白鳥歌野は農業王になる   作:amorphous

118 / 118
拙稿ですがよろしくお願いします。この話のタイトル名で「ん?」と思った人。察しが良すぎです。



前回のあらすじ
ペロは棗と共に思い出を共有し、そして棗に感謝の言葉を告げて旅立った。そして残された棗は……。


第百十六話 5人目(ごにんめ)

 東の空が徐々に白んでいく。もうすぐ日が昇り夜明けが訪れる。

 棗はペロの亡骸を壊された小屋の近くの土に埋めた。お互いにとってここが一番思い出の多い場所だ。

 

「ペロ。安らかに眠ってくれ」

 

 立ち上がりこの場所をあとにする。

 小屋もCP.4に見つかり壊された。ペロもいなくなってしまった。拠点としては使えない。

 棗はどこを目指すわけでもなくただ歩いていた。すると辿り着いたのは、やはり海だった。

 何も考えずとも棗の足は自然とここに向かっていたのだ。いや、海が棗を呼んだような気もする。

 寄せては引いていく波を追い、棗は海に入っていく。

 腰あたりまで浸かった時、突然身体にベルトが巻き付いてきて後方へ引っ張られた。

 

「うッ……⁉︎」

「棗さん!!!」

 

 バランスが崩れて後ろへ倒れそうなところで歌野が抱き止めた。棗を呼んだ声の主もベルトで巻き付けてきたのも歌野だった。

 

「ノーよ! 棗さん‼︎ 貴女が死ぬことなんてペロさんは望んでいないわッ‼︎」

「な……何の話だ……」

「だって今、棗さん海に身を投げ……。え?」

 

 どうやら歌野は棗が海に潜って命を投げ打つのではないかと思っていた。しかしそれは勘違いだった。

 

「私は潜ろうとしただけだ。いつものように」

「あ……あら? ……リアリー?」

「ああ」

 

 安心して力が抜けたのか、二人はそのまま海の中に仰向けで倒れ込んだ。

 立っていれば腰の高さしかないが、それでも倒れれば全身が浸かるのに充分だ。

 歌野は何秒間か海の中で身を委ねていた。時折、背中が底に着く。普段は大地の上に立ち、農作業をしている歌野にとって海の中は新鮮だった。故郷の長野には海のように広い湖の諏訪湖があるが、こんな風に潜った記憶は無い。

 ……と、右手を掴まれて海面に顔を出して一気に空気を吸って吐いた。

 

「歌野。起き上がらないからまた溺れたのかと思ったぞ」

「そういえば棗さんとニュー対面の時も海の中で手を引いてくれたわねっ」

 

 沖縄に来る際に星屑の群れに襲われて迎撃した。その時、足場を失って海に落ちた。咄嗟の出来事だったのと思った以上に動きにくかったのもあり、また武器として持っていたベルトが足に絡まって満足に泳げなかった。

 海水も飲んでしまい意識も薄れる中、手を掴んで助けてくれたのが棗だった。

 

「私、海に潜ったのは初めての経験だったわ。故郷に海は無いもの」

 

 棗に手を引っ張られたまま、仰向きで浜辺目指して海面を進んでいった。

 

「こうしていれば、棗さんの気持ちが分かると思ったの」

「私の……? 知ってどうするんだ……?」

 

 浜辺に上がっても歌野は寝っ転がったまま、夜明け前の空を仰ぎ見ていた。

 

「海と共に生きてきた棗さんが、海の中で何を考えていたのか」

「それで……分かったか?」

「全っ然! ……波に揺られて気持ちいい〜。ぐらいかしら」

「……そう思う時もあるぞ」

 

 棗もまた歌野につられて浜辺に寝っ転がって空を見上げた。静けさの中に波の音だけが心地良く響いている。

 

「ドクターから聞いたわ。ペロさんのこと。私もお礼を言いたかったけど……ペロさんが、最期に棗さんといることを望んだのよね」

 

 治療している時だろう。いや、もしかしたら前々からペロは自分の寿命のことを医師に話していたのではないかと思う。

 

「ペロは最期まで私のそばにいてくれた。居て欲しいときにいつでも。なのに私は……」

 

 本当は寂しかった。能力者(勇者)となる前も。なった後も……。だがペロのおかげでその寂しさが和らいだ。

 

 右手を少しだけ上げて空を撫でる。もうその手をなめてくれる相手はいないのに不意に手が伸びてしまう。

 

「私は……眠りにつくペロに何も言ってやれなかった。寿命がきていたというのに。私のことをいつものように気にかけてくれて。ずっと頑張ってくれていた。力を、振り絞って…………」

