白鳥歌野は農業王になる   作:amorphous

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拙稿アマス。よろしくするアマス。


前回のあらすじなんか必要ないアマス。前話を見るアマス。




※読んでいて気分が悪くなった方は飛ばしていただいて結構です。



第百七話 やってしまったことはしかたない

 

 オークションは続いていく。サワラと呼ばれていた二人目の女性がステージをあとにして、三人目がやってくる。

 

『さあさあ! 盛り上がってきましたところ恐縮ですが、お次は男性になります!』

 

 司会進行役の声に一部の人たちから落胆の声があがった。

 

「ええー。男かよー。見送ろうか」

「そうだなぁ。力仕事も最近一人確保したし、何より面白くないもんな」

「どうせなら男の子がいいわ! 小さくて可愛い男の子はいないのかしら!」

 

 思った通りの反応にニヤニヤしながら続ける。

 

『いやーさんざんな評価ですねぇ! ですが行いますよ〜。歳は三十歳。どうやら漫才が趣味で関西出身だそうです! これを手に入れればアナタ方の家が笑いで華やかになること間違いなし! それではスタート!』

 

「――ぐっ!」

 

 その時、サンマと呼ばれた男から呻き声があがった。口からは血が滲み出し、壇場に滴り落ちていく。

 

「キャアアアアアアーーッ‼︎」

「おい、どうしたあいつ⁉︎」

「血、吐いてないかああ!?」

 

 口から血を流しているのを見て、司会進行役は即座に理解した。

 

(あのやろぉ。舌を噛み切りやがった……!)

 

 痛みのショックにより男は白目を剥いて失神した。

 

「な、なにが……起こっ……」

 

 口を両手で覆って困惑している友奈にペロはあくまでも冷静に告げる。

 

「舌を噛み切ったんだ。誰かの奴隷になるくらいならいっそここで……ってことなのだろう」

 

 脇から現れた衛兵に引き摺られて倒れた男は退場した。

 

『えー、サンマさんは緊張のあまり高血圧になってしまったようですね。軽く清掃しますんで少々お待ちくださ〜い!』

 

 あくまで笑い話として済ませて次のステップへ移行する。

 

「なんだよそれ! 商品の健康状態とかちゃんとチェックしとけ!」

「病気持ちなんていらないわ! あーよかった」

「流石関西の漫才師。真に迫った死に芸でしたね!」

 

 笑い声が会場内を包んでいく。誰も倒れた男のことを心配などしない。皮肉を交えて嘲笑う者までいる。

 

『……はーいみなさん、お待たせしましたああ! 次はあ……マグロです!!』

 

 モップで清掃したあと再スタートする。次の少女がまたステージ脇から現れた。

 

「うぉ……」

 

 不意に漏れたその声が誰のものだったかは分からない。だがおそらくほとんどの人間が声を出した誰かと同じ気持ちを抱いただろう。

 

「おい……あれって……」

「うわ……」

 

 会場はまたどよめく。だがさっきとは空気が違った。それほどまでに"少女の姿"は異常だった。

 マグロと呼ばれたその少女の服は、おそらく白いワンピースなのだが、それが薄汚れてボロボロになっていた。布は所々千切れてそこから青紫や赤紫の痣が目立つ肌が露出している。袖はなく肩出しのようだが肩にも傷が痛々しく残っている。太腿も布が破れているせいで大胆に露出しているが、そこもまた傷だらけ。

 そして何より、その少女の目は――()()()()()

 瞳の色は黒く濁りどこに視線を向けているのか分からない。光の無い絶望という暗闇へ放り込まれているかのようだ。会場内を照らすライトも彼女にとっては光と認識できていない。

 今まで紹介された三人は、どこか恐怖や苦悩に歪んだ目をしていた。だが、この少女の目には負の感情すら宿っていない。完全なる虚だ。

 

『えー、みなさん。もう始めてよろしいですよ?』

 

 彼女を欲しがり手を挙げる者はいなかった。ただ汚物でも見るような目を向けてざわついている。

 

「あれは流石にいらんなぁ」

「天竜人の中古品かぁ……」

「やっぱりそうよね。ふとももの()()()()()。間違いないわよね」

「俺も遠慮しとく。あんなん貰ってもどこでなにが起こるか分からんし」

()()()()()()()もんな」

 

