戻るのぉ‼︎」
「…………あら」
そのやりとりを交わしたのち、歌野は自分が星屑を足場にしながら倒して全滅させたことを思い出した。
「ノーウェイッ」
空中の歌野が下を見た瞬間、重力に従って頭から海へ落下した。
「ウタちゃああああん!!!!」
「足場がないって気付いた瞬間落ちるっていうのは本当だったのね」
「言ってる場合じゃない!」
漫画の世界で見られるような定番ネタについて蓮華が述べている間に、雪花はいのいちばんに歌野を助けるべく海に飛び込んだ。
「くぬ。……ぷはっ、船自体動いてたから。わっぷ……。歌野まで結構距離がある……っ。ぷっはぁ」
手や足をバタバタさせながら歌野が落ちた場所まで泳ごうと
「ときに雪花。あなた、泳げるの?」
蓮華からの問いに、雪花はハッと気付いて身体が停止した。
「…………あ。泳げなか――ぶくぶくぶくぶくぶくぶく……」
「せっちゃああああん!!!!」
「あの子あんなに頭悪かったかしら……」
歌野に辿り着く前に雪花もまた沈んでしまった。
軽く息を吐いて蓮華は雪花を助けに海に飛び込む。ほぼ同じタイミングで友奈も飛び込んだ。
「仕方ないわね」
腕を大きく伸ばして水を掻き分けるように進んでいく。そして頭まで沈んでしまった雪花を掴んで引っ張り上げる。
「高嶋友奈っ。雪花を任せたわっ」
「うんっ」
蓮華から雪花を託され、友奈はすぐに木船に戻ろうとする。蓮華は声をあげて船にいる赤嶺に呼びかける。
「友奈ッ! 船を止めて着水させなさい!」
「レンち、もうやってるよ」
赤嶺の返答と同時に飛んでいた船は海に着水して止まる。
友奈は雪花と共に赤嶺や水都の手を借りて船に上がる。続いて蓮華も船に戻ってきた。
「うぷっ……、ホ、ホントありがとう。助かったにゃぁ」
「でもレンち。右腕が使えないのによく飛び込んだね」
「……。急いでいたから」
みなまでは言わないが蓮華自身、飛び込んだあとに片腕では満足に泳げないことに気付いたのだ。咄嗟のことで失念していた。……友奈に任せれば良かった、と。
赤嶺もそのことを分かっているのでそれ以上は何も言わない。ただ笑うだけ。
「うたのん、は……」
「引き返すわね」
しかし、当の歌野が海に落ちたままだ。濡れているのを乾かそうともせず、蓮華は舵を取る。
「あっ、待って。あれ‼︎」
友奈の指差す方を見ると、海面から飛沫を上げながら陸の方へ泳いでいるのが見えた。
「誰? 歌野⁉︎」
目を細めてよく見ると二人いた。泳いでいる人物がもう一人を背負っているのだ。
「見えたっ。二人のうち、一人はウタちゃんだよ!」
「なら、追うわよ」
今の間に芽吹も看板に顔を出して全員集合していた。そして船は二人を追って陸地へと向かう。
先に陸地へ辿り着いた少女は歌野を下ろす。背負いながらではあったがその速度はベテランの水泳選手を思わせる。
「……飲んでいるな。吐かせるか」
仰向けの歌野は目を覚まさない。心臓の鼓動を確かめたあとに少女は胸の中央に手を添える。
「1、2、3、4」
「――ぅごっふぁ! げほっげほっ」
胸骨を圧迫していると、早くに歌野は海水を吐いた。
「無事なようだな。いいことだ」
丁度その時、船が到着して水都を先頭に全員が船から降りていく。
アクシデントに見舞われたが、全員が沖縄に上陸を果たした。
「うたのん‼︎」
「……ん。みーちゃん?」
うっすらと目を開けて歌野は呟く。まだ完全に意識は覚醒していないようだ。
「知り合いか」
「えっ……と、助けていただき、ありがとうございます。……あなたは?」
背が高く髪が逆立っている褐色肌の少女。一見、男を思わせる風貌だった。
「私は古波蔵棗だ」
「え……っ」
クールな口調で発せられたその少女の名前は、水都たちがここにきた目的の人物だった。
「今、古波蔵って」
赤嶺と友奈に担がれた芽吹がみんなに追い付く。
すると――。
「おねえさま!!!」
古波蔵棗と名乗った少女を見て、ここにいる誰よりも驚いて、赤嶺は叫んだ――。
友奈の謎がまたひとつ明らかになりましたね。そして遂に古波蔵棗登場!
赤嶺友奈がおねえさまと言っていたが果たして……。
次回 奴隷産業
以下、友奈の一族について、少しばかり説明。
――友奈とは、かつてバーテックスと戦ったひとりの少女の名前だ。
近年湧き出てきた友奈は、己の名の意味も知らぬ抜け殻共。