 

 棗の声が少しずつか細くなっていく。

 

「口下手な私は……ペロに……なにも……言えなかった……」

 

 すると、左側にいる歌野が棗の左手を優しく握ってきた。

 

「ペロさんは棗さんのそういうところ全部、分かっていたと思うわっ。賢い犬ですもの! わざわざ言葉を交わさずとも、棗さんの想いを理解してくれてたと思うわっ! 大切にしてくれたこと。愛してくれたこと。……全部。オールよ!」

 

 歌野は棗と過ごした時間はたった二日程だが、それでも棗の優しさと強さは歌野を含めてみんな分かっているつもりだ。彼女たち以上に接した時間の長いペロならなおさら。

 ペロが最期に言葉にして棗に伝えたのは、愛する飼い主と同じ言葉で話すのが嬉しかったから。

 

「だから何も心配なんていらないわ。……それにこれからは私たちがいるっ!」

「私たち……?」

 

 一緒にいて歌野はとても楽しかった。別れるのが寂しいほどに。

 もっと棗と色々な話を聞きたいと思った。海のことや魚のこと。

 棗といれば、農業で大地とばかり触れ合ってきた歌野に、新たな発見が訪れるかもしれない。想像を膨らませるだけで未来(明日)がまた楽しみになる。

 

 だから……。

 

「棗さん! 私の仲間になりませんか(私と農業をしませんか)っ!」

 

 その言葉を聞いて、棗の表情は驚きで固まる。そして目を伏せる。彼女の中で二つの想いがぶつかり合っていた。

 

「私も楽しかった。歌野と、みんなといるのが……。こんな気持ちは風と樹が来た時以来だ。……そしてそれ以降は二度と無いと思っていた」

「……! ならっ」

「だが、私は沖縄(ここ)でバケモノと戦わなければならないんだ」

 

 オークションは完全に中止になった。天竜人もボディガードも倒したが、バーテックスとは無関係の出来事だ。まだ奴らがいる。

 

「私は、ペロが守ってきたものをこれからも守り続けたい。……沖縄のみんなを」

 

 ペロは歌野と共にいることが棗にとって意味のあることだと言った。だがここで暮らす人たちのことを考えると踏み出す足を躊躇ってしまう。

 風と樹の誘いを断ったように。今回もまた……。

 

「ペロさんが守ってきたものは棗さんだと思うわ!」

 

 歌野の言葉に棗の表情は驚きでまた固まる。

 

「沖縄の人たちを守ってきたのは他でもない棗さんよ。でもペロさんはそんな棗さんを守りたかった。何よりも大切で、大好きな棗さんを」

 

 棗もペロも、守るために必死で戦っていた。だが、守る対象は少し違う。

 ペロが本当に守りたかったのは他でもない棗自身だ。たとえ、棗が何を大切にしようとも、どんな道に進もうとも、その意思を尊重してくれる。

 

「だからペロさんは、棗さんのやりたいことを応援してくれる! ここに残り続けるのも、私たちとトゥゲザーするのも。棗さんが決めていい。……それが、ペロさんの想いの応え方よっ」

「私が決める……」

 

 考え込むと波の音がよく聞こえてくる。海が、語りかけてくる。

 

「おっ! 夜明けね」

 

 水平線の向こうから太陽が昇ってきた。それを二人は目を細くして眩しく思いつつも眺めていた。

 太陽の光を反射する海がキラキラと輝いてより一層美しい。

 

「さて……と。それじゃあ棗さん。私たちはここを発つわ。大社からチェイスされる前に」

 

 鉢合わせてしまうとまた戦うことになりかねない。相手が"四勇"だろうと"三大将"だろうと無事では済まない。

 

「――そうよ歌野。すぐにでも出発する必要があるわ」

 

 と、そこへ蓮華たちがやって来た。蓮華はここへ来る前に町の書店に置いてあった新聞紙を手に取り()()()()を見つけたのだ。

 その際、雪花が盗んだことを指摘したが蓮華は店員がいなかったのでお金だけ置いてきた、と返した。

 

 歌野は見出しとそこに書かれている内容の始めの数行に目を通して驚愕した。事前に水都たちも蓮華に見せてもらって事実であることを確認している。

 

「結城さんが……"神婚ノ儀"? そして"七武勇"と"四勇"が戦争ッ!?」

 

 蓮華がNo.4との戦いで聞かされた内容が記載されている。

 

「スーパーハリーアップじゃないっ! 蓮華、船でこのことモアテルミーよ」

「ええ、もちろん」

 