 少女が天竜人の奴隷だったことに貴族席の者たちの大半が気付いていた。

 彼らがそう判断したのは、太腿にある入れ墨のような紋章。中心に大きな丸印があり、丸の上に小さな三角が三つ並び、丸の下に逆三角が一つ。獣か恐竜かの蹄を模しているようだ。

 

「誰も手を挙げないな」

「こ……こうなったらどうなる、のかな……」

 

 ペロの言葉に友奈が問いかける。その問いの意味は、誰も買わなかった場合はあの少女はどうなるのか、ということだ。売れ残った商品がどうなってしまうのか、だ。

 ペロは首を横に振って答えた。

 

「……。例えば、ペットショップで誰からも買われなかった犬猫。食品店に売られている買われなかった惣菜。それらは――」

「ぁ……ごめんね」

 

 話を遮って謝った。

 何に対しての謝罪なのか。ペロもそれを聞いている周りも追求はしなかった。

 

 少女は未だ買い手が付かずにいた。静まり返り、互いが互いの顔色を窺う。

 そんな空気に耐えかねたのか、友奈はまた口を開く。

 

「……あの子。どうにかできないかな」

「どうにか、とは買いたいということか」

「えっと、それは……うん。このままじゃあ……」

「仮にゆガラが買ったとしてそのあとはどうする? 世話をするのか? その費用は? 時間は? 彼女が大人になり歳をとって亡くなるまで付き添うのか?」

 

 ペロの言葉は、まるでペットを飼いたいと願う子供へ忠告する親のようだった。

 

「ここで同情して買うことが、本当にあの娘と()()()()()になるのか」

 

 中には奴隷として売られている女、子供に同情して買った人もいた。だが一時の優しさに任せてしまった末に起こった悲劇もある。

 

 世話ができず捨てた者。躾と称して暴力を振るう者。資金が底を尽いた者。もう一度売った者。逆に牙を剥かれた者。

 

「"生き物の命を預かる"ということは、数秒間だけ宿った優しさや正義感で降していい判断じゃない。人であろうと、動物であろうと」

 

 そして忘れてはいけないのが、奴隷を買うことで一番幸せになるのは、売った者だということ。

 

「分かってるよ。このシステム自体を、変えなきゃいけないってこと」

 

 雪花が呟いたあと、ようやく一人が手を挙げた。

 

「最低額の……10万で」

 

 その男性は市民席に座っている。

 自分たち以外がいることに棗たちは今気付いた。それくらい貴族席の存在感が大きかったから。

 

『誰もいない……ので、10万天で落札! 最安でラッキーでしたね! しかもこれで4番さんは貴族に仲間入りです! おめでとう〜!』

 

 貴族席の誰かが拍手を贈ると、周りにいた者たちも拍手を贈る。それが波のように広がって歓声となった。

 

 

 ――そのとき、入り口が開いて新たに誰かが入ってきた。歌野たちや貴族席の全員、そして次の商品の準備をしていた司会進行役も入ってきた者たちに注目する。

 

「んも〜、妹よ。支度が遅すぎるえ。もう始まってるえ」

「お兄様。女性は準備に時間がかかるものアマス」

 

 四つん這いの人間から降りて歩いてくるその二人を見て今まで以上の緊張感が場を支配する。

 

天竜人だ……

ここできたか。相変わらずの重役出勤

 

 聞かれないように声を潜ませる。

 ずっと見ていると逆に目を付けられるかもしれない。そう思い次々と視線を逸らしてステージに向き直す。

 

「あれが……天竜人。確かに典型的なお偉いさんって感じだにゃぁ」

「服はホワイトでゴージャスね……」

 

 白い服に金の刺繍が施された、金持ちにだけ纏うことを許された身なりと評するのが最適か。

 

「人は着飾ることで己の身分を示すからな」

 

 天竜人の兄妹は『天竜人席』に案内されてふんぞりかえるように座った。

 このオークションでは天竜人もまた競ううちの一人。ここでのルールに一応は従い、競りに興じる。

 天竜人はその特権により道端ですれ違った人を問答無用で奴隷にできる。そんな彼らがこのオークションの開催を希望して自らもまた参加する。

 細かく考えたくはないが、彼らにとってこれは娯楽のひとつなのだ。

 

『さて、お待たせしました〜! 続いてはサバの登場です!』

 

 次もまた女性だ。貴族席にいる人たちは天竜人の様子を少し伺いながら対象を値踏みする。

 

『年齢はなんと十七歳! まさに食べ頃ッッ‼︎ 旬のものをテイスティングされたい方はぜひぜひ。どうぞお奮いください!!!」』

 

 30秒程の沈黙のあと、天竜人の二人が動かなかったことを確認して手を挙げていく。

 

「80万天」

「90万天!」

「99万」

「100万!」

 

『おっと、最初の睨み合いから一気に解き放たれた欲望たち! 良いですねぇ。100万の上はありませんかあ!?』

 

 次々と額を言う者が増えてくる。150万、200万、300万と、値段は天井知らずに高くなっていく。

 口にしているのはほぼ全て男性。四十代頃の女性が一回だけ手を挙げたぐらい。そのことに気色悪さを感じつつも、沈黙を貫く雪花。

 座っている友奈は両手を顔で覆い、前のめりに屈んでいる。棗もペロも無表情だがその目は険しい。

 こんなことをあと十人も耐えなければならないのかと思うと、その度に吐き気を催す。

 

『落札!!! 最終額は1000万!!! いやー素晴らしい盛り上がりでしたねぇ! ムネアツです! 私の懐もアツアツです!!!』

 

「ぶっはははははっ! 上手いこと言ったつもりかよおー!」

 

『さあこの熱も冷めやらぬうちに、次! コイの登場です!』

 

 次もまた少女だった。見た目からして自分たちとそう歳の違わない。今回こそ十代半ばか。少し上だろう。

 

「あれは……っ」

 

 その少女の顔を見た瞬間、今までポーカーフェイスを守り通してきた棗が崩れた。汗が流れ、驚きを隠さずにいた。

 

「ナツメ……?」「棗さん?」

 

 それに気付いたペロと歌野は棗へ呼びかける。棗は口を開けて小さな声を発した。

 

「あの子は……私の……クラスメイト……だ」

「なに……っ⁉︎」

 

 ペロと歌野だけではなく、澱んだ目で天井を見ていた雪花と両手で顔を覆って俯いていた友奈も我に返ってステージ上の少女に注目する。

 バーテックスの襲撃以前、学校で同じだった。その彼女が今はコイという名前で奴隷として競売にかけられていた。

 

「お。おお〜〜〜〜!?」

 

 すると天竜人の男の方が、双眼鏡を用いて少女をつま先から髪の先まで眺める。

 

「なかなかの顔立ち! 身体付き! そして幼さだえ! ……ほ、欲しいえ!!!」

 

 右手のひらを大きく広げて、間髪入れず高らかに叫んだ。

 

"5億"払うえッ‼︎ 5億天〜〜〜!!!

 

 そのひと声に、一瞬だけ会場内は静まり返る。

 

「え?」『え!?』

 

 司会進行役もまた、突然のことに思考が停止する。内心では喜びと驚きが綯い交ぜになって本来為すべき自分の仕事が出来ずにいた。

 

(え、えええ〜〜ッ!? 5億天ってことは……5000万円!!!?)

 

 はたから見れば茫然自失のようだが、内心は驚きの境地だ。

 

「どうしたえ? 早く進めるえ!」

 

 天竜人の声に、ようやく調子を取り戻した。だが発する言葉は震えている。

 

『え、えーとぉ……それではその上ありま、せん、か…………。ははっ、まあないですよね……』

 

 少女の何が気に入ったのか。誰もそれ以上の価値があるとは到底思えず、5億天で落札となった。

 

「お兄様っ。いくらなんでも高すぎアマス!」

「安いもんだえ、5億天ぐらい。また下々民から徴収するえ」

 

 1億天でも充分落札できた筈だ。この5億天という額は、そのまま兄の欲望と傲慢の大きさだといえる。

 

「むっふふ〜ん。たのしみだえ〜〜ッ。前の奴隷よりも激しいのが期待できるえ〜〜!」

 

 鼻息は荒く、舌を出して目は躍る。外に出された舌から垂れていく唾液が床を数滴濡らす。

 

 ステージの少女は、自分があの天竜人にこれから()われることに明確な絶望の表情を見せた。

 

「あ……ああ……」

 

 唇に触れようとするその指たちは震え、全身水を被ったかのように汗だくだ。

 その時、少女の視線が市民席にいる棗に向けられ、二人の目が合った。

 

「……! 古波蔵、様」

 

 棗を発見した瞬間、目を見開く。そしてステージから降りて彼女の元に駆け寄る。

 

「古波蔵"様"ッ! 私です! 覚えていませんかッ!? 中学の時に――」

 

『何を勝手なことをしている‼︎』

 