 ここまで焦った反応を見せる歌野は非常に珍しい。新聞記事の詳細な内容は船に乗ってから考えることに決め、駆け足になる。

 

「あっ……‼︎ ソーリー棗さん。急ぎの用事が出来たわっ! さっきの返事はいつか聞かせてっ」

「今……"七武勇"と言ったか? それは風と樹の……!」

「ええ! メイビーだけど結城さんを助けるために風さんたちは大社と戦いをするらしいの……!」

 

 そう言い残して目の前にいる歌野は走り去っていく。その姿を見て、咄嗟に手を伸ばすが、すでにその手の届かない遠くへ行ってしまった。

 

「蓮華、なんでもっと早く言ってくれなかったの……⁉︎」

「落ち着けるタイミングがなかなか見つからなかったのよ。蓮華も輸血していたから」

「じゃあなんでこのタイミングで⁉︎」

「それは輸血が終わって蓮華が回復したからよ」

 

 話し声がだんだん遠ざかっていく。今、走れば向こうも気付いてくれるだろう。だが巨大な石を背負っているかのように足を踏み出しづらい。

 

「……っ」

 

 ぎこちなく歩き続けるが、彼女たちには到底追いつけない。伸ばした手が、力無く垂れ下がる。

 

(また私は……)

 

 脳裏に浮かんだのは二人の姉妹が仲睦まじく笑い合っている姿。

 風と樹には世話になった。また会ったら改めてお礼がしたいと、恩返しをしたいと考えていた。

 その二人が今、友達のために命を懸けて戦おうとしている。

 

 そこに自分はいなくていいのか……。

 今こそ、恩を返すときではないのか……。

 

「どうすれば……」

 

 沖縄に残って人々のために戦い続けるか。それとも歌野たちと共に風と樹を助けにいくか。

 葛藤する棗の元へやって来たのは医師の男とクラスメイトの少女だった。

 

「棗ちゃん。行って来なさい。ここは大丈夫だから」

「古波蔵様に宿っているその想いに、今だけは正直になってください」

 

 少女はポケットから手袋を取り出した。それはNo.2が着けていた手袋だった。

 

「あのあと会場に行って、寝ている女の人からくすねちゃいました。……これがあれば白い怪物と戦えるんですよね」

 

 手袋を右手に付けて笑う。戦う力を手に入れたから、もう棗が意地でもここに残る理由は無くなった。……そう伝えたかったのだ。

 

「天竜人の件や奴隷の件もね。棗ちゃんの力ではなく、自分たちの力で何とかしようって町のみんなで決起したんだ」

 

 歌野たちのおかげで天竜人のボディガードは倒され、衛兵たちも蹴散らされた。力無き者たちにとって今が反旗を翻すには絶好のチャンスなのだ。

 町の人たちの数が極端に少なく感じたのはそのためだ。

 

「これから『貴族』たちを標的に囚われた人たちを解放する。少し荒っぽくはなるけど、でもそうでもしなきゃこのシステムは変わらない」

 

 オークションの時にペロと雪花が言っていた。同情で奴隷を買ったとしても本当の意味で救われてはいない。このシステム自体を変えなければ(壊さなければ)いけない。

 

「そしてそこに勇者の力は必要ない。人間が起こした始末は人間で片を付けなきゃね。だから守られるだけの沖縄は今日で終わりだ。ここからは自分たちの力で立ち上がれる」

「ペロのお墓も古波蔵様の代わりに私がちゃんと大切に守ります。それに多分、ペロもあの人と行けって言うと思うから……!」

 

 ペロは、本来ならば寿命がきていたのだが"野菜"の恩恵で、あと数日は確実に生きられた。だが今日、棗のもとで終わることを選んだ。

 歌野たちがまだ居るうちに、終わろうと決めたのだ。

 

「……なるべく早く戻る」

「早くなくてもいいですよ。なんなら有給休暇として世界一周旅行ぐらいしてきてください」

「なっはは。……よろしく頼む。ペロと、畑も」

「もちろんです」

 

 クラスメイトの冗談なのかそうじゃないのか分からない話に軽く笑ったあと、真剣な目に戻って二人に背を向ける。

 

 踏み出そうとしたとき、同時に風が吹いてきた。風は身体を軽くして前へ前へと誘おうとする。棗はそれにあえて抗わない。その風を自分の走るスピードに乗せる。

 

「歌野に……どう言うべきだろうか」

 