 司会進行役は追いかけるために、ステージを降りて向かってくる。

 

「お願いです! 助けてくださいッ‼︎ 天竜人の奴隷なんて嫌ッ! 古波蔵様ッ!!!」

 

 縋るような目。懇願する口。恐怖で狂いそうな声質。

 

「それは……」

 

 棗は困惑した。ここで彼女を助けるということは立てていた作戦を白紙に戻すということだ。ここから先、臨機応変に動かなくてはならないということだ。

 

 どう対処すべきか思案していると、天竜人の男もまたこちらに歩いてきていた。

 

「おばえはもうわちしのものだえ‼︎ 早く戻るえ‼︎」

「い、いやぁ……。こはぐら……さまぁ……」

 

 両目から大粒の涙が流れる。その雫が頬を伝って下へ落ちる瞬間を目にして、棗は胸が締め付けられる感覚に陥った。

 そしてそれを、そのままには出来なかった。自然と身体が天竜人と少女の間に入っていた。

 

「なんだおばえは? どくえ!!!」

「棗さんっ⁉︎」

 

 怒鳴られても動かない。司会進行役も棗と少女とを引き離すために距離を詰めようとした。

 その時――。

 

「なんだその目! ムカつくえッッ!!!」

 

 天竜人の男がその高価そうな白い服の懐から"拳銃"を取り出したのだ。そしてそれを棗に向けて躊躇いもなく引き金を引いた。

 

「――ナツメェェ!!!」

 

 ペロは全身に電流が走ったような感覚に襲われて駆け出す。両足に力を込めてバネのように跳び上がる。

 天竜人が放ったのは4発。その内、1発は外れて残りの弾丸はペロの身体に食い込んだ。

 

「ぐあ……ッ⁉︎」

「ペロ……!」

 

 床に倒れ込む。棗はペロに駆け寄って傷口を見た。右の胸一箇所と腹部中央二箇所から血が流れている。

 

「ペロ、どうして……!」

「ナ、ツメ……。クラスメイトを気遣って、避けることを考えてなかった……だろ」

 

 あの瞬間、棗なら避けられたかもしれないが、その背後にいるクラスメイトの少女や、方向が逸れて歌野たちに当たるのを案じ、銃弾をあえて受けようとした。

 

「ん? 今この犬、喋ったかえ?」

 

 銃口は変わらず棗とペロの方を向いている。

 

「気色悪い犬だえ‼︎ キモいウイルスに侵された犬だえッ!」

「――ッ‼︎」

 

 次の弾が発射される前に天竜人を無言で睨み付けた。その瞳に天竜人は怒り、銃口を棗ひとりに絞る。

 

「またその目……ッ‼︎ 下々民のくせに〜〜〜!!!」

「ゆガラ待てッ……‼︎ 天竜人には……手を出すな……ッッ‼︎」

 

(……っ⁉︎)

 

 ペロの、激痛に耐えてでも発したその声を聞き、天竜人を捉えていた怒りの瞳が逸れる。

 棗は頭の中で天竜人に危害を加えてでも止めるしかないと考えていたのだが、実際に行動するには至っていない。

 ペロが棗の行動を先読みした故の発言。それが一番の可能性だろう。

 ……しかし、そうでなかった場合は。

 

『ゆガラ待てッ……‼︎ 天竜人には……手を出すな……ッッ‼︎』

 

 ――このセリフは……()()()()()発したのだろうか。

 

 

「――ヴァゲァア!!!!」

 

 答えはすぐに示された。視界に飛び込んできた細長い管に似た何か。その先端が天竜人の左頬に直撃し、クレーターのようなへこみを作り、全身を吹っ飛ばす。

 天竜人は短く太い悲鳴をあげて『天竜人席』にいた妹まで飛んでいき彼女と衝突した。

 

「ぇ――ヴォゲラァマスッ!!!?」

 

 体型が丸い兄を真正面から強制的に受け止めさせられ下敷きとなった。

 重荷に耐えきれず、妹も泡を吹き白眼を剥いてうなだれた。

 

「…………歌野……っ」

 

 棗は天竜人の兄をはたき飛ばし、妹へぶつけて両方再起不能にさせた犯人へと視線を投げかけ、その人物の名前を呟いた――。

 




いやああぁぁぁああ〜〜〜!!! お兄様ぁあああ!!!
お父上様にも殴られたことないのに〜〜!!!


次回 五人のボディガード
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