 今さら断ったことや迷ったことを後悔している。それでも、まだ間に合うはずだ。棗は走る。

 歌野たちがここへ来た時に乗っていた空飛ぶ木船はみんなと初めて会ったあの海岸に停泊させてある。場所は覚えているので迷うことなく行ける。

 そしてその場所に着く。木船は海面から数メール浮上したまま進んでいた。

 棗は海に飛び込む。クロールで必死に泳ぐ。船のスピードより棗の泳ぐスピードの方が速かった。

 

「……うたのん、あれ……」

 

 最初に水都が気付いて指を指す。棗が泳いで向かっているのを他の全員も気付いた。

 

「棗さん……⁉︎」

「すごい速い……」

「止める?」

 

 雪花に聞かれた歌野は首を横に振った。

 

「そのままでいいわ。すぐに追いつかれるから」

 

 その言葉通り、1分も経たずに棗は船底まで迫り、そこから飛び上がって甲板によじ登ってきた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 両膝に手を付いて荒くなった呼吸を整える。額から流れていく海水が滴り落ちていく。

 

「町も、ペロのお墓も、畑も、彼らが守ってくれると……。風と樹がいなければ、私は……。だが歌野も同じで……。今また離れたら、あの時以上に後悔する……から……」

 

 たどたどしく言葉を紡いでいく。自分でも何が言いたいのかよく分かっていない。頭に浮かんだ文字をそのまま声として発している。

 しかし懸命に伝える。今の自分の胸の内に宿る気持ちを。

 

「風と樹を助けたい……! そして、歌野と一緒にいたい……! だから――」

「オフコース!」

 

 歌野は笑って棗へ手を差し出した。

 

「棗さんがここまで来たってことは、もうそれ自体がアンサーなのよ! 私はそれだけで充分嬉しいの!」

 

 棗は目を丸くしていた。頭が上手く働いていないのか、歌野が手を差し出していることに気付くのが数秒程遅れた。

 

「風さんたちを助けに行ったあとも、ずっと一緒にいましょう。マイフレンド♪」

 

 そして棗は少しだけ口角を上げて膝から手を離し、身体を真っ直ぐに起こして、歌野の手を握った。

 

 

 ――歌野たちが行く道を、自分も歩いて確かめたい。

 また、風と樹を助けるためだけではなく、沖縄の人たちを苦しめた根本が大社にあるのなら、それを変えたい。

 沖縄にいたままでは変えることの難しい、この世界のシステムを。

 

「ようこそ! 白鳥(ホワイトスワン)農業組合(のうぎょうくみあい)へ!!!」

 

 

 

 ――古波蔵棗は歌野たちと共に、歩き出す。

 





 『サウスジャパン編』完! 

 今回はさらっと撫でただけですが、戦争に関しての白鳥さんたちのやり取り(棗が泳いでくる前のこと)は次回、詳細に触れます。






 新章予告。

 ――日本列島と四国を繋ぐ偉大なる橋のひとつ『瀬戸大橋』。
 今、その大橋を舞台に、数多の命を散らす大戦が始まろうとしていた。

 ある者たちは全世界を救うため。また、ある者たちは1人の友達を救うため。
 お互いに譲れないもののために全てを懸けて、"敵"を屠る。

 攻め入るは『七武勇(勇者部)』率いる反逆者たち。
 迎え撃つは大社の二大勢力『防人』並びに『四勇』
 誰が勝ち、誰が敗けても、時代が変わる!


「この戦争に正義はあるんでしょうか……」

「死ぬ死ぬ死ぬっ、死んじゃう〜〜〜!!!」

「やるしかねーだろッ‼︎」

「いきなり、クイーンは……取れないんよ〜」

「"勇者部"のみんなで四国に帰るんです……!」

「流石ね……。殺ったと、思ったのだけど……」

「"四勇"だからってふんぞり返ってんじゃないわよ!」

「タマを怒らせたなっ‼︎」

「生きてっ、うたのんっ!」

「もう……誰も遠くへ行かないように……」

「あんたが言わんかいッ! リーダーでしょ!!」

「その為に私は来たんだ、風」

「押し通るわね」

「お久しぶりですわ、芽吹さん」

「苦難上等ッ。好むものなり、修羅の道……ッ!」

「命の、出し惜しみなんか……ッ‼︎」

「私たちの命くらいかけなさいよッ‼︎ 友達でしょうがッッ!!!」

「"神婚ノ儀"成立まで、敵の侵攻を阻止しなさい」

「……取り消しなさい……。今の言葉……ッ‼︎」


 選ぶことができるのは、ひとつだけ――。


『瀬戸大橋頂上戦争編』開幕。


次回 嵐の前の静けさ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。